「――それは、随分と遠出ですね」
『うむ。以前から関心があってな。卒業まで機会はないと思っていたが、嬉しいことだ。無論、夕食の準備には差し障らぬよう戻る。タケルも今日は、骨を休めるといい』
「ありがとうございます、天王寺先輩」
流石のバイタリティと言った所か。
単日の休みで関西まで滝行へ行く高校生など、彼の他に俺は知らない。
「――常室君、説明した乗り継ぎで問題はなかっただろうか?」
『う、うん……あ、ありがとう、中之島君……ぼ、僕なんかの……ために』
「そんなことはないよ。それに、バスと電車の乗り継ぎを調べることは、実は一分も掛からないことなんだ、気にしなくていい」
『あ……ありがとう……こ、これから……始まるみたい……来場者特典も貰えたし、一番前の席も取れたんだ……ぼ、僕は、身体が大きいから、隅の席に……したんだけど』
「いい気遣いだな。今日は思い切り楽しんでくるといい。もし帰り道で迷うことがあれば、駅員に尋ねるか、厳しそうなら連絡してくれて構わない」
『あり、がとう……うん、今から楽しみだよ……あ、ごめんね。じゃあ、終わったら、すぐに帰るから、あ、ありがとう、ね……中之島君』
「あぁ、では、夕食の時間に」
どうやら、他県のショッピングモールで行われるというヒーローショーの会場に、無事到着できたようだ。
天王寺先輩の言う通り、今日ばかりは骨を休めるのがよいだろう。
俺達4人がチームを組み、学園の外で生活するようになって一か月半、各々の予定が白紙という意味では、本日が初めての自由行動日となる。俺もこうして、午前中から気に入りのカフェでセイロンティーに有り付いている。
「…………」
この世ならざる座標に存在する天津神学園、能力に開眼した高校生に用意された楽園であり、牢獄でもある。
その人智を超えた力に魅了され、自己研鑽に邁進する者も多いが、自分にはやはり、ずっと生きてきたこちら側の方が性に合っているようだ。
政府、学園関係者と連携し、実地も含めた様々な業務に携わることができるのは、俺にとって魅力的な条件であったし、気の合うルームメイトや仲間達と離れる寂しさはあれど、個人的には充実した日々を送っている。
「……」
とは言ったものの、もちろん、不安要素もある。
舌で転がして味わうセイロンティーが身に沁みる。この想定以上の感覚は、自身のストレスレベルを量る材料にもなっている。
「やはり、少し疲れているのだろうな」
随伴の二人に最終判断を求める訳にもいかず、彼らの監視業務の責任を負う立場に、少々の気疲れは避けられないことだ。
幸福なことに、常室君は気難しいが心根は優しく、天王寺先輩の前向きさには常に勇気を貰い、背筋を正される。
「……」
スマートフォンに着信が入る。
欧陽(おうやん)ヒカリ。
悩みの種とは言わない。
単純な話だ。
「もしもし」
『一応報告を。これから奴らが特定していた施設を完全に破壊します』
俺などに、彼女のような存在は御し切れない。
「そうか。わざわざ報告を入れてくれて助かるよ。ただ、少しばかり考えてみてほしい。対処はその奴らに任されている。君が休日を割いてまでやることではないかもしれない」
『奴らでは遅過ぎます。私なら6秒で完全に破壊し、構成員全ての命を奪えます』
「あぁ、君なら造作もない。これは前向きな意味で捉えてほしい。君の能力は人智を余りに凌駕している。事故などに見せかけた隠蔽が非常に困難となる可能性が高い。加えて、相手には烏合の衆と取れる側面もあると聞く。彼らも、対話の可能性をまだ探っている」
『一つ目は私の仕事ではありません。二つ目に関してですが、アレらに対話は無駄です。私はどうあっても暴力で解決しますので』
「そうか、わかった。ただ、3分待ってほしい。着信が行く。そこでの会話を加味して、結論を出してほしい。どうだろうか?」
「……後、2分50秒」
「ありがとう。今日の夕食、当番は天王寺先輩だ。期待していいだろう」
通話を切り、すぐ掛ける。
「……っ……頼む……」
『おータケル久しぶり? 飯?』
「急にすまない。今何処で何をしている?」
『樹海兼地雷原でちょっと迷ってる』
「それは難儀だな」
やはりまだ競技中か。
今日が自由行動日なのは、3人が学園に戻ってイベントに参加しているためだった。
『あ、その、会ったらって思ってたんだけど、すまん……ドリップコーヒーを――』
「――構わない」
『あーうん……後、ホットケーキミックス――』
「――それも構わない。すぐ欧陽に電話を掛けてほしい。可能だろうか?」
『ヒカリ? 何かあっ――嘘でしょっ! 何でこの状況で電話なんかっ! もうい――きゃあぁぁぁぁあっ!』
激しい爆発音と少女の悲痛な叫び声が聞こえる。ただ、そこが学園内であるなら特に変わったことではない。
とにかく、こちらは急を要する。
「現状、後2分少々で大量の人死が出る。止められるのはシンだけだ」
『いや俺でも無理――痛い痛い痛い噛まない噛まないっ! あ、マコト面舵一杯っ! 間違いなくあの根っこの中がレッドだっ!』
「お前で無理なら後は神に託そう。噛みついている彼女には申し訳ない所だが、すぐに頼む」
『まぁ了解。で、今度委託系あった時に飯――』
「――それはまた連絡する。っ………………ふぅ……すいません、同じものを」
本来なら、もっと時間を掛けて味わうつもりだったのだが。
「っ……」
可及的速やかに、情報の共有と事の保険を掛けなければ。
「…………はい、天津神学園学生会の中之島です――」
これは、レイカやマコトからの助言でもあったように記憶している。
欧陽には、絶えず監視任務を与えておくべきである、と。
学ぶべきことはまだまだ多いが、差し当たっては――
――今後、自由行動日の際は予め、シンのスケジュールも押さえることにしよう。