トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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インターミッション+プロローグ 神崎エイ

 僕の名前は神崎エイ。

 

 天津神学園高等学校二年。

 

 昨年の十一月、学園の禁忌を犯し、処断されるはずだった僕は、仲間達に救われ、今はこうして、学園の外で生活を送っている。

 

 毎日7時に起き、意味もなく部屋の外へ出ることは、僕の数少ない習慣だ。

 

 このアパートは学園と同じで、外の世界とは絶対に交わらない場所にある。

 

 朝、作り物のような変わらない空を見上げていると、ここでの僕の生活が、沢山の人達の犠牲と我慢で成り立っていることを意識する。これは、そのための時間だ。

 

「――おい大将っ、今日も朝から黄昏てんのか?」

 

「……モリス、おはよう」

 

「あぁ、今日もイケメンだな。俺ならもっと有効活用するんだが、とりあえず飯だぜ」

 

「うん。ありがとう」

 

 見た目は派手な髪の大男だけど、モリスは話し易くて、頭もいい。僕からすると、モリスこそそれを有効活用してほしい。

 

 朝食の時間は決まっていない。今は8時過ぎなので、今日は少し早い方だ。

 

 アパートは三室ずつの二階建て。上の三部屋は学生会の人達が、下を僕達が使わせてもらっている。男子三人、女子二人で、向かって右の101と左の103を女子が、男子三人は真ん中の102号室で寝泊りしている。

 

 朝食は102号室と決まっていて、皆が揃う。昼と夜は、別々になることが多い。

 

「カスミさん。おはようございます」

 

「おはよう。また空を眺めていたの?」

 

「うん」

「……そう」

 

 ちょうど103号室から出てきたカスミさんと一緒に、102号室へ戻る。

 

 一つ年上の彼女は、髪の色がよく変わる。今は青色で、どの色でも、よく似合っている。怒るとかなり怖いけど、とても優しい人だ。

 

「――おっ、全員揃ったわね。それじゃ、食べましょ」

 

 イチルさんと目が合う。でも、彼女への挨拶はもう済んでいる。

 

「狭い」

「はいはい。早く済ませたいなら、味噌汁よそって」

 

「あ、僕がやるよ」

「いい。神崎は座ってて」

 

「ありがとう」

 

 邪魔にならないよう、すぐ奥へ入る。

 

 カスミさんの言った通り、五人が入るには狭い部屋だ。

 

「織田島、おはよう」

「あぁ」

 

 織田島は無口で、前髪が長いから目も合わせにくい。でも、頼りになる。

 

「うっし、大将。とっとといただきますしてくれよ」

「皆が揃うまで待とう。作ってくれてるのに、先に食べるなんて良くないよ」

 

「くれてるっつーか……女のつまらねぇプライドだろ……口には出さねぇが、大将が作った飯が一番美味ぇからなぁ」

 

「何? モリスは味噌汁いらないって話?」

「朝から何言ってんだよ……この殺風景な飯に汁物まで消えたらどーすりゃいいんだよ……」

 

「もやし炒めにマヨネーズを掛けるよりは幸福な食卓だよ」

 

「比較対象が終わってる」

「……俺も姉さんに同意だ」

 

 もやしという言葉はまずかった。四月から五月に掛けて、毎日それで過ごしていたことを思い出してしまうから。

 

 今日の朝食は、ご飯に味噌汁、梅干しに昆布の佃煮。夕食に鶏むね肉の野菜炒めが食べられるので、食生活は飛躍的に改善した。

 

 本来なら、そんなことを望める立場ではないけれど、仲間達の健康に代えられるものはない。いつか恩返しができるよう、感謝していただきたい。

 

「いただきます」

「「いただきます」」

 

 本当は、僕の号令など必要ない。これは皆の習慣だ。織田島とカスミさんが言わないのも含めて。

 

「……うーん……なぁ、最近のインスタント味噌汁は味が濃くて美味いぜ。太刀川に言っといてくれよ」

 

「うん……多分中原さんのチョイスよ。出汁で使った煮干しをそのまま食べればカルシウムも摂れるって。彼女、ああ見えて自炊するみたい」

 

「いや、粉々になった煮干しが喉に引っ掛かるんだが……」

 

「私は好き。煮干し、普通に美味しい」

「僕も、好きだな」

 

「……私も好きよ。煮干し」

 

「おいおい姫さん。何でも合わせりゃいいってもんじゃないぜ。言うべきことは言っとかねぇと。大将、卵焼きは甘いのが好きなんだぜ」

 

「っ……」

 

「そういえば、モリス。中原さんはどうだった?」

 

 昨日、モリスは学生会一年の中原さん、天王寺先輩と共に、組織と繋がっていた会社を摘発した。今までは発見以降の情報が下りてくることはなかったけど、今回は違う。

 

「あぁ、タッパも胸も、発展途上だな」

「ちょっと、朝から止めてよ……」

 

「今の発言の何処に不適切な部分があったんだよ……」

「なら、身体の発育以外の部分はどう?」

 

「朝から真面目かよ……なぁに、欧陽に比べれば大したことはねぇよ。殺り合いたいかって聞かれたら、誰か他のヤツに任せたいが」

 

「比べる対象がおかしいでしょ……」

 

「……きっと、もっと強くなるんだろうね」

 

 欧陽さんの後を引き継いだというだけで、それは確実だ。

 

「だとしても、普通にイイ子よ。何しろ、いきなり付いてこいとか言われて、素直に従ってくれるんだから」

 

「あん?」

「えっ? 何ですか? 一宮先輩」

 

「――そっちこそ朝から止めてくれって。せめて飯を食い終わってからにしてくれ」

 

「止めるも何も、じゃなくてモリス、それ何杯目?」

「まだ三杯目だよ。そっちも三杯だろ?」

 

「アンタみたいに大盛りで食べてないわよ」

 

「食い過ぎなんだよ、豚が」

「あぁん?」

 

「……」

 

 こんな風に言い合うことも多いけど、二人は意外と仲がいい。

 

 

 朝食が終わればバラバラで、イチルさん以外は僕も含めて、集団行動は苦手だ。

 

「神崎、もう出られる?」

「うん、出られるよ」

 

 準備はジャージに着替えるだけ。10秒も掛からない。最初は何か言いたそうにしていたイチルさんだったけど、最近はそんな顔もしない。

 

 イチルさんと二人でビルを出る。

 

 彼女は、僕の命の恩人だ。結果的に、学生会を裏切って、僕を救ってくれた。この恩は、とても返し切れない。それでも、どうやったら報いることができるのか、考え続けなければならない。

 

 僕とイチルさんは、毎日午前中から夕方まで、援農ボランティアをさせていただいている。結果的に、僕の我儘にイチルさんを付き合わせてしまっているのは本当に申し訳ない。

 

 今日の最初の農園は、歩いて30分程の場所だった。

 

「……モリスの言う通り、掌の上ってのは気に食わないけど、これで大分やり易くなったんじゃない?」

 

「うん……やり易くなった。能力者の存在が確認できたことも大きいよ」

「デュベルにヒナノ、後一人は……何で犬の着ぐるみ姿なのかしら?」

 

「まだわからない。モリスが言ってたみたいに、操られてる可能性もある」

「四月に太刀川が捕まえた、毒の能力者と一緒かも」

 

「一緒、かもしれない……操って、悪行に加担させているとしたら、それが能力者でも、そうでない人であっても変わらない。そして……何か、大きなことを起こそうとしている。それは間違いない」

 

「準備を進めている段階っていうのは、国、学園、私達に、学生会の方だってそう捉えてるはずよ。これで外れてたら、全員オケラね」

 

「おけら? 虫?」

 

 何かの例えだということはわかるけど、聞いたことがない。

 

「えっ? あー、無一文って、こと? とにかく、実行に移す前に捕まえなきゃって話よね」

「そうだね。今日からは、少しだけ大胆に動こう」

 

「へぇ、珍しいわね。安全第一主義じゃなかったの?」

 

 そういう主義は、聞いたことがない。でも言いたいことはわかる。

 

「……急かされたからね。忘れてたんだ。やりたいようにできる立場じゃないって」

 

 本当は、忘れていた訳じゃない。

 

「多分、そういう風に受け取ってほしくないって、思ってるよ。協力したいけど、協力できないのよ、きっと。狙いが何なのかは、さっぱりだけど」

 

「協力なら、十分してもらってる。毎日、お米が食べられる」

「ホントはパンが好きなんでしょ」

 

「うん……ご飯も美味しいなって、最近はそうなった」

「痛々しいなぁ……止めましょ。お爺さん達が心配しちゃうわよ」

 

「痛々しい……のかな。援農ボランティアは、とても楽しいよ」

「それは……うん、向いてると思うわよ」

 

 農業の本を図書館で借りたいけど、貸出カードを作ることはできない。

 

 専門的な知識も技術もない僕とイチルさんは、専ら力仕事を任せていただいている。腰の調子が芳しくない方も多いので、間違っても無理はしてほしくない。

 

 収穫物を運ぶ作業は、身体能力強化のコントロール、能力の練習にとても良い。僕の細腕で、重い荷物を運べるのはおかしいからだ。汗をかかないことは、体質という答えで納得してくれた。少しズルいけど、嘘は吐いていない。

 

 昼食はおにぎり。イチルさんは全然足りない様子だ。僕のを一つ渡そうとすると、怒られる。

 

 

 とても優しいお爺さん達は、毎回収穫した野菜の一部をくれようとするが、次の場所もあると言って、お断りさせてもらっている。イチルさんが物欲しそうな目をしていたので、その日の最後の農園では、たまに貰うようにはなってしまった。

 

 今日は4か所の農園で手伝いをさせてもらい、ビルの近くまで来た所で午後5時を回った。

 

「……ジャージに長靴でも逆ナンされ続けるって、正直凄いわよね……」

「女の子みたいな顔が好きな女の子か。でも、本当に人気なのは、中之島君みたいな人だよ」

 

「……それこそ好みでしょ。それに、外見なんて要素の一つよ。顔が全てっていう人を否定する気はないけど」

 

「顔が全てか……シンプルなのは、いいよね」

「いい、って……えっ?」

 

 部屋に戻って着替える。帽子を被ると女の子に見えるのは、とても便利だ。

 

 静かに過ぎる時間が終わって、本番が始まるのを待つ。

 

 僕が活動することを許されている時間は、黄昏が終わってから、深夜まで。

 

「……」

 

 

 部屋を出て、黄昏のない空を見つめる。これは時間潰しで、習慣じゃない。

 

 去年の三月、エネルゲイアを得てから、僕の学園生活は、敗北の連続だ。

 

 四月に敗れ、落ち、また敗れ戻った。

 

 七月に敗れ、落ち、また敗れ戻った。

 

 そして十一月、三度目の悪落ち、彼に敗れ、また戻って、僕は今ここにいる。

 

 落ちれば落ちる程、戻れば戻る程、その力は途方もなく増大する。

 

 だから。

 

 善である僕は、悪を討たなければならない。

 

 善である僕は、敗れることなど許されない。

 

「それが、彼との約束なのだから」

 

 それが、僕のエネルゲイアなのだから。

 

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