トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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あのまま弁当を食える訳がない六月

 緋乃レイカ。

 

 今秋で活動4周年を迎える現役女子高生歌手、というかシンガーソングライターってこの前キレ気味に訂正された。

 

 身内贔屓を抜きにしても、第一線の人気アーティストと言っていいだろう。おそらく、そこまで反論は来ないと思われる。実際、新曲出せば、再生数、ダウンロード数でトップ取る訳だし。

 

 活動初期は中高生を中心にしていた人気も、今では層を上下に伸ばし、その認知度も上昇を続けている。とは言っても、曲とMVを出し、露出としては歌うだけという方針を徹底しており、その中では黒髪ロング姿なのもあって、決定的な身バレはしていないらしい。まぁ、半分以上学園のサポートだと思われるが。

 

 リリースはラブソングが基本で、好きだけどその気持ちを素直に伝えられない、みたいな古今東西のもどかしさを歌い、安定した共感を得ているのではなかろうか。まぁ色んな曲あるけどね。

 

 もちろん、歌詞について我々の方から話題にすることは禁忌であり、俺やタケルがそんな愚を犯そうものなら、頂戴した鉛玉の分だけ体重を増やす羽目になる。くわばらくわばらあーくわばら。

 

 が、俺にとってはそんなことはどうでもよく、シンプルに歌声がイイのである。

 

 普段音楽を聞く習慣がないため、どうにも忘れがちな思いではあるのだが、やはりこうしてデビュー曲から最新リリースへと遡って聞き倒すと、いろんなことをとりあえず隅に置いておける程のパワーがある。それを再確認。

 

「……」

 

 ただ一つ、我に返ることは。

 

 手足を結束バンドで縛られ、目隠しをされた状態でなければ、もっと前向きに没入できたであろうことは、言うまでもない。

 

 新幹線で食べる弁当の材料を調達するため、まるで新婚夫婦のように、静かな通りを並んで歩いていた俺とマコト。で、あるにもかかわらず、多幸感を得ていたのは最初の5分程で、ようわからん連中の尾行に気付いてからは、強制的に現実世界への帰還を余儀なくされた。

 

 そして、青信号を無視して通せんぼ、その白いバンから出てきたおっさんとお兄さんとお姉さん方に同行を願われ、現状に至る。

 

 手荒なことをされなくてよかったとは思うが、手足を拘束されて目隠し、ヘッドホンを装着されてのドライブは、まるでドッキリを受けた芸人さんのようだ。

 

 顔出しをしてくれたのは話し掛けてきたおっさんだけだったが、この人はまぁまぁ紳士的で、マコトの拘束を俺に任せてくれた。大音量で流す楽曲のセレクトも俺らの年齢を考慮してくれたのかもしれない。もしくは、単純にファンであることも考えられる。

 

「…………」

 

 曲のサイクル具合から察して経過時間は4時間を超えたか、途中トイレ休憩の気遣いを受けたが、俺もマコトも丁重に遠慮した。というか、サビの部分で止められて少しイラっとしてしまった。

 

 走り方から、高速を下りたことはわかっていたが、どうやら目的地に到着したらしい。結果的に、この人達もトイレ休憩は取らなかったようだ。

 

「――拘束を解く。警告は一度だけだ。過度な反抗、明確な逃走が見られた場合、こちらも対応を変える。変えない限りは、丁重に扱う」

 

「……」

 

 目隠しを取られる。特にどうということはないが、眩しそうなリアクションをしておく。そしてここまでと変わらず、冷静過ぎる言動も控える。ここまで、意外にもマコトが迫真の演技を見せてくれているため、怪しまれることはないだろう。

 

「あの……彼女には――」

「――わかってる。手荒なことをする気はない」

 

 見た目は、若くても四十超えてる感じのおじさん。車に乗せられてすぐは、何故こんなことを、と思ったが、それを疑問に思う段階は既に過ぎている。

 

「待ってくれっ! 私はいい……シンに、手荒な真似はしないで、下さい……お願いします……その分は、私が請け負います……」

 

「……こいつにも、手荒な真似はしない。そんな目で見るな……降りろ」

 

 マコトの決意が込められた眼差しに、目を逸らすおっさん。とりあえず従って車を降りる。数時間とは言え、中々の解放感。

 

 見た所、マンションかホテルの地下駐車場だろうか。広さ的に、モールとかではなさそうだ。

 

 同行は四人。紺色の作業着姿で、既に目出し帽は脱いでおり、おっさん、お兄さん、お兄さん、お姉さんの四人グループ。言うに及ばず、彼らは普通の人間なので、1秒で全員の意識を刈り取れるが、現状その必要はなさそう。

 

 さっさと進め、みたいなことも言われず、普通に案内されてエレベーターに乗る。ここまでの周辺情報で、現在地を特定するのは不可能。

 

「一応目隠しをさせてもらう。その子の手を握ってやれ」

「……はい」

 

 マコトと手を繋ぎ、再びのアイマスク。

 

 エレベーターは6階で停止、多分お兄さんBに手を引かれてゆっくりと歩く。時間的にもそうだが、連れてこられたのは気温的に雪国ではなさそう。

 

 出てすぐの部屋に入り、アイマスクから解放される。駐車場の時点で察していたが、結構イイ感じの部屋である。靴を脱いで上がり、リビングへ。六人で入っても、狭いとは感じない。

 

「……」

 

 生活感の希薄なリビングだったが、家具家電は一通り揃っており、新居のような雰囲気。

 

「携帯電話を返す。この部屋では通信は不可能で、位置情報も辿れない」

 

 スマホを手渡される。つまり、明日もこのままだとログボが貰えないということか。

 

「一度だけ、説明する。質問は受け付けない。まず、俺達のことは気にするな。この国にも、金さえ貰えば何でもする人種がいるってことだ。いい社会勉強だろう」

 

 既にお兄さん二人は部屋を後にしている。お姉さんは徹底して無表情。整った顔立ちだが、少し不健康な印象を受ける。

 

「やってることは誘拐に見えるだろう。だがそうはならない。お前らは自分の意思で、ここに滞在したってことになる。この件は、三日か、四日で方が付くと聞いている」

 

 おじさんはやや面倒そうに話しながら、白い手袋を外して、後ろのポケットに突っ込む。

 

「坊主。悪いが、二日でお前には帰ってもらう。それと入れ替わりで、お嬢さん、心当たりはあるだろう? 俺からはその位だ。明後日の夜までは、不自由のないよう過ごせ。この部屋の中で、な。必要なものは、そこの女に言えば用意する。金は気にしなくていい」

 

 言うだけ言って、おじさんは玄関へ向かうが、リビングを出る所で何かを思い出したように足を止め、振り返る。

 

「もっと騒がれると想定していた。従順にしてくれて、助かった。坊主、女は沢山いる。肝が細くねぇのは強みだ。こんな理不尽は、そうあるもんじゃねぇ。精々引き摺り過ぎずに、前を向け」

 

 渋い。

 

 そして今度こそおじさんは去る。アングラな業者って、ホントにあるんだ。

 

「…………ベランダで吸うの、嫌いなんだ。30分で戻る。適当にイチャついてな」

 

 おじさんが去って暫く、お姉さんも煙草の箱を振って部屋を出ていく。まぁ、警告には従った方がいいだろう。

 

「下品な感じじゃなくて助かったな……うん……推測するしかないけど、大体の所は……そんな感じか」

 

「シン……どういうことなんだ? 考えがあると言っていたじゃないか……」

 

「うん? どうした? もう演技は大丈夫だと思うぞ」

 

 話が違う、といった感じのマコト。とりあえずソファもあるし、座りたい所なのだが。

 

「何を言っているんだ……演技などしていない。私は、てっきりシンが狙われて、このような形になったのだと……これは、どう見ても……私が巻き込んでしまったとしか思えない……」

 

「いやいやいや。先にそっちだけど、巻き込んでしまったは後ろ向き過ぎるって。俺からしたら、マコトだけが攫われなくて良かったって思ってる。マコトだって、俺一人が攫われるよりは気が楽だろ」

 

「っ……何故だ? シンなら、単独で攫われたとしても問題はないだろう。私がいては、シンも自由に動けない」

 

「ほぅ、そういう解釈か。まぁ……それは置いといて。マコトは、俺が道を歩いてると、突然攫われる可能性があるって思ってたのか?」

 

 法を犯してないとしたら、どのような業を背負っているというのだろう。まぁ借金とかだと思うけど。

 

「外部委託をする中で、そのようなこともあるかもしれない。そう、思っていたのだが、違うのかい?」

 

「違うって……とは言え、そこら辺は追々。で、確認なんだけど、マコトの見合い相手って、こんなヤバい方法を取るような人なのか? さすがにこんなことする人との結婚は推奨できないぞ」

 

「全くだ。明らかに、シンを巻き込む形を取ったことには、憤りを感じる。ただ先程、これは誘拐には当たらないとの言葉があった。それは本当なのだろう。先刻、家を出るまでの状況としては、見合いは受ける方向で、日時を調整する段階で小康していたはずだ」

 

「……なるほど」

 

 まだ微妙なズレを感じるが、修正は後回しにして先を促す。いずれにせよ、相手側も何らかの考えがあってこのやり方に辿り着いたのは間違いない。絶対悪手だけど。

 

「相手の方は、私が学園に戻ることを危惧したのだろう。学園とコンタクトを取ったことがあるのかもしれない」

 

「うん……で、この間に商売の優位性を利用して稀崎家を押し切って、縁談を成立させるのが狙い……それが三日か四日、実質明後日までには決着する、っていう見通しか」

 

 だとしても共感は難しい。そんな形で婚姻関係を結んでも、明るい新婚生活は望めないのではと思えてならない。要はそういう手合いということであろう。

 

「……よし、マコト。ちょっとソファで寛いでて」

 

 室内をササっと見渡すが、浴室やキッチンの充実に止まらず、トイレが2か所ある。色々と配慮してくれているらしい。金ならあるアピールにも感じるが。

 

「それよりシン。もう一時半を過ぎている。普段なら、昼食を済ませている時間だろう。先程の女性が戻ってきたら、食材の調達を頼んでみよう」

 

 言いながら、マコトは冷蔵庫の中を確認している。正直、この形式に加えてマコトと一緒の軟禁生活なら、厄介な区画へ凸るよりも全然いい。

 

 そう思いつつ、玄関近くのトイレに入る。

 

「…………」

 

 ドッグタグを取り出す。先程は祖父の形見と嘘を吐き、車内に変な空気が流れ、ちょっと対応が優しくなった感じだったが、その罪悪感はここで振り切っておく。

 

「リゥ? どうぞ」

『――うん? 何?』

 

 アンニュイな声だが、寝ていた訳ではなさそうだ。

 

「今、何処で何してる?」

『三畳紀区画でサウロスクス100頭にバトロワさせてる』

 

「危険区画で遊ぶなって……」

 

 暇過ぎるのか。どんどんやることが過激になってきている気がする。

 

『それで、何? ご飯?』

「そういう世界線もきっとあったんだろうけど、今俺何処にいるか分かる?」

 

『何その間抜けな質問』

「いいから……ちょっと軽く誘拐されてさ。頼むよ」

 

『都内だね。細かい住所も必要?』

 

 やはりそうだった。多分、ではなく、ほぼ思った通り。

 

「一応、よろしく。戻ったら好きなもんオゴるから」

『じゃ、超牛武神覇斬でステーキ』

 

「くっ……わかった……」

 

 外食系区画、肉部門で最も値段が高い店をしれっとチョイスしやがった。しかもコイツ、中原並に食うんだよなぁ。

 

 そんなこんなで結構な対価を払い、諸々の頼み事を済ませると、トイレに入ったはずが引っ込んでしまったらしいので、出すものも出さずに俺だけ出る。

 

「っ……シン、リゥと連絡を取っていたのかい?」

 

「あぁ、で、ちなみになんだけど、俺は割とうっかりが発動するし、どうでもいいと思うとすぐ忘れる方ではある。逆に、マコトがこれならやれそうだって言ってたゲームとか、観たいって話してた映画とかは、しっかり覚えている」

 

「っ……まるで、全てが解決したような顔をしているな。そのような些末なことを覚えてくれているのは嬉しいが、これから、我々はどうしたらいいんだい?」

 

 そんなドヤったつもりはなかったが、随分と穏やかな表情でそう返され、否定の言葉は喉にも届かず霧散した。

 

 

「――たまには、ゆっくり過ごそう」

 

 

 それが軟禁であっても休暇は休暇。今更だが、四月は外部委託とクーデター、五月は変な立駐をドライブと、俺は今年度まだ一度も休日を取っていないのだ。

 

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