トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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5月下旬頃 2

 状況はさながら剣闘士のよう。砂煙が低く舞う円形の岩盤に立たされ、無人の観客席は随分と高い位置にある。社会の資料集に載っていた某世界遺産とは異なるが、石材の色合いなどは地下に入って以降ある程度統一されているため、場に対する新鮮さと警戒心は薄い。

 

「……」

 

 アリーナの大きさは向かって縦が60から70メートル、横が30メートル強の楕円、この外を禁止エリアとするならば、戦い易く、程よい閉鎖空間である。先輩と一対一で立ち会う際もこのような環境を用意したい。

 

 刀身を馴染んだ長さへ。

 

 軽く構え、待つ。

 

「…………」

 

 吹き抜ける砂塵に紛れて姿を現したのは、濃い青の人型。一瞬、無人島で襲い掛かってきたシルエットと同様かと見間違えたが、そうではなく、見た目は完全に金井先輩その人だった。

 

「……」

 

 色の齟齬はこの場へ再現される際に生じるものなのか、ただ全身が青色であることを除けば、彫像として地下で対面した時よりも、純粋な人間に思える。

 

 腕を捲った指定制服姿に、先端の形状からメイスだと思われる棍棒を手にし、悠然と仁王立ちしている姿からは、対峙するだけで強烈な圧力を感じる。

 

 自信に満ちた表情。敵意なく、こちらの仕掛けを待っている。

 

「…………胸をお借りします……っ!」

 

 エネルゲイアを発動、最速で40メートルを詰め、左肩からの両断を狙って全力で袈裟斬り。

 

「――――ぐっ!」

「……」

 

 思い切り放った一撃を、右手で握ったメイスで受け止められる。

 

 メイスの頭部、小さな王冠を模したような重量のある金属には、全く刃が通った感触はなく、完全に防がれたことを悟る。

 

「はっ……ああああぁぁぁぁっ!」

 

「――っ!」

 

 気合と共に刀を押し返され、流れのまま振るわれた打撃を寸前で躱し、本能に従って跳び、距離を取る。

 

「…………」

「っ……」

 

 金井先輩から言葉はなく、当たれば頭蓋骨が粉砕するであろう一振りを放った後とは思えない、快活な笑みでこちらを見据える。とにかく、会話がないのは好都合だ。

 

 得物は打撃武器。それでも、体捌きには剣術のそれが取り入れられている。相手の生きた時代背景を考えれば不自然なことではないかもしれない。

 

「……」

 

 言うに及ばず、現代では暴力装置としての剣は滅し、扱う術を持つ者も少なく、それは衰退と捉えて相違ない。もしその事実を理解するのが後7年程早かったなら、今自分が歩んでいる道も、違ったものになっていただろうことは想像に容易い。

 

 少なくとも、幼少の級友達は皆、剣術と剣道の差異など、日々受け続ける授業未満の関心しか持ち合わせてはいなかった。

 

 

 待ちに徹されているため、再びこちらから仕掛ける。

 

 先程と同じ型を軽く振り下ろし、弾かせて反撃を誘い、メイスの一撃を潜って逆袈裟を返し、右の脇腹へ刃を走らせる。

 

「ぐっ……」

 

 向こうからすれば、軽く下へ向けただけのメイス。それでも、三度完璧に防御されてしまう。

 

「っ……」

 

 見た目通りというのは悔しくもあるが、膂力の差は歴然、こちらはエネルゲイアにより身体能力を更に底上げしているはずだが、それでも極限まで鍛え抜かれた筋肉には及ばないというのか。正直腑に落ちないが、力比べは避けるべきとする。

 

 金井先輩のエネルゲイアは、同じエネルゲイアを有する人間にエイドスと呼ばれる特殊な道具を与えるというもの。あのメイスがエイドスである可能性も考えられる。

 

「……ふぅ……」

 

 呼吸を整える。

 

 態勢を崩せば追撃される。それでも、向こうは受けの姿勢、後の先を取る構えだ。

 

 もう既に三回受け太刀を許している。加えて、三回では済まないことは確定的、このような立ち合い、エネルゲイアを得る以前には考えもしなかった。

 

 先輩とのやり取りで、もう嫌という程に味わわされている。不意打ちならばともかく、今私がいる場での戦いとは、互いに致命打を与えようとすれば長期戦は必至、相手がこちらの動き、速さに対応できるならば、それは尚更のこと。

 

 斬り付け、防がれ、返され、躱し、また斬り付ける。

 

 ボディビルダーとは、ここまで俊敏なものなのか。加えて、金井先輩はそれがエネルゲイアによるものであったとしても、常軌を逸した動体視力でこちらの剣に対応してくる。

 

 間合いやフェイント、不意な妨害などで凌いでくる先輩とは違い、全てを正面から受け止めてくる剛の守り。いみじくも、ここまでは宣言通り、完全に胸を借りる形となっている。

 

「…………」

 

 二十までは数えたが、もう次の仕掛けで何合になるか、疲労としてはまだ消耗と呼ぶ程ではないが、目の前の相手と体力勝負をするのは、愚の骨頂に思えてならない。

 

「……」

 

 集中は高まっている。言語化される思考は最小限、動き出しから間合いに入ってからの型もスムーズで、速さと鋭さは増している。

 

 防がれながらも、弾かれる流れを利用して連撃を繰り返し、足を止めて斬り結べるようメイスの軌道を見切る。

 

 浅くても構わない。

 

 一太刀当てる。

 

 逃げない相手にそれが叶わないなど、あってはならない。

 

「なっ――っ!」

 

 

 違和感の伝達を追い越して、メイスが腹部を捉える。

 

 

「――ずっ」

 

 何とか両脚を地面から逃がし、吹き飛ばされたことで致命傷は免れたか。

 

 堅牢な石壁と衝突して掘り進めるように破壊させた背中はまだ軽傷、打撃を受けた左の脇腹は肋骨の骨折か、一応ひびが入ったと思っておくことにする。

 

「っ……ふぅ……」

 

 大きく息を吸うと痛みが走るが、吸えないことはない。つまり問題はない。

 

 それにしても、先程の吹き飛ばされる速度はどの程度のものだったのか。正に漫画やアニメで何度も観た動きの流れであっただろう。先月、半裸の女性を同様に吹き飛ばして壁に叩き付けたことを思い出し、その因果応報に内心で笑いが漏れる。

 

「……」

 

 軽めに放った一撃をメイスではなく左拳で受け止め、同時にメイスで腹を突かれた。見事な体捌き、不意を突かれたことで、その素早い動きは全く見切れなかった。

 

 手応えはあったはず。

 

 それでも追撃はない。

 

 少なくとも、金井先輩の振るうメイスに限って言えば、先手を見切っての返しは容易い。彼のカウンター狙いの戦法は、非常に有効と認めざるを得ない。

 

「……ふぅ……すぅ……」

 

 このままでは敗北する。

 

 自分は、先輩に敗れている。これ以上は後がない。

 

 また、明確ではないが、ここに入ってかなりの時間が経過している。あの男は既に先で待っているだろう。すぐに思い直すが、ここでの劣勢以上に、それを歯痒く思う自分がいた。

 

 そういえば先輩は、私のエネルゲイアについて、奥行きのある能力だと、何度か口にしていた。あの男は耳朶を介して他者のエネルゲイアを限定的に使用できる。私もそのコピー被害に遭った訳だが、先輩は他者のエネルゲイアについて身を以て考察できる稀有な存在でもある。

 

 大抵は佐藤先輩のエネルゲイアだと聞くが、先輩は常に強力なエネルゲイアをストックしているため、癪に障ることも含めて自分のエネルゲイアについて意見を求めることはしなかったが、向こうからの言葉を信じるなら、まだまだこのエネルゲイアには伸びしろがあるはず。

 

「っ……」

 

 軽打もフェイントも止める。

 

 真っ向から受ける相手に合わせる訳ではなく、単純に、勝つためには効果的でないと悟ったからだ。

 

 金井先輩は何処かでまた強烈なカウンターを放ってくるだろう。

 

 脚と右腕を潰されなければいい。そこに重点を置き、更に速度を高める。

 

「……」

「づお……はあぁぁぁっ!」

 

「……」

「ぬん……づおぁぁぁぁっ!」

 

 もう慣れた独特に過ぎる猿叫のような大声が場に響く。

 

 躱すことに問題はないが、頭部に被弾すれば命はないだろう。

 

「……」

 

 まだ足りない。

 

 明確に不意が付ける機会は恐らく一度。

 

 トワイライト・エネルゲイア――――あの黄昏での高まりが再現できれば、或いは。

 

「……」

「はぁ……どぅおあぁぁぁっ!」

 

「……」

「むん……ぬぉぉおりゃぁぁっ!」

 

 否。

 

 あの段階は黄昏の力なしには困難だと断じる。

 

 一月前に比べれば、平均的な出力は間違いなく向上している。そしてやはり、このエネルゲイアにおいて、長期戦は愚策であり、自身の強みを活かすならば、有利な間合いでの必殺の一撃が最適解。

 

「――くっ――がっ!」

 

 メイスが頬を掠めた所で、追撃の変則的な蹴りを再び腹に貰い、打ち上げられるように身体毎空中へ投げ出されるが、跳躍からの打ち下ろしは身を捻ってやり過ごし、胸部を蹴った反動で距離を取って着地する。

 

「っ……」

 

 これは折れたと認識せざるを得ない。だが本数は数えたくもないため、二本と思っておく。

 

 祖父の言葉を思い出す。

 

 折れてないと思えば折れてない。

 

 残念ながら、自分はそこまで愚かにはなれない。

 

「……ふぅ……すぅ……ふぅ……すぅ……」

 

 軽い吐血、全身の浅い裂傷と打撲、右肩と左腿は傷の深さに反して出血が多い。

 

 また、激痛は感じるが、呼吸は機能しており、身体は動く。問題はない。

 

 

 そういえばもう一つ、先輩から受けた指摘があった。

 

 私の攻撃は、避ける程に、避けにくくなるらしい。個人的には、絶えず工夫を凝らすのだから当然だと考えている。それに加え、劣勢が進む程に、集中が高まるとの話については、現在進行形で実感を得てもいる。

 

 だが、三度目の正直という言葉がある。実際、次被弾すれば、致命傷になる予感はある。

 

「……」

 

 危ない橋を渡る、賭けに出るのは負けを認めるも同じ。故に捨て身は禁ずる。

 

「……っ……」

 

 少しの渇き。それが唯一、集中を妨げている。

 

 隙を突いてくるならむしろ好都合、そう思いながら、刀を石畳に刺し、懐から取り出した羊羹の包装を解く。

 

「……」

 

 金井先輩は変わらない。その立ち姿はしっかりと根を張った大木のようで、その揺るぎない眼差しには、優しさすら感じられる。

 

「っ……んっ! っ……っ……」

 

 痛みと、血の味を塗り替える甘味。不本意ながら二口で飲み込み、骨が内臓に刺さっているかのような激痛と、沁み込んでいく瑞々しい活力が激しい鍔迫り合いをしているようだが、踏み込んだ地面との一体感から、後者の圧勝を悟る。

 

 

「……参ります」

 

 

 刀を取り、動きのイメージへと没入を促す。

 

 後は流れのままに。

 

「……」

 

 万全を期して構えてほしい。

 

 そう願い、先程は声を掛けた。

 

「――――――」

「――ぬっ!」

 

 腰から抜いた短刀を投げる。

 

 メイスの王冠に弾かれ、刃は回転しながら真上に。

 

 踏み込んで渾身の逆袈裟。

 

「――――っ」

「――――っ!」

 

 一瞬遅れたメイスの柄を切断。

 

 ほぼ同時に、刀身が折れた感触。

 

「――」

「――」

 

 先を失ったメイスで強引に突きが放たれる。

 

 刀を離し、左足を軸に後方回転、刺突を躱しながらの肘撃ちが金井先輩の右腿、側部を捉える。

 

「ぬっ」

 

 大腿部への強打に、金井先輩の右膝が地面に着く。

 

 掴むように伸ばされた左腕を跳んで避け、空中で短刀を取る。

 

「っ……」

 

 全力で跳ばず、意識して高さを判断できたことで、瞬時に意図した状況が出来上がる。

 

 金井先輩が反応した直後、右肩に刃を突き立てて着地し、首へ向けて掻っ切って跳び退く。

 

「……」

 

 驚くべきことに、全ての力を乗せたはずだが、刃は半分程しか通らなかった。

 

 それでも、致命傷に変わりはない。

 

 出血はしていないが、斬り裂いた箇所は黒い穴が空いたように傷跡がしっかりと付いている。

 

「っ…………」

「……み、ご、と?」

 

 口の動きから、そう言ったように見えた。加えて、左手の親指をこちらへ立て、グッドサインを示している。ここで初めて、歯だけが真っ白であることに意識が向いた。

 

「あ……」

 

 出てきた時と同様、金井先輩は砂煙と共に姿を消す。

 

 

 場には、自分の荒い呼吸の音だけが繰り返されている。

 

「…………」

 

 勝利ということでいいのか。少なくとも、敗北には数えないことに決める。

 

「……ありがとうございました」

 

 口が勝手にそう呟いたが、もう目の前には誰もいない。

 

「……」

 

 とにかく、先輩との合流を急いだ方がいいだろう。

 

「っ……くっ……」

 

 右肩と左腿を簡単に止血し、出現した奥の入口へ向かう。佐藤さんのアドバイス。やはりファーストエイドキットの携帯は必要かもしれない。

 

 

「―――凄いな。こういうのを浮世離れしてる、と言うのか」

「っ――――――」

 

 

 何の気配もなく頭上から響いた声に振り返った所で、私の意識は唐突に遮断された。

 

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