俺の名は椚ダイゴロウ。
しがない年金暮らしだ。
今ではこんな珍妙な場所で、念願だった屋台をやってる。
ここでは今日も、孫の歳の若いモンが美味そうに飯を食う。
そいつを拝むのが、俺のささやかな楽しみってヤツさ。
「――おやっさん、つみれと大根2つずつ」
「へぃ」
この兄ちゃんはいつもコレだ。つみれは出が悪いから、品から外そうとも思ったが、食いてぇ野郎がいるならそうするのも忍びねぇ。
聞いた話じゃ、若けぇ内は何にでも挑戦すんのがデケェ男になる近道ってことだが、贔屓にしてもらうってのは悪くねぇ。何事も儘ならねぇのさ。
「……うめぇ……」
客は一人、静かな夜だ。呟いた声も、耳に入っちまう。
去年の梅雨明けには通ってくれてたか、そう思えば、もう一年になる。学び舎で過ごす短けぇ時間からすりゃぁ、常連さんに数えてもいいんだろう。
にしてもこいつは鼻が利くのか、どうにも客足が鈍い時にひょっこりと現れて隅に座り、つみれと大根を美味そうに食いやがる。持ち帰りと言やぁはんぺんと牛筋、今日も変わらねぇんだろう。
「おやっさん、つみれと大根、2つずつ」
「へぃ」
四月中旬、年度に振り回されるのは終わった身だが、学生さん達にとってはまだまだ踏み固めが必要な、忙しい時期さ。前に顔を見せたのは三月の終わりだったか。
「――うわっ、やっぱここ……ちょっと太刀川君? 3回電話したら出てって言ってるでしょ……」
眼鏡を掛けた聡明なお嬢さん。常連じゃあないが、この兄ちゃんがいると、こうやって困り顔を浮かべながら苦言を呈しにくる役回りだ。
「屋台ではスマホを使わないことにしてるって言ってるだろ?」
「わかってます。だから来たの。えっと……はんぺんとちくわぶ……後、がんもどき下さい」
「へぃ」
「何だよそのテキトーな頼み方……」
「食べたいと思ったものを注文しただけ。それより要件、わかってるよね?」
「明日でよくね?」
「それだと気持ちよく眠れないの。よく懸案事項を沢山抱えながらおでんなんか食べられるよね……」
「わかってないなぁ……これは現実逃避だよ。深い出汁の味が、黒々とした世間の闇を忘れさせてくれるんだよ」
「いや忘れんなって……いいから。国の方から催促されてる書類――」
最近の学び舎では、政治の真似事までさせるらしい。全く因果な世の中だ。
この兄ちゃんはたっぱもそこそこだが、とにかく座る姿勢がいい。文句のつけようがねぇ。こういう男がモテるっていうのは時代遅れの年寄りからしても悪くねぇ話さ。何しろ、後を追ってくるお嬢さんはこの老体には覚えきれねぇ数だ。
きっと、在原業平と縁故があんのかもしれねぇな。
「――おやっさん、つみれと大根、2つずつ」
「へぃ」
「擦り過ぎでしょ……つみれってそんなに沢山食べる? じゃなくて、他に、私が把握しておくべきことってある?」
「そうだな……学園の外に出てる連中のことなんだけど――」
「――それは知らなくてもいい話だよね? 後、個人的にも知りたくない」
「いやいや聞いとけって。斑鳩先輩が卒業したら間違いなく庶務総代になるんだから」
「えっ? 庶務取締役じゃないの?」
「あれは斑鳩先輩のイメージに合わせた呼び名だ。本来は庶務の筆頭って意味で総代になる。何かよくね? 総代」
「えー、嫌だな……人の上に立ってる感じの響きだし、私って絶対、使われる側の人間なんだよね。その方が力を発揮できる」
「嫌いなものの欄にプレッシャーと責任って書きそうだもんな」
「実際書いてます。それで、外の人達の件には関わってないし、中之島君と欧陽さん、天王寺先輩で監視してるんだから、さすがに心配はない……よね?」
「心配っていうなら、ヒカリが連中を皆殺しにしないかは、結構本気で心配してるけど」
「冗談でも止めてよ……けど、そうなってほしいって思ってる人、結構いそう……」
「現実、そうだな。っていうか、常ちゃんを忘れてるって。タケル、ヒカリ、天王寺先輩、常ちゃんの4人で外部パーティだ」
「へぇ、それ本気で初耳。使用不可の最終兵器、だっけ? うーん、正直、常室兄弟を人としてカウントしていいのかは、誰も気にしてないけど議論の余地あるよね?」
「いやいや人だろ……何より、そんなん言い出したら俺ら全員人間辞職してる感じだから」
「いやいや太刀川君はそっち側だけど私はこっち側だよ」
「そう思いたいなら止めんが、それより、直では全く伝えてなかったけど、学園外の……その、状況? どういう風に捉えてんの? 決まった時は、色々と耳にしたと思うけど」
「えっ? どうって……だからその、外の能力者に悪い人がいて、それをどうにかするっていう条件でレジスタンスの人達が特例で学園外生活してて……それを中之島君達が監視してるっていう話でしょ?」
「まぁ……色々思惑が絡んでるんだけど、その理解で十分っちゃ十分かな」
「はい。ではこの話はこれでお終い。好奇心は猫を殺す。そして私は殺されたくない。今後も絶対に関わりません」
「怖がり過ぎだろ……」
「太刀川君はある程度強いから余裕でいられるの。欧陽さんなんて、もうその気になったら一人でこの国滅ぼせるでしょ……考えただけで怖過ぎる……よくあんな人と去年まで組んでたよね?」
「言っておくけど、数えられない程度には殺されかけてるから。おやっさん、つみれと大根、2つずつ」
「へぃ」
「あ、大根1つ、私も下さい」
「へぃ」
「それに、中原と違って基本は協力的だから、変な誤解をされない限りは襲われることはない」
「ちょっと何言ってるかわからない。サヤちゃん普通にいい子だし。あ、そういえば、5月のオリエンテーリング、どの区画でやるか決まった?」
「いや、直前の方が面白いって話で、前々日位に斑鳩先輩がダーツで決める予定」
「はっ? 何でそんなに馬鹿なの? シミュレーションする庶務のことを考えようよ……」
「まぁまぁまぁ。中原とレイカがいるってことで、小林は参加しない感じで考えてるから。そこはよしなに」
「…………なら、ギリギリ許す。あ……うわぁ大根美味し過ぎ……そうでもないのはしつこく推してくるのに、何でこれをオススメしないの?」
「食べたいのを食べる派って言うたやん。大根もだけど、つみれもヤバいよ。ゴロゴロ歯応えある系で」
「この時間にそんなの求めてないから……あの、最後に大根もう1つお願いします」
「へぃ」
場の匂いとしちゃ、気心の知れた上司と部下が酒を酌み交わすような塩梅なんだが。
「…………」
若けぇモンの話ってぇのは、ちぃとばかしわからねぇ。
因果ってヤツか。俺も若けぇ頃はよく目上から同じように言われたもんだ。