「――それで、ここが『海底神殿区画』か……静かだな」
「そりゃぁ、だってここ、唯一入っても大丈夫な危険区画だぜ?」
「何も危険じゃないけどな」
メインポータルから見える穏やかな景色に、妥当な感想を述べる男子二人。
我々は消息不明となっている麻月さんを探すため、危険区画を安全だと思われる順番で巡っていくこととし、その一つ目が現在地だった。また、話を聞いたからには、ということで、本来なら無関係である男子二人も帯同してくれるようで、非常に助かる。
「うーん……大きな湖に、円形の足場があるだけ……ホント、何が危険なんだろ……とりあえず、アプリは起動したので後2分でスキャン完了です」
「この区画について、小林先輩は何も聞かされてはいないのですか?」
様子と発言からは、そのように見受けられる。
「えっ? とぉ……そういう話になると、身を隠す癖があって……特に危険区画って言葉は、私の中で要注意ワードだから……その……」
「あ……でも、私も太刀川先輩から、そういう話はあんまり聞かない方がいいって言われること、あります」
「……」
速水さんはそれで問題ないが、庶務の中心である小林先輩においては、最低限の情報共有が必要なのではなかろうか。
「お前は何か知ってんのか? ここ、解放してんだろ? 無駄に」
「無駄ってお前……無駄だったけど……いやだから、危険区画でも、安全に入れる区画って聞いたから……あ、後、釣りが出来るって」
「本当にどうでもいいな」
ただ、彼の言った通り、危険区画であるにもかかわらず、危険な気配はない。
程なく、2分が経過し、スキャンとやらが完了する。
「はい、五人。ここにはいません。良かったぁ……もしいたら、湖の中ってことでしょ……」
「では、次の区画にこのまま移りましょう」
湖とは言っても、潮の香りがするので、海水なのだろう。それを最後に、この区画への興味は失われた。
「次って……あの……何処が、いいんでしょう?」
「ここ以外は、しっかりと心積もりをしてから転移した方がいいだろうな」
「そう、だね……私が知ってる限りだと『不快隣人区画』と『三畳紀区画』と……後は『空爆迷路区画』は止めた方がいいと思う……あ、後回しにした方がいいと思う」
「久我谷、サンジョウキって何?」
「デカい恐竜が出るトコだよ。メインポータルの前に大群がいるって聞いたことがある」
「そんなトコ誰が行けるんだよ……」
「……」
個人的には何処も行きたいが、先輩からも、必要がなければ止めとけ、と言われてはいる。
『不快隣人区画』というのは、精神的な危険性だろうか。
「では、今の3か所は一旦除外して……『甲冑騎士区画』はどうですか? おそらく、甲冑を身に纏った騎士が群れを成して襲い掛かってくるような区画かと思いますが」
「何でちょっと楽しそうに言うの……」
そんなつもりはなかったが、何かが漏れてしまったかもしれない。
「ただ、危険の種類が予想できる方が対処しやすいのは確かだろう。五人で連携して守りに徹すれば、2分持ち堪えるのは十分可能だと思う」
「五、人……あのぅ、私、冗談抜きで非戦闘員なん、だけど……」
「えっ? でも、二年生っすよね? 小林先輩」
「キミ、二年生が全員強いなんて思っちゃ駄目だよ。強いのは一部の化け物達で、私達みたいな一般人だってちゃんといるんだから」
「けど、小林先輩、オリエンテーリング大会で、最後まで生き残って、しかも二位でしたよね? コイツなんて、開始してすぐに再起不能リタイヤでしたけど」
「それ、九割九分桐島さんだから……残りの一分は新海君だし」
「ついでな感じで俺の古傷まで抉るなよぉ……」
そして残念ながら、彼がオリエンテーリング大会に出場していた事実を、私はここで知った。
結局、セレクトに時間は掛けられないということで、次の区画は『甲冑騎士区画』に決定した。だが、このローラー作戦で本当に麻月さんが見つかるのか。加えて、その疑問を言い出せる雰囲気でもない。
正直、先輩の善からぬ遊びにたまたま麻月さんが巻き込まれただけな気がしてならない。
「「「「「――――――」」」」」
再びの空間跳躍。
「っ……」
気温の低下と少々の湿気、曇り空に朽ちた西洋城、そして主役の甲冑騎士。視認できる数は30程だが、それが全てとは思えない。
「殺伐とした世界観だな……」
「お、おい……あれ、多分問答無用、だよな……」
「速水さんは小林先輩と後ろへ。後は我々で迎撃しましょう」
先頭の一体を蹴り飛ばすが、一撃で済む相手ではないことがわかる。比較的範囲の狭いメインポータルの位置は、おそらく城の中庭。開けているが故、完全に囲まれている状態からスタートするようだ。
「ぐっ、硬ぇ……これ、倒せるのか……」
「お前も下がってろ。どうせ2分だ」
「っ……」
圧殺せんと体当たりしてくる甲冑騎士を、久我谷君は容易にいなし、ポータルから遠ざけるように広く立ち回る。その動きは非常に自然体で、襲い掛かる騎士達が翻弄されているかのように映る。
「……」
どこでも刀を刺突用の片手剣、レイピアをイメージして刃を伸ばす。既に試したことがあったため、発動はスムーズ、甲冑の方はよく分からないため、兜の隙間を突き刺す。
「凄ぇ……やっぱ中原さんやべぇよ……」
肉を突いたような手応えはなかったが、仰向けに倒れた騎士は、黒い靄に包まれて消える。
どうやら、もう一人の彼の攻撃はあまり効果がない様子だが、それでも相手のターゲットになってくれることは大きい。
即座に連携するのは困難と判断し、後方へ下がる二人に指示を送りながら、決めた範囲の内側に入った個体を細剣で屠っていく。
「だあああぁぁぁっ! うっし、やっと発動っ」
「っ……」
左方から聞こえた雄叫びに視線を動かされると、彼の手刀を受けた甲冑騎士が真っ二つに裂かれ、上半身は空中で、下半身は倒れて霧散する。
「40%カット…………っ!? 円谷君っ!」
「――うぉっ! えっ? な、中原さん、どうかした?」
「……いえ、おそらく、もうすぐ2分が経過します」
「えっ? あ、うん……ありがと」
そう。円谷君のエネルゲイアは40%の確率で繰り出した手刀に切断効果が付与される。生物には効果がないと聞いていたが、目の前の騎士達には有効な様子。
そして、胸のつかえからの解放による所か、自身の感覚に同期している刀が最も使い慣れた、自然な姿へと戻る。
「――っ」
流れのままに斬り上げ、メイスを振り上げていた甲冑騎士の首を落とす。
「はいっ! ここも五人っ! 戻って戻ってっ!」
「おいっ! 早く戻れっ!」
「あ、わかったっ! でっ、うぉっ!」
騎士の剣を何とかやり過ごした円谷君は、バランスを崩して転倒するが、よろめいた時にはもうこちらは走り出していたため、余裕を持って彼をポータルの方へ掴んで投げる。
「よし……中原も、早くっ」
「はいっ」
円谷君をキャッチした久我谷君は、そのままアプリを起動して離脱。自分以外いないことを確認し、スマートフォンのアプリを開き、中央広場をタップする。
「――――――」
やや不快だった湿気から解放され、遠くに噴水の見える明るい学び舎に戻ってくる。
「思ったより、刺激的な区画でした」
「あぁもう完全にあっち側の人の感想だね……サヤちゃん」
「さすが、だね、中原さん」
「いえ、ただ……また空振りなようです」
私としては一向に構わないが、本当に我々は解決へ向けて進んでいるのだろうか。
「っ……違う。先輩と麻月さんなら、危険区画であってもある程度の攻略は可能……」
問題は何故二人がそのような場所を攻略しているのか。ただ、その理由がやはり全く思い当たらない。
「……では、次はどの区画にしましょうか?」
「うっし、もうそこでしか貢献できる気がしないから、どの区画に麻月さんがいるかをバッチリ予想してみせるっ」
「お前、残ってた方がいいと思うんだが……」
気合の入れる方向はよくわからないが、円谷君と速水さんは、危険区画のページを見ながら話を進めている。ブレない小林先輩は、今も行きたくなさそうにしている。
「あの……先程の動きについて、聞いてもいいでしょうか?」
久我谷君のエネルゲイアは、他者の技術の限定的な再現。本人曰く、不明点の多いエネルゲイアのようで、逆にそういった性質であったために、彼と早い段階で交流を持ったとも言える。
「あぁ、あれは……阿僧祇先輩の猿真似だ。力を抜いた方が鋭く、強く動けるような、不思議な感覚なんだ」
「っ……阿僧祇先輩の武術を、見る機会があったということですか?」
驚くべきことだった。そもそも、学生会に所属していない学生からすれば、彼女を見ることすら稀有な体験だと思われる。加えて、畏怖と同時に、彼女のファンでもある一年生は、男女問わずそれなりの数に上る。
「偶然……かな。俺は勝手に奇跡だと思ってる。武道場区画の第7修練場、あそこは、暗黙の了解で学生会が使う場所になってるんだよな?」
「はい。ただ、他に空いてなくて、学生会が使用していない時は、問題なく使用できるとのことですが」
私自身、授業外でも月に数回は使用している。
「俺、本当に知らなくてさ。副会長が阿僧祇先輩に引き摺られて入ってきた時は、本当に焦ったよ。でも、副会長が一緒にどうだって、誘ってくれて。それで…………」
自分が言えたことではないが、感情をあまり表に出さない久我谷君の顔が、何だか生き生きとしていて、それでいて懐かしむような、少し寂しげな表情にも見えた。
「阿僧祇先輩の攻めを、副会長がギリギリで凌ぐ。それで少しずつ、少しずつ追い込まれて、最後は寝技で膠着する。ずっと、それを繰り返すんだ。俺は、一歩も動けなかったよ……」
「……エネルゲイアは、使わなかったのですか?」
話には聞いていたが、それらは又聞きのようで、何処か現実味を感じなかった。しかし、久我谷君のその言葉と、漏れる感情は、実の籠った伝聞として捉えられた。やはり、阿僧祇先輩の近接戦闘技術は、先輩の守りを崩す程のものなのだ。何とか、手合わせを頼めないものか。
「すぐ使ったよ。その時の動きは、今も頭から離れないんだ。でも、それでも同じだったよ。蹴りを寸止めされて、言われたんだ…………別にいいけど、猿真似じゃ頂上までは行けないよ、って」
「……それは、いつ頃の話なのですか?」
「五月九日、日曜日の深夜……だから、正確には十日だ」
「……」
記憶が正しければ、その頃から、武術の授業で彼の姿を見なくなった。いや、表情を見た方が、それは明らかなように感じられた。
共感することは難しいが、久我谷君は、深夜に一人で修練を行う程のモチベーションを、何らかの思考過程を経て失ったのだろう。
「……俺の練度の上がり方は、酷い話なんだ……未練がましく想い続けると、少しずつ上がっていく……手に入らないのに、上がっていくんだ……だから……」
「……」
「…………助かった。実は、誰かに話したかったんだ。勝手にだけど、一応内密にって……けど、中原なら、大丈夫だろうって思ってさ」
「……では、私も他言は控えておきます」
「ありがとう」
もちろん、彼の気遣いとはまた理由は違うのだが。
ただどうやら、円谷君の力にはなれそうもない。彼にとってはおそらく残念ながら、あまり憂いはない。
「――中原さん、次は『雷電鉄橋区画』に決まったよ」
「……本当に、吟味の末の結論なのでしょうか……」
「とは言っても、何処もそんなもんなんだろう……」
響きとしては、2分凌ぐだけでも感電死しそうなのだが。
その後、我々は『雷電鉄橋区画』『地底火山区画』『食人植物区画』『北極熊区画』と渡り歩いた。途中、食人植物区画において、速水さんと円谷君が捕食されかけるというハプニングに見舞われたが、何とか損耗を最小限に抑えて戻ってくることはできた。
しかし。
「――やっぱりローラー作戦は無理があるよねぇ……ヤダなぁ……今日絶対ホッキョクグマが夢に出てくるよぉ……」
「俺も……今なら、ぬいぐるみでも怖いって思うかもっす……」
二人のSAN値も順調に厳しくなってきている。
「あの、すいません……ご迷惑を――あれっ?」
「っ……レイカさん?」
速水さんに釣られて空を見上げると、正門の方向から近付いてくるパラグライダーが確認できた。そして目が合うと、レイカさんはウィンクをしてこちらへ下りてくる。
「――よっと……それで、大丈夫? 死者とか、出てないわよね?」
「出てませんけど……桐島さん、スカートでその登場は……ちょっと……」
仕組みは不明だが、パラグライダーは空中で綺麗に収納され、レイカさんは何事もなかったかのように我々の前へ着地する。加えて、小林先輩の指摘についても、同感ではあった。
「これの方がのんびり下を見れるのよ。ま、誰も上なんか見ちゃいないし、減るモンでもないわ。それで、麻月さんはまだ見つかってないのよね?」
何とも男前な発言に加え、すぐにこちらの現状を把握するレイカさん。
「はい、幾つかの危険区画を確認したのですが、残念ながら……」
「よく頑張ったわね。久我谷君と円谷君も、ありがとね。少しだけど、後で助力ポイントを送らせてもらうから」
「えっ? ほ、本当ですかっ?」
「いえ、別にそんな……」
男子二人のリアクションは対照的だったが、私としてもお願いしたい所ではある。
「あの……レイカさん。通常よりも、やや武装が多いように見えるのですが、場所に心当たりがあるのでしょうか?」
「えぇっ? そうなの? 桐島さん」
「ほ、本当ですかっ?」
「もし外れてたら、危険区画巡りツアーが再開されちゃうけど、とりあえず行ってみましょうか。男の子二人にも、ここまで一緒だったなら、付き合ってもらってもいい?」
「は、はいっ! もちろんです」
「俺も、構いません」
「よし。都合よく、周りには誰もいないわね。もう7時を回るし、当然と言えば当然だけど」
そう言われて、時間の経過に気付く。まだ夕焼け空だが、黄昏が省かれるため、ここから一気に暗くなる。
「これから転移する区画について、質問はなし。見聞きしたこともオフレコでお願いね。場合にもよるけど、私とサヤを先頭に、三人は少し下がっていて」
「はいっ! え……三人?」
模範的な返事の後、違和感に気付いた円谷君が首を傾げる。
「あ、私は行かないから。三人で合ってるよ」
さすが小林先輩。ここに及んでも全くブレない。
「あの、私も了解しました」
「俺も、下がっておきます」
速水さんの表情に、安堵が広がっている。それだけは、明確に良かったと言える。
「……レイカさん。戦闘の可能性が高いということでしょうか?」
「それは……アイツ次第ね……場合によっては、初めてコレを使うかも……ま、取り越し苦労って線が濃厚ではあるわ」
「……」
右腿のホルスターに見えるややサイズの大きいハンドガン。例によって情報はないが、冗談では済まない代物であることは間違いないだろう。
「よし、それじゃ、行くわよ」
「「「「――――――」」」」
中央広場からの転送、そして潮風は本日二度目か。いや、三度目かもしれない。
「うっ……何、すか……ここ……」
「妙ね……雲一つないなんて……」
愛用と思われるアサルトライフルを手に、レイカさんは空を仰ぐ。
「レイカさん。どうやら、当たりのようです……」
固定された時間帯は午前中か。刑務所を思わせるような朽ちた建物と、耳に届く波の音。そして、建物とは反対側の開けた平地には、目的の二人の姿が。その視覚情報が、この区画に対する疑問を全て場外へ押し出していた。
「……手筈通りに行きましょう」
「はい……」
完全に気配を殺しているレイカさんに、鳥肌が立つような寒気を覚える。私もそれに倣い、どこでも刀に手を添えながら、ゆっくりと歩き出す。
「あれ? 何か、麻月さん、副会長に抱き着いてな――」
「――黙っとけ」
「…………」
まもなく間合いの内側へ入るが、接近する前から、状況に変化はない。
麻月さんが先輩の肩に両腕を回し、もたれ掛かるように抱き着いている。それ以上でもそれ以下でもない。加えて、どうやら彼女は眠っているようだ。
二人の関係について、誤解する余地はないが、最も可能性が高いと思われる状況予測は、先輩が彼女の鍛錬に付き合い、その末に限界を迎えて気を失ったという流れだ。勝手に進む思考に不快感を覚えるが、あの男が自分に対してそのような時間を割いたことは皆無である。
「――たな……まぁ、誰にも見られない環境だったのは勝因か……」
「――」
すぐ横で、何かが切れる、もしくは封印が解かれたような音が聞こえたような気がするが、おそらく自身の心の弱さが招いた幻聴だろう。
「――勝因って、何を勝った気でいるのかしら?」
「――既に敗因となっていることに、気付いていないようです」
「――――っ!?」
状況は整った。その思いに呼応して、刀に最適な刃が付与される。
少し猶予を与えると、男の首がからくり仕掛けの人形のように動き、引き攣った顔をこちらへ向ける。
「……おぅ……お疲れ。えっと、何かあった?」
どうやら、状況の確認は瞬時に済ませた様子。
「誘拐されて、今度は自分で誘拐したって訳? まぁいいわ……話は後で聞くから。サヤ、まずは足を封じるわ。ダメージの反射は使えないから、刈り取るつもりで斬り掛かりなさい」
「はい。どうやら消耗しているようですし、思わぬ機会を得たようです」
先輩がたまに使う表現が頭を過ぎる。何がどうなってそうなったのか。ただそれは、私にはどうでもよいことではあった。
「いや待ってくれっ! 話し合お――」
言い終わる前に走り出すが、男は既に跳躍している。
短期戦ではこちらに分があり、最高の後方支援を得てもいる。
今日ばかりは負ける気がしないと己を叱咤し、私は全力で先輩に斬り掛かった。