俺の名は椚ダイゴロウ。
しがないロートルだ。
老い先短いとは言っても、お迎えはまだ来ねぇようだ。
この屋台を始めてから、どういう訳か身体の調子がいい。
「っ……マスター、ベトコン特盛」
「へぃ」
「っ……」
読み通りの注文を受けて鍋にごま油を垂らし、にんにくをぶち込む。工程は魂に刻まれちゃいるが、気合を入れて腕を振る。
ベストコンディションラーメンは俺の十八番だ。出す品に優劣はねぇが、思い入れってヤツは時に厄介なもんさ。
何にせよだ、この二人のお嬢さんは、わかっていやがる。
一足先、右隅に陣取った長い金色の髪をした嬢ちゃんは、年頃の娘にしちゃ珍しく、山盛りのにんにくに怯むこともない猛者だ。それに、一滴も残さずにスープを飲み干されちゃ、こだわり抜いた素材も本望だろうよ。
「……」
今し方左隅に座った嬢ちゃんも、眼光こそ戦火を生き抜いたような危うさを感じさせるが、親しみを込めてこの老体をマスターと呼んでくれやがる。密かな夢が一つ叶ったってもんさ。
「…………」
にしても、こいつはどうしたもんか。
「っ…………」
「っ…………」
場の雰囲気がどうにもおっかねぇ。
互いに睨み合うってぇ訳でもなく、なのに火花が見えやがる。俺も焼きが回ったもんだぜ。
「……」
「……あんがとよ」
差し出した器を受け取ってスープを啜る。見たかった笑顔がそこにある。
「……」
麺とスープを口に運んだ時の和やかさ、その間に流れる険呑さ、この落差は年寄りにゃちょいと過ぎた毒かもしれねぇ。
原因はそう。言うまでもねぇ。
在原の兄ちゃんさ。
何度か見たのは修羅場っていうのか。言葉はよく知らねぇが、つまり、お二人は恋敵、互いに相容れねぇって訳さ。長いこと歳だけを重ねたが、こいつは違いねぇ。
「……っ……」
「……っ……」
同じ麺を啜る者同士って言いてぇ所だが、淑女の喧嘩に男が入る隙間はねぇ。それを弁えずに散っていった戦友は、片手じゃ足りねぇ程度にゃ思い付く。俺だって、まだまだ婆さんの糠漬けが食いてぇ。君子危うきにってヤツさ。
「…………」
「…………」
特盛の具の量は並じゃあない。このお二人にかかりゃ、それも形無しなんだが、大切に一口一口味わってくれやがる。
つまりだ。
まだまだこの時間は続くってこった。
「……」
鍋も洗い終わった。食い切るまでお冷には手も付けねぇ。やることがねぇ。
「…………」
にしても、お二人共、そりゃあもう美人さんだ。若い頃の婆さんといい勝負さ。
こういう気の強ぇ女ってのは思い込んだら一途なもんだと聞く。一体、あの兄ちゃんはどちらを選ぶってんだ。
パツ金の嬢ちゃんは、ハーフっつぅのか、異邦人の血が混ざってんのもあって別嬪さんに拍車が掛かっていやがる。この外見が好みじゃねぇ男なんざ探すのも一苦労だろう。
「……」
こっちの白目がちな嬢ちゃん。こいつはもう好きなヤツはとことん好きだろうなぁ。それこそ外見に気ぃ遣ってる様も見当たらねぇが、そんなもんは必要ねぇと言わんばかりだ。
「っ…………」
「っ…………」
相も変わらず、目も合わせずに残りのスープを平らげていきやがる。こうも並ばれると、決闘でもしてるみたいだぜ。
「――あら? 貴女達、二人しかいないのに何故そんなに離れて座っているのかしら?」
「「――っ」」
「……」
お二人にも負けてねぇ別嬪さん。見たこともねぇ色の綺麗な長い髪は、一度見りゃ忘れやしねぇ。
ぶち抜くみてぇに真ん中に座る、その貫禄は大したもんだ。
「桐島さん……それは、何を食べているの? 物凄い香りだけれど」
「……ベトコンラーメンよ。にんにくが効いてて美味しいの」
「ふぅん。意外なものを好むのね。ナギは、同じような香りがするのだけれど?」
「同じ匂いがすんなら同じに決まってんだろーがよ……」
「それだと、体臭が同様の人間は同一人物ということになってしまうわ。貴女は、世の中年男性を一つの生物と捉えているの?」
「っ……面倒くせぇ女だな……俺が食ってんのもベトコンだよ」
「ベトコン? 桐島さんが食べているのもベトコン、ラーメン……ベトコンって、何かの略称なのかしら?」
「……」
「……」
「あら? 二人共、名前も知らない料理を好んで食しているのかしら?」
「ベストコンディションラーメンよっ」「ベストコンディションラーメンだよっ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「貴女達、実は仲がいいのね」
「よくないっ!」「よくねぇっ!」
「……」
「……」
「……」
「……」
「別に、どうでもいいけれど……お爺さん、杏仁豆腐」
「へぃ」
「「はぁっ?!」」