「――はいっ! 最後に一つだけっ! 本当に凄くっ! 大切な質問がありますっ!」
背筋を伸ばし、腹から声を出して挙手。
「っ……聞こう」
中原がするのとは違うが、見るからに不快という表情。
「乗っ取っている最中の中原の意識について。ここまでのやり取りも含めて、中原の記憶には残るんすか? 今も、意識だけはあって、一部始終をウォッチングしてる、とか?」
「彼女は気を失っている。覚えていたとしても、夢を見ていたような曖昧な記憶としてしか残らないだろう。無論、彼女には何の害も残らないことを約束する。これで、憂いはないか?」
「いやありますよ……理性的な自慢のパーフェクト兄さんって聞いてますよ? 暴力で解決は止めましょうって……」
「些か美化し過ぎていることに加え……君が言ったのだ……僕は、彼女の兄ではないとっ!」
短刀片手に可愛い後輩の顔をした老人が襲い掛かってきた。
「――くっ! いや……対話自体は無駄ではない……無駄ではないぞ……」
自己正当化と知りながら、だらだらと言葉が漏れてしまう。精神的には、涙で前が見えない。
帰りが遅くなるって意味じゃ無駄だろ、という脳内ツッコミに心を刺されながらの回避行動。直線的な動きだったから全然躱せたが、物凄い速さ。
「環境キツいなぁ……」
諸々削ぎ落すと、縦横40メートルに天井までは10メートル弱って所だろうか。最悪とまでは言わないが、近距離パワー型有利の閉鎖空間と言っていいだろう。
「妹は、君のことをよく知っている。その能力の一端もそうだが、中原サヤの身体を傷付けることはしたくないだろう? 先程も用いていた、悪辣な戦法はもう取れまい」
「喋りがバリバリの悪役……」
ただ、そんなことより、中原よりも能力の練度が高い。特に初速は目で追える限界スレスレ。戦闘技術が本来の中原なら、ボコられはほぼ確定するレベルだと思われる。
「――っ! くっそ……」
「っ……やはり見るとやるとでは違うか……無様を晒すのは本意ではないが、見ての通り、一年もの間、常に死地へ赴いていた君には、技術、経験、胆力、全てにおいて届くはずもない」
「死地は盛り過ぎ……」
とは言え、典型的な「だってそんな速く動いたことねぇし」的挙動だ。慣れる前に終わらせたい所だが、身体能力化け物なド素人が達人を下すのはよくある話だ。それに俺は達人ではない。
滅茶苦茶速く接近してきて、滅茶苦茶速くナイフで刺したり斬り付けたりしてくる。おまけにこっちは致命傷になるような反撃はしたくない。一言で言えばしんどい。そろそろ助けがほしい所だがどうした。
そして、このレベルだとその場からあまり動かずに捌いた方が事故は少ない。だって逃げるともの凄い速さで追ってくるから。
横薙ぎは予備動作の前の予備動作が大きく、回り込んでやり過ごすことが可能。刺突は致命傷を与えるのに有効だが、点で捉える動きなので引き付ければ喰らいにくい。
得物も使い慣れていないのだろう。
普段の中原にこの速さで殺しにこられたなら、既に4、5回は刺されているだろう。
「――っ!」
でも余裕はない。
だってパワーとスピードは正義だから。
「っ……まぁ警棒あってもそんな変わらんか」
いやいや強がるなって。全然変わるだろ。
現在メンテ中。そういえば、6月末での部門閉鎖は免れたらしいので、今年が終わるまでは使用できる見通しだ。なのに大事な時にない。不意に過ったが、得物など、身体に同化できたとしても要りません、と言ってた奴がいたような。
「っつぅ……この能力、随分と消耗が大きいな……」
一旦根負けした兄やんが距離を取り、久々に言葉を吐く。
「ですよね。まぁ体力カンストしてるようなヤツが使う分には、大した問題じゃないみたいですけど」
俺からも体力消費について言及したことはあったが、返ってきた言葉は「確かに、食べる量が少々増えました」だけだったので、本人は無自覚だと思われる。
「中原サヤも普通ではない…………っ!」
「――っ! ぐっ!」
最悪のタイミングで一段ギアを上げた最速の仕掛けを受ける。
ラッキー体当たりを喰らい、壁に激突する寸前で能力で押し返し、ショックを吸収するが、そっちに気を取られた一瞬で既に肉薄されていた。
「あ……」
「――ぐぅっ! 何ぃ……ちぃっ」
轟音と共に、俺を貫こうと引き絞った刃が弾かれ、ねね兄は右手を抑えながら再度距離を取る。その判断の速さに、拘束し返す隙はなかった。
「まぁ……只々感謝だけど、どこら辺から出るタイミング窺ってたんだよ……」
「――すぐ出てこうと思ったわよ。けどアンタ、一人でブツブツ何か言っててキモかったから、少し様子を見てたのよ」
金髪、キツそうな目、呆れ顔、たまに見る指定制服姿、スナイパーライフル。
頼れる援軍、桐島レイカの登場。
「キモさは様子を見る理由にはならんだろ……すぐ出てきてくれよ……」
「アンタだって、一番おいしい所で出ていこうとするじゃない」
俺の記憶が確かなら、それはゲームの中の話だったはず。
「桐島レイカ……そちらの注意を怠ったか……とは言え、来る者を拒む機能はないが……」
「ふぅん……男口調のサヤ……アリ寄りのアリね」
「それは同意」
警戒しつつ、俺も入口の方まで跳ぶ。
「兄貴ぃっ! 俺らも助けにきたぜぇっ!」
「っ……おぉ……マジか……」
ニュッと身体半分だけ入口から出てきたのは柿沼後輩と庶務小林。
「うん、間違いなく、私と柿沼は戦力外と断定。レイカさん、私達二人は地上まで戻ってるね」
「えぇ、柿沼。コレ、バラして仕舞っておいて。後は……I8カービンと、一応パックスディエスも頂戴」
「うっす! お願いしますっ!」
レギュラー武器のアサルトライフルと、何かヤバそうなリボルバーをスムーズに差し出す柿沼。今や、ドローン能力を活かした偵察と高いパシリ能力で地味に重宝している期待の庶務だ。
「ありがと」
「やっぱわかんねぇんすけど、何で中原と戦ってる絵面なんすか?」
「それは私達は知らなくてもいいこと。ヤバそうなことは知ろうとしない、これ庶務の鉄則」
「了解っす! 兄貴っ! 俺もすぐ、援護できるようになりますっ!」
「あぁ、割と本気で期待してる」
再びニュッと消える小林柿沼。
「それで、シン。この人誰なの?」
リボルバーをホルスターへ収めながら、カービンの先っちょで人を指すレイカ。
「聞いて驚け。理事長の兄だ」
「えっ? それって……源蔵さん?」
「いやいや何言ってんの……」
「それは君の方だ。僕の名前は源蔵だ」
「え……あ……あぁ……あ、はい」
別に文句がある訳じゃない。ほんの少し意外だっただけだ。
「悪いが、言葉は尽くした……乱入は認めるが、停戦はない。太刀川シン、桐島レイカ……この場で君達を破れば、僕は目的を達成できるかもしれない……」
それは多分無理なんだが、言ってもしょうがない状況なのでもうしゃーない。
「……この人って、何がしたいの?」
「後で話す。とにかく、中原になるべく傷を付けず、拘束したい」
「当たり前でしょ。サヤの柔肌に傷を付けるなんて、絶対嫌」
「だから、麻酔弾のをチョイス――っ……」
棺の傍らに立っていた源蔵さんが、ゆっくりと浮かび上がり、こちらを見下ろす。
「おいおい……何で浮くんだよ……」
「理事長も浮いてるじゃない。そんなに驚くこと?」
「つまり、中原に乗り移った状態でも、自分の能力が……いや、普通に浮けないはずなんだけど……」
考える必要もなく、魔王召喚と空中浮遊は別物だ。思念体だから浮けるっていうテキトーな道理なのか。
「妹程、エネルゲイアを操れる者はいない。その記憶を共有し、学んだ僕ならば造作もない。これは……中原サヤのエネルゲイアだ」
「……」
実の所、未知の何かであるよりは、そう言ってくれた方が助かる。
「身体能力を極限まで強化すれば、空も飛べる。そういう話?」
「少なくとも、今はそれで十分……問題は、見てただろ? トワイライトの全力ナギと変わらんレベルで速いぞ」
「っ……なら、別に大したことないって言いたい訳?」
急に目、怖っ。
「え、いやまぁそうい――とぃ!」
「――ちょっ!」
レイカを吹き飛ばして自分は逆サイに跳び、超絶高速体当たりを寸前で回避する。が、源蔵じいさんは俺を追い掛けて旋回、中々の殺気を放っている。
「ごめんっ! で、レイカっ! 頼むっ!」
せめてもう少し空間が広ければ、そう内心で愚痴りながら右回りで走る。
「中原っ! 多少の怪我は勘弁しろよっ!」
反撃宣言とも取れる一言のおかげか、追撃の軌道が少しだけ大回りになってくれる。
「頼むって、何か策はあるのっ!」
「考えてるとこっ!」
月面宙返りは着地狩りに遭いそうなので封印しようと決める。
「いつまで逃げられるかっ!」
頬を掠める右ストレートをギリギリで躱す。
「墓で戦うとか、そもそも罰当たりな……」
「今更だな。ここは霊園区画……君は既にツバキ、いや、薙刀の名手と激しく戦っただろう?」
「楽勝だったけ、どっ!」
チェンジオブペースで間合いから何とか逃れ続ける。
そして、レイカが来てくれる前から、止めるか吹き飛ばすかしたいと狙ってはいるが、結構シビアなコントロールが求められる上に、そこまで引き付けるリスクは中々に高い。
普段なら失敗時はダメージを返すという保険があるため余裕を持ってタイミングを計れるが、とりあえず今は止めておこうと思った。
「シンっ! これ、をっ!」
「をっ! って……」
随分とテキトーな所へ投げられた拳銃を犬のように追って空中でキャッチ。先程のリボルバーではなく、見せてもらったことがあるフルオートのヤツだ。
とりあえず発砲。
「っ……」
弾は真っ直ぐ飛んでいるが、数瞬前なら捉えていたであろう所を虚しく通過していく。
「こんなん当たらんて……」
そう。真っ直ぐ飛ばせても当たらない。レイカはしっかり普通ではないのだ。
「下手な鉄砲って言うでしょ?」
「上手く行くもんかねぇ……」
諦めたらそこで、の根性でトリガーを引き続けるが、諦める前に弾切れとなってしまった。
「一応言っておくけど、あんな速さで動かれたら私でも無理だから」
「それを早く言ってくれっ!」
「捉えた――っ」
封印したはずの月面宙返りが勝手に発動。投げ捨てた拳銃でほんの少し意識を削げたのが大きかった。
「クソエイムかましただけかよ……」
そして予想通り、着地した時には既に間合いを詰められていた。そして体術の方も、大分馴染んできてしまったのか、対応困難なレベルに達している。
「ちぃ……さっきから、何を狙っている? 一見意味のない行動のようだが、何か罠を張っているのだろう?」
「すぐわかる」
超絶に速い左ストレートを後方へ倒れて回避し、踵で軽く跳んで転がり、仕切り直す。
「…………っ!」
「――っ! っ……っ。へぇ……もう諦めて浮気? あの執念深い子のお兄さんとは思えないっ……わね……」
不意な方向転換でターゲットをレイカへ変更、からの強引に押し倒してのマウント。そして、その言葉にイラついたのか、中原源蔵さんは首に押し付けていた手の圧を強める。
「麻酔は無駄だ。撃ちたいなら撃てばいい」
肩に押し付けられているカービンの銃口を左手に握りながら、挑発するようにそう言いつつも、源蔵さんは俺への警戒を怠らない。
正直、あんな風に捕まってしまったら、レイカに返す手段はない。
「っ……最後くらい、許されるわよね……シン……覚えてる? 私の好きな…………宝石」
「何を……言っている……」
強い困惑と怒り。また一つ、中原のレアな表情が拝めた。
「……ルビー、だっけ?」
「っ……太刀川シンだけでなく、桐島レイカ……君まで狂っていたとは……っ! な、何を……している……」
カービンの弾倉を外したレイカは、掛けられた言葉には構わず銃を横へ放り捨てた。
「っ…………」
ゆっくりと右手を二人の方へ突き出すと、ややパニック気味な後輩の瞳がこちらを睨んでいた。
「――ワンレターコネクト」
一年近く思ってる。
詠唱しないと発動しないこの仕様、何とかならんもんか。