トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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それぞれの9月23日 中原サヤ  中

「―――――――」

「―――――――」

 

 視神経を根こそぎ焼き切られそうな両目の熱が、全身に膂力を供給し続ける。

 

 突き、蹴り、捉えたはずの全てが、触れる寸前で躱される。それでも、阿僧祇先輩に後退はない。そして、まるでそう決めているように、こちらが二度攻撃を行う度、的確な一撃をコンパクトに返してくる。

 

「――ぐっ!」

 

 軽く放たれた蹴りを後方へ跳びながら両腕で受け、ダメージを抑えるが、追撃を貰えばそこで意識を刈り取られるのは避けられないだろう。

 

 

 彼女の言葉を引用するなら、お互いステゴロで向こうはエネルゲイア禁止。

 

 現状は非常にシンプル。こちらの攻撃、突き、蹴り、当て身、その全てをいなされ、避けられ続けている。また、掴みを狙うという案は、単純なパワー差により瞬時に選択肢から追放せざるを得なかった。

 

 現在地は学生会館地下、理事長がエネルゲイアを解放させた中心地、永遠に黄昏が続く広大な空間。見たままを言語化するなら、豊かな自然の大部分が焼き払われた、薄暗い公園の跡地。

 

 トワイライト・エネルゲイアと呼ばれる怪現象により、私の身体能力は大きく向上しており、この鋭敏になり過ぎた感覚にも、大分意識が馴染んできたように思われる。

 

 動きの鋭さは増し、その質はアップデートを繰り返しているものの、未だ目の前の相手に届くイメージは得られていない。これ程の機会を与えられて尚、この為体が今の私の実力だった。

 

 つまり前述の通り、程よく加減されている。加えて、もし刀があったとしても結果に変わりはないと言い切れる。それに刀の使用を禁じたのも、間違いなくこちらの身を案じてのことである。

 

 その辺りで、振り返る思考を切る。

 

 吹き飛ばされ、再び20メートル程の距離を隔てて対峙する格好となるが、そこで阿僧祇先輩はスマートフォンを取り出した。

 

「――おっ、アラーム。ちょっと一旦お話タイムね。テキトーに休憩して。大分、黄昏にも意識が慣れたみたいだし……うーんと、もし不意打ち出来そうならチャレンジもOKだけど、その時はそこそこ強めに反撃するかもだから、そこだけ注意ね」

 

「っ……」

 

 確か、40分にセットしていると聞いた。なので、もうそれだけ経過したということだ。経過時間に対し、その実感は薄いものの、何回蹴り飛ばされたか思い出せないことで、納得に至った。

 

 

 それはまるで、捉えどころのない、流れる水。そして、以前久我谷君が猿真似と称していたことについて、申し訳ないが、これについても納得してしまう。

 

 拍子を知覚できない変幻自在な動き、それらは回避と反撃が読めない一つの流れとなって、的確にこちらの攻撃を躱し、逆に芯を捉えてくる。差し当たって、この40分間は彼女が言っていたように、ある種の答え合わせのような時間ではあった。

 

 その内の一つ、あの男があれ程の回避能力を備えているのは、当然のことだった。でなければ、先輩は彼女にもう何度も殺されているはず。

 

「――サヤの能力。中でも、身体能力の強化はイイ効果だね。実際、それがあるから、練度の離れた強い上級生とも正面からヤれてる。サヤは気付いてる? 元々格闘技、武術をやってたこと、それ自体は、そこまでアドバンテージにならないってこと」

 

 ゆっくりと距離を詰めてくるが、先程までの圧はなく、言葉の通り、話をするつもりのようだ。

 

「はい。逆に、その癖が能力者同士の戦いにおいて、致命的な要因になることすらあり得ると捉えています。ただ、それでもアドバンテージはゼロではないとも思っています」

 

 そもそも、そういった経験がある学生の方が、この状態を得てからの戦闘技術向上に費やす熱量は多くなると考えられる。

 

「そだね。モチベも入れれば、間違いないんじゃないかな。能力者同士の戦いは、そもそもノウハウがないから、基本はチエっちに習って、後は自分でっていうのが今、かな。シンを見てると、ハゲ李さんと話すのもイイかもしれないけど」

 

 今の言葉で、未だ迷っていた授業履修が一気に現実味を帯びてきたように思える。今後は、彼女にアドバイスを求めることは許されるのだろうか。少なくとも、上級生との間にある一年間の差は、非常に大きな隔たりであると認識している。

 

「工夫は大事。けど、今ここでサヤが私に一発も当てられない理由は簡単。動きのスペックが違う。これは、サヤの能力を以てしても、私の全力に及ばないってこと。それに、練度って言っても、全部人それぞれだから、この問題を時間が解決するかもそれぞれ」

 

 先輩が漏らしていた通り、阿僧祇先輩は本来、かなり話すようだ。本日のやり取りで、その印象は大きく塗り替えられたことになる。加えて、話す内容もそうだが、とても貴重な体験をしているように思えてくる。これが、プレゼントなのかもしれない。

 

「常室……ノリカネじゃない方の。アレはちょっと事情が違うから置いとくとして、私とミオが他の人と違うのは、やっぱり練度の上がり方じゃないかな。シンプルに言えば……生きてるだけで上がってくって感じだから」

 

 その二者が桁違いであることは、奇しくも野球のようなものをした際にまざまざと見せ付けられてはいる。

 

「あの……練度の高さについて、阿僧祇先輩から見ると、お二人の下に続くのは、誰になるのでしょうか?」

 

 結局、私自身が気になる部分は変わらないらしい。

 

「うーん……どうだろ。斑鳩如月の本気を見たことないからなぁ……けど、あの二人が真面目にヤるなんてないだろうし、除外でいいのか。となると……候補はヒカリ、天王寺先輩……で、シンにナギに、そこら辺はもう団子じゃない? 身体能力だけじゃ決まらないレベルだし」

 

「……」

 

 想定内の返答ではあった。阿僧祇先輩、碓氷先輩からすれば、欧陽先輩、天王寺先輩以外に関しては、特に考える必要もないのだろう。

 

「けど、今は勝負しようって感じの話になってるから、守りに徹した時のしぶとさで言えば、シンとナギ、レイカはかなりヤバいよ。絶対に諦めないっていうのは、病気だし、強みだよね」

 

「っ……はい。病気という部分はともかく、そう思います」

 

「いや、そこ結構重要なんだけどなぁ。だってさ、勝てない、自分の攻撃が全く通用しない、何やってもジリ貧、それで心折れないって、割と狂ってるよ。で、その点ならサヤもまぁまぁ一緒だし」

 

「…………」

 

 確かに、話としては十分に理解できる。ただ、個人的にはそれが諦める理由にはならない。あくまで感覚的な問題なのだが。

 

「何にせよさぁ、戦いたいからって戦いに特化した能力が得られる訳じゃない。私とサヤもそんな感じ。最たる例は、やっぱり天王寺先輩かな。人生、思い通りにゃいかねぇぞってヤツ。そこに無理やり繋げて、サヤにはサヤの、サヤだけにしか出来ない役割があるん、だっけ?」

 

「っ……あの、それは……」

 

 正直、何を聞かれているのか分からない。

 

「今のは流してよし。兎にも角にも……これを一気食いしてもう一勝負といこっか」

「――っ!? これ、は……」

 

 言いながら近くまで来た阿僧祇先輩。その掌の上に乗せられていたのは、スティック羊羹が3つ。

 

「これも一応合わせ技って言うのかなぁ。だとしたら、その部分はちょっとシンだけズッコイ気がするけど。とにかく食いねぇ」

 

「っ、はい……」

 

 言われるままに、羊羹を受け取る。正直、今一番欲しかったものかもしれないが、とても口には出せない。

 

「……」

 

 マズい。集中を必要とするエネルゲイア故か、禁断症状というのはこのような状態なのかと思われる焦燥感が右手を僅かに震わせる。

 

「……シンに言っといてあげるよ。一日に1個渡すように――」

「――本当で、しょうか……」

 

「謎な圧……うん。それはガチで言っとく。サヤなら、その程度の報酬は受け取るべきだよ」

「ありがとう、ございます」

 

 客観的には痛い程に自覚しているが、この黄昏の中では、どうにもこの湧き上がる欲求を抑え難い。

 

「っ……っ……っ……」

 

 そしていつの間にか、3つ目を食べ終えていた。本来ならばほうじ茶と合わせてゆっくりと味わう所だが、現状では明らかに本能が勝っている。

 

 

「―――――――」

 

 

 違和感、ではなく、これは新たな気付きと確信。先月感じたものが、完全に手の内へと収まった感覚。だが、今この場では大したことではない。

 

「…………」

「…………いつでもどうぞ」

 

 いつの間にか、20メートルの距離に立つ赤髪の麗人。薄青に光る瞳は、より鋭い殺気を放っている。

 

 そう。

 

 分かっていた。

 

 技術、鍛錬、工夫。木の葉を重ねていくような歩みでは、達せない高み。

 

 だからこそ、あの男は不意を打つ戦術を殊更に奨めてきた。正直、今はそれも悪くない。

 

 ただ、この場で必要なのはパワーとスピード。その二点のみ。

 

「――――――」

 

 軽く蹴って前へ。比較的ゆっくりと、それでいて地を這うようにこの身は推進する。

 

 後はタイミング。だがそれは、大したファクターではなく、気休めに過ぎない。

 

「……」

 

 相手は悠然と待つ。構えはない。

 

「――っ」

 

 踏み込む。

 

 その瞬間、既に突きは躱されているが、後方へ回り込んでの肘が本命。

 

 全てを解放してからの感覚はとても曖昧で、視覚情報は、まるで流れるスライド写真を見ているようにたどたどしかった。

 

「―――――」

「―――――」

 

 最速で振り抜いた右肘が、こめかみを捉える。

 

 首をへし折り、頭が弾ける感触。

 

「っ?」

 

 しかし、ここで対象を見失う。分かったことと言えば、彼女は動いたのではなく、消えたということ。

 

「――――」

 

 首に極軽い衝撃。身体の自由が完全に失われる。

 

 

「――――また明日な――――だったっけ?」

 

 

 はっ? と言いたかったが、その前に意識は途絶えてしまった。

 

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