トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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後輩を拾って無人島へ

 朝露が葉を湿らせる匂いと幻想的な風景から一転、学生会館に入るとまた現実世界に戻ってきたような感覚だが、ここだって通常なら現実と捉えちゃいけない魔窟であることを忘れてはならないであろう。

 

 祝日の超早朝にここへ足を運ぶ者などいない。誰とすれ違うこともなく、目的地の四階、学生会長室まで辿り着く。

 

「――ご足労いただき、ありがとうございます」

 

 慣れたやり取りを経て、歓待され、炬燵にインする。この部屋は時が停止しているように年中気温が変わらなくなったとの話で、春夏秋冬炬燵が確定したという意味で受け取っている。特に不満はない。

 

 出されたのは熱々でシンプルに美味い緑茶。とりあえず一口啜る。

 

「今月は既に昨日、オリエンテーリング大会が無事終了しました。後は、夏に向けてのんびりという時期になりますが、例によって今日から理事長方面の対応に当たる予定です」

 

「はい。そういえば、優勝おめでとうございます。後で寝る前に、録画を拝見させていただきますね」

 

「あー、いや、あんま見なくていいかもなんですけど……まぁ……」

 

 会長様の無垢な瞳が刺さるが、時既に遅いので気にしてもしょうがない。

 

 本日は月頭の打合せ。特に決めている訳ではないが、暗黙の了解で成り立っている。

 

「現時点で指示はありませんが、引き続き、なるべく中原さんと行動を共にして下さい」

「はい。この後合流します」

 

「それと、キキョウ様の揺らぎの件ですが……また、いつも通りで大変申し訳ないのですが、十分に注意していただければと思います……」

 

 律儀にねねさんの戯れに付き合う所、余計な情報を与えることを危惧した結果の罪悪感、普段通りの優しい会長である。

 

「はい。十分注意して当たります。後……5分位、いても大丈夫ですか?」

 

 そうさせてもらえれば、中原復活のタイミングに丁度いい。

 

「もちろんです。あの……穂村ナギさんは、どうでしたでしょうか?」

 

 やはりこの御方も気にされていたようだ。

 

「少なくとも、ついさっきの時点では、それなりに機嫌は良かったですね。後は……彼女は気にされることを嫌います。なので、頑張って気にしないようにするのが一番だと思います」

 

 そもそも、ナギは会長のことを直接は知らない。それこそ、結構なレベルで気にすることじゃない。ナギの死に会長が責任を感じてたら、もう責任を感じる範囲が広過ぎて俺なら禿げる。

 

「そう、ですか……いつか、お会いできればと思ってはいるのですが…………はい。気にしないように頑張りますっ」

 

「……」

 

 真面目な人は、自罰的な人が多い。

 

 自罰的だと凹むことも多いし、気にしない方がよいこともついつい気になってしまう。

 

 適切な休養を取るのも苦手だ。頑張って休む、頑張って気にしないようにする。何だか字面に矛盾を感じる。

 

 

 とは言え、こっちはこっちでおいしいお茶を楽しませてもらい、きっかり5分で会長室を後にし、デスクに戻って土産物を確保してから寮区画へと転移する。

 

「へぇ……」

 

 祝日のこの時間、動き出すヤツはもう外にいるということか。知った顔とすれ違いに挨拶を交わしながら、目的地である青寮のF棟へ急ぐ。

 

「…………よし」

 

 一階のインターホンを押した時点で残り4分を切るという上々のタイム。

 

『あ、太刀川先輩、おはようございます。開けますね』

「ありがと」

 

 笑顔の佐藤さんがドアロックを解除、早歩きで階段を上り、すぐに部屋の前へ。

 

「後3分、何でかちょっと、わくわくしますね」

「あー、わからんでもないなぁ」

 

 先に部屋のドアを開けてくれた佐藤さんに迎えられ、いみじくもまたこの205号室の中に足を踏み入れる。というかもう慣れた。

 

「……っ……」

 

 先日もそうだったが、以前に依頼で足を運んだ時と比べて、広い共有リビングとキッチンからは清潔な生活感が見て取れる。中原は少々変わっているが、佐藤さんとは問題なく良きルームメイトとして過ごせているのだろう。そう勝手に思っておく。

 

「おぉ……」

 

 佐藤さんの歩みに従い、部屋を覗く。

 

 今日もいい猫だな、と言おうとして止める。このある意味記念すべき瞬間が迫る今、彼女を刺激するのは得策ではない。

 

「……1分半後、すぐに着替えるので、リビングで待っていて下さい」

「りょ」

 

 笑いを堪えたのがバレたか。いや、そう悲観的に捉えるのは早計だ。とにかく言われた通りにリビングへ踵を返す。

 

「そうだ。佐藤さん、これ」

「あ、私も用意しちゃいました……」

 

 ミニサイズのクラッカーがメーカーまで被る。そりゃ、買った場所が同じショッピングモールでは当然の結果か。

 

「まぁ中原は絶対に嫌がるけどね。後これ、シュークリーム。三人で食べようと思って」

 

 レイカはレコーディング、マコトは二泊三日の帰省、庶務小林は今日の夕食を一緒に食うらしい。ナギのリスポーン立ち合いは割とガチ目にうっとおしがられたので、止めておいた。

 

「おぉ……ありがとうございます……えっ? これって何処のですか?」

 

「高級スイーツ区画だ。通常のスイーツ区画解放が必要だから、一年の今頃に出入りするのはほぼ不可能」

 

「本当の本当に美味しそう……うわっ、5個も入ってる……」

 

「一応、1個貰って、二人に2個ずつっていう見通しね。おっ、カウントダウン入った。ちょっと一回凸るか。ここはシンプルに2、1、おめでとう。でいこう」

 

「はいっ。7、6、5」

「4、3」

 

「……本気で結構なんですが……」

 

 隠す気など微塵もない我々の再侵略に、黒猫は相変わらずのウンザリ顔を見せる。

 

「「2、1っ! おめでとぅっ!」」

 

 ミニクラッカーを3つまとめてバースト。計6発の同時破裂音は、結構な騒音であった。

 

「はい、ありがとうございます。では、少し待っていて下さい」

 

 想定ど真ん中の塩。飛び散った紙束をササっと拾って俺に押し付けると、黒猫中原は自室のドアを閉ざす。

 

「よし。ああ見えてそこそこ喜んでいるに8豪ドル」

 

「ですね。夢の中の小さなサヤちゃんは普通に喜んでましたし、きっとお爺ちゃんも、その都度不器用にお祝いしていたはずです」

 

「違いない。もしお爺さんがヤバめな人だったら、きっと中原は今頃フリーの傭兵とかになって世界各地の紛争地域を渡り歩いているかもしれん」

 

「その推量、あんまり笑えないですよね」

 

 頷き合う俺達、特に意味はないけれど、どうもありがとうお爺さん。貴方のことは忘れません。まだ会ったことないけど。

 

「お待たせしました。では先輩、その新しい区画とやらに行きましょう」

「早っ……」

 

 久々のレギュラー中原。っていうか黒スト履くの早過ぎるって。

 

「まぁ、とりあえずシュークリーム食おうぜ」

「あ、じゃあ、紅茶かコーヒーどっちにしますか?」

 

「――いえ、これは後でいただきます」

 

 縮地のような無音超絶早歩きで、中原はテーブルの上に置いておいた箱をキッチンエリアの冷蔵庫へインする。

 

「えぇ……俺、デザートの気分なんだけど……」

「佐藤さん、取り分は私が2、そちらが3でよろしいですか?」

 

「っ…………ふぅ……太刀川先輩。サヤちゃん、昨日のオリエンテーリング観た後から、ずっとうずうずしちゃってて……行ってあげて、もらえませんか?」

 

「うわ買収されたのにそれっぽいこと言ってる……」

 

 一瞬でアウトナンバー。数の暴力により、俺は退出を余儀なくされる。まぁ日常が戻ってきたと前向きに捉えておくこととしよう。

 

 寮を出て、久しぶりに二人並んで歩く。こいつは歩くのがナチュラルに速いから助かる。

 

「メッチャやる気だな。軟禁されてたことを思えば、無理ないことかもしれんが」

「はい。ひきこもりの方は、ある意味で強い精神力を持っていることがよくわかりました」

 

 初対面の人間が聞いたら完全に煽りだが、これは半ば本気の発言であろう。

 

「それより、これから行く、無人島区画というのは、そのままの意味なのでしょうか?」

 

「区画としてはまぁ、ありそうでないシリーズの一つかもな。サバイバルが好きな学生はレギュラー化を希望しそうだけど、今回は一応、特殊指定区画に該当する」

 

「はい。一覧の中で、オレンジ色の文字になっています」

 

 区画は学園と寮と地下ショッピングモールの三か所が青文字で初期区画。それ以外はポイントを支払って解放していく訳だが、これが結構学園内では娯楽性が高い。

 

 俺のように学生会で役職持ちとかなら別だが、数ある区画を全て解放させるのは実質不可能であり、選ぶ楽しさは学生にとって共通認識だったりする。

 

 通常区画は白文字、解放すれば誰でも行き来できる。そして件のオレンジ色の文字、特殊指定区画も、仕組みは通常と一緒なのだが、そこそこ危険であるという警鐘を鳴らす意味合いを含んでおり、区画外へはスマホで連絡を取れない点が大きな違いか。

 

 残りは赤文字の危険区画だが、それは学生会の役職持ちの判断で行き来できる学生を決める。当然死ぬレベルで危ない。

 

「まぁ表の回だし、指定は便宜上だから、ここは普通に外部と連絡も取れる。理事長殿としては、思い違いというか、忘れてたというか、とにかく一人になって落ち込みたいって気持ちが表現されてるんだろうな」

 

 なのでわざわざ無人にしているんだろう。

 

「……つまり、理事長の後悔、その具現化……やはり、黄泉のように戦いとなることが予想されるのでしょうか?」

 

 素人なら無表情と言うだろうが、ワクワクが抑えきれない感じが何となく伝わってくる。

 

「残念ながら、そう思っておいた方がいいな。実は、今回のミスって前代未聞レベルみたいで、本人は結構気にしてる」

 

「……そういえば、あの、魔王、ですか? 理事長の御兄弟が生み出したと聞きましたが、この学園の機能の一つは、魔王を閉じ込めておくこと、ということですか?」

 

「そうなるし、国としての元々の目的はそれかな。色々あって今の形だけど、魔王はどうやら、あの地下のデカい扉を目指してるみたいで、定期的に戻ってきちゃうんだよな」

 

 別にねねさんだけなら他の区画に移動すれば終わりだけど、あれだけ近付いてる状態だと扉は開けられない仕様になっちゃってて、それで理事長も俺らを転送させることができない状況だった。

 

「学園の外を目指している……つまり、戻ってきた時は、この前のように先輩が吹き飛ばして猶予を得る。それを続けて……」

 

「いや、現在はリゥが操って、扉と反対方向に果てしなく歩き去ってもらってる。で、能力が切れた位置をリゥが理事長に伝えて、近付いたら理事長に教えてもらってまた繰り返し。今回は俺の能力で対処しちゃったけど、次は夏休みが始まる頃に戻ってくる予定」

 

 ちなみに、あの黄昏の空間は広さで言えば天文学的な感じらしい。

 

「…………自壊させることは、不可能ということですか?」

 

 若干フリーズした様子の中原だったが、すぐに持ち直して質問を返す。

 

「うん。魔王の火力では魔王を倒せない。で、現状の方向性は、もう一生遠ざければよくね? っていう風にまとまってる。実は俺もその考え。もし倒そうとしたら、結構被害出そうだし、理事長の悲願が叶えば、お兄さんに能力を解除してもらえるし」

 

「…………」

 

 まだ何か考えている様子の中原だったが、ポータルまで到着したことで切り替わった様子。

 

「では……行きやす」

 

 アプリを操作して区画を解放。本当にいいんすか? っていう念押しが表示されるのに、何故麻月さんは間違えて要らん場所を解放してしまったのだろう。無論、今は詮なきことだが。

 

「……」

「っ……」

 

 これも何だかちょっと久々だが、同行者設定を済ませて区画間をジャンプ。淡い光に包まれた矢先、学園とはまた違った潮風の匂いが視界よりも早く無人島感を演出してくれる。

 

「確かに無人島って感じだな」

「そうですね」

 

 山頂の絶景を二分で見飽きてしまうという貧困なセンスを持った我々には、島の感動は薄い。

 

 波打ち際からやや離れた砂浜に小さなメインポータル。確認しなくても、これが唯一のポータルであることは間違いない。面積的に、それで足りる規模だからだ。

 

 前方のパッと見てジャングルな木と草のダンジョン、その奥にはそうでもない規模の高台もありそうだ。もしこれが事故の果ての遭難なら、とりあえず砂浜を伝って島を一周する所だが、そうではないことに加え、俺らは色々と人外だった。

 

「反対側は岩場かもな。高台まで跳ぶのもアリだけど、行儀よくジャングルに入っていくか」

 

 とりあえずマップを埋めて何があるかを確認するのがセオリーだ。

 

「わかりました」

 

 そして、また今日から二人で依頼をこなしていく日々が再開される。特にブランクは感じない。

 

 気温はやや暑く、晴天と高めの湿度。長く留まりたいとは思わない環境だが、気にせず歩き易い所を選んで進んでいく。

 

「……生物の気配がありません。虫もいないようです」

 

「ねねさんもまぁまぁ虫嫌いだからな。生態系を再現させる必要性もないし、カットされたんだろう」

 

 そういう意味でも、ここは仮初の無人島区画なのだろう。野生動物をハンティングしてサバイバルとはいかないかもしれん。

 

「中原って、サバイバルの知識ある人?」

「一通りは習得していると思います。幼少期に、祖父から手解きを受けたので」

 

「へぇ、あの地域だと、それが一般的なのか。つまり火起こしに狩り、簡易住居の用意も可能ってことか……頼りになるな」

 

 レイカ以外でそっち方面に強い人材がいなかったので、普通に助かる事実ではある。

 

「面倒なので訂正はしませんが、今ではもう、それらは力技で全て解決できるので、然程重要な技術ではなくなりましたが」

 

「そうなんだよなぁ……消えた浪漫は数知れず……だからこそ、出来る限りこうやって地道に歩いて探索するのが健全な人の道に近付く術なんだろう」

 

「特に関心はありませんが……先輩」

「あぁ、世界観ぶち壊しは学園のお家芸だからな」

 

 視覚から得られた情報の中で、どうしても無視できない要素として居座る場違いな建築物。このまま直進すればどうやってもぶち当たってしまう。

 

「外観から察するに、コンクリートでしょうか。地盤に致命的な問題がなければ、耐震性も十分なように見えます」

 

「まぁそこら辺は別に軽量鉄骨でも何でも構わんが、入ってみるか」

 

 外見はビルっぽいが平屋だし、ガラスの自動ドアの奥がしっかり見えるタイプだ。お互い、急ぐ気も起こらず、むしろ気持ちゆっくりと歩みを進める。

 

「中のギャップも酷いな。畳張りに低い机、座布団……」

「奥に黒板もあります。学習塾かもしれません」

 

 遠方からでも挙って生徒が訪れる、成績アップ間違いなしの子ども塾がまさかの無人島に。

 

「いや普通に駅前でやろうぜ……」

 

 迎えに来るお母さんが地獄過ぎる。

 

「……先輩、どうやら先客がいるみたいです」

「ほぅ……」

 

 確かに、真ん中を空けて並べられた二台の机が四列、モチベの高い者が座る右側先頭には、二名の塾生が背筋を正して座っているのが入口からでも見える。古風な黒板の上には掛軸が張られており『まぁ、座れ』と達筆な字で着席を勧めている。

 

「とりあえず、入っていきなりバトルみたいな展開は……あっても不思議はないが無さそうっちゃ無さそうだな。行ってみよう」

「はい」

 

 自動扉がウェルカムしてくれるが、一応備え付けの砂落としマットで軽くトントンしてから塾の中へ入る。

 

「あっ! やったっ! 助けが来たっぽいよっ! カグヤっ」

 

「うん、でも……そうだっ! あのっ! 座布団に座らないで下さいっ! 座ったら、私達みたいに動けなくなりますっ!」

 

 靴を脱いで上がると、前で正座している女子二人が声を張る。

 

「てことは、あの二人は既に動けないってことか」

 

 中は明るく、児童が書いた習字やプロフィール表、謎な月間目標などが壁に張られており、雑多な小物も含めて、学習塾なのか習字教室なのかそろばん教室なのかよくわからない。多分、どれでもないのだが。

 

 差し当たって、束縛を受けている二人にインタビューするため、黒板の前まで急ぐ。

 

 正座のままプルプルとしているセミロングの二人。多分一年だと思われ、濃い紫色の髪をした方が明るそうな子、黒髪の方は大人しい感じ。紫に黒が引っ張られていく感じのコンビだろうか。

 

「あ、副会長さん……と、中原さん」

「っ……何処かで、話したことがあったでしょうか?」

 

 難しい顔で記憶のサルベージに当たっている様子の中原。きっと、お探しの記憶は存在しないと予想される。

 

「アタシ、学食で隣に座ったことあるんだけど?」

 

 頬っぺたを膨らませてジト目を繰り出す紫。黒が袖にされたと感じたのだろうか。とにかく、行き着く先にディスコミュニケーションの気配を悟ったのでカットインが推奨される。

 

「二人共、直では初めまして。学生会副会長の太刀川です。動けないっていうのは結構ヤバそうな響きだけど、力になれるかもしれない。少し、話を聞かせてもらってもいい?」

 

「あ……はい。ありがとうございます……その、一年の柳瀬カグヤと申します……」

「……一之瀬キョウコ……」

 

 仮に、瀬瀬コンビと名付けておこう。

 

「一年の中原サヤです」

「だから知ってるって。海鮮丼を飯にしてハンバーグと小籠包食ってたじゃんっ!」

 

「お前、随分業の深い食い方してんなぁ……」

 

「……何を言われているのか全くわかりません」

 

 ヤバいな。キョウコちゃんは中原に謎の対抗意識があるのかもしれん。

 

「えっと、まず、二人は何でこんな所に?」

 

 何がどうなってこうなったのかを端的に聞きたいが、大抵急ぐとまわり道になるのが世の常だ。

 

「はい……私達は、トレージャーハンター部の活動で、ここに来たのですが……」

「あ、ちょっと……」

 

 何の話やねん。ただその前に。

 

 

「……そんな部活、ないけど?」

 

 

 部の設立には申請が不可欠。っていうか俺が判子押さなきゃ成立し得ない。

 

「え……嘘……だって……えっ? いえ、あまり有名ではないと思いますので、知っていただけてないのではないか……と、思います、けど……」

 

 行儀よく正座したまま困惑を深める柳瀬さん。

 

「うーん……与えられた情報にはちゃんと目を通すタイプっぽいな。部活動についての記述で、部の設立には申請が必要で、最終的に許可を出すのは誰になっているか、読んだりしてない?」

 

「それは……確か、副会長が…………あ……」

 

「そうだ。俺が把握していない部活などあり得ない」

 

 どんなマイナーなのでも、見たことも聞いたこともないっていう例はない。

 

「ちなみに、部員数は?」

「えっ? 私と、彼女です……」

 

「どっちが部長?」

「キョウコが……ぐっ、キョウコ! 私を騙したのっ? ありもしない部活に誘って……」

 

「いやぁ……そのぉ……」

 

 どうやら喋れるだけで首も動かせず、満足な糾弾もままならないご様子。そしてキョウコちゃんも首を逸らせない。

 

「ちゃんと方針を明確にしてくれれば、結構物騒な部活でも一応は通るのに、何で申請しなかったん?」

 

「っ……だ、だって……絶対馬鹿にされるし、面倒だし……」

 

 何がしたいんだと思わなくもないが、まぁまぁどうでもいいことに気付く。

 

「先輩、ありもしない部活を作ったと偽ることは、学園では問題ない行為なはずです。それよりも、現状の打破を優先すべきだと思われます」

 

 中原から、実質のイエローカードが出る。それでも尚、脱線を続けると、俺にとって望まない展開になる可能性が非常に高い。

 

「ど、どうでもよくないっ! 大体、キョウコはいつもいつも考えなしだから、今だってこんなことになってるっ!」

 

 怒りを溜めやすく、破裂させると執念深い系かもしれない柳瀬さん。まぁ二人の関係性に口を出す気はない。

 

「こんなことっていうのは、動けなくなっている今の状態のこと、だよね? あのメッセージの通り、ここに座ったら、いきなり動けなくなったって話?」

 

「違うよっ! 変ななぞなぞを出されて、それに答えなきゃ動けないんだよっ。何でっ……こんな訳わかんないことさせられんのっ!」

 

 左手で台パンするキョウコ一之瀬。どうやら腕は動かせるみたいだ。そして今更だが、二人はパッと見で習字教室の生徒に見える。目の前には下敷きに半紙、文鎮、すずりに筆と、一式がセットされているのを見れば、当然の話だ。

 

「ちょっとっ! 墨汁が撥ねるでしょっ!」

 

 喧嘩かと思ったが、どうやら不定期でこんな感じだと思われる。

 

「座ると離席不可になって、解放されるためにはなぞなぞとやらを解かないといけない。その、なぞなぞっていうのは、どんな問題?」

 

「あ、いえ。なぞなぞ、ではなくて、五日前の昼食と、九日前の夕食、二週間前の朝食のメニューを答えよ、という問題です。それが、どうしても答えられなくて……」

 

「アタシなんて最後は三週間前の夕食って、そんなの覚えてる人間いねぇっつのっ!」

 

 中々の悪態だが、気持ちはわからんでもない。

 

「三週間前はさすがにルナティックが過ぎるな……中原、ちょっと試しに、柳瀬さんを持ち上げてみて」

 

 無駄だと知りながらも検証の大切さは揺るがない。後、これも多分、理事長の忘れてしまったことに対する後悔の意趣返し的な何かなのだろう。

 

「無駄な試しだと思いますが……失礼します」

「えっ! あのっ! あ……」

 

 中原は指示通り、後ろに回り込んで腰を落とし、柳瀬さんの両脚、弁慶の泣き所辺りをグリッピングして力を込める。

 

「っ…………」

「あ……その……あ……」

 

 互角な鍔迫り合いを見ているように、柳瀬さんの身体は持ち上がらない。

 

「駄目か……」

「っ……いえ、次は本気でいきます」

 

 中原の瞳が赤く光る。どうやらスキル、負けず嫌いが発動してしまったらしい。

 

「いや待て。止めておこう。中原が当初思ってた通り、そんな力技で何とかなる話じゃない」

 

「……わかりました」

「あ……申し訳、ありません……」

 

 何とか矛を収める中原、明らかに凹んでいる柳瀬さん。もしこの場にタイムリープマシンがあったなら、2分程前に戻りたい。

 

「すまん、忘れよう。中原……二週間前、昼飯何食った?」

「覚えていません」

 

 憮然と即答する黒き後輩。どうやらこれに関して、負けず嫌いは発動しなかった様子。

 

「……」

「……」

 

 打開策がない。あるとすれば、今日以降献立をメモって一か月程過ごしてからもう一度訪れるか、毎食カレーを一か月続けるか。いや後者はない。

 

「でも、それだと二人が厳しいか。ちなみに、正座耐久を初めてどれ位?」

「1時間47分です。そこの時計がちゃんと動いていれば、ですけど」

 

 しっかりと答えてくれる柳瀬さん。その間も、できることを考え、実行し続けていたと考えられる。

 

「そっか……手は動いても、スマホは出せないのか……」

「はい。筆を持って書く動きの分は、動かせるみたいです」

 

「……中原サヤ、ちょっと」

「何でしょうか?」

 

「あーいや、だから……ちょっとこっち来てって……」

 

「……」

 

 ぎこちない動きで手招きをする一之瀬に、近付いて耳を傾ける中原。そして申し訳ないが、普通に聞こえている。

 

「…………」

「どした?」

 

 中原は、面倒臭そうな目でこちらを見ている。

 

「いや、言うなよ……」

 

 今度は恥ずかしそうに顔を赤らめるキョウコちゃん。

 

「あの…………すいません。もう一度お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「一之瀬だよっ! 一之瀬キョウコだよっ! もうぜってぇに忘れんなよっ!」

 

「善処します。それで、一之瀬さん。残念ながら、その危惧していることについて、先輩は既に気付いています」

 

「はぁっ、いや気付いてないよぉ。あ……太刀川、先輩? 気付いて、ないっすよね?」

 

「うん? このままだとトイレバーストがヤバいって話だろ?」

「気付いてんのぉっ!」

 

 とりあえず、この二人はこれからも向う見ずに色々と突っ込んでいきそうだ。未来志向的には、何とか学生会で保護というなの取り込みを行いたい所だ。

 

「あ…………」

 

 閃き。

 

 それは唐突に起こる知恵の奇跡。

 

 俺の脳細胞は今、優勝パレードを開催しようとするレベルで歓喜に震えていた。

 

「中原……この状況を打破できる唯一のエネルゲイア……心当たりはないか?」

 

「っ………………あ」

 

 アハ体験の連鎖。幸福のピタゴラスイッチが、我らコンビをしっかりと繋ぐ。

 

「確かに、彼なら造作もない話です」

「そうだ。全ては、このための前振りだったんだ……」

 

 道は開けた。スマホを起動させ、目当ての番号をタップする。

 

「…………げ、繋がらない」

 

 電池切れもあり得るが、それ以上に可能性が高いのは。

 

「黄泉にいる、ということですね」

 

 頷き合い、俺らは一時、戦略的撤退を決意した。

 

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