俺の名は椚ダイゴロウ。
しがない老輩だ。
胸騒ぎ、なんてぇ物騒なもんでもねぇが、何でか今日は、少しばかり多めに仕込んじまった。
今宵もこうして、若ぇヤツらのじゃれ合いに、のんびりと耳を傾けてる。
前に座る四人はまだまだ子どもだが、イイ笑顔で食いやがる。
「――うおぉ、大根うめぇ……俺、こうやって席で食べるの初めて……だわ。二回来たけど、誰か座ってて……」
「アタシもだわ。最初にテイクアウトしちゃうと、テイクアウト癖付くし」
「何、その癖……」
「……っ、あっ、中原さん、本当に来てくれたみたいだ」
「はっ? そりゃ来るっしょ。呼んだんだし……」
「呼んだのがお前じゃなくて、柳瀬だったら、疑わなかったんだけどな」
「あん?」
「――あの、これはどのような集まりなのでしょうか?」
顔を出したのは、浮世離れした剣士の嬢ちゃんだ。
どうやら、予感ってのは当たってたらしい。
「あ、ごめんね、中原さん。えっと、佐藤さんは?」
「申し訳ありません。レイカさんが出演する配信があるそうで」
「あ、それ、俺も帰ったらアーカイブで観ようと思ってたんだ」
「俺も、多分観る」
「おっ、なら、リビングのテレビで観ようぜ」
「おいおいまぁアタシも観るけど、そうじゃないだろキッズ共っ。忙しい所をこのアタシが頭を下げて来てもらったんだから。はいはい中原、ここに座って」
「……何故、真ん中に?」
「いいからいいから。おい金属バット、向こう寄れハゲっ」
「黙れクソしりとり。辞書読んでろっ」
「おい、漆黒の剣で串刺しにすんぞ……」
「今月もう使えないから……」
「……失礼します」
「その、ごめん、中原さん。一度、ゆっくりと話が聞きたいって、俺達が言って、呼んでもらったんだ」
「いえ、ちょうど、屋台に来る予定ではあったので……すいません。大根とつみれを三つ、餅巾着ととうもろこしを二つずつ下さい」
「へい」
「えっ? おでんにとうもろこしとか、アリ?」
「俺も全く同じことを思った。すいません、俺もとうもろこし一つ」
「アタシも」
「へい」
「その、中原さん。ここは一応、俺と板場が払うから、好きなだけ、食べてくれていいから」
「いえ、ポイントの設定が面倒ということもあるので、自分の分は自分で会計します。なので、お気持ちだけ、ありがたくいただきます」
「えっ? でも――」
「――笹森、本人がそう言ってるんだから、そうしとこ。絶対その方がいい」
「あ、えっ? あぁ、そう、なの……」
「あぁ、笹森、この前の中華パーティ、遅れて来たから、あんまり見てないんじゃない?」
「えっ? 何を?」
「すいません。大根とつみれを三つ、餅巾着を二つ、ミニトマトを二串お願いします」
「へい」
「えっ? ミニトマトのおでんって、聞いたことねぇけど?」
「浅ぇなアホバット。おじさん、アタシもミニトマト一串」
「あ、俺もお願いします」
「へい」
「て誰がアホだ。おいしりとり、知ってる言葉の中で、一番難しい言葉、言ってみろよ?」
「はぁっ? アタシが毎週何時間国語辞典読んでるか知ってっか?」
「言う程読んでないじゃん……」
「いいかぁ……震えて聞け…………………………」
「……………………」
「っ…………」
「あぁ、それで、中原さん――」
「――おい笹森ぃっ! お前の微妙なイケボで浮かんでたワードが消えたじゃねぇかっ!」
「一之瀬、何しに来たんだよ……」
「何だよお前、結局出ねぇのかよ。あぁん?」
「うわきめぇ……煽る顔きめぇマジで……えぇっと……」
「すいません。大根とつみれを三つ。餅巾着と出汁巻き卵を二つずつ下さい」
「へい」
「えっ? 出汁巻きって、あの朝定食のやつだよね?」
「えぇおい知らねぇのかよ。俺んちのおでんには3回に1回は入ってるぜぇ。あのぅ……すいません、俺も、一つ」
「へい」
「おじさんへの妙な礼儀正しさよ……」
「はぁい出ましたっ。それでさぁ……アンタが先に一番レベル高いの言いなよ。アタシがそれを圧倒的に捲るから」
「しょーがねぇから買ってやるよ、その喧嘩」
「何かこの二人、初めての屋台でテンション壊れてる?」
「じゃあ、二人はもうその対決に集中してていいから……それで――」
「――行くぜぇ、よく聞け」
「おぉ聞いたるわ」
「ふっ…………サヘラントロプス・チャデンシス」
「猿人じゃん……」
「すいません。大根とつみれを三つ。餅巾着とはんぺんを二つずつ」
「へい」
「あれ? 変わり種シリーズは?」
「…………」
「おい、さすがにリアクションは取れよ。こっちは中学ん時に頑張って覚えたんだからよぉ」
「…………アタシだって覚えたし……」
「……ねぇキョウコ、もしかして、被ったの?」
「っ……」
「別に、俺は驚かないよ。二人、ノリ一緒だし、たまに付いていきたくない時あるし。すいません、牛すじ二串」
「へい」
「それは、私も同意……あの、こっちも牛すじ一串お願いします」
「へい」
「っ…………おい中原っ、アンタずっと食ってばっかりじゃなくてさぁ、ちょっと……アンタが言ってみてよ。その……ムズい言葉」
「……お二人が争っていたのは、より長い言葉、ではなかったのですか? 少なくとも、猿人の名称は、特に難しい言葉ではないと思いますが」
「「っ……」」
「すいません。一旦、野沢菜茶漬けをお願いします」
「へい」
「えっ? 一旦? しかも明らかに裏メニューじゃん……」
「…………例えば、『抽象』と『概念』という言葉の意味は、どうですか?」
「抽象?」
「概念?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「抽象は、曖昧って意味でしょ?」
「あぁ。概念は……えっ? 何か、存在って感じ?」
「……柳瀬、わかる?」
「私、こういうの駄目なんだよね。検索すればわかるって思うと、考えるの止めちゃうから」
「あ……実は、俺もそう思ってた」
「えっ? それズッコくない?」
「概念で言えば……概念的には……ほら、やっぱり存在って感じだ。何か、物でもイケるかも」
「ま、意味なんて、何となくわかってりゃいいし」
「キョウコはエネルゲイア的によくないと思うけど……」
「で、正しい正解は? 何なの?」
「はい。抽象は、多くの事柄から共通する要素を抜き出して捉えること、その抜き出して捉えたものが、概念です」
「「何て?」」
「うーん……検索します……えぇっと、多くの物や事柄や具体的な概念から、それらの範囲の全部に共通な属性を抜き出し、これを一般的な概念としてとらえること。つまりは……へぇ、抽象的と抽象って随分意味違うんだ……」
「……二人にわかるよう説明すると、俺らが座ってんの、コレ、椅子だよね?」
「「うん」」
「後ろの方とか、その横のテーブルに備え付けられてるのも、形違うけど、椅子だよね?」
「「うん」」
「自室にも、教室にも椅子はある。これは、座る家具っていうのを抜き出してる。俺達は椅子っていう概念を知ってるから、形が少し違っても、置いてある場所とか場面とかで椅子だってわかる。これが概念で、座る家具って要素を抜き出すことが抽象」
「……わかるっちゃわかる」
「……何か、動物集めて、ワンって鳴く種類だけ持ち出すのが抽象で……持ち出した……犬っていう……のが、概念?」
「あ、板場君、キョウコより絶対頭いい」
「それは知ってるぜ」
「はぁっ! 違げぇしっ!」
「すいません。大根とつみれを三つ。餅巾着ととうもろこしを二つずつ下さい」
「へい」
「二週目入った……」
「……でも、これって、授業で習った覚えがないな……中原さんの行っていた学校だと……何かそういうの好きな先生がいた、とか?」
「いえ、学校の授業で得た知識ではありません」
「ふーん……じゃあ、誰かから聞いたんだな。学園の先生か?」
「っ…………それは、あまり……言いたくありません」
「「あー」」