トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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黄泉

 人間は、順応する生き物だ。

 

 耳を劈くような激しい爆発音は本能的な恐怖を喚起、更に聴覚を麻痺させる。それが引っ切り無しに続けば、精神が崩壊する可能性も十二分に考えられるだろう。

 

 だがしかし、未知の力により強化された俺の身体は、それらの刺激に順応、今ではもう、物騒な硝煙の匂いもそう悪くはないと感じるまでに至った。

 

「ただ、デカい声出さないといけないのはきついな……」

「――きゃっ! っ……耳元でいきなり声を出さないで。何度言わせるの……」

 

 そそる悲鳴の後、涙目で抗議してくる美少女。もちろん嫌いじゃない。

 

「あ、あの、太刀川先輩。手榴弾、お願いします」

「はいはい。まだまだあるから、どんどん頼む」

 

 足元に置かれたクーラーボックスの親戚みたいなデカい箱には、まだまだ底が見えない程の手投げ爆弾が入っている。それを一個一個、丁寧に赤い小さなバケツに積んでいくのは中性的な外見をした少女。

 

「まぁ……もう世界観とか言ってもしょうがないからなぁ」

 

 本日やって来たのは『黄泉』と呼ばれる区画。概要を分かりやすく言えば、RPGのレベル上げダンジョンのような場所である。

 

 空間の雰囲気は荘厳な和。

 

 構成要素は曇天、階段、石造りの平地、山、桜の木と白百合。広大なフィールドの中には一か所だけ赤い鳥居に繋がる石段があり、そこを潜ると次のエリアへ転移する仕組みで、最奥は現状でエリア87。ちなみに現在いるエリアは8。

 

 『黄泉』は学園に数ある区画の中でも、特殊指定区画の一つ。

 

 この学園の本体である理事長の精神状態は、学園を司る各区画に様々な影響をもたらす。ここは人と見れば即座に襲い掛かってくる異形が跋扈する危険地帯。何故そんなものが現れるのかというと、その発生原因は理事長の無意識下のストレス。

 

 個人的には、それらを駆逐してしまえばストレス発散になるという仕組みは、ある意味で随分と都合がよろしいと思わなくもない。つまり、本作戦行動にはお婆ちゃんの肩揉み的な要素も含まれているということだ。

 

「早いもので、そろそろ二時間が経過するな。人間は順応する生き物だ。幾ら魔物とは言え、危険度的にはそうでもないことはわかっただろ?」

 

 くっ付かれるのは不快ではないが、この力強さでは拘束されていると表しても何ら間違いではないだろう。

 

「魔物? 違うわ。あれは化け物よ……」

 

 震えが、密着面からしっかりと伝わってくる。そして何度も聞いた反応。

 

 何事も、突き詰めると結局は同じ終着点へと導かれるのだろうか。

 

 理事長のストレス緩和シークエンス。その一貫として訪れた本日、同行者は何故か園芸部の後輩二人。今も鼻先にイイ匂いを届け続ける薄桃色の髪をした少女、麻月カエデ。エネルゲイアを得た人間の半分程が髪色を変化させると聞くが、この色は排出率が超絶に低い印象。

 

「……まさか、アオイちゃんの方が頼りになるとは、これも世の奥床しさか」

 

 園芸部その二、部長の速水アオイはハンドグレネードの安全ピンを口で引き抜き、小気味良い間隔でポンポンと投擲、空間を制圧していく。

 

 見慣れたオーバーオール姿にゴム長靴、頭だけは軍用のヘルメットという何だかわからん少年のような後ろ姿も、場の世界観崩壊に一役買っている。

 

「化け物かもしれんけど、赤黒いドロドロのゾンビが呻いてるだけって捉えればそうでもなくないか? まぁゾンビとは言っても、形状にそれぞれ若干の個性が見られるけど」

 

 麻月さんが死んでほしいレベルで嫌いな俺に引っ付く要因、跋扈する異形。人、動物、無機物型をした黒色の粘液集合体は、緩慢さと鋭敏さを不規則に混ぜ合わせながら、淑女の生理的嫌悪を煽り続ける。

 

「若干? 言葉は正しく使って。それに貴方だって、私に密着されて内心で得に思ってる。等価交換よ。細かく言えば、貴方に触れる気持ち悪さの分があるから、等価ではないけど……」

「くそ、ド美人め……」

 

 今のは炎上も全然あり得る発言だが、俺的には何も言い返せん。

 

「とにかくっ! 液状になった時のスピードで一気に距離を詰められた所を想像したら…………絶対に無理……」

「いや、ス〇ラだと思えば……」

 

「止めてっ! これ以上アレを何かと繋げないでっ!」

 

 ガチな悲鳴。それは、ふざけるのはよくないと思うレベルであった。

 

 入浴の際に見てみよう。食い込んだ指の後がくっきりと残ってるから。いずれにせよ、どうやら彼女は、束縛するタイプらしい。

 

「――シンっ! 西側の方は――っ……あ、麻月……さん? そんなのに抱き着くなら、私の近くにいた方が……安全よ……その、大丈夫。しっかり守ってあげるから。ねっ?」

 

 右方の階段から豪快にショートカットしてきたレイカが金髪を靡かせて近くに着地。その口調は優し気だが、鼻の下を伸ばしている俺への殺意が見て取れる。右手にデカいランチャー、左手に短機関銃というルックも、こちらへ与える恐怖を効果的に高めている。

 

 が、どうしても視線はその珍妙な眼鏡に吸い寄せられてしまう。

 

「……」

 

 もちろん表情に出すような失態はしない。

 

 アレはエイドスと呼ばれる特殊なアイテム『キミもアナタもパイナップル』。パイナップルを模したレンズ部分に真っ黄色のフレーム、その度なしグラサンを通せば、恐怖を抱く対象、害意を向けてくる相手が全てパイナップルに見えるという、何じゃそれ系の代物だ。

 

 ただ、今の彼女にとってアレ以上に必要なものは存在しない。

 

「……嫌です。桐島先輩では接近を許した際、明確な対処法がありません。この人なら、最悪囲まれたとしても全て吹き飛ばすことができます。私自身非常に不本意ですが、これが最適解です……」

 

 知的なセリフとへっぴり腰の落差がヤバい。

 

「まぁまぁまぁまぁ。思ったより穏やかな感じだから、また中原が復帰してから来れば問題ない。つまりもう引き揚げよう。このエリアの鳥居は?」

 

 どうやら、のじゃロリ事長の時間差凹みを見誤ったらしい。内心の気弱さと優しさから来る後悔の波には、まだ数日の時間を要すると見た。エリアを跨いでくる不届きなゾンビスライムもまだまだ少ない。

 

「っ……見つけた。一応、持ってきた地雷も設置済み。それで、すぐに戻るの?」

 

 運良く矛を収めてくれるレイカ。ちなみに、エリア構造は某ローグライクゲームのように来る度に変化し、エリアを超えるタイプの魔物は学園区画まで侵攻してくるシステムなため、タワーディフェンス要素もある。

 

「そうしたいんだけど、俺まだ撃破数1なんよ。今日はコレのモニターも兼ねてるから、もう少し使わないと、担当のお姉さんにキレられる」

 

 左半身は麻月さんにガッチリ拘束され、右手に握られているのは鳴海さんみたいなちょっと変わった警官が持っているのと同じ、コンパクトな警棒。

 

「それって、斑鳩のヤツよね? 私がお世話になってる部署と同じ所なの?」

「いや、別。途中で悲しくなって調べるの止めたけど、何か弱小なトコらしい」

 

「きっと需要の問題ね。棒を振り回して戦うなんて、文明が滅びた後な訳だし、予算が回らないのも無理ないわ」

 

「剣より銃。当然な話だな」

 

 斑鳩製薬を製薬会社と思っている子どもはいない。きっと皆ファミレスだと思ってるはず。手広くやり過ぎた挙句、企業名を変えるタイミングを逸したと直系一族である先輩から聞いたような。

 

 そして、レイカはその容姿と竹をぱっかんしたような性格で企業の方々の心を完全に奪っている。エネルゲイアと現代科学のドッキング研究、その一環としての銃器開発、レイカがもはや優秀なモニターという言葉では収まり切らない存在であることは、間違いないだろう。

 

「使い勝手はどうなの? 最初はきっと、身体能力強化とのリンクが安定しないはずだけど」

 

「さすが。ひのきのぼうなら、拳で殴った方が強いのが現実。ってことで、ちょっとおじさん、頼まれてる仕事があってさ。少しの間、あの南国なお姉さんに守ってもらって。なぁに大丈夫、彼女はいざという時のため、足首に液体窒素の上位互換みたいなブツを積んでるから、それでアイツらは氷像と化す」

 

「………………っ……」

「痛っつ」

 

 抗議の眼差しから諦め方向の納得、俺の首筋を捻り込むように抓り、麻月さんはレイカの方へ跳び退くと、その背中の後ろで縮こまる。まぁ、マコトのリアクションよりは幾分マシか。ただ、彼女も今後二度とこの区画に足を踏み入れることはないであろう。

 

「うっし、身軽。アオイちゃんっ! そのまま投げまくっててっ! 今見えてるの終わったら撤収するからっ!」

 

 野球選手真っ青な遠投を繰り返している頭部以外農家の娘ルックへ大声で話し掛ける。俺の決めつけかもしれんが、多くの人間が一方的に嫌う某虫、別名Gが無理な人はこの区画には来ない方がいい。そして農業好きは虫に慣れてそう。なのでこの子は平気なのかもしれない。

 

「あっ、えっ? ここって、まだエリア8、ですよね? いいんですか?」

 

 一旦投げる手を止め、アオイちゃんが振り返ると、今し方投擲した分でリズムよく続いていた爆発音が止まる。

 

「相方のSAN値と俺の理性が限界だ。まぁ予想が外れたっていうのが主だけど……とりあえず、テキトーに投げて援護よろしく」

 

 言いながら走り出す。枷から解き放たれたように前へ出る脚と全身を抜ける風が気持ちいい。エリア全体に漂う薄いお香の匂いも結構好き。

 

 迎撃圏外からの爆弾戦法にされるがままだった異形の群れは、俺の接近に反応し、気色悪い水音と挙動で排除行動へと移る。

 

「うっわぁ、キモいっ」

 

 横薙ぎの一振りで先頭の四足獣型を真っ二つに裂く。彼らに思考や感情が搭載されているのかは定かではないが、その見た目に反して物理で全然屠れる。

 

 攻撃手段も硬くなって体当たりか引っ付いて溶かしにくるかの二択、というか実質一択なため、囲まれなければ大した脅威ではない、と俺は捉えている。

 

「うん……普通に悪くないな」

 

 物理の伝わり方は、殴る蹴ると大差ない。長さも丁度良く、こういう直接触れたくない系や刃物を所持した手合いと対峙する際は欲しい一品ではある。

 

 水溜り状態から突き上げて飛び掛かってくる人型の三体を順番に殴り消す。霧散するように消滅してくれるおかげで、返り血のようにヘドロが付着することはないが、残り香として居座る異臭はどうにかしてほしい所。

 

 直感的に左方へ回り込むように接近したことで、アオイちゃんの援護は右の方へ。派手な爆発と揺れを背景に、次々と切り替わる目標の中心を標準に合わせ、異形共を捌いていく。

 

 回避と攻撃、適切な位置取りを最適な動きで行うことを意識し、細かい足運びの差異を試しながら立ち回る。

 

 有意義な修練は時間の長さのみに非ず。

 

 一つのチャレンジに工夫と反省を持たせ、積み重ねることで今よりも一歩先を目指す。

 

「っ……」

 

 今の一撃で目に映る魔物は一掃。倒した数は38。多いとは言えないが、諸般の事情ということで勘弁してもらおうと思った。

 

 いずれにせよ、エリアを跨ぐ個体が存在することは、理事長がストレスを感じている証拠ではある。つまり、当分は事後処理が続くと認識しておいた方がいいだろう。

 

 本日の収穫は、アオイちゃんが黄泉で機能してくれるのと、パイナップルグラサンがあればレイカも同行できるっていう事実と捉えておく。

 

「アオイちゃんっ! 撤収しようっ!」

「はいっ!」

 

 既に投擲を止めていた功労者に声を掛け、高く跳躍して雅なエリア全体を何となく見渡す。

 

「……うん」

 

 とりあえずはいいだろうと判断し、身に染み付いた月面な宙返りをかましつつ、パイナップルと桃のいる辺りへとテキトーに下りる。

 

「――なっ!」

 

 そこで着地狩りの如く、左右を力強く固められる。不意を打たれたこともあり、完全に対処が後手に回ってしまった。

 

「無理無理無理無理無理無理無理無理っ!」

「っ……っ……っ……っ……」

 

 左の麻月さんは過呼吸、右のレイカは何か無駄無駄無駄みたいになってる。

 

 身体能力強化の最高峰、火事場の馬鹿力的な駆動を発揮するのは真に結構なことだが、こんな非生産的な場面では意味を為さない。

 

「……ハァ……」

 

 そして、足元に転がっているのは、割れたパイナップル。全ては察せられた。

 つまりは、こういうことだ。

 

 

「そんなに震えんでも問題ないて兄弟?」

 

「アンタはその珍妙なグラサンあるからそない余裕かましとるんやろ? それウチにも貸してみぃや」

 

「そりゃあかんって――ちょっ! やめぇなっ! あかんあかんあかんっ! あかんてっ!」

 

「えぇから貸しぃやっ!」

 

 ドカンバキンボコン。

 

 

「……ハァ……」

 

 っていうかお前らよく見ろ。周りに敵はいないだろうが。ただ、そう言っても無駄無駄無駄なので、口に出すのは控えておく。

 

 随分と前倒しで発生した一年生によるクーデターを鎮め、可愛くも恐ろしい後輩の命を奪ってしまってから既に二日経ったが、事後処理の方が過酷を極めることは既に予定調和か。

 

「早く戻ってきてくれ、中原……」

 

 総合すれば、面倒事というヤツは中々途切れることはない、ということなのだろう。

 

 差し当たって俺は、美少女二人を肩に担いでとっととこのホラーハウスを出ることに決めた。

 

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