天空に座するが如く浮かび、城を見下ろす龍。
その体長はどの程度になるのか。誰か両端を掴んでピーンと張ってほしいが、叶わぬ夢であろう。多分40メートル位かな。恐竜っぽいドラゴンとは違い、蛇寄りのビジュアルだが、目新しい部分としては、前足の指がちゃんと五本あることか。後は髭が長くて表情が険しい。
「――っと。おいアイツマジかよ……」
「ま、あんなのにビビるようなヤツじゃねぇだろ。にしても、この距離でも目立つ格好してやがるな」
「貴女がそれを言いますか……」
今は神獣の登場に驚くターンだと思うのだが、龍は既に紅の人影による強襲を受け、怒りの咆哮を放って場を震わせている。即断即決でジャンプ斬りを選択するあの後輩の将来が、少し心配である。
「けどよぉ、あんなの放っといて戦えばいいだけの話じゃねぇのか?」
「ぶっちゃけそうだよな――って!」
そう言っている傍からキレ気味の龍が城下へ向けて炎を吐き出す。正確には着地した中原に対してだが。
「いやいや木造に火は反則だろ……しかも、龍っていうのは水源のある地域で生まれた伝説のはずだ。火は吐かないだろ。せめて雷落とすとかにしろよ……何か萎えるわ」
そして当然の流れで平屋はガンガン燃え広がり、人の営みが一気に蹂躙されていく。
「っ…………」
「こっちはしっかりとビビってるみたいだな。ま、無理もねぇか」
「――っ! 誰がっ! っ……で、ですが、あんな怪物、どうすれば……」
おそらく、危険区画等には足を運んでいなかったのか、能見さんは血の気の引いた顔で燃え盛る町を見つめている。
「よく知らねぇが、金と銀のオッドアイたぁ、随分と成金趣味だな」
『はいっ! 生き残っている皆さんっ! 禁止エリアが川を超えたことで、封印されし龍が目覚めましたっ! 見ての通り、龍は放置しておくと町を焼き払いっ、その炎はやがて城をも呑み込んでしまうでしょうっ!』
『既に身を以て示してくれた参加者がおりますが、近付く、攻撃を加える等しますと、暫くの間、所謂ヘイトが向いた状態となります。くれぐれもご注意を』
まぁそうだろうが只々止めてほしい仕様である。
『そして同時に朗報ですっ! 城から北東に位置するお寺には、龍の守り、つまり耐久力を軽減するためのアイテムが眠っておりますっ! もちろん、判断は自由っ! 共闘するもよしっ、単独で屠るもよしっ、放置するもよしとなっておりますっ!』
『では、引き続き健闘を祈ります』
どうでもいいが、確かに前回に比べればまともな進行ではある。碓氷さんが俺向けに変な爆弾を仕掛けたりもしてないし。
「これって多分、バトロワ仕様の時からギミックに変更はないんだろうな。正直、このルールなら龍なんか無視して俺らを殺しに来た方がいいだろ」
「いや、バトロワだったとしてもそうだろ。どさくさ紛れに殺し回った方がいい。火事場泥棒ってのは意地汚ぇ分、難易度が低いからなぁ」
「そ、そんな……あんなものを、好きにさせるというのですか? 今日だけの区画とは言え、城下町が焼かれていくのをただ見ているなど、私にはできません……」
「おぉ……」
マジか。俺は普通にVRだし人的被害ないしよくね、って思ってしまっている。
「――太刀川先輩っ! アレ、どうすんすかっ?」
「うん?」
地震と速報を聞いて引き返してきたのか、トレハンコンビとゴリラは仲良く並んでこちらへ走ってくる。
「あれ? もしかして牢屋なかった? っていうか、地下もちゃんと調べたか?」
「えっと、それが、五十嵐さん、牢屋に入りたくないみたいで……」
「そりゃそうだろ……人でも動物でも、進んで牢屋に入りたいなんてのは極少数だぞ」
「……そこは普通にいないでいいと思うんですけど……」
「――太刀川せんぱーいっ!」
「おぉ……続々と集まってくんなぁ……えっ? おいナギっ! あれ、虚無僧だぞっ! いいなぁ……超アタリ枠じゃん……」
「どういう趣味してんだよ……どうせ流山だろーが」
板場、笹森、稲垣、虚無僧が合流。おそらく、中原以外は全員集合した感じか。
「男四人衆もここまでお疲れさん。で、どうする? 龍はくノ一に任せて、俺らはここでドンパチする?」
「マジすか? どう考えても龍をどうにかする流れっしょ」
軽く見渡すが、一之瀬の言葉を否定する雰囲気はない。
「なるほど……うーん……龍もいいんだけど、燃やされちゃうんだったら、今の内にちょっと城ん中見たいんだよなぁ……お前らも、内装に興味ない? 天守閣、でいいんだっけ? とにかく、一番上のトコとか」
例えぐだぐだだったとしても、良い城ということだ。本来なら沢山ある急な階段とかも結構バリアフリーな感じになってそうだし、見て回るには良さそう。
「うわ出た……頭おかしい人……」
「あ……すいません。僕も、興味あります」
「こりゃ珍し。お前、ホンマに好きなんやなぁ」
この感じ。押せば男はイケるか。後は民主主義でゴリゴリすれば。
「じゃ……10分後にもう一回ここに集合ってことで……いい?」
「こんな時にもジョークが言えるなんて、さすがは副会長……」
「えっ? 能見さん……」
割とマジな白い目を向ける柳瀬さん。
駄目だ。収拾がつかん。
「……フゥゥゥ」
「っ! 貴女っ! 何を吸っているんですかっ! 未成年の喫煙は法律で禁じられてますっ! 信じられない……」
「おいシン、面倒臭ぇからお前が説明しとけ」
ヤバい。放置するとカオスが形成されそうな空気を感じる。
「てか人多いなぁ……龍とタイマン張ってる中原に若干申し訳なくなってきたし、俺らも動くか。っていうかもう……寺と城以外火の海……」
フラッシュオーバーとは言わないが、火の回りがまぁ早い。
「ほな副会長ぉ、俺ぁかまへんけど、撃破ポイント……で、えぇんか? なぁ?」
「えっ? それって……あ、龍を倒したら、ポイントが貰えるんですか?」
金にがめつい虚無僧だが、確かに先立つものはカネか。
「よし、HQっ! HQっ! 応答せよっ! あの火ぃ吐く龍失格ドラゴンを倒したら、ポイントとか入るんすかぁっ! 補足お願いしまーすっ!」
「えっ? そんなことしても――」
『――はいっ! お答え致しますっ! えぇっと……どうでしょうか? 稀崎さん』
『今、会計監査から返信がありました……与えたダメージが数値化できるため、その比率に応じてポイントを配布、止めを刺した人には撃破特典として……20万ポイントが進呈されます』
『20万……これは、一年生にとっては喉から手が出るか……はいっ! 以上になりますっ!』
コンパクトに応答が終了する。
「……20万、えっ? マジ?」
「倒して優勝は絶対無理だけど……止めを刺すだけなら……」
「20万あったら、人気の区画でも4か所解放できる……」
「当分食費を考えなくていい……色んな食材が買える……」
「純羊毛の筆二本かぁ……こりゃ、久々に本気出すかぁ……」
「僕はどう考えても無理だろうなぁ……」
「こ、この人達は……」
能見さん以外明らかにモチベが上がっている一年生諸君。
「そ、それよりも皆さんっ! 町がもう……」
「うるっせぇなぁ……おいマヌケ、とっとと雨降らせろよ」
「えっ? え…………あ」
煙管の先っぽで小突かれて、我に返る。ちょっと先月で曜日感覚破壊されたんよ。
「サーセン。っ……インビジブルレインっ!」
「「「「―――っ!」」」」
今思うと申し訳なかったが、いきなり叫び出した俺に、ゴリラも含めて一年生女子がビクっとする。
やや小降りな雨だが、それでも大分見える景色に変化が感じられる。
「え…………はっ? この雨、太刀川先輩が降らせたんですかっ!?」
想定内だが、既にキレ気味の柳瀬さんは、そろそろキレますよと言わんばかりに詰め寄ってくる。
「イ、インにビジブルな、レイン……うあ、かっけぇ……」
「そう、ですね……不覚にも見惚れてしまいました……」
「感性ぶっ壊れてんのか、こいつら……」
止めてくれ。俺だって恥ずかしいんだから。いや、ちょっと離れて詠唱すればよかった。
「っ、ちょっと! 貴女、何で、副会長の……手を……」
ごく自然な流れで手を繋いでいる俺とナギに、苦言を呈する能見さん。これが正しく、委員長気質という概念だ。意外と実在している。
「あぁ、こうしてると濡れねぇんだよ」
「え……マジすか?」
「あ……本当だ……」
「し、失礼、致します……」
「やっぱ人多いなぁ……」
ナチュラルに傘機能を備えた虚無僧以外の全員からタッチされる。人生で何回かやった色鬼で、偶然カラフルなシャツを着ていた時のことを思い出す。そして今の五十嵐さんに肩を掴まれると、若干危機感を覚えるのだが。
「よし、もうこのノリで行くぞ。俺は触れないから、皆で存分にダメージを取れ。その上で……まず、一番の注意事項は何だ? はい、一之瀬っ」
「はいっ、龍の炎っす」
「ぶっぶー、不正解です」
「うぜぇ……」
「正解は中原。いいか? 今のアイツを人と思うな。ヤツは触れる者全てを斬り裂く白刃のような何かだ。近付いたら高確率で殺られるぞ。今だって、寺の近くにいるのにアイテムガン無視で龍をボコってる。でもシステム的にダメージはあまり通ってないはずだ」
「俺とシンが寺でその何かを探す。てめぇらはヘイト稼ぎながら体力を削れ。その装甲が剥がれたら、後は囲んで始末するだけだ。三人以上同時に掛かれば、空中で狙われても何とかやり過ごせんだろ」
「「「はいっ!」」」
三人の返事が滅茶苦茶よろしい。そういえば、稲垣君も修行部だった。能力は確か、食べられる草と食べられない草を見分ける、というものだったか。その話が転じて一回だけ修行部の連中と山菜採りに行った時、無双していたのを覚えている。天ぷらはとても美味かった。
「あ、っていうか、悪いなナガレ、雨降らしちゃったけど、頑張ってくれ」
「まっ、当座は仕込んだ分でやりますわ」
顔は見えんがまぁ大丈夫か。こいつ強いし。ナギも乗ってくれてるようだし、この路線で行くとしよう。
「はいっ、んじゃ、口約束程度だけど暫し共闘ということで、お互い手元が狂ったりしてバトルに突入しちゃったりしたら……まぁノリで」
「何か……そう口に出されると不穏なんですけど……」
「わかりました。龍を討伐するまでの共闘を受け入れます」
世知辛さを早めに知ってしまいそうな柳瀬さんと、直の絡みが少ないが故の素直さを示す能見さんのコントラストは中々。
兎にも角にも、我々一、二年連合軍は、城に火の手が回らない内に行動を開始するのだった。
※
日本における伝説上の存在である龍には、81枚の鱗が備わっているという話を、近隣に住むお婆さんから聞いた覚えがある。その中で、龍はそもそも人間を襲うような存在ではないとのことだった。
「……」
故に、目の前の異質な存在と、話に聞いた龍との間には全く関連性はないと考えられる。ただ、それでも鱗自体は存在するので、喉元にあるという1枚の鱗、所謂逆鱗を狙い斬っているが、やはり補足説明にもあった通り、短刀の通りが悪い。
逆鱗に触れなくても激怒する龍は、自分に向かって炎を吐き出し続けているが、被弾するような速さと範囲ではない。それでも、区画一帯が燃やされ尽くしてしまえば、酸素濃度の面で問題が発生してしまう可能性は否めない。
「――っ」
これもシステム上の問題なのか、寺の敷地内には炎を放ってこないため、その仏殿の屋根に着地。今の一撃で、短刀を逆鱗に振った数は50の大台を突破した。龍は私の方を睨みながらも、少し離れた家屋へ炎を吐き出している。
「……」
端的に所感を述べれば、面倒なことになった。
私が区画の端へ投げ捨てた銀の玉が、龍を弱体化させるアイテムであることは明白であり、その回収は不可能。100度斬り付けても先が見えない場合は、捨て置いて本来の目的へと切り替えることを決める。だがせめて、刀があれば。
「っ」
その時、放たれた一本の矢が龍の喉元へ直撃し、弾かれる。先程と変わらず、ヘアアイロンで飛行した能見さんによる一撃だった。その下、初弾で燃え、先輩のエネルゲイアにより鎮火された家屋の近くには、残った参加者の姿が見える。つまりは共闘するということだろう。
「――中原っ、一旦龍を倒そうって話になったんだけど、どう?」
「……」
そして正面から入ってきたのは三人。先頭の男は言うに及ばず、巨大な金棒で武装したナギ先輩に虚無僧の流山君が二歩後ろに続く。
「先程から何度も攻撃していますが、ほとんどダメージが通らないようです」
さすがに対話まで拒否するのは困難な状況と判断したが、正直共闘については前向きには考え難い。
「あん? 何言ってんだよ? だからこの寺にあるっていう何かで龍を弱らせんだろ。何で縛りプレイなんかしてんだよ……」
「姐さんがその身なりで縛りぷれい言うと、別のを想像してまうなぁ」
「何だぁ? コイツの試し打ちに付き合いてぇのか?」
「怖っ……せやから、共闘言うたやないですかぁ……」
相変わらず、ナギ先輩に対してもかなり挑戦的な発言をしていく流山君。彼のような言動を、飄々としている、と形容するのだろう。軽口を誤魔化すように、そそくさと仏殿の扉をこじ開け、中へ入っていく。
「いや、っていうかその中にアイテムが眠ってんのか。仏像とかだったら嫌だな……」
「そんな罰当たりなガキじゃねぇだろ」
至極当然な話だが、来訪の目的は一つしか考えられない。
「そこに奉納されていたと思われる銀色の球体なら、既に失われました。予備が用意されていれば別ですが、おそらく探しても無駄だと思われます」
「失われた? そりゃつまり、てめぇが隠したって話か?」
「いやわざわざ隠さんだろ」
確信している様子でそう言われるが、確かに隠すという発想はなかった。
「はい。隠した訳ではありません。開始まもなくの時点で発見し、区画の隅へ投げ捨てたので、失われたと表現しました。該当座標は、既に安置外です」
「「はっ?」」
意外そうな顔で声を重ねる二人。逆にこちらが意外で、少し首を傾げてしまった。
「おいおい何やってんだよお前……それじゃもう無理ゲーじゃねぇか……一年生連合が知ったら恨まれるぞ……」
「ま、面白れぇから許すけどよぉ、用途もわからねぇ内に破棄するたぁ、普段一緒に依頼を回ってる指導者に恵まれてねぇんだろうなぁ」
「何で俺を刺すんだよ……どうせギミック自体が戦闘の邪魔だから作動できないようにしたんだろ。ただ、今回は裏目ったなぁ……イベント戦闘でキーアイテムなしって感じだし」
「概ねその通りですが、個人的にはあの龍にそれ程関心はないので、特に後悔はありません」
会話を経て整理されたのか、今ここにおいては、それが正直な気持ちだった。
「とは言っても、さすがにお前以外の全員が龍にターゲッティングしている状態じゃ、戦闘を仕掛けるのは本意じゃないんじゃないか?」
「不意打ちマニアがどの口で言ってんだよ」
「……」
ナギ先輩の指摘は一旦置いても、確かにその通りではある。それに加えて、一対十一では万に一つも勝ち目はない。
「龍を倒し、その身が完全に消滅するまでの共闘、という理解でいいのですか?」
「うん。それでOK」
何となくだが、考えていることがわかる。おそらく向こうも同様であろう。
「一つ、条件があります」
「何?」
「この短刀と、その刀を交換して下さい」
これは半分リスクでもある。短刀の刃渡りは、先輩が最も使い慣れた得物のそれに近いからだ。だが、それを含めてもあの野太刀は魅力的だった。
「おっ、マジで。実はそれ、俺からも言おうと思ってたヤツ」
そう言いながら、武士とは思えない気軽さで腰の刀をこちらへ放る。和服が似合っていないこともないが、やはりこの男の内面に侍の要素はない。
「では、共闘を受け入れます」
こちらも短刀を放り、野太刀の刃を確認、この場面に適した、厚みのある刀身だった。
「ただまぁ、火力的にイケるのかはわからんな……」
「持久戦になったとして、前回よりも長くなるこたぁねぇだろ」
「少なくとも、俺はそう信じてる」
そうでなくても、龍との泥沼戦を8時間は勘弁願いたい。それはおそらく、場の者の総意だと思われる。
私は、衣装にはやや不釣り合いな大太刀を腰に差して、黒い雲に覆われた頭上を見上げた。