九月二十三日木曜日。個人的には、既にその体感時間は24時間を大きく超過しているのだが、日が変わるまではまだ大分ある。これはおそらく、相対性という概念に当たると思われる。
見知った顔が某和室に集められ、何やら長い話が始まるらしい。思う所はあれど、まずはその話に耳を傾ける以外、自分に用意された選択肢は見当たらない。
「――それじゃ、現状確認からだけど……その前に……これは、今日が九月二十三日であるのと同じく、偶然のタイミングなのよね」
「っ……」
碓氷先輩の視線に促され、後方を振り返ると、一拍遅れて扉が開く。
「――失礼する」
非常に容姿の整った、細身で眼鏡を掛けた男性――佐藤先輩は、小柄な少女を抱えて現れると、迷いなく畳に上がり、こちらへ歩いてくる。その全てが不明だが、短い黒髪の少女は虚ろな目をしており、何処かぐったりしているようにも見受けられる。
「届け物だ。何処に置けばいい?」
「じゃ、ここで。マコト、座布団取って」
「あ、あぁ……」
言われるまま、稀崎先輩が座布団を自身と阿僧祇先輩の間へ置くと、佐藤先輩はややぞんざいに少女をその上に下ろす。
「次は、倍の条件を提示する」
「……死ね」
「莫迦か? 死んだのはお前だ」
「っ……」
平常運転な暴言を吐き、佐藤先輩は踵を返す。
「シン、終わり次第、詳細報告に来い。俺に必要な箇所だけ、短くな」
「あ、はい。あざっす……」
明確な上下関係が伝わってくるやり取り。先輩は気まずそうに会釈を返し、細身な背中を見送る。
「アンタさぁ……コレ、どういうこと?」
そして、何故かレイカさんが凍るような殺気を向けている。
「え………………いや、何……だろうねぇ……」
「――あの、大分消耗しているように見えるが……彼女は? その、一年生は、全て把握しているつもりだったのだが……」
「マコト、何言ってんの? レジの一宮先輩だよ」
「っ……何を? っ…………っ――――」
そこで、稀崎先輩が固まるが、その症状が現れたのは彼女だけではない。また、よく見ると黒髪には青のインナーカラーが混ざっている。しかし、言葉を選ばずに言うなら、視界に映る可愛い顔をしたタンクトップの少女が、あの一宮先輩と同一人物だとは思えない。
「……冗談だろ……」
よく顔が見える位置に座るナギ先輩も、驚愕の表情を浮かべている。また、その驚きは顔を知っている一年生の間にも広がる。
「九月十日の深夜。命を落としかけた一宮先輩を連れて、穂村イチルが太刀川君の部屋に転移。以前彼女がいつ部屋に入ったのかは不明。太刀川君は4億円を払って、佐藤先輩に保護を頼んだ。かなり無茶なリスポーンだったから、動けるようになったのはついさっきじゃないかしら」
「マジかぁ……」
男は、名探偵に全てを暴かれた殺人犯のように項垂れる。
「おいてめぇ……いつアイツを部屋に連れ込みやがったんだ……」
「まぁま――」
「――いつなの?」
「……いや、その……タコパで……はい……」
目にも留まらぬスピードで胸倉を掴んだレイカさんの眼光は、とても直視できない鋭さだった。ただ、穂村イチル先輩を部屋に上げていたという事実は、私にとっても多少不愉快なものではあった。
「なぁ……笹森、4億円って、いくら?」
「混乱してるのは分かったから、それは後にしよう……」
「やっぱ土地かぁ……」
「貴女、まだそんな戯言を信じているの……」
「えっ? でも、土地の力、なんでしょ?」
「えぇ、アオイはそう思っていればいいわ」
その状況故に、何とかすぐに怒りを収めた様子の面々だったが、このペースでは、後で酷いから、という類の言葉は、何度先輩に放たれるのだろうか。
「一宮先輩、少し横になられた方が……」
「いい……話を聞いてるだけだから……」
「あ、あの……一宮、先輩……私のこと……憶えて、ますか?」
「…………誰?」
「っ……いえ、いいです……」
レジスタンス同士で何かやり取りをしているようだが、ひとまず稀崎先輩が隣に付いていれば問題ないだろう。だが、リスポーン明けであそこまで消耗している理由は、依然として分からないままではあった。
「――さて、もうワンクッション…………そうね。ここまで、かなり理不尽な話なのよね。最初から大半の人が首を捻ることになってしまうけれど、中之島君はいいとして、太刀川君と桐島さんには、多少なりとも吐き出してもらった方がいいでしょうね」
その言葉に、最も大きな反応を見せたのは、未だ緊張の面持ちを崩さない会長だったが、話の内容に思い当たるものはない。
「二人共、私からしたら少し気持ち悪くも見えるわ。具体的な時期まで添えて、貴方達が危惧した通りのことが、今日実際に起きてしまった。国、学園、斑鳩、全てが無能に映って然るべきね。私なら、皮肉の一つも漏れる所なのだけれど」
「あ、あの……学園の皆様もそうですが……太刀川君、桐島さん、中之島君には、何とお詫びすれば……本当に、申し訳ございませんでした……」
声を震わせながらの謝罪の後、会長は再び頭を下げる。話が飲み込めないのもそうだが、抱いていた会長のイメージとは大分違うことは既に強く印象付けられた。
「いえ、そんな……ただ、さすがにレイカは言いたいこと……ある、と思うんだけど……」
「……」
「桐島さんは、どう?」
そう促す碓氷先輩の声色には、気遣いが感じ取れる。
「……私は、学生会の一員として、副会長の判断を支持したって立場だから、シンが何も言わないなら、私からも言うことはないわ」
あまり聞いた記憶のない、レイカさんの淡々とした口調。その本心は知り得ないが、言いたいことがないという風には、とても感じられない。言葉通り、立場という範囲の中において、言うことがないのだろう。
「っ……レイカがそう言うなら、俺から言った方がいいのかなぁ……って、思ったんだけど……」
「えぇ、これでやっと、全員揃うわね」
隠す気の見えない気配を受け、一同は再び扉の方へ振り返る。
「「「「――――――」」」」
気配の主が姿を現した瞬間、今度はこちら側の席から、複数の息を呑む気配。
碓氷先輩の言い方から、この場に集まる最後のメンバーと思われる人物、黒いスーツに黒いネクタイ、黒い革の手袋をした長い黒髪の女性は、無遠慮に畳へ上がる。革靴を脱いだことが、少しだけ意外だった。
手袋を外し、ネクタイを緩めながら、欧陽先輩は真っ直ぐこちらへ向かってくる。より正確に言えば、私の隣の男の方へ。
「――シン。少々力を使い過ぎました。このままでは枷が外れ、全力の状態になってしまいます。そのため、早急に血の補給が必要です。では――」
「――待て待て待て落ち着けっ」
そして、この急転直下を受けても尚、この男からは余裕が感じられる。この圧を前にして、一体どういう神経をしているのだろう。
「ヒカリ、想定内だ。これを見ろ」
「……」
自信満々に取り出したのは、輸血パックのように見えるが、その意図は不明。
「入ってるのは二日前の血だが、このパックは安心の斑鳩製品だ。この上なく完璧に鮮度が守られている。直じゃないのは我慢してもらって、とりあえずこれを……ちょっと外で――」
「――っ」
「――ちょっおま……」
欧陽先輩が輸血パックを掠め取ると、既にそれは完全に凍り付き、後方へ放り投げられて塵と化す。
「目の前に焼きたてのパンがあるのに、二日前に包装されたものを食べる者などいませんよ」
「いや、そこはエコの精神で包装されたの食おうぜ――っと……マジかお前……TPO弁えろって……ぐっ――」
「――止めなさいって……くっ……ちょ、っとタケルっ」
「残念だが、俺ではどうすることもできない」
ほぼ零距離で揉み合う三者。どういう訳か、加勢に動けない。
「ハァ……ほら」
呆れた表情で立ち上がった碓氷先輩が、一本の長い髪の毛を手から離す。
「――っ!?」
すると、右奥の襖付近、空いたスペースに青色の何かが出現する。それは、半畳分程を天井まで覆う円柱で、物質なのか、それとも発生している空間なのか、よく分からない。
「その中なら見えないから、早く済ませなさい……どうせそのままじゃ、話が進まないわ」
「いやいや部屋の外に出ればイイんだっ――」
そこで、欧陽先輩のチキンウイングフェイスロックが極まり、そのまま引き摺られるようにして、三人は青い何かの内側へ消える。尚、レイカさんが何故付いていったのかは不明。
「っ……ぅっ……っ……ぅ……っ……ぁ……あぁ……ちょ……」
男の弱々しい呻き声だけが、広い和室に響く。
「え……ちょっと……太刀川先輩の、あんな苦しそうな声、初めて聞くんですけど……」
「マジで、大丈夫……なん、すか? だって、破壊神……」
「今のやり取りも含めて、一年生は忘れた方が身のためよ。それよりナギ。そっちの冷蔵庫にレバーと……後、何だったかしら。ピーマンか何かが入ってると思うから、適当に調理してちょうだい。気は進まないけれど、一応、命に関わるかもしれないから」
レバーは鉄分、ピーマンはその吸収を助けるビタミン。つまり、先輩は血を吸われているということだろうか。確かに、あまり考えない方が賢明かもしれない。
「何なんだよこのふざけた展開はよぉ……」
「一宮先輩も、大分落ち着いたようだ。私も手伝うよ」
「あぁ、ピーマンをテキトーに切ってくれ」
「了解だ」
「それと、あんまり匂いがキツくならないように味付けして。何なら、調味料は要らないわよ」
立ち上がり、何処からともなく出現したエプロンを装着しながら、二人はキッチンスペースの方へと向かっていく。どうでもよいことではあるが、最強のコンビである。
「――ねぇ、中之島君、シンって結局、何股してんの?」
「そうだな。俺の把握している限りでは、シンが特定の女性と交際しているという事実は存在しない」
「えっ? そうなんですかっ?」
「――アオイ。私達は黙って聞いていればいいの。座って」
「あ……う、うん……」
「へぇ、てっきり、誰かしらと付き合ってんのかと思ってた」
「キョウコからはそう見えてたの? 私は、誰かと付き合う暇なんてないから、それもないと思ってたけど」
これについては、私も柳瀬さんと同意見だった。
「男にとってはある意味夢みたいなシチュなのかもしんねぇけど、俺には絶対に無理だな……」
「そもそも、シチュエーションを楽しむ前に、命そのものがないからな……」
「なるほど……一年生には賢明な学生が多いと聞いていたが、やはりそれは報告通りのようだ。ただ、シンの後継探しは、難航しそうではあるな……」
「後進の育成かぁ……改めてだけど、私ももう既に先輩なんだねぇ」
「っ……」
各自、雑談をしながら青い円柱空間を見守っていると、欧陽先輩が姿を現す。どういう訳か、先程までの圧は消え、別人のように穏やかな表情を浮かべており、無言で先輩の座布団の上に腰を下ろす。
「……」
そして、顔色を真っ青にした先輩に、レイカさんが肩を貸す形で二人も戻る。すると、その瞬間に青い円柱は消失する。一体、どういう原理なのだろう。
「何で当然のようにシンの座布団に座ってんのよ……」
「シンは畳の上を好みます。私と貴女の間に座るのがよいでしょう」
言いながら、やはり先輩が口を付けた湯呑を、自身のもののように傾ける欧陽先輩。
「は? そうなの?」
「……畳が好きなのは事実……てか、レバニラ炒めとか、食いてぇなぁ……」
すると、その呟きに応じるように、キッチンスペースから二人が戻ってくる。
「っ……ハァ……これも全部お見通しって訳なのね……」
「――おら、こんなもんは料理じゃねぇが、てめぇには似合いだろ」
「っ……レバーと赤ピーマンのピリ辛炒め的な何か……最高かよ……」
放るように差し出された大皿を、先輩は賞状を受け取るように両手で掴む。
「シン。こちらは残り物で申し訳ないのだが、ご飯ものもあった方がいいだろう」
「えっ? っ……松茸ご飯おにぎり……最高の更に上……」
アルミホイルで包まれた二つのおにぎり。食後でよかった。私はただ、そう思った。
「……マジで、血ぃ吸われてたってこと? ホントに?」
「麻月さんも言ったように、私達はただ黙って聞いてた方がいいんじゃないかな……」
レイカさんと欧陽先輩の間に着席した先輩は、手を合わせて食事に移る。そろそろ、後で聞くべきことをメモし始めた方がよいかもしれない。
「――これでやっと始められるわね。まぁ、すんなり進むとは最初から思っていなかったけれど……太刀川君が血を補給している間に、欧陽さん。現状を説明してもらってもいいかしら?」
「はい。組織、と呼称しますが、結果を見れば、レジスタンスは組織に敗北、神崎エイの悪落ちにより、アリーナのリソースは城のような未知の建造物へ変換されたようです。少なくとも、消失して新たに出現した訳ではなさそうです」
「……レイカ、彼女は本当に、欧陽ヒカリなのだろうか……」
「血を吸った後は、大体こんな感じよ。優しいし、話も通じるけど、それでも根底は変わらないわ」
「そう、か……」
珍しく狼狽える中之島先輩だが、同様の感想を抱いているのは私と彼だけではなさそうだ。
「城のような何かは、絶えず黒い傀儡を外へ放ち続けており、組織のメンバーである四人をデータ化し、傀儡に用いていると仮定されます。モルツ、ヒナノ型の傀儡については、最上級オブジェクトと同程度の戦闘能力と見て、ほぼ間違いありません」
おそらく、組織とやらについて、私が考える必要はないだろう。脅威は、悪落ちしたという神崎先輩と、レジスタンスのメンバーで確定した。
またその説明から、あの異形は危険区画の深部に現れるレベルであると置き換えられる。それがあれ程の数であるとするならば、世界が滅びるというフレーズも、十分に現実味を帯びる。
「常室サダノリの稼働限界までは後17時間半。国、学園、斑鳩の各責任者は既に対策会議を開いていますが、実質二時間後に予定されているシンの報告待ちという状況です」
「あ、だからシン、ラーメン屋の外でずっと電話してたんだ」
「そ。つまり、名実共に、ここでの話は世界の今後を左右するってことね」
「……何でそれが今日なんだろ……」
「最後に、城は時間経過により増強、加えて、その周囲からリソースを吸収し続けており、周辺の住民である約7千人が完全に消失する形で既に命を落としています。認識と電波の問題もあり、情報は世間一般には流れていませんが、それ自体は時間の問題であると考えられます」
「……」
7千人の死亡。その情報が、場に明確な影を落とす。ただし、既に大皿の大半を平らげている先輩と、仕方なくといった様子で空いた湯呑にお茶を注いでいるレイカさんの二人を除いて。
「――ありがとう、欧陽さん。つまり、一旦は被害が抑えられているものの、均衡は残り17時間。それが過ぎれば、都内は戦場と化す。その後は、わざわざ話すまでもないことね」
それは、限りなく確定に近い予測に思えた。
「けれど、暗くなるのは話を聞いてからにしてほしい……結論から言うわ。これから提案する方法を簡潔に述べれば……過去を変えて、今を変える。それによって、7千人の被害すらもなかったことにする」
「……」
まさか。と思う前に、なるほど、という感想が先に浮かんだ。あくまで個人的には、これまで断片的に得られた情報から、耳を疑う話には感じられなかった。ただ、それでも当然、驚きはあるのだが。
「っ……ここにおいて、愚問なのかもしれないが、そんなことが……可能なのだろうか……」
「カグヤ……それって、タイムマシン?」
「で、でも……時間遡行と死者蘇生はあり得ないって……」
「へぇ、偉いわね。ちゃんと学生会のホームページ見てる子がいるなんて」
「いや、一年生は割と見てる子多いって」
食事を終え、お茶を飲む先輩。既にその顔色も正常。我々の身体が人間のそれではないにしても、理不尽なタフさである。また、隙あらば先輩にしな垂れかからんとする欧陽先輩と、それを反対から押し留めるレイカさんのやり取りは、何とかしてほしいものではある。
「ホントに漫画な展開になってきた……」
「やはり、シンとレイカはその方法まで分かっていた、ということなのか?」
「えっ? でも、被害者が沢山出たってわかった瞬間、二人共声掛けらんない位にキレてたんだけど……」
「そりゃそうでしょ。後で戻るにしたって、今死んでしまったことは変わらないんだから」
「いや、俺はキレてたっていうより、多分無駄になるだろう根回しをしなきゃなんないうんざり感が大半だったんだけど」
「――太刀川君の苦労は捨て置くとして、桐島さんの言う通り、戻るのだから、死んでもいいという道理はないわ。ただ、それでもこの一連の問題を解決するには、この方法しかなかったと理解してほしい。まぁ、あくまで、40328回の時間遡行による結論だけれど……」
「っ……」
最後の数字に、またも息を吞まされる。
「はっ、どうりで日のほとんど姿が見えなかった訳だ」
「貴女が全く干渉しないタイプの友人だったことが、私にとっては本当に救いだったわ」
確かに、我々一年生の間では、その姿が見れると幸福が訪れるという眉唾な話が広まる程に、学園内で見ない有名人と捉えられてはいた。
そして、過去を変えるという完全に創作物の世界における対処法についても、我々が身を置く環境を鑑みれば、衝撃的ではあれど、碓氷先輩の言い切り方からも疑う者はいないというのが、この場の雰囲気であった。
「ここからがやっと本題の前提……そう考えると、少しうんざりもしてくるのだけれど、まずは会長の能力、その概要について説明してもらうわ」
「…………」
「――ちょっと、貴女が喋る時間よ。メモを読み上げる位、とは言わないけれど、出来る限りスムーズにお願いしたいわね」
「――っ!? え……あ、は、はいっ、すいませんっ! えと……はい、私の能力の説明、ですよね? はいっ! それでは、よろしくお願いしますっ」
過緊張による不注意からの指摘、それによる狼狽を経て、会長は懐から取り出した和紙を広げる。尚、透けて見える文字は、間違いなく毛筆で書かれている。
「私の……能力は、すぐに寝ることができる、というものです……」
「……」
それは、冒頭から想定を大きく外れる内容だった。
「っ……ちょっと待って」
「えっ? あの……」
最初の一行で、碓氷先輩から待ったが入り、読み上げようとしている書面の内容を後ろから確認される。加えて、両手で握られている和紙は、少なくとも3枚以上はあり、そのいずれにもびっしりと文字が記されていることが分かる。
「……ごめんなさい。私から説明するわ」
「あ……ありがとう、ございます……」
どうやら、申し訳なさよりも自分で伝えなくてもよくなったという思いが勝った様子の会長。おそらく、場の誰もがその方がよいと思ったことだろう。
「話の流れの通り、彼女の能力は、未来を見ることができる。夢を見るようなイメージで、任意の時間に意識を未来に送って、実際に行動することも可能。便利な点は、こちらも任意のタイミングで戻れることね。後、見られる未来の範囲は、大体一年と考えていいわ」
一転して、今度は想定に近い内容。それに加えて、見るだけではなく、実際に自身の身体で動けるというのは衝撃的でもある。
「この能力は、干渉する力は持たないのだけれど、トワイライト・エネルゲイアによって、未来で起きた現象を引き継いで、更にもう一度その時間軸から未来を見ることができる。こちらの方は、かなり行動に制限が掛かるのだけれど」
「おぉ……予想より全然凄い能力やん……てっきり、ある程度の当たりを付けて未来を夢に見る、みたいな感じだと思ってた」
「私も、貴方はそう思っていると思っていたわ」
変わらず、先輩に対してのみ当たりの強い碓氷先輩。ただ、それはお互いに当たり前となっている様子。
「直接、私達が生きるこの世界に干渉することはできないにしても、様々な可能性を検証することはできる。ここの冷蔵庫に食材を入れておいたのも、そういう話。まぁ、そこは別に、稀崎さんが少し別行動を取ることで収まるのだけれど、無駄は省くに限るわ」
全てが理解できた訳ではないが、ある程度先回りして備えられるという点については、把握できたと思われる。
「もちろん、会長が用意した分量の補足説明はあるのだけれど、要はある程度の未来予知が可能と捉えてもらえばそれで十分よ。それで……続けて、私の能力についても説明させてもらうわ」
「っ……」
つい少し見開いてしまった目が、碓氷先輩のそれと重なる。
「中原さん、これも必要なことなの。確か……無限のエネルゲイア、だったかしら。太刀川君、そのふざけた渾名って、一体誰が付けたのかしら?」
そして唐突な圧。
「少なくとも俺じゃないっすねぇ。初めて聞いたのは、斑鳩先輩の口からかな。で、気付いたらタケル以外のヤツらはそう呼んでた気がするけど」
「っ……確かに、私も何度かそう言ったことはあるわね。的を射てると思うし」
これは、何とか躱したということだろうか。
「そう……斑鳩先輩? その辺り、説明して下さい」
「えっ?」
碓氷先輩の一言で、一旦得た余裕を早々に手放す先輩。
「…………」
「…………」
だが、場には数秒の静寂が流れる。
「ハァ……」
「斑鳩せんぱーいっ。ミオがキレると面倒だよー」
こちらもマイペースに煎餅を食べながら、阿僧祇先輩が尤もなアドバイスを送る。
『っ……あん? 何だよお前ら……ただ聞いてるだけでイイって話じゃなかったのかよ……』
いつの間にか会長の少し左横に置いてあったスピーカーから、気怠そうな声が聞こえてくる。
「はい。なので、聞いていなかったことについて、追及しているだけです……」
『聞いてなかったってお前……まだ本題にも入ってねぇじゃねぇか……今何の話してんだよ……』
とにかく、斑鳩先輩が全く話を聞いていなかったことについては理解できた。
「無限のエネルゲイア……この言葉を言い出したのは斑鳩先輩だということになっていますが、本当なんですか?」
目上と話している碓氷先輩というのが、自分にとってはとても新鮮に映る。
『あぁん? 俺がそんな中学二年生拗らせたみてぇな渾名付ける訳ねぇだろ……言い出したのは月見里だ。それを、太刀川辺りが広めたんじゃねーのか……』
「…………まぁ、いいです。とにかく、話はちゃんと聞いていて下さい。ちなみに、今のでイエローカードですから」
『わかったわかった。こっちもちょうど、宅配飯が届いた所だから、こっからは聞いといてやるよ……一旦こっちからは切るぞ――』
いつも通り、確認ではなく一方的に切断する斑鳩先輩。食事が届いたことと、これからは聞くことの間にある関連性を教えてほしい。なぜなら、あの人は食事中は更に人の話を聞かないイメージがあるからだ。
加えて、様々な面から事を把握していると考えられる斑鳩先輩は、まだ本題に入っていないと言っていた。それは単なる言い訳である可能性も十分にあるが、確かにこの場での話は、本当に長い時間を要するのかもしれない。
そう思いながら、私は手前側にあるとても高そうなきんつばに手を伸ばした。