視界を覆い隠す翡翠色、二つの顔を持つ宝石の名を冠した俺的最大物理攻撃手段。ちなみに、陽が沈んでからの方が威力は高い。
瞬く輝きから置いてきぼりにされた音を聴覚が拾った時には、石と同色の光りは空間を蹂躙し、止まらぬ轟音と共に空を焼き尽くす。パッと見は、ちょっと物騒な花火だ。
「うん……あぁ、ヤバい、日差しから俺らを守っていてくれた雲が……」
全て吹き飛んでしまった。直射日光が少し眩しい。真夏の環境でなくてよかった。
「下方向にはあんまり衝撃が行かないはずなんだけど、結構波が起きちゃったな」
まぁだとしても、足場まで水が上がってくるレベルではない。
「――先輩、今のは何ですか?」
フラットな声。そういえば、一時的に中原の存在を失念していた。
「あーいや、その、何というか……うん、ちょっとした教育だ。これを一之瀬が使えるようになれば、かなりの戦力になるだろ?」
「……一理あります。ただ、二人共、茫然自失といった具合ですが」
「うん? あ……」
ジャージの二人は尻餅を着いたまま固まっている。表情は中原の言った通り、呆然って感じ。
「おーいどうした? 言っておくけど、この世界にはもっとヤバくて派手な攻撃手段が沢山あるぞ。というか、あれ? おかしいな……レイカは綺麗な花火って言ってたのに……」
「それはレイカさんだからだと思います」
とりあえず、同性なら2、3発ビンタして気合を注入する所だが、たとえそれが同性であっても暴力は許されない時流を受け、自重して近付く。
「おい、長いって」
「……え……あの、先輩……」
「何?」
体育座りに姿勢を変えた一之瀬は、何故か俺と目を合わせずに俯いている。
「何か……無理かなぁって……アタシ達がちょっと頑張ったって、あんなの……反則でしょ……」
おいおい何をハートブレイクしてんだコイツ。
「……アレキサンドライト……へぇ……確かに、爆発の色と一緒ですね……ハァ……何で私は、湿布なんだろ……ハァ……」
同じく体育座りで並ぶ柳瀬さんは、スマホを弄りながらブツブツと呟いている。瞳の病的レベルについてはこちらが上か。明らかにソウルが濁っている。
「どうしたもんか……」
どうやら選択肢を間違えてしまったらしい。そして10ポイントを無駄にした。
「――先輩」
「うん? どうした?」
場で唯一SAN値が正常の中原。タメの同性同士、ビンタによる闘魂注入を依頼したい。
「ありがとうございます。今の爆発で、学びを得ることができました」
「……は?」
ヤバい。三人共壊れたか。コピーしてある佐藤先輩の能力で、誰かの脳を弄る選択肢が出ているのかもしれない。ちなみに、脳は複雑なので単純修復以外俺には不可能。文字通り、ロボトミーになってしまう。
「それで、なのですが、先輩。羊羹を2つ程下さい」
意味不明発言は継続中、今度はカツアゲ。
「いや、悪かった。確かに、説明することの重要性を、俺も学ぶことができた。ということで、説明を頼む」
「いえ、私も先輩から説明することの億劫さを学びました。先輩以外の方なら配慮する所ですが、先に、羊羹をいただければと思います」
言い方は丁寧だけど、結構な圧を含んだカツアゲ。
「太刀川先輩、アタシも羊羹食べたいっす」
「私も、甘い物を食べれば元気が出るかも、です……」
「……」
よくわからんが結託する女子三人。甘味が絡んだ女の団結は恐ろしいと、何処かの偉大な先人が仰っていたそうな。
「……このよくわからん空気を脱せるなら安い、のか。いいや、ほら、三人共、手を出せ」
そして俺は、考えるのを止めた。
胡散臭くポケットから出すフリをして一人2つ、計6つのスティック羊羹を献上する。1つなのか1個なのか、と思ったが、どうでもいい。
「で、羊羹食べたら集中が増すとか? 会議の休憩中にチョコレート食べるおじさんみたいだな」
前に出た会議で、そんなおっさんが何人もいた。
「はい、その通りです。実は、先月金井先輩と立ち合った際、今思えばですが、この羊羹があったことで、勝利を掴むことができたのかもしれません」
「なる、ほど……あれ? お前あの時、折れた肋骨が胃に刺さってた気がするけど」
そう考えると、ガッツリ重傷であり、中原の精神的タフさが異常であることがわかる。
「それは些末なことです。この羊羹の完璧な甘味が口から喉に通った時、後の記憶が朧気になる程の集中を得ることが出来ました」
何かヤバめな薬に向けるような発言だが、その部分は見ないことにしておく。
「うわ、うっまコレ」
「――っ! うっそっ! 何これ美味しっ! 本っ当に美味しいっ! 何なのコレっ! 私洋菓子派なのに……嘘……信じられない……た、太刀川先輩っ! これも高級スイーツ区画にあるんですか? 和菓子の店も……行くべきだった……」
「いや落ち着け」
感情の振れ幅が恐ろしい柳瀬さん。
行きにすれ違った時、マコトから渡された真空断熱ケータイマグを解放し、お茶を飲ませて落ち着かせる。何か色々上手くいかない。
「――てか改めてっすけど、先輩やっぱ人外枠じゃないっすか。正直あんなの、先輩単独で一年生皆殺しに出来ますよ」
「うん……フラッシュオーバー、でしたっけ? アレでも既にって思ってましたけど……」
発言よりも、何で羊羹二つで精神の安定を得られるのかが気になってしまう。
「……先輩、以前麻月さんから聞いていた、クーデターの決行日について、金曜日は避けるよう厳命されたという話。おそらく、それが理由だったと納得できました」
「うん、まぁ水曜かよとは思ったけど」
誰が言い出したのか。モリスと織田島をコレで殺してるし、その二人が有力か。
「それよりも先輩。以前、私のエネルゲイアについて、奥行きがある、というような発言をしていましたが、その部分について、もう少し詳細に話していただいてもよいでしょうか?」
「ん?」
トレハンコンビは通常モードに戻ったが、中原は未だによくわからない。妙に吹っ切れたような表情をしているが、今まで散々耳を塞いできた俺からの能力アドバイスを自ら求めてくるとは、どのような心境の変化があったのか。
「うーん……全然イイけど、やっぱその前に。お前どうした? 素直な人格に入れ替わったのか?」
「いえ、そのようなことはありません。ただ、先程の、アレキサンドライト……おそらく、全力ではなかったのではないかと思いますが、あの光を見た時、妙なこだわりは不要だということに気付かされました。今後は、最短距離を行きたいと思います」
変なトコで頑固なのもいいと思うけど。そもそも、戦いに関しては柔軟性バリバリだし、この断捨離は必然とも捉えられる。攻略サイト見ないのとはちょっと違う気がするし。
「今でも十分末恐ろしい成長速度だから別にいい気もするけど。中原の能力について、俺がコピーして思ったのは、身体能力強化、じゃなくて、それも含まれるっていう能力なんじゃないかって話だ」
初見では俺もそう思ったし、最初に中原も言っていたので、疑問を覚えることはなかったが、ふと冷静になってみると、強化というよりは、強化も可能って感覚だったのを今でも覚えている。
「それも含まれる……自分はずっと、強化することだけを考えてきた……」
「ちなみに、俺のイメージは、強化もアリで、変容って感じかな」
「えっ? てかコピーってなんすか? 先輩のエネルゲイアって、他の人のパクリなんすか?」
「あ、だから、色んなエネルゲイアが……あ、なるほど……」
「まぁ、その理解でいい……」
詳細を教えると、一之瀬の口からここだけの話で学園中に広まりそうだから、この辺で留めておきたい。
「変容……身体能力の、変容……」
一方で、自問自答モードに入った中原の耳には我々の雑談は入っていない様子。
「…………」
中原は一つ頷き、おもむろにスティック羊羹の包装を外し、口へと運んでいく。
一つ目を食べ終えた中原は、二つ目の包装を解きながら再びマンホール的な何かの方へと向かう。ニュートラルな無表情だったが、何となく、より自然体な顔に見えた。
「……」
「……」
「……」
三人それぞれで目を合わせるが、とりあえず無言で成り行きを見守る構えに落ち着く。
「…………」
先程からの定位置に戻った中原は、今度は無刀でただそこに立つ。特に背筋を伸ばしているとかではなく、本当にただ立っているという感じだ。
「……」
「……」
「……あ」
一之瀬の間抜けな声。
そんなのはどうでもいい。
中原が浮いている。そしてゆっくり、上昇していく。
「っ!」
思い出して天を仰ぐ。何と輪っかは以前としてそこに存在し続けている。
「太刀川先輩?」
「いや、後にしろ」
「じゃなくて、先輩は目ぇ瞑ってた方がイイんじゃないすか?」
「何で?」
「…………黒スト越しのパンツ」
「あ……」
俺は断腸の思いで、両目を閉じた。
「柳瀬さん、実況中継」
「え? と……ゆ、ゆっくり、上がっていきます。風船、くらいのペースかと……」
「いや風船もっと早くね?」
この下手糞がっ。と、一之瀬相手なら罵っているだろう。
「え…………と、そろそろ……です…………あ、通過しま――」
「――うぉ」「――ちょっ!」
突き上げるような揺れが一発。反射的に目を開けるが、揺れよりも片足タックルしてきた一之瀬にビックリするというお化け屋敷理論の再来。
「これ、上がってね?」
「はいっ! 間違いなく下の、遺跡? みたいなのがせり上がってます」
揺れ自体は踏ん張れば全然問題ないレベル。固定しておいた竿も何故か問題なくこちら側に飛ばされて足場の上に転がっている。机と椅子は残念ながら入水。
「マジで仮説通りか……」
「それ以外なくね? って仮説だと思いますけど」
珍しく同意できる一之瀬の発言。
時間にすれば1分か2分程。結構な規模の建造物が水面から出現し、RPGみたいな演出でメインポータルとの間に橋が架かる。つまりそこが入口ということか。
「てか先輩、中原のヤツ、風船みたいに浮いてってるんすけど」
「マ? 柳瀬さん、全力ジャンプ」
「あ、はいっ」
うーん、どうしたものか。俺は今視線を上へ向けることができない状態な訳だが、もし柳瀬さんが届かなければ中原は大気圏まで浮き上がってしまうことも考えられる。いや、この区画に大気圏など存在するのか。誰も確かめてないからわからない。宇宙に繋がってないことは確かだが、無駄な再現性で大気圏はワンチャンあるかもしれない。つまり俺はすぐに上を向くべきなのかもしれない、だがそうすると―――
「――ちょっ! アレっ! 魚っ!」
「あん? 何が――」
何ということでしょう。
視界の奥には駆逐したはずのビッグフィッシュ達がイワシイリュージョンみたいな群体で激しく跳びはねている。いや、あれは跳んでいるのではなく、飛んでいる。今更だけど、何で魚が飛ぶんすかねぇ。
「一之瀬っ! 逃げるぞ掴ま――っ」
引っ付く判断だけ異常に早い馬鹿なはずの後輩。
「――あ」
さすがにと思って頭上を見上げると、ちょうど中原と柳瀬さんが同時に丸呑まれる瞬間を捉えた。
「ヤバいっ!」
一之瀬を抱えて跳び上がり、食事を済ませた魚を空中で追い越し際、時速300キロで下へ吹き飛ばし、遺跡の屋上に叩き付ける。
「よっし、吐き出してくれた」
とりあえず、石畳に減り込んで痙攣している巨大魚の傍らで、二人の姿を上空から確認。そして流石は中原、既に手にしたどこでも刀からは刃が生えている。
「せんぱ、すいません、無理っす、目ぇ閉じてます」
「イイ判断だ。何か楽しいこと考えとけ」
空一面の魚群、しかもそれぞれが巨大、確か近い外見はミツクリザメだったか。角というか鼻というか、大きな口の上から伸びる長くて大きな出っ張りと、暗めのカラーは端的に気色悪い。水槽の中にいてくれるなら、別に眺めててもいいんだが。
「中原っ! ポータルっ!」
「はいっ!」
ごった返して体当たりしてきた1体を地面として活用させていただき、メインポータルへと跳ぶ。さっきので完全にヘイトを貰っているのか、視界一杯に広がる魚達が追ってくる。なので進行方向へ群がる個体は軒並み吹き飛ばし、強引に退路を開く。
「――っと」
メインポータルに着地。
だがしかし、別に安全地帯ではないため魔物の群れは構わずに突っ込んでくる。猶予は3秒未満。
「――っ」
「――っ」
声を出す暇はないが、互いにアイコンタクトで十分な情報量だった。
首の後ろを猫のように掴まれた柳瀬さんを伴って、邪魔な魚を下ろしながら中原がポータルへ滑り込んだ所で、画面をタップする。最後にアレキサンドライトをぶち込んでやろうかと思ったが、無駄なので止めた。
「「―――――――」」
「っ……うっし、最後は酷いモンだったが、何とか無事に戻って来れたな」
とは言っても、斑鳩先輩に借りパクしている釣り竿を置いてきてしまった。魚達がいたずらをしなければいいが。型番とかわからんし。
「てか思ったんすけど、太刀川先輩と何かすると、絶対死にそうな目に遭うんすけど……」
「ハァ……確かに……」
「いやいや、こんな危険なのは今日が初めてだろ」
そんないちゃもん付けられても。
「次元の狭間に落とされたじゃないすか」
「ゾンビに囲まれて、心が死に掛けました」
「……まぁ、私は実際に命を落としていますしね」
「止めろ……」
冗談にならない冗談をサラッと言う中原。
「それにしても、やっぱり、封印を解いたせい、ですか?」
魚パニックについては意外と大丈夫だった様子の柳瀬さんが、早くも分析タイムへ入る。
「何で封印解いたらモンスターが復活するんすか?」
「わからん。そういうもんだと理解するしかない。でも今はそんなことより、中原の修行成功を祝うターンだろ?」
「あ……そうだった。何か、神様みたいな浮き方でしたよね」
「神様……でも、確かに神々しい感じはあったかも」
「黒セーラーの神か……結構人気が出そうではある」
「祝うターンというのは、誹謗中傷することを言うのですか?」
「だぁちょっとっ、刃を仕舞えって……」
切っ先を向けてくる中原に、降参のポーズを取る。呆れ顔でどこでも刀を戻す中原。
「で、つまりこれからは飛べるっていう話で、問題ない?」
俺は飛べる乗り物、中原を手に入れた。1メーター羊羹1つで飛んでもらうか。
「……いえ、それは難しいと思われます」
「えっ? 何で? 浮いてたじゃん」
一之瀬が俺の思いを代弁する。
「はい。確かに浮き上がる感覚は自分の中に落とし込めました。ただ、あれは身体能力の強化とは別のイメージによるものなので、飛行しながらの戦闘は現実的ではありませんし、移動手段としても、地面を蹴った方が効率的だと思われます」
「うん……そういう感じか」
思い出してみれば、理事長兄も結局は地上戦の方が動きは鋭かったし、飛行するのは明らかに消耗が激しそうだった。習得したばかりなら尚更かもしれない。
「……マジかぁ」
「マジかって、狙い通りじゃないんすか? 中原飛べたし、封印解けたし、言うことなしじゃないっすか」
「そう、だな……そうポジティブに捉えておく方が精神衛生的にイイだろうな……」
が、しかし、それは中々難しい。
中原の浮遊については、目論見とは外れるが単純なレベルアップとしてイーブンと出来るが、海底神殿区画の解かれた封印が問題だ。
解かれたのに化け魚達はリポップ。並の学生なら転移した瞬間即死する。
だから当面の間は出入り禁止にしなきゃならんが、その際には封印が解かれたことは一般に知られることとなる。攻略したい組の人達が納得しないし、ヒカリに駆除依頼を出したら見返りに何を求められるかわかったもんじゃない。
嫌いな書類仕事も増える。でも、死亡者を出さないことが優先されるのは当然の話。
まとめると、ガチで面倒臭い。俺は今日、また墓穴を掘ったのだ。
「――先輩」
「ん?」
一人会議が後輩の声で中断する。
「加えて、ですが、浮遊を使用する場合、先輩から羊羹を2つ頂く必要があります。もし先輩の指示で使用することがあれば、合計3つの羊羹で手を打とうと考えています」
「ぐっ……駄目だ、マイナスだ。どう考えても……」
今決めた。
封印が解かれたことは秘密。
モンスターのリポップを確認したため問答無用で閉鎖。
別に封印解けるヤツもいないんだから駆除の必要もなし。
これでゴリ押す。
とりあえず、レイカがいない日を見計らおうと思った。
後で酷いことが起きそうだが、それは未来の自分に委ねるとしよう。