「っ…………っ……ぐっ……な……動けない……何を、した?」
マウント体勢で右手はレイカの首へと伸ばし、こちらを睨みつけたままフリーズしている源蔵さん。こうなってしまうと馬鹿力や気合、根性などではどうにもならない。
「ちょっ……抑え付けてる手まで動かないとか、融通利かないわね……」
そして本人も口にしている理由により、結局マウントから脱せないレイカ。
「しょうがないだろ。能力なんて皆そんなもんだって。で、勝敗は決しましたよね? もう一回、対話のターンに戻りましょう。出来る限り……その、譲歩はするんで」
つまり不満気な二人。
これでは普段と何も変わらないではないか。
「……それには及ばない。どうやら、敗北を認めてしまったようだ……」
俺へ目を向けたまま拘束されている源蔵さんは、どこかスッキリとした眼差しに寂しさを滲ませながら、スッと表情を消した。
「あ……っと」
突然力が抜け、前方へ倒れ込んだ中原を、レイカが受け止めて抱き締める。
「そっか……それが勝利条件だったのか……」
青薙刀美少女の睨みを思い出しながら、頭を搔く。
「うーん……負け逃げもどうかと思うなぁ……」
勝ち逃げ程のムカつきはないが。とりあえず、中原の状態をチェックしたい所。
「よっと…………それで?」
中原を抱っこして立ち上がり、何かを促すレイカ。
「えっ? あぁ…………レイカ、そもそも宝石に興味ないよな?」
「っ……うん、そ」
表情を見るに、何とか選択肢は間違えなかったようだ。
「ねぇ、ここは鬱屈としてるけど、外は綺麗よね? 出る前に少し、ダラダラしていかない?」
「高校生らしく?」
そういう成分が足りない時、レイカは制服を着るらしい。確度の高いマコト情報である。
「そ。たまにはね」
「そっち方面なら、たまにじゃなくて普通に歓迎したい」
応えつつ、入口兼出口を通る。その前に一度振り返ってみるが、棺も含めて何の気配も残っていなかった。
「アンタさぁ、この【……タス……ケテ……】っていうメッセキモいから止めなさいって言ってるでしょ」
スマホを弄りながら、苦言を呈される。
「まぁまぁまぁ。そういえば意外だったんだけど、前の闘技場ステージ、小林柿沼も通過できたんだな。運が良かったのか……まぁ、小林は独特のしぶとさを持ってるからな」
「はっ? こっちが聞きたいんだけど、あの変な岩何なの? 何回レバー引いても一か所しか開かないし、二対一なら、アンタ達楽勝だったでしょ? 実際そう言ってたけど」
「えっ?」
話が噛み合わず。
少し擦り合わせた所、追ってきてくれたレイカ達三人は一か所の入口に三人で入って闘技場まで辿り着けたとのこと。逆にこっちは二か所に分かれなければ進めなかったことを説明。
「ギミックが分からんなぁ……ちなみに、どんな相手だった?」
仮説は、非戦闘員、一定の実力のない者は出場枠から弾かれる、とか。でも、もうどうでもいいや。
「真っ青の小っちゃい男の子。電磁ネットガンで拘束したら消えちゃったわ」
「武装が強過ぎんだよなぁ……」
しかもそれ、初見殺しの代表格みたいなヤツだし。
「何言ってんのよ……すばしっこくて大変だったっての……アンタ、アレ1発幾らするか知ってる? 7000万よ。来月末まで補充はなし。必要になったら、アンタ名義で買わせるから」
「……それは、その時に考えよう……」
全額負担ではないだろうが、使わないに越したことはない。
言うて、斑鳩の方からしたら大したコストとは思ってないに決まっているのだが。
「――っ…………っ、何故……」
「あ、気付いたのね。もう大丈夫よ」
意識を取り戻した中原、抱えたまま愛でるレイカ。勝手だが、一件落着感が俺の中で漂う。
「あの……おそらく、自立歩行は可能だと思われます」
「何いってるの。さっきまで気を失ってたのよ。小林さんに診てもらって、異常がないとわかるまで、油断してはいけないわ」
言うまでもなく、もう暫く中原を抱えていたいというレイカのエゴから出た詭弁である。
「っ……先輩……」
「うん? あぁ、小林も後詰めで来てくれてるから。そういや、気を失う前の最後の記憶はどこら辺になる?」
当然の如く懐かしくもないが、律儀に闘技場エリアを通って再び回廊を経由するらしい。ここも、入口まで転移させてもらえるシステムは用意されていない。
「……明確なのは、ここでの戦闘が終了した所まで、です……そこで声を掛けられ、意識を消失しました。後は……断片的に、記憶があります。知っての通り、身体を操られていたようです」
さすがの冷静さと理解の早さ。俺ならもっとオロオロし倒す所だが。
「そういや、どんなのが相手だったんだ? お前そこそこズタボロだったぞ……」
「アンタが戦ったのは、薙刀の人だったっけ? 私の方も、相性が最悪だったら、苦戦もあり得たと思うけど」
変わらずに中原の頭を撫で続けるレイカ。どうやら一時的に姉属性を纏っているらしい。
「私の相手は、金井先輩でした。重い打撃武器を操る難敵で、敗北の可能性は十分にあったと思います」
「「えっ?」」
レイカの撫でる手と、俺の歩みが一時停止させられる。
「とんでもないのツモったな……いやだから、正面の入口は止めとけって言ったんだよ」
「金井先輩とタイマンなんて……想像しただけで鬱陶しいんだけど……何撃っても弾きそう……」
「いえ、非常に好感の持てる武人でした。例えるなら、先輩のような濁流とは違い、清流の如く淀みない、王道の強さを備えた立ち合い。少々、手加減されていたようにも感じられます」
今の、俺をディスる必要なくね。
「そりゃそうって話だけど、登場したのは源蔵じいさんも含めて、理事長の関係者か」
まぁ、他人の深層心理をそこまで気にするのも野暮か。目的は果たせた訳だし。
「…………ワンレターコネクト……」
「うん?」
ホントに出口まで抱っこで行くんだ、と思い始めた所で、ツィートが耳に入る。
「先輩、あのエネルゲイアは何なのですか? 条件を満たせば、相手の動きを制止できるというのは理解できましたが」
「あー、別に動きを止めるとかじゃないんだけど、その通り、条件がダル過ぎて使い勝手は最下位のヤツだよ。ねねさんは知らないから、さっきは普通にハマったけど」
能力はよくわからん効果のものが多い。それもあって、強力かどうかよりも、知られていないということの方が有効である場合も、また多い。
「ワンレターコネクト。これ、本当に一文字を繋ぐって意味になるの?」
「知らんて。詠唱は俺が決めてる訳じゃない。もちろん、決められるならもっと短くする」
俺の能力を99パー知っているレイカとは、あまりこの手の話はしたくないのが正直な所。
「それで、その条件というのは?」
「……」
言葉に圧がある。これは教えないと納得しないヤツだ。
「シンが能力を発動してから、会話の最初の一文字を繋いで、意味のある文章を作るの。もちろん、独り言は禁止だし、相手の問い掛けを無視することや、脈略のないことを言うのも駄目。だから、知ってたら妨害も楽だし、使い勝手は確かに悪いわね」
お前が言うんかい。
「さておき、最後のはかなり強引だったよな。許容範囲内だとは思ったけど」
「もっと酷い時も発動できてたから、大丈夫だと思ったのよ」
とは言え実際の所、あんな風に合わせてくれるのはレイカ位だから、実質木曜日でレイカと一緒に行動している時しか使えないと言っても過言ではない。
「っ…………先輩、冗談ではなく、今後のために、無意味な効果でよいので、一度使ってみて下さい。正直、羊羹10個分と思うと、断腸の思いではありますが……」
「何でだよ……断腸なのは俺だろ……」
「いいじゃない。これからも、一番行動を共にするんだから。ほら、何でもいいから」
「だって無駄やん……」
割とマジで無駄遣いなんだけど。
「早く。もうすぐ地上に着いちゃうわよ」
「んなこと言われても……」
「そういえば、サヤの好きな動物、知ってる?」
「ごりら」
「……動物として好きかと言われると、そういう訳でもないのですが……」
「……ワンレターコネクト。ほら、二人で責任を持て」
無駄に出現した串団子を、レイカの口元へ向ける。
「んっ……えっ? 雑な割に本気で美味しいんだけど……」
串には残り3個のこしあん団子。次は中原へ。
「っ……はい。いただきます……んっ……っ! これは……」
「ったく……」
毒を食らわばな感じで、無駄に能力を使って残りの2個を串の先へゆっくりと押し出して止める。とにかく、これで手が汚れるのマジで嫌やわ。
どら焼き、おはぎ、柏餅以外の和菓子は普通という俺にとって、大した魅力もない団子を、二人は文句も言わずに平らげる。
「っ……ねぇ、これ、同じクオリティのものを、もう一度みたらしで出せない?」
「あ……私も、全く同じことを考えていました」
「っていうかお前らチョロいな……今ので12ポイント入ったぞ……」
当たり前だが、ポイント目当てな気持ちで何かを行い、感謝されてもポイントは貰えない。そして無体なシステムかと思えば、こんな馬鹿馬鹿しいノリで入ったりもする。
「ならいいじゃない。元は取れるでしょ?」
「お前は知ってて言ってるだろ……次同じことしても、邪念込みだから入らん」
「……では先輩、10ポイントを用いて12ポイントが入ったということで、余剰分である2ポイント、我々に羊羹を一つずつ配布すれば、イーブンパーかと」
「俺がただ働きって意味でもイーブンパーになってしまうんだが……」
しかも寄せるので更に無駄しちゃったんだよねぇ。
そして結局、羊羹をカツアゲされる俺。数の暴力とは、げに恐ろしい。
「よし……何やかんやでお疲れ。これで、四月のクーデター関係は一区切りだな」
特にジメジメはしなかったが、暗い地下道から明るい霊園へ。心身共に戻ってきた実感が湧き出す。
ここの景色は上から一望するのも素晴らしいが、こうして見上げるのもやはり一興か。芝生と十字架、緑と白の広大なコントラストは、見ているだけで気分が良い。
「レイカさん……さすがに、降ろして下さい」
「しょうがないわね。はい」
「ありがとうございます……先輩」
「あぁ、何か……青くない、な」
見上げたメインポータルと大木、その少し手前には、数人が集まって、何やら談笑しているように見える。ただその面子に関して、マコトに小林、柿沼まではいいが、他の五人はやはり。
「レジャーシートまで用意してくるなんて、さすがはマコトね」
内心で若干首を傾げつつも、危険は無さそうなので、のんびりと景観を楽しみながら向かう。
「三人共、お疲れ様。急なことだったから、十全な準備とはいかなかったが」
「ピクニックに最適だとは思ったけど、まさか実現するとは……」
時間的にもティータイムには最適、レジャーシートだけでなく、折り畳み式の椅子、複数のデカい水筒にクーラーボックス、ドーナツ、ピザ、サンドイッチ、紙コップにホルダーまでと、至れり尽くせりが過ぎる。
既にレジャーシートの上には腰掛けて始めている小林と柿沼、指定制服姿の見知らぬ男女一名ずつ。
「太刀川シン君、桐島レイカさんに、中原サヤさん、だね。私は稀崎イチロウ、驚いたことに、元学園生なだけでなく、稀崎マコトさんの血縁者でもある」
人を見た目や髪の毛で判断してはいけないと言われて育った身だが、それでも感じるマコトと同様の聖人オーラ。この人が最終話手前で裏切る感じなら、少々人間不信になってしまうかもしれない。
「それは、確かに驚き……マコトは、知ってた?」
レイカ、中原にも穏やかに話し掛けるイチロウさん。
「失礼なことに、把握はできていなかった。次実家へ戻った際に、家系図を見せてもらおうと思っている」
その口振りだと、曾曾じいさん以降であることは確定的か。
「全然イイんだけど、何で一緒にお茶する流れに?」
しかも、兄やんと金井先輩がいない。そして当たり前のことだが、さっきからずっと無言でこちらを睨んでいる薙刀娘とは、未来永劫視線を交わすことはないだろう。
「申し訳ないことなのだが、私の我儘なんだ。少し、話ができないかと思ってね」
中原はドーナツへ、レイカは先程やり合ったと思われるショタっぽい人と話をしている。
「話、ですか。あの……源蔵さんと、金井先輩は?」
「金井は、既に君達と交流があり、混同を防ぐため、控えるとのことだ。彼については……どうやら、敗北したことも含め、少々気まずいらしい」
「そう、ですか」
今さっきまでガッツリだった訳だし、わからんでもないが。こっちとしては途中で回線落ちしたような感じなので、残念ではある。
「そういえば、何でさっきは皆さん、真っ青だったんですか?」
「あぁ、それは、エネルゲイアの関係だね。全力で戦うとなると、色々とリソース面で問題があるようだ。なので、色の部分で余裕を持たせるということだね」
処理落ち防止のような、そういう方向性での事情だったのか。
「なるほど。あ……それに……そっか。皆さん、年代バラバラ、か……理事長の認識を人格として、その記憶によって状況も理解している、だったか……」
それでも、世間話をする分には本来のひととなりに近い感じなのだろうが。
「そういうことになる。ここにいる者の人選はともかく、彼女は他者を傷付けてしまったことを悔いて、自身の歩む道に無意識下で疑問を感じたのだろう。それが形を成したのがこの区画であり、必要な障害として、我々が参戦することとなったようだ」
「なるほど……源蔵さんにしても、兄として、純粋に心配しての言葉だとは思いましたが……」
「そう言ってもらえるのは嬉しい。迷惑を掛けて申し訳なかったが、彼も自分のことで長く妹が苦しんでいる側面に、我慢ならなかったのだろう。これは、私でもそう思うだろうというだけの話、なのだがね……後は……素直に気持ちを言葉にするのは、彼のプライドが許さなかったのかもしれない……」
これも血なのか。マコトの兄さんか父さんか叔父さんと話しているような感覚に陥る。正確には、多分遠めのお爺ちゃん。
「確かに、嫌な感じはないけど、偉そうではあったな……」
「私も、似た印象だ……この学園の存在、彼女の悲願……道理や善悪からすれば、少なくとも歪ではあるだろう。それでも、既存の仕組みを放棄する難しさ、皆が想像するその反動は、外の世界が抱えているそれと、大差ないのかもしれないね…………私本人が生きた時分よりも、結び目は複雑に、より強く絡んでいるようだ……」
稀崎さんの視線を追って、空を見上げる。俺は、自分の周りのことで手一杯だし、その範囲ですら、色々と足りない。
「あの……軽くつまみながら、色々とお話が聞ければと思うのですが、マコトとはもう話を?」
「あぁ、家業の未来について話が聞けるというのは、非常に不思議なことだよ。形あるものがいつか無くなることは理解しているが、想いを継いでくれているようで、とても幸せなことだ」
稀崎家の二人に挟まれながらレジャーシートの方へ。中原のドーナツを平らげるペースが尋常ではないが、俺が今食べたいのはピザなので気にしない。
桜の花は無くても、それに劣らない風景の中、2か月振りの花見と洒落込みたい所。
「――おい、貴様……」
折角靴を脱いで座ったというのに、頭上から呪詛のようなドロドロとした声が落ちてくる。
「うん? レイカ、呼ばれてるぞ。ファンなんじゃないか?」
「遠い過去の世界で活動した覚えはないわよ。その人は、アンタのファンでしょ」
殺り合った者同士であっても何故ここまで対照的なのか。レイカとショタ君はすっかり打ち解けた様子で他の面々と談笑しながらサンドイッチをパクついている。
「よし……いやぁ、先程はお互い、ナイスファイトでしたね。ただ、そうは言っても、戦いが終わればノーサイド……一緒にピザでもどうですか? あ、ピザっていうのは西洋の有名な料理でして――」
「――ピザくらい知っているっ! そんなことより、今一度闘技場へ足労願おう」
とんでもないことを言い出す薙刀娘。とりあえず菊千代さんと命名する。
「はっ? いやいや、もう競技の時間は終わって、後夜祭のターンですよ? ほら、周りを見て、この泰平の世では空気を読むというのが非常に大切でして――」
「――黙れっ! 先の立ち合いでも……いやっ! あんなものは立ち合いとは呼ばんっ! 何度打ち込んでも返すのは戯言のみ……かと思えば、妙な技で謀ってくるとは……この、外道……」
「えぇ……言うてそんなでも……」
何が地雷だったのか。この方のパーソナリティに関わる限定的な無礼があったのかもしれない。でも正直、今はピザが食べたいです。クーラーボックスの中に斑鳩レモンサイダーもあるし。
「うーん……よし、不毛なやり取りを続けるよりはマシか。では、俺の一番弟子、中原に勝ったなら、再戦を受け入れよう。それ以上は譲歩できん」
「何? 中原……あの黒い娘か」
依然としてドーナツを貪っている黒セーラーと菊千代さんの視線が今、交差する。
「……先輩の軍門に下ったつもりはありませんが、仕合ならお受けします」
「いいだろう。では、こちらへ」
「はい。勝った方が先輩への挑戦権を得る、ということで理解しました」
「何……だと……」
トマトとチーズとバジル、マルゲリータの爽やかな旨味に、精神的な要因から苦味が混ざる。
「…………」
「…………」
俺の呟きなど意に介さず、石碑の方へ歩いていく二人。
黒セーラーサムライガールとJK制服薙刀娘。金が取れそうなカードではある。
「ちょ、マジさぁ……話が締まらねぇだろーが……」
手に持った残りのピザをレモンサイダーで流し込み、俺は仕方なく靴を履き直すと、無策のまま二人の背中を追った。