「――も……もう無理よ……これ以上、走れないわ……」
「しっかりするんだ、スィーリア。後少しの辛抱だ」
その場に膝を着いたスィーリアの手を取り、ザンブロッタは優しく声を掛けた。
「ザンブロッタッ! もう……無理だ……これ以上は……スィーリアは……ここで置いていこう……」
「っ!? 何を言っているんだっ! コフィー、お前までそんなことを言うのかっ!」
スィーリアに肩を貸しながら、ザンブロッタは声を荒げる。
「だから言ったんだっ! 俺は最初からそう言っていたぜっ! 俺だって、スィーリアを見殺しにしたい訳じゃあないっ! このままじゃ4人共死ぬ。お前にはわからないのか? ザンブロッタ」
「……ジェンドリンの言う通りよ。私を、ここで殺して……ザンブロッタ……貴方の手で……コフィー、ザンブロッタをお願い」
「何を言っているんだっ! そんなこと……僕にできるはずがないだろうっ!」
涙を流し、そう懇願するスィーリアを、ザンブロッタは強く抱き締める。
「……ザンブロッタ」
「……何のつもりだ? コフィー。お前……僕に……何を言うつもりだ……」
愛用の拳銃を差し出してきたコフィーに、ザンブロッタは震えながら言葉を返す。
「君がやるんだ、ザンブロッタ。彼女もそれを望んでいる……それとも、彼女をヤツらに喰わせる気なのか? 君は」
「お……お前っ! お前は……」
ザンブロッタは激昂し、コフィーの胸倉を強く掴む。
「お前は僕に……彼女を殺せというのか? 子どもの頃からずっと一緒に暮らしてきた、お前が…………スィーリアは……お前にとっても、大切な……仲間の、はずだろ……ずっと、3人で過ごしてきたじゃないかっ! コフィー」
堪えきれず、ザンブロッタの目からは大粒の涙が零れる。
「おいザンブロッタッ! 見ろ、ヤツらがもうそこまで来てるっ! お前がやれないなら、俺がやるぜ」
「ジェンドリン……お前……」
「やめて2人共っ! ザンブロッタ……聞いて……」
「――っ! 何てことだ……皆っ!」
言い争う3人に、今度はコフィーが声を上げる。
「な……んだよ。おいこいつはどういうことだ……何でこっちからも押し寄せて来やがるんだ……おいっ! こいつは何かの冗談かっ?」
ジェンドリンが悪態をつき終わった所で、操作は再びプレイヤーの手に委ねられる。
「――えっ? 太刀川君、これってさぁ、つまり左からも来るって暗示?」
「そっすね。俺が右全部殺るんで、三人で左って感じで。あ、姉さん、左下お願いします。下湧き切っちゃうと一生下に行けなくなって詰むんで」
「えぇ……マジじゃん……うわ、手榴弾まだ使いたくないんだけど……」
「シン……話が終幕に近いことは私にも分かるのだが、結局の所、やはり話している間に少しでも逃げた方が良かったのではないだろうか?」
「うん、全プレイヤーがそう思ってる」
「稀崎ちゃんは、あんまりゲームやんないんだよね? そういう風に、引っ掛かりを覚えたのって、僕は……いつまでだったかなぁ……」
「小学生の時は、毎回文句言ってた気がするな。そういえば、いつ頃から一々口に出さなくなったんだろ」
「それも大人になるってことなのかなぁ……」
「そういうので言えばさぁ……足引っ張ってんのジェンドリンじゃない? 現実」
「あー、それ言われると、うーん……確かに僕のせいだよねぇ……」
「そうでしょうか? 私は、保土ヶ谷さんの回復が無ければ、今の倍は死亡していると思いますが」
「ヒーラーっていうロールが既になんだよねぇ。ぶっちゃけ太刀川もそう思ってるでしょ?」
何でゴリラが回復なんだよ、の一言は全力で同意。
「ガチで攻略しにいったらそうっすけど、好きなキャラ使う楽しさが勝つかな。しかも、四人が好きに選んでストーリーがある組み合わせになるって、何気に奇跡っすよ」
我々が大画面TVで四人協力プレイしているのは『アニマル・クロニクル・サヴァイヴ』という良作とバカゲーの狭間を行き来する、ベルトアクションシューティングに近い何か。要は群がるゾンビを倒して延々とステージを進んでいくヤツ。
昨日から俺とマコトの軟禁生活を支え、監視してくれているのは、ヘビースモークお姉さんの黒澤さんと、後から戻ってきた痩せているお兄さん、保土ヶ谷さんの二人。既に完全に打ち解け、昨日の3時頃から飯、短い睡眠を挟んでずっと遊び倒している。
やはり同じ釜の飯を食う、というのは前向きな関係性を築く近道なのか、マコトの作った少し遅めの美味い昼飯がこの流れを作ったのは間違いない。まぁ別口の決定的な理由もあっての流れだが。
ザンブロッタ、♂、ウサギ、俺。
コフィー、♂、ガゼル、マコト。
スィーリア、♀、シロサイ、黒澤姉さん。
ジェンドリン、♂、マウンテンゴリラ、保土ヶ谷兄さん。
道中のストーリーが実装されているカルテットとしては難易度は少々高め。
こういうゲームは、上手いヤツ四人でやるよりも、初級者も含めて遊んだ方が面白かったりする。今回は正にそれ。黒澤姉さんはゲーマーレベル、保土ヶ谷はライトユーザー、元々が器用なマコトは開始1時間程で保土ヶ谷さんを捲った感じ。
全会一致で難易度は最高のデスルナティック。四人共、どうせやるならって人だった。結構前の作品だが、タケル、レイカ、斑鳩先輩の四人でやった時とは全く別種の面白さがあり、滅茶苦茶新鮮。
「でも意外とここまでスムーズに来れたな。時間的にも、そろそろ映画に移りたい所だったし」
「あ、そうだよねぇ。僕、観るの二回目だけど、細かい所忘れちゃってるし、実は普通に楽しみなんだよねぇ」
俺は多分三回目だが、同様に楽しみ。こういう機会がないと、映画を観ることがない。
「刑務所モノ……聞いたことあるけど、知ってる人出てないし」
「それでも、不朽の名作という触れ込みです。シンだけでなく、父や兄、他の友人にも勧められていまして。自発的に映画を観る習慣がないので、この縁には感謝しています」
「……誘拐されてきた人間の言葉じゃないんだけど……変な動物達の微妙なストーリーの後だから、大抵のものは楽しめるかもしれないわね……ヒール。保土ヶ谷、ヒール早くっ」
「うん。僕のことを掴んでる中型を葬ってくれれば、すぐにでも使うよ」
「シン、下はもうゾンビで埋め尽くされてしまったが、打開策はあるのかい?」
「えっ? いやまぁほら、三人は初見だから。この世界線はクリアのための礎ってことで」
ゴリラに群がるゾンビ。押し込まれるガゼル、ゴリラを見捨てたシロサイ、安置からロケランを放ち続けるウサギ。
画面内は既に地獄。
そしてまもなく、画面には血とユーアーデッドの文字。
「はいはいはいはい、こういう感じか。僕としては、大まかには把握できたよ」
「それは心強いです」
「ホントに? とにかく、開幕で下に一人張っておくのは必須。ちょっと一回、武器画面行きたいんだけど?」
「シン、私もお願いしたい。直前に入手したガゼルパンチの効果が、未だ把握できていない」
このゲームの親切設計の一つ、どこからでもトレモに飛べる。
「OK。じゃ、ちょっとやってて」
トレモへ飛ばしてトイレへ離席。おそらく、次かその次で越せると思う。
「ガゼルパンチ、ザンブロッタを的に撃ってみて」
「……親友に向けるのは、少々心が痛みますが……」
ウサギ虐待宣言を背中に受けつつ、玄関近くでない方のトイレへ。ちなみに、今流行ってるクロニクルの方に出てるのはザンブロッタの甥で、名前はシルヴァン。性格は全然違う。
トイレのドアを閉めてロック、朝の時点で開けておいた小さな窓へ目を向ける。
言った通りの小ささだが、普通の人間でもパルクールの使い手なら脱出は可能であろう。
「っと」
衝撃を与えないよう、ノーハンドで足から窓を潜り、自由落下。この部屋があるのは6階なので、能力者でなければ8割方命はないであろう。
「っ」
普段よりも少々気を遣って静かに下りる。学園の外でこういうことをすると、改めて物理法則を無視している実感が湧くが、まぁまぁどうでもいい。
「……それなりに待たされたが、良い着地だな」
「すいません。ちょっとタイミングが――」
人の気配を頼りに下りた道の脇、打ち合せ通りに待機してくれていた女性の顔を、俺は知っていた。
「――菊千代さん……」
言ったらキレられるが、麻呂っぽい長身の黒髪美人。黒のタイトスーツよりも、巫女服が似合いそう。当然、これも言ったらキレられるはず。
「っ……何を言っている? 特別室の神宮ツバキだ」
「あ……」
そうだった。本名は知らなかった。つまり、学園卒業後は警察関係に就職されたということか。多分、二十代前半っぽいので、結構近めな先輩だったらしい。
「えっと、コレ。お願いします」
手書きのメモを渡し、用を終える。
「……何? 洗脳に近い……背後には洗脳する能力者がいる、ということか?」
流し読むの早っ。そして時間ないって。
「あくまで、近い、です。勝手な憶測だと、洗脳よりも質が悪い能力だと思います」
「っ……本当なのか?」
「存在自体は間違いなく。そっち方面に関しては全一のヤツが言ってるんで。それじゃ、やらなきゃならないことがあるので、戻ります」
大だと思われても別に構わんが、早いに越したことはない。
「っ、そうか。助力、感謝する」
「あぁ、後、一つ」
そういえば、言い忘れたことがあったのを思い出す。
「何だ?」
「薙刀……受けからのすね打ち、結構返し易いので、フェイント入れるか、動き自体を変えた方がいいかもしれません」
「っ、何を……」
能力者と人間の差は余りにも大きい。人間を想定して研鑽を積んだ武術の流派には、そのまま当て嵌める訳にはいかない部分も、確かに存在する。意外と気付かない人が多い。ソースは李教官。オマエラ、エネルゲイアニタヨリスギダヨ、コロスヨ。
100回以上避けた者としての感想を置き土産に、6階の小窓へ向けて地面を蹴る。空中で足の裏を軽く払うが、見た感じで靴下は汚れていない。
「……っ!」
下方から怒声のような何かが聞こえた気がしたが、意識は薄く見える綺麗な三日月の方へ流された。
「うん、1分」
少なくとも2分は経っていない。窓から戻り、未使用なのに申し訳ないが、流してトイレを出る。
「――どう? イケそう?」
「多分。ねぇ、ガゼルパンチって何に使うの?」
「いや、ゴミっすね」
これ、シューティングやで。まぁそれでも聞かれるまでネタバレは避けるけど。
「ほら、言った通り」
「くっ、響きは好みなのだが……ならば何故、こんな終盤に習得するのだろう……」
「そういうのも含めて、ゲームなんだよねぇ」
「よしよし。では、さっさと脱出して、映画の方に行きたい」
そう考えると、脱出繋がりということになるのか。ネタバレは絶対に出来んけど。
「ふむ……それを目指してここまで来たはずなのだが、この大群を退けたとしても、脱出できるとは到底思えないな。そもそも、ゾンビ達はどのようにして現れ、何を目的としているのだろう」
「あー、稀崎ちゃん。あんまりそこ、掘らない方がいいと思う」
「しかも、大した展開もない。脱出方法がヘリ以外だったら、そこに感動できるかもしれない」
いえ、残念ながらヘリっす。操縦者はカピバラ。手も足もよく届くな。そこに感動。
最初はこれじゃない感もあったが、結果的には快適な時間を過ごせている。誘拐からの軟禁を休日と呼ぶことについて、周囲の共感を得るのは非常に困難かと思われるが、今は価値観の時代だ。行政、地域、家族と仲間に迷惑を掛けない限り、ある程度は許されると信じたい。