トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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そしてゲームが始まった

 人生で一度と思っていたフルダイヴを一年振りに経験し、俺とナギは揃って『VR区画』へと意識や何かを転送された。

 

「「……」」

 

 身体感覚に違和感はなく、それより先に周囲の風景へと意識が向く。

 

「江戸……」

「そういや、こういうのはなかったな」

 

 出現位置は平屋が建ち並ぶ一角で、何とも中途半端な地点という印象。ただ、遠くに見える和風の巨大城により、世界観は揺るぎなく形成されている。

 

「あれ? っていうか動けんけど……」

「去年もそうだっただろーが……どうせ、これから便所野郎の説明が入るんだろ」

 

「あ……」

 

 ナギのうんざり声で思い出す。

 

 前回の舞台は海底洞窟だったか。そんなことより、何時間も化け物に追い回され、数々の仲間が散っていったことしか頭には残っていなかった。

 

「萎えるぜ……また珍妙な恰好させられると思うとな……」

 

 意外なことに、最後に散った仲間は、結構細かく覚えているらしい。そういえば、世界観を乱さないこととエンタメ性を高めるため、それぞれの衣装も強制的にチェンジさせられる。まぁVRの強みを活かすっていう意味では良いのではないだろうか。

 

「ま、どうせ野郎の恰好なんて誰も気にしないし」

 

 それを裏付ける実例として、一年前、男は皆探検家ルックで、女子連中が西洋側のファンタジー系コスプレをさせられていた訳だし。確か、レイカが露出狂の女船長で、ナギは何かエロいタコの化け物だった気がするが、ガチな魔王みたいだったヒカリのインパクトが強過ぎる。

 

『レディースエンド、ジェントルメンッ! お待たせ致しましたっ! 今回も本配信の実況は私、放送部部長の御手洗ケイジロウが務めさせていただきますっ!』

 

 無駄に通りの良い高音ボイスが上空のホロディスプレイから聞こえてくる。どうやら、リゥと碓氷さんは釣れなかったらしい。この前は年度一発目だったからだろうか。

 

『そして解説はこの人っ、学生会副会長補佐を務め、学園内嫁いできてほしい人ランキング上位常連でもある、稀崎マコトさんにお越し頂いておりますっ! 尚、この解説役に関しても、今回は一年生による投票で決定させていただきましたっ!』

 

『二年の稀崎です。とは言え、上位の方々の都合が合わず、繰り上げでの参加となることをご了承いただければと思います。本日はどうか、よろしくお願い致します』

 

 完全に余所行きのマコト。男装も相まって、女性ファンを増やしそうな予感がしてならない。

 

『今年度は、この長い天津神学園の歴史でも類を見ない趣向が凝らされておりますっ! 何とっ! 今回の一年生最強を決める戦いは、バトロワではなくハンターデスマッチと名を変えて執り行われますっ!』

 

 ていうか、ハンターデスマッチって聞いたことないんだけど。ただ、ハンターもデスもマッチも今の俺にとっては悪い連想しかもたらさないのは確か。

 

「趣向が聞いて呆れるぜ……」

 

 これに関しては思いが一つな俺達。ハントされる側なのだから当然だ。

 

『ルールは至ってシンプル。開始の合図と共に、一年の皆さんは誰よりも早くターゲットを打ち倒して下さいっ! 能力で屠るもよしっ! 落ちている武器や道具はもちろん、つまりは何をやっても倒せばよいという小学生でもわかる内容となっておりますっ!』

 

 ルールはそうかもしれないが、とても小学生の情操教育には向かない内容だ。間違ってもいじめを肯定する話ではないことを、副会長として伝えたい。

 

『では、既にご存じかもしれませんが、本日の盛り上げ役っ、ターゲットのお二人を紹介していきたいと思いますっ!』

 

 うぜぇ。

 

『二人の内の一人……最早卒業後は伝説の迷惑係として語り継がれることでしょうっ! 我らが学園の治安維持筆頭っ! 太刀川シン副会長ぉぉぉっ! 今回はこのイベントを盛り上げるため、自ら率先してこの汚れ役を引き受けたと聞きましたっ!』

 

 捏造が過ぎる。

 

『彼の奉仕心には、頭が下がります。きっと今回も、この行事を大いに盛り上げてくれることでしょう』

 

「……」

 

 あいつ、何か吹き込まれてんな。犯人はおそらく、レイカと小林。

 

『そしてっ! 二人の内のもう一人……在籍生では第二位の通算キル数を誇るっ! 実は裏で彼女に踏まれたいと思っている男子は多数っ! 二年の……穂村ナギィィィィィっ!』

 

「あの眼鏡野郎……そんなに踏まれてぇならしょうがねぇ……」

「止めたげて……仕事だから……」

 

『ナギ選手は四月のクーデターの協力者でもありましてぇ、顔面を粉砕されて死亡した一年生も多数っ! 見事、ハントしたい上級生アンケートで第一位を獲得っ! リベンジに燃える参加者にも注目ですっ!』

 

『その反面、黄泉では彼女に命を救われた者も多数おります。その素行の悪さもまた事実ですが、賛否を背負いながらも自身を貫き続ける強さは、尊敬に値します』

 

「誰だ……アイツの解説役でゴーサインだしたクソ野郎は……」

 

 明らかに煽られるよりもダメージを受けているナギ選手。ナチュラルメンタルデバッファーマコトが、今日は火を噴きそうな気がしないでもない。

 

『はいっ! それでは、一年生の参加者につきましてはリンク先を参照していただきたいと思います。続きまして……お待たせしましたっ! 恒例の衣装チェンジですっ!』

 

『事前に調べた所、これを目当てに視聴している層も一定数存在すると聞いています』

 

 国、学園関係者のおじさん連中が大半だと思われる。

 

「今回はナギ、何だろうな。町娘とかじゃないと思うけど」

「殺すぞ……」

 

 お互い、動きが封じられてると軽口が軽やかに出る。

 

『まずは男性陣からですが、理事長の無意識下での関心に沿った内容となるため、期待するのはお控えくださいっ』

 

 

「――うん?」

「っ……」

 

 

 強制換装が一瞬で終わり、和なテイストであることはわかるが、頭がちょんまげでないことに一安心する。

 

「……紺色の和服っぽい何かに、刀か……これどんな感じ?」

 

 スマホも鏡もないので全体像が掴めない。

 

「どんなって……浪人、みてぇな感じじゃねぇのか……知らねぇけど」

「何? お前和服属性とかあんの?」

 

「マジで殺すぞ……」

「いやいや、今のはそんな満更でもない感じを醸し出したお前が悪いだろ……」

 

 袖が多少ヒラヒラしているが、そこまで動きにくい感じでもない。下は草履だが、足袋の感触も含めて結構しっかりと地面を捉えられそうだ。

 

『はいっ、えーっとですね……見ての通り、侍の鎧か和服……もしくは農民の3タイプが主な模様ですが……幾つか個性的なのも見受けられます。これは、鍬が初期装備となる農民がやや不利でしょうか』

 

『どうでしょう。刃渡りの長い刀の扱いは存外難しいものです。腕力に覚えがあれば、むしろ鍬の方が実戦では活きるかもしれません』

 

『おぉう……流れに沿った返し……何か今日は、穏やかに進行できそうで、安心しておりますっ』

 

 まぁ前回が化け物二人とだったから、内心結構大変だったことだろう。

 

『続きましては本番っ! 女性陣のコスチュームチェンジっ! お願いしまぁぁすっ!』

 

「「――っ」」

 

 ここはナギをガン見せざるを得ない。

 

 当然ながら、脱いで着せるようなメタモルチェンジ要素はなく、上書き保存のようにこちらも換装される。

 

「おぉっ!」

「っ……」

 

 先程と同様、チェンジした側の方が理解が遅い。

 

「花魁だろコレっ、こんな平屋の隅にいるような人間じゃねぇ……」

「……」

 

 第一印象は素晴らしいの一言。というか、コスプレではなくゲームのキャラが飛び出してきた感じ。

 

 何処か厚みのある真紅の着物、露出している肩と鎖骨の色気、素足に黒塗りの高下駄、短髪に映えるシンプルなかんざしはむしろ好印象、ナギの花魁、アリである。そもそも、豪華なかんざしも、髷だったか、あのよく見る髪型も好みではない。

 

「うん……アイメイクも超イイっすよ、ナギさん」

「エロい目で見てんじゃねぇよ……」

 

 勝気ながらも微量の恥ずかしさを含んだ表情もグッとくる。そろそろ自重しないと素ギレされそうだが、どうしたものか。

 

「いやでも、エロい目で見るべき恰好だろ」

「っ……誰もてめぇなんざ誘ってねぇっ! その汚ぇ眼球取り出して潰すぞ……」

 

「んなこと言われても、動けないし、お前を見る以外やることがない」

 

 首は動くけどね。

 

『何やらターゲットの二人が口論しているようにも見受けられますが、これでコスチュームの方もしっかりと場に馴染んだものになったのではないかと思います。この配信は健全なチャンネルなので、言及は出来ませんが、皆さん、それぞれの視点でご堪能下さいっ』

 

「ったく、こんな歩きにくい下駄履かせやがって……まだ始まんねぇのかよ……」

 

 多少記憶が戻ってきたが、今年もナギのぼやきが止まらない。

 

「でもまぁ、そろそろ開始だろ。台本は大体消化したはずだし」

 

『では、まもなく開始となりますが、最後に……っと、はいっ! 特別ルールの発表ですっ』

 

「あれ? そんなんあったっけ?」

「いや、記憶にはねぇ」

 

 既にルールは特別仕様なはずだが、まだ後乗せがあるのだろうか。

 

『えぇっと……はい、申し訳ありません、文字通りの付け足しとなります……えぇ、学生会で検討した結果……いや、ここじゃなくて……なるほどっ! それではっ、特別ルールを発表しますっ! 出場者の方々は気持ちを作ってお待ちくださいっ』

 

「おいおい……そこら辺はリハでちゃんと仕切っとけよ……」

「現場責任者はてめぇだろーが」

 

 いやだから、俺今回ノータッチなんだって。闇討ちされたんだから。

 

『まず一つ目っ、このハンターデスマッチでは、過度にショッキングな表現を防ぐ観点から、ある程度のダメージを受けた時点で出場者は失格となります。そこで、副会長には能力の制限が課せられますっ。何かとは言いませんが、彼ならこれでわかってくれるはずです』

 

『シンの能力については、依然として謎も多い。その全容は有識者の情報交換においても、明確にはならなかったと聞いています。それだけに、この場での具体的な言及は興醒めというものでしょう。きっと、彼ならしっかりと忖度してくれるはずです』

 

『土地を転がす力というのは、本当に恐ろしいものです……』

 

「……詐欺師が」

「シンプルな悪口止めろって……」

 

 多分レイカだな。つまり、反射は禁止。確か、骨折系はある程度OKで、指が千切れたりとかの部位破壊系は一発で失格だったと思う。その辺りは、一年生にも通達があったであろう。

 

『二つ目っ! 本項目できっかり最後となります。これについては、何か面白そうという理由だそうですが、ターゲットのお二人は、4メートル以上離れると、激痛……激しい電流が流れるような……その上位互換? と記されておりますが、とにかくご注意下さいっ!』

 

「「はっ?」」

 

『つまり、常に4メートル未満の距離を保ち続けなければならない、という理解で、問題はないようです。このルールを積極的に活かすことこそが、優勝への近道となるやもしれません』

 

 割と楽しそうだな、マコトのヤツ。まぁ、アイツもやるときゃやるからなぁ。

 

「じゃなくて、これはヤバいな……もしかして終わったか……」

 

 ちょっと跳んだら4メートルなんて一瞬で離れるし、直感的な動きが完全に封じられてしまう。

 

「っ…………チッ、仕方ねぇな。おい、わざわざ言うことでもねぇが、お前がこっちに合わせろよ」

 

「いやいやそこは互いに合わせようぜ……」

 

 言っても無駄だが言葉が漏れる。もしパラメーターが可視化される世界だったら、目の前の花魁の協調性は0なのだから。もしくは1。

 

『あ、カウントダウンが始まっておりますっ! 7、6、5、4、3――』

 

2、1。

 

『――――スタートっ!』

 

「そこはもう少し待ってくれよ……」

 

 が、問答無用で始まってしまった。

 

 一年生の参加者は30人。ターゲットである俺とナギを討ち取った者が優勝という謎のハンターデスマッチが開幕した。所で、違う人が俺らをそれぞれ撃破した場合はどういうポイント計算になるのだろう。

 

「もしや、そのための手錠ルールか……いや、それよりも。ナギ、まずは実験だ。どの程度の痛みなのか、とりあえず体験してみよう」

 

「初手がそれかよ……」

 

 既に高下駄を装備から外して裸足、つまりは戦闘モードになっているナギ。余談だが、ヤツは能力のコントロールが超絶に上手いため、足裏の土踏まずから発せられる圧を利用し、全く汚れることがないだけでなく、地面接着系のトラップも通じない。

 

 なので多分、柳瀬湿布も効果がないと思われる。

 

「よし、どんなに痛くても、5秒耐えるってことで。行くぞ?」

 

「勝手に仕切ってんじゃねぇ。こっちはてめぇと違って変態マゾじゃねぇんだよっ! てめぇが俺から離れなきゃ済む話だろーが」

 

「耐えられる痛みだったら、実質制限なしな訳だし、それでなくとも痛みの度合はわかっておいた方がいい。それと、俺は受けシチュはそこそこ好きだが、Mではない。配信されてんだから、誤情報を流すなって」

 

 それこそ、誰が見てるか分からんのだから。

 

「……変態には変わりねぇ……ったく、さっさとしろ……」

「では……」

 

 停止した乾燥機の中から洗濯物を取り出すと、金属部分に指が触れて静電気が流れてびっくりする。何故かそんなイメージを浮かべながら、ゆっくりと距離を取り――

 

「――ぃっ!」

「っ……」

 

 ナギのちょっとした悲鳴と共に、説明で言ってた電流とはやや異なるが、確かな痛みが全身を巡る。

 

「ぐっ……ぅ……ぁ……」

「うーん……」

 

 やっぱり電流というよりは内側からの圧力に近いか。血管、内臓、肉、骨、あらゆる面からの磨り潰すような刺激と分析できる。

 

「っ……」

「うっ……ハァ……ハァ……」

 

 まだ3秒半だが、痛みが途切れる。そして、目の前の花魁さんが今にもブチ殺したそうな目でこちらを見ている。

 

「えっと……どうすか?」

 

「っ……俺は受けシチュマニアの変態じゃねぇからよぉ……てめぇと違って繊細なんだよ……」

 

「う、うん……じゃあまぁ、とりあえず基本は離れないって方針で――」

「――基本じゃねぇっ! 絶対だっ!」

 

「はい……」

 

 これ以上はガチバトルに発展しそうなため、早々に承諾する。

 

『えぇっと……副会長は、その……無痛症、のような持病があるのでしょうか?』

 

『いえ、耐えられる痛みも、経験が物を言うと聞きます。痛みへの耐性はナギも相当でしょうが、斬撃、銃撃を始め、日頃から様々な痛みを体験し続けているシンのそれは、もはや我々が想像できる範疇にはないのでは、と推測されます』

 

『よく正気を保っていますね……いや、正気では、ない……』

 

「さて、んじゃ軽く散策を――えっ?」

「――えっ?」

 

 平屋の隅から脱した瞬間、顔見知りとお見合いする。

 

「…………あ、円谷君だ」

 

 最近まで間違った名で記憶していた一年生男子。とても善良な後輩だ。今日は鍬を片手に農民スタイル。よく似合っている。

 

「――っ! 覚悟っ! 副会ちょ――ぶ」

「あ」

 

 担ぐように振り被って突っ込んできたが、しなやかに伸びたナギの美脚、その足裏を顔面に減り込ませ、突進の勢いが完全に死ぬ。

 

「んだよ只の雑魚かよ」

「――――」

 

 顔を圧壊され、ポリゴン状に形を変えながら消える円谷君。VRっぽい演出だ。

 

「とは言え、あぁ……余りにも早過ぎる退場……」

 

『ここでファーストキルっ! 他の選手はまず気付いていないでしょう』

 

『これは……手元の資料によると、今し方再起不能リタイヤした彼、円谷君は、先のオリエンテーリング大会においても、ファーストキルを記録しているようです』

 

『それは珍記録だぁ! もし次の行事で3連続を決められれば、後世に名を残すかもしれませんっ!』

 

『彼がそれを望むのか……定かではありませんが、今後も注目したい所です』

 

 どうやら酷いことをしてしまったらしい。

 

「VRとは言っても、さすがキル数2位……躊躇いが一切ねぇ……っていうか、ちなみに2位で、何人殺ってんの?」

 

 1位の方はもう恐ろしくて聞きたくない。

 

「あぁん? んなこと一々覚えてる訳ねぇだろ。そもそも、てめぇは毎日、虫を踏み潰さねぇように地面とにらめっこしながら歩いてんのかよ?」

 

「えー、そういう感覚なんすか……」

 

「殺ってこねぇ限りは殺ってねぇ……これは、てめぇが言ったことだぜ?」

 

「うん、まぁ、それは、偉い。割とマジで」

 

 だから皆、この人に軽い気持ちで喧嘩売っちゃイカンぜよ。

 

「さて、ちょい出鼻挫かれたけど、散策だな……」

「さっきもだけどよぉ、こういう方向性での和風な区画は見たことがなかったな」

 

「だな。黄泉を和風とは言えないしな」

「あんなのが和風な訳ねぇだろ……」

 

 にしても、再現度と言えばいいのか、周囲の景観、そのリアリティは流石の一言。

 

 焼夷弾で終了確実の木造平屋ラッシュ、高い建物がないことによる見晴らしの良さ、城の方を向けば見張り台のような場所があるけど、あそこに行った方が目立ちそう。天気も晴れていて、何だか爽やかな感じだ。

 

「――と思ったのに、ちょいナギさん」

 

 視野の奥で捉えた情報に萎えつつ、再び平屋の陰に引っ込む。

 

「あん? っ……んだよ、勝手に手ぇ握んじゃねぇよ……」

「あれってさ……鬼じゃね?」

 

「っ……確かに赤鬼だな。それ以外のモンだったら驚きだ」

 

 住宅街をのっしのっしと闊歩している赤い何か。

 

 短い天パに二本の短い角、肌がとても赤い、ボロ布を着てる、右手に金棒、大きい。

 

 赤鬼である。

 

「つまり、オブジェクト?」

 

 前回もマーマンみたいなのが跋扈してたが、そんなものは一瞬でどうでもよくなるような展開だった。

 

「みたいだな。にしても、あの金棒は使えるかもしれねぇ」

「その恰好で金棒は色々壊れるだろ……」

 

 いや、意外とアリかもしれん。どうなんだろう、試してはみたい。

 

 

「おっ、逆サイ行くと、ちょっとした通りだな」

「時代劇のセットみてぇだな」

 

 

 差し当たって、オブジェクトと反対方向へ歩くと、商店のような建物が並ぶエリアに入る。賑わっていれば観光したいが、当然無人。

 

「あ……蕎麦屋だ。ちょっと入ってみようぜ」

「完全に楽しんでんじゃねぇかよ……盛り上げ役が聞いて呆れるぜ……」

 

 一年前は一生落盤から逃げ回る感じだった。これに関しては、一年生まれるのが早かった。

 

「――うわメッチャいい出汁の匂い……これちゃんとしてるぞっ! 始まったばっかりだし、大丈夫だろ。作戦会議もしたいし……ナギ、ざる蕎麦でイイ?」

 

 厨房は時代考証ぶち壊しの近代感。主張の激しい業務用の冷蔵庫を物色する手が止まらない。よく知らんが、ここでは幾ら食っても栄養にはならないし太らないはず。

 

「わさびは?」

「茎を除いた状態で置いてある。これ、すりおろしたら相当美味そう……」

 

「食うならさっさと用意しろ」

「りょ」

 

 と言いつつ、既に麺は湯へ投下済み。平たい蕎麦皿を二つ並べ、その気にさせる匂いを発しているつゆを蕎麦猪口へ注ぐ。お膳立ての済んでいるわさびは皮をこそぎ落とし、「の」の字を描くようにおろし金でする。ちょっと楽しくてあり得ない程の量になってしまった。

 

 全てが揃っているので、流水で流す過程も非常にスムーズ。

 

「へいおまち」

「何でそんな早ぇんだよ……」

 

 特盛のざる蕎麦を真ん中のテーブルに置き、向かい合って座る。

 

「何かすりおろすの楽し過ぎてこんなんなってしまった」

「ちょうどいいじゃねぇか」

 

 ドカ盛りのわさびを半分位取るナギ。マジか。

 

「ズゥゥゥゥゥゥッ、んっ……つゆも……いや、何でこんな美味い麺があんだよ……」

 

「見た感じでコシがヤバそうだったんだよな……ズゥゥゥゥゥゥッ、んっ……ん。マジで美味いんだけど……」

 

 麺の食感が過去一でよろしい。割と本気で和食区画に移転してほしい。

 

「おい、お前わさびそんだけしか使わねぇのかよ?」

「普通の人間からしたらこれでも結構使ってる方だから」

 

 そう答えた瞬間、残ったわさびを強奪するナギ。もちろん一向に構わんが。

 

『……こういう所に、狂気を覚えるんですよねぇ……何でこの状況下でまったりと蕎麦を食べられるんですかねぇ……』

 

『正に、腹が減っては戦ができぬ。故事成語の発祥場面のような映像ですね』

 

『花魁を引っかけてる金持ち士族にも見えますが……』

 

「そういやこいつらの声が、何でこっちにも届いてんだ?」

 

「そこら辺は一番適切な感じで自動調整されてるから大丈夫。俺らが蕎麦食ってることは、参加者には漏れてない」

 

 映像としては、映画みたいな仕上がりになっているはず。能力による自動編集機能とでも呼ぼうか。

 

「どうしたもんかなぁ……ズゥゥゥゥゥッ、ぅん……赤鬼と戦ってる人も普通にいると思うし……ただ、今年から安置システムが採用されたから、多分城の方へ少しずつ行動可能エリアが縮まってくるはず」

 

「生存人数報告は30分とか1時間だったか……ズゥゥゥゥゥッ、んっ……にしても、そのシステムが一年前もありゃ、あんなダルい展開にはならなかったのによ」

 

「まぁその代わり、2時間以内に俺らは駆逐されてただろうけど」

 

 湿気が最悪だったとしても、凸凹してて遮蔽物も多いステージだったからこそ逃げられたし隠れられた。つまり、考えてみたら、去年がここだったら瞬殺もあり得たってことだ。

 

「大江戸大空襲……考えただけで寒気が……」

 

 物騒なことを考えなきゃ、木の家もそれはそれで素晴らしいというのに。

 

「ま、とにかくだ。結局は城を目指すしかねぇんじゃねぇか?」

 

「うーん……ゲーム進行はバトロワっぽいけど、やってることはバトロワじゃないからなぁ……単独行動してる参加者を暗殺しながらちょっとずつ進むのが無難っぽいな」

 

「赤鬼しか見てねぇが、何色刷りなのか確かめんのも悪くねぇな」

「確かに、去年はオブジェクトを構ってる暇無かったし、軽く満喫しますか」

 

 何となくで固まったので、俺は食後のお茶を淹れに厨房スペースへと戻った。

 

 とりあえず、差し当たっては鬼退治からのアイテム収集、ナギに金棒を目的としよう。

 

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