「――どうしてくれんだよって聞いてんだよおい。俺がこんなに優しく、紳士的に話してんのに、なーにを震えてんだよ? ここ。血ぃ出ちゃってるよぉ、分かるだろ? イイ大学出てんだろぉ? レポート作成で鍛えた頭の回転を見せてくれよぉ、なぁ? お姉さんよぉ」
「っ……っ……あ……っ……」
2メートル近い金髪の大男に凄まれた女性は、恐怖の閾値を即座に振り切ったのか、持っていたトイレットペーパーを落とし、言葉が発せない程にその身を震わせている。
「……」
その所業、正に外道。出血の原因は欧陽先輩の攻撃と、包帯の上から爪を立てた自らの行いにある。
エレベーターから降りた女性を尾行していた我々は、話し掛けるタイミングを窺っていたのだが、ドラッグストアから出てきた彼女に対し、いつの間にか接近していたモリス先輩が視認不能な速さで前に立ち塞がり接触、体格差を無視して後方へ転倒、酷い寸劇の末、現在に至る。
「――待て。そのように恫喝されては、話などできまい。一体、この場で何があったのか、説明してもらおう」
「何だぁ兄さん、中々イイ身体してんじゃねぇか。腕の治療費と慰謝料、詫びの菓子折り代、全部まとめてアンタが払ってくれんのかよ? あぁんっ!」
まるで狂犬のように、今度は天王寺先輩に牙を剥くモリス先輩。
「ふんっ!」
「ぐぇあはっ!」
「――ひっ!」
天王寺先輩の中段突きを受け、吹き飛ぶモリス先輩。
「て……てめぇ……」
「去ね。この先は……命のやり取りとなるぞ」
「ぐっ……お、覚えてやがれっ」
悔しそうに立ち上がったモリス先輩は、模範的な走行フォームで、こちらの方へと退散してくる。
「……いつの間に打ち合わせをしたのですか……」
「あぁん? その場のノリに決まってんだろ。後は、天王寺さんが何とかするさ」
その言葉通り、気付かれない程の距離から残された両者へと視線を戻す。
「あ、あの……ありがとう、ございました……」
「己の道に従っただけのこと、礼は不要だ。俺は天王寺ゴウト、見ての通り、旅の者だ」
「「っ……」」
余りにも浮世離れした入りを受け、一気に胸中は不安で満たされる。おそらく、隣のモリス先輩も同様の精神状態だと推測される。
「己の……道?」
「そうだ。不躾だが……貴女のソウルに確かな濁りを感じる」
出た、ソウル。後日先輩に尋ねてみようかと思ったが、やはり一旦保留とした。
「ふむ……何か、後ろめたいことがあるのではないだろうか? 先程も、歩く傍らで何かに悩み耽っていたように見えたが」
「っ……」
図星を突かれたような女性の表情に、手応えが見える。だが、字面だけを追えば、怪しげな宗教の勧誘と捉えられても文句は言えないだろう。
「……実は――」
「マジかよ……アレ、行くトコまで行けんぞ……」
「何を言っているのかはわかりませんが、話は聞けそうです」
女性は縋るような視線を天王寺先輩へ向けながら、心中を吐露していく。
「――なので、どう考えてもおかしいんです……専門的な工房も必要だと思いますし……でも、相手からは感謝の電話まで掛かってくる……頭が、おかしくなりそうで……怖くて……」
「ふむ……貴女が見たことを、事実としよう。少なくとも、俺は信じる。どうやら、からくりがありそうだ。だが、どのように複雑であったとしても、簡単なこと……人を騙し、金を得る、これは悪行であり、看過できるものではない。悲しむ貴女を見た今、これは俺の問題でもある」
「っ……て、天王寺さん……」
「何だよ落としに掛かるの早過ぎだろ……」
「……」
だが確かに、心身が弱っている者にとって、天王寺先輩の力強さ、堂々とした振る舞いは安心感を与えることだろう。
「このトイレットペーパーは、俺が届けよう。家の鍵は、持っているか?」
「えっ? あ……はい。ポケットに……」
「ならば、これから貴女は家に帰り、ゆっくりと休息を取る。それでも明日、心中に迷いが留まるならば、この番号に電話するといい」
天王寺先輩は、どこからか名刺のような物を取り出し、女性に手渡す。
「……何の番号でしょうか?」
「多分、太刀川だろ。困り事と言や、アイツしかいねぇ」
「……」
本当にそうなのだろうか。確かに、時折要領を得ない様子で、受けた電話に応えている姿は目にしている。これについては今度尋ねてみよう。
女性は、深々と礼をし、駅の方へと向かって歩いていく。その足取りは、不思議と軽い。
「ってことは、今度こそガサ入れか? 思ったより時間食っちまったなぁ」
「ふむ……」
「あの、どうかしましたか?」
二人で寄っていくと、天王寺先輩は何かを確認するように、指へと掛けて持ち上げたトイレットペーパーを見つめている。
「このトイレットペーパーは、一般の販売店で扱っている品の中では、最も値段が高い。消耗品に関しては、出来る限りの節約を常とする企業の定石とは、相反する選択だ」
「ケツくらいイイ紙で拭きてぇってヤツもいるかもしれねぇが、随分と金回りがイイってことか……こいつは、軽くチョロまかしたとしても、誰も気にしねぇかもなぁ」
「……」
これまでの話を聞く限り、見落としはあり得ないだろうと考えられる。なので、自分が気にする必要はないと判断した。
「さて、シンに倣って情報を収集してみたが、どうする? 中原」
「……」
今し方帰路に着いた女性と、先日喫茶店で話を聞いた女性、直接の関連性はなくとも、二人の発言と様子には、重なる点があるように思える。
「はい。先程の女性と同様、その実態に違和感を覚えている人間は他にもいるかもしれません。単刀直入に、話が聞ければよいのですが」
自分が訪ねてもまともに取り合ってもらえないことは明白だが、この二人を伴ってならば話は別か。
「そこら辺はテキトーに揺らせばボロ出すだろ。んでもって、逆ギレして殴りかかってきてくれりゃ、言うことなしだ」
「目を見て話を聞いた手前、普段のように静観することはできない。対話は俺が引き受けよう。大局の判断は、中原に委ねる」
「あくまで俺らは付き添いだからな」
「……今の今まで、そうであることを失念していましたが」
先輩なら適材適所とうそぶくだろうが、ここに至るまで、私が特に何もしていないのは揺るぎない事実である。
先方が不審に感じる前にということで、我々は足早にビルの入口まで戻り、そのままエレベーターに乗り込む。行先は、三人一致で五階。
「偉いヤツは上にいるって言うが、実際どうなんだろうな?」
「それが役所であっても、長に割り当てられる部屋は上層階にあることが多い。間違った話ではないだろう」
エレベーターは、途中で停まることなく五階に到着する。
扉が開くと、奥の部屋から数人の気配、逆に出てすぐの手前側は灯りが付いておらず、こちらのことはまだ認識されていないと思われる。
「ちょうどいい。軽く聞き耳立ててみようぜ。面白い話が聞けるかもしれねぇ」
「そうですね」
想定では、隠密行動は不可能だと考えていたが、この薄暗さなら、直接確認に来られない限りは露見しない。
「……」
「……」
「……」
部屋からは死角となる位置に寄り、聴覚に意識を集中すると、仕事中とは思えない音量の話し声が聞こえてくる。
「――改めて、こんなに儲かるとは」
「どんなやべぇことしてんだろーな。感謝までされてると、さすがに気持ち悪ぃよ」
「どうでもいいだろ。金貰ってんだから。俺の人生、現金で車買うなんて、少し前じゃ考えられねぇ。こりゃもう、逃げらんねぇなぁ」
「何だよ? 逃げるって」
「お前馬鹿か? 稼ぎ方が尋常じゃねぇんだよ。台本を噛みながら読んでるだけでこんな貰えると思うか? 時給換算したら幾らになる?」
「時給で考えてるてめぇが馬鹿だろ」
「馬鹿って言ったら社長だろ」
「おい、止めとけよ」
「何でだよ? 本当のことだろ。相手高校生だぜ? ロリコン趣味の変態じゃねぇか」
「写真、見たのかよ?」
「ん? 何だよ写真って。考えて見りゃお前、社長に媚売ってるもんな?」
「そりゃ売るだろ。そんなことより、そのJKだよ。ありゃロリコンとかじゃなくて、普通に一目惚れじゃねぇか。変なヤツ雇って、家にカメラまで仕掛けんのはおかしいけど」
「マジかよ。ウチの社長、マジでキモいな」
「止めとけって。給料貰ってる内は、尊敬すべき上司だろ?」
「……おい、お前さっきから、何やってんだよ? 社長が出てったんだから、今日の仕事はおしまいだろ?」
「……仕事? 仕事……なぁ、社長が売ってるモン、見たことあるヤツいるか?」
「売ってるモン? 何か安物を加工してんだろ?」
「別に詐欺じゃねぇだろ。相手が感謝する詐欺なんて、聞いたことねぇよ」
「…………社長のPCん中見てんだよ、今……」
「おいっ! 止めとけよ。さっきから、入れ替わりで三階にあのガキが来てんだぞ」
「面倒臭ぇことしてんなよ。俺達は言われた通りにやることやって、金貰ってりゃいいんだよ」
「……ガキは女に相手させてるだろ……儲けてる額がおかしいんだよ。原価が安過ぎる……怖い人種と被ることもねぇ、この詐欺の手口が分かれば、こんなとこいなくてもボロ儲けだ」
「……俺は何も聞いてねぇぞ。勝手にやれよ」
「あぁ、俺も知らねぇ」
「――――――」
ここで一度、話が途切れる。
「……証拠にはなんねぇが、詐欺グループの下っ端感は十分だな」
「ただ、彼らもその実態を知らないようです」
「後は、三階のガキ、ね。どうするよ? 中原」
「予定通り、届け物を渡し、流れで話を聞く方向でお願いします」
部屋にいるのは六名以上の男性。中には、現状に疑問を抱いている者もいた。
「心得た」
天王寺先輩を先頭に、モリス先輩が続く。正直、自分は外で待っていても問題ないが、仕方なく後ろに続く。
「――失礼する」
迷いなく入室する天王寺先輩、それに続くモリス先輩の表情には、緊迫感とは無縁の危険な笑みが貼り付いている。
当然ながら、この二人の突然の来訪を受けた人間の反応に、個人差は見られず、全員が凍り付いたように固まり、息を呑んでいるのが分かる。もしかしたら、天王寺先輩がジムバッグとトイレットペーパーを手にしていることも、カオスの形成に一役買っているのかもしれない。
そして、場には六人の男性、その服装に統一感はなく、スーツを着用している者もいないためか、空間の半分を占める机にPC、固定電話が並ぶ室内にはそぐわないように見える。
全体を見渡すと、一面の窓と向かい合わせのここは敷地の手前側で、左方の奥にはもう一つ、小さな部屋があるようだ。
「私は、天王寺ゴウトという。三好さんは体調不良で早退するとのこと。その旨を伝えると共に、頼まれていたトイレットペーパーを届けに上がった。依頼を受けた身としては、責任者への取り次ぎを願いたい」
天王寺先輩は、しっかりと女性の名前を尋ねていたらしい。
「み、三好って……」
「横に座らせとくバイトの女だろ?」
「……格闘家? ヤバ過ぎだろ……」
「あのやべぇガキの知り合いか?」
「ガキ……心当たりはないが」
「っ……えーっと……社長なら、もう上がっちゃったんすけど……おい、これどうすんだよ?」
見る限り、六人にまとまりはなく、責任を押し付け合うかのような雰囲気が伝わってくる。また、何が言いたいのかは分からないが、モリス先輩が頻りにこちらを振り返って楽しそうな笑みを向けてくる。きっと、他人が狼狽している様を楽しむ嗜癖を持っているのだろう。
「天王寺さん、わざわざありがとうございました。トイレットペーパーは適当に置いといて下さい。それで、他に用件がないならお引き取りを。見ての通り、仕事中なので」
「えぇ? 仕事って。こんだけPCあんのに起動してんのは1台だけだし、輪になって駄弁ってるようにしか見えねぇけどなぁ。てかそれテレアポ? 俺こう見えて5時からはニュース観てんだわ。そんな沢山固定電話並べてると、特集で観たやべぇの想像しちまうんだけど?」
「「「「っ……」」」」
六人中四人が明確に怯む。相手を逆撫でするような口調でも、モリス先輩の体格と声色が加わると、単なる恫喝にしか感じられない。
「何を想像したのか……いずれにせよ、決めつけるのは早計だ。これは不可抗力なのだが、話している声がこちらにも聞こえてしまった。何やら、想像してしまうのも無理はない言葉が見られたのも事実」
一度言葉を止めた天王寺先輩は、場にいる一人一人の顔を見渡すように視線をゆっくりと動かし、また続ける。
「痛くもない腹を探られるというのは、誰にとっても不快なものだ。だが、俺は己の道を行く。不正の可能性を感じたからには、無関係と目を背けることはできない。故に、一度だけ問う」
天王寺先輩はトイレットペーパーを机の上に置き、ジムバッグをモリス先輩へと投げ寄越すと、ゆっくりと前へ歩き、最も近い男性の前で足を止める。
「っ…………」
「改めて、天王寺ゴウトだ。出来れば名を聞きたいが、SNS社会とも呼ばれる昨今の情勢を鑑みれば、強いることは許されないだろう。なので割愛し、問おう。貴方は、不正を働き、金銭を得ているのか?」
「あ…………」
右の掌を胸に当て、力強く、それでいて優しく、天王寺先輩は質問する。
アロハシャツ姿の男性は、天王寺先輩の目を直視することができず、震えながら数歩後退ると、バランスを崩して尻もちを着いてしまう。
「お……れは……金が、欲しくて……ただ、金が…………」
両手で顔を覆い、自問自答するように言葉を少しずつ吐き出す男性。
だが、それよりも。
「……あの」
「あぁ」
モリス先輩がこちらの意を汲み取ったように頷き、互いに入ってきたドアの方へ目を向ける。
ここでまた重ねて自覚する。
学園の外へ出るとより顕著に意識されること。それは、エネルゲイアを得ることにより強化される身体能力には、五感も含まれるということだ。
個人的には、気配の正体はより研ぎ澄まされるに至った聴覚、嗅覚、触覚による副産物だと捉えている。
先輩やレイカさんは外で活動する時間が長いからか、身体のコントロールが特に微細であり、学園内でも通常の人間と変わらぬ気配を纏っていることが多い。
しかし、今近付いている気配はそれらに比べると些か無遠慮で、動きの結果としては常人と変わらないが、明らかにその駆動のスケールが解離している。
「……これ、どういう状況?」
こちらからすれば、随分とあからさまに、気配の正体である少年が姿を現す。
気怠そうな表情、黒髪に赤のインナーカラーが目を引くが、私とそう変わらない身長で、男性としてはやや小柄な体格に類するだろう。もしかしたら、年齢的には自分と同学年かもしれない。
いずれにせよ、学園に属していないエネルゲイア所持者を見るのは、四月下旬以来となる。