ナギ先輩が金棒を投げ付けた時はどうなるかと思ったが、間髪入れずに放たれた能見さんの矢は、金色の眼球を完全に捉え、弾き飛ばした。感情的にはあり得ないと思ってしまうが、二人の連携だったのかもしれない。
目の色が揃ったというのに、龍は今までよりも一際大きな咆哮を上げながら、空中をのたうち回るように激しく飛び、某ハンティングゲームにおける怒りモードの如く、わざわざ近付くのは憚られる。
『これは思わぬ連携かぁっ! 能見選手自慢の一撃が、龍の目に直撃ぃぃぃっ! これでっ、伝説の龍の力、その一部が封印されたと思われますっ!』
『連携も含め、見事の一言です……以前より、彼女も間違いなく実力者と目されておりましたが、今の一射はそれを示すに足る心技体であったと言えるでしょう』
その言葉の通り、これで理不尽とも思える装甲とやらは剥がされたと見てよいだろう。私はうねりながら城の方へと飛行していく龍を追い、正門の屋根上に立ってタイミングを見計らう。
「ナーイスヘッショっ! さすが弓全一。こりゃ本気で斑鳩と共同開発もアリだな。ナギ、草履と足袋、頼む」
「ったく、調子のいい野郎だぜ……」
「っ…………」
こちらも危険を察してすぐに離脱したのか、二人を両手で抱えて降ってきた先輩は、屋根の下に着地して、スムーズに二人を下ろす。毎度の展開だからか、この男は人を抱えるのも下ろすのも無駄に丁寧で上手い。やはり何事も、慣れと頻度ということか。
「おい、何惚けてんだよ。さっさと受け取れ」
「えっ? あ、はい……ありがとうございます……」
確かにボーっとした表情で固まっている能見さん。声を掛けられ、慌てたように脱いでいた草履と足袋を受け取る。
「うーん。立駐の時の柳瀬さん現象か……でも、今までもこういう場面で決めてきた側の人間だと思うんだけど……」
「どうだろーなぁ……たまに黄泉へ来た時も、基本は後方支援だからな。お世辞にも荒事の前線に慣れてるとは言えねぇぜ」
本人としても、そのような自覚あっての本イベントへの参加だと、自分は聞いていた。何となくだが、彼女もその内、学生会に入るのかもしれない。
「――あ……いえ、この程度のことで、申し訳ありません……そう、でした……副会長に、中原さんは、普段からこのようなことを……っ……改めて、頭が下がります」
「えっ?」
「……」
言葉の通り、裸足のまま先輩の方へ向き直り、深く一礼する能見さん。上から眺めなくても、違和感しか覚えない光景であった。
「おい……勘違いが深まってんじゃねーか……」
「いやまぁ、それは置いといて総攻撃チャンス――と同時に、不思議と龍からの熱視線を感じなくもないな……しかも、両目銀色の方が似合ってる」
目に関しては、まぁ同感ではある。
「何も不思議じゃねぇだろ。あれでヘイトが向かなきゃ文句なしのバグだ」
「だな……よし、中原。やっておしまいなさい」
「っ……了解しました」
出た。唐突な謎のロールプレイ。
だがしかし、指示自体は言われるまでもないことだったため、文句は喉元に留めて屋根瓦を蹴る。そしていみじくも、一直線で龍の喉元へと肉薄、ナギ先輩の言葉通り、ヘイトは私には向いていなかった。
「――っ!」
首を落とすつもりで跳躍したが、記憶の引っ掛かりからか、即座に判断を改め、何度も斬り掛かった顎下の出っ張りを一振りで切断する。全身に確かな手応えを感じながら、龍の鼻先を蹴って城の方向へと跳び退く。
「―――――――」
ある程度予期していた通り、距離を離しながらも、轟音が耳へと届く。
龍は先程と同様か、もしくはそれ以上の激しさで咆哮を放ち、再び宙を狂ったように蛇行する。これに関しては、設定に準拠した作りとなっているらしい。
「っ……」
「何でわざわざ逆鱗を狙ったんだよ……」
指示通りに動いたというのに、先輩の表情は少々冴えない。
「強いて言えば、レア素材だからでしょうか」
「急にゲームの話止めろよ……」
意趣返しではないが、こちらも軽口を返しておく。
「――ちょ先輩っ! 折角防御0んなってもあれじゃ近付けないじゃないっすかっ! 宥めるか弱らすかして下さいよ……」
笹森君と柳瀬さんが困り顔で宙を仰いでいる中、クレームを付けるように一之瀬さんが声を張るが、先輩の表情に取り合う意思は感じられない。
「安心しろ。時間経過で怒りは治まる。少なくとも、ゲームではそうだ」
「いやコレ、そもそもはバケモンじゃなくて先輩二人を狩るゲームなんすけど……」
「今更だけど、バケモノ狩りよりよっぽど難易度高いって話だよね……」
「……」
その表情とリンクした言語反応。共闘を反故にして斬り掛かるなら、今かもしれない。
「「「―――――っ!?」」」
突如、身体が何らかの刺激を受け取り、気付きを得る。
その鋭い気配に、先達二人と共に右方へ視線が誘導される。
「ナガレ……アイツ、ガチモードじゃね?」
「あぁ……何がどうなってんのかは知らねぇが、ちまちまと準備してたのは本当らしい」
「……」
宙に浮く数枚の和紙に正座している虚無僧。その頭上には「三度笠」と書かれた和紙を「巨」の文字が十数枚で囲んでおり、字は蠢くように混じり合ってその通りの巨大な傘が、付き従うように追随する。
「一筆……入魂っ!」
硯から筆を離した流山君の右腕が動き出す。それはここから見ても流麗で、速くもなく、遅くもない。何故か、目を離す気にならない存在感を含んでいた。
やがて、残心のような緊張を置いたまま離れた筆の動きが、静止する。
「破っ!」
優美な所作が途絶し、荒々しく掲げられた和紙には「虎」の一文字。
「「「「――――ウマっ」」」」
先輩二人とトレジャーハンター部二人、四人の感想が重なる。一瞬、字を読み違えているのかと思ってしまった。
雄々しさが込められた文字から産み落とされるように巨大な虎が出現し、その背に虚無僧を乗せて空を翔ける。目算による体長は、少なくとも4メートルを超えている。
「20万ポイントォォォォォッ!」
金の亡者の叫びに応え、虎は龍の喉元に喰らい付き、勢いもそのままに高度を下げながら前進し、龍虎共々城の下層へと激突、激しい衝突音と土煙を巻き起こし、動きを止める。
しかし、衝突の瞬間を見る限り。
「先輩……」
「うーん……調子に乗ってスプラッター表現に触れたか……せめて手綱でも用意してあれば……まぁ本人も反省するだろう」
「とは言えだ。半分位は持ってったんじゃねぇか」
二人の感想に加え、目に映った幾何学模様の螺旋と光、流山君は脱落したと見て間違いないだろう。残念ながら、20万ポイントを取りにいった賭けは、伸らずに反ってしまったらしい。
『さすがは一年最強との呼び声も高い流山選手っ! 龍には虎というエンタメへの配慮も忘れない記憶に残る特攻でしたぁぁっ! しかしっ! こちらで確認した限りでは、不運にも砕けた瓦で小指と薬指が切断されてしまい、無念のリタイヤとなってしまいましたっ!』
『ルール上、仕方ないとは言え、残念な退場となってしまいました。しかし、彼なら、すぐに気持ちを切り替えてくれることでしょう。先のダメージ分のポイント精算も、興味深い所です』
公式にも、彼の退場が確認された。重ねて、残念ではある。
「っていうかもうアレ、半分じゃなくて瀕死ライン超えてるっぽくね? 多分捕獲できるぞ」
「えっ? それって、つまり……」
未だ半壊した建物から脱出できずに藻掻く龍を見つめながら、一之瀬さんが呟く。
「そりゃお前……早い者勝ち、ってことだなぁ……」
ナギ先輩が現状を一言で表現する。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「「「「――――っ!」」」」
微妙にノリ切れず、半歩遅れて駆け出す。
『やはり世の中カネかぁっ! 一之瀬柳瀬笹森中原ぁっ! 一年生が横一線でスタートしましたぁっ!』
『中原選手はやや消極的に見えますが、それが逆に均衡を生みそうではありますね』
実況の通り、少し前を行く三人の動きには、普段感じられない躍動感が見える。これが勢いというものなのだろう。
町娘の得物は、私のよりもやや刃渡りが短い鞘付きの包丁、自炊はしないという二人だが、それでもまだ扱い慣れた刃物であると思われる。笹森君は言うに及ばず標準的な刀であり、現状を見渡せば、誰しもが龍に対する十分な殺傷力を有している。
龍が落下したのは建物の二階部分、既に場所を捉えている我々は、遠目から一足飛びで目標との間合い近くまで迫る。また、これも勢いか、舞っていた土煙も大分収まり、中の視界もある程度は確保されている。
「っしゃあぁぁおらっ!」
先頭の一之瀬さんが姿勢を低くして龍の前足を掻い潜り、すれ違い様にその頭部を切り裂く。動きとしては見事だが、包丁ならば刺突が有効であり、実際切り口は浅い。
「「――――っ!」」
「―――――――」
やや遅れて第二陣、柳瀬さんと笹森君が頭に近い胴体部分へ得物を突き刺すと、堪らず龍は強引に飛び上がり、宙へと離脱を図る。
「――張っといて言うのも何だが、満場一致の予想通りとはつまらねぇ……俺が潰すまでもねぇな」
しかし、上昇は艶やかな着物姿の花魁に阻まれる。色気を含んだ嗜虐的なその表情は、同性から見ても、心臓が跳ねるような美しさだった。
「―――――――」
頭の中央、眉間部分を右足で踏み締めたナギ先輩は、離れ際に能力で軽く龍を押し戻す。憐れな神獣は咆哮を上げる余裕もなく再び地へ伏すように落下する。一方、華麗に宙へ舞った花魁は、その身を雨で濡らしながら、ヘアアイロンに乗って控える武士の腕の中へと戻る。
「――っ!」
場の誰もが、再びの好機を悟る。
何となく自分が刀を抜く必要はないと感じていたが、ナギ先輩の笑顔に火を付けられたのか、気付けば抜き身の一刀を手に、龍の首筋へと肉薄していた。
「―――――――」
既に死に体の龍の首を斬り落とす。この刃渡りで切断できる、ギリギリの太さだったように思える。
「……っ……ハァ……フゥ……」
本日、何度も目にした演出で龍の巨体が光に包まれるのを確認した瞬間、頭の中が自動的に切り替わり、一つ吐き、一つ吸い、集中を高める。
「……」
約5メートル頭上、抜けた天井を通して、雲間から降る光が視界を照らす中、ヘアアイロンから降りた付き人の浪人が、主の花魁を屋根上に下ろす。
「「―――――――」」
その時、今日一番の獰猛な笑みを浮かべるナギ先輩の鋭い眼光と、一瞬視線が交錯した。
※
最後は我々人類が古代から誇る戦術、包囲集団フルボッコが炸裂、MVPは尊い犠牲となった虚無僧ナガレとしたいが、とりあえず龍を撃破した。
俺は能見さんに目で合図し、二階部分の屋根でドSな花魁を下ろす。
トドメは誰になったのかは、微妙に暗くてよくわからなかったが、少し遅れて一気に明るくなった空が、消えゆく龍を日差しで見送っている。
が、そんなことはどうでもいい。
尾っぽの方からドミノ倒しに霧散していく龍の頭部が完全に姿を消した瞬間を、俺はしっかりと確認した。
「――――シッ!」
「っ……」
右足の踵で首を刎ねるような後ろ回し蹴りを、俺は後方スウェーで躱す。
「チッ、てめぇ、騙しやがったな……」
「いや、逆じゃ――ねっ!?」
「――くっ!」
ロケットみたいに突っ込んできた中原の野太刀を、逆手で抜いた左の短刀で受け止める。右方零距離の中原、左方2メートルのナギ、鍔迫り合いをしながらの警戒は骨が折れるが、気を抜いた瞬間に持っていかれる致命的な体勢である。
「ハアァッ!」
「っと」
「――っ!?」
ナギの右ミドル、そのモーションを確認した瞬間、左手の短刀を野太刀の鍔へと滑らせながら右脚を軸にバックターン、刀をいなした流れのままに、左肘で中原のこめかみを狙い、予想通りの回避行動を引き出せた。
「――っぜぇなぁっ!」
「――うぉ危ねぇ」
間に挟まった後輩を気遣い、ミドルキックを寸止めしたナギは強引に身体を捻って跳び上がり、高速で横回転しながら右脚を振り回してくるが、全力で跳び込み前回り受け身を取って何とか掻い潜って立つ。
「チッ、おい中原、てめぇ何使われてんだよ」
「…………すいません」
怖っ。その発する圧と鋭い視線から、明らかに色んな感情を抑え込んだ謝罪の言葉だったと見受けられる。っていうかナギの方も、手錠ルールのことを忘れているのだろうか。いや、おそらく俺が離れられないことを確信した上で仕掛けてきたと見て間違いない。
「ったく、今日ばっかりは仲良くしようって言ったのに……」
「俺は秒で不参加を表明したぜ。つまりだ。嘘を吐いたのはてめぇって話だ」
「えっ?」
考えてみれば、確かにナギは嘘を吐いてはいない。逆に俺は、口では仲良くしようと言いつつ、裏切るタイミングを予期し、身構えていたことになる。
「うーん…………あー、ワンチャンそうなるのか……いや……ごめん」
「っ、ぅるせぇっ!」
「っとぃ」
怒りのローキックを下がって避ける。どうでもいいが、瓦屋根の上は意外と戦いやすい。いや、逃げやすいの間違いだった。
『私、実はこうなる気がしておりました……龍を屠ったことなどどこ吹く風っ! ハンターデスマッチっ! クライマックスは、ターゲットの仲間割れだぁぁっ!』
『視聴者の一部にとっても、想定内の展開だと思われます。この二人の関係性は少々複雑で、談笑しているかと思えば、次の瞬間には全力の攻防が繰り広げられるという場面も、決して珍しくはない……おそらく、他者が踏み入る領域ではないのでしょう』
『いやはや……最近ではそうでもなくなってきたと勝手に感じておりましたが、認識を元に戻したいと思います』
「っ……な、何故っ!? 穂村ナギが副会長を……こ、これはどういうことなのですかっ!?」
「多分だけど、そもそもこの学園にはルールなんてないってことだと思う……」
「お、俺達……どうしたらいいんだ?」
「笹森さぁ、ちょっとアレに乱入してきてよ。それを見て、アタシも考えるから」
「いや、巻き添えで退場する未来しか見えないって……」
眼下の一年生に関しては、若干心が折れ気味か。まぁ来たら肉壁にさせてもらう気満々ではあるが。
「……4メートルの縛りがある以上、持久戦に持ち込めば……」
「そうだな……たまにはネチネチ殺るのも悪くはねぇかもなぁ……」
「うわ最悪……」
そもそも結構相性がよろしい二人。たかがイベントということで、共闘して俺を潰す気マシマシなご様子。まぁ、この程度で卑怯と捉える者は、学園戦闘員には存在しないであろう。
慎重に構えるナギ、霞の構えで逆に防御を固める中原。この場面、普段なら脱兎の一択に尽きる。でもあの痛みはナギ的にはナシ寄りのナシらしいし、どうしたものか。
「「――っ」」
「ぅわきっつ」
軽く当てにくる中原の斬撃を取捨選択しながら適切に避けて弾く、その間を縫って最もやらしいタイミングで蹴りを放ってくるナギ。小手被弾でも終わり、前蹴り喰らっても終わり、クソゲーが過ぎる。
「――――――」
「――――――」
「――――――」
チエっち、李教官の教え、受けるべき斬撃、受けてはいけない斬撃、これらに経験則をチャンプルさせ、最新の対能力者仕様に落とし込む。が、それでもこの二人の変則的な攻撃を完全に読み切ることは不可能と断定した。
それでも、俺の理想は勝つよりも凌ぐことに重きを置いている。何故なら、一時間も耐えれば互いにウンザリするからである。相手がそう感じることこそ、俺にとっての勝利。
本命を担当する順番がランダムなのが最も厄介なファクターか。袈裟斬りは絶対躱す、逆袈裟は受けるが努力目標、横薙ぎは最早向こうが選択肢から外した、コンパクトな突きが効果的な緩急を生み、ナギの蹴りの精度を後押ししてくる。
事実、数発は頂戴していても何の不思議もない。そう考えると、結構運がイイのかもしれない。
3分程受け切った時点で和服はもうボロボロで、大分再仕官先の決まらない浪人らしい風貌になってきた。少なくとも、一時間このまま凌げる確率は三割を切ると言わざるを得ない。
「さて、どうしたもんか…………」
「……」
「……」
両者共にそもそも人外クラスの体幹、それに加え、ナギには馬鹿みたいな天性のカン、中原には幼少から編み上げた技がある。無言でどんどん連携を深めてくることにも、特に違和感を覚えたりはしない。しかも、相手の劣勢を察する嗅覚もこの上なく鋭い。
そして今更だが、中原は練度の差を能力で補ってむしろ上回ってくる。もしかしたら、来年の今頃も同じようなノリなら、近接戦闘は逃げ確定となるのかもしれない。
総合すると、つまりは日和ったら一気に終わるって話だ。
「い、いや…………あ、あの人、マジでヤバくね? ほとんどその場から動かずに凌いでる……アタシだったら絶対100回以上死んでるんだけど……」
「えっ? そう? 私はもう絶対バケモノだと思ってるから、これ以上は別に驚かないけど」
「や、柳瀬さん、でも……目が……その……」
「…………あれが、副会長の防御技術……」
『っ…………あ……こ、これは……何と言えば……』
『いえ、つい魅入ってしまいましたね……だとしても時間の問題……常に、薄氷を踏み続けるような防御の連続……それでも、攻める二人の動きに全く甘えが見えません。このままでは、凌ぐ側が厳しいと言わざるを得ないでしょう』
「――っ!?」
右手を狙った無拍子的な突きを反射で躱すが、ここで致命的なミス、短刀を握った左手側からの蹴りの気配に、カウンター、柄での受け、回避の三択で迷い、対応が遅れる。その中身は、一瞬つい癖でナギを気遣ってしまったこと。今更かよと内心で苦笑が漏れる。
「チッ! ハアァッ!」
「っと」
完全にチェックメイト。唯一の逃げ道である上を強制セレクトした俺は、中途半端な跳躍でフェイントからの蹴りを一応やり過ごす。2メートルのY軸距離を隔てて、ナギのキレた顔と目が合う。これはまぁ、気付かれてますねぇ。只々怖いっすねぇ。
「――――っ!」
「ちょ――ん」
正面から追っかけて跳んできたナギに、上空へと搔っ攫われるように抱き着かれ、ガッチリと身体をロックされる。多分噛み付かれたら終了コースか。
「ちっとでも動いたらエロいベロチューすんぞ?」
「――ちょっ!?」
想定外の斬新な方法で心理的に拘束される。いやでも、そんなこと言われても諦める訳にはいかないし、動いてしまってどういう結果になったとしても俺に落ち度はないんじゃないかって思うんだけどでもレイカとかが見たらきっと酷いことになっちゃうだろうし――
「――中原っ! 諸共真っ二つだっ!」
「――っ!」
「おいおい何かで見た気がするやられ方だな……」
為す術なく、俺は空中で花魁に上から押さえ込まれ、万事休す。ちなみに、城はかなりの高さがあるようで、最上層の天守閣を左手に、まもなく最高到達点か。下からかっ飛んでくる暴力くノ一の気配がピリピリと迫る。
「………………っ……うん?」
何となく、遠くから視線を感じた、気がした。なので、少しだけ首を左の方へ傾けてみる。
「――――っ!?」
天守閣の一番上、バルコニーと呼んでいいのかは定かではないが、そこに人影が。ただ、既に俺らを追い越した中原がスイカ割りみたいに野太刀を振り被っている。
「姫っ?」
「あん?」
「――――っ!?」
信じられないことに、中原の振り下ろした一刀が、何かに衝突して弾かれる。
「えっ? ウルツァイト窒化ホウ素?」
「んだそれ?」
零距離で、ナギが首を傾げる。だが間違いなく、一緒にぶった斬られるはずだったナギの背中の上には、赤茶色の岩石が存在している。
「――くっ」
反動を利用して立て直し、すぐに空中で二の太刀を構える中原。俺は瞬時に、ナギの背中に手を回し、体勢を左へ向けて能力を発動する。
「チッ、てめぇ」
「いやほら、一撃目は受けただろ?」
ナギと一緒に吹き飛ばされることで、天守閣へと距離を取り、バルコニーへ到達、ギリギリまで距離を取って着地する。
「やっぱ麻月さんじゃん」
「何でてめぇがいるんだよ……」
向こうは隙を見極めようと、こちらは隙を見せないようにと会話を交わす。
「――任意乱入権というルールらしいわ」
クールに即答する女性。薄桃色の髪に同色を基調とした豪華な着物は似合っている。が、端的に、歩くのがとても大変そうだと思った。
「それにしても、何で十二単なのよ……私だけ時代が古いじゃない……」
「まぁでも、かなりイイ感じっすよ」
とりあえず、本人はあんまりお気に召してなさそう。
『最後のギミックが最後の最後で発動っ! 出場してほしかった人ランキング一位に送られる、任意での乱入権だったので、本人にその気がなければ参戦はなかったのですが、こんな形で助太刀とはっ、誰が予想したかぁっ!』
『私も驚きましたが……なるほど。彼女はシンに借りがあると常々言っておりました。それを返すタイミングが、今だったということでしょう』
「っ……確かに、まだ借りを返せたとは思ってなかったし、そういうことにしても、いいかもしれない」
衣装が桃色姫でも、生来の真面目さは揺るがない麻月さん。
「で、こりゃ一体どういう風の吹き回しだ? 普段目の敵にしてるコイツを助けるなんてよ」
「今思えば、放っておいてもよかったかもしれない。けど、時間が経てば私がこの男を殺す訳だから、どうせなら最初がいいと思って。それに、追い詰められて尚、フェミニスト気取りを止めない所も不快だった。まとめると、自分で殺したいから助けた……矛盾してるかしら?」
「イイんじゃねぇか。別に文句はねぇよ」
何故か笑顔の二人。
「それ、俺がいないトコで話してほしかったんだけど……」
てっきりデレ期に入ったとばっかり思っていたのに。いや、それはさすがに嘘ですが。
「それより……」
「うん?」
それは普段、アオイちゃんと話している時に向けてくるうっとおしそうな表情と視線。どうやら、さっきの発言に嘘はなかったらしい。
「私今、煮物を作ってたのよね……特に危険はないけど、あまり長居すると、汁気が全部飛んで、焦げ付いちゃうの……」
「っ……なるほど……」
俺としても、現状では勝ち目がないことに変わりはない。だが、そうは言ってもどうしたものか。
「っ……何だ五十嵐か……」
「えっ? あ……」
三階部分からこちらを窺っている中原よりも更に上層、五十嵐マウンテンゴリラは、何故か天守閣最上層を目指すように無警戒で近付いてきている。おそらく、その存在により、くノ一の奇襲が先送りになっているのだろう。
「……あまり理由は考えたくないけど、あの人、エネルゲイアを発動中に私の存在を認識すると、何処までも追い掛けてくるのよね。別に、悪い人ではないけど……」
「えっ? 何で……あ」
「……」
十二単の長過ぎる袖から少しだけ見える右手の人差し指。その余りにもゆっくりとした軌道と描かれていく光の線は、既に長期記憶へとガッツリ格納されている色褪せない化学式だった。
「えっ……と……」
だが、そんな隙がこの場に存在するのだろうか。今もナギと中原は俺の首を落とさんとその機を狙っているというのに。
「カンニングは忍びないけど、そろそろ頃合いね……」
「っ……」
そう呟いた麻月さんの視線の先は、バルコニーからもよく見える屋根の上のゴリラ。
「「「―――――――っ!?」」」
突如、理解不能な光景が目に映る。
何の前触れもなく、マウンテンゴリラが農民へと変化した。明らかな異物に対し、反射的に場の視線は一人の男子へと集中する。
「だ、誰だ……五十嵐じゃ……ねぇのか――っ!?」
サッパリわからんが意図は察した。なので俺は、ナギへと突っ込み抱き締めて跳ぶ。
「次はこっちの番だ。少しでも動いたら、4メートル以上離れますっ」
「――っ!? っ……このヘタレが……」
言葉とは裏腹に、俺の懇願するような必死さが伝わったのか、ナギはつまらなさそうに矛を収めてくれた。なので、左腕で抱いて右手を伸ばし、全速力で光の線を描く。
「っ!? てめぇ、始まる前に!?」
そう。常駐コピー枠の佐藤パイセンが本行事において戦力外だと悟った俺は、唯一捉まった麻月さんの能力をコピらせてもらっていたのである。まぁもちろん、この展開は想定外も想定外だが。
「なるほど、佐々岡君か……じゃ、実は一回やってみたかったヤツ――――」
「あん?」
既に効果範囲外へ逃れられる者はいない。下層にいてもきっと無理だろう。
ゴメン、佐々岡君、座標を指定したのは自分ではありません。
そう心の中で言い訳を呟きながら、俺は化学式をイメージに重ね、後は姫に託した。
「――――爆発オチ」
とりあえずイグニッション。
「「――――――――」」
何か紫色の光を浴びた気がしないでもないが、次の瞬間、俺はマットレスで寝っ転がっていた。以上の情報から、現実世界への帰還を確認。まぁ身体が塵と化した訳だから、文句なしの再起不能リタイヤであろう。
「おいてめぇマジでふざけんなよ……何なんだよさっきのはよぉ……」
無理やり叩き起こされたような雰囲気で、ナギがテントから顔を出す。花魁も良かったが、普段通りの方が落ち着くことは間違いない。やはり非日常は限定的であってこそか。
「とりあえず本配信観ようぜ」
枕元に置きっぱだったラップトップをちゃちゃっと操作し、お互いに見やすい位置に置く。
『――りませんが、唯一の生存者である中原選手の優勝と相成りましたぁっ!』
「えっ? 何故に……」
「何でアイツは無事なんだよ……」
城というよりは世界観全てが消し飛んだ跡地に、その唯一の名残となったくノ一が立っている。抉れた地面だけが一面に広がる場において、真紅のくノ一姿はとてもシュールに映る。
『起きた現象への理解が未だ追い付きませんが、どうやらシンと乱入者の麻月選手によるものだと思われます……やはりこういう時にリプレイ映像が欲しくなりますね』
『全くです……で、では……中原選手っ、今の気持ちをお聞かせ下さいっ』
若干起きたことに対するキャパオーバーが見られるが、放送部部長はとりあえずの勝利者インタビューを選択した様子。
「月並みですが、試合に勝って、勝負に負けたというのが、端的な思いです」
映像を見る限りは只々無表情の中原だが、まぁ色々思う所はあるだろう。
「佐々岡っつったか……そんなヤツいたか?」
直前の記憶を振り返ったのか、寝っ転がったままのナギが質問を投げてくる。
「俺も出場者全員把握してなかったんだけど、見ての通り、出場してたみたいだな。ミミズクに変化するっていう能力だったはず。で、一定のレベルで空腹になると能力が解ける」
「おいおい。俺らが見てたのはゴリラによく似たミミズクだったって話か?」
「だとしたらびっくりだけど、どうなんだろうな……」
フクロウとの見間違いだったら、全然あり得るだろうけど。
『麻月選手が乱入してからも、三人の緊張が途切れた様子は見られませんでしたが、佐々岡選手の能力が思わぬ分岐点になったと見えます』
『これもミュート事項でしたが、参加者は一様に彼を五十嵐さんだと勘違いしていたっていうことですねぇ……無理もないことですが、コメント欄で解説してくれている方も何人かいました。これは、感謝ですね』
『彼は登録制度を利用しているため、言及することに問題はなさそうです。どうやら、空腹になるまでの間、ミミズクに変化できる能力が、実は季節毎に変化する動物が変わる仕様だったとのことです』
『はいっ、そしてご覧の通り、七月から九月までの間はミミズクではなく、マウンテンゴリラに変化するという、奇しくも五十嵐さんと一時的に重なる能力……凄い偶然ですね』
「――だって?」
「爆発よりも下らねぇオチだ……」
もうどうでもいいといった様子で不貞寝に入るナギ。
「中原もどうせ、忍者だから変わり身でバックレたっていう話だろ?」
「おぉよく分かったなぁ。今正にそう言っている」
本人の性格を考えれば当然か、そう話す中原の表情は釈然としない感じ。まぁ素人には無表情に見えるんだろうが。
「――なので、是非優勝ポイントは次の行事へ引き継いでいただければと考えております」
「あん? おい今あの野郎何つった?」
「何か、自分は俺もお前も倒してないからポイントを受け取るのはいかがなものかって言ってる。収拾がつかないから、優勝自体は受け入れるらしいけど……おぉ何か、メッチャコメント盛り上がってる」
中原の発言に感銘を受けたおじさん達が多数いたのかもしれない。
『お聞きになったでしょうか皆さんっ! 史上初の試みで史上初のキャリーオーバーっ! 今年度はなんという異例続きっ! ただ、これは……どうなのでしょう……当然、私が判断できるような話ではありませんっ』
『っ……これは困った……今返信が来たのですが、好きにしてよいとのこと……では、その指示に従い、今回の優勝ポイントは次回のそれへと上乗せされることが決定致しました』
「マジかぁ……まぁ、次のことは次に考えればいいか……」
今気付いたが、参加者となった俺は行事後の諸々からは本当に解放されているのかもしれない。もしや、報告書を書かなくてよいという展開も期待していいのだろうか。
「よし……」
今日の所は閉店退勤とし、俺はラップトップを落として畳む。
「じゃ、お疲れ会ってことで、ほら、行こう」
「行くって、何処にだよ? あんまし重いモンを食う気分じゃねぇぞ」
「聞いてなかったのか? 麻月さん、煮物を作ってるらしいぞ」
なので、早いトコ戻りたかったらしい。
「だから何だよ?」
詰みは確定しているのに、ナギは悪足搔きに王将を一歩下げるが、もちろん予定調和だ。
「いやだから、凸るしかねぇだろ。俺一人じゃ倫理とレイカが許さない。ほら立って立って。知らないのか? 麻月さん、料理メッチャ上手くなったって」
外堀を完全に埋め立てるべく、アオイちゃんにメッセを送ると、秒で歓迎の返信が来る。今頃、姫が顔をしかめているであろうことは、疑いようもない。
「ハァ……もう今日は抵抗する気にもならないぜ……」
本日の不完全燃焼さにうんざりした表情のナギはそう言い返して、渋々テントから出てくるのであった。