7月初めと予期せぬ七夕
「――それで、話というのは?」
時間は昼下がり、場所は『和食区画』にある蕎麦屋、個室の四人席。
レイカさん、稀崎先輩、小林先輩に呼び出された私は、どういう訳か絶品な二八蕎麦をご馳走になり、今は蕎麦湯を啜っていたが、そろそろ本題に入ってもらえればと思い、そう切り出した。また、本件とは関係なく、本区画も次の解放候補の一つに躍り出た。
既に対価を得ていることと、無限に広がっているように思える区画解放の選択肢について、二重に悩ましい気持ちの中、対面に座る稀崎先輩とレイカさんの返しを待つ。
「おや? あぁ、そうだったね。久しぶりになる四人での食事を楽しんでいて、肝心の本題を忘れてしまっていたようだ、すまない。これは、私から説明してしまっても、よいのだろうか?」
「えっ? そうね……けど、その前に私、抹茶ぜんざい頼みたいんだけど?」
呼び出したのはただ単に食事のためだった、と考えてもいいような様子の両名だったが、どうやら本当にそのような精神状態だったらしい。仕方なく、隣の小林先輩へ視線を送る。
「いや、道理で二人共……何か普通に楽しく食べてるなぁって思ってたら、本当にそうだったなんて……」
今日も苦労人の席位置に着いている小林先輩。正直、いてくれてとても助かる。
「私は別に忘れてた訳じゃないわよ。まずは食事を楽しんでから話をする、普段通りの流れじゃないかしら」
「なるほど、では今すべきことはデザートの注文だね。レイカは抹茶ぜんざい……私は、黒蜜きな粉アイスをいただこうかな。二人はどうする?」
「私は白玉ぜんざいをお願いします」
「えっと……私は、いいかな。海老天ぶっかけ、ボリュームあったし」
稀崎先輩がタブレット端末で手早く注文を済ませると、数分と掛からずに注文の品が届く。
「うんっ、抹茶系のスイーツって、普段はあまり頼まないから、たまに食べると美味しいのよね」
「うん……そういう意味なら、私も王道の和菓子を食すことが多い。黒蜜ときな粉、バニラアイスの相性の良さは、是非とも王道になってもらいたい所なのだが」
「サヤちゃんの方はどう? 白玉ぜんざいって、シンプルに美味しいよね?」
「はい。期待通りの味でした」
そう答えつつも、どうやら自分の舌感覚は、この数か月で変化してしまったことを、私は明確に自覚していた。
そもそも好物の一つに挙げられる白玉ぜんざいだが、あの製法不明の羊羹が現れたことで、その地位は完全に揺らいでしまったようだ。非常に馬鹿馬鹿しいが、実際悩ましい。
「サヤはやはり、餡子を好むのだね。私の方は、少々悔しさもあるのだが、最近はめっきり、餡子が主役の甘味には手が伸びなくなってしまったよ」
「あー、わかる。太刀川君がたまにくれる羊羹食べちゃうと、何か舌がやられちゃうよね。アレって、高級スイーツ区画のVIP対象とかなんでしょ? 太刀川君って、一体何ポイント持ってるんだろ……」
「細かくは知らないけど、この時期で既に稼いだポイントは歴代一位って理事長が言ってたわ。そりゃ、入学してすぐ斑鳩先輩が早く引退したいがために引っ張り回されて、今日まで毎日依頼ばっかこなしてたら、そうもなるわよ」
「……」
何となくは聞いていたが、明言を耳にしたのは初めてか。どうやら、それが先輩の強さ、しぶとさのルーツと考えて相違ないであろう。加えて、エネルゲイア関係の話題を自らシャットアウトしているとはいえ、小林先輩はあの羊羹の出所を知らないらしい。
昨年の先輩の話も聞きたい所ではあったが、どうやらそろそろその本題とやらへ話が移る様子。そば茶、蕎麦湯の後のほうじ茶も、非常に美味しい。
「――まもなくの告知となるのだが、サヤは七夕に行われる学生会行事について、何か耳にしたことはあるかい?」
所々で助け舟を出してほしい、と二人に前置きして、稀崎先輩がそう聞いてくる。
「はい。遠目で耳に入ったことはあったのですが、上級生の皆さんからは、敢えて先の行事について話すのを避けているような雰囲気を感じていたので」
「それも、言ってみれば学園の伝統なのかしらね」
「気にしない人は結構気にしない感じっぽいけどね」
それが事実だと思われる。実際、その方面に関して、この学園に、ルールはあっても禁止事項はない。
「ただ、以前モリス先輩から七夕について、少し話を聞く機会はありました」
「あ、その気にしない人の筆頭だ……」
言うに及ばず、全く気にした様子は見られなかった。
「その際に聞いたのは、一年生の参加者が、所謂バトルロワイアルのような形式で模擬戦闘を行うという内容でした」
モリス先輩本人からすれば、どうでもいい話であるためか、それ以上は深まらなかったのだが。
「ほぼ全内容ね」
「言葉にするとシンプルな行事だしね」
こちらも、気にした様子はなく茶を啜る先輩二人。
「加えて説明する部分としては……うん、当人の境遇を思えば共感できる話なのだが、理事長は、七夕に思い入れがあるようでね。無意識化で能力が活性化され、その一日限定で非常にリソースの高い区画が出現する。そこが、どういった舞台装置かは、当日までわからない」
「一応、共通認識として『VR区画』って呼ばれてるわ。当日はポータルを介さずにエントリーした人の意識とかが区画に自動転送される。だから、色々と気にせず戦うことができるの」
なるほど。リソース云々はよくわからないが、大分イメージを掴むことができた。だがここで、瞬間的に捨て置けない疑問が湧き上がる。
「あの、去年はどなたが、優勝、でいいんでしょうか。勝ちを収めたのですか?」
「そりゃ聞くよねぇ……私としては、去年みたいにならないための今日のこの場って思いもあるんだけど……」
急に遠い目を見せる小林先輩。考えずとも、彼女向けの行事ではない。
「昨年は、後から聞けば随分と風変わりな展開だったと言えるだろう。結果は、8時間経過の時点で強制終了、残ったのはシンにレイカ、欧陽、後は……」
「橋口君と萌木乃君。察しが付くと思うけど、開始してすぐ、どうやって欧陽ヒカリから逃げるかっていうゲームに変わっちゃったのよ。配信は終始ずっと盛り上がってたらしいけど、こっちの身にもなれっつの……」
知らない名前もあったが、橋口先輩は、クーデターの時にお世話になった方だろう。
「……穂村、ナギ先輩は出場しなかったのですか?」
どうやら、稀崎先輩は出ていない様子。
「アイツは最後の最後で特攻をかけて返り討ち。私とシンも、危うく消し炭になる所だったわ。VRだからって、進んでしたい体験じゃないわよね」
「そのため、出場者全員の納得を以て、欧陽の優勝で幕を下ろしたわけさ」
「……」
つまり、欧陽先輩以外全員で共闘して、8時間も逃げ回ったということか。オリエンテーリング大会の時に聞いたが、様々な事情があり、行事の一部始終はアーカイブ化されないとの話。残念でならない。
「――それで、聞くまでもないけど、サヤちゃんは出場するよね?」
「はい、そのつもりです」
内心で楽しみにしていることを、敢えて口には出さないが。
「そこで、サヤに相談なんだ。これはシンも含めての意見なんだが、現行の形で開催するとどういう流れになるか……我々上級生の考えでは、サヤの独壇場になってしまうという見方が大半を占めるのが、現状なんだ」
「っ……そう、でしょうか?」
単純に、考えるよりも先に首を傾げてしまった。
「へぇ……サヤ本人はそういう認識なのね。逆に、サヤから見て、後れを取りそうな一年生って、誰か思い当たる?」
「そう、ですね……筆頭は麻月さんと、流山君、もし出場するなら、久我谷君、でしょうか」
麻月さんについてはエネルゲイアも含めて戦闘に長けており、それに加えて、そもそも彼女は両親が格闘技経験者で、間合いの取り方が非常に巧みだ。
流山君はクーデターの際に最も学生会側へ被害を与えた実力者で、筆で書いた漢字を発射し、字の意味に応じた効果を発揮させるというエネルゲイアは、とても厄介な印象。
久我谷君はおそらく出場しないため、考える必要はないかもしれないが、少なくとも出会い頭の短期戦で勝てるとは思えない。
「……確かに、麻月さんは強いわね。けど、流山君は書道の方に目覚めたのよね? 久我谷君の方は、サヤの言った通りだと思うし」
「それに、庶務の皆で一年生にそれとなくアンケートを採ってみた所によると、中原無双って答えが半分を占めるんだよねぇ」
何だか先輩が用いそうな表現で、あまり好ましくは受け取れない。
「なるほど、わかりました。では、私は出場を見送ろうかと思います」
多少残念だが、和を乱してまで出場したいとも思わない。
「……まず、その心遣いに感謝したい。だが、そうではないんだ。そういった世論もあるため、サヤが承諾してくれるなら、少々形式を変更しようという話が出ていてね。これが、相談の内容になる」
「形式を、変更?」
またしても、私は首を傾げてしまった。
※
「――何でこうなった……」
「うるせぇな、いつまでピーピー垂れてんだよ……それよりよぉ、何でてめぇがここに来てんだよ……それにあの根暗粘着女、何しに来たってんだよ」
ナギがいつも以上にうんざりした顔を向けてくる。しかし、今この世界に、俺の味方はコイツしかいない、はず。そう信じたいというのが偽らざる気持ちだ。
そして現在地は、例によってお気に入り区画の『廃墟区画』であり、同時にここはナギの根城でもあったりする。虫も存在しないし、結構居心地の良い住空間である。俺はナギのテントの前で持ち込んだマットレスを敷いてそこに寝っ転がっている。
「いや、それは時間がなくてだなぁ……だってほら、開始したらさすがにピーピー言えないだろ。酷い状況にぶっ込まれた繋がりを祝して、今日ばっかりは仲良くしようぜ」
「誰が好き好んでそんなおぞましい祝い事に参加するってんだよ」
既に決定済みの事柄に、今更文句を言っても始まらない。それは重々承知しているが、完全に謀られた側である俺の心情は、その正論をどうにも受け入れられない。
本日は七月七日、言わなくてもわかる七夕である。年に一回しか会えないという絶遠距離恋愛カップルに祈りを捧げ、そのお零れとして、笹に吊るした願いを聞き入れてもらうという浪漫溢れる一日、のはずだった。まぁ知らんけど。
何より、先月の苦労を間近で見ていてくれた仲間達から、今日は部屋での行事観戦を言い渡され、多幸感のあまりポテチと炭酸飲料まで用意していたというのに、まさかの背後射撃。
七夕恒例一年生バトロワ大会は、どういう訳かハンターデスマッチなどという珍妙な表題へ名を変え、区画に解き放たれた俺とナギを参加者の一年生全員でボコるという、世論もPTAも黙っちゃいないルナティックな催しが、後数分でスタートする。してしまう。
ここで不意に、月頭での会長とのやり取りがリフレインされる。
「……七月になりました。太刀川君はもちろんですが、学生会、学園の全学生の助力もあって、少しずつ……はい。少しずつ、といった所です」
「少しずつ、ですか」
進捗のような発言を聞くのは今年度は初めてではないだろうか。ただ、曖昧にしておきたい様子なので、あまり追及はしない方がよいだろう。
「あの……先月におかれましても、色々と、信じられないことも起きたかと感じられます……ただ……そう、ですね。今月も、その……太刀川君なら大丈夫だと、私は信じています」
「えっ? つまり、リゥが脱柵するみたいなことがまた、ある……とか……」
次はない。杉浦教官殿は、そんな雰囲気を醸し出していた。ヤバい、次は死ねる。
「そ、それは…………その…………私は、信じています」
まぁ、可愛いから許す。それに、何かお疲れの様子だったし。色々あるのは間違いないし。
「とにかく、作戦が肝要だな……」
そろそろ現実を受け入れ、頭を切り替えよう。
ちなみに、この人選については、一年生の参加者アンケート、戦ってみたいもしくはボコってみたい相手ランキングのワンツーとのこと。そして、高速で仕入れた情報によると、俺の参加は中原の鶴の一声で決定してしまったらしい。これについては、無理もないっちゃない。
「……騙されたって割には、何か考えでもあんのかよ?」
同じくテントの中で横になっているナギが、面倒臭そうに尋ねてくる。ちなみに、俺の参加は組織票判定だが、この女は四月のクーデターで抵抗した一年生を殺りまくったこともあり、実力で今回の椅子を勝ち取っていた。もちろん、恨みなど気にする人間ではない。
「割とガチな話、囲まれてタコ殴りにされたら終了だから、お互いの位置関係の中で、助けられる時は助け合おう。まぁ始まった瞬間から終わりまで一回も会わないかもしれないけど」
区画の広さにもよるが、前回と同じなら逃げ回る中で出会う可能性は十分あると考えられる。
「っ…………はっ、大した作戦だぜ。こっちは最初からてめぇのことなんざ頼りにしちゃいねぇよ」
部分的な共闘の提案ですらそっぽを向かれるが、そんなことで怯む俺ではない。
「だとしても、俺は頼りにしている。ナギの突破力に抗える一年はいない。マジで頼りにしてる。いや本当に、マジで頼りにしてる」
「三回も連呼すんじゃねぇようるっせぇなぁ……」
今の反応は悪くない。コイツの中に眠るデレの成分をどれだけ引き出せるかが、今日のテーマの一つになる、気がする。いや、別にしない、か。
『VR区画』とは言っても、特にヘッドセットなどは必要なく、俺らはここから、妙にリアルな夢を見るような感覚でハンティングに参加する。残念ながら、ハントされる側として。
「っていうか『フルダイヴ区画』の方が近くね?」
「んなこたぁ知らねぇよ。それより、参加者で嬲り甲斐のあるヤツはいるのかよ?」
始まったらスイッチが入るんだろうが、現状のナギさんはやる気なしモード。
「ナギから見たらどうだろうな。まぁ、それ関連で言うと、ナギさぁ、開幕で中原倒してもらえないすか?」
「割と本気でそう言ってくる所がてめぇらしいな……だからてめぇはいけ好かねぇんだよ」
「そりゃ言うだろ……向こうは殺意100パーだぞ……」
最近のアイツは何か、俺特効みたいなのが付いててマジで恐ろしい。それとは別な意味で恐ろしい目の前の人は、中原と真っ向からタイマンして屠れる希少な人材でもある。
「ま、てめぇを喰うのは俺ってことを、中原のヤツに分からせるのもイイかもしれねぇな」
「……」
そんな分からせ方は求めていない。
「「―――――――」」
ねねさんの能力が発動したのか。何の断りもなく、一気に五感が別世界へ引き摺り込まれる。ちゃんと参加する一年生は全員横になっていただろうか。頭を打ったくらいでは怪我などしないが、少々心配にはなった。
それが半分夢のような曖昧な体験であったとしても、酷い目には遭いたくないと思うのが人情。こうして俺は、夏が来ても巻き込まれに対する自衛に追われるのであった。