トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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依頼

「先輩、予定通りに進める気はない、ということを最初の内に行動で示している、ということですか?」

 

「おいおい……初日からレイカみたいなこと言うなよ……」

 

 教室を出てから早一時間。聞いていた最初の目的地であるF棟のロビーに、やっと到着する。

 

「まぁ今のはイレギュラーだけど、部活のは……そんなに時間取ってないし、金井先輩んトコはほら、どこでも刀は良かっただろ?」

 

「確かに、それについては微量ながら感謝しています」

 

 が、その名前は定着する前に別名へと置き換えたい所。

 

「感謝とかについては、細かい量の申告止めようぜ……」

 

 レイカさんが憤るのは尤もなことだと考えられるが、個人的には特に予定通りに進まなかったとしても、先輩の責任問題になると思われることに加え、学生会の方々も既に織り込み済みであろう。なので、過剰に気にすることでもないと考え直す。

 

 精神衛生を済ませていると、先輩が部屋番号を入力し、セキュリティインターホンを押す。

 

 当然ながら、F棟の作りは私の部屋があるI棟と同様で、入って右手の食堂スペースは一般開放されているが、各部屋へ続く左手にはよく見るマンションのセキュリティが施されている。きっと、強力なエネルゲイアを持つ人達からしたら、何の意味も成さないレベルであろう。

 

『……っ……はい』

「さっきは、時間を変更してもらって、申し訳ない。学生会の太刀川です」

 

『あの……ありがとう、ございます。どうぞ』

 

 エレベーターに続く、ガラスの自動扉が開く。部屋番号は205、たしか角部屋だったと思われる。向こうのモニター表示は切られているのか、その姿はわからなかったが、今のやり取りだけで依頼者の憔悴が伝わってくる。

 

「さて、一応リミットは一時間としておこう。それ以上な感じだったら今日の所はってことで」

「はい」

 

 どうせそのリミットとやらに意味はない。そう思いながら、一つ上の階なのにエレベーターを使う先輩に続く。

 

「三階建てでエレベーターはやり過ぎだと思うんだよなぁ。普通なら二階行くのにエレベーターとか無駄に感じちゃうしな」

 

 なら何故使った。そう言いたかったが、無駄を悟り口を噤む。

 

 先輩はこうして他人の部屋へ足を運ぶ機会も多いのか、迷いのない足取りで角部屋までの最短距離を通り、再びインターホンを押す。防音が行き届いているので不満自体はないが、欲を言えば自分も角部屋が望ましかった。

 

「どうぞ……一年の、佐藤です」

 

 三度の指定ジャージ。部屋着で出る訳にもいかず、制服を着るのは億劫だったのか、目の下のクマも含め、佐藤さんが心身ともに疲弊しているのは疑いようもなかった。元は快活なのかもしれないが、綺麗に切り揃えられた明る過ぎない色のセミロングに、袖のやや余るジャージも手伝って細身に見えるその姿からは、どうしても弱々しい印象を抱かせる。

 

 軽く名乗るだけの自己紹介と共に部屋へ上がり、お茶を入れようとする佐藤さんを先輩が制し、リビングのソファに対面して腰掛ける。三人で向かい合って改めて、この空間に一人というのは、人によっては寂しく感じるかもしれないと思った。

 

「うん、無駄話はキツそうだね。授業に来れない云々ではなくて、現状で困ってることについて、話を聞かせてもらってもいい?」

 

 打って変わって、単刀直入な入りだった。

 

 意識してそうしているのかは定かではないが、先輩は一応、相手の様子を見て話し方を適切に変えているように見える。無論、自分に対してはそうではないが。

 

「……一番は、やっぱり眠れないことです。それで……今日も、そう…………なってしまうと思うと、気も滅入ってしまって……」

 

 俯き加減に話す佐藤さん。

 

 人は眠れないと食べられなくなり、食べられなくなると、徐々に活力は失われる。

 

「不眠はこの寮に来てから……えっと、一応最初に潰しておきたい項目なんだけど、その眠れないことと、佐藤さんのエネルゲイアって、関係あったりする?」

 

「っ……はい。関係、というよりも、悩みそのもの、と言った方が正しいと思います」

 

「なるほど。まぁ、元気ならともかく、体調がしんどくてこの広い部屋に一人だと、それだけで気が滅入る場合もある。にしても、能力が絡むのか……」

 

「あの、すいません。佐藤さんは一人部屋、なのですか?」

 

 昨年度までは部屋割りは無作為に分けられたグループからの五十音順とのことだったが、今年からは変更されたとのこと。ただそれとは別に、私は入学の決まったタイミング故の一人部屋だが、佐藤さんが一人部屋に割り当てられていることは、偶然なのだろうか。

 

「あー、実は、佐藤さんとルームメイトの人から移動願いがあったんだ。それ自体は全くない訳じゃないけど、例外っちゃ例外だから、学生会も一応事情の聞き取りをすることになってる。それで、つまりは申し訳なく感じて引っ越しっていう流れになった、んだよね?」

 

「あ、はい。元、ルームメイトの麻月さんは、他の棟で一人部屋だった人と仲良しなので……麻月さんは体調の悪い私を気遣ってくれたのですが……はい、副会長さんの言う通り、折角前向きに生活を始めているのに、こんな状態の私と同室というのが、申し訳なくって……」

 

「うん。佐藤さんと麻月さんから聞き取りを担当した八重樫からも、そこら辺は細かく報告は受けてる。入学初日からその状態で、今日まで頑張ってきたのは凄いし、こんなあり得ん環境の中で、誰かに助けを求めるのも、億劫なのは普通のことだと思う。えっと……それで、佐藤さんのエネルゲイアについて、聞かせてもらっても、大丈夫?」

 

「……はい、ありがとう……ございます……」

 

 不眠による心身の疲労、それによる後ろ向きな思考の定着、自身に問題があるという帰結、そう考えることの習慣化。彼女の苦しみは、彼女にしかわかりようもないが、初対面の人間を前に涙するその姿は、様々な意味で限界を感じさせた。

 

 佐藤さんの隣へ移り、ハンカチを差し出す。何かができる訳ではないが、どうやら彼女も話をすることはできる様子だった。

 

「……すいません。私の、エネルゲイアは『他者の思いを夢に見る』という内容です。とても、細かい、ルールがあるのですが、今、私の身に起きているのは、毎晩、同じ恐ろしい夢を見てしまう、ということです……」

 

「思い、か。夢系の能力は、複雑な内容のが多いっぽいけど、恐ろしい夢……夢に見る……見る夢、対象者の思いがどう決定されるか、聞いても大丈夫?」

 

 なるほど。私は何故か他者の夢を見る、という意味で受け取ってしまっていた。そして確かに、自分のエネルゲイアは、指摘される程度にはシンプルな内容だということがわかる。

 

「はい。私が寝ている場所から半径7キロの範囲にいる人間の中で、最も強い思いを抱いている人が、対象になります」

 

「7キロ……同じ、夢だよな。まぁ、とんでもない思いを内に秘めてそうなヤツなんて配り歩いても無くならないし……あの、しんどいとは思う。でも、必要なことだから聞くんだけど、その夢の内容は、話せる?」

 

「……」

 

 急かさず、穏やかに、何故ここまで相手の気持ちに配慮した雰囲気で話ができるのに、普段は浅慮の権化のような発言が飛び出すのだろう。佐藤さんには大変申し訳ないが、そんな無駄な疑問を抱いてしまった。

 

「あの、簡単な、説明でもいいですか?」

「もちろん」

 

「……はい。おそらく、自然豊かな公園のような場所で、そこが……燃えているんです……どうすれば、あんな風に燃え広がるのか……とにかく、熱くて……女の子が、多分、私達と同世代、なのかな。その、怒りや、苦しみ、悲しみ、とにかく全部が混ざった、ような……そんな、夢です……すいません、その……」

 

 フラッシュバック、またはそれに準じる何かなのか、左手で顔を覆いながら話す彼女の目からは、再び涙が零れ落ちている。差し出した手を握る右手からは、震えが伝わってくる。

 

「いやいやいや、十分だし、めちゃくちゃわかりやすい。話してくれて、ありがとう。ただ………………」

 

 今の夢の内容に、引っ掛かるものでもあるのか、先輩は記憶を辿るように何かを考えている様子。加えて、彼女が誰かの思いを夢に見る際は、その感情まで伝わってきてしまうのだろう。その恐怖が、佐藤さんの入眠を困難にしている。

 

「……先輩、抜本的な解決にはならないかもしれませんが、当分の間、佐藤さんには7キロ以上離れた所に住んでもらうことはできないのですか?」

 

「えっ? そんな……」

 

 常識などないこの学園なら、十分に可能であると思われる。

 

「うん……それで当座を凌げるなら、アリだな…………ただ、それじゃ、ダメかもしれん……えっと、能力の内容の中で、何か抜け道っていうか、その人以外の思いを夢に見る方法ってない、かな?」

 

「そ……それは……とても、難しくて……」

 

「えっ? てっきりそんな都合のいい方法ないと思ったんだけど、本当に細かいルールがあるんだ。難しいとしても、存在しないよりはマシだと思うから、教えてもらってもいい?」

 

「……」

 

 もしそのような方法があるなら、そっちを取るべきなのは間違いない。きっと7キロ離れるのであれば、森の中か、学園区画ということになるかもしれない。

 

「はい……まだ実際の所はわからないのですが、どなたかの、夢に……入れてもらって、許可をいただけると、その人の……思いを、夢に見せてもらうことができるんです……何、言ってるか、わかりませんよね?」

 

 苦し気ではなくなったが、今まで以上に言い辛そうに話す佐藤さん。話すことに集中しているからか、玄関で顔を合わせた時よりは、幾分調子が良いように映る。

 

「あぁ、試して実感してないと訳わかんないことって多いんだよね。でも、イメージは明確なはず。つまり、誰かに頼んで、その人の夢に侵入、は言葉悪いか。入らせてもらって……その後は? 夢の中にいる本人に許可を貰う、とか? でも当人が夢の中にいるとは限らない、か」

 

「あっ、いえっ、そうです。入れてもらった夢、というのは、その人の思いの中、なので、そこにいる、ご本人に許可を貰えれば……あの、後は寝る時である必要はない、のですが、普段からある程度近くでその人と生活していないと……徐々に、その人の思いを夢に見ることができなくなってしまう、というのがルールです」

 

「それはまたピンポイントな……でも、能力のルールってそういうの多いんだよなぁ。うーん…………後、聞くべきことは……あ、難しい、か。その、誰かの夢に入れてもらうことって、佐藤さん本人や、その人に何かリスクはあるの?」

 

 私が気になる部分を、先輩はすかさず埋める。これは本当に、稀崎先輩の言う通りなのかもしれないとも思ったが、今の疑問は誰もが考えると改める。

 

「リスク? あの……その人に、迷惑がかかります。入れてもらう夢というのは、その人の深い部分に関わる思いかもしれないので……私には、特に危険なことはないです」

 

「もし、許可がもらえなかった場合は、ずっと夢に閉じ込められるとかは、ない?」

 

「はい……長くても、数時間もすればその人が目覚めるので、エネルゲイアは解除されます」

「よし……最後に、夢に入れてもらう具体的な方法は?」

 

「えっ? それは……できれば、寛げる体勢になってもらって、私が夢に入ることを、その……許してくれる、イメージを頭に浮かべてもらえれば、その人は睡眠と同じ状態になって、私は夢の中に入れます」

 

「なる、ほど。えっ? それってつまり、ガチな不眠症の人からしたら、ある意味夢のような話なんじゃ……いやごめん、今はそれじゃない。で、中原、作戦を思いついた」

 

 親身な相談員から、普段の先輩のそれに表情が戻る。感じるのは、微量な苛立ち。

 

「採用するかどうかは、聞いてから検討します」

「よし。まず……中原って一人部屋だよな?」

 

「はい」

 

 既に作戦とやらの全容が透けて見えるが、私自身の思いついたそれと酷似しているため、先を促すこととした。

 

「手続き系は全部俺が請け負うから、ここに引っ越すのはアリ? いや違った、中原に聞く前に佐藤さんだ。えっと、中原は、その…………まぁ色々あるけど、完全に悪い人間じゃあない。その夢を回避して、現状を改善できるなら、ルームメイトになってもらえないだろうか?」

 

「……」

 

 もう何度目だろうか、この男に憤怒と殺意を抱くのは。

 

「……あの、それは、中原さんの夢に、入れて、いただく、ということでしょうか? でも、そんな……」

 

「私でよろしければ、協力させていただきます。何より、もう一週間以上も不眠が続いているなら、早急に解決すべきです。少なくとも、私の方は佐藤さんとルームメイトになることについて、拒否的な思いも負担感もありません。もし、佐藤さんがよいのであれば」

 

 本当の意味で憔悴すればこのように起き上がって会話をすることは難しい。そのような重篤な事態に陥る一歩手前であり、この余裕のない状態で少なからず他者を思いやれる彼女とルームメイトになることに、大きな不安は感じない。

 

加えて、この間取りであれば十分にプライバシーは守られ、客観的に見て一般感覚に疎い自分でも、彼女との共同生活は成り立つという見通しが持てる。蛇足だが、角部屋に移れるというのも、心理的には好ましい。

 

「……私は、もちろん……その、中原さんがよろしいのであれば……でも……」

「よし、決まりだ。中原は、ソファでも熟睡できる人?」

 

「はい、問題ありません」

 

 言質を取ったとばかりに話を前へ進める先輩に乗る。行動に移すのならば、早いに越したことはないはずだ。

 

「そ、そんな……あの、よかったら、私の部屋のベットを使って下さい。シーツは、今朝洗ったので、一応、清潔だと思いますし……」

 

「じゃあ、お言葉に甘えよう。佐藤さんの部屋はそっち?」

 

「あ、はい」

 

 何故貴様がお言葉に甘える、と思ったが、彼女の罪悪感が膨らまない内に流れで押し切ることについては賛成だった。

 

 部屋の大きさは言うに及ばず共通、備え付けの机とベットの他には、彼女の状態を物語るかのように、荷解きの済んでいない段ボールが数箱、部屋の隅に寄せられており、入学して十日経った現在とは思えない室内の様子だった。

 

 不必要な点には触れず、勧められるままにベットで横になる。セーラー服が皺になることを気にする彼女には、同じものが後三着分あると返しておく。

 

「ほぉ、つまり黒セーラー大好きってこと?」

 

「……確かに、この服は存外動きやすいので好んで着用していますが、制服を用意する時間がなかった補填として、学園側が買ってくれたものです。それで、後は佐藤さんのエネルゲイアを受け入れることをイメージする、ということで問題ありませんか?」

 

「はい……でも……あの、本当に、私なんかが許可を貰えるのか、自信がなくて……せっかく、ここまでしていただいてるのに……」

 

「あれっ? 許しを得ることって、何かハードルっていうか、条件みたいなのがあるの?」

 

 私もてっきり、受け入れるイメージをした時点で後は手続き的なものだと理解していた。

 

「条件、というか、おそらく、今知り合ったばかりの中原さんの夢では、中原さんは私のことを知らないと思うので……私一人で、その……うまくお話ができるか……」

 

 佐藤さんは部屋から少し入った位置から見に回っていた先輩へ向き直り、不安を吐露する。

 

 おそらく人見知りである佐藤さんからすれば、無理もないことかもしれない。

 

「うーん……リスクがないなら中原には半永久に寝てもらってクリアまで無限コンティニューで何とかなると思うけど……ちなみに、一人でってことは、もしかして誰かを夢の中に同行させることって可能?」

 

「あの……はい。一応、私を含めて35人まで入れます」

 

「凄っ! クラスで遠足行けるレベルやん……とすると、援軍を……いやでも、それだと早くて明日、下手したら結構待つかもなぁ……今主力のヤツらはデスマーチだから」

 

「では、先輩が同行して下さい。気付いているかと思いますが、佐藤さんは今、眠っているべき時間、体力が尽きて気を失っているような状態です。出来るだけ早く、健全な睡眠を取ることが必要です」

 

 彼女が他者の夢へ足を踏み入れるのはこれが初めてなはず。ならば不測の事態も大いに考えられる。そしてここまでの聞き取りも含め、先輩はエネルゲイアに端を発した問題事には慣れており、その解決能力については、現状の立場が示していると推測される。

 

「えっ? 一応、おじさん気を遣ったんだけど、いいの? 俺が夢の中に入っても? 言っておくけど、バリバリに興味あるぞ?」

 

「今の発言で拒否感が高まりましたが、背に腹は代えられません。それに、見られて困るような記憶は特にありません。プロフィール上で特異な点は、生後まもなく両親が急病で他界、その後は祖父に育てられたこと位です」

 

「さらっと言う重さじゃねぇ……しかもそんな風に言い切れるとかメンタルぶっ壊れだろ……あぁ、そんなんだから毎日殺害予告みたいなメッセを送ってくるのか……」

 

「佐藤さん、お願いします」

 

 先輩が何を言っているのかはわからないが、とにかく先を促す。

 

「あ……はい……本当に、ありがとうございます。あの、副会長さんも、いい、ですか?」

 

 遠慮という概念が雰囲気全体を占めていた彼女の目に、決意が宿る。佐藤さんは控え目に右の掌をこちらへ向ける。

 

「うん、存分に始めて」

「っ……」

 

「―――――――」

 

 次の瞬間、何の前触れもなく私は意識を消失した。

 

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