この学園に行事はない。
教育機関としての必要な運営は学園側で行われているが、そういった最低限の部分を除けば、学生会が執行機関として機能している。
高等学校がどのような仕組みで成り立っているのか、特に興味がある訳ではないものの、多くの高校で取り入れられているクラス制がなく、授業に関しても大学に近い選択制を採用しているため、行事が存在しないことについて、疑問は薄い。
また個人的にも、学校行事に思い入れがある方ではないため、残念というよりは面倒がなくて助かると捉えている所だが、カリキュラムの充実から、自身の関心に従って時間を使う学生が多いことも、こういった流れを形作った要因なのかもしれない。
そんな中で、学園には学生会によって執り行われる参加自由のイベントが行事の代わりに存在するとのこと。そしてそれは、授業の妨げにならないよう、土日祝日に行われ、その仕組みは学生全体の支持を受けている。
「……」
五月二日、日曜日。本日は今年度新入生にとって初めてのイベント、オリエンテーリングが実施されている。私は、諸般の事情で参加することはできない。
『天空樹海』と呼ばれるイベント専用の特殊な区画で催されるそれは、三人一組となってそれぞれが赤、青、緑のランプが備えられたビーコンを与えられ、最も早くチェックポイントとなる三地点に到達したチームが優勝、大量のポイントと副賞が与えられる。
尚、参加者を殺害してしまうとリタイア扱いとなってしまうが、戦闘行為そのものは禁止されている訳ではなく、その時点において、観るよりも出た方が楽しめそうな催しであると捉えられる。
三色の明かりを点灯させる小型のビーコンは、X軸、Y軸、ダミーの三種類がチームメンバーへランダムに割り当てられており、その反応の強弱を便りに各色のチェックポイントを見つけることが基本的な勝ち筋であるとのことだが、他の9チームを全て戦闘不能に追い込んだ方が手っ取り早いとも受け取れる。
加えて、『天空樹海』では身体能力強化に大きな制限が掛けられており、普段のように大きな跳躍を用いての移動はできず、戦闘においてもエネルゲイアの性質がより勝敗を左右すると考えられる。
先輩曰く、自分のエネルゲイアである身体能力強化は制限されないため、出場できればかなり有利な要素になるとの話だったが、当然耳にした時には後の祭りであった。
「もうそろそろ始まるみたいだね」
私の座る布団の真横に座布団を敷いて観戦しているのはルームメイトの佐藤さん。話の流れで、今日は一緒にオリエンテーリングを観ることとなった。気を遣ってくれているのか、座布団の下にレジャーシートを敷き、その上にはポップコーンと飲み物。私以上に観戦を楽しむ姿勢が見て取れる。
「はい。誰か、観たい視点の人はいますか?」
仕組みはほとんど理解していないが、現地では物理的なカメラが用いられている訳でもなく、画面に映る映像は、適切な角度と音量がワンタッチで切り替えられる。少なくとも、出場チームが待機する広いメインポータルの映像が、既に映画を凌ぐ臨場感なのは間違いない。
「えっ? 多分、レイカ先輩の視点だと興奮し過ぎちゃうと思うし、でもサヤちゃんは、太刀川先輩の視点で観るんじゃないの?」
「そうですね。それを基本にして、レイカさんのチームと、それと、レジスタンスの方の視点も見ておこうと思っています」
「レジスタンス? えっ? 正義の味方みたいなチームがいるの? ちょっと見たいかも……」
「レジスタンスという言葉に正義や味方という意味はありませんが、学園内ではその逆と認識されている方々なようで、非常に高い戦闘能力を有しているそうです」
先輩からのメッセを見る限り、今日このイベントのため学園に戻ってきている三人は、例外なく強力なエネルゲイアを持っている。
「あー、サヤちゃん向けの人達なんだね。でも確かに、凄いエネルゲイアなら見てみたいかも。でも、正義の味方の逆な人達が、こういうイベントに出ても平気なの?」
「それは、問題ないかと。というのも――」
「――はぁい皆様っ! 大変長らくお待たせいたしましたぁっ! 万事準備が整ったということで、今年度第一発目のビックイベントっ! 天津神学園スペシャルオリエンテーリングが、まもなく開始されますっ! チーム毎の視点も開放されますので、ベットした御贔屓のチームを是非熱烈に応援して下さいっ!」
陽気な男性アナウンスがイベント開始間近を伝える。自動的に切り替えられた映像には、知っている顔も並んでいる。
「実況は私、放送部部長の御手洗ケイジロウが務めさせていただきます。そして、役割は解説としながらも、基本的には好きに喋っていただきますのは……こちらっ」
「学生会書記の阿僧祇リゥと――」
「――二年の碓氷ミオです。よろしく」
「――この二人が見張っているので、万が一もないとのことです」
「っ……何か、阿僧祇先輩見ると、ちょっとビクッとしちゃうよね……」
また、レジスタンスの方々はどういう訳か金銭的苦境に立たされているとの話で、今回も命乞いに近い形で仕方なくイベント参加が認められたと稀崎先輩から聞いていた。だとすれば、死亡者が出るような展開にもならないことが予想される。
「こちらはその都度最もヒートアップしていると思われる視点に合わせて勝手に実況していきます。この実況席が一応のメイン視点となりますが、皆さんもそれぞれマイペースに楽しんでいただければって話です」
画面表示を見る限り、視点はこのメインとやらを含めて全十一チャンネルが切替可能な様子。
「はいっ! 開始の合図と同時に参加チームはメインポータルからランダムな地点へ転移されてゲームスタートとなります。それでは皆さんご一緒にっ! 3っ! 2っ! 1っ! スターット!」
ポータルに立っている参加者の周囲が光り、一瞬で全員が姿を消す。差し当たって、先輩のチームにチャンネルを合わせてみる。
「おぉ、ちょっとした湿気。樹海に来た感じがするなぁ。二人共、ビーコンは?」
「私の方は、三色全て反応がないね」
「私も同じ」
三人がそれぞれ片手に収まるサイズのビーコンを見せ合う。この時点で映像も声の聞こえ方も完全に映画のそれであり、見慣れた三人が少し違って感じられる。
「でも、麻月さんがこういうイベントに参加するって、少し意外だったなぁ」
「細かい所までは聞きませんでしたが、ポイントが必要らしく、メンバーを探していた先輩としても、お互いに利害が一致したようです」
麻月さんは二、三年生にも顔が知られているようで、先のクーデターにおいても、多くの学生は操られていたと認識しているので、学生会の枠から参加することも特に咎められるような展開にはならなかったと聞いた。
関連して、速水さんの方もエネルゲイアの暴走という形で伝えられてはいるが、当人の罪悪感もあり、少なくとも当分の間は学生会と関わるつもりはないとのことだった。
「俺も無反応だから、まさかのノーヒントスタートか……とりあえず、向こうの方に火を放って、逆サイの方へ進んでみる?」
開始早々に険呑なことを言い出す先輩だが、他チームの妨害としては悪くない一手だと思われる。
「貴方……本当に副会長なの? この規模の森林に火を付けたら、最悪消火し切れない場合も考えられるわよ」
「いやまぁ、だからこそ有効なんだけど。根っこの感じからして、俺らの現在地はちょっと下側の隅だと思うし、ビーコンが無反応ならポイントは結構遠い」
「それについては同意見だ。つまり、火事を起こすのは確かに有効だね。我々は何の用意も必要とせずに麻月さんの能力で火が生み出せる。アドバンテージは活かしてこそ……だが、どうやら麻月さんはこの自然を焼き払うことに、強い抵抗があるようだ」
「あ、そっか。園芸部だもんな。流儀に反する、か……」
「えっ? 別に……」
「潮干狩り部の佐々木主将も、海の恵を積極的に採取した上で、自然保護の意識は非常に高いと聞き及んでいる。ここは、王道を以て勝利を目指すべきかもしれないね」
「なるほどな」
「あんな変人と一緒にしないで下さい……」
どういう訳か、会話は無関係の佐々木君がディスられる結果に落ち着いた。
「……」
チャンネルをレイカさんのチームへ合わせてみる。
「――初っ端、向こうでやり合ってる。漁夫りに行きましょ。小林さん、根っこから、そっち側の索敵お願い」
「えぇ……レイカさん、そんなゲームみたいな……それに、積極的に戦うルールじゃないと思うんだけど……」
好戦的なレイカさんと厭戦的な小林先輩。どちらに決定権があるのかは、言うまでもないだろう。
「私達学生会チームの役目はゲームを盛り上げることよ。大体、ビーコンとにらめっこしながら位置探すの見てもエンタメ性低いでしょ? それで、そっち側はどう? 新海君はいつでもイケるわよね?」
オリエンテーリングの性質をある種完全否定しながら、レイカさんは張り巡らされた根に腰を下ろすと、背中のケースを下ろして開く。
「もちろんさ。今日っ! この拳は貴女のためだけにある……二人の共同作業……新たなページが刻まれる……あみだくじによって結ばれた縁……優勝はもはや、約束されたようなものだね」
「えぇそうね。小林さん、そっちは?」
新海先輩に塩対応を投げながら、レイカさんは既にケースから出したスナイパーライフルを組み立て終わった様子。
「女スナイパー……完全にハリウッド女優だよね……」
佐藤さんが早くもトランスし掛けているが、私にはどうすることもできない事象である。
「……振動も含めて、近くに人間の反応はなし……です」
「出るわ。新海君、先行して」
「はぁぁぁあああああああああああああああっ!」
耳障りな雄叫びを上げながら、新海先輩は飛び降りるように根っこの坂を下っていく。絵面としては、ゲレンデの大事故に近いか。
「おぉっと、ここで桐島レイカ率いる学生会チームBが乱入かっ! 二年の新海選手が物凄い勢いで接近していきますっ!」
メイン視点と重なったのか、雰囲気は映画から一転、スポーツ中継のそれへと切り替わる。
先に交戦していたのはどうやら一年生チームと件のレジスタンス。現実離れした空間、大木の太い枝や葉が複雑に絡み合うことで形成されている開けた足場の上では、一年生側の男女二人が蹲っており、大勢は決しているようにも見える。
「はぁぁあああああっ! サンダーっ! パーンチっ!」
叫びの後に閃光。
右ストレート、新海先輩の突き出した拳から生じた電撃が周囲に広がる。
「だりぃなぁ……っ! ちぃ……桐島か。面倒くせぇ……」
一年生の二人は感電により意識を消失、他の四人はそれぞれ後方へ跳び、難を逃れたと見える。
「出たぁっ! 新海選手のサンダーパンチだぁっ! そして電撃を躱したモリス選手を桐島選手のスナイプが追撃っ!」
「斑鳩製薬特製の殺傷弾なら今ので決まっていたのに、桐島さんは優しいわね」
「まぁイベントだしね」
解説席の碓氷先輩と阿僧祇先輩は、何故かふぐ刺しをつついて談笑している。
「いきなり連中とかち合うなんて、こんなことなら実弾込めておくんだったわね……小林さん、一宮先輩が消えたら叫んで。それと、新海君がやられたら逃げるから、退路も考えておいて」
「迷いが無さ過ぎる……やっぱり太刀川君のチームにしてもらえばよかった……」
レジスタンスチームは大柄のモリス先輩を遮蔽に一宮先輩、織田島先輩が隠れ、その間にレイカさんは更に4発、モリス先輩の胴体に着弾させている。
「サンダーっ! パーンチっ!」
「――ぐっ」
そしてミドルレンジからは新海先輩の電撃。頭部と首は丸太のように太い両腕により守られているが、完全に防戦一方となっている。
「サンダーっ! パーンチっ!」
「ちぃっ……」
「サンダーっ! パーンチっ!」
「っ……」
「サンダーっ! パーンチっ!」
「……」
「サンダーっ! パーンチっ!」
「パンチだけなの……」
たまらず佐藤さんが呟くが、新海先輩のエネルゲイアはサンダーパンチと発して突きを放つと電撃が出せるという内容であるため、純粋にこれが仕様である。
「蛇か何かかしらね……成分が中和されてる。ある程度のダメージにはなってるはずだけど。小林さん、電気が全く通らない動物って、知ってる?」
「……モリスダイスケの能力だよね。バクテリアって動物に入るのかな? 少なくとも、あれだけ当たってて動いてるってことは、効いてないんだと思う」
「まるで耐久動画を観させられているようですっ! 繰り出されたサンダーパンチは二桁を超えたかぁっ!」
「この上なくワンパターンではあるけれど、対処法がないと普通に詰むわよね。あれ」
「電気の軌道に結構ムラがあるから、正面から突っ込んで殴り倒すのがエコな対処かもね」
どう考えても自殺行為だが、彼女なら可能な方法なのだろう。多くの話から得た情報なので確度は高いと思われるが、阿僧祇先輩はエネルゲイアを使わなくても、その戦闘能力は常軌を逸して高いとのこと。
「サンダ――っ! 何っ?」
「痛ぇ……あの女……ダル過ぎんだろ……折角満腹で気分が良かったってのに」
モリス先輩の左腕が不自然に撓り、高速で伸びて新海先輩へ回り込んで迫るも、残り数センチという所で動きを止める。いつの間にか手から成り代わっていた大蛇の右目に、弾丸が突き刺さっている。
「おいカスミさんよぉ、あのスナイパー野郎の顔面、ちょっとかち割って来てくれねぇか?」
「無理。凄い警戒されてる」
「……殴りに来ないわね。あのド陰キャパンク女、ピアスの穴を何個か増やしてやろうと思ったんだけど」
「怖っ……」
モリスダイスケ。エネルゲイアは身体の任意の部位を獣化させる。変化させる部位の広さ、強靭さに応じて負担が変わる。フィジカルのタフさがあって初めて強力な力となる。
一宮カスミ。エネルゲイアは見えている所ならどこでもスレッジハンマーで殴れる。つまりワープ殴り。トワイライトだとそれに透視も加わる。
先輩が言っていた通り、送られてきた内容では不十分であると考えられるが、私から見れば強力なエネルゲイアであることは揺るがない。
「知ってるか? 海の底には電気をエネルギーに変えるキモい生物がいるんだぜ。何にせよ、これからは腹が減ったらてめぇを頼ればいいって話だなぁ? 新海」
「なるほど。腹を満たしてやれたというのなら悪い気はしない。何なら、胃袋が千切れるまで食わせてやっても構わないが?」
「おいおい止めとけよナルシスト野郎。てめぇのショボいパンチは効かねぇって教えてやってんだよ」
「ふっ、これはキャラ付けだ。現実にこのような喋り方をする人間などいる訳がなかろう。故に、僕はナルシストではない。勘違いしないでもらおう」
「……いや、稀崎がいるじゃねぇか」
「あの人は奇跡的な存在だ。それに、彼女はナルシズムから一等遠い」
「「――っ」」
レイカさんが振りかぶって投擲した球体が、会話を遮るように二人の間へと落ち、爆ぜる。あれも提供品なのか、橋口先輩を思い出させる煙幕だった。
「新海君っ! 適当に逃げて合流っ! 小林さん、先行して」
「待ってましたぁっ!」
食い気味に応じて走り出す小林先輩。彼女のエネルゲイアは触れたものを透過させて感じることができる、というように聞いたが、少なくとも、直接の戦闘能力を持たないであの場にいるのは、人によっては恐怖なのかもしれない。
「……先輩の視点に戻ってもいいですか?」
「うん? あ、大丈夫だよ。どんどん回しちゃって。多分どの視点観てても新鮮だと思うし」
レイカさんのライブを視聴している時も凄い集中力ではあるが、佐藤さんの没入力はあらゆる映像に対して発揮されるのかもしれない。
そんなことを感じながら、私はマウスをクリックし、視点を移動させた。