「……」
潮の匂いと海猫の声、特に感慨はない。全てにおいて、要は慣れだ。
「本当に監獄島ね」
こちらも、端的な感想を述べる。
「ここがどういう目的で存在しているか、聞かれるのは不都合?」
「説明すると、長くなるんだよな。興味ある?」
「ない」
区画中央に位置するメインポータルから正面には監獄本体がそびえ立つ。ディテールにこだわりたかったのか、ビジュアルは廃墟一歩手前といった印象で、見た感じであまり中へ入りたいとは思わない。まぁそうあるべき建物ではあるが。
右手にはなだらかな下り坂が続き、海岸へと続いている。だが、目的地は正面でも右でも崖で閉ざされた左でもない。
「で、監獄の反対方向は見ての通り何もない」
平地に見えるのは砂利と僅かな雑草のみ。今回の能力開発という名の実験にはもってこいなのである。
「……それで、能力開発とやらの中身は?」
「座らないけど座学からだな」
すぐ実践へと移せる環境はやはり素晴らしい。今日が土曜日なのがやや残念か。
「さっきの感じだと、麻月さんは能力の練度を上げる方法が分かってる派?」
「そんな派閥に属する意思はないけど、把握はしてる。アオイを守ろうと思う……想念ようなものかしら。その高まりが、練度の向上に繋がっているみたい」
その言い回しに、深い愛と病を感じる。
「なるほど。能力じゃなくて、そっちに繋がっているのか……素晴らしいな。つまり、生きてるだけで強くなるって、こと?」
「っ……そういう訳でもないけど、そう遠くはないと思う」
やや不服そうだが、概ねで認める麻月さん。
「だからか。そういや地下で中原といい勝負してたよな。トワイライト抜きでも、あの時点で結構な身体能力だったし」
後、口には出さないが、お互い全く遠慮せずにフルパワーで攻撃し合う姿には狂気を覚えた。ホントに入学して一か月か、と。
「そう……ね。あの時は、続けていれば勝つ見通しではあったわ」
多分、相手もそう思ってるけど。下手したらダブルノックアウトもあり得たか。
「ってことで、練度の部分はクリア。この時点で相当強いことは揺るがん。それで、なんだけど、麻月さんの能力は、元素記号を指で書いて、実際に起こす。ここまではOK?」
「……」
麻月さんは頷いて答える。
「で、書いた化学式を飛ばすことで遠距離発動も可能で、何か、爆発させた時は任意の場所へ文字をワープさせたようにも見えたんだけど。それは、制限……負担が強くなったりする?」
「ワープ……というよりは、その地点に発動させるイメージね。制限、というよりは負担が大きくなるという理解でいい。地下で使う分には、かなり距離も伸ばせると思う」
決定。強い。
「現状の最大攻撃方法を聞いても大丈夫?」
「……一つ、いい?」
「何?」
「普段の会話も、これ位単刀直入にならないの?」
違う角度から刺しに来る桃色の髪の後輩。
「おいおい、中原みたいなこと言うなって、萎えるだろ……」
「ハァ……聞いたことくらいあるでしょ。ボツリヌス、結構式が長いから使いたくないけど、その毒素を撒き散らせばかなりの威力になると思う」
「さっき言ってた毒の話か……」
会話の流れとしては想定内か。でなくても、話す予定だったので好ましい展開だ。
「えっとね。大まかなトコを説明すると、能力の有効活用にオススメの視点は、一回人間から離れてみること。結論から言うと、その毒を使用すれば、大量の人間を簡単に殺せる。でも実は、俺ら能力者には全く効果がなかったりする」
「っ…………っ!」
「待て待て待て無言で化学式を書くなっ! 怖いって」
物凄い速さで描かれていく光の線にビビりつつ、何とか制止する。Cの後に6760までは読めたが、結構じゃなくて滅茶苦茶式が長そう。そこら辺も深めるべき箇所である。
「私、自分の目で見ないと信じられない方だから」
「それ自体はイイと思う。ただ本件については今度ナギか碓氷さん辺りに聞くことで納得してくれ。で、進めると、毒は強化しても成分そのものが変わらない関係で、まぁバッサリ言ってしまえば全く使えん」
四月に会った、毒そのものを生成する能力なら、俺らに効果がある毒を生み出せるようだが。
「同じように……ほら、あの、核融合? 放射能が出るヤツ。核を使った爆弾なんかも、環境にダメージを与えるだけで、能力者には効果がない」
「詳しいわね……元々禁止されている物を使おうとは思わない。実際に使用したとしても、貴方が言うように環境を壊すだけ」
なので、能力者に効果的な攻撃方法は世界的にはクリーンであるものが多い。代表的なのは、やはりステゴロか。
「後は、能力の発動は物理法則とか、数式とかの正しさよりも、イメージが大事。だから、実はガチで化学の勉強すると、逆に出来ることが減る場合もあると思う」
「……それって、一之瀬のダウジングと同じ論理?」
「お、身近にイイ例があったか。正にそれ。アレは本人の中でダウジングっていう概念がしっかりと定まっていなかったからこそ発動した、っていうのが、一応の説明になる。その能力だったら、もうわかってるだろうけど、確信すれば発動するし、できなければ無理。それが能力」
そもそもが既存とは隔絶しているので、何故と問われてもそうだからとしか返せない。分からないことは沢山ある。何故人間よりも、トマトの方が構成する遺伝子が多いのか。さぁ、分からない。しかも、まぁまぁどうでもいい。
「……その法則、何で初日の情報に載せないの?」
「うん? 理由としては、新入生の学園生活を能力中心に誘導しないため、かな。まぁ大元は学園側が認めないからだけど。俺が副会長の間は記載されないと思う」
最初に知っても何のこっちゃって可能性もあるし。
「……今気づいた。私達って、風邪を引かない?」
「うん。でも、うつとか不眠症とか、精神的なのはなる、のは知ってるか」
「言いながら思い出したみたいだけど、言う前まで忘れていたことに驚いたわ」
「いや忘れてないって」
考えながら話していただけです。
「じゃ、座学の最終章に入りたい。俺が思う能力の使い方は、まず二つ。一つはメッチャ強力な攻撃手段の模索。もう一つはメッチャ丈夫な壁を出す。これなら、練度やイメージによる強化も理論的には有効」
「つまり、考え得る最高の攻撃方法と防御方法……確かに、悪くないわ」
「ちなみに、今までこれについては考えなかった?」
「……思ったことは……あった、と思う。けど、さっきまでは毒素が最も強力という考えに留まっていたのかもしれない」
「留まってても十分強いんだけどな」
まぁ、麻月さん単独でこの星の人間を効率よく根絶やしに出来るのは事実だし。
「丈夫な壁……やっぱりダイヤモンド?」
「かと思ったんだけど、検索した所、そうではないらしい。しかも、ダイヤモンドはメジャー過ぎて色んなイメージがある。麻月さん、ダイヤは好き?」
「宝石にも、貴金属にも、それ自体には、大して興味はないわ。後、宝石は全て偽者になるし、ダイヤは炭素だから、そもそも出せない」
「そっか。なら尚更、か……」
自分で生み出す宝石が本物であるはずがない。というイメージがあるのだろう。ある意味で結構ロマンティックな考え方だが、黙っておくが吉。
にしても、マジで関心なさそう。レイカもマコトもそうだし、意外とそんな感じなのだろうか。ちなみに、中原は刃物的な素材として、結構好きな話題ではある。つまり本質的には関心なし。
「それはともかく、何かちょっと長い名前の……コレ、知ってる?」
検索して画面を向ける。
「っ……窒化ホウ素……火山性の残留物……」
ファーストコンタクトは、俺とほぼ同じリアクション。
「さっきも言った通り、あんまり掘り下げないのがコツだ。何かダイヤモンドの親戚らしい。で、何と、化学式にしても、たったの二文字。とにかく全一で硬くて二文字。これで終わっとこう。どう? 画像だけ見てイケそう?」
「見た目は、赤茶色の岩ね……火山での生成により、高温にも強い……あっ」
「おっ」
人差し指を一振りすると、すぐに光を失った文字列と入れ替わりで、画像をほぼコピーしたようなバスケットボールサイズの岩が、麻月さんの手の上に出現する。
「――っ!」
が、すぐに手を引っ込めたことにより、地面に着地。何やらメッチャ熱そう。
「……つまり、熱を帯びたイメージが再現されたと?」
「多分……」
これ、普通の人間が直で触れたら火傷じゃ済まないレベルかも。
「凄ぇな。これ、永続性は?」
「私が忘れたら消える」
「そのシステムも凄ぇな……」
とりあえず、自然と我々は熱くてデカい岩から距離を取るように奥へと移動する。
「えっと、常温で出せる?」
「出せる、けど、形のイメージをしっかり固めないと」
「だね。盾みたいにピンボイントで防ぐのと、鉄板みたいに遮蔽物として展開できたら、複数戦でもかなり役立つと思う」
そこで、見ているだけのつもりから自分もやってみたい衝動に駆られる。
「……麻月さんって、俺の能力について、普通に知ってる?」
「……土地を転がして富を得るエネルゲイアでないことは知ってる」
「あれ? 中原とか、佐藤さんとかから聞いてない?」
「本人以外から聞くことはしない方がいいって、ミオさんから聞いた」
「なるほど」
碓氷さんって何でそんな信頼されてんだろ。やっぱ顔か。
俺の能力は隠すというより、部分的に開示して錯綜させた方が旨味が大きい。レジスタンスの連中とも話す可能性のある麻月さんには、布石を打っておくのもアリか。
「えっと……一応、内密にしてもらっても、いいすか?」
「っ……別に、私が教えたからって強制はしないけど」
「いや、そうではなく、これからしたいことにも関わるから、麻月さんには教えておきたい」
「えっ?」
かなり意外そうな顔をされる。俺は彼女に対して、そこまで酷いことをしたのだろうか。いや、中原に説教された際の内容から、したらしい。
「…………さっきも言ったけど、吹聴したりはしない」
「助かる。俺の能力は、相手の耳朶に触れることで、相手の能力をコピーする。だから、色んな能力が使えるように、見えるかもしれない。ってことで、ちょっと、コピーさせてもらってもいい?」
自然に話し、嘘は吐かない。
「……本当に? けど、それなら説明は付く、か……いいわ。今、ここで嘘を付く意味もないし」
「んじゃ、失礼して」
「――待って」
と言われたので伸ばした右手を止める。
「そのまま動かさないで」
麻月さんは俺の手を取って、自らの耳朶に触れさせる。確かに、その方が抵抗が少ない人も多そう。今後の選択肢とさせていただきたい。そして、しっかりと能力を発動。
「よし、OK。1回使って終わりだったら、まぁ実践は厳しいな。どうなんだろ」
コピーした能力の扱いやすさ、使える回数や時間はそれぞれ。中原のは集中が切れるまで、佐藤先輩や御手洗のは1回使用したら終了。
「おっ、これは……暫くは使えそう。ナイス」
軽く空中なぞり書きを試してみると、ルーン魔術的光の文字がしっかりと描けている。
「……本当に使えるのね……ある意味、没個性なエネルゲイア」
「いや、だとしても、これは……楽しいな」
まずはH、その後で2、最後に丸を描く。
光文字が消えると同時に、掌から水流が放出される。
「うおっ! 凄ぇっ! こんなん魔法やんっ!」
「っ……」
軽く睨まれるが、俺の中に眠る少年の心は止められない。
「えっと……火は? 火ってどうやって出すの?」
「ハァ……着火ならイメージで出来る。火だけなら……CH4、2O2の順番で書けば出せる」
水を止めて、言われた通りに指を動かす。
すると、今度はイメージ通りの火の玉が手からポン、ポン、ポンと、遅めのショットガンみたいなリズムで発射される。これはもう完全にRPGの魔法だ。
「やべぇ、今までコピーした能力でトップレベルにおもろい……」
「っ……何でそんなにすぐ出来るの……また更に殺したくなったんだけど」
「そんな物騒な……じゃ、そろそろ本題だ。B、N、だよな……縦横50センチ辺りで、板状になっているイメージか……厚さは、どのくらいがいいんだろう……」
割とスムーズに頭の中で組み上がる。突き出した左手の少し先に展開させて、左手の動きと連動できるようにすれば、盾っぽい使用感が再現できるだろう。これで中原の剣が防げる。
「っと……こんな感じで、どうだろ?」
「っ……」
形は端材のような板、でも質感と色合いは完全にさっきの岩。左手を軽く動かしてみると、完全にラグもなく追随してくる。とりあえずは成功。
「……」
麻月さんも、俺と同じ岩の盾を左手の前に出現させる。しかし、その表情は芳しくない。
「目の前に実物があると、こんなにイメージがし易いのね」
その後、火や水、鉄杭などを無言で次々と繰り出されるも、その全てをシールドは防いで見せた。もう少し突き詰めれば、実戦でもしっかり役に立ってくれるだろう。
もういいと何度も言っているのに、麻月さんの攻撃が止まず、随分と時間が経ってしまった。
「――何て、忌々しい……」
「――んじゃ、今日のクライマックス、攻撃の方へ入っていきたいと思うんだけど、これはフリではなく、コントロール出来ない内は、人には向けない。OK?」
「わかった。人には向けない」
「……一応確認だけど、俺は人だぞ?」
「……」
いやな予感はするが、話を進めよう。
「結論から言えば、爆発だ。これしかない」
「同感ね。毒以外なら、元々最有力ではあったから」
導入は思いの外スムーズ。
「けれど、さっきも言った通り、環境を破壊するような爆発は、使い勝手が最悪」
「そう。だから、放射能汚染が起こらない形で最も威力があるっぽい現象をチョイスする。ちなみに、地下で戦った時の爆発は、どういう風に起こしてた感じ?」
あれでも結構な規模だったとは思うが、今回はもう少しアルティメットな爆発を完成させたい。
「硝酸アンモニウムを飛ばして引火。工夫すれば、もう少し大規模な爆発も起こせるかもしれない」
「アンモニウムは……そっか、爆発しやすいヤツか。後々のことを考えれば、小規模な戦闘を想定して限界まで工夫すべきかもな……」
「……検索したら、水素爆弾っていう言葉が出てきたけど」
どうやら俺と同じようなワードを入れたらしい。
「安直かもしれないけど、検索の先頭に出てくるっていうのはそれなりに事実ではある、はず。なので、麻月さんの必殺技は今日から水素爆弾もどき、となります」
「完成した後、そのネーミングを広めたら、そのもどきとやらの最初の犠牲者にしてやるわ」
「仮の名前だって……そこら辺は、アオイちゃんとかに決めてもらえばいい」
もっと酷いのが飛び出しそうだが、彼女への侮辱は麻月さんの激怒に繋がるのでもちろん言わない。
「……一応、設計のページに化学式での解説もあるわね……かなり長いけど、複雑な毒素とそう変わらないわね」
「これ、如何にして速く書くかを突き詰めるの、結構楽しくね?」
ブロック体でも筆記体でも判定されるし、どこまで下手くそな文字が許容されるのかも中々に興味深い。長い詠唱を経て繰り出される大魔法を連想してしまう。
「スペルミスがあると発動しないし、反復練習は必須だと思う」
「で、この爆弾の威力なんだけど、能力抜きにしても結構な威力だと思わない? 衝撃波が地球を何周もするらしいぞ」
貼られていた動画のリンクをタップし、1分程の映像を鑑賞する。
「……これ程の爆発を受けても、私達は平気なの?」
「理由は不明だけど、平気らしい。俺らが普通の人間からダメージを受けるとしたら、素手での攻撃だけって話だ。だから、杉浦教官とか、李教官はエネルゲイアなしで俺らをボコしにくるだろ?」
「……本当の意味での化け物は、あの人達だったのね……」
加えて、タブーにより俺らは防戦一方を強いられる。
「で……えっと、化学式ってどれ? 俺、見つかんないんだけど」
「……貴方、その検索サイト使ってるの? コレで、多分発動できる。ただ、一つ問題がある。この爆弾の規模を想定並にすると、起爆させるために結局さっき言ってた爆弾を使う必要があるみたい」
本人はそうでもないと言っていた化学式だが、俺の価値観ではクソ長いの一言に尽きる。シンプルな式もあるが、規模で長さも変わるらしい。
俺や中原が時間を稼ぎ、後方で麻月さんがこれを唱えるというシチュを、いつか実現したい。
だがそれは置いといて。
「話が早くて助かるな。それはそもそも、起爆に必要な熱を生み出すための、本末転倒爆弾なんだ。その熱を環境破壊爆弾ではなく、自前で出せれば、問題なく起爆できる、はず。そうすれば、書いてある通りのクリーンな爆発になるんじゃないか?」
「……理論上は、可能……ただ、エネルゲイアでこの爆発を再現したら、途方もない威力になるんじゃないかしら……」
「レベルアップが目的なんだけどさ、正直な話……そこにロマンを感じないか? 限界まで距離を伸ばして、水平線の上から発動させたら、それはそれはスペクタクルじゃないか?」
まぁ共感を得られるとは思わないが、俺は結構胸が踊ってしまう。
「っ…………確かに……そうかもしれない」
「えっ?」
俯き気味に発した言葉は、まさかの同意だった。
「私だって、自分のエネルゲイアに可能性を感じなかった訳ではないわ。ミオさんにも、そう言われていたし……けど、最適解が毒って聞いたら、何だか萎えちゃって……最近までは、不眠症も酷かったから……」
今気付いたが、そこそこ本音で話してくれるようになった気がしないでもない。少なくとも、ファーストコンタクトの時分と比べれば、目覚ましい変化だと言えよう。
「……よし、やってみよう。出来れば、形になるまでやりたいな……次、こういった時間を取れるか、というか、麻月さんが俺の言うことに従ってくれること自体がスペシャルな訳だし」
「っ……わかった。言っておくけど、納得がいくまで付き合ってもらうわよ」
「マジか……じゃあもう納得がいくことは確定したな」
俺は、やると決めた後で諦めるのが結構嫌いな方で、諦めるなら最初からやりたくない。そういやレイカもそんな感じで、以前、キモいレベルでバランスの悪いレトロゲーを協力プレイし、次の日の午前中の授業を休んだことがある。昼までにクリアできて本当に良かった。
「――おっ、コレ、滅茶苦茶遠くまで飛ばせるやん。これなら水平線っていうか、かなり上空で爆発させられるっぽいな」
さすが水素の名を冠するだけあって、Hが多い。まぁ本当の所は不明だし、調べない方がいい。全く以て違うってレベルで外していなければ、無事に発動できる。それが理屈抜きに分かるのがエネルゲイアのヤバい所。
「これだけ視界が開けていればの話。暗かったり、物が多かったりしたら、そうはいかないわ」
10分程、式を書く練習、暗記を続け、その後で爆発を起こす座標を入念に確認する。それだけの高さなら、俺らにダメージが届くことはないだろう。監獄島が吹き飛んだらマジで困るし。
「……やってみる」
「うん、頼む」
「………………」
「………………」
「――――っ」
精神を集中させ、麻月さんはその綺麗な指をしなやかに動かし、光の線を高速で描いていく。
「ハァッ!」
気合の一声に呼応し、手元の線は消え、遥か上空、予定座標が微かに光り輝く。
「っ…………」
「…………」
光が消え、爆発は起こらない。
つまり不発。俺も一時的に同じ能力を有しているため、そのプロセスが自然と理解できる。
「温度が足りないか……」
「……具体的な温度って、何度なのかしら」
必要以上に深掘りしないという法則に従い、数字までは見ていなかった。
「えっと…………うおっ、凄いよ。何か、教科書っていうか、図表でも見なかった桁だ」
「……それで、何度?」
「これさぁ、知ると無理って思っちゃう危険性ない?」
「あるけど、現状では無理なのも事実よ」
何か本当に化学の実験をしている気分になってきた。
「1億℃っすね」
「……人間って、体温が42℃を超えると死ぬのよね?」
本当にそうなのかは知らんが、お婆ちゃんはそう言っていた気がする。
「そう考えると途方もないな……あの太陽さんでも6千℃って記載されてるから、まぁ……この上なく熱いってイメージが必要かも」
「太陽よりも高温……本当に、その水素爆弾とやらが学園で爆発しても、誰も死なないの?」
「職員は一瞬で消えて、俺らや建物はノーダメージ。しかも、一部のヤツらはその爆弾を行使した存在へ全力でカウンタ―能力を発動させるはず」
俺もその一人。やられたらやり返す。これは学生会の基本スタイルでもある。
「外の人達が私達を怖がるのも、無理ないわね。それに、唯一阿僧祇先輩をコントロールできる貴方が重要視されるのも、理解できるわ」
どうやら、碓氷さんから色々吹き込まれているようだ。
「まぁあんなのをコントロールするなんて不可能だが、そう考えれば1億℃の方が余程現実的だな」
その後、テイク10で一旦、方法論の修正を考えることに。
「――不発の場合は消耗が無いっていうのは、結構助かるね。ただ、何となくだけど、俺らがイメージしている規模だと、MP全部持っていかれるかもしれないな」
「……規模を落したくない……けれど、行使するには、もう少し練度を上げる必要があるかもしれない」
髪に触れる仕草は欲求不満を示すというが、ガチなのか。意外にも、麻月さんは悔しそうで、俺だけで先走っているのかと思っていた気持ちが大分シンクロしてきている。少なくとも、お互いに飾らず、頭を捻っている。もはやコピーするのに一々腕を掴まれなくなっている。
今のでコピーは5回目。何かが削がれるので、時計は見たくない。
加えて、既に何テイク目かは数えていない。
「……今回が本番な訳じゃない。連携してやってみよう。タイミングを合わせて、一緒に起爆させれば、イケるかもしれん」
「…………嫌」
マジで嫌そう。だが気持ちは分かる。
「経験則だけど、練度向上の必要性を感じたら、それはもう揺るがない。けど、ここで実物の爆発を体験しておくのは超重要だ。百聞は一見に如かず。ことわざの中でも、かなり優秀な真実だから」
「っ……………………わかった」
葛藤の末、折れる。本人にも自覚する所があったのだろう。
「うん。気休めにならないと思うけど、まだ一年の六月だから」
「……タイミング、そっちが合わせて」
「よし、やろう」
瞳に強さが戻る。
永遠に早朝で固定された区画だが、気持ち的には夕日のような感じだ。
「…………」
「…………」
「フゥ…………っ」
スムーズな記述からの能力駆動。
そこに、燃え滾るイメージを重ねる。
「っ……」
「っ……」
不発だが、気付きを得る。
「イケる。ただ、俺も式を書かないと、熱が……融合? 足されないっぽい」
「同じタイミングで書き終える必要があるわね」
「申し訳ないけど、俺が書くのを見て、最後に重なる感じで頼める?」
残念ながら、彼女程には速く描けない。後三日練習時間をくれ。
「……むかつく……何で今日初めて使うのに、そんな速く書けるの……」
「実は雑なだけっていう……じゃ、ちょっと集中するわ。頼む」
「……」
ジト目をすぐに引っ込ませ、頷く。
「……」
「……」
俺の中での爆発のイメージはかなり固まっている。今回はそれが混ざる形になってしまうかもしれないが、特に模範解答がある訳ではないので、まぁいいだろう。
「――っ」
「……っ」
俺から数瞬遅れて麻月さんが追って来る。
「――――」
「――――」
互いに顔を見なくても、完全に同時と言えるタイミングで、光の式が遥か虚空でくっきりと重なる。
「「――ハァッ!」」
起爆。
億を凌ぐ熱の体現が、原子核の核融合反応を促す。
その瞬間、空が爆ぜる。
まずは衝撃、次に爆発、最後に轟音がやってくる。
互いのイメージが混ざり合ったのか、紫色の光を発した圧倒的な爆轟、視界一杯に広がった鮮やかな色が身体に張り付き、地面と海を揺らしている。
ダメージを受けた訳ではないが、肌がビリビリと痺れているような感覚で、やっと成功したことに思い当たる。それまでは、ただ目の前の現象に魅せられていた。
後には、雲の消えた朝の空が広がっている。
「………………」
「………………っ」
「――っと」
左を向くと、唖然とした顔の麻月さんが、よろめき、咄嗟に抱き留める。
「……ホントに、MP尽きたかも……」
ここで初めて、皮肉のない笑顔を向けられた気がする。
「ナイスプレイ。今更だけど、恐ろしくなってきた」
「っ……いい気味――」
「っと。マジかよ……」
満足そうにオチる美少女。何故か、肩に回された腕はがっちりとロックされている。
俺の方も結構消耗したから、無理もない。
「…………」
とりあえず、寄っかかったまま寝てることを確認し、若干途方に暮れてみる。
「…………」
凄く、良い匂いがするが、そんなことを考えている場合ではない。
「……ちょっと、疲れたな……まぁ、誰にも見られない環境だったのは勝因か……」
「――勝因って、何を勝った気でいるのかしら?」
「――既に敗因となっていることに、気付いていないようです」
「――――っ!?」
背中に掛かる声を受け、絶叫系を優に凌ぐドキドキに襲われる。
振り向きたくないが、俺はゆっくりと監獄の方へ首を回す。
「……おぅ……お疲れ。えっと、何かあった?」
面子は、レイカ、中原、その少し後ろにアオイちゃんと、何故か一年生男子二人、確か久我山君と角谷君だったか。そして本能が拒否しているが、何とか表情を読み取ると、二人は殺意、三人は困惑といった所。
「誘拐されて、今度は自分で誘拐したって訳? まぁいいわ……話は後で聞くから。サヤ、まずは足を封じるわ。ダメージの反射は使えないから、刈り取るつもりで斬り掛かりなさい」
「はい。どうやら消耗しているようですし、思わぬ機会を得たようです」
レイカはカービン、中原はガチモードのどこでも刀を構えている。何故こうなった。
「いや待ってくれっ! 話し合お――」
お構いなしに突っ込んでくる中原に対し、俺は仕方なく睡眠中の麻月さんを抱きかかえたまま跳躍し、この窮地をどう脱するか、頭を巡らせることにした。