トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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無双、時々、逆ギレ

「うん……ちょっとおふざけが過ぎたな」

「そうですね。先輩はもう少し、逸脱している自覚を持った方がよいかと思います」

 

「……まぁ、水掛け論は止めておこう」

 

 久々に中原とツーマンセルで動いて何かが行き過ぎてしまったのか、内輪のノリを他者へ強いるのは日常に潜む巨悪だと知れ、と誰かが言っていたような気がする。

 

 少なくとも、40秒で支度しろなんて現代においてはパワハラと受け取られても文句は言えない。時代は常に変化していくのだ。別に寂しいことばかりじゃない。

 

 そして一般的に、入浴というのはのんびりするものなのだ。

 

 転移から3分。普段通りに戻ってきた俺と中原に少し遅れた修行部一年生コンビは、各々が身体もまともに拭けていない状態で現れた。そこでやっと間違いに気付いた俺は、追加で10分の時間を与え、二人を個室へと戻した。

 

「ふぅ……今日は久しぶりに中華にする、か……うん?」

「っ……」

 

 謎の圧を発している中原。

 

「どうした? あ、そういや今日は小林と飯だってな。店を任せてるなら高確率でパスタになるぞ。っていうか、外食関係はラーメン以外の麺系区画しか解放してないらしいし」

 

 屋台ならともかく、夕飯が麺だとどうにも満足できない。男なら割と共感される話なのだが。

 

「…………それより、先程の話が途中でしたが、先輩は……死者蘇生のエネルゲイア……本当に存在すると思いますか?」

 

「そりゃするだろ。リアル復活よりヤバい能力普通にあるし。むしろ、今まで確認されてないことの方が驚きだ。副産物的な効果でもなく、能力そのものが死者蘇生っていうのも、いつか出るだろ。まぁ最悪、俺らが死んだ後かもしれんけど」

 

 少なくとも、理事長は何百年でも待つつもりだろう。その執念深さについては、ある意味で尊敬していると言ってもいいかもしれん。

 

「では、先輩が知っているヤバいというエネルゲイアの中で、最もヤバいと感じているものはどのような効果なのですか?」

 

「中原がヤバいっていうと何か違って聞こえるな……うん……そうだな……最もっていうのは、ちょっと難しいな」

 

「阿僧祇先輩や碓氷先輩のエネルゲイアを凌ぐものはない、と聞きましたが?」

 

「それはまぁ、総合的な暴力の値っていう考え方だと、実質で最もって話になると思うんだけど、そういう話ならそれこそ、完璧な能力は存在しない。精神的な制約もあるしな」

 

 そういう意味で言えば、中原の身体能力強化は、能力としてかなりの奥行き、可能性を感じたし、欠点の見当たらない完璧な能力のように思える。ただ、本人も感じているように、派手さと瞬間火力に物足りなさはある。

 

「とにかく、おっかない能力は沢山あるよ。復活の逆で言えば、他者が持つ記憶、記録から存在そのものを世界から消し去る……そんなのも、限定的にあったりする」

 

「存在を消す……ですか? 記録と記憶……では、その人間がいたという事実そのものを根こそぎ消去する、というエネルゲイアでしょうか?」

 

「まぁ、そう簡単なもんでもないみたいだけど、前から言ってる通り、そんな必殺みたいな能力持ってても、寝てる間に刺されたら終わりだ。最強議論は、リアルさを追及すると、結局あんまり面白くない所に着地するんだよ」

 

 よくは知らんけど。

 

「……そうなると、やはり現状では不意打ちが通用しないという阿僧祇先輩が最強……」

「うん? レイカから聞いたのか? マジで可愛がられてんのな」

 

 そういえば、機会があったら色んな服を着せたいだとか危うい目で言っていたが、それを本人にリークするのは無粋且つ後々のリスクとなってしまうだろう。

 

「……非常に、よくしていただいてます。それより――っ」

「あれ? 早いな」

 

 示し合わせたように板場君と笹森君が小走りで向かってくる。というか、あの雰囲気で10分と言われて10分後に来るようなキャラではないことを失念していた。

 

 こんなことなら、20分と言っておけばよかったかもしれないが、それだとリミットブレイクの可能性も上がるかもしれない。彼方立てれば此方が立たぬ、この世の中。

 

「すいませんっ! お待たせしました」

「よろしくお願いします」

 

「いやいやいやいや。今日は完全にこちらが頼る側だから。今更だけど、人攫いみたいに連れて来てしまって申し訳ない。事情は、直で見てもらった方がわかりやすいと思うから、早速向かおう」

 

「「はいっ!」」

 

 ホント素直。中原も少し見習うといい。でもそれを伝えることはしない。絶対倍返しされる。

 

 結果的に1時間以上が経過しているが、それでもスムーズに戻れたのではなかろうか。

 

 そう思いつつ、化け物和風山、個室シャワーを経て、もう一度無人島へ戻る。当然、本来ならばシャワーを浴びた後に行くような場所ではない。

 

「ほ、本当に、無人島って感じですね……」

「い、いや……どう考えても、俺……役に立てないと思うんですけど……」

 

 無理もない言葉だが、すぐ真実と対面することになるので、細かいことは置いて駆け出す。

 

「すぐに建物がある。用事はその中だ」

「は、はいっ!」

 

 虫の音も鳥の声も聞こえないなんちゃってジャングルを四人で走ると、数分と経たずに目的地を視界に捉える。

 

「え……」

「何だよあれ……」

 

 日々黄泉で活動しているにしてはまだまだ元の世界の常識に囚われている様子の二人。まぁ修行部で経験を積めば、時間と共に解消される問題なのだが。

 

「このまま入るよぉ。二人共、無事だといいけど……」

 

 心の隅で、中原に一度入ってもらって諸々確認してもらってから踏み込むべきかと思ったが、何だか面倒臭くて別にいいかと判断してしまった。

 

 入口のマットは無視、自動ドアに迎えられて中に入ると、絵的には時間経過を感じさせない変わりのなさだった。

 

「遅いってぇぇっ! もうヤバいってぇぇっ!」

「っ……っ……ん……ハァ……ハァ……」

 

 パッと見では柳瀬さんの方がヤバそうではある。

 

「もう大丈夫だ。救世主を連れてきた」

 

 ここに入塾するつもりは更々ないので、今度は土足で上がり込む。

 

「一之瀬に……柳瀬さん?」

「えっ? 何で……笹森、君?」

 

「何で一之瀬がいるんだよ?」

 

「そっか。同じ学年だしな」

 

 知り合いであっても特に不思議なことはない。

 

「はぁっ? 何でこんな……雑魚な人が? 太刀川先輩っ! 何考えてんのっ!」

 

 ナチュラル失礼な一之瀬。ちょっと立場を分からせたい衝動が芽生えるが、どうしたものか。

 

「くっ……チビ紫……」

「あぁんっ? 中途半端茶髪っ!」

 

 小5みたいなやり取りをし出す板場一之瀬。

 

「何? お前ら、2対2したら負けんの?」

 

 冷静な笹森君にそっと囁く。

 

「えっ? いや……授業では、全敗してます。この二人、普通に強くて……」

「いや、金属バットで撲殺戦法は?」

 

 武器の有無は、インファイトに多大な影響を与える要素であろう。

 

「――先輩、まだ無為に口を動かすのですか?」

 

「「「……」」」

 

 それは平坦な声なのに、背筋が凍るような冷たさが宿っている。

 

「よし、笹森君、ちょうど柳瀬さんの隣が空いている。そこへ座ってみ給へ」

「えっ? 何でいきなりちょっと古文調? あ、はいっ! わかりました」

 

 天王寺先輩に繋いでからは直接関わりのなかった二人だが、やや直情的な板場君に冷静寄りな笹森君、瀬瀬コンビと同じベクトルで良いコンビではないか。

 

 笹森君はしっかりと正座で座布団の上に着席する。

 

「ぅっ! あれ、動け……ない」

 

 座った者を即座に拘束し、音も無く机には習字道具一式が出現する。

 

「あぁっ! 出たっ! ロリっ娘!」

 

「「っ……」」

 

 つい中原と目を合わせてしまう。

 

 不意にプロジェクターのような感じで黒板に着物姿の幼女がドヤ顔で映し出される。

 

『だぁぁぁっはっはぁぁぁっ! 座れと言われて座るなどっ! 何と浅慮なっ!』

 

 そして何故か高笑いしながら煽り始める。とりあえず、彼女の精神状態が心配だ。

 

『そんな愚か者に我から一つ問おうっ! 四日前の朝食っ! 十日前の夕食っ! 最後にっ! 三週間前の昼食をそこに書いてみよっ!』

 

 一つじゃねぇし。

 

『こんなこともわからん痴れ者は、そこでしばらく正座でもしておれぃっ!』

 

「「……」」

 

 高飛車な幼女は、言いたいことだけ捲し立てて投げっぱなしジャーマンで姿を消す。

 

 しばらくって、どのくらいですか?

 

「ぁ……可愛い子だったな……」

「うわぁロリコン……」

 

 呟いた板場君へ、ゴミクズ未満へ向けるような視線を送る一之瀬。

 

「ハァ……小さい子を可愛いと言ったらすぐにロリコン……本当にお前らは……」

「お前って言うな」

 

「あの……太刀川先輩、ここに、筆で書けばいいん、ですか?」

 

 慣れているのか。二人のやり取りには関わらず、笹森君が場の状況を理解して言葉を投げてくれる。何だか、彼が世界で一番頼れる男に見えてきた。

 

「あぁ、頼む。わかっていると思うが、これはキミにしかできない」

「お願いします」

 

 確信して促す俺と中原。

 

「えっ? 笹森君? 嘘……何で……」

 

 隣の柳瀬さんは驚愕の表情、それは普段ボコしている相手に向けるようなものではない。

 

 そんな眼差しなど今の彼には映らない。小筆をすらすらと動かしていく笹森君。何と、どう見ても書道経験者の字である。やはり、全ては世界の選択だったようだ。

 

「凄い……」

 

 柳瀬さんの更なる驚きを余所に、まずは四日前の朝食。ご飯に味噌汁、紅鮭の塩焼き、きゅうりと大根のぬか漬け、ほうれん草のおひたし、生絞り野菜ジュース、各種調味料、鰹節のグラムまで記入するという圧倒的なオーバーキルを初手から繰り出している。

 

「にしてもイイ感じの朝食食ってんなぁ……」

「いや……その、全部覚えてるって思うと、一回一回の食事が気になってしまって……」

 

「そう考えると、純粋に健康を促進させる優良なエネルゲイアに思えてきましたね」

 

 書き終わると、学校で見た先生が使うオレンジ色の液で自動的に丸が付けられ、また白紙に切り替わる。

 

「次って、十日前の夕食だったっけ?」

 

「う、うん……けど、本当に思い出せるの?」

「っ……」

 

 やや気まずそうにしつつも、最強の男の筆に淀みはない。

 

 全粒粉パン、ホワイトクリームシチュー、スパニッシュオムレツ、グリーンサラダ。

 

「スパニッシュて……自炊のお洒落度、高くね?」

 

「いやぁ、すいません……気付いたら、料理が楽しくなってしまって……この日は、スパニッシュオムレツを作るのが主だったんですけど。あ、でも、スパニッシュオムレツは普通に簡単な料理ですよ」

 

「「「凄い……」」」

 

 不覚にも、三人の声が重なってしまう。

 

「笹森何なの? 食事記録マニアなの?」

「何だよそのマニア……」

 

 外野二人は放っておいて、二問目をクリア。

 

「でも……さすがに三週間前の昼食は……えっ?」

「「っ……」」

 

 笹森名人、変わらずの即答。

 

 この日の昼食は何も食べていません。

 

 再び思うが、字がとても綺麗。

 

「――っ!」

「――っ! ぁ痛ぁっ!」

 

「ぉっと……」

 

 突如体勢を崩した瀬瀬コンビ。拘束が解かれた証拠だ。

 

 そして神の裁きか、一之瀬は後ろへ倒れて二列目の机に後頭部を強打、傾いた柳瀬さんの身体を笹森君がしっかりと受け止める。

 

「っ……ありがとう……」

「いや、別に……」

 

 ミッションコンプリート。これ以上ない圧勝だった。

 

『たわけがぁぁぁっ! 何ぞそのような些末なことを覚えておるかぁぁあぁぁっ! 逝ねぇぇぇぇぇぇっ!』

 

「おいおいそりゃないぜねねさん……」

 

 幼女の怒りに呼応するように黒板がひび割れ、いきなり場は険呑な空気へ移行する。

 

 いじけて引き籠る、無理難題を吹っ掛ける、分からされて逆ギレ。こんなことするヤツが身内にいたら少し恥ずかしい。

 

 ただ、具現化したストレスに大人の対応を求めるのも酷であろう。ここは流れを受け入れて、場の最終フェイズに付き合うとしよう。

 

「あっ! 足が、痺れて……」

 

 普通に無理もない現象に襲われている女子二人。

 

「先輩っ!」

「板場は一之瀬、笹森は柳瀬を背負って最速で離脱。建物から距離を取って状況を見ろ」

 

「「――っ! はいっ!」」

 

 文句を垂れる一之瀬を、やや照れる柳瀬さんをそれぞれ抱えて自動ドアへとダッシュする二人。どうやら靴を脱がなくて正解だったようだ。

 

「先輩……戦いの気配がします」

「いつの間にそんなものを嗅ぎ分けられるようになった……後、嬉しそうに言うな」

 

 非常に残念ながら、バトルクレイジーサヤちゃんの察した通り、放課後時間を思い起こさせそうな空間が一転、壁一面にカラフルな光の線で様々な幾何学模様が描かれ出し、気付けば電子的な世界を思わせるフィールドに引き込まれている。

 

「確かに、暴力の匂いがする……」

 

 たまには平和的話し合い対決とかないのだろうか。よく屋台でノリカネと愚痴っているものである。

 

「「っ……」」

 

 固定された空間のヴィジュアルはイメージ的に、ゲームのトレーニングモードに近いか。色とりどりの床とそこそこ高い同タイプの天井、無秩序に球体、三角形、四角形のオブジェが設置されているが、遮蔽物として利用することを推奨されているのかは定かではない。

 

「だが……」

 

 そんなことはまぁまぁどうでもよく、俺と中原を萎えさせている要因はポップし出した敵のグラフィックに集約される。名付けるなら、シルエットカラフル金井兵。常人ならこの場にいるだけで体調と精神に異常をきたすのではなかろうか。

 

「中原、存分にやれ」

「はい」

 

 どこでも刀の刃渡りをまんま日本刀のそれまで引き伸ばし、黒セーラーの少女はガタイの良すぎるピクトグラムに高速で斬りかかると、最も近い緑色の一体を真っ二つに裂く。

 

 どうやら、以前遭遇した、首を落としたら砂になって消える銅像に近い感じか、致命傷を与えると霧散する非グロ仕様らしい。

 

「外の四人は大丈夫でしょうか?」

 

 様子見か、一度跳んで後退してくる中原。

 

「俺らがこうなってるから、多分平気だろ。まぁ、今日の笹森君は補正掛かってるし、有事の際は力を合わせて頑張ってもらいたいね」

 

 あの四人は結構相性いいと思うけど、勝手な感想かもしれない。

 

「とりあえず、流れの通りだろ。リポップが止まるまで狩り尽くす方針でいく」

「わかりました」

 

 付かず離れずの距離感を保ちながら、マッチョ兵団討伐クエストに乗り出す。

 

 相手は様々なポーズを取りながらタックルをかましてくるという戦法。一度喰らわせて圧殺ハメが向こうの黄金パターンか。いずれにせよ、オブジェの存在は非常にありがたい。

 

「くっ……やっぱ見た目の通り、個体によってはマジで硬いな。色による優劣か、あるいは……」

 

 内心で、警棒のモニターが捗ると自分を鼓舞し、直線的な動きが中心の筋肉だるまをいなしつつ、隙を見てシバいていく。

 

「っ……」

「……ふっ……」

 

 やはり中原がいると楽だ。

 

 結構考えが近いのか、何となくやれそうと思うと向こうもマッチョを誘導するように動いて衝突事故へ仕向けたり、互いに効果的な横取りや追い打ちを仕掛けたりして少しずつ撃破数を重ねていく。ただ、俺が横取りをした時だけ少し視線を鋭くさせるのは止めてほしい。

 

「っ……所々硬いですね。何より、ボディビルダーは特に暴力を嫌うと言います。このような存在を金井先輩は認めているのでしょうか?」

 

「どうだろうな。細かいことは気にするなとか白い歯見せつつ言いそうでもあるが、ボディビルへの冒涜であることは間違いないだろう。ここで根絶やしにするべきだ」

 

 単純に、今後二度とお目にかかりたくないというのが本音だが。

 

「っ! そのポーズは見切ったぁっ!」

 

 金井先輩の影響で名前を覚えてしまったポーズの一つ、フロントダブルバイセップス。先輩曰く全てのポーズは奥が深いとのことだが、要は両腕を上げて力瘤を見せる比較的わかりやすい型。

 

 その右腕を打ち上げるように強打し、ピンクマッチョを霧散させる。どういう訳か、花のような香りが広がる。黄泉の魔物もここは見習え。

 

「確かに、ポーズによって体当たりを繰り出すタイミングに差があるようです」

「二人共そう思うってことは一応断定してよさそうだな」

 

 でもやっぱ硬い。

 

 鍛錬モードに入った中原は一発で首を飛ばすチャレンジを断行しているが、もう少しこの場での効率を考えてほしいっちゃほしい。

 

「……あれは確か、サイドチェスト……」

 

 個人的には、結構知名度高いポーズだと思う。そしてあの形と肉感においては紫色が最も気持ち悪い色と勝手に結論付ける。

 

「っ……っ?」

 

 わざわざ当てやすくしてくれている左腕の部分を叩くと、かなりやっこい感触と共に自律型肉塊が弾ける。

 

「これは……」

 

 浮かんだ仮説を検証するため、わかりやすいポーズを取っている個体に狙いを付け、明らかなアピールポイントへ打撃を加えてみる。

 

「きたっ!」

 

 先程と同様の感覚で敵が霧散。

 

 仮説は珍しくすぐに採択された。

 

「中原っ! 強調している部分だ。その筋肉周りが弱点」

 

 奴らはポーズを次々と変え、こちらに筋肉を見せ付けてくる。素人目には何処をアピールしたいのかよくわからないものはスルーし、察することができた所で討ち取っていく。

 

 どうりで、首への耐性が高い訳だ。きっと首はそこまで頻繁に行うアピール部位ではないだろう。そもそも、首の筋肉を見ろ、みたいなフレーズに馴染みがない。

 

「くっ……そのようです……ですが、腑に落ちません。力を集中させているなら、他の部位よりも頑強であるはずです」

 

「おいおい、何こんな空間で普通なこと言ってんだよ」

 

「っ……」

 

 さすがに言い返す言葉もない様子の黒セーラーは、その怒りを目の前の筋肉へぶつけている。

 

 確かに盲点ではあった。こっちとしても、どうしても手薄そうな部分を狙う癖が付いており、結果的に大分長い間、弱点を避けて攻撃を繰り返していたことになる。

 

「……」

「……」

 

 飛躍的に屠るペースが向上する。

 

 ワンパンできるのもそうだが、弾かれて少なからず態勢を崩されて遮蔽に一度後退するというロスが改善されたのが最も大きいと考えられる。

 

 中原は最早完全にサイドチェスト待ちゲーと化しており、違うポーズの個体に対しては軽く蹴ってやり過ごす戦法を取っている。まぁ俺も似たようなものだが。

 

「うっし、ラストぃ」

 

 そして増援のペースを上回り、空間にいた最後の筋肉を抹消する。

 

「ナイス」

「はい。残念ながら、先輩の洞察に救われました」

 

「いや何も残念じゃねぇから」

 

 にしても中原、仕掛けや離脱の一瞬だけ能力を発動して緩急を付ける戦い方はかなりイイ。おそらく戦略的側面も含めた成長スピードは学年内でも屈指だろう。とにかく、もう敵に回ることはないと信じたい。

 

『ふんっ、野蛮な小童共がっ!』

 

 外見は同一のホログラム理事長が忌々し気に再登場。こんなんでホントにストレス解消になるのだろうか。俺なら絶対逆効果だが。

 

『ほれ、答えるがいい。貴様らが倒した肉達磨の数をのぉっ!』

 

「中原幾つ?」

「107です」

 

「足して225」

 

『――っ!』

 

 またしてもな即答に、ショックを隠せない和服ロリ。

 

 出題傾向を考えれば、誰でも数えるだろって話なのだが。

 

『っ……もう、よい……逝ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!』

「結局それ……っと」

 

 トレモ空間から落とされたと思ったら、元の書道教室に着地。

 

「地震……」

「震度3、かな。じゃなくて――」

 

 知ってる展開に、少し肝が冷える。

 

「――出るぞっ! 区画が消えるっ!」

「っ……」

 

 お互い、自動ドアが開く前にガラスを蹴破って建物の外へ。

 

「四人共走れっ!」

「――ぅおっ!」

 

 律儀に待っててくれた一年生カルテット。何となく目が合った板場君を搔っ攫うように担いで跳躍、目測は完璧、既にメインポータルを眼下に捉えている。

 

「結構ギリギリだな。見てみろ板場君、空が捲れて落ちているぞ。何かそっち系の映画みたいだな」

 

「うぉぉっ! 凄げぇっ!」

 

 そんなスペクタクルを横目にポータルど真ん中に着地、早打ちの向こう側を目指してスマホのアプリを開く。

 

「よし板場君、飛ぶぞ?」

「え、あ、でも……」

 

「あ、ありが――ずっ! び、尾骶骨……」

 

 そこで中原も着地。肩に乗っけていた柳瀬さんを落とし、こちらもスマホを起動させる。

 

「笹森一之瀬っラスト100っ! アプリ起動させながら走れっ!」

 

「はいっ!」

「ちょっと笹森ぃっ! 何でアンタのが前なのっ!」

 

 もう視野の半分位は闇のような漆黒。近年のゲームのように、もう少し緩いタイム設定にしてほしい所。

 

 さすがにヤバそうなので同行者設定を完了させて二人を見守り、心のゴールテープが切れた瞬間に親指でタップする。

 

「「「「「―――っ!」」」」」

 

 プラシーボか、妙に温かみを感じる光と共に、学園の中央広場に転移。ギリギリで助かった。

 

「いやぁ、このケースでの区画ちゃぶ台返しは新しいパターンだったなぁ……」

「……先輩、あのまま崩壊に呑まれた場合はどうなるのですか?」

 

 涼しい顔でスマホを戻しながら、中原が質問を投げる。

 

「結構ヤバい。何処かの区画の何処かに強制転移させられる。運悪く海底遺跡区画の下の方とかに飛ばされたら普通に死ぬ。一応、解放してない区画に行けるっていうポジティブな考え方もあるけど」

 

「いや……太刀川先輩、ありがとうございました、マジで……」

 

「いやいやいや。忘れてて申し訳なかったけど、キミ達二人に何かあったらそれこそ天王寺先輩と三条さんに会わす顔がないとこだった……よかった……」

 

 男三人で健闘を称え合う。今年度からは失われていた成分が、心に沁みる。

 

「あ、あの……すいません……」

 

「えっ?」

 

「っ……先輩、一之瀬さんがいません」

 

「「「えぇぇっ!?」」」

 

 嘘だろ。最後笹森君は結局少し待って並走して上げていたし、俺調べではハナ差で一之瀬さんの方が着順は上だったというのに。

 

「……先輩、一之瀬さんの連絡先を知らないので、同行者設定が不可能だったのでは?」

「あ……」

 

 絶、その通りだ。

 

「嘘……キョウコ……」

 

 パニックアクションのエンディングのような雰囲気から一転して場はどんより。

 

「……ちゃんと情報を取ってから絶望しよう。柳瀬さん、一之瀬さんのID教えて」

「っ!? はいっ、これです」

 

 すぐに立ち上がってスマホを操作する柳瀬さん。見せてもらったIDを開いたアプリに入力すると、後ろから中原が覗き込んでくる。

 

「……それは?」

 

「副会長限定緊急アプリその一。IDを入力すれば、該当学生の位置がわかる。ちなみに、これで発見できない場合は学外への脱柵が確定する。もちろん、使用は緊急時に限られる、っと」

 

 何となくで願をかけてタップ。

 

「…………」

 

 皆に見えやすいようにスマホの位置を少し下げる。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

「……うん。まぁ安全だな。当然だけど、危険な区画の方が少ないから」

 

 監獄区画。

 

「疑問はないと思うけど、区画解放率ワースト圏内に入る、不人気区画だ。何にせよ、飛ばされた場所が房の内側だと、自力で帰ってくるのは難しいな……とりあえず、迎えに行ってくるか……ギャーギャー言われんだろうなぁ……」

 

 ただそもそも、今の在学生で解放してるの俺だけだし。

 

「太刀川先輩」

 

「うん? あぁ、一緒に来るよね? じゃあ――」

「――その区画は、何処に飛ばされたとしても、命の危険はない……んですよね?」

 

「えっ? うん……短時間なら、むしろ危険なことができないって意味で安全かな」

 

 説明しつつ、アプリを開く。当然ながら、こういう感じで訪れるのは初めてになる。

 

「待って下さい」

「えっ?」

 

 直接右手首を掴んでの制止に、少しびっくりする。

 

「迎えに行くのは明日……いえ、連休ですし、明後日にしましょう」

「「「えっ?」」」

 

 黒い闘気を瞳に宿した柳瀬さんの言葉に、声を重ねる男三人。冗談だと信じたいが、感じる圧にその要素はない。

 

「先輩、人間は三日水分を取らなければ死ぬと言われていますが、逆に言えば二日は十分耐えられる範囲とも言えます。先程までの柳瀬さんへの言動に加え、長期間に渡ってパートナーを謀った彼女に罰が必要だという考えには、私も同意できます」

 

 まぁ俺らの身体ならもっと平気だが、辛さはそんなに変わらんぞ。

 

「なら、明後日の夜がいいかもしれません。キョウコは、一度痛い目見ないと……はい、番号もブロックしました。あの子、私以外に頼れる友達とかいないので」

 

「あれ? 最近って、そういう感じなんだ……」

 

 女子社会だと普通なのか。いや絶対違うだろ。今度レイカとかに聞いてみよう。

 

「あ、いや……」

 

 一縷の望みを親指と人差し指に込め、ピンチアウトしてマップを拡大。

 

「っ……」

 

 独居房エリアの奥の方、完全に牢屋の中にいる。能力によっては問題ないが、無理なら普通に独力では脱獄は不可能。

 

「えっ? 太刀川先輩、マジですか……」

「いや、何かもうそれで決定したみたいな空気出されてるし……」

 

 長い物には巻かれろというか。

 

 まぁこっちとしては目的達成を喜ぶとして、後日の第二ラウンドに備えようってことで前を向きたいとは思う。

 

「……」

 

 

 やっぱ後でこっそり、食料諸々を用意して様子を見に行こう。

 

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