トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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屋台 4

 俺の名は椚ダイゴロウ。

 

 しがない高齢者ってヤツだ。

 

 引っ切り無しってのも嬉しいが、客足の鈍い日ってのも、それはそれでいい。

 

 ここで屋台をやるようになって、初めて知ったことは数えきれねぇ。

 

 その一つが、男装の麗人って洒落た言葉さ。

 

 婆さんに聞いてみりゃ、誰でもって話だが、観劇にゃとんと疎い俺に言わせれば、遠い言葉に違いはねぇってもんだ。

 

 俺なんかのラーメンを、上品に平らげるこの嬢ちゃんを見りゃ、麗人って響きにも突っかかることはねぇしな。

 

 

 今日はやけに、月も綺麗だ。

 

「……ご馳走様でした」

「へい」

 

「…………っ」

「あら? ここで会うのは……初めてだったかしら?」

 

「あぁ。加えて、場に限らずとも、挨拶を除けば四月以来かもしれないね。そういえば、碓氷さんはここの常連だと、誰から聞いたのかは……失念してしまったが」

 

「えぇ、とても美味しいのよ。普段は、人がいないタイミングを狙っているのだけれど、逆に今日は、貴女に会えて幸運だったようね」

 

「気を、遣わせてしまったかな。それでも、そう言ってもらえるのは嬉しいよ」

 

「相変わらずね。隣、失礼するわ。おじいさん、鹿の子を二つ」

「へい」

 

「っ……ここは、凝ったラーメンだけでなく、和菓子も扱っているのかい?」

「私からすれば、そちらがメインなのだけれど、あまり無茶な注文をしては駄目よ」

 

「あぁ、気を付けよう」

 

「……これはどうしようもないことで、必然的に、貴女と言葉を交わせる機会は少ないのよね。最近はどう? 何か、貴女の話が聞きたいわ」

 

「それは……弱ったなぁ。私の話は、どうにも娯楽性に欠ける……最近……そうだね。先日、生鮮食品区画に足を運んだら、初鰹が並んでいてね。その日の夕食で、レイカと一緒にたたきを頂いたのだが、やはり季節の品は、心も満たしてくれるようだ」

 

「身土不二……親元を離れて暮らす私達には、特に薄まってきている心構えじゃないかしら。貴女の立ち居振る舞いは、そういう所からももたらされているのね」

 

「それは大袈裟だが、つい先日も、他者からの誉め言葉をしっかりと受け取るようアドバイスされたばかりだった……碓氷さんのような女性から、そのような言葉を頂けるのは嬉しいよ」

 

「そう……貴女の謙虚さは尊敬に値する……そうね。別に、貴女はそのままで魅力的。少なくとも、私から言うことはないわ。それに、貴女の話は娯楽性を欠くものではないわよ。副会長補佐を務めていれば、色んな話を耳にするでしょ?」

 

「……ありがとう。確かに、小耳に挟む、といったことは多いのかもしれないね。この前、一年生の女子学生の一人が、兎の耳を生やしたらしい。幸い、当人は気に入っているようで良かったが、念のため少し話を聞く予定だよ」

 

「それは、男の子じゃなくて良かった、と言うべきかしら。確か、髪の色は30%……所謂獣耳については、統計データはあるの?」

 

「1%未満ということになっているが、1万人に一人よりは多い割合だと、シンから聞いたよ。その際、髪の色で言っても、碓氷さんのような銀色は、同じ程度の確率になると言っていたね」

 

「それは、初耳ね。私としては、この髪色は、能力とも関係があるかもしれないと思っているのだけれど、表の科学的に検証するにはサンプル数が少な過ぎるわね」

 

「髪の色、か……どうにも、自ら進んで染めるというのは……どうにもね……うん。私個人は、この黒髪が落ち着くようだ」

 

「私から見ても、似合っているわよ。少し、伸ばしているのかしら?」

 

「意識的ではなく、放置したというのが正しい。今のように、肩に掛かる程度なら良いのだが、これ以上となると、手入れの面で支障が出るかもしれないな」

 

「身だしなみのことでも、貴女に掛ける言葉はないわね。普段、ナギと話している分、余計にそう感じてしまうみたい」

 

「私からすれば、手入れをせずにあの外見を保てるというのは、羨ましく思えてしまうよ」

 

「それ、本人には言わないでね。調子に乗るから。ナギと言えば……桐島さんの様子はどう? ルームメイトの貴女から見て、何か変わった所はないかしら?」

 

「レイカ……そうだね…………変わった所があっても、彼女は表に出さない。それでも、私の感じられる中では、少しスッキリした、というか。先週、私は実家へ戻っていたのだが、その間に何か良いことがあったのかもしれない」

 

「そう……普段から一緒に過ごしている貴女から見てそう映るなら、きっとそうなのね。少し…………安心したわ」

 

「そんな含みを見せられると、レイカと何かあったのか、尋ねたくなってしまうよ」

 

「えぇ、そう思ってほしくて言ったの。先週のここ……時間も、今と変わらないかしら。その日も、こうして偶然二人で並んだのだけれど、軽く煽ったら、あの人、静かに泣き始めたのよ。大袈裟ではなく、今年度で一番驚いたわ」

 

「彼女が涙する、というと、話題はかなり限定されるね。本人は、アルコールには手を出さないようにと、今から思っているらしい」

 

「無駄に思えるけれど、それ自体は良い心構えね。確かに、ラーメンにアルコールが入っているのかと疑っても、不思議ではない場面ではあったわ。それで、こちらも取り乱しちゃって……随分と長居してしまったわ……ごめんなさいね。お爺さん、ハーブティー、また二つ貰える?」

 

「へい」

 

「……和洋中を制する、ということか……」

「たまたまよ。奥様が、ハーブを育てているらしいわ」

 

「……っ……美味しい……本格的な風味だ……」

 

「困った私達を落ち着かせるために、気を遣ってくれたのよ……うん、やっぱり、美味しさは精神的な要因だけじゃなかったみたいね」

 

 

「……シンのことかい? 少々歪んだ愛情表現ではあるが、二人の関係は良い方向へ向かっていると、私は思うよ。時折、二人で食事もしている」

 

「それ、完全に学生会の用件なのだけれど。ま、貴女は単刀直入で助かるわ。個人的には、桐島さんと貴女のこと、応援しているのよ」

 

「……それは初耳だ。私はてっきり……いや、関係性を見れば、私だけではないだろう」

 

「ナギに、太刀川君は合わないわよ。きっとお互いに、それを理解しているわ。これは、私の都合にも関わるのだけれど、桐島さんにしたアドバイスを、貴女にも伝えておく。きっと、そのために今日会ったのだから」

 

「碓氷さんがそんな風に言うと、何だか運命論を信じてしまいそうになるが、何故、私にも?」

「そうね…………貴女は、舞台には上がらないの?」

 

 

「っ……私は…………良き友でありたいと思っている。そう行き着いた過程は、我ながら無様なものだが………………うん。私も、合わないということなのだろう」

 

「そう? 貴女がそう思うなら、否定はしないわ。それに、選択肢は沢山ある。稀崎さんなら尚更ね。もちろん、あんな男のドコがいいのか、に連なる野暮は言わないわ」

 

「あぁ、ありがとう。より熱を持って、自己研鑽に励むよ」

 

「……私も、あまり我儘は言えないわ。ただ……今は、先送りになさい。きっと、適切に判断できる時期が来る……そうでなければならない。もし、彼が好きなら、困った時、近くにいて、協力してあげるといいわ」

 

「…………今の言葉を、レイカに伝えたのかい?」

「いいえ。大分薄めて、更にオブラートに包んだわ」

 

「それは……賢明だね……っ」

 

「――稀崎? お前、この時間に起きてんのかよ?」

「そう言われると、確かに普段なら入浴を済ませている頃合いかもしれない」

 

「ナギ、貴女珍しくタイミングがいいわね。聞き耳でも立てていたの?」

 

「んなダセェことするかよ。顔突き合わせてんのが珍しい組み合わせだとは思ったけど、別に興味はねぇ。ただ、その同室と鉢合わせなくてよかったって話さ」

 

「……なるほど、運命論か。都合の良い解釈というのも、時として有用かもしれないね」

「あん? 星の話でもしてたのかよ?」

 

「そう遠くは、ないかもしれない……そして、この三者が集うこともまた、もうないかもしれない……碓氷さん、レイカとナギの関係改善について、その可能性を、共に探ってはくれないだろうか?」

 

「あぁんっ? 今何つった?」

 

「それは面白……崇高なテーマね……閉店まで40分、乗った。今、人払いを張るわ」

 

「おい何をふざけた――」

「――すいません。彼女にベストコンディションラーメンを大盛りで」

 

「へい」

 

「おいっ!」

 

「ほら、もう麺を茹でてるわよ。お爺さんを困らせる気なの?」

 

「ぐっ……は、ハメやがったな、てめぇら……」

 

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