トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

118 / 120
明日のための、長い話 破

「――貴女、よくこんな話を聞きながら食べ物が喉を通るわね……」

「っ……」

 

 内心できんつばに舌鼓を打っていると、隣の麻月さんが呆れ顔でそう言った。

 

「あれ? そっち、全然食ってないじゃん? もしかして、中原を除いて全員洋菓子派……あ、柳瀬さんはそうだよな。まぁとにかく、そっちは中原以外、他人事だと思って聞いてりゃイイから。リラックスリラックス」

 

「いやだから無理っすよ……」

 

「……いえ、確かに、私達が力になれることはない訳ですし、ここはリラックスするべきですよね……頑張りますっ」

 

「あ、俺も、善処します」

「いや、それでも、今食ったら絶対吐く自信がある」

 

 話を聞きながら時折身体を震わせている一之瀬さんと板場君、その相方二人は、別のベクトルで迷走している。

 

「リラックスは頑張ってするものではないけれど、その意見には私も賛成するわ。貴方達に何かを強いることはないから、出来る範囲で寛いでいて。それじゃ、話を続けるわ」

 

 無限のエネルゲイア。碓氷先輩のその力について、個人的に把握できている部分はあるが、その底が知れないという意味では、阿僧祇先輩とそう大差はない。

 

「私の能力は、自分の体毛を別の何かに変える力よ。何か、というのは物質だったり、空間だったり、概念だったりするわ。例を挙げるなら、さっきの青い空間だったり、その気になれば自分という存在に変えることもできる。この私も、本人である保障はないわ」

 

「え……」

「つまり、無敵ってことよ」

 

 正直、同意してもいいと思える結論ではある。

 

「麻月さんはそう言うけれど、決して無敵ではないわ。後、この場で必要な情報としては、会長の能力に同伴する装置に変えることもできる。タイムマシンには変えられないけれど、それは可能だったという話ね」

 

 そのような話を聞くと、確かに無限のエネルゲイアと言って間違いないようにも感じられる。

 

「……それで、これはもちろん強制することなんてできないけれど、阿僧祇さん。貴女の能力について、教えてほしい。底が知れないのはお互い様、そんな風に貴女は言っていたことがあるけれど……私は自分を、貴女と同列に並べる程、自信過剰ではないつもり」

 

「うん? 全然イイけど。あれ? シンって、ここだけの話って言いまくってここにいる面子には大体話してるんじゃないの?」

 

 碓氷先輩の真摯な質問に対し、阿僧祇先輩の返答はこの上なく軽い口調だった。

 

「いやいや、お前こそ忘れてんじゃん……俺が操られたり、洗脳されたりして漏れる危険があるから、俺も知らない方がイイって話で終わったやん……」

 

「だから無理やり言ったじゃん。嫌でも聞いちゃったでしょ?」

 

「だから、佐藤先輩の能力でそこら辺の2分間の記憶を頑張って消去したんだよ。言っとくけど、海馬関連の操作は滅茶苦茶大変なんだぞ……」

 

「シンって、そゆとこマジでキモいよね。結構引いたんだけど」

 

「まぁでも、その心配も今じゃ必要なかったなぁって思う部分もあるし、この面子で共有するならイイんじゃね?」

 

 以前は今以上だったのか。先輩の局地的な用心深さからすれば、そこまでおかしな話でもないだろう。何となく、レイカさんと欧陽先輩も同様の感想を抱いているように見える。

 

「私は最初っから別に秘密にする気はなかったし、シンがイイなら隠す理由もないよ。私の能力は、自分の興味のないものを操るって感じ。一応足しとくと、微生物一匹から太陽まで、自分自身のように操れるよ。操れないのは、シンだけだね」

 

「―――――――――――――」

「えっ? お前、無生物もイケんの?」

 

「イケるよ。けど、一応自分で決めたルールがある。シンもよく知ってるでしょ? 私、自分ルールは守る方だから。だって、太陽ちょっと動かしたら、それだけでこの星はサクッと滅ぶんだよ。制限しないと、人間として生きられない。それはシンが言ったことじゃん?」

 

「いや自分……もうちょっとスケール小さかったんすけどぉ……」

 

 先輩は気付いているのだろうか。当人と自分以外の人間が一時停止していることを。今の言葉は、形のないイメージと向き合う中、エネルゲイアを行使し続けている者なら、誰もがショックを受ける途方の無さではある。

 

「……」

 

 学園に入って今日までの経験から、無敵、最強という概念は、現実には存在しないと理解していた。だが、先輩のエイドスを含めた彼女は、無敵、最強と定義しても何ら違和感を抱く所がない。

 

「……っ……」

 

 瞬間、口から漏れそうになった疑問を、とある気付きが押さえ込む。それは少なくとも、私にとっては僥倖だった。

 

 今月においても数回はあったことで、累計を聞かれれば、3桁を優に凌ぐだろう。

 

 日々依頼をこなす中、この場面はさすがに阿僧祇先輩に助けを求めるべきではないか。そう強く感じることが、私には多々あった。

 

 ただ、何の意地なのか、敗北を認めたくない思いから、それを直接先輩へ進言したことはない。今、改めてその選択は好ましかったと思い至る。

 

 いつだったか、レイカさんにも同じような話をしてもらった。

 

 もし、我々が阿僧祇先輩に頼ることを選択肢に加えれば、流れは少しずつ、阿僧祇先輩の支配へと傾く。それを先輩は、阿僧祇先輩の側に立って、人間として生きられない、と表現した。

 

 そう思いたくはないが、先輩があらゆる場面を日々うんざり顔で切り抜け続けられるのは、ひとえに阿僧祇先輩との、約束のような何かがあるのかもしれない。また、その姿勢は、レイカさんや中之島先輩、稀崎先輩らからも、支持されているように思える。

 

「……つまり、現在、非常に苦しい状況ではありますが、今回においても日々の依頼と同様、阿僧祇先輩の助力なしで解決する、という理解でよいのでしょうか?」

 

 今度は、意識して声を出した。

 

「えっ? あー、いや……今回はさすがに……ちょこっとだけ、手伝ってもらう感じで……って勝手に思ってはいたん、だけど……」

 

「……」

 

 湧き上がる、明確な殺意。そもそも、数分で構わないので、一回この男と二人で今日の有り様についてクレームを含めた振り返りをさせてもらいたい。もう半年近く、毎日そういう生活を送っているため、それのない今日の自分は、揺るぎないストレスを抱えている。

 

「――私も、中原さんの考えを推したいわね。けれど、確かに今回ばかりは、こちらも部分的にジョーカーを切らざるを得ないかもしれない。とは言っても、阿僧祇さんは阿僧祇さんのルールでしか動かないみたいだけれど」

 

「そう言われちゃうと、ちょっとゴメンだけど、具体的な話を聞いてからかなぁ。後は、シンが払う対価にもよるかも」

 

 これについても、あまり考えたくはないが、今まで先輩はどれ程の対価と犠牲、苦痛を払って彼女の協力を得てきたのだろう。それに欧陽先輩の分も含めると、とても正気を保っていられるとは思えないが、そもそもこの男は正気ではないことを思い出す。

 

「そうね……では、一旦話を次に進めるわ。雰囲気としては、省きたい所だけど、そんなことをしたら何が変わるか分からないから、予定通りに進行させてもらう形ね」

 

「――ちょっと、その前になんだけど、貴女と会長は、本当に4万回も未来へ行ってきたの? 回数と期間が、一致しない気もするし……」

 

 疑問、というよりは、何処か二人を気遣うように、レイカさんは話を遮る。

 

「まぁ確かに、バトロワ4万試合するのだってかなり大変だし、体感年齢って言うのか? その辺も気になるっちゃ気になるな……」

 

 この期に及んでも、ゲームに例える先輩だが、言いたいことは分かる。

 

「私も、この学園のことを創作物の世界に例えるのは、有効だと思ってる。4万回については、あくまで回数よ。体感時間を計測するのは、精神衛生に良くないと思ったから。つまり、未来で二日過ごしても、こちらでは数分しか経過していない、ということは、確かにあるわ」

 

 それは、タイムマシンを扱った作品に見られる、登場人物達の味わう過酷さの一例。実際、後から少し考察すれば、同学年の人間よりも先に年を取ってしまったキャラクターはそれなりに存在すると思われる。

 

「もう少し加えれば、体感時間が持つ意味も、当人にしか理解できないでしょうね。とは言っても、私が会長を手伝ったこの約一年の間に関しては、5倍か6倍といった所じゃないかしら。特に糸口の見えない期間は、長く感じるし、実際長く過ごさなくてはならないし」

 

「も、申し訳ありません……私が、もう少し……」

「しかも、一々塞ぎ込むこの人を励ましながら」

 

「けど、会長ちゃんって病んだりはしないから、ある意味メンタル強めではあるよねぇ。さすが、体感年齢3桁は違うって話かぁ」

 

「そうね。投げ出そうとはしない所は、私も評価している点ではあるわ」

 

「っ……やっぱり……この学園は狂ってる…………ねぇ、今回のことが終われば、さすがに落ち着くのよね?」

 

 麻月さんは右手で顔を覆いながら、横の先輩に尋ねる。一応、偏頭痛は概ね改善したと聞いていたが。

 

「まぁ……落ち着くっていう言葉の定義によるけど、俺は落ち着くって思ってるかな」

「……これは、貴方に聞いた私の落ち度ね……」

 

 きっと、こういう話において聡い彼女は、色んなことが推量出来てしまう故に、その心労も増してしまうのだろう。

 

「――時間については、また後で。先に、このまま進んだ場合の未来について、話させてもらうわ。それを聞いた上で、過去を変える方法についても考えてほしい。これも、納得を得るためではなく、必要なファクターだと捉えてくれていいわ」

 

「このまま進んだ未来……って?」

「きっと、過去を変えなかった場合ってことだよ」

 

 一之瀬さんは柳瀬さんに、板場君は笹森君に、それぞれ補足説明を受けることで、何とか脱線せずに話に付いてきている様子。これについては、普段とそこまで大差はない。

 

「さっきの話にもあったように、猶予は一日に満たない。どういうやり取りの末の結論かは割愛させてもらうけれど、明朝に城へ総攻撃を仕掛けることになる。太刀川君なら、未来を見なくても、大体の想像はつくのではないかしら?」

 

 先程までに比べて、話を続ける碓氷先輩の様子は、やや面倒そうにも見える。

 

「やっぱり、とは言わんけど……そういう感じにまとまんのかぁ……斑鳩の秘密兵器とかって、あったりしなかった?」

 

「ないわ。貴方なら把握してるでしょ。無駄な質問は可能な限り控えて」

 

 やはり、当たりが強い。また、上級生は誰もそれを気にしない。自分もそれに倣おうと思う。

 

「揉めに揉め倒してそれだからなぁ……どうしても常ちゃんが押さえてる内にってなるもんなぁ……個人的には超長期戦に持ち込みたい所だけど、国も学園も斑鳩も、あんなのをそのまま置いとく訳にはいかないし……リゥに頼るって話には、あ……ならないんすよねっ。はい……」

 

 今のも無駄な質問に当たるのだろうか。ただ、普段からの低姿勢を見ていると、特に違和感はない。

 

「そういうことよ。無機物も操れるなら、城を学園へという手立ても考えられるのだけれど」

 

「あ、そっか。未来見てるから、碓氷さんはリゥの能力知ってたんだ……」

 

「だとしても、最初に知った時の私の絶望は、貴方には想像もできないでしょうね……それと、貴方は最初からずっと、既に私と会長が解決した未来を知っているから、それをなぞれば同様に解決すると、そう楽観しているのだろうけれど、まだ確定はしていないわよ」

 

「っ……いや、はい……すいません……」

 

 何度か体験した、凍り付くような殺気。これは最早、生理的嫌悪に近い何かなのかもしれない。加えて、自分はここで、やっとその事実に気付いたのだが、どうやらそう簡単な話ではないらしい。

 

「――後に、決死隊なんて言われることになる……城への攻撃に直接参加したのは十人。太刀川君、桐島さん、中原さん、欧陽さん、ナギ、天王寺先輩、マトイ先輩、石動先輩、橋口君に、萌木乃君。このメンバーで確定と言っていいわ」

 

「っ……そりゃ随分と、結局な面子だな……」

「でも、実現可能な中では最強のメンバーね……」

 

 面識のない方も含まれるが、それぞれに耳を疑う武勇は存在する。レイカさんの言葉からも、間違いなく学園内の猛者が集ったということなのだろう。それに自分が含まれていることに、不適切ながらも胸の高鳴りを覚えてしまった。

 

「間違いなく、俺だけじゃなくて、桐島さんも相当神経削っただろうな……」

 

「いやっ、待ってほしい……適切な人数については、私などでは分からない……しかし、斑鳩先輩と如月先輩……それに、バックアップとして佐藤先輩が含まれていないのは、どうしても納得できない……」

 

 これについても、言われて気付く。また、どこか苦し気な稀崎先輩からは、様々な感情を押し殺した上での発言だと見て取れる。

 

「それは、政治的な判断としか言えないわね」

「政治……的……シン……どういう、ことなんだ?」

 

「うん……色々あるとしか言えないんだけど、禁止ワードを使わずにどう説明したもんか……」

 

『――佐藤は国宝、俺と如月は、阿僧祇への抑止力だと思われてんだよ。結局、偉い人間は年寄りだろ? どんだけ説明されても、サブカル知識ゼロじゃ、エネルゲイアは理解できねぇって話だ。で、何を勘違いしたか、俺と如月で阿僧祇をどうにかできると思ってやがんのさ』

 

「……実際の発言を一つ例に出すと、操られる前に殺してしまえばいいのだろう、だったかな。いやでも実際、能力の詳細を理解するのは結構骨だし、戦った時の序列なんて、想像できないだろ……まぁ、桐島さんの世代だったら、全然余裕だけど」

 

「あの人だって無理でしょ。ゲームはおろか、漫画だって読んだことないだろうし」

 

『何言ってんだ? 桐島のおやっさんは複数の狩りゲーで、俺やシンと同じクランメンバーだぞ。それに、最初はお荷物だったけど、今じゃクランでも指折りのガンナーだ。血は争えねぇって、皆で話したりもしたぜ?』

 

「…………はっ?」

 

 光を失ったレイカさんの視線。それを超スピードで逸らす先輩。

 

『とにかく、大人と子ども、両方の都合の平均値か中央値を取ったのが、その十人って話だろ。知らねぇが、当日の俺ら三人には、VIPルームが用意されて芋洗いじゃねぇのか』

 

「……アンタ、今までのもこれからのも全部、後で憶えときなさいよ……」

「ですよねぇ……」

 

 既視感を抱くやり取りだが、その中身は、京都へ駆ける際とは比べ物にならないボリュームだろう。

 

「……すまない。話の腰を折ってしまった……」

 

「いえ、補足する予定だったから、気にしないで。私も一応、制限付きで常室君のバックアップに回ることになる。それでも、直接神崎君達と戦闘になるのは、この十人よ。これも結論から言うと、作戦自体は100回試行して全て成功、神崎君を殺害する形で城は消滅」

 

「……」

 

 その言葉を受けても、一宮先輩の表情に変化はない。

 

「100回試行した理由は、全員が生存する可能性が存在するのかを探るため。一応今は、ほんの些細なことで未来は変化する、と言っておくわ。それに加えて、城が吸い上げた力がまだ少ない内に叩いたことも、勝因だったと考えられているわ」

 

「ま、こっちだって無傷じゃ済まないわよね」

 

 稀崎先輩、中之島先輩が硬い面持ちな一方で、レイカさんはあっさりとした口調でそう言った。

 

「会長が1000回の試行を提案してきたこと、城の中でどんな戦いが繰り広げられたのかなどは、また時間がある時に。生存率、と言いたいけれど、死亡率の方が分かり易いから、そちらを採用させてもらうわ。まず、太刀川君と桐島さんの死亡率が100%」

 

「―――――」

「「っ……」」

 

 顔を見合わせる二人。しかし、当人達以外の方が、明らかに衝撃を受けている。

 

「…………え? 太刀川先輩が、死ぬ? わけ、なくない……」

「ちょっと…………私は信じられない……」

 

「でも、未来の話って……」

「未来っつったって、太刀川先輩と桐島先輩が死ぬとか、あり得ねぇだろ」

 

「…………」

「アオイ。その未来を変えるって話をしてるの。分かるでしょ?」

 

「――あの、すいません。一体どのようにして、先輩は死ぬのですか?」

「お前なぁ……」

 

 避ける予定の未来だと思うと、急に興味関心が優位となった。

 

「それは割愛すると言ったでしょう……とは言っても、二人合わせて200、その全てが、他者を庇っての死亡になるわ。最も庇われた回数が多いのは、貴女よ。中原さん」

 

「っ……」

 

 その答えに、是が非でもそのような未来は変えなければならないことが決定した。

 

「二人らしい、な」

 

「私は、聞く前からそうだとは思っていた。だが、そんなことよりも、そのような未来は、断じて許容できるものではない……」

 

「ミオ、俺も含めた、後の八人はどうなんだ?」

 

「死亡率の平均は、50%を少し下回る程度ね。貴女の死亡率は第四位の76パーセント、三位の天王寺先輩と1パーセント差。逆に、最も低いのが欧陽さんの7%、萌木乃君18%、橋口君23%、中原さんが27%。もちろん伝えたいのは、数字ではないのだけれど」

 

「ちっ、結局前衛の死亡率が高ぇって話か」

 

 その火力に加えて、生存率でもトップを誇る欧陽先輩。やはり、目標とするなら彼女なのだろうか。

 

「――申し訳ないけど、大事なのはここからなの。このまま時間が進めば、十人の内の半分、運が悪ければ欧陽さんと萌木乃君以外の全員が命を落とす可能性も存在する。そうなったらどうなるのか……答えは、阿僧祇さんの、緩やかな悪落ち、というのが分かり易い表現かしら」

 

「っぽいなぁ……自分でも、多分そうなるんじゃないかって思うし」

 

 それはつまり、大人達が最も恐れていることなのではなかろうか。

 

「最も確率が高いのは、生存した中原さんがそのパートナーになる。二人共、学園の外で現れる能力者を片っ端から保護、行く先は、学園や斑鳩、国とのバランス崩壊、そこまでは見ていないけれど、学園が完全に世界を管理する形にシフトしていくのではないかしら」

 

「…………」

 

 少し想像してみるが、現状ではそうなることについて、全くピンと来ない。

 

「とりあえず、自分が死んでることも含めて、嫌な展開なのは揺るがんなぁ……」

「そうね……もし天国みたいな場所があったとしても、のんびり出来るとは思えないわ……」

 

「とにかく、そんな未来は許容できない。私も会長も、稀崎さんと同じ考え。やっとここまで辿り着いて、という思いもあるけれど…………ほら、私はあくまで付き添いなのよ。さすがに、多少は緊張も解けたでしょう?」

 

 そこで、碓氷先輩は隣に座る会長へと言葉を掛ける。

 

「…………はい。皆様。私はこの学園の会長としての責務、学園の恒久的存続、それを守るため、太刀川君を初め、多くの方の想いを犠牲にしてまいりました。しかし、この度は学園を超えた、世界の危機……どうか……どうかっ、何卒、宜しくお願い申し上げます……」

 

 ここに来て、初めて会長らしい振る舞いを見せる会長。そう思うのは、失礼かもしれないが。

 

「意訳すると、協力してほしい、ということよ」

 

「おいおい、協力っつってもよぉ、具体的に何をすんのかは、まだ一行も話が出てないぜ。ここで首を縦に振って、後でとんでもねぇ条件を突き付けられたら堪ったもんじゃねぇぞ」

 

『――穂村妹の言う通りだぜ。こっちは飯も食い終わっちまった。そろそろ本題に入ってくれねぇと、眠くなっちまうぞ……』

 

 嘘だ。彼がこんな時間に寝る訳がない。というか、いつ寝てるかも分からない。

 

「斑鳩先輩は放っておくとしても、全く以てその通りね。本当は、レジュメを配って各自熟読してもらって、質問を受け付ける形式にしたかったのだけれど、発案者の強い抵抗のせいで、このような形になったのよ。文句なら、本人に言ってほしい所ね」

 

「いやいや……ここに来て会長に擦り付けるのもそうだし、資料配布はさすがに味気なさ過ぎるだろ……」

 

 必修科目にあった、現代社会の授業を思い出す。極力無駄な話をしたくないという講師からの説明には納得できたが、その形式をこの場に取り入れるのは、少々シュールが過ぎるように思われる。

 

「太刀川君、何か勘違いをしているようね。今回の対応策を考えたのは、会長ではないわ。もちろん私でもない。その方法のみが、未来を変えることができた……その一点を除けば、甚だ品性に欠けた、低俗で傲慢な奇策……もちろん、進んで行いたいものではないわ」

 

「え…………あ」

「結局、そういうことな訳ね……」

 

 レイカさんは呆れたようにそう呟き、おかきの小袋を破く。

 

「確かに、面倒事の解決となりゃ、そうなるのも無理はねぇな」

 

 やや遅れて、私自身も気付きを得る。

 

「会長の能力を使用し、未来を見る……その中で、先輩に相談した、ということでしょうか?」

 

「とても残念だけれど、そういう話よ」

 

 言葉通り、とても残念そうに、碓氷先輩はそう認めた。

 

「餅は餅屋……それに、この世界、時間軸のようなものに影響を与えることもない……」

「モチモチ? えっ? カグヤ、どゆこと?」

 

「多分、直接太刀川先輩に相談しちゃうと、この……今? に辿り着けない、とか、そんな感じだと思うけど、つまり、ここには影響を与えない……世界? そこの太刀川先輩が、解決策を考えたってこと、じゃないかな」

 

「あ……ふーん……」

 

 一之瀬さんが理解したかはともかくとして、今の説明で分からなければ、一時的に保留としてもらった方がよいだろう。

 

「っ…………えっ? マジで? いや……その方法って……多分、駄目だと思うんだけど……その……各種倫理的に……」

 

「その内容は分からないが、どうだろうな。ただ、シンが提案した策の多くは、常に倫理とは相反する面も往々にして見られる」

 

「そう、なのだろうか……私は、特にそういった印象を持たないのだが……」

 

 先輩の暗躍を知っている者、知らない者の差が、ここに歴然と現れている。

 

「にしてもよぉ……ミオがシンを頼るなんざ、それこそ何万回しくじってもあり得ねぇって思ってたぜ。こいつはつまり、未来の前に、てめぇの性根を変えたって話か」

 

「違うわよ。きっと何千回進言しても一向に行動しない碓氷さんを見かねて、会長がシンに打ち明けたのよ。それに、碓氷さんから相談を持ちかけたりしたら、シンはいよいよ自分を殺そうと動き出したって受け取って、まともな話になんかならないはずよ」

 

「ちっ、確かに、そっちの方がしっくりきやがるか……」

 

 碓氷先輩を弄る、という目的により、一時的な共闘を見せる両者。泣きながら思いを吐露する会長と、それを見て狼狽える先輩の絵面が、頭を一瞬過ぎる。

 

 そしてその表情から、碓氷先輩は二人の発言は聞かなかったことにした様子。

 

「……話を進めるわ。これだけは、私と会長も知らないこと。言ったでしょう? ある程度の未来予知だと……太刀川君。貴方の能力について、隠しているものがあるのでしょう? 貴方自身が本人に聞くようにと、ふざけたことを言っていたわ」

 

「っ……」

 

 耳に残った、隠しているというフレーズ。だが、そもそも先輩とは能力について、互いにその全てを開示し合っている訳ではない。加えて、自分以外の一年生組からも、そもそもの能力が分からないといった反応が相次いでいる。

 

「なるほど……そうなるかぁ……ただ、自分から漏れるとか、さすがにヤバ過ぎだろ……」

 

 ここに来て何度目か。とは言っても、近くから見ていて、心労が絶えないのは通常運転ではある。

 

「うん…………えー、でも、そうなると、マジで……いやぁ……その流れは……」

 

「――シン……話すしかないだろう。正直、俺は聞きたい」

 

 よく見る葛藤状態の先輩に、中之島先輩が静かに、それでいて力強く語り掛ける。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 そして、先輩へ放たれる4方向からの圧。私は少しだけ、身体を右へ逸らす。

 

「……中之島君、貴方は、太刀川君からその話を聞いている、ということ?」

 

「能力についてのみ、聞いている。だが、これからシンがすべき話は、それに止まらないと思われる。おそらく、昨年の十一月十三日の話だ」

 

「っ、まぁ……ちょうどイイ機会か」

 

「え……皆、知らないって……あれ? もしかして、中之島君がメインヒロイン、な感じ?」

「セナ、ちょっと黙ろうか」

 

 藤堂先輩の言葉は意味不明だったが、おそらくその発言により、先輩への圧がまた若干増したように感じられる。

 

「とりあえず、話し、ます……タケルの言う通り、十一月十三日の話も絡む。で、能力からなんだけど……」

 

「――あっ!? あのっ……すみません……実は、太刀川君から……あ、その、未来の……いえ、厳密には、私の能力、での……えっと、つまり、未来の太刀川君から、あの……メッセージを、受け取って、います……あ、今はもう……過去、です……」

 

「あぁ……そういえばそうだったわね。完全に、失念していたわ……」

「どう見てもわざとだろーが……」

 

「あ、えーっと、会長……俺、何て言ってました?」

 

 まるで、泥酔した翌朝にする質問のようだ。

 

「はい…………俺は、謝らなくてもいいと思う……と。それと、もう一つは…………そっちも大変そうだけど、こっちも同じだから、頑張れ……と。そう、言っておりました……」

 

 一字一句間違いのないように、という意図が伝わってくる慎重さで、会長はゆっくりと言葉を丁寧に発音していく。特に二つ目は、いかにも先輩が言いそうな台詞ではある。

 

「へぇ……意外とまともなこと言ってんなぁ、俺」

 

「――それで、能力というのは何なの? 言っておくけれど、答えの数字が出ていて、途中式の一部が不明な状態というのは、存外不快なものなのよ」

 

 自分も経験があるためか、碓氷先輩からは、何となく過去の怒りを思い出しているような空気が感じられる。

 

「まぁまぁまぁもう観念してますから……で、知らない一年生組はメンドいから今はお口チャックで頼む。まず、俺の能力の一つに、曜日で効果が変わるのがあるんだけど、そこまではイイ?」

 

 その前置きに対し、面々からは頷きが返されるが、言われた通りに黙るメンバーも中にはいる様子。

 

「あ、日替わり定食なんだ。じゃあ、金曜日がアレキサンドライトってこと?」

 

「おっ、思わぬ良い返し。だから、7通りの能力があって、セナが言ったように、金曜日はその……アレキサンドライトっていう、宝石を出して、爆発させる、みたいなヤツ」

 

 それにより、金曜日の先輩は、他の曜日と比べて圧倒的に火力が高い。

 

「今更だけど、きっと明日の凸で、それはそれは撃ちまくるんだろうね」

「えぇ、今の所、100回以上は使用される予定よ」

 

「っ……」

 

 これも制約か、場違いな衝撃が走る。私は常々、先輩の保有ポイントを知りたいと思っている。今の話から、それは少なくとも1000ポイント超であることが確定、これならば、一日に一度、あの羊羹をねだることは、それ程責められることにはならないと思われる。

 

 そして、その考えをすぐに一旦引っ込める。

 

「言った通り、金曜日はアレキサンドライトなんだけど、もう一つ、条件があって……」

「――あ」

 

 そこで、レイカさんが思わずといった具合に声を上げる。

 

「もしかして……十三日の、金曜日?」

「正解……」

 

 先輩は苦笑いで正答を認める。

 

「誰もが、その日を不吉な一日と捉えているのは、わざわざ説明する必要もないと思う。つまり、十三日に限って、金曜日の能力がもう一つ加わるっていう話。それが一応、タケルにしか言ってなかった……秘密? っていう感覚はなかったけど、まぁ秘密か」

 

「っ……」

 

 昨年の十一月十三日の金曜日。そういうことだろうか。さすがに、曜日までは把握していない。

 

 

「――デウスエクスマキナ。よく知らんけど、何か、チートみたいな意味でも使われる言葉らしい」

 

 

 差し当たって、その九文字は初めて聞く言葉だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。