トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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外部委託

 帰りはそのままでと小木曾さんに挨拶し、年季の入った鳴海さんの車に乗り換えて出発。何故なら、目的地から学園の門まで戻る際、どうせこの辺を通る形になるからだ。

 

 本来一時間は長いが、鳴海さんと雑談していれば結構あっという間に過ぎていく。主な話題は、麻雀と競輪と最近食った美味いもの。きっと、楽しい時間こそゆっくり進んでほしいと願う人間も多いことだろう。

 

 そして中原は二人でいると結構喋るが、三人以上になるとかなり無口。これについては、レイカとマコトも同じことを言っていた。

 

「――そろそろっすね。中原、もうわかってるだろうけど、結構な体験が待ってる場合もあるから、一応無理そうだったら言って」

 

 久々に助手席から振り返り、声を掛ける。何を考えているのかはわからないが、普通に顔は可愛い。つまり普段の行動時と変わらない。

 

「はい。それは『黄泉』以上の体験、という意味でしょうか?」

「いや、ヤバさで言うと、アレ以上の体験ではない」

 

 わかってるだろうけど、と前置きしたのは、多分中原なら何が出てきても長い目で見れば心配は要らないと思ったからである。

 

「何だ? 二人共、死後の世界も体験済みなのか?」

 

 もうたまにしか驚かない鳴海さんの、たまに、が発動した。

 

 まもなく、写真で見た通りの建物を肉眼で確認、鳴海さんは路駐を咎められた過去をしっかりと学びに昇華させたのか、近くのコインパーキングにしっかりと駐車する。つまり、人は何歳になっても変われる、ということなのだろう。

 

「……先輩」

「だな……何かもう、周りから浮いちゃってるな」

 

「そうか……お前さん達には、そう見えるのかい」

 

 能力による身体能力強化には、第六感的な何かも含まれる、エビデンスなど当然ない。ただ、能力を戦闘に活かしている人種は、例外なく是と答える。なぜなら明らかに当て勘と危機察知が良くなるからである。

 

 あのマンションからは、ヤバめの区画に近い雰囲気が感じられる。部屋自体は良さそうだが、住みたいとは思わないし、きっと中身は学園寮の方が上だ。

 

「小学校では中休みが終わってしまい、給食を心の支えに三、四時間目を凌いでいる時間帯だ。周りに全然人がいないのは素晴らしい」

 

 大きな道路に面している訳でもなく、コンビニもすぐ近くにはない。

 

「ヤバそうだったら退却ってことで、様子を見に行こう」

 

 車を降り、パーキングを出て短い横断歩道を渡る。車は多少通り、歩行者は疎らで、その誰もが立ち止まる様子はない。

 

「エントランスって言うよりは、ちゃんとしたロビースペースがあるけど……鳴海さん、あの中に顔見知りがいたりする?」

 

「……ったく、いるも何もねぇ。ここから見える五人は全員刑事だ。しかも捜査一課の連中だぜ」

 

 ガラス張りを通して見える光景は、一見すれば普通で、ジャージやスウェット姿の男性が5人、ソファに座って新聞を読んでいたり、ただボーっと座っていたりだ。余計なツッコミを入れるとすれば、男5人が平日の午前中から何をしているのか、って話だが、5人共ヒモですって言われたら別に返す言葉はない。

 

「いやぁ、普通に顔色ヤバいでしょ。この距離だと目も虚ろなのがわかるし。住宅街も近いのにこんな魔窟があるとか、よく騒ぎにならないな……」

 

「……操られてるってことか?」

 

「だと、思います。能力者が複数いるのか、それとも……」

「阿僧祇先輩のエネルゲイアとは、随分と異なるように感じられますが」

 

「だな。何とは言わんが極まっちゃってる感じだし。とりあえず平和的な対話が可能か確かめる所から始めてみようか」

 

 言ってて白々しいが、大分展開予測は進んだので、警戒レベルを上げて自動ドアを通過する。

 

「鳴海さん、鍵お願い」

「おぅ、ちっと待ってろ」

 

 よくわからんが、カードキーらしい。更に部屋へ行くにはもう一度オートロックを通る必要があり、初めて一人暮らしをする娘さんにも安心な物件だが、不審者は防げても世の中をナメ切ってしまうリスクの方は回避できそうもない。

 

「あっ、すいませ――こりゃ駄目だな……」

 

 問答無用の例文の如く、実は6人いた男性は、自動ドアが開くのを合図に立ち上がり、病的な目付きに無言という迫真のゾンビ演技でゆっくりとこちらへ詰め寄ってくる。こちらへ危害を加える意図があると受け取られても、文句は言えまい。

 

「鳴海さん、警棒貸して」

「なるべく壊すなよ」

 

 受け取った警棒を振り伸ばし、リズムを取る意味で右肩を軽く回す。

 

「中原、こっからは鳴海さんの護衛が第一。後はケースバイケースで臨機応変に」

「わかりました」

 

 行動開始。

 

 一歩で詰めて、先頭を歩くジャージおじさんのテンプル目掛けて右腕を振る。

 

 インパクト、相手は倒れる。

 

 他の5人に動揺はなく、そもそもの感情がない。メイクをしっかりすれば何処に出しても恥ずかしくないゾンビスタントになれるだろう。本気で襲い掛かってくるという難点をクリアできれば。

 

 初撃で断定、目標はこちらの動きを捉えられない。

 

 適切に距離を詰め、適切な力で米噛みを警棒で殴る。それを5回繰り返す。

 

「さて……」

 

 10秒と掛からず、制圧を完了、ロビーの静けさも変わらず。もちろん、頭を殴るのは危険だが、これ以上に相手を気遣った上で意識を刈り取る技術を俺は持たない。とりあえず、借りた警棒に目立った損傷はなし。

 

「この人達だけでも、先に保護してもらった方がいいでしょ」

「今連絡してる」

 

 鳴海さんは既にスマホを耳に当てながら、一旦ロビーを出る。

 

「犯人がいるのは、やはり最上階でしょうか?」

 

 それぞれ、倒れている刑事さん達の状態を確かめるように見回りながら、中原は頭上を見上げる。

 

「多分。これで一階の部屋にいたら、バリバリの高所恐怖症かもな。他の住人の人達も、同じように操られていると思う?」

 

「……わかりません。もし誰も操られていないとしたら不自然に感じますが、異変に気付いていない方もいるのではないかと思います」

 

「自分の周りをどれだけ、どんな風に気にするかは人それぞれだからな。傾向としては、ほとんど気にしないって人も多い。ここは結構高いけど、ファミリー向けじゃないと思うし」

 

 凸ってきた刑事を撃退し、操った。最低限目立たないように服を着替えさせる程度に気は回るけど、こういう立ち回りに関しては馬鹿寄りの普通って所か。間違っても大局的な視点で考えて動いてない。常々、悪いことをやって、その状態を漏らさずに継続させるのは難しいと思う。犯罪はコスパが悪いって言ってる人がいたけど、賛成できる点もある。

 

「どうする? エレベーターで6階まで行くか?」

「鳴海さんには申し訳ないんだけど、一応階段で行きましょう」

 

 普通にエレベーターでも問題ないと思うけど、カットできるリスクをカットしておくことは現実でもゲームでも変わらない。現状、階段を選んで起きるトラブルの方が対処しやすい。

 

「マジかよ……朝から肉食っといてよかったぜ……」

 

 予定調和な文句を垂れる鳴海さんを鼓舞しながら、俺を先頭、中原を殿に置いてパーティは非常階段を行く。今の所、建物内は非常に静か。

 

「……ただ、正直な話、こっから先は常人なら肉食ったことを後悔する展開が待ってる可能性大だけど」

 

 鳴海さんはそっち方面に関して常人とはかけ離れているため、特に心配はないが。

 

「では、多少役立つ便利グッズを使うとしよう」

 

 出来る限り音を立てずにフロアに繋がる重い扉を閉める。鳴海さんは言うに及ばず、中原もしっかり忍び足を習得している様子。この感じで防音がスカスカってことはないだろうし、実際6階フロアもロビー同様の静けさ。

 

「……エイドスですか?」

 

 俺が取り出したのは、一見ただの安っぽい腕時計。

 

「そう、これは『何人おるん?』って名前で、そのまんま、近くにいる人間の数がわかる」

 

「そういや気になってたのを忘れてた。お前さん、毎回違う不思議道具を持ってくるが、何で一緒じゃあないんだ? あの壁をすり抜けられる傘とか、多少の便利さじゃねぇだろ」

 

「複数の人からのアドバイスですね。同じのを使い続けると解決方法がパターン化して裏面った時の被害がヤバいって言われたんで。確かになぁって思うし」

 

 同じ困りに同じ対処で何とかなるのはやはりゲームの中に限られるし、最近ではゲームでもそれが許されなくなってきてる。毎シーズン打撃フォームの改造に挑戦する野球選手の向上心を見習おうって話だ。

 

「先輩、他の階にも在宅の方がいるかと思いますが」

 

「コレの使えない部分であり、同時に今は活きる部分がある。これはY軸方向が一切機能しない。だからこの階にいる人間にしか反応しない、ってことでゴー」

 

 横に着いてるボタンをプッシュ。すると、てっぺんフラットで固定されていた分針が動き出し、4の手前で止まる。

 

「じゅう……8人だな。俺ら3人を除くと15人」

「……把握されてる行方不明の子どもは13人だ。するってぇと、犯人は2人か?」

 

「うーん……一応、それを第一候補に。ただ、もうこれは直接話を聞いた方がいいな。何がしたいかが全くわからんし。中原はどう? 犯人の狙いとか思いつく?」

 

 数がピッタリなのは都合の良い偶然なのか、逆に偶然合致するなんてことはないっていう後押しか。

 

 殺して、逃げて、立て籠もる。

 

 やっぱり明日以降も楽しくやっていこうと考えたら愚策過ぎる。そういう価値観じゃないと言われればそれまでだが。

 

「犯人がこのフロア内にいるとしたら、少なくとも危機感は欠如していると思われます。殺人を犯した人間が、この場所に留まり続けるのだとしたら、自身を脅かす存在自体、想定していないと推察されます」

 

「だよな。そもそも、罪を重ねなければ逃げ切ることもできただろうし」

 

 危機感の欠如、自身を脅かす存在を想定しない、つまりは余裕。わからないが、先程の刑事さん達も、侵入者は捕まえて連れてこいみたいな指示を受けていたのかもしれない。もし彼らが退けられても、別に来られたら自分で対処すればいい。そう受け取れないこともない。

 

「……エレベーターから、とか考えなくても、フロアの真ん中にある部屋……ここからいくかな。人の気配は何となく感じる。鳴海さん、カギよろしく」

 

 下はカードキー、部屋は鍵、何故? まぁ気にしない。

 

「まさか、普通にマスターキーで開けて踏み込むとはなぁ……ん? っ……シン、このドア、最初から開いてるぞ」

 

 音を立てないように慎重に捻った感じだったが、どうやら手応えがなかったらしい。

 

「よし、ちょっと最初は単独で行ってみるから、中原は鳴海さんを頼む」

「わかりました」

 

「ったく、歳末が済んで暫く経ったってのに、少女に守られる生活のままか……」

 

 ゆっくりとドアを引き、申し訳ないが土足で踏み込む。

 

「―――――――」

 

 いつからか、想定外なだけでは驚かなくなった、そこに明確な危険がなければ。

 

 入った瞬間から、眼前の光景は普通ではない。

 

 通常ならば、玄関を上がれば細くても広くても通路、そこから分岐するように部屋が配置され、奥へ進めばリビングへ到達する。

 

「溶けてる?」

 

 壁という壁が部分的に消失しており、壊れている、ではなく浸食されているの方がしっくりくる。ドラッグストアでは取り扱っていないだろうが、超強烈な酸のような何かを用いれば、こんな風にできるものなのか。つまり、能力による現象と理解する。

 

 そういった意味で、室内は非常に開けているが、当然解放感よりも違和感が先行する。壁という区切りを失った大きな空間には、特に物という物は確認できない。

 

「え…………あ……」

 

 おそらく、リビングへ通じていると思われる唯一の通路っぽい何かから、小学校高学年と推定される女子が一人、顔を覗かせ、驚きで表情を固める。すぐに、その頬が痛々しく腫れ上がっていることに気付く。

 

 構わずそちらの方へ進み、リビングへ入る。

 

 

「――え? はっ? 誰アンタ。何入ってきてんの?」

 

 

 視界の左奥、背を向け、ソファで寛いでいたと思われる女が、顔だけで振り返って何かを言っている。

 

「これはそこそこ酷いな」

 

 室内は明るく、ガランとしていて、空気が淀んでいる。主に、人間の発する絶望によって。

 

 多分13人だろう。男女比は半々位、女子は手前側の左隅で身を寄せ合うように座ってガタガタ震えてる。男子は2人が床の上に倒れており、残りの5人がソファに座っている女の周りで傅くように座り、控えている。最悪なことに、男女全員裸だ。

 

 広々としたリビングにあるのは女が座っているソファ、その前に低いテーブル、モニターとデスクトップPC。女は動画を観ながら未成年飲酒してる。

 

「っ! 助けっ! ごほっ! ごっ! 助けてくでぇっ!」

 

 そして、それら全ての処理を後回しにさせられる程に異質な存在が、咽びながら助けを乞う。

 

 同年代の男子。裸で磔にされ、手は肘から、脚は膝から下が欠損している。SMに明るくないため、何に磔にされているのかはわからない。

 

「おいうるっせぇよっ! 今日も水飲ませねぇぞてめぇっ!」

「――ごはっ!」

 

 女は持っていた缶ビールを握り潰し、男子へ投擲、顔面で受けるが、既に彼の顔は腫れ上がっているのがこの距離でもわかる。

 

「っぜぇなもういいとこなのに。アンタさぁ、あいつらの仲間? それとも敵?」

 

 下着姿の女が見るからにイライラしながら動画を一時停止し、立ち上がる。一連の所業が醜過ぎて、綺麗とかスタイルいいとかは既にどうでもよくなっていた。

 

「敵。で、ちょっと話聞きたいんだけど、ダメ?」

 

 もう見れば明らかな状況だが、それでも対話が優先される。

 

「別にいいけど、それ以上近付かないで。アンタも普通じゃないんでしょ……言っておくけど、こっちはその気になれば簡単に殺せるから」

 

「う……がほっ! お……俺はっ! 殺してないっ! 全、部この女がやったんだっ! う、嘘じゃないっ! 俺は――ぐむっ!」

 

 磔にされている男の口を、女は握り潰すように塞ぐ。

 

「やっぱお前もういらねぇよ、死ね」

「――がっ! いぁだっ! っ!」

 

「――ぺっ」

 

 女は塞いでいた口を、今度は強制的に開き、中に唾を吐きかける。

 

 口が開かれた瞬間、男の表情が絶望に染まったのと同時に、地面を蹴る。

 

「なっ! んだよっ!」

 

 その挙動に目を光らせながら接近すると、女は叫びながらリビングの反対側へ素早く跳ぶ。起こる衝撃に、部屋の隅にいる女の子から悲鳴が上がる。監禁されて一週間以上、おそらく全員の心は既に折れている。

 

「――ごぶぅっ……っ……」

 

 勘弁してほしい気持ちは一旦胸深くに収納し、突然吐血した男子の口内に少し触れる。

 

「毒……唾液を毒に変化させる力か」

 

 いや、この男の手足、部屋の壁の損壊もこの能力によるものと断定できる。ただ、壁をあんな風に溶かせるなら、何故白骨化させる必要があったのか。

 

「う……うぅ……はぁ……はぁ……」

 

 顔を血だらけにしながら、男は荒い呼吸を繰り返す。

 

「何で……致死量に足りなかった? 耐性……別にいいや。それより近付かないでって、聞こえなかった? マジで殺すよ。いいの?」

 

「わかった。スタート位置に戻る」

 

 拘束を千切り、男を抱えて一足飛びでリビングの入口へ。

 

「嘘を吐いたらその瞬間殺す。能力を言え」

「あ……は……助け……」

 

「言えば命は助ける、かもしれない」

「あ……死体を、骨だけにする……死体だけだ……」

 

「ナイス」

「――」

 

 頸動脈を指で一気に圧迫、意識を刈る。彼はほとんど、能力を習熟させていない。

 

「別にいいや、だよね? どうせ生き地獄だ。鳴海さん、彼を下へ」

 

 視線を女から外さず、男を後ろへ抱き下ろす。

 

「だと思ったぜ……ったくよ」

 

 室内の惨状に思う所はあるだろうが、既に詰めて来てくれていた鳴海さんは言う通りに従ってくれる。中原の方も、特に何も言わなかったら自己判断で女に斬りかかっていたかもしれない。少なくとも、そう思わせる圧を放っている。

 

「中原、後方で場を見ろ」

「……はい」

 

「さて……警察官が1人、小中学生が7人亡くなった。貴女が、殺した?」

「……そうだけど、全部正当防衛。だからアタシは悪くない」

 

 嘘でも開き直りでもなく、本当にそう捉えているんだろう。中原も言っていたように、彼女自身の捉え方が他者の生殺与奪を握っているという前提なら、理解できる態度ではあった。

 

「なるほど。次は、そうだな……部屋の中を見るに、年下の子達を裸にして侍らせて、女の子は特に酷い暴力を受けているように見える。これについては、何かあったりする?」

 

「それも一緒っ! 何なの? 正義の味方気取り? こいつら全員、アタシのことリンチかレイプしようとした奴らなんだけど? アンタだって、下にいた奴らを殺すか倒すかした、一緒じゃないっ!」

 

 こっちが知る由もない過去の体験も絡めてバイプッシュしてくるような怒りと叫び方。思うに、安心できる場所で長い時間を過ごしてきた人間による感情の起伏ではない。

 

「ここで過剰防衛の概念を持ち出して切り返したらもう不毛な口喧嘩だ。言っておくけど、間違っても正義の味方なんかじゃない。8人殺して、逮捕しに来た警官を能力で操って、ここに引き籠って動画視聴。放っておいてほしい? それとも、何か目的がある?」

 

 明日明後日ならいい。でも一か月先、一年先はどうなるか。目の前のことで手一杯だった訳でもない精神状態の中でのこの行動。とても価値観を擦り合わせられる気はしない。

 

「……上から見下ろしてんじゃねぇよ……いいや、殺す……ははっ、顔はギリ合格だし、犯しながら殺してやる……後ろのセーラー服に……見せつけながらぁっ!」

 

 少年少女の悲鳴をバックに、ヒスった下着女が力任せに殴りかかってくる。これが通常の人間によるものならきっと酷い絵面になっているだろうが、人の身を遥かに凌駕した身体能力で行われるそれは、正にアニメのバトルシーン。

 

「……」

 

 コンクリも余裕で貫通するであろうその素人に毛が生えた練度の右ストレートを首を傾けて躱す。前へ踏み込んだこちらの動きをしっかり見て、微調整してくる所は、単純に喧嘩慣れしてるんだろうと思った。そしてこの身体能力から逆算した能力の習熟は並じゃない。

 

 右の次は左、感情のままに繰り出される右ローキック。いずれも威力は人外、踏み込んだ床にひびを入れる程の膂力、だが先人が言うように、当たらなければどうということはない。

 

 子ども達は本能に従って隅で身を寄せ合っている。依然として意識なく倒れている男子2人は巻き込まれる危険があり、向こうが足を止めてやれるようその場で打撃をいなし続ける。

 

「ぅおらっ! っ! 何なの……っ……」

 

 避ければ避ける程に避けにくくなる。そんな工夫を続ける暴力大好き中原とは違い、女は計8発の打撃で諦め、舌打ちして飛び退く。てっきり唾吐きまくり戦法かと思っていたが、まぁ色々と事情があるのだろう。

 

「で……」

 

 やはりというか何というか。

 

 1人は仰向け、1人はうつ伏せ、倒れている男の子の胸部を軽く踏み付けながら、女は苛立たし気な表情の上から、歪んだ余裕の笑みを塗りたくる。何回も見てきた顔だ。

 

「ほら、言わなくてもわかるでしょ?」

 

 わかるし、無駄なやり取りをしたくない。そう思いつつ、掌を軽く前へ突き出し、ジェスチャーで待てを表現してみる。

 

「その前にさ。現実の事件でも、ドラマでも映画でも漫画でもアニメでも何でもいいから、思い出してみてほしい。それやって、後に幸せになった人、見たことある?」

 

 あくまで個人的な見解だが、覚悟なく場当たり的に人質を取るのは悪手である。

 

 この場面で言えば、正攻法で勝てないことを認める上に、これ以降は思い切りよく攻めることも心理的に不可能となる。更に、俺は拳銃だったりその他の獲物で武装しているわけではなく、ちょっと待ってほしいと言われた位にしか感じない。これも場当たりの悪い点だ。

 

 止めに、薄情と言われれば全肯定だが、この場にいる少年少女は俺にとって人質に該当しない。救出は努力目標なのである。

 

「っ……………………そっちの目的は何なの? アタシを殺すこと?」

「えっ?」

 

 逆上にオールインしていたが、見事にオケラ。まぁいつも通り、他者の考えなどわからんということなのだろう。

 

「あー、普通の流れだよ。さっきも言った通り、人が死んで、それを調べようとした人達とも連絡が途絶えた。で、次に声が掛かったのが俺ら。だから、俺らをぶっ殺しても、どんどん敵のレベルがアップしていくだけだよ。とりあえず、個人的な敵意も見下す気もない。単純にもう少し話を聞きたい」

 

 手を下ろして、言葉を続ける。

 

「大体一年前、突然能力が備わった。びっくりするだろうし、大変なことが多かったと思う。その中で、能力を適切に使用できるようになった。そのレベルなら、通常の銃火器程度じゃ脅威にならない。だとしても、自分よりも強力な能力者の存在は十分想像できたはずだ。何で人を殺して、監禁して、ビールを飲みながら動画視聴を? リスクが高過ぎる」

 

 もう今の段階で知りたいことは、相手のヤバさがどの程度のものなのかに尽きる。

 

「はっ、リスクって……そんなの知らない……アンタも高二だよね? 何でタメって分かったの?」

 

「分かった訳じゃない。能力の練度から逆算するとって話。1コ上も全然あると思った」

 

「普通じゃないけど、それでもまともそう……信じられる? アタシは母親に売られたの。しかも、その買った連中からも、訳わかんないこと毎日させられて、用済みになったら捨てられた。アタシがいなくなっても、誰も探してくれないし、守ってもくれない……」

 

 躁から鬱へ。彼女の状態はわからないが、唾液をヤバめな薬にすることもできるのかもしれない。

 

「そっか。少なくとも、先々を考えて行動するのが当たり前じゃないことはわかった」

 

「……警察に依頼されるようなヤツなんだろ? 一年前に、アンタが見つけてくれればよかったんだ……こんな、力…………ねぇ、ここで素直に捕まったら、アタシってどうなるの?」

 

 少年の身体を圧迫していた足を退け、女は初めてこちらを真っ直ぐ見る。やはりエロスは雰囲気が肝要か、今は虚しさを助長するオプションに成り下がっている。

 

「それは…………答えたくない」

 

 駄目だ。当たり障りのない言葉が、寸前で零れて消えた。

 

 俺が決めることであるはずもないが、8人殺めた者の末路など言うまでもない。そしてそれは、彼女を裁くのが通常の法ではないとしても変わらない。

 

「はっ………………もういい。好きにすれば?」

「……」

 

 敗色濃厚人質作戦からの展開としては初なものになるかと思ったが、結果に大差はないようだ。

 

 女は瞳の光を更に濁らせ、項垂れるように俯く。俺は一歩、二歩と近付き――

 

「―――――――」

 

 ――三歩目を踏み出した時には、既に女は動き出した後だった。次の一手に対する予測、五割はやはり安定の唾吐き、壁を溶かすような液体Xを喰らったら只では済まなそう、二割は右ストレート、同じく二割は蹴り、両者凡手、結果は一割の穴馬。なので少し対処が遅れた。

 

「…………」

「……っ……」

 

 下着の女に力強く抱き着かれ、キスをされる。

 

 字面からして幸福な体験だが、ファンタジーの世界では必ずしもそうではない。

 

「――っ! 何、で……」

 

 強引な粘膜交換の後、女が浮かべた表情は困惑。その時、俺は既にアルコール臭い唇から逃れ、やりやすいように気を遣って右方へ半回転、そのまま後方へ合図を送ろうとしたが。

 

「――――」

 

 その必要はなかった。

 

 女は悲鳴を上げる間もなく吹っ飛び、壁に突き刺さるような勢いで激突し、床に落ちる。もう少し方向がズレていたら、カーテンとガラス窓を貫通して外へ投げ出されていたかもしれない。

 

「先輩、毒は?」

 

 自己判断で動ける後輩中原は、振り向いた時には既にどこでも刀を手に肉薄していた。そして迷うことなく峰打ち一閃。それらを末恐ろしく感じながら、俺は右手の親指でギュッと唇を拭う。

 

「……うん、舌捻じ込まれてたらアウトだったかもな。ちょっとハンドソープで手ぇ洗ってくるわ」

 

「……」

 

 未だ放心状態から抜けられない少年少女達には悪いが、高級ホテルに置いてありそうなハンドソープである程度入念に親指を洗う。手を洗うと、思考が少しクリアになった気がした。とりあえず、下の鳴海さんに連絡。

 

「中原、すぐに担当者が来る。とりあえず、タオルでも毛布でもいいから、まず女の子達の方を見てもらってもいい?」

 

「わかりました」

 

 学園の外へ出ても中原のクオリティに変化はない。四肢が欠損していた能力者の彼も含め、全裸の小、中学生が転がっているような環境でも変わらぬ冷静な対応。今も、全く物怖じせず、倒れている男子2人の状態を確かめていた。

 

「――お疲れさん。電気の明るさはっと、まだ上げない方がよかったな、あぶねぇあぶねぇ。すぐに女性の応援も来る」

 

 鳴海さんと、顔見知りの若い男性が2人。2人の方はすぐに男の子達の対応へ入る。

 

「鳴海さん」

 

 手招きするように声を掛ける。既に中原は女の子達をリビングから浴室の方へ誘導していた。

 

「自分で話してくれましたし、彼女が殺しの犯人で確定だと思います。毒で殺して、もう一人の能力で骨に。手足を失っていますし、彼の方はどうですかね?」

 

「そうだな……それにしても、これで死んでねぇっていうのはなぁ……つくづく、エネルゲイアってもんはお近づきになりたくない」

 

「もうずっぽしですけどね」

 

 言いながら、鳴海さんは着ていた上着を半死半生状態の女に掛ける。

 

「俺よりも、むしろお前さんの方がまだ手は届くんだろうが……彼の力が遺体にしか効果がないっていうなら、多分な。判断するのは天上人だが……あん? ちっ」

 

 今この人絶対たばこ吸おうとして禁煙中なことを思い出した。

 

「彼女の方……お前さんはどう見るんだ? 聞かなくても、悲惨な過去がありそうじゃねぇか」

 

「ですね。けど、彼女は殺し過ぎた。そうでなくても、彼女の能力はどうしようもなく危険過ぎる。しかも既に、その力は今後悪用されることが決まってる…………極刑でなければいけない……一応俺からも、そう報告しておきます」

 

「やめろ。そういうのは大人にやらせときゃいいんだよ。俺が確認して知らせる。いいな?」

「……はい、ありがとうございます」

 

 とは言っても、死なず、生きて償い続けることが許される方法はないか。可能な範囲で考えてみようとは思う。

 

「――あ、あの……」

「……」

 

 思考へ没入しかけた所を、幼い声が引き戻す。多分、最初に目が合った女の子、もう一人は一番幼く見えた男の子。男の子はタオルケットを羽織っているだけだが、女の子は既に服を着ている。おそらく、小学校高学年だろう。

 

「あ……助けてくれて、ありがとうございました……」

 

 お礼を言い終わると、2人はポロポロと涙を流し、声を上げて泣き出した。

 

「とにかく、ゆっくり休んで。何かあったら、今いる大人の人に聞いて」

 

 能力者の2人、この子達がどういう人間で、どのような経緯でこの場まで来てしまったか。それはわからないし、管轄外だ。個人的には、学校へ行かなかったり、勉強をしなかったり、ちょっと保護者や教師の言うことを聞かなかったりすることは大きなリスクになり得るのが現実だと思う。それでも、こんな目に遭うのは違う。

 

「とは言え」

 

 スマホで今一度時間を確認、実働が結構短かったのは僥倖、早急に撤収しよう。これ以降は、全く違う専門性のターンである。

 

 女性職員の到着と入れ替わりで、俺ら3人はマンションを後にした。

 

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