トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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そして二度寝は夢の名残

 字面としてはめでたい、新入生入学からもうすぐ一か月が経過し、来週からは国民病の一つである五月病の誕生を招いたとの説もあるGWが到来する。

 

 一年生がこの学園に馴染んだかどうかは当然個人差しかない話なのだが、洒落にならないレベルの問題は一応なくここまで来ていることは喜ばしい。

 

 園芸部とチェス部がある程度の部員数を伸ばしているのに対し、潮干狩り部の入部希望者が皆無であることについては、多少心を痛めてはいるものの、及第点の滑り出しと強引にでも言い切っておきたい。

 

 そんなこんなで、一月を過ごして慣れてきた所での長期休暇、その賛否は置きつつも、連休前は少なくとも当面の安心を確保して休みに突入したい考えは誰しもが抱えている望みであろう。中途半端な引っ掛かりを残したままの連休では、本当の意味での心の潤いなど得られない。

 

「とは言っても、今日はとりあえず小休止だな……」

 

 希望溢るる水曜、やや曇天であることなど俺の目には入らない。

 

 時は別に遡らないが、俺は昨日の時点で非常にテンションの下がる面倒な依頼や各種手続き、書類チェックや各役職への必要な指示、相談を済ませ、マコトと庶務小林にも本日は基本的に休業すると伝え、前向きなリアクションを受け取っている。もちろん授業もない。そもそも、授業って何だっけ? 週に5時間位しか受けてないから存在感が薄い。

 

「…………うん」

 

 時刻は午前8時過ぎ、春休み頃から実質一人部屋状態の自室。

 

 まずは二度寝だ。正直、これ以上の快楽を俺は知らない。

 

 どんなに眠くても、どんなに辛くても、どんなに気が乗らなくても起きて働かなければならない現代社会。ぎゃーぎゃー言う程でもないこの微妙な小規模地獄からの解放と反逆、それが二度寝だ。二度寝は無意味、睡眠としての質が低いとか高いとか、そもそも時間の無駄。

 

 黙れ雑魚共がっ! 貴様は何のために生きている?

 

 俺は今、二度寝をするために生きているのだ。

 

 空転するテンションの中、何処かの天然水で喉を潤した俺は、高級羽毛布団の中へと帰還を果たす。ベット? 何だそれは。俺は一年前からずっとこの相性マックスの布団で寝ているのだ。

 

「………………」

 

 ブゥー、ブゥー、ブゥー。

 ブゥー、ブゥー、ブゥー。

 

「……」

 

 幻聴が聞こえる。

 

 まるで枕もとのスマホが激しくバイヴレーションしているようだ。

 

 だが、そんなことはあり得ない。きっと疲れているんだ。

 

 ブゥー、ブゥー、ブゥー。

 ブゥー、ブゥー、ブゥー。

 

「…………ってチエっちじゃねぇかっ!?」

 

 ふざけている場合でなかった。

 

 スマホの画面を見たその瞬間、世界は一変する。

 

「あっもしもしすいませんっ! 日課のヨーガを済ませていました」

『――黙れ。さっさと玄関に来い』

 

「はい只今」

 

 ネックスプリングで掛け布団を吹き飛ばしながらゲダップし、勝手に緊急指定している引き出しからこれまた勝手に持って帰ってきている見た目スプレーのエイドス『整髪、洗顔、歯磨きを終えた状態に致します』を激しく全身に振り掛けて玄関へすっ飛ぶ。

 

「ふー」

 

 一呼吸置き、来客用のスリッパを静かにセット、ドアをゆっくりと開ける。

 

「おはようございます。パンケーキ焼こうと思ってたんですが、どうですか?」

「久しく口にしていないな。貰おうか」

 

 いつでもそうだが朝からビシッとしていらっしゃる。オンとオフがキッチリしていることは、格好いい社会人の条件なのかもしれない。

 

「はい、どうぞ」

 

 結構久々、この時間からの逆凸、そして向こうから来る際の要件はほぼ一択。導き出される結論は、そこそこヤバい厄介事で確定。朝飯を拒まなかったため、時間的な猶予はまだあるっちゃある。それ以上は話を聞かないとわからん。

 

 頭を切り替えてリビングへ引き返し、ルームメイト専用の棚から高級ホットケーキミックスを出し、ボウルを用いて卵、牛乳と合成してフライパンへ垂らす。後は蓋をして適当に。同様の棚から高級ドリップコーヒーをちゃっかり俺の分も拝借し、説明書通りに湯を注ぐ。

 

「外で事件ですか?」

 

 指定席に腰掛ける上官の前にコーヒーを出しつつ聞いてみる。

 

「少なくとも既に8人亡くなっている。プライドか、縄張り意識かは知らんが、結果的にこちらへ回すまでに随分と時間が掛かった。担当は変わらずだ。指定の地点で落ち合え」

 

 テーブルの上には茶色いA4大の封筒、時代錯誤な読んだら燃やせの紙データ。手段がデジタルへ向かっても、使う人間の頭が全てそれにフィットする訳ではないし、個人的には紙データは好きっちゃ好き。

 

「これは……能力の詳細が一目でわかるタイプじゃないか……」

 

 キッチンに戻りつつ、クリップで留められた紙束を流し見る。

 

「二言はない。昨年度までが試用期間だ。とは言え、試運転とするには些か厄介であることは死者の数からわかるだろう。優秀な国家権力が本腰を入れた末に白旗を上げたんだ。論点は捜査ではなく、犯人確保の方かもしれんな」

 

 多少の同情はあれど、もう今年度から的確な助言は貰えない。きっと、彼女はこの資料を読んでもいないのだろう。仰る通り、二言はないらしく、何とも男らしい。

 

 早飯を済ませると、伝えることだけ伝えていつも通り教官は去っていった。今日は午後から授業とのことで、頼めば車を出して下さるという有り難いお言葉をいただいた。彼女の嗅覚からも、本件の危険度はそれなりに高いと感じ取れる様子。

 

 とりあえず、とっとと行動を開始するが吉。パンケーキは止めて冷蔵庫に残っていたチョコレートを数個口へ放り込みつつスマホを手に取る。

 

「平日の朝からいきなり声掛けて手伝ってくれる人間……」

 

 更に、荒事向きな人材であることも加わると若干の絶望。最悪ソロプレイか。本当は中原と行きたいが、イニシャルケースとしてはちょっとこってりが過ぎる。

 

『んだよ朝っぱらから……』

 

 寝てたか。今の気持ち、結構分かりますよ。さっきやられたんで。

 

「ごめんごめん。頼むから機嫌を直してくれ。今、ちょっと大丈夫?」

『大丈夫じゃねぇよ……おい、8時じゃねぇかよふざけんなよてめぇ……』

 

「そうなんだよマジで。8時なんて、普通寝てる時間だ。俺もさっき叩き起こされたんだけど、ちょっと外まで付き合ってほしくて。頼むっ、ナギさんがベストな案件なんすよ」

 

『あぁん? 小間使いの小間使いかよ……けどよぉ、外へ出れるってこたぁ、酒が飲めるって話か?』

 

 未成年の飲酒は、法律で禁じられております。

 

「まぁ…………付き合ってくれるんだったら…………な。頼むよ。多分派手にやってもそこまでは怒られないはずだから」

 

『ハッ! 悪くねぇ話だ。でもよぉ、酒よりてめぇの嫌がらせの方が兆倍面白れぇ。そうだな……俺の足を舐めて、赤ん坊が乳吸うみてぇに一本一本指までしゃぶるんなら、話を聞いてやってもイイぜ?』

 

「いやそれ足フェチプレイ以前に自殺行為なんよ」

 

 舌ごと顔面が圧壊する未来しか浮かばない。

 

『……ちっ、やべぇ、起き抜けで頭が回ってねぇ……コイツは生粋の変態だった……んっ』

 

 何かがぶ飲みしてる。ガチで寝起きらしい。

 

『今日って……水曜か?』

「うん、今月最後の水曜だね」

 

 ホントは安息日だったんだが、今は昔だ。

 

『何だよ……どうりでミオも起こしに来ねぇ……ったく、てめぇはいつもタイミングが悪りぃんだよ。今日は先約があるし、まだ寝足りねぇ』

 

「マジか……あぁ、人生は険しいなぁ……」

 

 この後の展開を想像するに、深めの溜息が止められない。

 

『…………おい、まだわかんねぇのかよ? 俺がてめぇに助けを求められて手を貸すことは………まぁ、たまにしかねぇ。学生会には誘わねぇのに、困った時だけ泣きつくクソ野郎が』

 

「何でだよ……っていうか、ナギが入ったら結構な数が抜けるって。わかってんだろ? もう少し皆と仲良くしろって。別にナギならできるだろ?」

 

『うるっせぇ死ね――』

 

 酷い捨て台詞を残し、通話は強制終了。

 

「俺も寝起きだなぁ……地雷踏んだぁ……」

 

 次会ったら何とか拝み倒そう。

 

 ともあれ、今は目先の課題に向き合うしかない。無理やりポジティブを発動するとしたら、選択肢が少なくなって、それに対する葛藤が減ったと解釈しよう。

 

 時計の針はマイペースに刻みやがって現在時刻は8時半を回った所。着替えて走って時空を超えた俺は、学生会館の階段を上がる。

 

 三階のカフェスペースに辿り着いた時点で、超目立つ探し人は自動的に発見される。一限目開始の9時半までまだ一時間弱、利用している学生は疎らというのはあるが、金パに加えて著名人オーラを纏ったレイカは、窓側のテーブルで何かよくわからんがきっとオシャレな飲み物を片手にスマホを弄っている。そして勘の鋭い彼女は、俺の接近にいち早く気付く。

 

「あ、レイカ、今日って……何か予定入ってる?」

「……何?」

 

 耳遠い系か。とりあえず表情はフラット。

 

「何? か、入ってる?」

「だから、何?」

 

 決定。単に機嫌が悪い。最近またチーターが多くなってきたのも影響しているかもしれん。

 

「あ、いや違う。そうだったっ! ヒヤシンスに水あげなきゃ――っと」

 

 高速回れ右も儚く、右腕をがっちりと掴まれる。

 

「季節違うから。それにアンタ園芸に興味ないでしょ。用があるなら早く言って」

 

 一瞬で全ての矛盾点を突かれ、ワンターンキルされた俺。

 

「あの……急ぎ目な外部委託が来て、結構ヤバそうな感じで……一人だとキツそうだから、手伝ってほしいんだけど……頼む」

 

 というか爪が食い込んでるので、離して下さい。

 

「……仕事ならそう言いなさいよ。副会長なんだから。けど、サヤは……」

 

 レイカの視線が俺を通り越して後方へ移る。

 

「あ、中原、どうかしたか?」

 

 追って振り向くと、そこには安定の黒髪黒セーラー黒スト。

 

「いえ、特に。レイカさん、おはようございます」

「うん、おはよう。今日は何か予定が入ってるのかしら?」

 

 頼れる先輩モードのレイカ、俺には挨拶しない中原。つまり最近定着した新しい日常か。

 

「いえ、特には。何か依頼はないか、先輩にメッセージを送ったのですが、当然のように返信がなかったので、ここまで足を運びました」

 

「あー、なるほど……おぉっと今受信した。ラグいなぁ……ホント困る――ぐほぁっ」

 

 レイカの腹パンが刺さる。すいません、25分前でした。

 

「悪い。他のメッセに潰されたパターンだった。後、今日はちょっと、これからレイカと学園の外に出るから、暇ならマコトに声を掛けてやってほしい」

 

「外、ですか……はい、わかりました」

 

 さすが中原。全く追ってこない。

 

「あ、いや、えっと、いいんだっけ? なる早で出発なんだけど」

 

 レイカにちゃんと言質取ったんだっけ。

 

「副会長からの指名なら断れないわよ……バイクで行くなら、着替えたいんだけど」

「あー、二人乗りはちょっと……バイクは止めとこ。車出してもらう」

 

 現役JK歌手を背中に運転はハードルが高い。緊急時ならともかく、今は移動手段を選ぶ程度の余裕はある。

 

「別にいいでしょ。杉浦教官に迷惑……ちょっと、ちゃんとメッセージを見る癖を、何回言わせんのよ」

 

 俺から発せられるバイブレーションを目ざとく察知するレイカ。もう諦めてるマコトや小林、その他の面々に甘え過ぎたか、よりズボラな人外面子の影響か、とにかく現場面ではぐうの音も出ないことは確かだ。

 

「会長……レアケースだな」

 

 電話ではないので、緊急度は低そう。

 

『拝啓――(妙に長い前置きは意識的に省略) 既に桐島さんと出発していたら消去して下さい。本日入った外部委託は中原さんを連れて行って下さい。危険なようでしたら彼女は何処かで待たせても問題ありません。尚、これは指示ではないので、判断は一任します――(敬具までの長い締めの挨拶は意識的に省略)』

 

「……」

「何固まってんのよ。っ…………」

 

 こういう時に限ってレイカと中原が後ろから覗き込んでくる。もう全てをなりゆきに任せようと思った。

 

「レイカは、どう思う?」

 

「…………っ!」

「――ごっ!」

 

 強烈なタイキックがケツを襲う。なす術なく悶絶。

 

「い、今の……マジ蹴りじゃね?」

 

 リノリウムのような床は、誰にも平等に冷たい。

 

「はい。模範的な中段蹴りでした。この場へ来たのは、間違いではなかったようです」

 

 この後輩、倒れ伏す先輩を労わる心がない。

 

 不機嫌さを体現させた足音が尻に響くが、それは徐々に遠ざかっていく。

 

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