「――デウス、エクス、マキナ……神話の言葉かしら?」
音の響きとしては、そのベクトルが感じられる。
「本来の意味としては、一つの演出技法を表す言葉だ。複雑に絡み合い、解決の困難な状況を、絶対的な力を持つ存在によって収束させる……そんな手法らしい」
「へぇ、何か、今の私達の状況と被る気もするね。改めてだけど、何で今日だったんだろ……」
「確かに、解決が困難という意味では、同様かもしれない……それで、シン。その能力とは、どのような……」
当然ながら、中之島先輩の説明では、その全容は見通せない。フラッシュオーバーのように、言葉の意味を調べれば理解できる類なら良かったのだが。
「一言で言うと、一人の人間の存在そのものを消す、っていう能力、かな」
「っ……」
気軽な口調にそぐわないその内容に、一瞬思考の停止を感じたが、効果としてはこれ以上ない恐ろしさと瞬時に理解できた。そして、もう何度目かは分からないが、他の面々からも明らかにどよめきが漏れている。
「……殺す、ではなく……消す……当然、学園内で使用しても、リスポーンされない。そういうこと?」
「うん。というか、存在そのものが消えるっていうのは、最初から無かったことになる……って感じだから……つまり、俺以外の全ての人は当人のことを完全に忘れるし、当人の足跡とか、全ての情報も消えて……説明ムズいけど、現実が一番自然な状態に調整される」
「……」
補足の通り、存在が消える、というよりは、最初から無かったことになる、という表現の方がより近いと感じられる。
「アンタ、それ使ったの?」
責めるでもなく、驚くでもなく、レイカさんは平坦な声でそう尋ねる。
「使った。その人は消えて、役所の記録も消えた。確認できないけど、両親の記憶も間違いなく消えてる。つまり、皆も忘れてるってこと。本当に驚きなのは、リゥと碓氷さんも忘れてて、気付く様子もないってことかな……まぁ、絡み自体ないから元々知らないって線もあるか」
「結局、裏をかいてくるのってシンなんだよねぇ。普段はダラダラしてんのにさ」
「…………そういうこと、なのね。いずれにせよ、今後があれば、十三日の金曜日は24時間、太刀川君には眠っていてもらうしかないわね」
「だね。前日の深夜にボコボコにして絞め落として、完全拘束してからテキトーな区画の奥に転がしとけばイイんじゃない?」
「いえ、より確実に、太刀川君専用の24時間昏睡状態になる薬物を精製しておくわ。服用を拒否したら、全員で殺せばいい」
「まぁ、そうなるのは全然想定内だけどな」
「確かに、ほぼシンの推量通りの返しだったな」
茶を啜る、男二人。ある意味で、覚悟は固いようだ。
「カグヤ……気付いたんだけどさぁ、存在消すって、殺すよりもエグい?」
「うん……皆の記憶からも消えるって、もう自分が全部いなくなるってことだし…………でも、太刀川先輩が持ってる分には、大丈夫だって、私は思うけど……」
「それはさすがに甘過ぎる。言ってみれば、この能力は完全犯罪そのものよ。全世界に監視されている状況で使用しても、裁く者はいないわ。だって、誰も憶えていないのだから……」
「で、でも……太刀川先輩なら――」
「――分かってる。きっと使用には、誰もがある程度納得できる理由があるはず……少なくとも、利己的な理由で行使したなら、これまでの行動との辻褄が合わないわ」
「貴女が太刀川君を庇うなんて、少し、ではなくかなり意外ね」
「いえ、庇ってはいません。決して」
「えっ? 俺今、ちょっとテンション上がってたのに……」
ただ個人的には、麻月さんの言動は所謂ツンデレと呼ばれる様相であることに、最早疑いはない。これも、本人への指摘は困難である。
「っ……あ、あ、あのっ!? 太刀川君っ」
「はい。どうぞ、会長」
意を決して声を張る会長に対し、慣れた様子の先輩。
「能力を……使用したのは、昨年の十一月十三日の……夕刻頃……なのでしょうか?」
「はい、そうです。使ったのはここの地下で、そもそもトワイライト・エネルゲイアじゃないと、発動までに10分掛からない位の時間が必要なので」
「なるほど……けれど……阿僧祇さんが操れないというのはこの上なく厄介ね。太刀川君は洗脳関連への耐性も高い……やはり、正確な情報を得るためには、佐藤先輩の協力を仰ぐ必要がありそうね」
「っぽいねぇ。シンって、真顔で嘘吐くから」
「いや……碓氷さん、完璧な噓発見器とか、作れないんすか?」
「それが貴方に利く保証はないわ」
この二人は前世で何か揉めたのだろう。それで完結としておく。
「やはり……間違いありません……碓氷さんっ!」
「――その話は必要ないと思う。斑鳩先輩が本当に寝てしまうわよ」
「けど、会長の様子もそうだし、そう言われちゃうと気になるんだけど?」
余談だが、レイカさんと欧陽先輩の攻防は、未だ散発的に続いている。
「ハァ……去年の十一月十三日……その少し前から、私は偶然会長の手伝いをする気になったのだけど、太刀川君がその誰かを消したことで、ある意味ずっと閉ざされていた未来が、少し先延ばしになったのよ。タイミング的にも、そう考えてまず間違いないわ」
「うーん……正直、会長の能力って、世界征服レベルだと思うんだけど、滅びの未来みたいなのがあるんだったら、もっと直接的にっていうか、未然に防げそうな気がするんだけどなぁ……やっぱり、超決定的な瞬間に限って、見ることができないっていう感じ?」
「そう理解してくれて構わないわ。一例を挙げれば、日時の指定は日に一回しか出来ないの。それも含めて、全ての原因を探ろうとすると、さすがにこっちでの時間が足りないってこと。どちらにせよ、貴方が消した人間は私と会長でも知りようがないわ」
会長のエネルゲイアで把握出来るのは未来であり、過去ではないということか。
「……シン、可能ならば、教えてほしい。何故、存在そのものを消さなければならなかったのか……ただ、今の碓氷さんの話から、相当な危険人物であったことは予想できるが……」
閉ざされた未来の意味する所は分からないが、その人間の存在が、該当する未来を確固としていたと理解していいのだろう。
「だよな。テーマはコンパクト……名前は、鏑木サキ。その、ある意味で、破滅的っていうか……能力もヤバ過ぎた。最低限の経緯を話すと、神崎を悪落ちさせたのは鏑木。その能力は、本人曰く、倫理観を弄る、っていう内容で、実際そういう感じだった。あ、タメね」
「聞いた感じで既にヤバそうな能力っぽい。ってか、鏑木……当たり前だけど、全然知らないっていうか、憶えてないって言うべきなんだよね?」
「そうなんよ。で、実はなんだけど、特にその日の出来事は、実際に起きたことから大分書き換えられていて……っていうのも、イメージ的には、因果っていう言葉で、鏑木が消えたことで、現実がその穴を最も自然な形で埋めたっていう……認識? 少なくとも、俺的には」
「一気に面倒臭ぇ話になってきやがったなぁ……そういや、結局神崎を悪落ちさせた理由については、よくわからねぇで終わってたか。もしかして、その鏑木ってヤツがやったことが、他の人間に擦り付けられまくったって話か?」
つまり、そういうことなのだろう。因果が書き換えられた、そういう表現を、何かで見た憶えはある。
「完璧にそう。ただ、皆にとってはガチな与太話になるんだけど、話した方がイイ? つまり、証拠がないし、多分打開策の話で必要な箇所は、もう今ので十分っていう説はある」
「いいえ、話してもらうわ。あまり言うことでもないし、申し訳ないことだけれど、私と会長からしたら、この部分の話以外は何度も繰り返して、既に聞いた話なの」
「そういえば、そうだったわね……」
「なのに会長ちゃんは場慣れしないんだねぇ」
「も、申し訳ありません……」
「これでも、体感上の一回目に比べれば、大分マシになったとだけ言っておくわ」
おそらく、過呼吸になったり、卒倒したりしたのだろう。それにしても、本当に長い話である。制約を抱えた自分には、やや耐え難い程に。
「……中原、コレ食ってもうちょっと頑張れ」
「っ……ありがとうございます」
心中が漏れていたことよりも、差し出された羊羹に意識が持っていかれてしまう。
「で……えっと、まず、無垢な神崎君が、鏑木の能力をまともに喰らって強制悪落ち、気付いたイチルが気合で時間を稼いで、偶然近くにいたマコトが周りにいた人を避難させる。イチル死亡、俺に伝わる、何のこっちゃってなってるモリスと織田島も神崎にサクッと殺される」
「――ま、待ってくれ……遠目ではあるが、私は確かに、シンが二人と戦っているのを見た……その記憶すらも、書き換えられたという、ことなのか……」
「俺も、アレキサンドライトの光が二人を消滅させる所を確認している。この記憶に間違いはない」
「うん……ただまぁ、もう一回冷静に考えれば分かると思うんだけど、俺とあの二人がガチバトルしたらどっちかっていうと俺が負けるんよ。まぁ気合でモリスはもってくけど」
「って言っても、アレキサンドライト喰らったら死ぬっしょ。全力ので爆心地ヒットだったら、私とかミオでも半分死ぬと思うよ」
「あんなモーションの大きい攻撃を受けるつもりはないけれど」
「モリスも不意打ちって言ってたし、皆の記憶自体は間違ったものではないってことね」
「続けると、三人死んだ時点でやっと俺が到着、一宮先輩と一時的に共闘、ワープアタックで隙を作って、避難が完了してる学生会館に黒い塊みたいな神崎を吹き飛ばす。致命的なことに、この時点で誰も鏑木の存在を認識していなかった。そもそも、俺はほぼ初対面」
「……あの、一宮先輩は、シンと共闘していたのですか?」
「……私はしてない。太刀川の反射で、頭を割られて死んだ」
「あー、そのエピソードのおかげで、俺の反射は滅茶苦茶万能みたいに思われたんだよなぁ……都合がイイから否定しなかったけど、ちょっとタイミングズレたら頭割られるのに、そんな戦法絶対に選ばないし」
「それについては、俺もレイカも、後から聞いて違和感はあった」
「そうね。ただ、それを選択せざるを得ない状況だったってことで納得してたわ」
「んでもって……そう、神崎メッチャ強くて、斑鳩、如月、マトイ先輩繋がらず、俺ボコられ、一宮先輩殺され、何とか能力で回復、そこでレイカが助けに来てくれて、そこからだな。この時点で、多分黄昏の力に反応したのか、神崎が床抜いて舞台は地下」
「……私の記憶とも違うわね」
「うん。書き換えられたバージョンだと、駆けつけてくれたレイカを、後ろからセナが刺し殺して、俺が逆上してセナを殺すって流れ。でも実際は……まぁ神崎が殺した判定か。っていうか、レイカってタフネスがヤバいみたいで、絶対無理な感じから5分は生きてたんだよな……」
「それについては、頷ける証言ではあるわね。桐島さんの粘り強さについては、明日の作戦でも存分に発揮される予定よ」
「だとしても、結局最後は死ぬのよね……」
「まぁまぁ。んで、ここで、セナのことを補足、かな。正直、セナの書き換えについて話すと二時間じゃ収まらない。例えば、レイカを刺したナイフは『ブラックマーケット』の品なんだけど、区画を解放して、店でナイフを購入した記録はちゃんと残ってる」
「だから記憶もあるけど…………えっ? マジすか?」
「マジです。加えて、申し訳ない。だがそもそも、そうしなかったらお前はもっと大変なことになっていた可能性が高い、っていうか確定。今は、ちょっと目を瞑ってもらっても、いい?」
「も、もちろん、大丈夫だけど」
「その言い回しだと、鏑木サキ……女性よね? 彼女と藤堂さんは、浅からぬ関係だったということなのかしら?」
「その理解でOKっす。その後、どさくさに紛れて地下まで来ちゃった鏑木が、いきなり神崎とセナを操り出して、こっちは訳も分からんまま二対二。で、色々あって。神崎分からせてセナは殺されてレイカも死亡。最後に俺が鏑木を消したって流れやね」
「何か、最後の一行で30分は話せそうじゃん」
「もしかしてだけど、私ってその鏑木さんに殺されたり?」
「まぁ……そっすね。言葉を選べば、軟骨までしゃぶる感じで利用されて、捨てられたっていう……」
「いやどうせならもうちょっと選ぼうよ……」
「――ねぇ」
「うん?」
「チマチマと羊羹を食べている中原さんが気味悪いから、もう何個か渡して」
「いやいや。一度にそんな食べたりしたら、何かが研ぎ澄まされちゃうから……」
「――いえ、まだ半分あるので大丈夫です」
「だからそれを止めてと言ってるんだけど……」
欲求を抑えながらの摂取に集中していたが、話はどの程度進んだのだろうか。
「――それで、太刀川君。その鏑木さんの能力……黄昏の中ではどのような力に変容するのかしら?」
「多分お察しの通り、世界そのものの倫理観を変える……人間への影響に特化してるっていうのと……後はまぁ……本人の、好み? っていう方向性……と言いますか……」
「なるほど……十分よ。それに……太刀川君がそう選択したことによって、これから目指す未来が生まれたのは事実。少なくとも今は、振り返りや評価をする時間ではないわ」
「――っ!?」
意識が話に吸い寄せられる。聞き間違いでなければ、碓氷先輩から出た言葉は、慰めの類であったように思われる。先んじて、残りの羊羹を食す。
「それに加えて……ごめんなさい。勝手で申し訳ないけれど、これで全て出揃ったわ。全体で話す内容としては、これが最後になる。ただその前に……」
今一度、碓氷先輩は面々を見渡す。少々話から退いてしまったが、おそらく自分が関係する内容ではなかったと思われる。加えて、糖分の摂取により、話に耳を傾ける余力も得た。
「斑鳩先輩……太刀川君の聴覚を、一時的に切断してもらえますか?」
「っ……」
斑鳩先輩のエネルゲイア。それは、他者の五感を自由に封じることができるという、恐ろしい能力である。
『あぁん? 構わねぇが、いいのか? どの程度かは知らねぇけど、シンは明らかに読唇術を使うぜ?』
「っ……そうでした……視力もお願いします」
「それは……どういうこと? っ……貴方、何やってるの?」
その意図を量りかねた麻月さんが、先輩へ目を向けるが、その不審な行動に目を細める。
「何って、見ざる聞かざる状態になるなら、茶菓子を取りやすい所に寄せておくのは普通に必須だろ?」
「もう二度と貴方のことを心配しない……二度と」
「何でだよ……」
「シン、そのようなことをしなくても、私が口へ運びますよ。何なら、口移しでも構いません」
「いや、それは俺の方が構うんよ……っと――」
どうやら、有無を言わさず視聴覚の遮断を受けた様子。だが、特に取り乱すようなこともなく、先輩は右手の人差し指で、机の上を小刻みに叩く。
「……俺は一旦休むから、話を進めて下さい……だそうよ」
「今のって、もしかしてモールス信号?」
「そうだけど、そんなに難しくはないわよ」
「何なのこの人達……」
「……」
言えない。既に緊急用のコミュニケーション方法として、自分も習得しているということを。
「その、つまりシンには聞かせられない話、というように理解したのだが、シンが把握していないことが、後々問題にはならないのだろうか?」
「よい質問ね、稀崎さん。これからする話は、太刀川君が聞いているとスムーズに進まないし、それでいて必須条件に含まれているの。もちろん、太刀川君が聞かないことで起こる問題もないわ。むしろこれは、彼の身の安全を守るための措置でもあるのだから」
「シンを、守る……」
「斑鳩先輩……あくまで個人的な見解ですが、俺も聞かない方がスムーズだと思われます。俺の方も、お願いできますか?」
「――その必要はないわ、中之島君。彼一人が聞こえないという環境の方が、きっと話もスムーズに進むはずだから」
『ま、気持ちは分かるけどよぉ、お前に火の粉が降り掛かることはねぇだろ。多分な』
「……分かりました」
神妙な面持ちで、改めて覚悟を固めた様子の中之島先輩。きっと、不吉な予兆を感じ取っているのだろう。
「話に移るわ。実の所、過去を変えて、今を変えるにしても、結局あの城を何とかしなければならないことに変わりはないの。そして、あの城は言わば永久機関、周囲に吸収するリソースがなくても、時間と共にその戦力は少しずつ増強されていく」
「そいつが、明日攻め込む理由の一つでもあるって話だったか。厄介な性質だぜ……」
「どうでもいいけど、どーゆー理屈でエネルギーを作ってんだろーね」
ナギ先輩と阿僧祇先輩は、既にもうかなりの量の煎餅を平らげている。
「そう。だから、もし人命を優先して長期戦に持ち込んだとしても、時間経過によって少しずつこちら側が不利になっていくことが確定的なの」
「……その、戦力を充実させるための方策を、未来のシンが考えてくれた、ということか……だが、一体どうやって……タケルは、気付いているのかい?」
「いや、俺には分からない。だが、当たり前に考えられる策では、十分な成果を上げられなかったことは、間違いないのだろう」
「――その通りよ。後一応、様々な面からの被害軽減のために言っておくけど、この方法を考えた未来の太刀川君は、自分なら絶対に実行しないと言い切っているわ。ただそれでも、結局私と会長は、制限時間内にそれ以外の方法を見つけることは出来なかったということね」
自嘲するようにそう言うが、体感で5年以上の繰り返しに自分が耐えられるとはとても言い切れない。
「それで、時間経過で相手の戦力が少しずつ増強されていく中、こちら側は、先程挙げた十人レベルの戦力が、10倍、100倍と増員されていくなら、いずれ犠牲なしの勝算が生まれる……そうは思わないかしら?」
「さっきの十人の中でも、結構差があると思うけど、確かに欧陽さんが十人いれば、交代制で城から出続ける傀儡をずっと押さえておけるでしょうね」
「随分と、やりがいのない仕事ではありますが、可能でしょうね」
「そういうこと。最終的にはきっと、それを大きく凌ぐ途方もない戦力が揃うのだろうけれど、そこまで確認する術はなかったわ。どの程度の長期戦になるかは……10年以上20年未満だと、信じたいわね」
「おいおい……方法ってヤツがハマったしても、あんなのがいるまま俺達は卒業しなきゃなんねぇのかよ……まぁ、実家に戻る気はねぇが……」
確かに、現状の都内に住みたいとはとても思えない。
「それに、あの城の中では時間という概念は存在しない。だからこその永久機関なのだろうけれど、その解析は人間では不可能でしょうね。後、卒業後についてはともかく、その頃にあの城が存在していることはあり得ないから、そこは安心して」
「っ……やはり、都内から移動させる、ということだろうか?」
言いつつ、稀崎先輩は阿僧祇先輩の方へ視線を移す。
「うーん、別にイイけど、学園の転移門通れるか分かんないよね。しかも、途中にある物全部纏めて吸われると思うけど、それをおじさん達が許すかなぁ」
恐ろしい話ではあるが、それは阿僧祇先輩の推量が正しいように思われる。
「その点は大した問題ではないわ。とにかく、最も重要な話に移らせてもらう。前置きとして、所々、直接的な表現は控えさせてもらう。そういう話がしたい訳ではないから。まず…………エネルゲイアの発現には、遺伝性が認められているの」
「っ……」
唐突に、何の話が始まったかと思ったが、ここで中之島先輩がやや姿勢を正し、目を瞑る。何か思う所があるのだろうか。
「穂村姉妹もそう。稀崎さんも、親族に能力者がいる。後は、会長と藤堂さんも、遠縁に当たると聞いているわ」
「えっ? 嘘? あ、でも遠縁だから、遠いんだもんね……」
そういえば、両者同じ苗字だった。最初名前を聞いた際に感じた引っ掛かりの正体が分かったが、それなりに今更な話ではある。
「は、はい……分かり易く言えば、私は、セナさんの曾祖父の姉に当たります……なので、近年の文化を鑑みれば、遠縁と言って違いないでしょう」
「はっ?」
「――セナ、後で説明してあげるから……」
「学園は危険視していないようだけれど、能力者同士の間で子どもが生まれると、デュナミス因子――つまり、エネルゲイアは100%遺伝することが確認されている。これは冗談ではなく、方法の核となる部分は、能力者を大量に誕生させることよ」
「…………」
冗談ではない、ということは、本気なのだろう。だが、その方法の非現実的な部分が、瞬間的に複数個頭に浮かんでしまう。
「それで10年20年って話か? んなモン、のんびり子育てしてる間に大勢が決まっちまうだろーが……」
「常世契約ね……」
「っ……」
その言葉に、幾つかの疑問が瞬間的に解ける。
「そういうことよ。これも別に隠している訳ではないわ。デュナミス因子を持つ者が理事長と契約を結べば、学園の中にいる限り、能力を使うのに最も適した年齢が維持される。これについては、新生児も例外ではないわ」
デュナミス因子という言葉については、入学時以降ほぼ耳にする機会がなかったものの、デュナミス因子からエネルゲイアが発生するという流れだったと記憶している。
「シラユキが言ってたヤツか……赤ん坊にも適用されるとは聞いてなかったけどよ」
「……それじゃあ、後は各自で察してもらうとしましょう。早速だけど、阿僧祇さんからよ。貴女、太刀川君の子どもを産んでもいいと思える? イエスかノーで答えて」
「――イエスで」
「っ……」
被せるような即答に、場の空気が一瞬停止するが、すぐに動き出す。
「それじゃあ、次。欧陽さん、貴女はどう?」
「イエス」
「――ちょっと待って」
二人の許諾が得られた所で、レイカさんが口を挿んでくれる。
「勢いで押し切ろうという狙いだったのだけれど……」
「その意図は十分伝わってる。けど、正気なの? 私達は、一夫多妻の文化圏じゃないわよ……」
「当然、その問題は後程クリアされるわ」
未来を知っている碓氷先輩にレイカさんが舌戦を仕掛けるという構図が、少々意外ではあったが、気持ちは十二分に理解できる。
「っ……大体、アンタ達も……生まれてくる子どものこととか、ちゃんと考えてるの?」
「育児はシンが担当するし、問題ないっしょ」
「私は、いずれシンの子どもを産むつもりでしたので」
「何処まで本気か定かではないが、シンの将来の夢は、主夫だと耳にしている」
「っ、コイツ……」
最悪なことに、アイマスクを着けた先輩は、のんびりとどら焼きを食している。それ自体に罪はないはずなのだが。
「――次は稀崎さんね。貴女はどう?」
そして、碓氷先輩はその隙に話を前へと押し進める。
「――っ!? そ……それはつまり、私も側室に加えてもらえる、ということなのだろうか……もし、そうならば……イ、イエスで、お願いします……」
「「だから何で貴女はそんなに下手なの……」」
碓氷先輩とレイカさんの発言が完全に重なる。その落胆するような様子から、無理と分かっていながらも、碓氷先輩は何か別の言葉を期待していたのかもしれない。
「ハァ……次は桐島さんよ。円滑な答えを期待するわ」
「っ…………コイツにそんな甲斐性があるとは思えないけど?」
よく分からないが、詰め将棋が始まったのかもしれない。
「私も強く認識しているわ。その問題もクリアされるし、ファンタジー世界ではそれなりによくあることなの。それに、もう既に三人が解答しているのよ。貴女だけ黙秘するつもりなのかしら?」
「ぐっ……今のままの現実ならあり得ないって前提だけど…………イエス」
どうやら、最初から詰んでいたらしい。
「次は……中原さんはどう?」
「あの、その前に、これは五十音順なのですか?」
何故か気になった言葉が、口を衝く。
「えぇ、そうよ。こういう時、この国では五十音順が採用されるみたいだから」
そこは律儀にこの文化圏に従ったらしい。
「――あ、よかったぁ……私が含まれてないなら、とりあえずはOKかな」
状況を察した藤堂先輩が、安堵したように息を漏らす。
「そんなに嫌なの? 少し意外ね」
「普通でしょ。私は、私のことを一番好きって言ってくれる人じゃないと……無理」
「正論ではあるわね」
確かに、その考えが多数派ではあるし、解答した面々も、根底では同じであろう。
「……マズいよねぇ……」
「ん? どしたの? カグヤ」
「あ、その……私……太刀川先輩なら、だけど……ちょっと好きって言ってくれたら、いい……かなって……思っちゃってる……っ!? いやだってあんだけ助けられて惚れるなって無理でしょっ! はっ? って言う人達は吊り橋効果絶対ナメ過ぎだって……」
「言われてみれば、アタシもそんな感じかも……てか、ライバルがチート過ぎて現実的に絶対無理っしょって話、能見さんともしたことあったよね? 太刀川先輩吊り橋効果被害者の会とか、作った方がイイのかもしんない……」
確かに、私が把握しているだけでも、相当数の被害者が確認できる。もし会を立ち上げるなら、全面的に協力したい。
「俺も、自分がもし女だったら、太刀川先輩はアリだって思う……」
「っ……くっ、駄目だ、わかる……」
「二人も、結構助けられてるもんね……」
本人に聞こえないという環境は、こうも人の口を軽くするのか。個人的には、早くこの下世話なトークテーマを終わらせてほしい。
「――でも、イイんじゃないかなぁ。少なくとも、碓氷さんと一宮先輩……後、残念ながら中之島君もだけど。その三人以外の人は、シンに恋愛感情あるみたいだし」
「……あの猫耳の人は何を言っているの?」
確認する必要もなく、麻月さんの表情は険しい。
「やっぱり……だけど、セナの能力って、そういうのも分かるの?」
「うん。多分、一定水準を超えてればって感じかな。恋の色って、かなり分かり易いから、見間違えはないと思うけど」
「それ、シンに控えるようにって言われなかったの?」
「言われたけど、ここは発揮する場面かなって。だって、ぶっちゃけるトコでしょ? ココ」
「少なくとも、俺は助かったな。一部の層から邪推されることについては、既に諦めていたのだが」
該当する層の性質について、自分は明るくはないのだが、その熱量の凄まじさについては一応把握している。
「よいアシストが入ったわね。もう打ち切っていいのかもしれないけれど、必須条件に含まれているのは後二人だから。それで、どうなの?」
中断されていた質問が、改めて向けられる。
「はい。正直、先輩に対して明確な恋愛感情を抱いている自覚はありませんが、子どもを産むか否かという質問ならば、先輩以外の子を産むつもりはありません」
とは言っても、現状において、母親になりたい思いはないのだが。
「……パートナー繋がりなのかしら。欧陽さんと貴女の答えって、何だか戦闘民族のバックボーンのようなものを感じるのだけれど……まぁいいわ。ナギ、貴女で最後よ」
「イエス」
煎餅に手を伸ばしながら、ぞんざいに答えるナギ先輩。おそらく、言葉を費やすだけ無駄だと悟ったのだろう。
「助かるわ。それ以外については、収まるべき所に収まるはずよ。これで、過去へ行くための下準備は整った格好ね……」
ここで初めて、碓氷先輩の顔に安堵が表れる。
「――なぁミオ、端からずっと過去へ過去へって連呼してっけどよぉ、肝心のタイムマシンってのは何処にあんだ? それとも、形なんて持たねぇモンなのかよ?」
阿僧祇先輩の分の煎餅を手渡しながら、ナギ先輩が尤もな質問を投げる。
「言ったでしょう? 私の能力でもタイムマシンは作れないの。少なくとも、今はね」
「っ……なら、どうやって……」
稀崎先輩が心配そうな表情を浮かべる中、碓氷先輩は何かを促すような目で私の方を見ていた。これはつまり、発言せよというお達しなのだろう。
「――あの、私のエネルゲイアで、過去への転移が可能です」
そう。
残念ながら、私のエネルゲイアの本質は、全く以て戦闘向きではなかったのである。