トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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6月上旬頃 2

「――そういうこった。中原と行動を共にしている限り、外部委託って言ったか? そいつのおかげで、監視から解放されるって話だ」

 

「なるほど、理解しました」

 

 天王寺先輩、モリス先輩と共に、私は今、大手牛丼チェーン店の隅で、少し早めの夕食を取っていた。無理もないことだが、このお二方の傍へ自発的に近付く人間はいないようだ。四人席のスペースを二人で埋め、その隣の二人掛けに私が座っている。

 

 先輩のおかげ、と言わざるを得ないのは痛恨の極みだったが、ドラッグストアで包帯や消毒薬などを購入、周囲に人がいないことを確認し、公園のベンチで応急処置、その際に出た三人の意見が完全に一致し、牛丼屋へ足を運ぶことが決定、今に至る。

 

 処置を経て思ったのは、やはりエネルゲイアを得た我々の身体は、人間のそれとは大きく異なるということだった。

 

 特に、モリス先輩を庇って欧陽先輩の攻撃を受けたという天王寺先輩の腹部には、直径7センチ程の風穴が空いており、その状態で止血が成立することも、生命活動を維持できることも、通常なら理解し難い現象だった。

 

 あまり直視できなかったが、臓器の位置が変化しているのだろうか。機会があれば、佐藤先輩に尋ねてみようと思う。

 

「太刀川の金で食う牛丼は最っ高だなおい。飲み込む時の激痛も何でか気にならねぇ」

 

「俺も、シンに奢られるのは悪い気がしない。去年から顔を合わせる度に約束を口にしていたが、このような形で実現するとはな」

 

「……」

 

 余りにも自然体な二人の姿に、目が曇っていたのだろうか。どういう訳か、私は来店を止めるべきだという事実に、今まで気付かなかった。

 

 重ねて、包帯を巻く過程でその傷口を見ている身としては、食事を止めるべきだと思われるが、先述の通り、既に手遅れなので目を瞑り、気持ちを切り替えることとした。

 

「っ……天王寺先輩、紅ショウガなら、こちらに」

「ありがとう。お前から先に使うといい」

 

「はい。では、半分いただきます」

 

 自分の丼に盛り、箱を渡す。

 

「フッ、そう言って、少々多めに残す気遣い、感謝するぞ」

 

「っ……お、俺が、少数派なのが納得できねぇんだが……そいつは、紅ショウガ丼になっちゃいねぇか?」

 

「各々、好みがあると思い、言及しませんでしたが、モリス先輩は紅ショウガがあまり好みではないのですね」

 

「そのようだな」

 

「ついさっきまでは普通に好きな方だと思ってたんだがなぁ……」

 

 金銭面の都合により、三人三杯ずつ特盛をいただき、ここから本題に入る。

 

「――この住所だ。それ以外は知らねぇ」

「……」

 

 モリス先輩から渡されたのは、ノートの切れ端。そこには言葉の通り、住所が記載されている。早速マップアプリを立ち上げ、入力する。

 

「……徒歩圏内ですね」

「あぁん? 30分は歩くだろ?」

 

「つまり、徒歩圏内ということか」

「はい。事務所や店舗が入っているようなビルのようです」

 

「…………」

 

 駅、メインの通りからは少し離れており、ちょうど繫華街と住宅街の狭間のような位置だろうか。マップを見る限りはそう見える。

 

「情報はこの住所のみ。そもそも、私達は何をしに行くのでしょうか?」

 

 言うに及ばず、今日は先輩の後ろを歩いていれば展開していく流れではない。

 

「そりゃアレだろ? コソコソしてる連中を捕まえるってヤツだ。大将が言うにゃ、ここは分かりやすくクロって話だったぜ」

 

「明らかなものが特定されたら、監視の者が即座に手続きし、シンへ外部委託が入る、というのが慣例か。タケルもシンも、思う所はあるのだろうが」

 

「……」

 

 それについては愚痴を聞いた覚えはある。現場が無駄だと確信していても、上に実害が出なければ改善は見込めない、という内容だった。

 

「絡みがねぇから知らねぇが、よく姫さんと一宮の姉さんがキレてんなぁ。そん時だけは仲がイイから、男連中は助かってんだが。今回だって、飯を人質に取られて、仕方なく来たんだからなぁ」

 

 牛丼にあり付けたから、結果的には良かったが、と続け、モリス先輩は随分と小さく見える湯呑を豪快に傾ける。お茶を飲んでいるようには見えない。

 

「そういう理由だったのか。珍しいこともあるとは思ったが、時として肝要なのは、動機ではなく何を為すかだ」

 

「そういや、天王寺さんも珍しいな。普段は大将に付きっ切りだったろ?」

 

「……」

 

 大将、というのは、レジスタンスのリーダー、神崎先輩のことで間違いないだろう。これは先輩に限らず、あまりレジスタンスの方々について話す機会はないため、その人物像も全くの未知だった。

 

「指摘されれば……そうだな、その通りだ。タケルは今日も忙しくしているが、カネサダが非番でな、少々心苦しいが、代わりを頼んだ。こちらは他ならぬシンの求めだったからな」

 

「先輩が?」

 

 加えて、モリス先輩は穂村先輩による助力ということになる。それは不思議と、只々有難い。

 

「…………俺としたことが。中原にはくれぐれも秘密にし、陰日向から見守るようにと念を押されていたのだが、すっかり失念してしまっていたようだ……シンには後で、詫びを入れなければな」

 

「陰日向ってのが何処なのかはわかんねぇが、んなみみっちいの天王寺さんには向かねぇだろーが。適材適所が聞いて呆れるぜ。別に詫び入れるような話じゃねぇっすよ」

 

「……そうですね。その件については、私から言っておくので、どうか気にせず」

 

「「っ……」」

 

 危険はないことをわざわざ思い出して確認した上で、このような保険まで用意するとは、少々過保護が過ぎる。重複表現を用いても足りない程に、意外な憤りが湧いてくるが、この場では一旦端に置く。

 

「そういえば、先日一宮先輩に同行した際、詐欺行為を行っているような会社の話を耳にしました。本件は、それに連なる話なのかもしれません」

 

「っ……詐欺、か。立場上、意識して耳に入れぬよう努めているのだが、その類の言葉には聞き覚えがある。エネルゲイアを用いた悪事は、現行法では裁けぬ。事情の一端を知る多くの人間にとって、歯痒いことであろう」

 

 今更だが、語り口が僅か二年上のそれとは到底思えない。

 

「……モリス先輩の方はどうですか?」

 

「そうだな。織田島の野郎なら色々と掴んでるんだろうが……俺は最近じゃ、監視の目を引き付けるために敢えてパチスロに明け暮れてるからなぁ。それにアイツは一度に三文字ぐらいしか喋らねぇから、会話すんのが面倒臭ぇんだよ」

 

「……」

 

 没収されても尚、行動に一貫性を持たせている点については尊敬するべきなのか。先輩が言っていたように、住む世界が異なるのは理解できた。そもそも高校生が入れる場所ではない。

 

「それによぉ、確かに俺らは、デコピンで人を殺れるようなバケモンだが、中身は只の高校生だぜ? 犯罪捜査なんて、出来る訳がねぇだろうが。とんだ無茶振りだぜ」

 

 十分可能に見えるが、言っても仕方ないことだろう。

 

「道理ではあるな。タケルやシンなどが例外に当たるのだろう。事実、あの二人は件の特別室にも顔が利き、スカウトを受けているとも聞く。謙虚な姿勢の賜物ではあるのだろうが」

 

「謙虚ねぇ……ま、太刀川について言や、調子ん乗るにゃ、周りにいる女がヤバ過ぎる。そこは純粋に同情するぜ」

 

「……」

 

 今一瞬、私の方を見たように思えたが、ヤバいと形容される方々は複数思い当たるため、余裕を持って流しておく。

 

「おっ、ご新規二名様。こんだけ食わしてもらったんだ。営業妨害も忍びねぇ。続きは、目的地に向かいながらにしようぜ」

 

 食券制なので、そのまま店を出る。周囲に灯りは多いが、既に空は暗い。

 

 ちょうどタイミングよくバスが通ったこと、カードの残額が特盛には僅かに届かないが、三人分の運賃には達していたこと、一番はモリス先輩が懇願したことにより、我々はバスで件のビルを目指す運びとなった。

 

 極自然なこととして、二人は乗客の注目を集め続けているが、両者共に堂々とした振る舞いに変化はない。尚、すぐに興味を失ったが、その二人と行動を共にする私は、周囲からどう映っているのか、少々気になった。

 

 駅から離れる方向のバスであったため、乗客は徐々に減り、都合の良いことに、10分程で乗客は我々のみとなる。余談だが、スペースの譲り方、声を掛けてきた高齢者への対応などを見るに、やはり天王寺先輩は紳士だった。

 

「聞く必要もねぇんだろうけど、今向かってるビルに入ってって、全員捕まえればいいって話だよな?」

 

「そうなる可能性は高いですが、最低限の確認は必要だと思われます」

 

 外部委託において、先輩と鳴海さんのやり取りを聞いていると、偶然近くを通ったら発見した、という筋書が求められているケースも散見される。

 

 流れとしても、今回はそれに相当しており、ここまで明言は避けられているが、だとしても、モリス先輩の言う通りで基本は間違いない。

 

「確認だぁ? 太刀川は普段、どんな風にやってんだ?」

「それは、俺も気になる所ではあるな」

 

 後方の二人掛けの椅子でないと座れない二人。何となくだが、私だけ立って向かい合う位置関係で納まっている。

 

「……このような場面では、偶然、または誘い出した上で、単独の相手と外でコンタクトを取り、情報を聞き出すことが多いかと」

 

「何となくなんだが、あの野郎はそういうのが得意そうだ。俺らの間じゃ、詐欺師で通ってるからな」

 

「目的を果たすためなら、自己を偽ることもいとわない男だ。詐欺師というのも、見る角度を変えれば正しい寸評であろう」

 

「……概ね同意します」

 

 詐欺師という言葉が、先輩のイメージに近いことは、揺るぎない事実ではある。

 

 まもなく、最寄りの停留所でバスを降りる。後一区間先だったら運賃が足りず、カードの残額は12円。適当な所で事情を説明し、先輩に返そうと思う。

 

「ここからだと見えにくいですが、向かいに見えるビルの、一つ奥にある建物です」

 

 横断歩道の前で信号を待ちながら、マップアプリを閉じてスマートフォンを戻す。

 

「そういえば、だ。中原、悪ぃが俺は今本調子じゃねぇ。普段が10だとしたら、3も出せねぇから、そこんとこは今の内に言っておくぜ」

 

「なるほど……いや、考えてみれば、それは俺も同じだ。丹田に力を込めると激しく出血するため、気合を乗せた打撃はそう何度も繰り出せない。遺憾ながら、よろしく頼む」

 

「……了解しました。特に、天王寺先輩は間違っても丹田に力を込めないよう願います」

 

 本音を言えば、お二人には今すぐ入院してほしいのだが、自分の立場ではそれは叶わない。

 

 とにかく、仮に戦闘場面があったとしても先達には負担を掛けないよう注意したい。ただ、その場になっても彼らを制止できる自信も見通しもないのだが。

 

 

 青信号を進み、ビルの間を通って目的地に到達。例によって、周囲に人気はない。

 

「考えることは一緒だな。定点観測でも利用してんのか、人の通りが少ない場所を選んでやがるな。調べる側にとっても都合がいいってことは、考慮しねぇらしい」

 

「……」

 

 確かに、アパートと繋がるビルも然り。例外なく、個人の意識が向かない部分についても、様々な工夫が巡らされている。そういう時代だ。

 

 該当のやや古い印象のビルに、変わった所は見られない。五階建てで、入口の奥にはここからでもエレベーターが見える。右手にある各階の郵便ポストにある名前は全て同じ。名札として貼ってあるテープだけが、妙に新しい。

 

「トラディショナル・クライアント・サービス……何の会社かわかんねぇなぁ」

「っ……中には複数の人間がいるが、二桁には満たないだろう」

 

「……そう、ですか」

 

 気配は感じるが、人数までは厳しい。それでも、天王寺先輩の言葉には確信に近いニュアンスが伝わってくる。身体能力の強化が第六感にも及ぶという、自分からすれば懐疑的な俗説について、また結論が遠ざかったような思いだった。

 

 ただそれでも、おおよその人数が把握出来ているのは大きい。

 

「偶然を待っていたら、夜が明けちまうかもしれねぇ。九人なら一人当たり三人で割り切れる。軽く分からせてから話を聞いた方がスムーズだろう」

 

「……一理ありますね。では」

「おぅ」

 

 頷き合い、一歩前へ出る。

 

「――待て。それでは蛮族と変わらぬぞ。車内での話は何処へ消えたのだ。どうやら二人は、隊の長には向かないようだ。明確な指示を受けた方が、能力を発揮できるタイプなのだろう」

 

「んなこと言ってもよぉ、鳥の鳴き真似でもしろってか?」

 

「それもいいが、無作為に人を集めてしまうかもしれん。では……」

 

「「っ……」」

 

 天王寺先輩は右手を力強く握り、人差し指を立て、真っ直ぐ上へと向ける。

 

「ふんっ」

 

「「…………」」

 

 

 何をしているのかは分からないが、どうにも言葉を発せる雰囲気ではない。それはモリス先輩も同様な様子。

 

「…………」

「…………」

 

 ゆっくりカウントして10秒が経過。モリス先輩が頻りにアイコンタクトを送ってくるが、気付かないフリを貫く。こういう時、年下は弱い。

 

「…………っ、エレベーターが動いています。あの……っ!」

「なっ!」

 

 視界の奥に端を発した現実を疑う光景に、思考が凍り付く。

 

 その正体は、大量のトイレットペーパーだった。

 

 ほぼ無音で開いたエレベーターから転がって現れたそれらは、奇妙な挙動でこちらへ近付き、その全てがまるでひれ伏すように、天王寺先輩の足元へと並ぶ。

 

「……天王寺先輩……エネルゲイアは、トイレットペーパーのシングルとダブルを入れ替えるような、効果だったと、聞いていたのですが……」

 

「い、いや、それは一年ん時の話なんだが……まさか、ここまで……」

 

 目の前で起こった現象は、明らかに能力の成長という概念を超えている。少なくとも、自分には全くの別物としか認識できない。

 

「今思えば懐かしいな。正しくは、そこが出発点だ。それより、これらは後で戻すとして、この辺りに隠しておくとしよう」

 

 目算で32ロール、全てシングルのトイレットペーパー達は、建物の間へと身を隠す。不覚にも、生命が宿っているかのように見えてしまった。

 

「あまり褒められた策ではないが……我々文明人は、トイレットペーパー無くして生きられない、脆弱な生き物だ。それが無いと知れば、手に入れるべく外へ出る他ない。そして、ソウルの揺らぎから、中には女性もいることがわかる。そう時間は掛からないだろう」

 

「そいつは……その内に誰かが買いに出るって訳か。大人数で出てくることもなさそうだ」

 

 過程はともかく、確かに、得られる結果は先程話した通りとなる。

 

「……モリス先輩……」

「うん? いきなり小声でどうしたよ?」

 

「……ソウルとは、何なのですか?」

 

 正直、どう尋ねたら適切なのかすら、私には分からなかった。そして、このワードは時折、先輩の口からも聞かれる。今日までは只の妄言だと捉えていたのだが。

 

「止めとけ……分かるだろ? 知ろうとしても、気持ちのいいことなんてねぇよ」

「……はい」

 

 当初の段階で求めていたものとは異なる回答内容であったが、それは妙に納得できる答えだった。

 

「エレベーターが動いたようだ」

「早ぇなおい……てか、さっきの異常現象を誰も目撃してねぇのかよ……」

 

「エレベーターを待つ際、コテツ、スケキヨと名付けた2ロールを、見張りに立てた。抜かりはない」

「「…………」」

 

 天王寺先輩の言葉に、自然と目を合わせてしまう下級生二人。彼は一体、日々どのような研鑽を積み上げているのだろう。

 

「加えて、未熟な集団における立場の強い人間は、哀しくもトイレットペーパーを軽視する傾向がある。立場の弱い者がその不在を告げたとしても、大した確認もせずに買いに走らされるのが世の常であろう」

 

「っ……トイレットペーパーが絡むと、読みのキレが半端じゃねぇ……」

 

 そしてその推量の精度を証明するかのように、右手に長財布を持った気弱そうな女性が、扉の開いたエレベーターから姿を現した。

 

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