トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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それぞれの9月23日 太刀川シン 後

「――それじゃ、頑張れよ、見習いマネージャー」

「まぁ……はい。これから、鳴海さんは?」

 

 大半を無駄話に費やし、目的地に到着。二人が車を降りる中、俺はここでやっとシートベルトを外す。

 

「さっきも言ったが、彼らへの監視が緩んでる、その狙いまでは堅い。先は、臭いを辿ってくしかねぇだろうな。俺はあくまで、一般市民への被害軽減に努めるさ。分かり易く言えば、安全な場所で待機って話だ」

 

「はい……多分、連絡させてもらう展開になると思うんで、休憩中じゃないことを願ってます」

「そうしてくれ。状況説明はその時の必要最低限でいい」

 

「了解っす――」

 

 ドアを閉め、金と銀の美少女を追う。

 

「――刑事さんと別れ際にそれとない会話を交わす高校生……シンってもう、ほぼほぼ古い漫画の主人公だねっ」

 

「古い、要らなくね……」

 

 まぁ否めないけど。最近の半分は異世界に行ってなんぼだし、俺もそこそこ異世界には憧れてる。

 

「っ……ちっとマズいなぁ……」

「えっ? 何が?」

 

「あぁ、いや、まぁとりあえずは、問題ない」

 

 そう、気にしなければ、問題ない。

 

「――ほら、二人共、コレ首に掛けて。インターンってことにしてるから」

「おぉ……社員証的なヤツやん……」

 

「しかも、ちゃんと本名だよ。つまり、何か聞かれたら天津神学園って言ってイイ感じ?」

 

 とりあえず渡された物を言われた通りに首から下げるバイト二人。

 

 そして、国内最大のアリーナらしいが、地下駐車場にいる段階ではその最大規模な感じは特に伝わってはこない。それは、化け物みたいに広い立駐でのドライブを既に経験したからかもしれないが。

 

「もちろん、基本的には言わなくていいわ。段取りについては私が全部把握してるから、二人はただ付き人みたいにしてれば多分問題ないと思う」

 

「それは素晴らしい。で、いつもの方々も来てるんだよな?」

 

 でないとさすがに心細いんですけど。

 

「……今回は少しだけ、園山さんを誤魔化すのに苦労した。森永さんは夏の疲れで体調不良、熊野さんが来てくれてる」

 

 森永さんって確か、お墓参りの時に同乗してた人だったか。まぁ違うかもしれんが。

 

「シン……今更だけど、銀髪って死ぬ程目立たない?」

 

 ホントに今更なことを言い出す猫耳少女。だが、車内での会話を経て、大分距離は適切な感じになったような気がしないでもない。

 

「よし。バンドやってるってことにしよう。お前ベースで、俺ドラム兼ボーカル」

「なーる。それでいこっ」

 

「面倒な設定増やさないでよ……」

 

 来たことのあるレイカに付き従い、関係者専用のエレベーターに乗る。

 

「とりあえず、熊野さんに会って安心感を得たいな」

 

「熊野さんってどんな感じの人?」

「寡黙で渋い、二児の父だ」

 

「最高じゃん……」

「……考えてみたら、この二人にマネージャーなんて絶対務まらないわよね……」

 

 考えなくても分かることを漏らしつつ、レイカはエレベーターを閉める。

 

「そりゃぁ……あ、そういえば、桐島さん……緋乃レイカって、黒髪だよね? あ、これから準備するのか。ゴメン」

 

「いや、今はもう金髪のイメージだと思うぞ。年度で切り替えてずっと金パで出てるし」

「おぉ……またしても時の流れ……ちなみにそれって、単なるイメチェン?」

 

「あぁ……ウィッグ付けんの面倒臭いとかだと俺は認識してたけど、戦略?」

「……そうね。戦略と言えば戦略よ。前の曲を歌う時は、黒髪にしたりするし」

 

 黒髪も素晴らしいが、レイカは単純に金髪のイメージが強いし、それが一番似合ってる気もする。そんな話で、タケルと盛り上がった記憶もある。

 

「よぉし。無駄口を叩かず、姿勢を正して礼儀も正しく。杉浦教官から仕込まれた正しいお辞儀を見せる時が来たな……」

 

「アーティストマネージャーの適性……将来の夢にOLって書いてる私だけど、こんな大手でインターンさせてもらえる機会なんて、考えてみたら結構貴重だよね……」

 

「不安しかないんだけど……」

 

 そしてエレベーターが開く。どうでもいいが、ここはアリーナのどの辺りなのだろう。

 

「……」

「……」

 

 レイカに続いて歩くしかないが、そこそこ広めな通路は結構なカオス。

 

 重なり過ぎて騒音と化した声、行き交う各種スタッフの方々、各個室の扉は開いたり閉まったりで忙しく、怒鳴り声が騒音にアクセントを加えている。そういえばな話だが、今はある意味で本番直前であり、ピリピリするなら今しかないのかもしれない。

 

「――っ、時間通りですね。助かります。三人共こちらへ」

「っ……」

 

 声を掛けてきたのは、眼鏡を掛けたスーツ姿の女性。レイカに続いて最小限の挨拶を交わすが、何とお互い初見ではなかった。そして何となく察する。

 

 彼女は学園関係者。今回の俺とセナの同行が決まって、しっかり現場にも人員を送ってきたということだ。これも考えてみれば当然の話。つまり、今日はやはり社会勉強ではなく、参考にならない例外対応の連続が予想される。

 

「――こちらで、少々お待ち下さい。すぐに案内のスタッフが来るので、指示に従ってステージ上でインタビュー。二人は袖で待機して頂いて、終わり次第そのまま帰っていただいて問題ありません」

 

 案内されたのは静かな個室。何か、ドッキリの番組で見る控室って印象。とりあえずパイプ椅子に座っておく。さすがにお菓子はない。

 

「話が随分違うけど、凄い根回しね……」

「えっ? どゆこと?」

 

 一人状況を理解していないセナが、驚いた様子で俺を見る。

 

「……太刀川君。先日は、本当にありがとう。貴方が命を救った職員は、私の同期です」

「いえ。木村さん、でしたか。左腕骨折と聞きましたが、具合は問題ないですか?」

 

「はい。むしろいい薬です。では――」

 

 颯爽と退室していく顔見知りの職員さん。

 

「……えっ? シンって、何者?」

「いや違う違う……」

 

 セナは多分、俺がこの業界にコネを持っていると勘違いしている。そんなことある訳ないだろう。

 

「あんなこと言われる人、現実にいるんだ……完全に漫画じゃん……」

 

「藤堂さん、落ち着いて……今日のスケジュールには、学園の力が働いてる。さっきの彼女はその関係者なの。会議とかで顔を合わせたことがあるんでしょ?」

 

「完全にそう。っていうか、レイカは……まぁそのままで問題ないか。メイクもその仕様だし」

 

「っ……ここで発砲するのはマズいわよね……もう少し携帯に便利なサプレッサーはないのかしら……」

 

「ゴメンて……」

 

 レイカが嫌がる話題の一つだったが、マネージャーとしては気にすべき部分ではあるだろう。

 

「――失礼します。急ぎ、ステージの方へ」

「っ、今度はツバキさんかよ……」

 

「また顔見知り?」

 

 いや、彼女は顔見知りよりはやや関係性が深いかもしれない。現れたタイトスーツの女性、神宮ツバキさんは一応殺り合った仲ではあり、薙刀の名手として知られている、らしい。とりあえず沸点が低いので、あまり迂闊なことを口にしてはいけない。

 

 また、この場に相応しいとは言えない人選だが、思えばあの辺の男性職員は皆巨漢揃いなため、他に適任がいなかったのかもしれない。そういえば、今後は脳筋じゃない男性職員も採用していく方針と小耳に挟んだ。

 

「ほら、行くわよ。よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いします。太刀川シン。遺憾なことだが、先日はお前の目論見通りに運んだ。彼女への手紙には、何としたためたんだ?」

 

「えっ? 読まなかったんですか? だったら……」

 

 ツバキ姐さんのことも色々ふざけて書いたのに。

 

「彼女? 手紙?」

 

 レイカの眉間を確認した瞬間、俺の危機察知がすぐに反応する。

 

「――ツバキさん、その話は今度……」

「っ、そうだったな。失礼した」

 

 ツバキさんは任務を遂行すべく、我々三人の先導に移る。

 

「レイカ、四月に逮捕した人の件」

「っ、そう……」

 

 まぁこれで概ね理解してくれるだろう。

 

「シンと桐島さんって、秘密警察みたいな感じなんだね」

「お前漫画好き過ぎだろ……」

 

 アウトドア派にはとても見えないけど。

 

 妙なベクトルで目を輝かせるセナは一旦放置し、明らかに人払いされている通路を経て、インタビュー会場らしいステージの近くに到着する。

 

「うわ一気に非現実……」

「だねぇ……」

 

 所謂舞台袖というヤツだろうか。だが、中学校の体育館のそれとは、規模が割り箸鉄砲とロケランくらい違う。そして圧倒的場違い感。

 

「――これ以降、こちらはノータッチです。インタビューが終わり次第、先方は次のスケジュールに移ると捉えているので、すぐに解放されるでしょう」

 

「分かりました」

「ありがとうございました、神宮さん」

 

「もうツバキでいい……キミが、藤堂セナか?」

「あ、はい……そう、です」

 

 いきなり振られ、おっかなびっくりな猫耳少女。

 

「そうか……では、失礼する」

 

 何か言いたげな感じにも見えたが、ツバキさんは足早に去る。一方で、インタビュアーと思われる、俺でも知ってる女性キャスターと、関係者っぽい男性スタッフ二名がこちらに気付いて近付いてくる。

 

「結局、国と学園のやり過ぎなフォローで、二人はやることが無かったわね」

 

「そこはもっと喜ぼうぜ……」

「何か私はちょっとだけ残念だよ……」

 

 結局、俺とセナは挨拶だけして後はレイカがしっかりと余所行きモードで対応。何か勝手な見方だけど、貫禄があるように見えてしまう。さすがトップ歌手。

 

「あのキャスターの人、大抜擢だね。シンは知らないでしょ?」

「いや、お前が停止してる間にがっつり出世したんだよ……」

 

「マジすか……」

 

 この番組の規模と照らし合わせても、安定のキャスティングであると思われる。

 

 当然することもない我々は、なるべく邪魔にならなそうな場所からレイカを見守ってる風な空気で待機する。けど、結構周りは騒がしいから、喋っていても問題はなさそう。

 

 まぁそうは言っても黙り続ける俺とセナだったが、頭上に見える安っぽい掛け時計が15分経過を知らせてくれた時点で、自然と手がポケットのスマホへと伸びた。

 

「インタビューって、レイカだけなのかな。番組ちょっと検索してみるか」

 

 ぶっちゃけ暇だし。皆スマホ弄ってるし。仕事だろうけど。

 

「あれ? シンのスマホ、デカくなってない?」

「お前そろそろ自分が浦島状態だって自覚持とうぜ……」

 

「いや……浦島って表現は違くない?」

「知らんけど、ニュアンスが伝わればいいんだよ――うん? どうか、しましたか?」

 

「えっ? あ……」

 

 仲間になりたそうな目、ではなく、セナを凝視していた様子の男女二人がこちらに近付いてくる。ちょうど舞台袖の奥側に当たるここは、作業をしているスタッフさん達とはそこそこ距離がある。

 

「あ、すいません。マネージャーさんだったんだね? てっきり、アイドルの研修生かと思ったよ」

 

「けど、さすがに学生さん、ですよね? インターンって、こういうマネージャーにもあるんですか?」

 

「いや、ウチはやってないと思うけど、どうだろう……それより、キミは、向こうに立つ側には、興味ないの? 絶対イケると思うけど」

 

「私もそう思うっ。だってそんな綺麗な銀髪、見たことない……もしかして、地毛なの?」

 

 盛り上がるスーツのお二人。どっかの事務所の人なんだろうか。とりあえずよく分からん。

 

「……えっ? 私……ですか……えっ!? シン、これって噂のスカウトっ? それともナンパって、ヤツ……どっちも人生初だぁ……」

 

「いやナンパはないだろ……っ」

「許されるなら、ナンパもしたいけどねぇ」

 

 いやそこは真面目に仕事しようぜお兄さん。と思った瞬間、結構ビックリな人物を視界が捉える。

 

 

「――関谷さん、浦部さん、呼ばれていましたよ」

 

 

「っ、あ、あぁ……ごめん、ありがとう。すぐ行くよ」

「え……っと、いきなり話し掛けちゃって、ごめんなさい」

 

 お兄さんとお姉さんはすぐに踵を返す。まぁこの場に暇な人なんていないのだろう。俺ら二人を除いては。

 

「シン……ちょっと待って……目の前、神威っ、に見えるんだけどっ……」

「あぁよかったわ。俺からもそう見える」

 

 まぁさすがに幻とは思っていなかったが。

 

 でも思ってたより小柄。170ジャスト位か、痩せてるからそれよりも小さく見える。アッシュカラーの長髪に黒のジャケット、とりあえずイメージ通りの格好で、さっきの低音ボイスも瞬間的にはアテレコみたいに聞こえた。それ位、中性的な顔とギャップのある声だった。

 

「キミの方が少し困っている感じだったから、声を掛けちゃったけど、女の子の方は、満更でもなかったのかな? もしその気なら、改めて担当者に紹介するけど?」

 

「えっ? あ……いえ……っ、あの、つかぬ事をお聞きしますが、神威、さん……ですか?」

 

 テンパった末に前へ突っ込む判断となった様子のセナ。少し意外だが、そうするなら俺の背中に隠れないでほしい所ではある。

 

「多分、本名でその名前の人はかなり希少だと思うから、僕がキミの思っている神威で間違いないと思うよ。一応、歌を作って歌って、生計を立ててる」

 

 MVだと結構な眼光をされているけど、普通に優しくて、話しやすい第一印象。営業モードかもしれないが。

 

「シンさん……ガチもんの天上人ですよ……これが、芸能界……」

 

「いやシャツ伸びるからもう少し握るの緩めようぜ……え、っと、とにかく、助かりました。ここで誰とも関わらずに待っているのが、役目だったので」

 

「だとしたら、話し掛けずに去るのが正解だったみたいだ。同じぐらいの年齢に見えたから、つい嬉しくなってしまったのかもしれない」

 

 確かに、十代に見える人間は見ていないが。

 

「え……同年、代? なんですか?」

 

「おっと、年齢は公表していないんだった。本当はどうでもいいんだけど、二人は、高校生だよね?」

 

「そう、見えます?」

 

 俺は少なくとも、人を見かけや髪の毛では判断できないが。

 

「見えるね。でも、そう言うと僕の年齢もバレちゃうから、嘘だと言っておくよ。それに、そろそろ二人の所に行かないと。そっちの嘘はもうバレているだろうし」

 

「えっ? 嘘って……」

 

 どうやら、本当に困っている俺らを助けてくれたらしい。

 

「――終わったわよ……」

「っ」

 

 こっちも痺れを切らした様子で、実働30分未満の仕事を終わらせたレイカがこちらへ。

 

「緋乃レイカさん……やっぱり、貴女の事務所の方でしたか。何となく、そう思ってたんです。初めまして、神威です。緋乃さんの曲は、普段から聴かせてもらっています」

 

「こちらこそ、初めまして。緋乃レイカです。次、ですよね?」

 

 変わらぬ余所行きスマイルでそう言うと、レイカはステージの方へ視線を向け、意図を伝える。

 

「時間通りとは、少し驚いたな。一旦戻らなくてよくなったことも含めて、ありがとう。失礼します」

 

 こちらにも会釈をし、傲慢さを全く感じさせない人気歌手は、ステージの方へゆっくりと歩いていく。

 

「まぁ、そうだよなぁ。素人の前だと、あんな感じが普通だよな」

 

 だが、それよりも。

 

「ほら、話すなら駐車場まで戻ってからにしましょう」

 

 

「――レイカ、セナも、ちょっと聞いてほしい」

 

 

 もう、黙ってはいられない。

 

「えっ? 何?」

「……早く言って」

 

 真剣さが通じたのか、両者俺の方へ向き、聞く体勢になってくれる。

 

「ちょっと、トイレ行ってもイイ? マジでリミットブレイク寸前……」

 

 これは冗談ではない。

 

「……」

「……」

 

 だが、二人の表情は落胆に染まっていく。何故なら、サービスエリアでは大丈夫だと豪語していたからだ。

 

 

 そして、呆れたレイカから逃げるように、俺とセナは最寄りのウォータークローゼットへと向かった。

 

「――さすがに桐島さんと待ってる感じだと思ったんだけど……」

「今日は、ずっと一緒だって言っただろう?」

 

「それはさすがにキモいって……」

 

 どんな暴言を吐かれようが、俺は今トイレに行ける喜びで満たされている。

 

「――よし、誰もいない。洗面のトコで待ってて」

「はっ? いやいや、ここで待ってるって」

 

「駄目だ。お前の気配をもっと近くで感じていたい」

「だからキモ過ぎるって……」

 

「いいから早く。秒で終わらすから」

「言っておくけど、今ので私ルートは消滅したよ……」

 

 一向に構わん。

 

 俺はキモがるセナを入口へ押し込み、出来る限り最速で用を足す。

 

「よっしゃ。これでもう憂いはないわ」

「…………」

 

 手を洗う俺に対し、白い目で抗議の念を示すセナ。もちろん黙殺する。

 

「――小市民丸出しだけど、さっき握手かサイン貰えばよかったかなぁ……だって、もう二度と会える人じゃないよね……」

 

 通路を歩きつつ、セナからは言ったままの小市民発言が漏れる。

 

「っ……確かにな。間違いなく…………………………もう会えないだろうな」

「だよねぇ……」

 

 

「――あれ?」

「――話し掛けられそうだから逃げてきたの。ほら、行くわよ」

 

 腕を取られて強引に反転させられ、我々三人はエレベーターの方へ。

 

「そういや意外だったな。神威とトップアーティストトークが始まるのかと思ったけど、初対面だったんだ?」

 

「言ったでしょ? 私、他の人と出会う機会ないって。多分、向こうも同じようなものだと思うけど、それは知らないわ」

 

 とりあえず、腕離した方がイイんじゃないかなぁ。今すれ違ったおっさんガン見してたけど。

 

「何か、神威さん高校生説出てきてなかった?」

「本人がそう言ってたから、そうなんだろうな」

 

「へぇ、そういえば、恋人なのかしらね。さっき、マネージャーって感じには見えない女の人がいたんだけど、彼女も何となく、同年代に見えたわね。スタイルは……凄かったけど」

 

「へぇ……」

 

 そりゃまた。

 

「この業界にいると、見た目で年齢が分かるようになるの?」

「そんなことはないと思うけど、案外そうかもしれないわね」

 

 そして安全圏を意味するエレベーターに到達し、地下駐車場まで戻ってくる。

 

「――熊野さん」

 

 清潔感のある巨漢、寡黙ドライバーの熊野さんが俺の心に救いをもたらす。

 

「……」

 

 こちらに一例し、近くの車に乗り込む。どうやら、この前乗せてもらったのとは違うっぽいが、もしかしたら同じのかもしれない。

 

「ホントに渋い……男が目指すべき男だね」

「いや、ああなれるのは一握りだろ……」

 

「――ほら、アンタは助手席」

 

 促されるまま、俺は助手席に乗り込むと、ドライバーが代わっただけで、位置関係は変わらずな様子。これが、我が国の国民性か。

 

「よろしくお願いします」

「……」

 

 一瞥を返され、車はスムーズに発進する。

 

「ただ……うーん。大分早いな。さっきの予定が爆速で終了したからなぁ……」

 

 早い分には問題ないだろうという考え方だとは思うが、確かに逆でなければってのは本当だ。

 

「寄る所があるのよね? 前倒しは出来ないの?」

「1秒単位で時間指定。場所も近いし、細かくは熊野さんが把握してる」

 

「っ……えっ? 熊野さん、って桐島さんの事務所の方なんじゃないの?」

 

「熊野さんは学園の卒業生よ。後、厳密にはウチの事務所のスタッフでもない。そう言えば、大体は分かるでしょ?」

 

「おおぅ……出た、漫画の世界……シンって、ずっと半分ふざけてるような感じなのに、何か滅茶苦茶慣れてるね」

 

「そりゃそうでしょ。ずっとやらされてるんだから」

 

 この辺りについては、多分内心で気遣ってくれているレイカだが、話を広げるのは悪手か。

 

「3時半か……ガチで時間あるな……うーん…………あ、セナ。スマホ買っちゃうか? っていうか買おう。それが一番有意義だ。最寄りの店まで往復40分だし」

 

 スマホを操作しつつ、頭の中でテキトーに計算する。多分20分以上は余裕が持てる。

 

「助、かるけど。でも、携帯ショップなら、20分も掛からずにあるんじゃないの?」

 

「何言ってんだお前。普通のトコで買える訳ないだろ……学園の息が掛かってる店の中での最寄りって話」

 

「そうだった……私は普通の人間じゃないんだった……」

 

「無理もないわね……浦島みたいな状態な訳だし」

「えっ? だから、浦島は違くないっ?」

 

「こういうのはニュアンスが伝わればいいのよ」

「っ…………もぅ、付き合っちゃえばいいのに……」

 

「てことで決まりだ――」

 

 時間は有限、出来る限りの有効活用を。

 

 

 車のナビアプリにデータを送信させてもらい、俺らは表向きは健全な携帯販売店へ。ここでも一年近いギャップのあるセナを二人で弄り、宥めるという展開が続いたのは言うまでもない。収穫と言えば、レイカとセナの距離が大分縮まったことか。

 

 

「――スマホの契約って、こんな短時間で出来るものなんだね……しかも、最新機種……」

 

「もちろん、シンが話を通しておいたからであって、通常なら無理よ。ま、落ち着いたら色々裏技を教えてあげる。学園内でのスマホの使い方も、結構進化してるから」

 

「うわぁ……何かもう、色々とお婆ちゃんな気分だよ……せめて今度、可愛らしいケース買お」

 

「――で、フィットネスの時間です。レイカは待ってる?」

 

「行ってもイイの?」

「いや、行かない方が望ましい」

 

 やり過ぎる気しかしないし。

 

「なら、最初から待ってるように言いなさいよ」

 

 そっすね。サーセン。

 

「つまり、私は強制?」

「スマホ待ちん時に言うたやん……まぁコイツ聞いちゃいねぇって感じだったけど」

 

 そこでちょうどよく、車が停車する。

 

「――セナ、降りて」

「うん……」

 

 そこは、アリーナから車で5分程離れたオフィスビル。元々アリーナは海に近い埋め立て地に建設される予定だったが、色んな理由で十分な土地が確保出来たらしく、アクセスの良い都心のやや外れみたいな位置にあったりする。人によっては全然チャリで来られるって話。

 

 何となくの雰囲気も、特急や快速は止まらないけど、急行は停車する駅の周辺ってイメージか。簡単に言えば、コンビニやドラッグストアには困らない感じ。

 

「でも、この辺りは建物少ないな。まぁ多少外れてるからか」

 

 都内と言ったって、どこもかしこも建物が密集している訳ではない。学園のエリアだって、一応都内だ。

 

「あれっ? 車、行っちゃったよ……」

「停車してる訳にはいかんだろ。とりあえずこっち」

 

「う、うん……」

 

 時間は完璧。完全な未来予測による任務なため、よくわからん何かに対して罪悪感が芽生え始める。

 

「えっと。つまり、バトル系なんだよね?」

 

「いや、作業に近い。RPGっぽく言うと、俺が2回行動したら終わるんだけど、どうする? セナが手伝うと、各々1回ずつで終わる」

 

「…………私に出来ることなら手伝う」

 

「じゃ、簡単だから」

「ホントかなぁ……」

 

 またしてもエレベーター移動。携帯ショップもビルの5階にあった。ご苦労様です、エレベーター。そんな気持ちを込めて、6のボタンを優しく押す。

 

「エレベーターが開いたら、俺が10人を秒で昏倒させるから、セナはこの中で待ってて、反応して出てきた人を後ろから絞め落とせばOK」

 

「っ……何か、一人だけ能力者っぽい気配があるけど……」

「うん。だからまぁ、不意打ちが推奨される――っと」

 

 無音でエレベーターが開いた瞬間、走り抜ける。

 

「―――――――」

 

 決して一瞬ではないけど、少なくとも彼らが声を上げる程の時間は掛からなかった。出て左手にガラス戸、その前に見張りが二人、その中のデスク空間に八人、その部屋を入ってすぐ右にドア、そのまた奥に一人の気配。広いスペースを一人で使いたい性格なのかもしれない。

 

 側頭部を加減して殴る。これを10回繰り返し、最後の一人はガラス棚へ頭から突っ込ませてしまった。止血が必要かもしれない。

 

「――てめぇっ!? 何も――――」

「はい、ナイスプレイ」

 

 チビッ子ヤンキー風の男の子は、台詞の途中で猫耳少女に絞め落とされる。綺麗なチョークスリーパーだが、能力者への絞め方を熟知している様子。何処でそれを身に付けたのかは知らんが。とりあえず確認の必要がないレベルでがっつりオチてる。後の頭痛が心配だ。

 

「あ……指から刀生えてる……殺傷力だけは結構高そう……けどそれより、個性的なインナーカラーだね、この人……ちょっと、趣味合わなそう。お、消えちゃった」

 

 最後にもう一回グイっと絞めて腕を離すセナ。少なくとも、喧嘩慣れしているのは確定。

 

「だろうね。よし……撤収っ」

 

 該当男性をそこにあったタオルとガムテープでテキトーに止血し、オールクリア。

 

「……あ、鳴海さん。1分だけGPS見えるようにするから、確認して逮捕お願いします。はい……じゃ――」

 

「そういうやり取りホント憧れる……」

「はい乗るっ」

 

 すぐにエレベーターを閉め、レイカにメッセを送る。

 

「っ……ちょ、って何?」

 

 人のスマホを覗き見るのは、バッドマナーです。

 

「合図だよ」

「ほぅ……」

 

 アイツスタンプだけ送るとキレるから。

 

 エレベーターを降りて外へ出ると、完璧なタイミングで車がこちらへ来る。ので、手早く乗り込む。

 

「――アンタさぁ、ちょ、って何?」

「いや、大事なことは伝わってただろ」

 

「合図になってないじゃん……」

 

 兎にも角にも、ミッションは終了、今日のお勤めはここまでだ。

 

「――折角だし、熊野さんには早めに帰宅してほしい所だな」

 

「そこだけは気が合ったわね。熊野さん、少しアリーナと反対側に走らせて、人の少なそうな所で降ろしてもらってもいいですか」

 

「わかりました」

「声もしびぃ……」

 

 セナはおじさん好きなのだろうか。だとすれば、ほんの少しだけテンションの下がる話だ。あくまでほんの少しだが。

 

「全然イイけど、バスとかで移動すんの?」

「そんなの、何とでもなるでしょ。それより、セナは夕食、何が食べたい?」

 

「ラーメン、かな」

 

 答えの内容よりも、即答であることに驚く俺。

 

「いいわね……私も普通に食べたいかも……何ラーメンが好きなの?」

「ザ、ラーメンみたいな醤油ラーメンが好きです」

 

「へぇ……地方によっては炎上発言だけど……そうね。私も、スタンダートなのがいいわ」

「……」

 

 俺この前ラーメン食ったばっかなんだよなぁ。空気を読まずにそう言える人間に、俺はなりたい。まぁ無理だけど。

 

 注文通りに人のいない場所で降ろしてくれたミスター熊野に礼を言い、三人で車を見送る。既に陽は大分傾き、黄昏も近い。これからはどんどん、昼が短くなるのだろう。

 

「つまり、ここからラーメン屋を探す、と?」

 

 なので、最寄りのラーメン屋で降ろしてもらう、が最適解だったはず。とは言っても、いつも通り覆水は盆に返らんが。

 

「一人で繋ぐ所を二人で、しかも繋ぎ方を変えればワープ出来るって、前に発見したでしょ?」

 

 でもそれ、某残念な後輩みたいで嫌なんよ。

 

「あ…………それ、か……いやでも――」

「――セナは、少しの間喋らないでいてもらってもいいかしら?」

 

「えっ? あ、うん……」

 

 どうやら、是非もないらしい。

 

「ほら?」

「えー」

 

「駄目?」

「さっきからその絡み方何なん……」

 

 ちょっと合わせにくいの投げてきやがるし。

 

「嫌?」

「……」

 

「――っ?」

 

 二人の手を取る。

 

「――ワンレターコネクト」

「「―――――」」

 

 瞬時に視界が切り替わる。当然、切り替わったのは視界の情報だけではない。

 

「はっ? ワープ? って、ラーメン屋じゃん……」

 

 そう。ここが何処かは知らないが、我々は今、ラーメン屋の真ん前にいる。そしてとりあえず監視カメラは見当たらない。

 

「ここ何処だよ…………あ、ぶね良かったぁ……てか、学園から結構近い」

 

 地図アプリの表示を見るに、学園までは5キロ圏内か。

 

「住宅街の中にあるラーメン屋みたいね。どうなのかしら」

「どうもこうも、これで入らないとか鬼畜だろ……」

 

 俺からしたら、10ポイント分のラーメンを期待するしかない。

 

「ワンレターコネクト……アレキサンドライトみたいな、シンの能力ってこと、だよね?」

 

 ここで意外な洞察力と理解の早さを見せるセナ。

 

「そういうことだ。詳細は追々。とにかく、中のお婆さんと目が合っちゃったから入ろうぜ」

「ま、そうね」

 

 少し早い夕食。このメンバーでラーメン屋を訪れる未来は、さすがに想定できなかった。

 

 中は、端的に狭い。カウンタ―が6席、右手にテーブルが一つでそこは四人掛け。とりあえず、傘立ては外に出した方がいい。

 

「俺、食券機ないラーメン屋で食うの人生初だ……」

「私も……」

「私も絶対そうだ……」

 

 唐突な感動。

 

「ラーメン食う前に感動してんじゃないよぉ……」

 

 べらんめえな感じのお婆さんから呆れ声でツッコミが入る。雰囲気的に、後四半世紀は元気で生きそうに見える。

 

「テーブル席、いいですか?」

「あいよ。水は自分でお願いねぇ」

 

 そう言う前に、セナがもうコップへ手を伸ばしている。もしや、サラダを取り分ける側の人なのだろうか。

 

「醤油ラーメンと、追加でチャーシューお願いします」

「あ、私も同じで」

 

「ぁいよ」

 

「……チャーハンとギョーザで」

「あたしゃ、一見さんにゃラーメンしか出さないよぉ」

 

 何故かキレられる。

 

「……じゃ、煮干しラーメン大盛りと煮卵で」

「ぁいよっ」

 

「逆ギレで一番珍しいの頼むの止めなさいよ……」

 

 とりあえず席に着き、冷たいと温いの狭間を行き交う感じの水を飲む。そういえばサービスエリアから飲まず食わずだったのを思い出す。

 

「諸々、問題なく終わって良かったな」

 

「最後は完全にヒットマンみたいだったけど……」

「外部委託の半分は正にそんな感じなのよね……」

 

 何故か水で乾杯する俺達。せめてサイダーとか頼めばよかったかもしれん。

 

 

「ぁいよ、ラーメンにチャーシューお待ちっ」

「あざっす」

 

 席を立ち、お婆ちゃんからどんぶりを受け取り、テーブルへ運ぶ。

 

「ほら、煮干しも」

「うっす……あれ? 超美味そう」

 

 何か明らかに豚骨の風味だ。それに煮干しが調和してる。

 

「ったり前だろ、とっとと食いな」

「これはキタかぁ……」

 

 期待を胸に、席へ戻る。

 

「それじゃ、お疲れ様」

「お疲れ様ぁ」

「お疲れ」

 

 三者三様に食べ始める。俺とセナは麺、レイカはスープ。

 

「あ、普通に美味しい」

「安心する味ね。あんまりカロリー高くなさそう」

 

「…………コレ、マジで美味いぞ。煮干しラーメン界に風穴開けるレベル」

 

「何その狭い界隈……」

「ちょっとスープ貰うわよ」

 

 レイカはもう一つレンゲを取ってこちらのどんぶりへ手を伸ばす。

 

「……っ、ホントだ……凄い、濃厚なのに爽やか……」

「嘘っ、私もっ…………んっ……っ……うんっ、美味しい……」

 

 当然好みはあるだろうが、パンチ力は間違いない。あまり店内に豚骨の匂いがしないのが少し不思議。

 

 そんな感じで、意外な盛り上がりもみせつつ、すぐにラーメンを完食する俺達。

 

「――あ、さっき聞いたけど、アリーナの、もうすぐだよね?」

 

「ちょうど、点いてるチャンネルね。けど、ほとんどの人は動画サイトで見るんだろうけど」

 

 それも時代か。食欲を満たしたまどろみの中、店の隅に設置されたテレビジョンに目を向ける。CMを2本挟んで、オンエアの時間となる。

 

「おー、何か、いきなり歌から始まるのか」

 

 てっきり司会の人の挨拶だと思ってた。

 

「しかもっ、先頭バッター神威じゃん……」

 

 まさかの野球例え。ただ、スクリーンに映る感じから間違いはなさそう。

 

「これ……聞いたことない。新曲じゃないかしら」

 

 流れてくるピアノの旋律は、少なくとも俺の知っているものではない。

 

 

「「「――――っ?」」」

 

 

 三人のクエスチョンが重なる。それは突然、画面が不細工な虹模様に変換されたからだ。

 

「テストパターン? でも何でこれに……何か、放送事故があったのかしら……」

「えっ? そんなことある?」

 

「――お婆ちゃん、おあいそ、お願いしまーす」

 

「「っ……」」

 

 気付けば席を立って、財布を取り出していた。さすがにここはキャッシュレス化されてないだろう。

 

「結局アイツは駄目だったのかなぁ……分からんけど……とにかく、速攻で学園に戻るぞ」

 

 期待値は最低の値に。その方が、精神的なショックは少なく済むだろう。

 

 ここからが本番なのかは、まだ俺にも分からない。

 

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