トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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七夕の行事

 七月七日、正午過ぎ、件のイベント、ハンターデスマッチが開始された。その表題の語感は捨て置くとして、個人的には胸躍る催しとなったことは間違いない。現状の精神状態を加味しても、見通しに揺るぎはない。

 

「……」

 

 若干の想定外へ目を向ければ、その大半は、リスポーン時を彷彿とさせる衣装の押し付けだろうか。部屋着のまま遠出をしているような、下半身の心許なさには早く順応したい所ではある。

 

 開始直後、民家へ不法侵入の上、姿見で確認したが、私のコスチュームはどうやら女忍者、所謂くノ一衣装を割り当てられたようだった。

 

 しかし、忍び装束のデザインが著しく史実から逸脱しており、胸元に締め付けがないことは助かるが、太腿が完全に露わになっている丈の短さ、それに加えて採用されている紅色の生地は、隠密行動をさせる気が全く見当たらない。

 

「…………」

 

 初期装備は短刀、刃渡りは一尺と少しで、分類としては小脇差程か。材質は明らかにエネルゲイア由来の業物であり、能力者にも十分通用すると思われる。

 

 それに加え、胸元には忍者のアイデンティティ、投擲武器の小さな手裏剣が収納されており、一応瞬時に取り出すイメージを固めておく。

 

 また、私の初期位置は聳え立つ巨大な城を南端とすると、マップの南東付近、北側には城の鬼門除けだろうか、寺のような建物がランドマークになっている。それ以外に目立った高い建造物はなく、時代考証に沿った風景が広がっている。

 

 経験上、区画の面積は10キロ平方メートル程か。

 

 現状を把握した所で、早々に行動を開始したい。

 

 ターゲットは言うに及ばず、参加者の二十九名とは皆面識があり、事前に会話を交わす機会にも恵まれたため、自分の基本姿勢の通達は済んでいる。

 

 目標は、三十一人全員の撃滅。

 

 もちろん、現実的ではないと考えているが、視界に映った人間は全て屠っていく方針に変わりはない。

 

「っ」

 

 露見するリスクは承知の上で、梯子の架かった見張り台のような高所へ跳ぶ。端的に、こんな場所では狙い撃たれるのは避けられないように感じられるが、高所への遠距離攻撃を想定しない時代の遺物と割り切っておく。

 

「…………」

 

 眼下を見渡すが、人間の前に、人ならざる異形の姿が確認できる。今の自分が言えたことではないが、それぞれが非常に目立つ肌の色をしている。

 

 鬼。

 

 それ以外に形容のしようがない。黒色の金属バットの先端には粗い棘が施されており、金棒と呼ばれる打撃武器と見受けられる。それを所持していることからも、アレは鬼と呼称して然るべきであろう。

 

 腰の短刀でも問題はないが、場合によってはあの得物を強奪するのも有効かもしれない。

 

「っ……」

 

 八方へ目を凝らすと、500メートル程先において、複数の鬼と交戦している人影を確認。目算では、鬼が四体、男子三人、女子二人。距離からしても、こちらの露見はない。

 

「……フゥ」

 

 一つ、ゆっくりと呼吸をし、二歩の助走で跳ぶ。

 

 跳躍はイメージ通り。まだ距離はあるが、背を向けている女性に狙いを定める。普段の恰好のような馴染んだ感触はないが、この恰好も存外、動き易い。いや、そもそも本来はそのための忍び装束だったか。

 

 場の五人は異形の姿に釘付けとなっている。それを確信した後、音を殺して着地、腰の短刀を引き抜く。

 

「――っ」

 

 完全なる不意打ち、余裕があったため、女侍の小手を落とし、一人目。

 

「――え」

 

 同行者の喪失を意識内で咀嚼中と思われるもう一人に斬り掛かり、左腕を落として二人目。

 

「なっ! なかは――」

 

 驚愕しつつ構えた野武士風男子の首をすれ違い様に斬り、三人目。

 

 見た所、色とりどりの鬼達の動きは思いの外緩慢だ。

 

「……」

 

 血振りをするが、刃には血も油も付着しておらず、その仕様に内心で感謝する。

 

「うおっ! おぉ……中原さん……」

「紅の女忍者かぁ……何やえらい恰好やん」

 

 残っているのは日に焼けた農民と虚無僧。前者は稲垣君、顔が見えない後者の方は、声で判別することができた。

 

「ど、どうする?」

「逃げる。だって無理やもん」

 

「っ!」

 

 鬼には構わず、30メートル程の距離を一気に駆ける。

 

「――っ!?」

 

 だがそこで、後退を余儀なくされる。

 

 虚無僧の手から離れて風に舞う複数の紙片を確認したからだ。

 

「初手で筆と適当な和紙が手に入らんかったら詰んどったなぁ……中原ぁ、後生やで、俺、もうちょい観光したいねん。頼むわ」

 

 和紙に書かれた文字で読み取れたのは、「幻」と「靄」の二文字だけだが、20メートルの間には霧のような何かが立ち込め、奥に見える虚ろな人影は複数、少なくともその数は二桁を超えている。

 

「くっ――っ!?」

 

 幻惑から逃れるべく跳び上がるが、それが軽率な悪手だったことをすぐに知る。

 

 空中、ちょうど視線の高さには三枚の和紙が並び、向かって左からそれぞれ「炎」「氷」「雷」と達筆な字で書かれている。

 

「――ハァッ!」

 

 反射的に身を捻りながら指に掛かった三枚の手裏剣を投擲、運良く左右の和紙を貫通、残った一枚、文字から姿を変えた氷の杭を、短刀の鞘で防いで難を逃れ、無事着地する。

 

「…………」

 

 当然、場に二人の姿はなく、四体いたはずの鬼も、随分と遠くに見える。待機座標が決まっており、一定範囲に入らないと襲ってこない仕組みだろうか。

 

 それはさておき、あの虚無僧は行使していたエネルゲイアから間違いなく流山君。本人は参加ポイント目当てと言っていたが、だからといって猛者であることに変わりはない。

 

『こ……これは何という痛恨……注目選手紹介をしていたら、既に戦闘は終了してしまったようです……えー、データによると……はいっ、優勝候補最有力っ、中原選手っ! 文字通り三人を瞬殺っ! 真紅のくノ一……今日は何人を血祭りにするのか、注目ですっ』

 

『該当の三人は早田さん、野上さん、西園寺君の三名。持ち味を出す前の失格……次回に期待したいですね』

 

 深追いは禁物。だが即座に追跡を選択。取り逃がしたからと言って次へ次へと移っていたら、埒が明かない。それに加えて、あの飄々とした流山君と戦う機会は、中々に得難い。稲垣君のエネルゲイアは知らないが、修行部であることに加え、戦闘向きではないと聞いている。

 

 再び、最も近い見張り台へと走り、確認できた所で跳ぶ。

 

『ど、どうやら、次の獲物を探しているようです……』

『見た者は斬ると話していたので、彼女らしい有言実行ですね』

 

『正にハンターそのもの……どうやら副会長のパートナーになる条件の一つは、好戦的であることのようです』

 

「……」

 

 二人の姿はない。逃走の方向から、北に見える寺を目指すか。また、その奥にはマップを区切るかのように流れる川、その橋を見張っていれば、誰かしら通るかもしれない。結局は反対方向の城へ戻る形とはなりそうだが、最奥に控えて網を張るにはまだマップが広過ぎる。

 

「っ!」

 

 仮の目的地を寺に定め、跳躍、少なくとも、見える限りの範囲に移動中の人間はいない。

 

 長い滞空時間を経て、寺の前に着地する。重厚感のある瓦屋根、その作り自体は、現代と変わらないように見えるが、それも当然のことか。

 

「…………」

 

 つい目を細めてしまった。

 

 山門の手前、分かり易く真ん中、手頃なサイズの石を重しに置かれた和紙を発見してしまう。しっかりと中原サヤ殿と書かれている。差出人は言うまでもない。

 

 仕方なく拾い、三つ折りにされた和紙を広げる。

 

「……」

 

 内容は以下。

 

 

 名前を覚えていただけているでしょうか、稲垣です。

 字は流山が書いておりますが、稲垣です。

 これを中原さんが読んでくれているとしたら、僕達二人は既に城の方へと向かっています。

 実は僕、城が好きで。

 流山の「消」「隠」などのステルスは、風と時間経過に弱いです。

 それでも、探すのはとても面倒だと思います。

 過度に、探さないで下さい。

 

 

「……」

 

『攪乱、挑発、命乞い、趣味と能力のカミングアウト……この文面……つまりはどういうことでしょう?』

 

『特に意味はないことも含め、断定は困難でしょう。しかし、敵に情けをかける彼女ではありません。それは、流山君も承知の上だとは、思われますが』

 

 何の進展ももたらさない書状を畳み、山門を潜る。ちょうどゴミ箱が設置されていたので、燃える方に和紙を捨てる。

 

「っ……」

 

 印象としては市中にある小規模なお寺だが、墓地はない。さすがにオブジェとして生み出すのは憚られたのだろう。しかし、意識の大半はその点ではなく、正面に見える仏殿だろうか、入口が暗く閉ざされている分、その手前に置かれた銀色の球体へ視覚が吸い寄せられる。

 

 特に気配もないため、近付いて拾い上げる。球体は光沢を放っており、それなりに重量もある。大きさは野球とソフトボールの中間程か。

 

「…………」

 

 先日、蕎麦屋の帰りに話した内容が脳内に蘇る。

 

 七夕のバトルロワイアル、そのステージとなる『VR区画』には、様々な仕掛け、競技を盛り上げるための舞台装置が用意されているとのこと。

 

 ただ、昨年については先述の通り、その全てのギミックは一人の人物によって完全破壊され、結果として全く別のゲームへと取って代わった。マンネリズム解消にはよいことなのかもしれない。一方でつまり、この銀色の玉は当区画のギミックに関連している可能性が高い。

 

「……」

 

 右脚を軸足に左脚を大きく上げ、体重移動を意識し、力まずに玉をオーバースローで放り投げる。方向は北西、最も回収が困難になる城とは反対方向の区画の隅を狙った。完全とは言えないが、ある程度目論見通りの座標へ落ちただろう。

 

『っ……』

『……』

 

 戦いを妨害するギミックなど、私のニーズにはない。先輩からも、事前に盛り上げることは意識しなくてよいとの言葉を貰っている。その際にはおそらく、自らがその盛り上げ役となる未来は想定の範囲外だったと想像されるが。

 

 いずれにせよ、これでギミックの鍵になると思われる何かは失われた。寺に寄った判断も、無駄ではないと思える。

 

「っ……」

 

 跳んで着地。

 

 本来ならば許されないが、仏殿の瓦屋根に立ち、高台として利用させてもらう。

 

「あれは……」

 

 つい声が漏れる程に、世界観を破壊する光景を目にする。

 

 座標は北へ500メートル超、東側の橋の上。

 

 見えるのは、人間と鬼と、マウンテンゴリラ。

 

「……五十嵐さん……」

 

 彼女のエネルゲイアは、20分間マウンテンゴリラになる、という内容。基本温厚で無害なため、時間が切れるまで待つことが対処法だが、怒らせればその限りではない。そして、鬼の腕を掴んで振り回しているその姿から、危険な状態であることが窺える。

 

「…………っ……ハァッ!」

 

 今度は十分な助走距離から余裕を持って跳躍する。最高到達点で気付いたが、二人の人影は一之瀬さんと柳瀬さんに相違ない。予め合流位置を話し合っていたのかもしれない。

 

 手前で一度着地するイメージだったが、ここから微調整すれば直接斬り掛かれると判断、ゴリラの大きな背中を目掛けて短刀を突き刺して着地、素早く引き抜いて飛び越える方向に軽く跳躍する。

 

『こ、れは……皆さん見ましたでしょうかっ! 電光石火の不意打ちっ! 視聴しているこちらの肝が冷えるような一撃で、マウンテンゴリラは跡形もなく霧散しますっ』

 

『っ……なるほど……それにしても、空中での微調整は見事と言う他ありません。普段から様々な区画を行き来し、身体感覚が馴染んでいる証拠ですね』

 

『いやはや、その辺りが、戦闘員と非戦闘員の明確な差の一つなんでしょうね……』

 

「う……何だよいきなり――って、中原? 凄ぇ恰好……いや、助かった……ありがとな」

「ていうか、恰好もそうだけど、何処から跳んできたの……」

 

 町娘の服装だろうか、しっかりとした日本髪の二人。紫の髪色が判別の決め手となったのは言うまでもない。

 

「……」

 

 一対二。やはり先に倒すべきはエネルゲイアが強力だと聞いた一之瀬さんか。

 

「え……なか、はら? え……何……え……」

「あ……キョウコっ! 離れてっ!」

 

「――っ!」

「っ……」

 

 ちょうど合わせようとした所で跳び退かれ、好機を逃す。

 

「ちょ……やべぇってアイツ……暗殺者みたいな目ぇしてるし……」

「言ってたじゃんっ! 出会ったら斬るって」

 

「えっ? アレ、本気? 何でウチらまで殺すの? むしろ味方だろっ!」

 

「……っ」

 

 目を逸らした瞬間に合わせ、地面を蹴る。

 

「だああぁぁぁぁっ! ヤバいヤバいヤバいっ!」

「えぇっ! 何でこっち――どあぁっ!」

 

 二人は完全に回れ右をして走り出す。ここまで全力で逃げに徹されるのは少々想定外ではあったが、髪色と同じ紫色の後ろ姿を追跡する。手裏剣での牽制も頭を過ぎったが、不慣れな得物であるため即座に却下した。

 

「――うわっ! ゾンビより怖ぇってっ! 無言は反則だろっ!」

 

「うー、やっぱり鬼とゴリラの方がマシだった……あ、キョウコッ! サイコロサイコロッ! さっきあったヤツ!」

 

「あっ! カグヤ、パス!」

「――ぬっ! とぉっ! う……はい、5っ!」

 

 一之瀬さんが柳瀬さんへ投げたのはサイコロ。まさか、以前から聞いていたエネルゲイアだろうか。確かしりとりをするとのことだったが、細かくは覚えがない。何故か興味が持てなかったからだ。もしかしたらそれは誤情報で、今のサイコロを使った何かが本命かもしれない。

 

「くノ一っ!」

「ちーちーちーちーちー、チーズっ!」

 

「ずっ? 馬鹿っ! ず、ず、ズッキーニ!」

 

 本当にしりとりをしている。これは警戒した方がいいのだろうか。

 

「にっ! にーにーにーにーにーに……二枚舌っ!」

「……」

 

 凄いチョイスだ。

 

「たっ? た……たー、た……あー、あっ、タクシーッ!」

「――なっ!」

 

 前触れなくそこに現れた黄色い乗用車。本能がそう判断したのか、気付けば右方へと跳び退いていた。

 

 その隙を突かれ、一之瀬さんは開かれたドアから後部座席へ跳び付くように乗り込む。

 

「カ、カグヤっ、乗って乗ってっ! えっと、城っ! メッチャ遠回りでっ! 城までお願いしますっ」

 

「え、ちょっ! これ、いいの?」

 

「はい、じゃちょっとだけ飛ばしますよぉ」

「誰?」

 

 啞然としている柳瀬さんに構わず、制帽を被った初老の男性ドライバーは、車を勢いよく発進させ、通常では考えられない速度で平屋の間を縫って消える。

 

「…………」

 

 マウンテンゴリラ、着物のまま爆走する町娘、業界大手のタクシー、やはりこの学園には、時代考証などという概念は存在しなかった。

 

 そして、何が起きたのかはいまいちよくわからないが、どうやらまたも逃走を許してしまったらしい。ここまでの体たらくから、広いフィールドでの戦闘は、喫緊の課題とすべきなのかもしれない。

 

 そう思えば、悪くない体験ではあった。

 

 

 少なくとも、次またしりとりを始めるようなことがあれば、その隙に迷いなく背中を斬れば問題はないだろう。

 

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