今日は日曜日。人によっては家族と過ごして英気を養う時間と位置付けられており、最も休日という意味合いが強い曜日であることは、幼い子どもでも割と早めに理解できるであろう。
そして世間はGW真っ只中、そつなくこなすお父さんは海外旅行という極上の家族サービスを提供しているかもしれないが、たまの外泊よりも毎週時間を作ってほしいと感じている子どもの方が、きっと親との心理的距離は近いのではないかと思われる。
「と、いうことで……今年度最初のイベントです」
『……』
スマホの中から仏頂面を向けるのは黒猫の少女。
「本来だったら一緒に参加してもらう予定だったというのに。まぁいつも通り、人生は思い通りにはならんって話だな。モニターの調子はどう?」
『良好です……』
「その言葉はもっと晴れやかに言えって……しゃーないやろ? あの時に、今殺り合ったら次のイベントに間に合わんって教えるのはルール違反だったし、どうせ問答無用だったし」
『後悔している訳ではありません。単に、こういった実戦的な場に参加できないことを残念に思っているだけです』
中原の復活までは後一日とちょっと。バトル大好きっ子としては無念な話だろう。
「とは言っても一応オリエンテーリングだ。バトルはメインじゃないから、今回は見学で楽しめ。俺んとこかレイカんとこに賭ければ配当ショボいかもしれんが多分当たるぞ」
『賭け事で大金を得ようという考えはありません。それより、レジスタンスの方も参加すると聞いたのですが』
「あぁ、メッセで名前と特徴、能力も送っとくから、興味があるならその視点で見るのもイイんじゃないか?」
『……能力の口外については、問題ないのですか?』
「そりゃ、言ってみれば学園内のお尋ね者だからな。ほら、ウォンテットみたいな感じ。そもそもマナー違反ってだけだし、全容を掴んでる訳でもない。例に漏れず、きっと細かいルールがある」
『そう、ですか。おそらく、その方々と先輩、レイカさんのチームを中心に観戦させていただくと思います』
「後は、一年生のチームもそこそこ出るみたいだから、ちょいちょい見てもいいかもな」
二、三、互いに軽口を重ねて通話を終了する。
デカいメインポータルには待機中の学生がそれぞれ距離を取って30名。快晴に見下ろされながら足元には分厚い雲が広がる。随分と非日常感が強い風景である。
「……この前の借りは、必ず返すから……」
「いやホント、気にしなくていいし、むしろ互いに忘れよう」
「全く以て同意見だよ。誰も麻月さんを責めたりはしないさ」
本日の運命共同体、少し棘が丸まった麻月さんと、誰よりも彼女に共感するマコト。俺への当たりを足して2で割りたい所。
「ありがとうございます、稀崎先輩……」
違和感はないことだが、何故俺には礼がない、とは言えないし言わない方がよろしい。
「『天空樹海』だったかしら……凄い区画ね……」
眼前に聳えて浮かぶ巨大な植物の集合体。そのシンプルな感想の中に、強い衝撃が窺える。
「見ての通りの広大さに加え、三次元的な要因が加わって中は更に迷いやすい。早さを競うとは言っても、慎重さも肝要となるだろうね」
生い茂る森を太い根が蔦状に覆っているようなヴィジュアルは、空飛ぶ石の力で浮かぶ不思議な城に近い何かを連想させる。まぁ城なんて文明的な要素は皆無なのだが。
「よぉ副会長様。一か月とちょっとじゃさすがに変わらねぇか」
「っ……」
陽気に話し掛けてきた大男に、麻月さんが警戒して距離を取る。
日本語しか喋れない日米ハーフ、モリスダイスケ。レインボーカラーは卒業したのか、金色短髪に落ち着いている。社交性と残虐性を共存させるレジスタンスの要注意人物。話が合わない訳ではないが、根元から仲良くするのは困難な相手だ。
「おぉお疲れ。っていうか、今の時点で聞いても何の意味もないんだけど、何故スレッジハンマー先輩が? 穂村姉はどうしたんだよ?」
「俺が知る訳ねぇだろ。大将と日課の奉仕活動じゃねぇのか」
「いやいやいや。ちゃんとブレーキ役を連れて来いよ……まぁ、集中狙いはないだろうけど、気を付けろよ」
「下らねぇ。こっちだって、殺さねぇ範囲でやるさ」
「だな。そういや、約一年振りの学園外生活はどう? 出稼ぎに来るレベルで貧困なのは察してるけど」
「雑魚しかいねぇよ。他人の目ぇしか気になんねぇのか、どうでもいいけどな。それよりよぉ、普通のバイトまで禁止されりゃ、食うに困るのも当たり前だろ。みみっちぃことして稼いでる野郎からむしり取る位、見逃しちゃくれないもんかねぇ」
雑魚云々に関しては、逆に調和が取れているとも言えるが、意見は人それぞれだ。
「世の中は信用で回ってるってことだ。むしるのは、その大将が認めたら構わんけど、隠れてやっても、どうせバレるぞ」
「言ってみただけだっつーの。ったく、姫さんは常に腹空かして機嫌悪りぃし、難儀なもんさ」
「……今度米持ってく。後さぁ、掘り返す気はないんだけど、勝手に外国のカジノ行って出禁喰らったってヤツ。結局儲けは没収されたのか?」
「大将に見つかっちまったからなぁ。国に全部抜かれちまったよ。カウンティングは冴えてたんだけどな。結局、ステーキをたらふく食えただけさ」
駄目だ。法を犯すことに抵抗のない人間に何を説いても、道徳の教科書未満だ。
「……そっちも、一か月位じゃ変わらないよな。大丈夫か? あんまりヒカリの前でチャレンジングな言動はしない方がいいぞ」
何たって冗談が全く通じないからねぇ。
「……そのアドバイスは、一か月前に欲しかったな。ほらよ。ちょっと弄ったら穴だらけだぜ」
こいつ以外だと成立しづらい真っ赤な革ジャン、その下のタンクトップを捲ると、ミイラみたいに包帯が巻かれている。
「普通に血ぃ滲んでるやん……笑顔で見せるもんじゃないって……後で一緒に、佐藤先輩んとこ行くか? 今日ならフリーだし」
「何言ってんだ? お前の施しなんざ受ける訳ねぇだろ」
ナチュラルに申し出を拒否ると、モリスはチームメンバーの方へと戻っていく。考えるまでもなく、他の二人に話し掛けるという選択肢は表示されない。
「……意外ね。別に生き返るんだから殺せばいい、みたいなこと言いそうな顔だったけど」
「そりゃ、命の重みは変わらんよ。とにかく、あの三人は避けた方が無難だな」
「避けれるなら避けよう。ただ、そうもいかない場合も想定するべきかもしれないが」
とりあえず、まだもう少し時間がありそうだ。きっと、運営サイドがのんびりやってんだろう。
「そういえば、レジスタンスの面子とコンタクト取ったなら、あの三人とも話した?」
「……違うと思う。雰囲気が話した印象と合わないわ」
言葉は推量だが、態度は確信といった様子。
「ちなみに、今のが二年のモリス。パンクファッションに加えてハンマー持ってんのが三年の一宮先輩、その横の暗そうなのが二年の織田島。当然だけど、三人共強いしヤバい」
後で穂村姉に抗議のメッセを送ることは既に決定的である。
「……稀崎先輩」
「何だい?」
「稀崎先輩から見て、この男は学園で何番目に強いと思いますか?」
「はっ?」
何でまたそんな中原みたいな質問を。
「それは……難しい質問だ。私自身が強さを評価できる程の位置にはいないからね。ただ……シン、トップテンは……いくらキミでも難しいのではないだろうか?」
「……」
「うん、難しいね。そういえば、俺らも一年の時はそういうランキングに結構興味あった気がするな」
何となく、中原も麻月さんも、夏が終わる頃にはあんまり話題に出さなくなるように思える。
「――ちょっとアンタ、何で一宮先輩がいるのよ……穂村が来るんじゃなかったの?」
「そのやり取りは先程終了した。文句を言っても始まらんから、前を向いて頑張ろう」
予測ど真ん中を抜いてきたレイカの言葉に、俺なりの正論で応じてみる。
「はっ? 何勝手に納得してんのよ。外の連中との調整はアンタの役目でしょ?」
やはり駄目か。
このやり取りは何度ロードを繰り返しても文句を言われる流れに収束してしまうだろう。
「……にしても、一宮先輩また髪の色変えたんだな」
黒のジャケットにダメージタイツ、短く切り揃えられた緑色の髪は余りにも目立つ。ヘアカラーの代金を食費に当てるべきだと思うが、そもそも彼らとは価値観が相容れない。
「赤、青と来て緑……つまり次は黄色? でも黄色って髪の色だと金髪になるのか? 失敗した金髪が黄色に見える――っ!」
距離は約30メートル。視線を固定させていた女性の後ろ姿が消失した瞬間、後方へ跳び退く。
「――ぅおあっ!」
鼻先に掛かる風と盛大な打撃音に肝が冷える。
「「……」」
「っ……」
レイカとマコトは無言。麻月さんは困惑して息を吞む。
場の誰もが、スレッジハンマーを叩き付けたパンキッシュな女性に目を向けていた。
「……ちっ」
睨むように一瞥をよこし、スレッジハンマー先輩は先程の位置へと去る。
「……相変わらず、恨まれてるわね」
「純然たる逆恨みな上に手打ちは済んでるんだけどな……」
「……今の、全く見えなかったんだけど」
「そりゃまぁ、ワープだし、見えたらそれこそ能力だろ」
ワープの軌道を見る能力。多分意味はない。
「一年生のチームには、少し伝えておいた方がよいかもしれないね」
「軟な人は参加してないと思うけど、そうね」
そう言って、ルームメイトコンビは注意喚起へと旅立つ。今は、小言が回避できたことを喜ぶべきかもしれない。
「……」
そしてポータルの隅で存在感を消しているのは庶務小林。内心で俺に文句を言いたくて言いたくてもうどうしようもないのは間違いないが、巻き込まれるのを恐れて距離を取っている様子。これも中原不在のシワ寄せである。
「ま、危険はあっても安全なイベントだし、楽しんでいこう」
「さっき頭を割られかけた人間のセリフじゃないわ……」
麻月さんはどうやら、近くにアオイちゃんがいなければ割と常識人枠に収まるのかもしれない。確かに、ヤンデレの人って好きな人がいない時は割と堅実な人生送ってそうな気はしないでもない今日この頃。