デリバリーピザよりも、宅配寿司を頼んだ方が短時間で食事が済んで、後の切り替えも良く、ぐだぐだしないと聞いたことがある。その真偽はともかく、蕎麦も割とぐだらずに切り替えられるように思える。食後のお茶も美味かった。
「――今ので七人か。いや、円谷君を忘れてた……合計八人。顔触れ的に、ナギ絶対報復派の面々は大方終了したっぽいな」
実力差もそうだが、ナギの恰好を前にして力を出し切れなかった男子諸君には、今後も精進してほしいと思う。
「道理で歯応えがねぇ訳だ。こんなんじゃ次来られても、こっちからしたらはじめましてだぜ……」
煙管を口にしていたナギは、つまらなそうに煙を吐く。最高に似合った仕草だが、調子に乗るので言わない。
「お前普通に吸うのな?」
「ゲーム内で初期アイテム使うのに法もクソもねぇだろ。俺がしょっ引かれんなら、てめぇは銃刀法違反だぜ?」
「仰る通り……てか、何で刻み煙草も含めて、諸々の使い方知ってんの?」
「んなもんフィーリングだよ。これだっててめぇが言ってんだろ? 考えんじゃなくて、感じんだよ」
「何か違うがまぁ構わん。にしても……」
一年生は普通に皆クリーンプレイだな。不意打ちの本気度が低いし、正面からお命頂戴してくる方が多数派だったし。やはり急にバトルをしろと言われても、いきなり問答無用というのは難しいのだろう。俺としても、スポーツっぽくやってほしいとは思うし。
「一年生も大分慣れてきてるな。それは単純に素晴らしい。ただなぁ……やっぱ相手が悪過ぎるだろ……自信を喪失しなければいいけど」
一年前から同じゲームをプレイしている人に追い付こうとしたら、やっぱ1クールじゃ足らないと思う。しかもナギは戦闘面では文句なしのトップ層な訳だし。
「そういう話なら、もう3か月だ。顔触れにも新鮮さはねぇ。とすりゃあ……嬲るなら、流山に麻月……後はやっぱり中原か……とっとと城を目指すとしようぜ」
「結局エンジン掛かってきたなぁ……元々のやる気がないのに、物足りなさでモチベが上がるとか。ちなみに、麻月さんはエントリーしてないけど」
マジで本能に忠実だな、と思ったが、例によって思うだけに留めておく。
「で、中原を除けば、やっぱナガレかぁ……でも絶対やる気ないだろうなぁ……」
とは言っても、陽動、トラップ、その他搦め手なら一年最強は揺るがない。クーデターを経てレイカやマコトに懐いてくれたから良かったものの、やることはやってても不思議ではない。
「一気に跳んでくと的になるかもしれんし、素直にあの大橋を渡ろう」
「構わねぇが、よく燃えそうな橋だな」
「確かにこの世界観では火属性が強そうではあるな」
なるべく露見しないよう、大通りは避けて住宅街を真っ直ぐ進むが、間違いなく気休め。そういえばな話だが、大昔の町でもこんな綺麗に建物が整列していたのだろうか。今度社会系の先生に聞いてみようと思ったが、授業を取ってないので出会う機会がないことに気付く。
「っ……ナギ、紫っ、紫鬼っ、アレってレアじゃね?」
「何でだよ……レアなら金とか銀だろーが……」
橋の前に関所はないが、オブジェクトが配置されており、さすがにもう避けて通るのは難しいと見られる。
鬼の総数は8。内訳は赤、赤、赤、青、青、緑、緑、紫。やっぱり紫はレアだろ。
「よし……俺は紫を殺る……残りはナギで割り切れるな」
「特に文句はねぇが、お前、中原にもそんなふざけた指示を出してんのか? ボヤいてたぜ?」
「そこは上手いことフォローを頼む……」
全力論破してくるヒカリ、肉体言語をチラつかせてくる中原、発砲してくるレイカ、ご機嫌次第のナギ。やはり優しく受け流してくれるマコトが最優か。
互いに離れられない我々の、たった一つの冴えたやり方、それはナギの動きに俺が全力で付いていくことだ。
「――シィッ」
迷いのない突進から跳躍、跳び後ろ回し蹴りを放ったナギの足裏が赤鬼の顔面を捉えたのと同時、破砕音と共に赤鬼の頭部が弾け、首を失った胴体が力動のままに崩れ落ち、音と振動を響かせた後、消える。
臨戦態勢に入ったオブジェクト達、だがどうにも動き出しが鈍重だった。
俺とナギの共通理解。プログラム化された相手に、複数の技は不要。その後のナギは、蹴るというよりは鬼の顔に跳び乗って屠る、これを繰り返すだけだった。
初めて化け物と形容できる相手と出会ったならこうはいかないが、あんな大振りの金棒に被弾する段階はとうに過ぎているし、そもそもスピード差が歴然過ぎる。
「チェスっといっ!」
蕎麦屋で確認してあった甲斐もあり、スムーズな抜刀からジャンプ斬り。紫鬼を頭から均等に斬り分けて撃破する。
「……ホントに7:1かよ……流石の有言実行だぜ……」
「おっ、ドロップか? ナギ、これ」
「っ、そんなもん、あん? それ以外は消えちまったのか……クソ仕様がっ」
悪態を吐きながらも、拾った金棒を受け取るナギ。鮮やかな花柄の眩しい、はだけた着物に、無骨な黒い金棒。エロスと暴力が混在した仕上がりは、賛否両論ありそうだが、俺はアリ。
「美味い蕎麦を食って鬼退治、花魁と同伴。満喫はしたかな。是非『時代劇区画』誕生を願いたいが、ご本人の関心が薄過ぎるから望みも薄いんだよなぁ……」
何たってほぼ日常だし、長い名前の甘いお茶が好物だし、タブレット端末大好きだし。
「……おい、雑魚が二名様だ。板場と笹森じゃねぇか。てっきり農民かと思ったが、生意気にも武者ルックだぜ」
昨年度の終盤辺りから、黄泉の攻略はナギ不在では成り立たない段階へと入ったため、流れ的に修行部とは自然と関わるのである。しかし、名前を覚えているのは少々驚き。
「橋の中央で待ち伏せか。アイツらもまぁまぁ中二だな」
実戦なら橋を落されるか火を放たれる所だが、スポーツっぽいノリを求めている俺にとっては好感が持てるスタイルだ。そこそこの横幅がある大橋も、そこまで軟な作りではないっぽい。
「すいません、太刀川先輩。そこの見張り台から位置がわかったので、ここで待たせてもらいました」
好青年笹森。正直あんまり戦いたくない。
「よし……太刀川先輩と会う前に失格っていう最悪の事態は防げた……あの……今日は、胸を借りますっ」
こっちはやや緊張気味のバット板場。普段のノリとは違い、眼差しには強い気持ちが感じられる。
「実際、建物に八つ当たりしてた頃が嘘のような今だな。二人共、立派な修行部の戦力だし」
きっと今後も、この手のイベントや、何か学園内の治安維持系トラブルが起きれば、積極的に絡んでくれそうだ。
「それ弄られるの、久しぶりですね……板場の言った通りです。まだたったの3か月ですが、全力でやらせていただきます……」
「っ……うっし……」
修行部には修行部のやり方がある。たまに飯を食う仲ではあっても、俺から二人に戦闘関係で何かを伝えた覚えは少ない。こういう機会は、さすがに正面から受けた方が後悔は少ないだろう。
「知っての通り、こっちは自由に動けない。折角待ち伏せたんだし、そっちから来い。この花魁さんは休憩中だから、上手く連携すればチャンスはあるんじゃないか?」
珍しく空気を読んだナギは、後方に退いている。とは言っても、3メートル程だが。
「……ぅし」
「…………」
笹森が抜刀、板場は金属バットを剣のように構える。こちらも、左手を腰の刀に添えておくが、今の所抜く気はない。
「おおぉぉぉっ!」
「はぁっ!」
仕掛けは同時ではなく、板場をフォローするように笹森が後ろに続く。当然ながら、30メートル程の距離は瞬く間に埋まり、頭部を狙ったフルスイングが眼前に迫る。
「……」
意識か無意識かは知らないが、点で捉えた一撃を首だけで躱す。反撃する素振りを見せると、当てようとした身体を引っ込ませて板場は後退、入れ替わりで笹森の横薙ぎが今度は左の横っ腹へ放たれる。
「――なっ」
完全に想定外であることを確信し、一瞬で伏せてやり過ごす。中原には次やったら踏み潰すと半ギレで言われたが、初見の相手にはそうもいかない。意外と足元の低い位置を攻撃することは盲点だったりする。実際、蹴るのも踏むのも能力者にとってはモーションが大きい。
「……」
笹森も狼狽して後退。双方が初期位置へ戻った格好となり、こちらも手で地面を押してスムーズに立ち上がる。
「こっからは反撃するから、ちょっと考えてやってみろ。中途半端でも、思い切ってでもいい。どうせVRだから、そこら辺は安心しろ」
「っ……」
「……ハァ……フゥ…………」
何だか知らんが、板場からはツーストライクと追い込まれた打者の空気を感じる。きっと力み過ぎないようにとイメージしていることだろう。笹森は多分、一昨日の夕飯の献立でも見直して心を落ち着けているのだろう。まぁ絶対に違うと思うけど。
「……」
相対的には褒めるべき成長、絶対的にはまだまだ話にならない。及ばない理由は煩悩のそれに迫る項目数だが、端的に言えばまずスピードが違い過ぎる。
けれども、仮にスピードがあったとしても、初日の中原の如く能力に顎で使われてる動きでは、リスクはともかく、タイミングを合わせるのがゲーム並に簡単なのもまた事実。
「おおおおぉぉっ!」
「っ……」
今度はほぼ同時、人間とは異なるレベルの膂力で、二人は先程よりも速く、鋭く、ターゲットである俺に肉薄する。
「「―――――――」」
「チッ」
後方からの舌打ちが耳に届いた時、既に二人のバットと刀は動きを止めていた。正確には、止まったようにしか見えない。
「え……あ、う、動けない……」
「何で……えっ? くっ……」
かなり余裕があったため、結構絞り上げて時速7センチ。バットも刀も、このまま放っておけば、1時間後にはしっかり俺を捉えられるだろう。もちろん、そんな暇はないが。
「嫌な言い方かもしれないけど、しっかり強くなってるよ。天王寺先輩に報告して、直々に鍛錬してもらえるよう促しておく」
「ぅ……うぅ……レベチ過ぎる……」
「ぐ……ありがとうございました……」
「てめぇら遅過ぎんだよ。動きだけじゃねぇ。反射でも思考でも感覚でも何でもいい。そんなんじゃいつまで経っても殴れねぇし、雑魚止まりだぞ」
「「っ……あ、ありがとうございます……」」
インパクト直前の体勢で固まっている二人の頭をポンポンとぞんざいに撫で、花魁は華麗に橋を渡っていく。そしてそれに続く従者、俺。
「一応5分後には動けるようになるから、テキトーに観光をオススメしとく。結構色んな店があるぞ。最終的には禁止エリアになるとは思うけど。会えたら城で会おう」
「えぇっ?」
「い、いいんですか?」
向きたくてもこちらを振り返ることもできない二人。雑多に吹き飛ばす時とは違い、繊細にコントロールされているため、全身がロックされている。
「うん。ただ、もし次襲い掛かってきたら、怖い花魁さんに一瞬で顔面を潰されて退場だから、それだけは覚えておけ。ココ、テストに出るから」
「「は、はい……」」
爽やかな別れの所を戦慄させてしまって申し訳ないが、一応の念押しは必要だろう。意識外からの不意打ちというのは、それはそれはとても恐ろしいものなのだよ。
「このデカい川はマップを半分に区切ってるんだと思うから、城までは4キロか5キロって感じかな」
「まぁそんなトコだな。反対側には鬼共がいねぇ……オブジェクトにはクソ雑魚って意味もあんのかは知らねぇが、鬼ってのはもっと凶悪で狂暴なモンじゃねぇのか? 日本が誇る化け物の筆頭だろーが」
「そう言われれば、確かに危険区画に生息するヤバいのに比べると、まぁオブジェクトって感じだな。でも、そんなのをフィールドに放ったらさすがに一年生しんどいだろ」
中原は嬉々として皆殺しにしそうだが。きっと今頃、鬼達から逃げられてんだろうなぁ。可哀想な鬼さん。
『はあぁぁいっ出場者の皆様っ! 戦っている方々は、戦いながらお聞きくださいっ! 所謂前半戦と言えばよいのでしょうか。開始から53分が経過しました。ここで残り人数報告のコーナーですっ!』
切りがいい所でカットインしてきたんだろうけど、時間的には全く区切り感はない。
『ターゲットの二人は健在です。失格したハンターは計十九名、残りは十一名となりますが、既に競技から退く姿勢を見せている人もいるようです』
結構ハイペースで脱落している。柿沼はまだ残ってくれているのだろうか。早く見つけて軽く分からせ、偵察ドローンとして利用したいのだが。
『尚、これ以降は少しずつ行動可能エリアが縮まっていきます。全員がどちらかと言えば城寄りの位置にいるため、逆方向にする案もありましたが、最終局面が寺や平屋というのも味気ないので、城の方へと向かうことを推奨致しますっ』
やはりここに関しては、だろうなって展開。
『昨年が全くの不発だったということで、本年は抑えられているようですが、それだけに仕掛けの方はシンプルで強力な形になっている、と聞いております。ひたすらに目的を達成するのも、共闘して仕掛けに臨むのも自由……こちらとしては、奮戦を願います』
マコトが追加情報っぽい文面を読み上げ、行事は中盤へと入る様子。とりあえず、これで城へ向かうことは必須事項となった。
「城を南端とすれば、そこそこに蛇行して北西から中央の方へ寄って来てたんだな。多分今渡り切った橋が中央で、東西にそれぞれ同じ感じの大橋が架かってる感じか」
「わざわざ橋を渡らなくても、跳び超えりゃ済む話だけどなぁ」
「だとしても、割と皆真面目に橋を使ってそうではあるな」
もう一度振り返ってみるが、やはり橋の長さは50メートルもない。なので十分跳べる。
何でもかんでも跳び越えるという生活様式を、既存の人間は持ち合わせていない。固定概念というのは、中々に強固なものなのだ。
「……おい、あれ五十嵐じゃねぇか?」
「うん? ほんと――あぁ……五十嵐さんだね」
視界の奥には1頭のマウンテンゴリラ。参加者リストにはざっと目を通した記憶はあるが、自分がぶち込まれたことにより、脳内の再生困難な地点に転がっていってしまったらしい。
彼女の能力はシンプルで、20分間ゴリラになる、というものだ。割と気に入っているらしいから、それは本当に良かったと思う。
「そういやゴリラって、時代的にはどの位に入ってきたんだろう?」
「知らねぇよ……それに、金属バットで襲い掛かってくる侍もいたんだから、今更だろ」
全く以てその通りだ。日頃から温厚な彼女を手に掛けるのは気が進まないが、相手は20分間、言語によるコミュニケーションが不通。もし仮に襲い掛かってきたとしたら、応じる他ないだろう。今俺の手には、リンゴもバナナもないのだから。