トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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幼女とゲームと古い家

「――――おっ」

 

 今まで体験してきた数多くの摩訶不思議転移体験、そのどれとも被らない独特な感覚を経て、目の前の景色が一変する。

 

 心地良い風、鮮やかな紅葉とイチョウ、温かみのある縁側。

 

 古き良き日本家屋か、靴下でもわかる平坦なフローリングとは違う木の床の感触が懐かしい。

 

「転移先が沼地とかじゃなくて良かったわ」

 

 夢の中に入るということは意識だけが持っていかれる感じかと思ったが、佐藤さんは立ったまま能力を発動させていたため、生身での転移は想定通りだった。

 

「とにかく中原を探すか……で……」

 

 もう10秒は経過しているが、縁側のど真ん中でラジオ体操第一のように伸びを繰り返している佐藤さんに、どう声を掛けるべきか。

 

「――はあぁぁぁぁぁぁぁ……頭痛もない、眠気もない、辛くないって……最っ高……」

 

 どうやら、夢の中ではデバフが解除される効果があるらしい。

 

 気持ちはわかる。十日近く悩まされていた不眠による体調不良から解放されたのだ、数十秒の感動タイムはあって然るべきだろう。

 

「とりあえずよかった。もしお腹が減ってるなら、一旦何か食べに行く?」

 

 スマホは圏外だが、電子マネーは大丈夫だろう。

 

「あ、副会長さん……ありがとうございます。やっと普通にお話できます。ほんと、健康の大切さを学びました……」

 

「不眠による隈もないし、顔色もイイ。そこまで急いで、現実世界へ戻る必要もないかもね」

 

 まぁ、戻る時はもうリラックスして眠れる状態になってるとは思うけど。

 

「あ、はい……そう言ってもらえると、嬉しい、です。ここは……何処なんでしょうね? とても古いお家、みたいですけど、何県だろ」

 

 儚げタイプかと思ったがそうではなく、アンニュイというか、癖のない感じで絡みやすそうな印象。まだこの学園に染まっていない希少なキャラクターだ。

 

「季節は秋、空は快晴、庭も広くて家も多分広い。うん?」

 

 左方より車のエンジン音をキャッチ。発進する所と思われるが、とりあえず足音を殺した駆け足で縁側を進むと、ちょうど道なりで玄関へと辿り着く。

 

「下駄て……もし妄想歴史編で明治とか昭和だったら絶対牛鍋食いに行きたいけど、電子マネー使えねぇよなぁ……どっかで日雇いを……いや、中原起きちゃうか……っと」

 

 急ぐも虚しく車は走り出す。下駄を拝借して玄関を出ると、高級蒲鉾の板みたいな表札には中原の二文字。

 

「実家か……うーんと……」

 

 ややダルいが、目に神経を集中、走り去る車に乗っているのは一人。

 

「白髪……お爺ちゃんか……曾お爺ちゃんもワンチャンか。まぁとりあえず家の中を勝手に捜索するか。靴下に下駄はないし」

 

 玄関に戻り、追ってきた佐藤さんと合流。

 

「副会長さん、これ、カレンダー」

「ナイス」

 

 陽の光と古木と薄い線香の香りが混じった懐かしい匂い、ザ・お爺ちゃん家な玄関に吊るされていた商店街が毎年地域の人に配ってそうなカレンダーは十月。もちろん着目すべき点は月ではなく年。

 

「……十一年前です。凄いですよ……私達、タイムスリップしちゃったんですよっ!」

「いやいや夢ですから、とりあえず落ち着こう。で、佐藤さんって、スマホ持ってきた?」

 

「な、何でそんな落ち着いていられるんですか? 副会長さんって、夢の中に入るの、初めてじゃないんですか?」

 

 能力の持ち主とは思えない発言だったが、まぁ無理もない話だ。

 

「そもそも学園の中が夢みたいなもんだからなぁ。色々と勘も働くようになったし、多分この世界には危険はないっぽいから、そんなにド警戒しなくても大丈夫だとは思うけど」

 

 科学的な根拠など提出出来ようもないが、険呑さというのは空気に深く染み込むものだ。

 

「さすが、この学園の副会長……あ、えと、すいません、スマホは持ってきてないです。そういえば、もっと色んな準備をしてからの方が良かったですよね? ごめんなさい……」

 

「全然。それに、もし準備するならこっちの役目。まぁ確かに、中原の夢な訳だから、いきなり関ケ原のド爆心地に放り出されるとかもあり得たって考えると、対策を練る時間は必要だったかもな……」

 

「えーっと、中原さんって、戦国時代が好きなんですか? 歴女?」

 

「それは、どうなんだろ。戦国時代は絶対好きそうだけどなぁ。むしろその時代に男として生まれるべきだったというか……とりあえず、まだ好みとかを聞いたりはしてないな」

 

 他人の家の冷蔵庫の中身という浪漫を求めて台所に直行したい衝動を抑えて縁側とは逆サイの方へ進む。言うまでもなく、十一年前とか関係なく、現在地は田舎だ。ドが付くかはもう少し調べる必要はあるが。

 

「俺、こういう感じの家好きだわ」

 

「あ、私も好きです。何か、趣ありますよね。あ、じゃなくて、私達、勝手に歩き回っちゃって大丈夫なんですか?」

 

「近くに交番があったとしても、キロ単位で離れてるっしょ。ガチな不法侵入であることは間違いないけど、こっちも積極的に法を犯す気はなかった訳で。現状、今し方車で出てった人は家主だという仮定で動こうと思う。最悪の場合は佐藤さんを抱えて一旦山の方へズラかる」

 

「う、めちゃくちゃ慣れてますね……凄い、頼もしいです」

 

 言葉とは裏腹に、佐藤さんは若干引いているが、まぁ気にしない。

 

「時間は奇遇にも元の世界に近い、良い子ならもうすぐおやつの時間だ」

 

 マジでこの家広いな。存命かは際どいがお婆ちゃん的な人を探して先手で話し掛けたい所。こういうのんびりした環境の住人は余所者に対して超優しいか、ゼッタイ殺すマンかの二択だが、現代社会においてはほぼ前者の一択だ。知らんけど。

 

「――お」

 

 完全なる鉢合わせ。

 

 渡り廊下のような和風通路の先にはもしかしなくてもあるのは道場だろうか。そこから出て、こちらへ向かってくる途中であったと思われる女児と、完全に目が合ってしまった。

 

 というよりも。

 

 あれは浴衣と言うのか、昔の部屋着は皆浴衣だったんじゃぞ、とどっかの爺ぃから聞いた気がしないでもない。とにかく紺色のシンプルな浴衣的部屋着に下駄という時代を逆行したスタイル、そしてそれにより確信が深まったのだが、アレは絶対中原サヤ、五才オア六才に相違ない。穢れを知らぬ黒髪ショート女児。死ぬ程可愛いが、気合でそれは捨て置こう。

 

「サヤちゃーん、稽古は終わったの? お疲れ様ぁ」

 

 全力全開フレンドリーで打って出る。

 

「…………だれ?」

 

 返されたのは純度百パーの不審。それでこそ中原。もちろん、想定内だ。

 

「あれ? お爺ちゃん…………うん、お爺ちゃんから聞いてない?」

 

 後の戦闘狂とはいえ、今は純朴な少女。しっかりと目に表情が出る。さっき出たのは最も確率が高いと思われたお爺ちゃんで確定だ。

 

「…………ない」

 

 首を横に振るだけで超絶に可愛い。ちょっとした親戚のおじさん気分を味わう。

 

「そっかぁ……困ったなぁ。あ、俺はお爺ちゃんの友達の息子なんだけど、太刀川シンって言います。こっちは後輩の……」

 

「えっ? あ、佐藤マリアです。えーっと、よろしくね、中原さん」

 

「…………うん」

 

 そういえば佐藤さんの名前については把握していなかった。そして佐藤さんへ対する警戒はどう見ても薄い。これが同性の強みか。

 

「聞いてはいたけど、本当にこの家ってお爺ちゃんとサヤちゃんだけなんだね。他の人って、いるのかな?」

 

「……いっぱい来る。けど、住んでるのはお爺ちゃんと二人」

 

「なるほど。実は今日、サヤちゃん一人でお留守番だから、帰るまで一緒に遊んでてほしいって、お爺ちゃんから頼まれてるんだ。いつもお爺ちゃんと、何して遊んでる?」

 

 どうせ剣道とかだろう。わからす必要はないが、一緒に身体を動かしてほんの少し関係性を深めれば、というか。

 

「ごめん、ちょっと待ってて。あれ? この場合、許可を貰う的なのって、どうすればクリア判定になるの?」

 

 ちょっと今後暫く思いを夢に見せてもらっても大丈夫っすか? とこんな幼児に尋ねるのか。

 

「そ……それは、仲良くなれば、大丈夫です。今はまだ、ダメですね。あの、それより、大丈夫なんですか? 誰か来ちゃったら秒でバレると思うんですけど……」

 

「仲良く、か……まぁまぁまぁ、誰か来たら巻き込むか離脱のプランで。そもそも、この田舎な感じの中、車で出かけたらそう短時間では帰ってこないよ。知らんけど」

 

「えー、そこは言い切って下さいよ……」

「いや、んなこと言っても――っと」

 

 既に下駄を脱いで上がってきていた女児中原が、控え目に袖を引っ張る。

 

「遊ぶんでしょ? こっち」

 

 あの見た目で道場にはシャワー室が設けられているのか、まだ若干髪がしっとりとしている中原は付いてこいと背中で語りながら奥へと入っていく。多分稽古的な時間が終わった所でお爺ちゃんはおでかけしたという流れか。だとしたら超タフな爺さんということになるが、血は争わんし不思議はない。

 

 小さい後ろ姿に付いていくと、八畳程のちょうどいい和室に辿り着く。

 

「あの、これってゲーム機、ですか?」

「だね。時代を考慮すると、ギリギリレトロでも、ないのか……リゥがいればなぁ……」

 

 部屋はそれ専用なのか、あるのは四十インチ程のモニターと隅でも目立つ小型冷蔵庫、色とりどりの据え置き型ゲーム機、初代家庭用よりは幾分時計の針は進んでいるが、ギリギリまだネットに繋げる仕様になってない位の遺物か。いずれにせよ、ソフトの方も結構豊富な品揃えであることは間違いない。

 

「やべっ! 初代アニクロ、懐かしっ、お婆ちゃん家でハマって勝手に持って帰ってしばらくやってたわ……ちなみに佐藤さんゲームやる人?」

 

「スマホのソシャゲならそれなりに……こういうのは、ほとんど」

 

 こちらが懐古に揺れているのもどこ吹く風で、中原は慣れた手付きでゲーム機をセッティングしていく。全て繋げてるので、入力切替すればどれでもイケる。

 

「が、その前に、サヤちゃん、喉乾いてないの?」

「…………あ、かわいてる」

 

 シャワー上がりに水分取らずにゲームはヤバい。

 

「そこの冷蔵庫は……さすがに、酒か……」

「ちがう、むぎ茶」

 

 中原にちょうど良いサイズの冷蔵庫の中身は本当に麦茶。そしてキンキンに冷えたコップがズラリ。

 

「……のむ?」

 

 何故か俺ではなく、佐藤さんに尋ねるミニ中原。

 

「うん……ありがとう。実は喉乾いてて……」

 

 そういえば、ちょっと前の佐藤さんは楽しく飲み食いできる状態ではなかった。

 

 佐藤さんの注いだ麦茶で何となく乾杯し、十月にしては気温の高い中水分補給。普通に美味い。

 

「あぁぁぁぁ……麦茶って……こんなにおいしいんですね……沁みます……」

「そうだよなぁ、マジで。はい、二人共、麦茶にも合うというコレを食べなさい」

 

 親戚のおじさん再び、なけなしの練り羊羹を一つずつ差し出す。尚、昼飯にカツ重と青椒肉絲を食べた俺にはまだ空腹感は遠い。

 

「これ、なに?」

「サヤちゃん、餡子って好き? 饅頭とかどら焼きとか」

 

「すき」

「なら、多分好き。ほら、こうやって切って」

 

 包装を回すように割いて渡す。

 

「ようかん?」

「正解。そりゃ饅頭どら焼き知ってれば知ってるか」

 

「う……そ……私、洋菓子派なんですけど……美味しすぎる……丁度いい甘味が……全身に広がる……」

 

 麦茶に続き、現代文明を知らない異世界人のようなリアクションを取る佐藤さん。正に、渇きと空腹は最高のスパイス現象。

 

「キミはちょっと特殊な事情があるから……」

 

 本来なら消化に良いものから慣らしていった方がいいのかもしれない。

 

「――ねぇ」

「ん?」

 

 例によって袖をくいっとされる。

 

「あと10個ほしい」

 

 一瞬で完食した様子の中原が、多くを求めてくる。

 

「う、うん……気に入ったなら、お爺ちゃんに買ってきてもらうといい」

 

 尻の毛まで抜かれそうだったので、麦茶タイムを打ち切り、本題のゲームプレイへと移行する。

 

「よし、まずはコレをやろう。残りはコンピューターで埋めて三人同時対戦できるし」

「知ってます。アニマルクロニクルって、最新作が今覇権なやつですよね?」

 

「佐藤さんにはちゃんと操作説明するんで、やってみましょ」

 

 現実世界で流行っているのはアニクロ7。それはバトロワFPSだが、初代であるこれは一度に四人まで楽しめる対戦FPS。無駄に深めなストーリーがあるらしいがアニマルもクロニクルも別にどうでもよく、キャラが動物の銃打ち合いゲーである。

 

「それならこっち」

 

 チビ中原が、2の方を差し出してくる。

 

「いやいやいや、2はバランス崩壊クソゲーだから、こっちをやりましょう。それにしても、サヤちゃんのやりたいゲームに付き合ってくれるなんて、お爺ちゃん優しいんだね?」

 

 この量からして、付き合うというか桁一個違う位に小遣いをくれ続ける溺愛爺さんって感じだが。

 

「ちがう。ゲームはお爺ちゃんが好き。わたしはふつう」

「逆っ! ゲーマー爺さんか。ボケ防止で始めて才能開花みたいな例も多いらしいな」

 

「ちがう、お爺ちゃんへた。だからつまんない」

 

 まさかの逆を連続で突かれる。

 

「……やはり普通の家庭ではないな……」

 

 中原の浮世離れの一因は、この住環境にあったと見て間違いないだろう。

 

 閉鎖的な世界、道場での日々の鍛錬、オフの時間は対戦ゲーム。なるほど確かに、バトルクレイジーの英才教育と見れなくもない。まぁ知らんけど。

 

「え、偉いね、中原さんはお爺ちゃんの趣味に付き合ってあげてるんだね」

 

 いたたまれなさを含んだ苦笑いで、佐藤さんはゲーム機のスイッチをオンにする。1Pが俺、2P中原、3P佐藤さん、畳の上で三人横並びで遊ぶ姿は夏休みの帰省を彷彿とさせる。

 

「ツーはばくだんがつよすぎ」

「そうなんだよ。設置爆弾ゲーなんだよ。それに気付くとは、賢いな」

 

 この年でちゃんと考えてゲームする人間がいるとは、これが時代か。とは言っても中原は一個下であることを思い出す。最早これが夢なのか、本当にあった記憶の一部なのか、落ち着いたら能力について佐藤さんから色々聞きたい所だ。

 

「てき、れべる9にして」

「もちろんだ。そうしないとボットにもならん」

 

「副……太刀川先輩、これ、キャラクターってどうすれば?」

 

 俺が魂のキャラ、ラビット。中原が強キャラのゴリラ。敵をランダムにして、後決まってないのは佐藤さんだけ。昔のゲームならでは不親切さで、選択時間は残り二十秒ちょっと。

 

「初心者は、イボイノシシだね」

「えっ? 普通に嫌なんですけど……」

 

 粗いグラフィックも手伝って女子ウケが最悪な猪の顔面に、明確な拒否を口にする佐藤さん。

 

「どぶねずみ」

 

「そうだな。アビリティがシンプルで強いイボイノシシかドブネズミ、その二択だ」

「このゲーム、新規を迎え入れる気がない……」

 

 観念したのか、佐藤さんはイボイノシシを選択。

 

「佐藤さんは、バトロワ系はガチの初心者?」

「一応、友達に誘われて何回かやったことありますけど、一人ではやらない、です」

 

「じゃあ基本はとりあえず、銃拾って撃つ。回復は死亡以外にないから、瀕死になったら相手に撃破ポイントをやらないために自殺もアリ。Rでショット、Lで覗き、Xでアビリティ」

 

 このゲームの長所はシンプルで当たり判定等含めて全部がテキトーという勝っても負けても楽しい所。もしかしたら、昨今のゲームに失われている点かもしれない。

 

「このイノシシさんのアビリティって……」

 

「アビリティがマジでぶっ壊れてる。なんと、泥を浴びて三秒間消えます。分割画面で位置バレバレだとしても、先に発見してから使えば超有利に戦えるし、逃げて角曲がってから使うのもオススメ」

 

「泥っ? ステージって、図書館の中ですけど……」

 

 ポーションって、どうやって99個持ってるの? 的な質問が来る。

 

「そういうこと言い出したら一生ツッコミで終わるから、気にしなくて大丈夫」

「あ、ですよね。太刀川先輩のウサギさんは、どういうアビリティなんですか?」

 

「俺はトランポリン投げて大ジャンプ。今も昔もこれからも、ラビットのアビリティはこれ」

「大ジャンプする利点って、やっぱり高い場所へ行ったり、逃げたり、ですか?」

 

「とんだらねらいやすい。いみない。ざこ」

 

 概ねその通りだが。

 

「言うな。っていうかそんな言葉どこで覚えたっ!? 最新作ではちゃんと機能してるから。ちなみに、このゲームではトランポリンで取れる高所はほぼない。少なくとも図書館ステージでは一か所もない。後のスタッフも、あんまりそういうこと考えてなかったって話してる」

 

「え……あの、じゃあ中原さんのマウンテンゴリラは?」

「あびりてぃの突きではんぶんへる」

 

「単純な暴力……」

 

「このゲーム、銃の精度が覗いてても結構テキトーだから、屈伸して殴りかかるが普通に強くて。だからゴリラは安定して強い」

 

 言いながら、早くもコンピューターのキツネがゴリラに殴り殺されてファーストキル。

 

 ルールは最もスタンダートな3分で誰が一番相手を撃破できるか。

 

「サヤちゃん、普通に上手くね?」

 

 少なくとも、義務教育開始前のレベルではない。

 

「シン、どこ? そこ」

 

「教える訳ないだろ」

「太刀川先輩の画面だけ、凄く暗いですね」

 

 三頭は本棚を遮蔽にして動き回っているが、一羽はダクトを通って天井の中。

 

 開幕から銃も拾わず一直線に俺を殺しに来る中原に対し、キツネにヘイトを擦り付けながらトイレのダクトへ侵入。どうやらお爺ちゃんと閉鎖的にプレイしていた女児中原は、腕はあってもそこそこ情弱であることが露見した。ならば超絶久しぶりで不慣れな俺でも勝機はある。

 

「――うわっ! ゴリラっ! 怖っ! えっ…………これ、銃を撃つゲームですよね?」

 

 3P画面がユーデッドの文字と共に血で染まる。

 

「テーマはそうだけど、最適解は撲殺です」

 

 開始から一分半。地上は猿の惑星中盤を彷彿とさせる地獄と化していた。

 

「……太刀川先輩、ずっと上からキツネ狩りしてません?」

 

「キツネとはある種そういうものだ。そう考えればわかるだろ? 正面からやり合ってマウンテンゴリラにウサギが勝てるとでも?」

 

「イボイノシシでも無理ですっ! ずっと泥被って逃げてます……」

「でもにげるのお爺ちゃんよりうまい。たのしい」

 

「……中原さんって、もしかして怖い人なんですか……」

「後の片鱗が見えるのは確かだな」

 

 この女児、十三日の金曜日的な何かをソウルに宿している。バトル漫画のキャラみたいな心性も、きっとこの頃から少しずつ育ってきた思いなのだろう。重ねて知らんけど。

 

「よし…………」

 

 チェイスハイになっている中原の視線に注意しながら、俺は1分45秒で出現する隠しアイテムをゲット。各ステージ、普通では行けない場所にポップするので、中原は知らないと俺は確信している。

 

「まぁだとしても、サヤちゃんゲーム理解も深いわ。ルールを意識してなるべく連続キルが5以上にならないようにしてる」

 

「えっ? 何で? そうすると、何かいいことがあるんですか?」

 

「逆転要素なんだろうけど、連続5以上キルしてる状態の相手をキルすると、何故か一気に5ポイント入るんよ。ただまぁ、もうやられないことを悟ったのか、ゴリラは連続6キルで、アビリティのパンチが一発で8割っていう意味わからん状態になってる」

 

「へぇ……なのでもう無理ですね」

 

 かなり早い段階で対面戦闘を放棄した佐藤さんは、やっとの思いでトイレのダクトへ入る方法に至った様子。地上には憐れなキツネが残されるのだが。

 

「では……」

 

 残り30秒。

 

 俺が無駄にトランポリンを使って頭を強打しながら地上に下りると、近くにはマウンテンゴリラの拳で吹っ飛ばされたキツネ。

 

「まずキルドロ」

 

 ハンドガンで止めの一撃。そして獲物を横取りされたゴリラは瞬時にターゲットを変更、その前時代的グラフィックにより気持ち悪くその身を左右に揺らしながら、ショットガンの銃口をこちらへ向ける。

 

「――っ!」

 

 重い銃声が一回。

 

 バグのようにモニターの右上が赤で満たされ、猿の惑星は終焉を迎える。

 

「……あたったのあし、おかしい」

 

 怒るでもなく、悔しがるでもなく、現状の整理を始める中原。想定通りなのだが、お爺さん、お孫さんの今後、本当に大丈夫ですか?

 

「サヤちゃん、この銃はゴールデンリボルバー。金色の弾丸が使われており、当たると相手は死ぬ」

 

 よくある隠し武器。

 

「……くそげー」

「しっかりと1ポイント差で逆転……この大人気のなさよ……」

 

「佐藤さん。元々わかってたと思うけど、この世界に大人気なんてものはない。それは大人に勝てない子どもの甘え……逆に子どものくせに、とか子どもだから、とかも同様に、子どもが思い通りにならない大人の甘えだ」

 

「先輩ホントに一個上なんですか……」

 

 そのままゲームセット。しかし、スキル的には五才のレベルではないのは明らか、これはつまり、現在の中原は相当な猛者で確定だろう。これは喜ばしい発見だ。

 

「これ、いちばんとくい」

 

 負けず嫌いを発動させた中原が選んだソフトは、俺も大好きな有名アクションゲーム。

 

「ほぉ、これまた懐かしい。気付いたら朝になったこともある位に時間を忘れてやったな、これ」

 

「そのゲームって対戦じゃなくて、一緒に進んでいくやつですよね?」

 

「ちがう、それおまけ」

 

「そうだ。一応のメインであるアクションゲームはただそれなりにおもろい程度。本編は足場を崩して相手を落とすミニゲーム。十字キーとワンボタンで完結する至高のシンプルゲームだ」

 

「これ、お爺さんもちょっとだけつよい」

「えっ? それって本当に常識なんですか……」

 

 矢継ぎ早に始まったゲーム対決第二弾は全くの互角。

 

 早々に足場が崩れて奈落へ直行するコンピューターを尻目に、俺と中原は近距離でバチバチにやり合いつつも自身の安全は完璧にキープし続ける泥沼戦が終始展開された。

 

 結局、十回対戦して全試合タイムアップによるドロー。三回目から慣れ出した佐藤さんも二回最後まで粘るという快挙を成し遂げていた。先程もそうだったが、結構ゲームセンスは高い。

 

「埒が明かん。他に得意なヤツは?」

「これか、これかこれかこれ」

 

「えっ? コレ得意って、その年齢で株の仕組みを把握してるのか? 嘘だろ……ただ、これ始めちゃうと二時間コースだし、でも今度やりたいな。こっちもやるなら99年でやりたい……じゃ、とりあえずこれか?」

 

「うん、これならかつ」

 

 最近はめっきりやらなくなったが、昔は結構レースゲームをやってたことを思い出す。元々物理法則無視ゲーだけど、このハードだとジャンプしてドリフトなんだよなぁ。親戚のおじさんが死ぬ程速くて大人の凄さを思い知ったものだ。

 

「あ、あの、副会長さん、もう、大丈夫みたいです」

「うん? あぁ、佐藤さんってレースゲームは超得意なんだ。つまり、佐藤無双が始まると?」

 

 でもこれ三人でできないんだよなぁ。どうしたものか。

 

「凄い……この人、目的忘れてる……」

 

 佐藤さんが、急に不気味な笑みを浮かべ出す。

 

「目的? え…………いやいやいや忘れてないっすよ、そんなん。えっと……では、もう許しが出たってこと?」

 

 レイカがいたらタイキック確定だが、誓っても別に忘れていた訳ではない。目の前のゲームに集中していただけだ。それを忘れたと言うならば、価値観の相違に他ならない。

 

「はい、実は……アニクロが終わった時点で大丈夫でした。後、もう5時過ぎてます。さすがにお爺さんが帰ってきてしまうのでは……」

 

「おぉ、秋なのに日が長いねぇ。で、俺らってどうやって戻るの?」

 

 一瞬、バスを乗り継いで電車コースかと考えてしまった。

 

「任意で、いつでも帰ることができます。それに、もう中原さんも気付いています」

「ん? 気付いてる……というと?」

 

 つい首を傾げると、瞳に険吞な要素が全く見られない中原と目が合う。親戚なら、会うたびに内緒で小遣いを上げてるだろう。

 

「もうかえる?」

「みたいだけど……えっ?」

 

「その、ネットの接続みたいなイメージなんですけど、それが通った時点で、中原さんは私達が夢の中に入らせてもらってることを認知するんです。この夢は俯瞰視点のようなので、ご本人はいませんが、今は私達をお客さんだと思ってくれています」

 

「なるほど」

 

 わからん。ただ、既にミッションコンプリートだということは理解した。

 

「よし。じゃあ今度はすごろく系もやろう。多分もうすぐお爺ちゃんが帰ってくると思うから」

 

 今の中原にしたらどこでも刀で斬り落とされそうだが、女児中原は頭を撫でても別に嫌がらない様子。

 

「うん。ようかんは?」

「あー、うん……今度会った時に、10個ね。約束だ」

 

「わかった」

 

 古の儀式、指切りげんまんをショートバージョンで済ませる。とは言っても、タイムパラドックスやら世界線的に不可能だが、まぁどんまい。

 

「では、失礼しますね、中原さん」

 

 そう言って、佐藤さんが手を振ると、世界は暗転。

 

「――おぉ……なるほど」

 

 座ってたのに立っている感覚、そこにしっかり追従してくる意識と神経、エネルゲイアの神秘か。季節は秋から春へ逆行を遂げる。

 

「お疲れ様でした、佐藤さん」

 

「あ……ありがとうございます、中原さん。はぁ……頭重い……眠い……ふ、副会長さんも、本当に、ありがとうございました」

 

「いやいや。そういうのも全部、後回しにしよう」

 

 無情にもデバフと共に帰還した佐藤さん。ただ、そこには先程の悲壮感はない。

 

「……すいません。私が使ってしまった後ですが、横になった方が」

「是非、失礼します……あ……いい匂いがしますぅ……」

 

 入れ替わりでベットに入る佐藤さん。男だったらドン引き必至のセリフだが、状況も助けてあまり悪くは映らない。

 

「今日はそのまま寝ちゃった方がいいかもな。ドクターの手配も含めて……まぁいいや、小林に回そう」

 

 結構特異的な事例だったし、安心安全の小林というカードを切っとこう。

 

「…………スゥ…………スゥ…………」

「……もう、眠ってしまったみたいですね」

 

 とりあえず忍びないので、個室を出る。

 

「減量後一発目のお粥並に多幸感がありそうだな。後のフォローはしておくから、今日の所はこれで終了だな」

 

 少なくとも今日は、中原のおかげで悲惨な夢を見ることもない。悪くてマウンテンゴリラに追い掛け回される程度で済むだろう。そう思って、スマホを取り出す。

 

「あ……そうだった……夢の中でも時間は有限……もう6時過ぎてるやん……」

 

 失念していた訳ではないが、楽しく対戦ゲームをプレイしていると、相対性によって一時間が三分位に感じられるのだった。ちょっとした後悔を振り切りつつ、迅速に部屋の戸締まりを確認する。

 

「一回戻るのはしょうがないとして……中原はここまでだな。引っ越しは明日以降にして、今日はもうこのまま帰っていいよ」

 

「待って下さい。この後は『黄泉』へ連れて行ってもらう予定だったと記憶しているのですが」

 

「おいおい……言葉だけ聞いたら無理心中を迫るヤンデレカンスト彼女みたいになってるぞ。基本的に、俺の活動は6時で終了だ。もう夕飯時だし、あそこは食後に行くような世界観じゃない。明日行けるように予定を組んどくから、今日は店仕舞いだ」

 

 佐藤さんにはメッセを送っておくことにして、玄関の電気を消灯。外も後一時間もすれば真っ暗だろう。

 

「……わかりました」

 

 ゴネ倒されるかと思ったが、バトルマニア中原は意外にも矛を収めてくれる。リスク管理的視点から、明日は絶対に連れて行かねばならないと心に刻む。

 

「それはそうと、先輩――」

「ん?」

 

 ドアのオートロックを確認しながら、声に振り向く。

 

「――十一年前の約束ですが、例の羊羹を10個程お願いします。先輩は、指切りまでした約束を反故にするような人間ではないことを期待します」

 

「っ……何……だと……」

 

 時間の残酷さよ。あの子はこんな無表情の中に不敵な笑みを忍ばせて追い込んでくるような女の子ではなかったのに。

 

「…………分割で頼む」

 

 ちょっと暇な日の和菓子屋より捌けているのではないか。そううんざりしながら、俺は何度思い直したか、今度こそなけなしのスティック羊羹を1個、手付として差し出した。

 

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