トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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9月23日 黄昏時

「…………」

「…………」

 

 タブレット端末が映し出すものは現実なのか。客観的な判断材料は不足しているというのに、これまでの体験からか、私の意識はそれを既に起きている現象として捉えていた。

 

 それでも、未だ内容の理解には至っていない。ただ、状況を見るに、神崎先輩を含め、レジスタンスの方々は外の組織とやらに敗れてしまったのかもしれない。今更なことだが、先輩もその可能性を危惧していたように見えてはいた。

 

「……城、のように見えます」

 

 それは地面から数メートル浮き上がり、造形としては城と呼称して遜色ない概念を有している。城門から地上へと下ろされた跳ね橋、堅牢さが窺える城壁、また外郭、内郭全体においても、各種必要な要素は備えられているように感じられる。

 

「そうだね……私にもそう見えるよ。黒い……大きな西洋城だ。定かではないが、アリーナを凌ぐのではないだろうか……」

 

「そう、見えます……っ」

 

 瞬間的に、息を吞む。

 

 黄昏の下に聳え立つ漆黒の城、その至る所から、同じ黒色をした人型の異形が現れ、次々と外へ放出されていく。どうやら、門と跳ね橋は飾りのようだ。

 

「学園の外……そんな……っ!?」

 

「欧陽……先輩……」

 

 映る人影は非常に小さい。城が巨大過ぎるためだ。それでも、彼女の姿を見間違えることはない。対峙した経験のある自分としては、そう思えた。

 

「「――――――っ!?」」

 

 突如、城の正門が爆ぜる。それは、欧陽先輩による、不可視の光線だと考えられる。

 

 複数の異形もほぼ同時に蒸発、既に上空へその姿を移していた黒い人影が両腕を広げると、3桁に上ると思われる群れは一瞬で氷塊と化して崩れ、消え去る。

 

「……」

「……」

 

 単身による常軌を逸した制圧に、私達は互いに一度目を見合わせてしまったが、すぐに視線は映像へと引き戻される。

 

 そして、今ここで何が起きているのか、ということよりも、彼女に正面から打ち勝つのに必要な要素とは何なのか、という考えに、意識が吸い寄せられてしまう。

 

 一貫して変わらない、完膚なきまでのリスキル。

 

 

 放たれ続ける異形達が、その城から離れることはなく、切り裂かれ、貫かれ、焼き払われては、また氷漬けにされ、崩れ去る。また、撃破数は目測で既に5桁に迫るが、数えるのはそこまでとしておいた。

 

「……マズいな……」

「っ……」

 

 圧倒的な火力による蹂躙を続ける欧陽先輩だが、稀崎先輩から漏れたのは、明確な不安。

 

「既に7分が経過している……私は、あそこまで苛烈に能力を行使する彼女を、見たことがない……シンも、普段から過剰な能力行使は控えるよう声を掛けていた……」

 

「……」

 

 当然のことではある。エネルゲイアの行使に、リソースは必須。私の場合はカロリー消費が挙げられるが、彼女にも同様の何かがあると考えられる。

 

 だがそれでも、欧陽先輩の迫撃に、陰りは見えない。

 

 加えて、もし倒されずに異形の集団が城の外へ排出され続けていたとすれば、既に多くの犠牲者が出ているであろうことは疑いようもない。

 

「…………」

「…………」

 

 そのまま数分が流れるも、状況は変わらない。

 

「っ……」

 

 ここでやっと、ただ座している愚を悟る。まずは先輩に連絡を取るべきなのは明白だった。

 

「――くっ、いけない……」

「……」

 

 その気付きと同時に、少しずつ変化していく戦況が映し出される。画面の中では、明らかに攻撃の威力を落としている欧陽先輩へ、徐々に異形の群れが迫ろうとしていた。

 

「っ…………っ!?」

 

 それでも映像を見続けることしかできない自分への歯痒さが、限界に達しようとしていたその時、空中で姿勢を崩した欧陽先輩を、後方から現れたもう一人が抱き留める。

 

 

「……碓氷先輩……」

 

 

 彼女は既に、学園の外へ出ていたということか。

 

 考えがまとまらない内に、再びその高度を上昇させる二人の人影、少しずつ、その鮮やかな銀色が露になる。

 

「「―――――――」」

 

 起きた現象の過程に見当が付かない。

 

 彼女は握っていた左手を開き、何かが光った。

 

 それと同時に、巨大な城は一気に燃え上がる。異形の姿は見えない。

 

「……」

「……」

 

 再び思考が固まる。

 

 どうやら、碓氷先輩は欧陽先輩を更に後方へ離脱させた様子。その方法は、ただ放り投げるという乱暴なものではあったが。

 

「っ……」

 

 それでも、内心で安堵が漏れるのを止められない。また、私はやっとスマートフォンを取り出し、先輩に通話すべく――――

 

「「―――――――」」

 

 ――――またもや思考が途絶する。

 

 一気に燃え上がった黒い城、その炎がまるで別の映像へと切り替わるように消え、城の中心から既に放たれていた黒く、細い杭が、銀髪の少女の胸を貫いた。

 

「…………」

「…………」

 

 起きたことの理解を、意識が拒絶している。だが、映像の中では、地に落ちた彼女の身体を覆い潰すように、異形が次々と群がっている。

 

「……フゥ…………ハァ…………」

「っ」

 

 稀崎先輩は、大きく息を吸い、吐き出す。何をしているのか、よく分からなかった。

 

「――おそらく、彼が来てくれるだろう。サヤ、まずは学生会館へ急ごう。きっと、連絡するよりも、そちらの方が早い」

 

「っ……はい」

 

 差し出されたタブレット端末を受け取り、立ち上がる。変わらず空を舞う赤にも黄色にも、感想が浮かばない。それでも、今すべきことに意識を向けることはできた。

 

「サヤ、手を」

「はい――」

 

 ポータル使用時の光もなく、稀崎先輩と私は空間を跳躍する。そしてどうやら、学生会館の中に直接転移できた様子。

 

「っ!? これは……」

 

 タブレットから発せられる点滅に反応し、視線を落とすと、最早画面上に溢れかえっていると思われた異形達の姿はなく、その代わりに、城にも負けない巨大さの何かが確認できる。

 

「――常室君……カネサダ君の方だ。彼が押さえているなら、当分の間は問題ないだろう」

「っ……これが、常室先輩……」

 

 一言で表現するなら、それは巨大ロボットだった。

 

 その辺りのデザインには明るくないが、何処か既視感を覚えるフォルムと赤、青、白の色使いから、メインターゲットとする年齢層はやや低いのかもしれない。

 

「っ、はい――」

 

 そんな、不必要な感想が頭を過ぎる中、スマートフォンからの振動を察知した私は、考えるよりも先に画面をタップしていた。

 

『――お疲れ。とりあえず、色々大変なことになってるとは思うけど、とにかく一旦学生会館一階に集合で頼むわ』

 

 大変と言いつつも、その声は普段と全く変わらない。何故か、そう思うと意識にまとわりついていた靄のようなものが、サッと晴れていく。

 

「……既に、稀崎先輩と到着しています」

 

『ナイス。こっちもそろそろ着く。で、焦っても変わらんから、マコトと二人でちょっとグダグダしてて』

 

「そのようなことをする気はありませんが、普段よりも多少は急いで下さい」

『りょ――』

 

 これも普段通り、短い通話が終了する。

 

「では、少し待つとしよう。確かに、我々が焦って何かが好転する状況でもないのだろう」

 

 先程の深呼吸の後、完全に冷静さを取り戻した稀崎先輩。やはり、全ては経験がものを言うのであろう。

 

「――あ、やっぱ中原もいるっ」

「っ……」

 

 現在地は学生会館一階の正面口から入ってすぐ。どうやら急いでここまで来た様子の一之瀬さんと柳瀬さん、その後ろには板場君と笹森君、更には速水さんと麻月さんの姿も見える。

 

「――はっ? 中原……何で特撮動画見てんの……」

「違います……」

 

 この人は状況を理解しているのか。そもそも、他の学生や世間一般には、どのように現状が伝わっているのだろう。

 

「な、中原さん……もしかして、その映像って、今の、アリーナ……なの?」

「っ、それは……」

 

 反対に、柳瀬さんの方は察しがよい。

 

「――あぁ、実はそうなんだ。キミ達は……シンとも親交が深かったね。連絡を受けて、ここまで来てくれたのかい?」

 

「あっ、はい。そうなんです、けど、速水さんと、麻月さんも?」

 

 応じた笹森君は、一足遅れて入ってきた二人の方へ振り返る。

 

「連絡してきたのは桐島先輩だけど、横にその男もいたみたいね」

「えっ? そ、そうだったの……」

 

 そのやり取りは、誰もが変わらない。他者の言動を見ることで、自身の気持ちが落ち着くというのは、新鮮な体験ではあった。

 

「す、凄ぇな……その映像……えっ? それって、エネルゲイア、なのか?」

 

「さすがに違うって。斑鳩が裏で作り上げた戦闘ロボットしかないっしょ。これが現代技術の結集かぁ……やっぱ斑鳩……」

 

「稀崎先輩。ロボットに変身する、というのが、常室先輩のエネルゲイア、ということでしょうか?」

 

 先輩も言っていたが、やはり板場一之瀬の絡みは、流すか距離を置くのが安定行動のようだ。

 

「少し……違うのだが……別に構わないだろう。常室ノリカネ、常室カネサダは、その存在自体が……エネルゲイアなんだ。それと、ロボットに変身というよりは、元々がロボットであると言った方が正しい。私も疎い方で申し訳ないが、戦闘モードと呼ばれる概念らしい」

 

「…………」

 

 話自体はある程度理解できた。また、この感じられる微量の怒りは、エネルゲイアという概念の過ぎた多様性への呆れと捉えておけばよいだろう。そう思うと、怒りもすぐに霧散した。

 

「実は、能力を発動させたのは常室サダノリという人物で、現在は斑鳩の社員とのことだ。シンやレイカは、面識もあるらしい。確か、ぼくのかんがえたさいきょうのエネルゲイア……そのような呼称だったと記憶している」

 

「……では、ノリカネ先輩の方は……」

 

「サダノリ氏からは、プロトタイプという言葉で説明されているが、我々学生会は、両者に差はないと認識しているよ。ただ、様々な面からの都合もあって、カネサダ君の方は、学生会には籍を置いていないんだ」

 

「……ありがとうございます。よく、分かりました」

 

 二人は、一体何年生なのだろう。ノリカネ先輩の方には、今後尋ねる機会があるかもしれない。

 

「――おっ、結構揃ってる。素晴らしい、さすが下級生」

「ワープ便利かと思ったけど、しりとりの難度によってはってヤツだね」

 

「っ……」

 

 三人が裏から入ってくる。それに気付いた瞬間、手の中のタブレット端末が消失するが、感覚的にもう必要はないと思えた。

 

 それよりも、言うに及ばず、銀髪の方が、藤堂セナ先輩で間違いないだろう。

 

「――本当は先に到着しておきたかったんだけど、ごめんなさいね」

 

「ぜ、全然っ、そんなことないですよ。あ、藤堂先輩、お昼振りっす」

 

 レイカさんの登場に、若干緊張が走る一年生の面々だったが、トレジャーハンター部の二人は、どうやら既に藤堂先輩とは会っている様子。

 

「はい皆さん、改めて紹介します。二年生の藤堂セナ先輩です。諸々の事情は、自然と耳に入ってくると思うので、各自察するように」

 

「……」

 

 思わせぶり且つ雑な紹介。

 

 だが、場の空気を呑む格好となった先輩の一声により、スムーズに自己紹介が消化されていく。ここまで、様々な話を聞いていたように思われるが、学生会に所属するメンバーとは違い、非常に話しやすい雰囲気を感じる。

 

「――あ、そっか……えっと、シン。この帽子って、外さない方がイイ? 今更だけど実は、小学校の体育の時間以外は帽子被らない人でここまで生きてきた感はあるんだよねぇ……」

 

「お、別に問題ないよ。一年にウサ耳の女の子いるって言うたやん」

 

「あ、じゃあ――っと」

 

 ニット帽に手を掛けた藤堂先輩の頭を、レイカさんが上からそっと押さえる。

 

「――皆。藤堂先輩は珍しい銀髪で、しかも猫耳なの。でも、騒ぐのはまた今度にしてね。触りたい人は、本人に許可を取る。いいわね?」

 

「「「「「はーいっ」」」」」

 

 既に調教が済んでいるのか。板場、笹森、一之瀬、柳瀬、速水の五人組から幼稚園生を彷彿とさせる模範的な返事が重なる。

 

「――サヤの方は、大丈夫だった? 誰かに、酷いこととか、されなかった?」

 

 大半が猫耳の方へ意識を移している中、レイカさんが若干先輩の方を睨みつつ、気遣うように声を掛けてくれる。

 

「いやそんなん大丈夫だったに決まってるだろ。今日のここまでの中原はスローライフなスケジュールだったんだから」

 

「……まぁ、概ね先輩の言う通りでした。それより、先輩とレイカさんは、何処まで現状を把握されているのでしょうか?」

 

 本当は先輩に一撃見舞いたい。だが、残念ながらそうしている場合ではない。

 

「ネットだと、周囲の情報は全く得られてない感じだった。学園の人間はともかく、大半の人間が、世紀の放送事故って捉えてると思う」

 

 こちらは当然ながら、異変に気付いている側の麻月さん。

 

「そっか……不幸中の幸い、とは言えないなぁ……まぁ、時既にだし、常ちゃんが頑張ってくれてるから、明日の昼過ぎとかまでは平気だろ。つまり、作戦会議の時間は十分あるって話」

 

「……中原さんはともかくとして、私達まで呼ばれている理由が理解できないんだけど?」

 

「申し訳ないけど、ただ話を聞いていてほしい。ナガレとか、能見さんにも事後報告はしたいって思ってる。これから起こることを、中原以外の一年生にも知っててほしい。割と真面目な話、麻月さんはいずれ中原とコンビを組むかもしれない感じな訳だし」

 

 当然ながら、先輩とレイカさんも、現状を私以上には把握している様子。また、やはりある程度は想定された展開だったようにも見える。だが本当に、碓氷先輩の死までも予測していたのだろうか。ただ、感傷に浸ることを許される状況ではない。

 

「その枠はさすがに、来年度入ってくる有望な後輩に譲るわ。けど、理由には納得しておく」

 

 私としては、麻月さんともその後輩の方とも、コンビを組むつもりはないのだが。そもそも、自分をこの男の後釜へ据えようという考えには、真っ向から抗いたい。

 

「――シン。会長室に行くのよね? 早い方がイイんじゃないの?」

 

 一通り落ち着いた様子の一年生集団から離れて、レイカさんが先輩に声を掛ける。

 

「うん……ただ、折角だからさ。全員で行こう。もう……あ、来たか」

「……」

 

 東側の入口から姿を現した二人は、珍しい組み合わせだった。

 

「俺達で、ひとまずは最後のようだ」

「何だよ? 優等生らしくねぇ着順じゃねぇか」

 

「待ち合わせ時間が設定されていれば、5分前には着くようにしたよ」

「だろうな」

 

 ナギ先輩に、中之島先輩。分からないが、中之島先輩がそう言うのなら、この二人が最後なのだろう。

 

「あれ? タケル、部屋に戻ってた?」

「あぁ。役割として、随分時間が余ったんだ。部屋で、軽食を取っていたよ」

 

「お前はいつでもスマートだなぁ……」

 

 確かに、両者の間にある決定的な違いの一つだ。

 

「よし……察してる人もいるだろうし、何のこっちゃって人もいるだろうし…………ザックリ言うと、世界が滅ぶレベルでヤバいことが今さっき起きて、これから四階の会長室ですることは、そのヤバイことを解決するためのガイダンス……であってほしい」

 

「願望かよ……」

 

 ここでも、ナギ先輩がしっかりと返してくれる。

 

「はっ? 世界って今、ヤバいの?」

 

「だから、それを太刀川先輩達が何とかしてくれるんだよ。私達は後学のために見学させてもらうの」

 

 これで、一之瀬さん、板場君、速水さん辺りにもある程度の状況は伝わったであろう。

 

「話し合い、なんじゃないの?」

 

 そして、レイカさんもいれば自分が喋る必要はない。

 

「俺は、説明を受けてその通りにすれば全部解決っていう流れを期待している。割とガチで」

 

「絶対にそうはならないということだけは分かったわ……」

「私もです……」

 

 考える必要もなく、私は麻月さんの言葉に同意した。

 

 その一方で、今までにない大所帯。先輩、レイカさん、稀崎先輩、ナギ先輩、中之島先輩に藤堂先輩と、上級生が六人。それに加えて一之瀬さん、柳瀬さん、板場君に笹森君、速水さんと麻月さんに私を加え、一年生は計七人。合計で十三人。良くない数字ではある。

 

 余談だが、もし上級生と下級生で模擬戦を行えば、一人分のハンディキャップなど関係なく、我々が惨敗することであろう。この一年間の差というのは、どこかで埋まるものなのだろうか。

 

「お、運命的だな。このエレベーターの積載人数がちょうど十三人だ」

 

「二度に分けた方がよいのではないだろうか……」

「女子多いし、大丈夫よ」

 

 レイカさんによる鶴の一声で、場の全員が普段は禁じられているエレベーターに乗り込む。この時間なら二階、三階には庶務の学生もいるだろうが、あまり存在を感じない。

 

「てか、学生会館の四階とか、アタシ初めてなんだけど」

「基本はこのエレベーターにも乗れないし、四階は禁止エリアよ。今だけの特別」

 

「シン、橋口とか萌木乃には声掛けねぇのかよ?」

「アイツら、こういうの嫌いじゃね?」

 

「……そうだな」

 

 意外にも、静かに同意するナギ先輩。

 

 レイカさんの言った通り、女子のメンバーが多いためか、そこまで圧迫感もなく、エレベーターはスムーズに四階に到着する。

 

「……暗い、んですね……」

「あぁ、この夏から節電してるらしい」

 

 笹森君の呟きに近い質問を、しっかり拾う先輩。

 

「それ、初めて聞いたんだけど……」

 

 その価値はともかくとして、先輩を除いた全員にとって新情報ではあった。

 

 エレベーターから降りると、先輩を先頭にそれぞれが流れのままに続く。聞いていた通り、通路をただ真っ直ぐ進んだ突き当りが、会長室となっている。

 

「――あ、そういえばだけど、中原さんが、今はシンのパートナーなんだよね?」

 

 軽い調子で質問を投げてくるのは、隣を歩く藤堂先輩。やはり、感覚的に接し易さが先行する。

 

「はい。パートナーという呼称には、違和感を覚えますが、四月の中旬頃から、行動を共にしてはいます」

 

「おぉ……イイ返しだぁ。レイカが言ってたみたいに、むしろ尻に敷いてる感じだ。けどさぁ、シンとずっと一緒だと、寿命が縮まるって思ったりしない? 私は、一日だけだったから、刺激的だったなぁで済んだけど」

 

「尻に敷いている……というつもりはありませんが、寿命が縮む…………振り返ってみれば、確かにそうかもしれません。実際に命を落としたこともありますし、その後も、何度か命を落としかけたことはあります」

 

「いやいやブラック過ぎっ」

「淡々と言いやがるが、実際言葉にするとかなりやべぇ話だな……」

 

「でも実際そうだよね……」

「うん……アタシならもう3桁届きそうなレベルで死んでるし」

 

「いや、俺ならもう3桁突破してるかもしれねぇ……」

「それじゃ、リスポーンが間に合わないって……」

 

「えっ? 冗談、だよね? っ、カエデちゃん?」

 

「中原さん。はっきりと言葉にしておくけど、私が貴女のパートナーになるのは無理よ。主に、精神面で」

 

「……」

 

 どうやら、周囲に人がいる状況でする話ではなかったようだ。

 

「シン、後進の育成は順調だという所感を、報告書では目にしていたのだが……」

「うん。今回のが終わったら、真面目に考えて取り組むわ……」

 

「それ、いつもの逃げ方じゃないの……」

「いや、私は後進の育成は進んでいると思うのだが……」

 

 先程言及された状況にしては、緊迫感のない状態で、我々は会長室の前まで来る。

 

「じゃあ、皆。とにかく、粗相のないようにね。頼むぞ」

 

 何だか、引率の教師のようなことを言い出すが、貫禄は微塵もない。

 

「中之島先輩は、会長と面識はあるのですか?」

 

「いや、ないな。この場でシン以外となると、レイカは一度、顔を合わせたことがあったかもしれない」

 

「電話で一度話しただけよ。直接会うのはこれが初めて。二人の話じゃ、小柄な黒髪ロングの儚げ美人って話ね」

 

「外見については、俺も同じように聞いている」

 

 そう聞くと、私自身もまさか今日会長と顔を合わせることになるとは思ってもみなかった。

 

 そして、特に勿体ぶることもなく、先輩は扉を開く。

 

「っ…………」

「えっ? 畳なのっ?」

 

「これも聞いてないんだけど……」

 

 どうやら、全員の第一印象は一致している様子。

 

「いや、そもそも我々のソウルは畳と共にあるもんだろ。ちゃんと靴脱げよ」

 

 言い終わる前に、先輩はもう靴を脱いで畳に上がっている。その内装について、個人的には文句はない。ただ釈然としないだけだ。

 

「生徒会長室ってさ。何かメッチャ高そうな机が置いてあって、紅茶飲んでる感じじゃないの?」

 

「……ウチの学園、生徒会じゃなくて学生会だし、考えてみれば、この学園の会長室が普通な方が不自然かもしれない」

 

 大分前からではあるが、柳瀬さんは普通ではない状態を普通と認識しようと、無為な努力をしているように思える。

 

 

「――――皆さん、よ……よくぞ、お越し下さいました。っ……学生会会長を務めさせていただいております、藤堂ハルと申します。どうぞ、よろしくお願い致しますっ」

 

 

 緊張を含んだ綺麗な声が、我々を出迎える。

 

「っ……ガチの儚げ美人……」

「アオイには負けるけど、確かに儚げではあるわね」

 

「えっ? 私って、そんな儚げ?」

 

 深々と頭を下げていた少女は、やっと顔を上げる。

 

 藤堂ハル会長。前述の通り、小柄な美人であり、儚げという表現にも特に異論はない。稀崎先輩よりも更に長い、腰までありそうな黒髪はそれでも尚艶やかで、陳腐な表現ではあるが、その白い肌は作り物のように美しい。

 

 ただ、指定制服姿であっても、彼女は正直上級生には見えない。

 

「あ、やっぱ全員で来たんだ? 私も一旦下で待ってればよかったかも」

「そ、そんな……それでは、私の心臓が……とても持ちこたえられません……」

 

「こんなトコにずっと引き籠ってるからコミュ症も悪化しちゃうんだよねぇ」

「っ……」

 

「おいリゥ、口を慎め。会長様にストレスを与えるな」

「シンだって与えている側じゃん。間接的に」

 

「それを言うな……」

 

「あ、皆。ネームプレートが置いてある座布団に座ってね。会長が無駄に手作りで用意してくれたんだから、ちゃんと空気読んでよぉ」

 

「マジで止めろ……」

「……」

 

 室内はかなり広い。少なくとも、この人数が入ってもまだまだ広いと認識できる程に。おそらく、一般的な教室の倍に届かない位だろうか。

 

 畳を中心とした和で構成された空間は、左端に見える箪笥や戸棚なども含めて非常にスッキリしており、部屋の中央にはお茶菓子の用意された複数の卓袱台と、それを囲むように紫の座布団が規則的に置かれている。

 

 また、左奥の暖簾の先はおそらくキッチンスペース。右奥の襖は、少なくとも収納には見えず、寝室に続いているのかもしれない。

 

「座布団の上に置かれたネームプレートは、一つ一つ折り紙で丁寧に作られているな。書かれている字にも、同様の手間と、何処か温かみが感じられる」

 

「っ、あ、ありがとう……ございます……」

 

 阿僧祇先輩の圧に押されている面も含め、各自言われた通りに自身の席を探す。

 

 設置されている木製の大きな卓袱台は右が一年生、左が二年生となっている。部屋の広さにしては密集する置かれ方となっており、左奥側の座布団に座ると、右隣りは麻月さん、左にはちょうど先輩とレイカさんが座る形となっている。却って二人との方が距離は近い。

 

 些細なことだが、先輩がレイカさんとナギ先輩に挟まれる形となっている。そして対角線には阿僧祇先輩が座る。つまり、男に逃げ場はない。

 

「――んじゃ、グダっても仕方ないって言ってたし、早速始めるのかな」

 

 全員の着席を確認した阿僧祇先輩は普段通りの気楽な口調でそう言うが、我々全体と向かい合って座る形となっている会長は、正座をしながらその身を震わせ、重度の過緊張かと思われる。

 

 

「――少し、待たせてしまったわね。それでは、始めましょう」

「――――――」

 

 

 横にスライドした奥の襖から見えた人物。その姿を視界に捉えた瞬間、私の身体は独りでに立ち上がっていた。

 

「……」

「うん? 中原、どした?」

 

「えっ? トイレ? 済ませとけって太刀川先輩のメッセにあったじゃん……」

「……いえ」

 

 先輩と一之瀬さんの声掛けが流れ、やっと我に返った私は、すぐに腰を下ろす。

 

「ありがとう、中原さん。貴女のその表情を見れただけで、私は十分に満足よ」

「そう、ですか……」

 

 残念ながら、怒りの矛先は何処にも存在しない。

 

「っ……すまない、サヤ。ショックを受けている様子が見えなかったため、気付いているとばかり思っていた……」

 

「っ……」

 

 今は確かに、そう思える。だが、受け取り方に問題があるのは、本当に私の方なのだろうか。

 

「あ、なるほど……ただ……中原、もしかして、碓氷さんがあんな程度で死ぬ存在だと思ってる? こんだけ色々経験してきたの――いってっ! ちょ、無言で抓った上に捻んなって……」

 

 ただ、そのおかげで大分落ち着くことができた。

 

 奥の部屋から出てきたのは碓氷先輩であり、彼女は息災。それで終わりにしておく。

 

「ハァ……晴れの舞台とは言わないけれど、その様子じゃ無理そうね……要所では話してもらうにしても、私が請け負ってあげるから、もう少し落ち着きなさい」

 

「っ……あ、ありがとう……ございます……」

 

 比喩ではなく、会長の目には涙が溢れている。ただ、人前で話をすることにストレスを感じる人間は多い。特段、恥じることではないだろう。

 

 黒のタートルネックに赤いカーディガンを羽織った碓氷先輩は、寄り添うように会長の隣で腰を下ろし、一度全体を見渡す。それだけで、場の誰もが彼女の話を聞く姿勢に移る。

 

 

「――少し、長い話になると思う。もちろん、不明点があれば、質問してくれて構わないわ。適当に寛いで、けれど時間は有限よ。この場の目的は説明ではなく、現状況を打破出来る見通しを作ること……まずは、この前提を憶えておいて」

 

 

 そう前置きするのだから、これからする話はとても長くなるのだろう。

 

 卓袱台の上に置かれた人数分の湯呑と、大量の和菓子が救いかもしれない。

 

 状況にそぐわない感想かもしれないが、私はそう思った。

 

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