トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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学園の地下へ

「あの、今更なのですが、ここまでやってしまって――」

 

 よかったのだろうか。

 

 古代西洋における城跡未満の空虚な場と化した三号館跡地の姿に、これでよかったのかという疑問が。加えて、先輩曰く、致命傷にはならないとのことだったが、建物諸共投擲された人々は、ちゃんとこちらに戻って来られるのだろうか。

 

「これについては俺がちょっと怒られるだけ。大事なのは、関わりたくないと思ってる人が死なないことだ」

 

「……」

 

 それでも度が過ぎているのか、一貫して優先順位を遵守しているのか、評価が難しい。

 

「ま、そんな訳ないと思うけど」

 

「っ……」

 

 レイカさんの呟きを受けたように、スマートフォンが振動、通常のバイブレーションよりも強く、それに加え、どうやら先輩とレイカさんのものにも同じ現象が起きている様子。まるで三台のスマートフォンが共鳴しているように主張を繰り返す。

 

「ほら、強制終了からの出頭命令よ。首謀者の目的も、半分は達成されるんじゃないかしら」

「マジか……はぁ……三条さん、今日はありがと。後日、何かお礼します」

 

「そんなのいいよ。あ、でも、もしお礼してくれるなら、部全体の方が嬉しいかな」

「あー、うん。善処します」

 

「私からもありがと。また授業か依頼で」

「うん。じゃあね」

 

 手を振りながら、二号館の方へ跳ぶ三条さん。柔らかい表情とは裏腹に、力強い跳躍だった。

 

「……アンタさぁ、彼女は気にしない方だけど、胸見て話すのキモいから」

「申し訳ない……でも逆にどうすればいい? マジで無理なんだけど……」

 

「死ね」

 

 二人の不毛な諍いには加わらず、スマートフォンを取り出す。

 

「……」

 

 不可解なことに、登録していない相手からのメッセージ。金井先輩以来の乗っ取り被害であった。

 

【速やかに噴水広場前までお越し下さい】

 

 内容は一行、送られた文面は、二人と同様なのだろうか。

 

「シンプルな呼び出し。これからクライマックスなのに、これじゃ一年生の人達のカタルシスを奪うことに繋がるんじゃないか? 彼らも信念を持って始めたんだから、外野が無粋に入ってくるのはどうなんだろうな」

 

「その彼らを不意打ちで場外まで飛ばしたヤツが何言ってんのよ。あっ、マコト? 見てた? うん。もう終わって、ちょっと海の奥の方まで救出に行くから手伝って。えっと、私のロッカーの……そうね。スパークガンと一番上に入れてある木箱をお願い。うん、よろしく」

 

 レイカさんはスマートフォンを閉じ、海の向こうを単眼鏡で探っている。とても高性能な物らしく、今度買ってくれるとのこと。正直、そんな高価の物など受け取れない。

 

「やっぱ行かない感じ?」

 

「彼らを放っておけないでしょ、と言いたい所だけど、アタシ、あそこにはあんまり行きたくないの。わかるでしょ? だからこっちは任せて。結局さっきはほとんど使わなかったから、まだ10発以上残ってるし」

 

 サプレッサーだろうか。レイカさんは手にしたハンドガンの先端から筒状のパーツを外している。

 

「お前絶対新しい銃試したいだけだろ……」

「――お疲れ様。一年生二人とナギは既に噴水前に来てるよ。あまり彼女を待たせるのは、賢明ではないだろう」

 

 風のように現れた稀崎先輩が、高速移動を挿んだとは思えない穏やかさで声を掛けてくる。

 

「二人? 代表ってことなのか? どうせなら動けるメンバー全員招待の方が後腐れないと思うけど」

 

「どうやら五号館には一時的な協力者のみで、メンバーは全て三号館に詰めていたらしい。その二人とナギは、一号館制圧を受けて三号館から五号館へ移っていたという話だ。だからシンの言う通り、動けるメンバー全てということになるだろう。後、小林さんからメッセージは来てるかい?」

 

「あ、うん。三号館消失事件についての長めの陳述が……後で読むわ」

 

 私としても、他の方法があったのでは、という思いは否めない。

 

「シン、下にはサヤの他に連れていくの?」

 

 稀崎先輩から物資を受けて取りつつ、レイカさんは質問を投げる。

 

「えっ? いや、レイカが来ないなら、二人で行ってくる。まぁ、目論見通りに進まないのはいつものことだし、それに……うん、明日以降の書類が怠い」

 

「それはちゃんとやりなさい。少し、サヤと話があるから、先に行って」

 

「うん? うん。じゃ、全力でナギを宥めるかな」

 

 そうは言っても、あまり急ぎたくはないのか、先輩は普通に歩いて中央広場方面へ向かっていく。

 

「…………あの、話というのは」

 

 話に思い当たることが無い訳ではなかったが、今ここで何の話があるかというと、どうにも絞り切れなかった。

 

「ごめんね。あんまり時間もないし、これ」

 

 レイカさんは持っていた桐の箱を開け、中の物を差し出す。

 

 それは小刀。柄と鞘は手に馴染みそうな木製、刃渡りは五寸に届かない程か。

 

「現代科学と能力のハイブリット。普通の人が振るえば質の高いナイフだけど……」

「……あ、あの……これは?」

 

 つい魅入られてしまったが、我に返り尋ねる。

 

「貸してあげる。ホントは貰ってほしいんだけど。今日でなくても、これからアイテムが使用できない区画へ足を運ぶこともあるだろうから。いつも言ってるけど、備えは大事よ」

 

 こちらの手を取り、押し付けるとは言えない優しさで、小刀を握らされる。

 

「サヤにとっては、きっと悪くない……と思う。正直早い気もするけど、しっかり見て、感じてくるといいわ」

 

「……ありがとうございます。暫く、お借りします」

 

 小刀を受け取り、腰の後ろへ仕込む。幼少からの習慣か、とても身に馴染む。

 

 軽いが、頼りなさを全く感じない、不思議な感触と重みだった。

 

「っ……」

 

 頭を撫でられている。それはよく見る優しい笑顔だが、レイカさんの表情には、どこか申し訳なさが含まれているように感じられた。

 

「私、中学の頃から活動してたから、あまり学校へ行ってなくて、高校に入ったら、可愛い後輩がほしいって思ってたの。我ながら勝手だけど……」

 

 髪を梳いていた綺麗な指先が離れる。

 

「一年前の先輩達の気持ちが、ちょっとわかる…………次からは普通に話せるから。今は、行ってきなさい」

 

「……はい」

 

 先輩のそれはあまり思い出したくないが、祖父もよく、こんな風に笑っていた。その意味がわかるのは、決まって先のことで、得た経験則は、眼前の取り組みを最善に、ということだ。

 

「マコトからは何かない?」

 

 貸していた単眼鏡を受け取りながら、レイカさんは稀崎先輩へも話を振る。

 

「今ので綺麗に締まっていたと思うんだがね……私はどうも、遠回しな言い方が苦手で、興を削いでしまうのだが……サヤはシンの能力を、どの程度把握しているんだい?」

 

「……」

 

 レイカさんのそれに続き、稀崎先輩の質問においても、その意図を掴みかねる。

 

「全容は不明です。現状では、近くにいる人間を高速で吹き飛ばす、もしくは動きを停止させると理解しています」

 

 正直、先輩の技術と悪知恵を含めれば、近接戦闘では無敵に等しいエネルゲイアなように思える。未だに完全な攻略法は見出せていない。

 

「なるほど……実の所、私も知らないんだ。シンは何度も教えてくれようとしているのだが、私がつまらない意地を張っていてね。ただ……それは詮無きこととして、今の答えでは足りないだろう。もう一度考えてみるといい。この一か月、彼と行動を共にしてきたキミなら、もう一歩踏み込めることだろう」

 

 やはり蛇足だったね、と呟く稀崎先輩は、ゆっくりと背を向け、どうやら海上方向へエネルゲイアを発動させている様子。

 

 礼を返し、二人とはちょうど反対方向へ駆け出す。ただ正直な所、学園の秘密とやらに然程の興味はない。少なくとも、今考えている先輩のエネルゲイアに比べれば。

 

 そして数百メートルという距離は、今では物思いに耽る暇もない。

 

「っ……」

 

「――おっ、何だ、女の話は長げぇかと思ったが、そうでもなかったじゃねぇか」

「一年生の二人は先に下りてったから、早めに行ってあげた方がいいかもな」

 

「……」

 

 二人は広場に設置されたベンチに並んで腰掛け、談笑しながら羊羹を食べていた。私の到着を受けて残りを一気に流し込んだ穂村先輩は、包みを乱暴に先輩の手に乗せ、立ち上がる。

 

 これについては私だけではないと信じたいが、どうにも両者の距離感を理解できない。そのせいで、いつの間にか異物のように噴水の前に現れていたエレベーターに気付くのが少し遅れてしまった。

 

 流れに押され、そのまま三人でエレベーターに乗り込む。

 

「……それで、首謀者の一年生というのは、どのような人物だったのですか?」

 

 残念ながら、顔見知り程度の関係を含めても、自分が知り合っている一年生は少なく、この尋ね方が妥当だと思った。

 

「それが……大分テンション下がる系だった。まぁ能力絡みが明白なのが救いだけど、最低限の事情しか聞けなかったな。出来れば相談してほしい所だったんだけど……」

 

「はっ! ぶっ飛ばしたい組織の中ボスに相談なんてする訳ねぇだろーが馬鹿ハゲっ」

 

「……」

 

 先輩の毛髪は健在なのだが。

 

「とは言っても、ありゃ生贄みてぇなもんだからなぁ、好みじゃなかったから、ちーとばかし手ぇ貸してやったが……にしても、まさかあの牛女たらし込んでたとはなぁ……てめぇ何股してんだ?」

 

「三条さんを股とやらに含めるんだったらお前も股ん中に入ってしまうんだけど?」

 

「阿呆かっ! 俺ぁ浮気なんてナメた真似されたら骨も残さず潰し殺すぜ」

 

「俺も浮気は理解できんわ。男の甲斐性とかいうキモい概念が存在するらしいけど、場合に寄っちゃ殺すより惨いだろ」

 

「いやお前一概にキモいとは言えねぇだろ……っ! おい、お前何の話してんだよ」

 

「……」

 

 もしかすると首謀者は、潮干狩り部の佐々木君か。だとしたら私個人としてもショックは大きい。先輩の言う通り、エネルゲイアの効果によって我を見失っているならば、それは救いになり得るだろう。

 

 エレベーターが開くと、予想通り正面には緑色の彫像、右手に以前利用したもう一台のエレベーター、そして。

 

「……」

 

 左方には巨大な扉。

 

「そういや、金井先輩が会いたがってたよ」

「俺は会いたくねぇ。起動させたら本気で殺す」

 

「そんなカオスは俺も望まん」

 

 当然、私も望まないが、金井先輩の持つ知識は掛け値なく一級品であり、メッセの返信もほぼ秒という早さで、食事やトレーニング関連においては日頃からお世話になっている。文面ならば、あの暑苦しさにも十分耐えられる。加えて、ダイエット関連の情報も同レベルであり、実は学生会内部の金井人気は高い。ただ直接会った回数については、誰もが一回限りだという。

 

「……」

 

 あの扉はどのようにして開くのだろうか。おそらく、聞く必要もなく場は進んでくれるだろう。

 

「じゃ、覚悟を決めて行きますか」

 

「てめぇが覚悟とかほざくと白々しいがな。おい黒セーラー、中は初めてだろ? 腹にしっかり力入れとけよ」

 

「……」

 

 加虐欲で満たされた好戦的な笑みの中に感じる微量な気遣い。どうやらその言葉通り、丹田にしっかりと力を集中させて構えた方が良さそうだ。

 

「…………はっ?」

 

 理不尽も含め、肩透かしにも大分慣れたつもりだったが、扉の中央へ近付くと、そこには通常のサイズのドアがあり、上には緑の非常口マークまで存在している。どういう訳か近付くまで不可視の状態が保たれるらしい。

 

「いやほら、こんなデカい扉要らなくね?」

「そうですね」

 

 これについては特に感情もなく、今の言葉が全てだった。

 

「んなもんどーでもいいだろーがよっ。入るぜ」

 

 念を押すように振り返り、穂村先輩はドアノブを捻って押し開ける。

 

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