廃墟、それは浪漫。
朽ちた建造物を浸食する自然、人間の存在した痕跡が場に染み込ませる哀愁、日の巡りによる光と影が生み出す幻想的な風景、今はもう失われてしまった秘密基地への憧憬、時に足りない何かを満たしてくれる。
それが廃墟。
流行りも美術品の値段も、何か偉い人が好みで決めてる側面があるらしい。廃墟だって、芸術家が価値を見出せば意味のあるものとなる。まぁ知らんけど。
「………………」
刃物を用いる際、油断は禁物とは言え、手癖が勝手に進めてくれるのもまた事実。
人参は大き目、玉ねぎは親の仇の如くみじん切り、肉は高めの鶏モモにしたが、やはり鶏なので大した値段にはならない。玉ねぎを炒め倒し、鶏肉を投入、焼き色が付いたら返し、人参をぞんざいに落とす。ペットボトルに入った水を適当に注ぎ、煮立ったら携帯コンロの火を弱火に設定して放置する。
「よし、95パー終了した」
付けておいた炊飯器の残り時間は20分を切っている。
「何でカレーなんだよ……」
コンパクトな一人用テントに軟禁状態の狂犬が文句を言っているが、気にする必要はないだろう。
「この三人の好きな食べ物総合値で第一位だからに決まってるだろ。しかも、今回は大手四社の叡智が詰まっている。普通のレベルで美味いことは確定的だ」
崩壊した建物群の中、奇跡的なバランスで倒壊を免れているビルの上層、その一室には壁も屋根もなく、コンクリートで作られた舞台のような空間は遠く海を一望でき、大分前からナギの根城となっている。奇跡のついでにここはシャワー室と洗面所、トイレまで機能しているし、正直、結構居心地はいい。
「てめぇまた勝手に物増やすんじゃねぇよ……ったく……おっ、月見酒、5点」
「くぅ……何故毎回貴様に盃がいく……」
花札をプレイ中のナギと理事長。ねねさんは完全にオフモードであり、和服ではなくジャージな上、ぱっつんな前髪はうっとおしいと言ってゴムで留めている。
「縮まった?」
「くぅ……これから縮まるんじゃ。よく見ておけ」
完全なる負けフラグ。差は30点まで開いている。ここからひっくり返った例はあまり見たことがない。しかもナギはあんなに直情的なのにギャンブル系はめっぽう強い。
「……」
何とか表面上は治まったと思いたいが、責任感の強い人間は自責の念が人一倍強い。
理事長の目測がそこそこなレベルでズレていたために起きた魔王襲来。結果的にその犠牲となったナギに対し、理事長は大層心を痛めていた。そしてもちろん、ナギの方は全く気にしていないし、しおらしくされる方がむしろうっとおしく感じるタイプの人間だ。
もう普通なら召されている位に大人なんだからと任せていたが、結局この区画を徘徊するだけで話し掛けることもできない。気配を察知していた様子のナギもテントから出られない。なので、諸々の流れで今は三人で飯を食う感じに行き着いている。
ちなみにナギのリスポーンまでは後三時間ちょっと、中原は二時間を切った位か。
「後4ゲームか。言うて次に10点位取れば全然ある……まぁだとしても、最速の役でまとめていくしかないっすね。次取られたら終わりだし」
「へっ、雑魚が二匹で知恵出し合ったって雑魚は変わらねぇぞ」
テントの前には小さな卓袱台とクッション性の高い座布団が二つ。何だかんだでもう一時間半遊んでいる。というか、ナギは結構子どもに優しい。もちろん、見た目は子ども、頭脳は老いぼれだが。そういえば、何気にボケてないの凄いと思う。
結局、雑魚が二匹で知恵を出し合って雑魚で終わった。しかも残り3ゲームからは明らかに忖度してくれていたが、我々はカス札地獄に沈み、大量点を取ることは叶わなかった。
それでも時間的には非常に区切りが良く、俺は既に四種類のカレー粉を投下して混ぜ、理事長はカレー皿に炊き立てご飯を盛っている。
「あ、ナギ、ラッシー飲む?」
「飲む」
「マンゴーとストロベリー」
「マンゴーに決まってんだろ」
「知ってる。理事長もマンゴーっしょ?」
「当然じゃ」
カレー区画で購入してきた瓶を卓袱台に置き、その内の一つをナギに手渡す。
「てめぇはアイスも毎回イチゴだよな……いや、チョコレートもイチゴだったか」
「イチゴミルクな? 酸っぱいヤツは別に好きじゃない」
「よりうぜぇ……」
現在時刻は六時半、完成したカレーを贅沢にかけ、かなり早い朝飯の準備が整う。
「ではいただきます、っと…………うん……」
「美味じゃ……」
「っ…………」
カジュアルにクソ美味い。
これこそ、家カレーの最高峰。
ポイントはやはり、玉ねぎを先に十分炒めることと、市販のルーを複数使用したことだろうか。まぁやってることは完全にマコトのパクリなのだが。
「おい……何で、じゃがいもが入ってねぇんだよ?」
「いやいや。お前カレーのじゃがいも嫌いやん」
「っ……んなこと言ってねぇよ」
ガツガツ食いながらも文句は止めないナギ。つまり通常運転。
「言わなくてもわかるだろ……カレー食う時、発掘するみたいに全てのじゃがいもを口に突っ込んでから、落ち着いて食い始めるだろ?」
「ほぅ、儂もピーマンやセロリは先に食べるか捨てるかするが、不思議なことでもあるまい」
捨てんのは駄目だって。
「っ……てめぇだって牛丼食う時同じように玉ねぎ片付けるだろーがっ」
「だから一緒やて。っていうかたまにナチュラルネギだくになってて、普通にキレそうになんだよなぁ……ちなみに俺は、カレーのじゃがいもに思い入れは全くない。というかむしろ、煮崩れして細かくなってるのは普通に嫌いな部類に入るし」
「儂は肉があれば文句は言わん」
そして、ギャーギャー言いながら三人共二度おかわりをしつつまったりとカレーを完食。ナギもまぁ普通に食う方だが、今はリスポ待ちだし、姉に比べれば全然小食と言えるだろう。
「――毎日こんな感じだったら言うことないんだけどなぁ……」
「むぅ……それ、は……迷惑を掛ける……」
「おいてめぇ、また面倒なこと言うんじゃねぇよ」
片付けも完了し、ぐだぐだタイムも終盤に差し掛かると、逃れ難き堕落欲求が心の中心に猛攻撃を仕掛けてくる。
「大丈夫大丈夫。どうせこれから事に当たるんだから。ねねさんだってわかってるし、もう迷惑なんて感じる段階は過ぎて久しい。存分に後悔タイムへ入っていただく」
「くぅ……この小童がぁ……」
「あぁん? だったら何でアホ面突き合わせてカレーなんぞ食ったんだよ?」
「そんなの、自分で作ったカレーが食いたかったからに決まってるだろ」
たまに食べたくなる自作の味。しかし単独で試みると必然的にカレー地獄に襲われてしまう。
「はっ、そうかよ」
食後で機嫌の良いナギは鼻で一笑してテントの中で寝転がる。リスポーン間のコスは意外なことにシンプルなTシャツと短パン、中原のケースみたくおふざけする余裕が管理者の深層心理になかったのであろう。
「ナギは、何かあんの? さすがにひきこもるのは飽きただろ?」
「そうだな。肩慣らしに、黄泉の奥で一暴れしてから……後はなりゆきだ」
本音なんだろうが、行為的には完全に理事長を助けるムーブであり、さすがのナチュラルツンデレである。ということは、黄泉の方は多少顔を出すとして、ナギと修行部と酔狂な一般学生に任せておけば何とかなりそうだ。
「うん? おっ、噂をすれば」
「あん?」
寝っ転がってるナギの方に、スマホの通知を向ける。
「……役職特権ってヤツか。気が抜けて緩んだタイミングって話か」
「ぬっ? 何じゃ、似たような顔を向けおって」
二本目のマンゴーラッシーをちびちびと傾けているねねさんにも、わかりやすく情報を提示してあげる。
通知の内容は特殊な新区画の発生。一般的な区画は全学生のスマホに一斉で共有されるが、今回のようなものは学生会の限られた面子に送信され、その判断によって情報が扱われる。とりあえず一般公開をタップしてしまう。やる気があるなら誰か何とかしてくれ。
「……儂は知らん……」
「無人島区画たぁ、一人でメソメソ凹みてぇって腹かぁ? 細けぇことを気にするヤツは一々難儀なもんだぜ」
確かにそう考えると、ナギの毎日には羨ましい要素は結構あったりする。あれだけの腕があれば完全不登校でもポイントに困ることはないだろうし。
「まぁでも、島は普通に好きだし、悪くはないかな。もっと鬱屈とした場所を想定してたし」
「あぁん? 昨日のバトロワは島みてぇなもんだろ?」
「いやいやあんなのは島じゃねぇから……海ないし浮いてるし、樹海と言いつつ根っこの主張が激しいし」
「……そういや、てめぇんとこが優勝だったな。主催者の分際で五十万も懐に入れやがって、何か土産はねぇのかよ?」
「そりゃもちろん……っと、これをどうぞ」
「うん? 何だよわかってんじゃねぇかよ。それで、残りの7万はどうすんだよ?」
渡したのは副賞の大人気、肉区画限定ポイント3万。古風なペラ紙は直接渡してもいいし、スマホにポイントをチャージしてもよい。
「何気に副賞の内容まで知ってんのな……残りは麻月さんを励ます会に使うらしい。どういう訳か、俺は出席を許されないらしいんだけど」
まぁもちろん、どういう訳かも何も、彼女を励まさなければならない状況の生みの親であるためだと思われるが。正直、復活されてしまうと俺への復讐を実行しそうだから、しばらく大人しくしていてほしい気もしないでもない。
「ま、アレは黒セーラーと違って狂っちゃいねぇんだよ。あんまり巻き込まねぇ方がいい。足手まといになる」
「確かに、ちょっと見誤ったな。普通にメンタル強者だと思ってたわ」
ファーストコンタクトが通常のものではなかったことも災いしたっぽいな。
「あ、理事長は、コレ」
こっちも物は不要系女子なので、羊羹を上げることにする。
「むっ、おぉっ! 良いのかっ! 頑張った時のご褒美ではないのか?」
「おい、こっちにも寄越せよ」
ま、そりゃそうなので素直に渡す。
「っ……そうだ。この前姉貴が言ってたんだけどよぉ、こいつのせいで死にかけたって」
「はっ? どんな事件だよ……餅を喉に詰まらす感じのやつか」
スティック羊羹が人を殺す。響き的には、まんじゅうこわいみたいな話だろうか。
「もしそうならもう手の施しようもねぇが、何でも欧陽に殺されかけたとか。ダル過ぎて途中で切っちまったが」
二口で流し込むナギ。対照的にねねさんはリスみたいな絵面でちょっとずつ頬張っている。どっちも普通に食えって。
「あー、なるほど……あいつ、二つとも食ったんだな。食べ物の恨みは恐ろしいって言うけど、ヒカリの軽いツッコミは常人なら致命傷だし」
「胃袋が本体みたいなヤツに食料の引き渡しを頼んだてめぇの落ち度だな」
実の姉に何という言い草、とは思わない。
「……そろそろ、中原カウントダウンの時間が迫るか。適当な所でクラッカーを買っていかねばならんな」
時間は基本、足早に過ぎてしまう。何もできず、ただ苦しいと感じる時間だけが、ゆっくりと流れる。ホントに止めてほしい。
「何で俺の方が先に死んだのに蘇んのはアイツが先なんだよ……」
「個体差、というヤツじゃな。それでも、主らは並の者と比べれば早い方じゃ」
俺の知る限りでも、120時間切ってるのは早い方だと思う。個体差の中身についてはよくわからないが。
二人はこいこい第二戦を始める様子。人がしてるとやりたくなるというよくある衝動を泣く泣く抑え、俺はやや離れた廃墟区画のメインポータルへと向かった。