縁側に立ってこちらを見ていたのは、二十代前半から後半な感じの爽やかイケメン。薄緑の浴衣姿が空間とマッチしている。
先手を打つべく直ちに立ち上がり、一歩前へ出る。
「朝早くからお邪魔しています。その際は姿が見えなかったのですが……天津神学園学生会副会長の、太刀川シンと申します」
そういう場面は結構あるので、自然と一礼がしっかりできるようになってきた、はず。
「ほ、ほぅ……それは、失礼を。君があの太刀川君か、妹からも、話は聞いているよ。しかし、今日は平日、しかもこのような朝早く……そう、いうことか……マコトが言っていた考えというのは、そういうことだったのかい?」
「え……えっ? いや、兄さんそれは――」
「――はい。その件について、先程から事情を聞いていて、その……もう少々、時間をいただきたいのですが……」
いきなりキレたりしないってことは、俺が聞いても大丈夫な話ではあると見た。なので誤魔化しに全振りしておく。
「もちろんだ。君には感謝するよ。何だマコト、あれ程の剣幕で反対したのは、まだ話を通していなかったというだけのことだったのか。少し、安心したよ。あぁ、太刀川君、私はマコトの上の兄、稀崎イチロウだ。名乗るのが遅れて、すまなかったね」
「いえ、よろしくお願いします」
ハイクラスなイイ人オーラを見せ付けられたファーストコンタクト。しかも涼やかで爽やか。そして稀崎家は長男にイチロウと名付ける掟でもあるのだろうか。そういえば顔も似てるっちゃ似てる。
「では、マコト、一段落したら、声を掛けてくれ。それと、先日から、申し訳なかった。私に、配慮が欠けていた。どうか許してほしい」
「いや、兄さんは何も悪くない。私の方こそ、ごめん……」
「いいんだ。以後、より思慮深い己を目指したい。では」
穏やかで、優しい表情、これが慈愛というヤツか。そんな笑みをマコトに向け、イチロウさんは去っていかれる。
「…………」
「…………っと」
障子をゆっくりと閉め、息を吐き出す。
「危ねぇ……実際、ゲームオーバーも十分あり得たよな……」
「シン……今のは、悪手だったかもしれないぞ……」
安心の俺とは違い、マコトの表情は少々硬い。これは申し訳なさに起因しているヤツだと思う。
「まず、すまん……で、その上で、なんだけど、まず、外泊期間を破るのは、結構ヤバい。でも、そうしなきゃな理由があるとは思ってる。できれば、力になりたいんだけど、どうだろう?」
「っ……気持ちは嬉しいが、それは、その……家の、話でね。友人に頼るような問題ではないと思うんだ。だがその前に、外泊期間については、申し訳なかった。今、学園に戻ると、このまま話が進められてしまう恐れがあって、どうしても、戻れなかったんだ……すまない……」
先程の、俺視点では二代目のイチロウさんもそうだったが、マコトに謝ると、謝罪合戦が開幕する可能性が高く、今もそのルートを進んでいる。
「うーん……とりあえず、期間は限界まで延長しといたから、明後日の午前中までに戻れば特にお咎めはなし。まぁ、今月はもう控えた方が無難かもしれん。で、マコトの言う通りだとは思う。ただ、流れ上、大雑把な事情だけでも、聞かせてもらって……よい?」
確かに、お家騒動なんて絶対友達を巻き込みたくないもんだし、普通なら力になれるとは思えない。だがしかし、俺の立場とここまでの体験は、普通と呼べるそれらではない。これもまた揺るがぬ事実。口には出さんが、ちょっとだけなら国にコネあるぜ。
「……わかった。何より、そうさせてもらわなければ、話が前に進まないだろう。だが、その前に、ここまではどうやって来たんだい? 住所は、レイカから聞いたのだろうが……」
「あぁ、それは、御手洗トイレテレポートサービスだよ。今回は緊急だったから、ロハでやってくれた」
まぁ絶対後で何らかの優遇措置を請求されるっぽいけど。
「っ……何……だと……す、すまないシン、説明の前に、重要な用事を思い出した。暫し待っていてほしいっ」
「待て待て待て。滅茶苦茶綺麗なトイレだったからっ! この界隈ではティア1だったからっ! っていうか色々すまん。とにかく落ち着け」
素早く割烹着を取り出したマコトを何とか押し留め、宥める。正直、その姿は後で見せてもらいたい所だが。
何とか落ち着いてもらい、本題に入る。
「――発端を言えば、家業が、上手くいっていないんだ。恥ずかしいことだが、現状の打開について、中々前向きな見通しが立っていない……それは、まぁそれとして、なのだが……」
「なる、ほど。それって、急激に? それとも、時と共にじわじわと?」
多分前者だと思われるが。そもそも後者だったら俺の出る幕ではない確率が一気に上がる。
「ここ一か月で、というのは、急激に、と言っていいだろう」
憂いを含んだ表情で、マコトは言葉を続ける。この時点で既に全面協力する気持ちが固まる。
「少し、話したことがあったと思うが、家は、広く見れば漆器で知られているのだが、そもそもは、昔からの縁起物を作っている。近年は……新規開拓も進んでいる。それでも土台としては、その縁で、商売が上手く回っていると言っていいだろう」
「その土台が崩れてるってことか……それも急激に。お客さんの考え方が変わった……えっと、上手く回ってない要因は?」
伝統工芸の衰退については、何かで目にしたことがある。職人の高齢化、後継者の減少、具体的な話では、現在の作り手の方が引退なされたら、同様のスキルレベルを持つ現役がいなくなるというのも耳にした。
「幸い、需要の変化ではない。ただ、家の物よりも良い品を作る職人を抱えた会社が現れてね。更にそれを安く提供しているという話だ。最も古い、個人的な付き合いもあった取引先を失って、父が塞ぎ込んでしまったことも、大きい……」
「それは……聞いただけでもしんどいな……」
今の時代、人情で商売をするのは良しとされない流れだとは思うが、この業界はそういったものも大切にしているようなイメージが、勝手にあった。確かに、いくら付き合いが長いとは言っても、より良い品を、安く提供する相手が現れたら、そちらと取引するのが自然な話か。
いや、でも。
「え……っと、ごめん。その、縁起物っていうのは、どんな……いや、パクり、とかじゃないんだよな? えぇでも、そんないきなり稀崎家の物より優れた作品を安くって……何か、無理がないか? 本当に、専門の人が見ても、そんな感じなのか?」
「私も、直接関わった訳ではないんだ。だとしても、取引相手は、向こうの品を評価していることは、確かなんだ……そう、はっきり伝えられたと、イチロウ兄さんは言っていた」
「っ……あのお兄さんが言うんだったら、そうなのか……なるほど。ちなみに、さっきお兄さんが言ってた、マコトの考えっていうのは?」
流れで誤魔化したが、二代目イチロウさんは、俺の来訪に前向きなリアクションだった。これはどういうことなのだろう。
「っ……考え、というのではなく……それは、違うんだ……」
今度は表情を険しくさせるマコト。
「うん? と、いうと?」
とりあえず分からんので、先を促してみる。
「っ…………くっ、申し訳ない、ことをしたと思っている。シン、釈明させてほしい。最後まで、話を聞いてくれないだろうか?」
「えっ? うん、聞く聞く。あぁサンクス」
何気に立ち話だったのだが、ここでマコトは座布団に座り、背筋を伸ばして正座、俺も対面に置かれた座布団に腰を下ろす。正座は足首に良くないと李教官から聞いたので、胡坐で勘弁してもらう。もちろん、あのおっさんの言うことなので、微妙に信じられん。
「幸いなことに、兄妹仲は、良好だと思う。故に、なのだが、色々と、学園生活についても、話せることは話をしているんだ」
「うん。イイんじゃないか」
さっきのやり取りを見ていれば、仲が良いのは十分伝わってきた。その言葉を疑う余地はない。
「その中で……シンのことも、良き友として、話をさせてもらっている。それで……なのだが……兄達は、何を誤解したのか、その…………あくまで誤解だ。それを強調しておきたい。しつこく念を押してしまって申し訳ないが、大丈夫だろうか?」
「えっ? と……誤解って話ね。OK、把握しました」
何だこの目の前のマコトは。
真面目にどうにかしたいと思っているのに、どうしようもなく目の前の女が可愛い。普段の男装スタイルでは決して見られないモジモジした様子。動画で残したいが、まぁそれは止めておいた方が無難だろう。加えて、先程受けた祝福の風により、そっち方面は間に合っている。
「う、うむ……何処から話すべきか……そうだ、先程の件、なのだが、実は、私に見合い話が、来ているんだ。それで――」
「――え、ちょっと待って」
反射的に口を挿んでしまった。
えっ? 見合い話って、お見合いのことか? あの両家公認の状態に追い打ちで結婚を前提に付き合うという、階段三段飛ばしで約束された勝利の何か。
「なっ、シン……最後まで、聞いてほしいと言っただろう。まだ、話の核心に辿り着いていないんだ。もう少し、先を話させてほしい……お願いだ……」
「えっ? 核心じゃない? って、え……あ、うん、そうだよな。全部聞いてからの方がイイん、だよな? いやホントか? あぁいやすまん。続けてくれ……」
ヤバい。ドキドキが止まらん。マコト、結婚するんだ。しかも、それは結構どうでもいいんだ。マズいな。どんよりとテンションが下がる。
「そ、それで、だな。兄達、いや家族は、その見合いに反対なんだ。なので、兄達が、その…………だな。シン、と……交際しているということにして、見合いを断ればいいと言い出して、だがっ! もちろん、そのような話はもう、立ち消えた。だから、安心してほしい」
急にエキサイティング+早口なマコト。普通に可愛い。
「……」
何はともあれ、どうやらマコトは結婚しないらしい。いや、違う、結婚するのか。偽装作戦はしないことになったのだから。そっか。マジか。
「だが、ここにシンが現れたことで、兄が誤解してしまったようだ。もしかしたら、今頃他の者にもそう吹聴して回っているかもしれない……まずは、それを一緒に訂正してほしい……全ての話は、それからだ」
「っ……なる、ほど? えっと、まず家の話の前に、お見合いの妨害を止めるっていう話を固める、と。その……マコト、結婚するのか? 法的には、そっか。イケるのか……在学中に、なるのか?」
「シン、何を言っているんだ? 私は結婚などしない。もしかして、話をしっかり聞いていなかったのか? つまりだ。こちらが、シンに不快な思いをさせてしまったことを、謝りたい。その、いや……他の者は関係ないな。本当に、すまなかった……」
「……」
マコトは、三つ指をついて深く頭を下げた。ここでやっと、意図が理解できた。
「謝らなくていいし、不快にも思ってないけど、マコトがそうしたいって言うなら、しっかりと受け取った。じゃあ、今度飯オゴってくれればいいから、この話は、これで手打ちにしよう」
別にマコトと恋人にされても嫌な気持ちはないが、そう言っても無理なのはわかっている。
「っ……ありがとう、シン」
「……」
とにかく、笑顔が見れたので良しとしておこう。
「よし、ちょっと先だけど、土用の丑の日に鰻食い行こ。当日じゃなくてもいいけど、その近辺で。店決めといて」
「あぁ、任せてくれ」
「で、お見合いについてはいいとし、て……えっ?」
普段通りの雰囲気に戻ったマコトは、話を切り上げるようにスッと立ち上がる。
「善は急げだ。兄に説明する。一緒に来てほしい」
「あ、あぁ……そっすか」
俺が言うことじゃないかもしれんが、優先順位がおかしくはないだろうか。
既に行動を開始したマコトに従い縁側へ、お兄さんが去った方に歩いていく。ここはそこそこ中心地から外れた住所だが、平屋でもこれだけ土地面積があれば広々とした住空間になるようだ。もしかしたら、住んでるだけで自然と結構歩く生活になるのかもしれない。
「私の口から言えることではないが、大丈夫なのか? キミがここにいても。依頼はちょうど、切りの良い所かもしれないが、忙しいのだろう?」
「依頼もそうだし、中原もいるから。それに、言うて皆優しいから、俺もたまには休まないと」
だからこそ、何とか心配事を断ち切って休日モードに入りたい。理想は奇跡が起こって全て一掃され、マコトとのんびり学園に戻る流れだが、もちろんそこまで世の中をナメてはいない。
「――おぉ、もういいのか。では、こちらからも少し、今後のことについて話しておきたいのだが」
建物の裏手に当たるのか、意外にもイチロウ兄さんは台所のテーブルでお茶を啜っていた。マコトと同様に立ち居振る舞いが優雅で、つまりはこの家庭で育つと身につくパッシブスキルなのだろう。
「兄さん、聞いてくれ。実は――」
「――タイムアウト。ちょっと待って」
「えっ? な、何だ……」
一時後退し、ヒソヒソタイムを取る。何故って、マコトに任せたら話が拗れ倒すからに他ならない。
「マコトの気持ちや責任感はわかるが、ここは交渉担当の俺に任せてほしい。多少だけど、男同士の方が通じ合える部分があると思う。だからちょっとだけそこで待っててくれ」
「っ……いや、しかし……っ」
申し訳ないが、逡巡した所で押し切ってお勝手に戻る。
「すいません、稀崎さん。少しだけ、話を聞いてもらってもよろしいですか?」
「……わかった。短い立ち話の方が、都合が良さそうだ」
「ありがとうございます」
妹に比べて察しがよろしい。これが長男という属性か。男二人、裏口の所まで端に寄る。今更だが、中はバリバリにリフォームされており、台所の設備は最新な雰囲気だ。
とにかくスムーズに進むよう、言葉を選ぼう。
「昨日、よりも以前からだと思うのですが、例のお見合いについて、自分との交際を理由に断る、という案を立てた際、マコトさんは、珍しく感情的になったのではないですか?」
「……全ての話を聞いた訳ではないようだ。だが、その通りだよ。私も次男も、母もそうだが、とても驚いてね。あのような妹の姿は、初めてだったかもしれない……」
「はい。学園では、同じ学生会の仲間として、協力し合っているのですが、彼女は他者の負担になることを嫌います。当然、多くの場合、こちらは負担だとは思っていませんが」
まぁそれも含めてマコトなので個人的には一向に構わんが。
「なので、交際していると偽る案については、彼女の気持ちを優先していただければと、強く、思ってしまいます。もちろん、発言できる立場に、自分はおりませんが……」
「…………その通りだな。すまないが、一つ……聞きたい。太刀川君、君は、妹と交際することに、抵抗があるのだろうか?」
「抵抗は全くないです。正直な所、見合いの相手についても、マコトさんに一目惚れしたのだとしたら、それ自体はしょうがないことだと、思ってはいます」
今回はそういう感じじゃないと思うけど、正式なら、着物の写真写りも超絶に良いだろうしね。
「ふむ……なるほど、君は弁えているようだ。今の言葉、私も全く以て同意見だよ。先方に対し、思う所はあるものの、妹に惚れてしまうということは、男としてはあるがままの自然。咎めることはできないだろう」
おぉっと唐突に爆裂なシスコン。同意はできるが、身内が言うのはどうなのだろう。
「私はね。妹が交際する男性は、妹が恋愛感情を向けた相手であってほしいのだよ。そもそもが、家業のために嫁ぐなど、時代錯誤も甚だしい」
「……えっ?」
いい話かと思ったが、後半の言葉に全て持っていかれる。つまりはそういう話か。そりゃそうか。マコトならいきなり本筋と関係ない話をぶっ込んできても不思議はないと思っていたが、逆を突かれたという話だったようだ。
「話はわかった。すぐ他の者にも伝えなければ。いや、まずは母上か……暴走してしまうかもしれん……少し失礼する」
「あ、はい」
急いでいても流麗に。イチロウさんは自身の使った急須と湯飲みを手早く洗い、足早に台所を後にする。育ちが大変よろしい。
「……シン、どうやら、また助けられたようだ」
「あぁいや、あんだけ話の分かるお兄さんなら、そんなに急がなくても良かったかもしれん」
平時は滅茶苦茶可愛がってくれそうな兄貴だな。
「――話は聞いていたよ。初めまして、太刀川君」
「っ……あ、はい。初めまして」
入れ替わりでカットイン。4年前のイチロウ兄さんみたいな浴衣姿の黒髪イケメンが現れた。
「稀崎ジロウだ。僕のことも、よろしく頼むよ、太刀川シン君」
「はい。名乗る前に、でしたが、改めまして、太刀川シンです。よろしくお願いします」
ガッチリと握手。上の兄さんよりも、少しフランクな印象。
「さて、兄さんと母上が話している内に、僕の方も遅れた分、交流を深めたいものだ。所で太刀川君、朝食はもう済ませたのかい?」
「えっ? とぉ……あれ? マコトって、もう朝食済ませた?」
「あぁ、いや。今日は、色々あってね……まだ何も食していないよ」
「あ……じゃあ、俺と同じ、か……」
カップ焼きそば食ったけど、まぁ足りないっちゃ足りないかもしれない。
「それは都合がよろしい。マコト、すぐに用意してあげなさい」
「そう、だね。シン、すぐに用意するよ」
マコトは冷蔵庫の横に掛けてあった見たことのあるピンクのエプロンを手に、マジで朝食を作ってくれるらしい。っていうかそこはエプロンなんだ。
「では太刀川君、こちらへ」
「っ……はい」
よくわからんが、これが稀崎家スタイルらしい。きっと、時間がゆっくりと流れているんだろう。俺も流れようと思った。
「……」
ジロウ兄さんに案内されたのは、台所からすぐの広めの和室。何故かそこには卓球台が設置されている。絶対畳痛むだろ。
「太刀川君、卓球の経験は?」
「中学の時、体育でやりました。後は、温泉で少々」
「ほぅ、ならば十分だな。シェークとペン、どちらがいい?」
「じゃ、シェークで」
どうやら卓球で交流するらしい。意外と体育会系なのか。そう思いながら、ちゃんとした感じのラケットを受け取り、ネットを挟んで向かい合う。
「では、試させてもらおう……互いに力尽きるまで、だ。我が愛しの妹、マコトの良いところ………………優しいっ」
「料理が上手いっ」
緩めのサーブを反射的に解答を乗せてバックで返す。何が始まったのかは明確ではないが、何かが始まったらしい。
「努力家っ」
「謙虚っ」
「姿勢がいいっ」
「品があるっ」
「勉強もできるっ」
「準備がいいっ」
互いに打ちやすい所へ返す、子気味良いラリー。何だか楽しくなってきた。
「というより家事全般得意っ」
「分け隔てない所っ」
「献身的っ」
「基本、否定から入らないっ」
「何を着ても似合うっ」
「ちゃんと人のこと見てるっ」
「好き嫌いがないっ」
「三歩後ろから付いてくる感じっ」
「――長いっ! いつまでやってんのっ!」
「「っ……」」
怒鳴り込むような一喝で、心地良いラリーが途切れる。乱入者は、幼女というよりは少女、女性というよりは幼女、黒髪ロングのお人形さんみたいな女の子。でもTシャツに短パン。
「こら、サクラ。今、我々は大事な話をしていたんだ。勝手に入ってきては駄目じゃないか」
「してたの卓球やん……」
呆れ顔のサクラちゃん。ファーストコンタクトで断定は禁物だが、どうやらツッコミ属性を持っているらしい。
「とは言え、紹介しよう。末っ子のサクラ、今年度から小学6年生、5年三学期の成績は全て◎だった。更に、琴と書においては地域で賞を取ったこともある。最近若干反抗期なのだが、根が非常に良い子なので、大した反抗にはなっていない、見れば分かるが、可愛い妹だ」
「止めてっ!」
叫び、呆れ、また叫ぶ少女。
「――そろそろ支度が済む――っ、サクラも一緒だったか。お前の分も、用意ができているぞ。一緒に食べよう」
「っ……うん……」
「おぉ、ありがとう。っていうか早いな。で、お姉さんの同級生の、太刀川シンです。よろしくお願いします」
「――っ! よ……よろしく、お願い……します」
「すまないね、太刀川君。サクラは人見知りな上、少々内弁慶でね。だがそこがまた可愛いんだよ。その一方で、学校ではキリっとしていてねぇ。今年のバレンタインでは、クラスの男子諸君が羨む程のチョコレートを貰っていたよ。もちろん、僕も家族チョコをいただいた。それがまた美味しくてねぇ――」
「――止めてっ!」
妹への愛が重い。
そして、どうにも稀崎家は浮世離れしている。中原家とはまた別のベクトルで。
逆らうのを止めた流れのままに、お勝手のテーブルで和な朝食をいただく。ご飯、味噌汁、きゅうりと大根のぬか漬け、ほうれん草のおひたし、出汁巻き卵、そして残り物なのか、大皿におでん。やっぱ煮物美味っ。
また、どうでもいいし目を瞑るべきだが、マコト以外の人は訛りを抑えているらしい。その点は、何かちょっと申し訳ない。
「――時間を重視したため、簡単なものになってしまってすまない。手間は、次の機会にしたいと思う」
「毎回言ってるけど、十分だから」
嫁度も高い。確かに、見合いの相手の気持ちはわかるし、交流を深めればもっと惚れることだろう。
「……普段ご飯作ってあげてんのに、付き合ってないの?」
「サクラ、失礼だぞ。そういうことは、お互いのタイミングが肝要なんだ。だが、覚えておきなさい。サクラが誰かと付き合う時は、必ず兄さんか僕、マコトと顔合わせをするのだよ?」
「っ……絶対ヤダ」
並んで座る、年の離れた仲良し兄妹。
確かに、大した反抗になってない。というか、こんな子がクラスにいたら、思春期到来組はほとんどイカれてるんじゃないか。この感じでキリっとしてたら、普通に惚れるだろ。
「お姉さんは人気者なんだよ。実際、密かに思いを寄せている野郎は沢山いる。おじさんは関わってないけど、学園内人気女子ランキングではトップランカーらしい」
盛ってもいない純然たる事実である。
「シン、冗談は止めてくれ……サクラが真に受けてしまうだろう」
「うん。まぁそう返すのがマコトらしさではあるんだけど……」
「……ねぇ、太刀川さん。あの……タケルさんの、その、タケルさんだけが写ってる写真とかって、ないんですか?」
「サクラ……」
米嚙みに手をやるマコト。何か姉っぽい雰囲気。
「おぉっと……さすが天津神の種馬……小6もルックスだけで落とすか……」
「シンまで……何なんだその異名は……」
「タケルさん? 聞いたことがないな……その男は、少なくとも、太刀川君と同程度のラリーが刻めるのか?」
「えっ? いやぁ……」
交際を認める上で、独自の基準を設けているらしい。
とりあえず、流れでジロウ兄さん、サクラちゃんとIDを交換し、タケルの写真を数枚メッセに貼っておいた。当然、隣の姉に苦言を呈されたが。
マコトとその兄、妹と食卓を囲む。今更だが、俺の人生に、こんな場面があるとは思っていなかった。これも数奇な縁というヤツか。
「――うむ。では問題も解消された。シン、学園に戻るとしよう」
「えっ? 解消……されてなくね?」
ジロウ兄さんの淹れた、不思議に美味い緑茶を啜っていた動きが途絶する。
「もうシンに迷惑を掛けることもない。見合いをどう断るかという話は、学園からでも問題はないだろう。学園の担当の方にも、早急にお詫びを入れなければ」
「詫びは……問題ないんだけど、その方がマコトらしいか。じゃあ…………戻るか。えっと、新幹線……で?」
「えっ? 他にあるの? あ、太刀川さん、車運転できるの?」
「っ……」
「あー、いや、高二は免許取れないわ。まぁ、新幹線だよな。無駄に飛行機って選択肢もあるけど、本当に無駄だし」
「飛行機か……僕も、もう長いこと利用していないな」
マコトが若干気まずそうだが、嘘は吐いていない。
「シン、詫びとは関係なく、昼食を用意させてほしい。少し、待たせることになってしまうのだが」
「それは、マジで素晴らしいな。ただ、さすがに、ご飯までいただいたから、お父さんかお母さんにも挨拶しときたいんだけど……」
イチロウ兄さんで十分かもしれないけど、ちょっと落ち着かない。
「残念だが、父は外出している。それと、母上の方も……」
「面倒臭くなるから、止めた方がいいよ。どうせ、母さんオールだったから、話した後、多分イチ兄が寝かしてるし」
「……私も、二人に賛成だ」
「えっ?」
どんな母上なの。
結局、三対一で、このままお暇に決定した様子。
「……少し、材料が心許ないな。幸い、この時間でも、近くで野菜は手に入る」
「へぇ、荷物持ちくらいはするよ。着替える?」
「それは……うん、助かるよ。では、すぐに着替えてくる」
この人、ホントに急いで着替えるんだよなぁ。少し罪悪感。
「あ、そういえば、サクラちゃん、学校は?」
「開校記念日」
「マジすか」
と、いうことで、超特急で着替えてきたマコトと、外へ出る。いみじくも、Tシャツジーンズコンビとなった。最近、都内も暑いらしいが、この辺りも普通に気温は高め。空はちょい曇り、雨降ったらざけんなって感じ。
「いいな、周辺の雰囲気。最寄りの駅って歩ける範囲?」
「15分から、20分程だろうか。そういえば、先手を打って電車と言っておいてよかったかもしれないな。私一人の時は、父と兄二人、何かしらの賭け事をして、勝者が車で送る流れでね。悪いとは思うのだが、有無を言わせない気迫でね。甘えさせてもらっている」
ガソリン代とか野暮なことは言わず、微笑ましい光景だと思う。というか、深夜に出発して帰ってきてたという事実には、若干の戦慄も覚えてしまう。
「個性が光る部分も含めて、只々イイ家族だと思う」
当然ながら、俺達学園生にはそれぞれの事情がある。で、潤沢な資金とヤバいレベルの権力を持つ学園は、十全なサポートをしてくれる。そんな中で、家族に対する情報開示はケースバイケースで行われる。
例えば、中原とレイカだったら、最小限ではあれど、その家族はエネルゲイアについて説明を受けており、客観的な事実も伝えられている。その方が、結果的に口封じし易いからだ。
逆に、マコトは伝えていない。細々とした部分は知らないが、おそらく家業の中身も関係するのだろうと勝手に思っている。
これらは、本人と学園側が擦り合わせて決定している。場合によっては、本人よりも保護者が先に真実を知るケースもあったりするし、まぁ色々だ。
高い建物が少なく、程々に開けていて、でも田舎なイメージとは遠い、そんな閑静な住宅街を、並んで歩き、その先に商店などが見える横断歩道を渡る。
「…………マコト」
「あぁ……どうする?」
「うん、大人しくしよう。実は、俺に考えがある」
「っ……そうだろうとは、思っていたさ」
こちらの言葉に、マコトはクールな笑みで返す。それだけで、場所は違えど学園に戻ってきたように思えてしまう。
「――――ご両人。騒がなければ、痛い目は見なくて済む。黙って乗りな」