トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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食糧支援 1

「――先輩、これはどういうことですか?」

「あん? どういうことって、何がどういうこと?」

 

 こちらを向きもせずに返され、極少量の苛立ちが足される。

 

「……お米です。10キロを3袋、何故無洗米を選択したのですか?」

「何故って、普通無洗米だろ?」

 

「何がどう普通なのかはわかりませんが、限られた金額の中で選ぶなら、無洗米は避けるべきです」

 

 これでもし、無洗米の中で最も安い商品を選んでいなかったら、勝手に戻してしまっていただろう。

 

「中原って、アンチ無洗米?」

 

「敵対はしていませんが、確かに無洗米を購入したことはありません。一般的に、炊き上がりがやや固めになってしまうようですし」

 

「俺の使っているダイヤモンド銅釜なら多分問題ないんだけど」

 

「いえ、そこは論点ではありません。今選んでいる無洗米は4千円、こちらの北海道産のものは無洗米ではありませんが、3千円程です。3袋購入するなら3千円近い差が生まれます。その分を、賞味期限の長い副菜などに充てた方が適切かと思います」

 

 お供あってのご飯、ご飯あってのお供、これは自明の理である。

 

「うん……まぁ、そんな予感はしてたけど、折角新鮮な感じの私服なのに、お前オカンみたいだな……」

 

「もし私が先輩の母親なら、そのような軽口を返す人間には何があっても絶対に育てません」

 

「軽口への返しが重過ぎる……」

 

 そそくさと引き返してきた先輩は、私が進言した通りに商品を手早く入れ替える。

 

「……最初からこの流れが決まっていたのなら、事前連絡の際、外部委託と言わず、レジスタンスの方への食糧支援と言ってほしかったのですが」

 

 五月三十日、日曜日。

 

 前日の土曜日に先輩から外部委託の予定を聞いていた私は、現在都内の大型スーパーマーケットで買い物をさせられている。

 

 大人数で共同生活をした経験のない私には、ここまで広い売り場面積を有した店舗へ来るのは初体験であり、おそらく今後も、まとめ買いをする習慣のない私が足を運ぶことは少ないだろうと思われる。

 

「……今日的な視点で見ればそうだな。まぁでも、お話メインの場に同行するよりは全然マシだと思うぞ。何なら、中原に会議的な方を任せて、俺がそっちに行きたい」

 

「そんなことをすれば、間違いなく困るのは先輩ですが……」

 

 確かに、いつも億劫そうな様子を見せるこの男の出発前の表情は、一段階その億劫さが強いように感じられた。私自身、会議のような場へ赴くとしたら、面倒と感じてしまうことは否めない。

 

「焼肉のタレとマヨネーズ……五人いたとしても、一か月でマヨネーズ3本使うか?」

 

 スマートフォンのメモアプリを見ながら、先輩は首を傾げている。

 

「全ての食物にマヨネーズを使用するという輩の存在は、以前耳にしたことがあります」

「誰だろう……モリスかな。穂村姉も普通にあり得るけど」

 

 自分で言っておきながら、特に関心の無さそうな先輩は、ぞんざいにマヨネーズを私の押すカートへ入れていく。

 

「……先輩。調味料は、品質の良い商品を選ぶべきです。特に、マヨネーズは塩分など、気を払うべき要素が多く含まれています。その見たことのない会社の商品を否定する意図はありませんが、こちらのマヨネーズと言えばな企業の物を選んだ方が、無難かと」

 

「お母さん……いや嘘嘘冗談。じゃ、斑鳩のにしとくか……」

 

 というより、大抵の物は斑鳩のものを選べば問題ないというのは、風潮に近くなってきているようにすら思える。

 

 その一族であり、知り合いでもある斑鳩先輩からも、不正などをせず、問題が起きないよう頑張って、起きたらすぐ素直に謝るのが最大の保身、というのが会社全体の認識だと耳にした。それ程に巨大な企業なのだ。

 

 リストにある品を全てカートに入れた後は、普段通りの無為なやり取りを繰り返しながら、残った金額分の食料を選んでいった。少なくとも、もやしだけで過ごすよりは現代人らしい食生活ができることだろう。

 

 レジスタンスの正規メンバーとされているのは八人。現在、その内の五人が学園の外で生活をしており、エネルゲイアを悪用する組織に対処しているとの話だ。ただ、この話題が学生会の中で出ることはないため、私自身の関心が薄いことも手伝って、よくは知らない。

 

 残りの内の二人は三年生の男女と聞いたが、その二人が学園内で貯めたポイントの一部を毎月先輩が受け取り、こうして食糧を買って届けるという形で正式に決まったらしい。

 

 稀崎先輩から聞いた話では、学園外の五人はアルバイトをすることもできず、少しでも不審な金銭の動きがあれば、国から全て没収されてしまう状況らしい。以前モリス先輩が海外のカジノで得たというお金も、同様の流れを辿ったようだ。

 

「先輩、そういえば、彼らはオリエンテーリングで60万ポイントを得たはずなのですが、それで食糧問題は解決されなかったのですか?」

 

 何故このことを失念していたか。当然、興味がないからであろう。

 

「あぁ、アナログに金券とかを経由して現金化までは良かったんだけど、モリスが競輪で堅めに5倍か6倍に増やして、それが、レジスタンスのリーダーと、国にもバレて、全部没収。報告によれば、穂村姉とスレッジ先輩がモリスを殺しかけたらしい」

 

「……そうですか」

 

 愚問であった。

 

 本日、先輩と私がこうしている以上、そう考えて然るべきであった。

 

「いやぁでも、国も凄げぇよな……モリスもしっかり、配当を券売機から出てくる上限金額に合わせて複数枚車券を分割して買ったのに、余裕でバレたんだって」

 

「何を言っているのかわかりませんが、モリス先輩の悪知恵を国が上回ったということは理解しましたし、単純に良かったと思います」

 

 通常の人間なら、まず雑談しながら歩くことなど不可能な荷物を両手に抱え、先輩と私は電気街がある駅の近く、大型なものも設置されたコインロッカーの前まで来ていた。

 

「多分、二か所でイケるかな。で、鍵を……出来れば穂村姉、無理なら他の誰かに渡すっていうのが、本日の任務になります」

 

 業者に発注でもしたのか、持参したクーラーボックスは大型のロッカーにジャストフィットで入り切っている。いずれにせよ、鶏むね肉を主なタンパク源とする生活は、健康上も決して悪い選択ではないだろう。

 

「直接届けないのは、先程の話の通り、でしょうか?」

 

「だな。本来は俺ら学生会が監視ってことで正式承認なんだけど、とは言え、国と学園の一部からは人類の敵みたいな扱いを受けてるから、国としても裏から見張らない訳にはいかないんだろ。でも、穂村姉にはテレポートがあるから、この方法なら露見する前に撒ける」

 

 説明を受けつつ、二台分の鍵を受け取る。

 

「で、どこでもアパートなんだけど、能力持ってない人間は入れないから。えっと……メッセにリンク貼っといたから、その地点に頼む。後は、これ」

 

「っ……これは?」

 

 反射的に受け取ったのは、電子マネーカード。

 

「1万入ってるから。用事が済んだら、漫喫でもイイし、食べ歩きも結構イイ店多いと思う。残ったら、今後の経費で持っといて。っていうか、やべぇ2時……結構ギリギリだわ」

 

 言いながら、先輩は既に駅の方へ足を向けている。完全に突き返すタイミングを逸してしまった。

 

「あ、そうだ」

「っ……」

 

 横断歩道の前でこちらに振り返る。

 

「入ってる報告だと、今日はほとんど危険はないから、巻き込まれ系があっても、大丈夫だとは思う。後、ナンパされたらすぐ逃げろよ。殴っちゃ駄目だ、ぞっと……」

 

「……」

 

 負の感情が視線に乗ってしまったのか。

 

 先輩は語尾を濁しつつ、逃げるように横断歩道を渡って今度こそ駅の方へと向かっていった。

 

「…………」

 

 気を取り直し、こちらも行動を開始する。

 

 先輩から送られたリンクをタップし、マップアプリに接続、事前に聞いていた通り、個人的には電車やバスを使用する距離ではない。

 

 思い返してみると、学園外を一人で歩くのは久しぶりなことではあったが、やはり感慨はない。これについては、エネルゲイアを得る前であっても然程変化はないように思われる。

 

 そもそも、2か月前まで住んでいた場所も、ここから4駅しか離れておらず、その間の体験が特に濃厚であったことは間違いないが、それでも懐かしさを抱く程ではなかった。

 

 都内、日曜、日中、晴天ならではの賑やかな往来に紛れて20分程歩くと、古書店街を抜けた辺りでそろそろ目的地が見えてくる。どうやら、比較的古い、七階建てのビルのようだ。

 

「……」

 

 人通りはやや落ち着き、加えて、誰もが私とは反対方向へ向かって歩いていく。

 

 そして遺憾ながら、先輩の指摘通り、ここへ至るまでに二度、男性から声を掛けられた。ただ、用があることを丁寧に説明すると、笑顔で事なきを得たので特に問題はない。やはり質の悪いナンパなど、創作物の世界の空想なのか、少なくとも、自分には縁遠いようだ。

 

「……」

 

 大分前からわかっていたことだが、この通りにアパートはない。住宅街へは、道を入って更に先へ進まなければならない。

 

 結局、ビルの前まで到着してしまう。周囲に人はいない。

 

 各階、事務所のような形で使用されているのか、三階と四階は空きテナントとなっている。

 

「…………っ!」

 

 一歩足を前へ踏み出すと、景色が一変し、確かに古い二階建てのアパートが目に映る。

 

 所々ひび割れた石塀に囲まれた敷地、右手は庭のようなスペース、そこには長い物干し竿が二列分、一階三部屋の計六部屋を備えたアパートは、築年数40年程だろうか。

 

 個人的には懐かしい、ではなく古い、と形容すべき風景。所々雑草の生えた敷地内には、ゴミ捨て場も見られるが、このような場所まで業者が来られるかについては、考える必要はない。

 

「……っ」

 

 三歩入った所で周囲を見渡していると、一階の真ん中、102号室の扉が開き、見知っている方と目を合わせる。

 

「えっ? うわっ、尊っ……ショーパンニーハイ……あ、中原さん? もしかして……あれ? 太刀川は一緒じゃないの?」

 

 小走りで寄ってきてくれる。顔を会わせるのは二度目だが、どうやら覚えていてくれたようだ。

 

「こんにちは、穂村先輩。今回は、私一人です。それで、こちらを」

 

 話の早い展開を受け、目的であるコインロッカーの鍵を差し出す。

 

「っ……ありがとう……先週無かったから、今週こそって思ってたけど……あぁ……これで、もやしから解放される……」

 

 その言葉だけでなく、目に涙を浮かべながら両手で鍵を受け取る穂村先輩。妹の穂村先輩と比べるとそうでもないが、確かに四月に会った時よりも、少し痩せたのかもしれない。

 

「あー、でも……そう、だよね……事前に来る時間がわかってれば……でもそれだと……ごめんね、私、すぐ行かなきゃならなくて……」

 

 薄手のパーカーにポーチ、下はジーンズという前回に比べてシンプルな恰好の穂村先輩。アルバイトは不可能とのことだったが、少なくとも遊びに行くようには見えない。

 

「いえ、これを渡すのが目的だったので、挨拶をさせていただいたら、失礼するつもりでした」

 

「うん、そっかぁ……ホントはちゃんと他のメンバーも――っ……紹介はしたくないわね……バカ男二人は昨日から戻ってないし……連中は、まだいるわよね……えっと、一階が私達で、二階が学生会って感じだから。それじゃあ、また今度、ね」

 

「はい、また」

 

 そう言って、穂村先輩は姿を消した。

 

「……」

 

 何の気なく、改めて場を見渡す。

 

 これが、『どこでもアパート』と呼ばれるエイドスの効果か。

 

 先輩は私の刀も含めてどこでもシリーズと呼んでいたが、シリーズ展開する程の種類があるということだろうか。

 

 この場は外から一切の干渉を受けないという。その周囲にはやや古い閑静な住宅街が見えるが、実際はこの敷地外に見える対象物は存在せず、すぐそこの入口と先程のビルが繋がっているのみということだ。

 

 詮無きことだが、現象を素直に受け入れられる己の精神状態に、改めて遠くへ来たことが実感される。

 

「っ……」

「っ……」

 

 二階へと続く、錆びた階段の方へ足を向けようとした所で、103号室の扉が開き、やや小柄な黒髪の女性、一宮カスミ先輩が姿を現す。聞いていた通り、髪の色は短期間で変化するようだ。

 

 カラフルな半袖のTシャツに、ダメージジーンズ、サンダル、そして筒状のケースを背負っている。ただ、その中にある物は常人の想像とは遠くかけ離れている。

 

 互いに自然と目を合わせるが、その無表情からは何も読み取れない。

 

「……誰?」

「学生会、一年の中原と申します」

 

 質問に答える。

 

 映像における彼女のイメージでは、即時交戦も想定される。

 

「太刀川は?」

「今日は別の用事があり、ここには来ていません」

 

「…………ちっ……」

 

 不機嫌さを隠そうともせず舌打ちを一回。一宮先輩はこちらの前を素通りし、階段に足を掛けるが、そこで動きを止め、振り返る。

 

「貴女、この後予定は?」

「特に、決まっていません」

 

「……来て」

 

 それだけ言い、階段を上っていく。錆で変色した階段は、一段上がる度に振動で独特な音を発している。

 

「……はい」

 

 巻き込まれ系があっても、大丈夫だと思う。先輩の言葉を思い出しながら、後ろに付いて階段を上がる。

 

 一宮先輩は手前の205号室のドアをノックもなしに開く。どうやら、縁起に倣って204は無く、一番奥の部屋が207号室だと思われる。

 

 その所業に、胸中にあった一抹の不安が、一気に肥大化する。

 

「……」

「っ……」

 

 やや早足で玄関の方を覗き込むと、引き戸が全開となっているからか、部屋の奥には巨大な人影が見える。

 

「――1回レベルを下げて……っ……っ……ドロー……召喚っ……っ……1枚捨てて……っ……はい、これで最強の布陣……フェイズに入って……こっちを……っはい、ちょっと待って……はいっ、効果を発動――」

 

 声が渋い。

 

 言葉の半分以上が聞き取れない。

 

 その大男は、床に並べられたカードを見つめながら、対面するように置かれた二つの座布団を行き来している。

 

 その独特の世界観に構わず、一宮先輩はサンダルを脱いで奥へ入っていく。ここは、玄関で待たせてもらうことにした。

 

「常室」

「――ターンエン――っ! えぇっ! あ……あ……い、一宮さん……こ、こ、こ……こんにちは……」

 

「中之島は?」

 

 明らかに怯えている大男、それを見下ろす一宮先輩。

 

「え……あ……た、太刀川君の、付き添い、で……」

「っ……天王寺は?」

 

「あぁっ! ご、ごめんなさいっ! あ……て……あ、神崎君と、一緒に……多分……」

「…………付いてきて」

 

 一方的にそう言って、一宮先輩はこちらへ戻ってきて、サンダルを履く。それに合わせ、こちらは部屋を出る。

 

 あの方が、常室カネサダ。学生会庶務、常室先輩の兄だと思われる。

 

 おずおずと立ち上がる。信じられないことに、その身長は3メートル近いように見える。少なくとも、背筋を正せば天井に頭をぶつけてしまうのではなかろうか。

 

 失礼ながら、筋肉質というよりは、肥満に見えてしまう身体付きだが、恵まれた体格と気弱な態度の方に、大きな違和感を覚えさせられる。

 

 ここで一つ思うのは、通常の方法で外へ出られるのだろうか、ということだった。

 

「あ……あ……えっ?」

 

 しかし慣れているのか、予想以上のスムーズさで外へ出た常室先輩と、ここで初めて目を合わせる。敵意を向けるつもりは毛頭ないが、その目には明確な恐怖が滲んでいる。

 

「学生会一年の中原よ」

「中原です。よろしくお願いします」

 

「っ……なかは……えぇぇぇっ!?」

「っ……」

 

 私の名を聞いた常室先輩は、どういう訳か足を滑らせて後方へ倒れる。当然、建物が揺れる。

 

 下はスウェットとサンダル。ただ、サンダルとは言っても一宮先輩の履いているそれとは違い、言いにくいがトイレに備え付けられているようなものだった。

 

 そして上は私でも知っている女児向けアニメのプリントTシャツ。これに関しても、サイズの問題上キャラクターのデザインが崩壊してしまっている。

 

「な、なか、なかっ……は、はら……さん……」

「……学生会と言ったでしょ。アンタの敵じゃない」

 

 意外にも、一宮先輩からフォローが入る。

 

「だ、だ……だって……た、た、太刀川っ……くんが……ま、まい、毎日っ……ころっ……こっ……殺そうとしてっ……くる……って……あ、あぁ……い、嫌だ……怖い……」

 

「………………」

 

 別行動を取っているというのに、何故あの男はこうも自分を苛立たせるのか。速やかにこの場を脱し、会議とやらに乗り込みたい衝動に駆られるも、何とか踏み止まる。

 

「貴女、悪くないわね」

 

 初めて笑顔を向けられるが、とても喜べる類のものではない。そんな胸中には構わず、一宮先輩は階段を下りていく。

 

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