トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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今年度初のスニーキングミッション

 二人の男が無人島から自給自足で脱出する。そのために必要な物は何か。

 

 まず、十分な食糧と水、航海に耐えるクオリティのいかだは必須であろう。

 

「――まーしんどい……生きてるだけで水と飯が必要なのがキツい……この二人が天王寺先輩みたいな強靭な人間だったらなぁ……」

 

「それでは、泳ぐだけで脱出可能となって、ゲームとして成立しないだろう」

 

 確かに。

 

「で、タケルので薪足りる?」

 

「おそらく足りないな。一旦脱出へ割くリソースは全て回収して生命維持へ振った方が賢明かもしれない」

 

「うん、そうしよう」

 

 差し当たって、いかだの材料でイケるのは薪木へ用途を変更する。

 

 そして夜は冷える。葉っぱでも着込みたいが、そのようなシステムはない。

 

「七月も十二日の深夜……経った後は早いって感じるなぁ。あれから1か月……聞いてはいるけど、どんな感じ?」

 

「変化はない。だが、今まで仮説だったものの多くが、事実だと明らかになったのは大きいだろう。組織は閉鎖的な業界で人心を操り、活動資金の調達と陽動を繰り返している。ただ、トカゲでない尻尾を掴むには、もう少し時間が掛かると思われる」

 

 これについては予想通り、レジスタンスの連中も大分動き易くなったんだろうと考えられる。先月は、食糧支援の際に話す機会が無かったから、よく分からなかったのだが。

 

「てことは、何か大きいことを起こす準備をしているって線も、確定?」

 

 これ、木の実一気に採っちゃうとマズいんかなぁ。まぁトライ&エラーしか道はないが。

 

「確定とは言えない。ただ、俺は確信に近い、と言っても、最近では意識して距離を置くようにしている。文字通り、俺の出る幕ではないからな」

 

「色んな側面から苦労を掛けるなぁ」

 

「そうでもない。その点に関しては、ただ目を瞑るだけだ……今日の夕餉も木の実と貝か……現状が続けば、いつ病気になってもおかしくはないだろう」

 

「病気システムあったら終わりだけどな」

 

 ウィキがあるなら見たいが、無論そんなものは存在しない。

 

「にしても、無駄によく出来てる……でも、ちょっと難易度ルナティックじゃね?」

 

「チュートリアルのないことが、余計にそう感じさせるな。しかし、本命は傍受されることのない会話環境の構築だ。最初にも言ったが、別にこれをプレイする必要はない」

 

「いやぁでもこんなんやるだろ。どうにかして釣り糸を作成したい。明日は漂着物を漁りたいな……でも」

 

「あぁ、その前に飲み水の確保だ。プレイヤーの人間はやや水分の消費が激しいという個性を保持しているようだ」

 

「一日2リットルじゃねぇのかよ……ちょっとその人にアプデするように言っといてくれよ」

 

「残念ながら、このバージョンがファイナルらしい。優秀な人間には変わり者も多いと聞くが、彼はその典型だ。共感出来ないこともないが、念願だったらしい」

 

「えっ? 何が?」

 

 とりあえずもう暗くなったから寝るしかない。時間経過15倍速で睡眠シークエンスをカットする。

 

「コレのことだ。傍受不可能な通信をオリジナルゲームのボイスチャットという形で実現することが、彼の生きる目標の一つだった。そういう話だ」

 

「どういう話だよ……それに、作った本人が活用してないだろ」

 

「それが望みらしい。今俺達が用いているという事実が、当人にとっては終着点という解釈で問題ないらしい」

 

「うーん……推しとは現実で対面したくない、みたいな心理かな」

 

「そこはあまり掘り下げなかったが、どうだろうな。機会があったら尋ねておくよ。それより、そちらの方はどうだ? 聞けば、一年生の行事にゲスト出演したらしいじゃないか」

 

「それは随分と湾曲して伝わってんなぁ……あれはもう電脳拉致と言っても問題ないレベルだったぞ……」

 

「表現が穏やかではないな。ただ、盛り上がったのは確かだと聞いた。今度、飯を食いながらでも聞かせてくれ」

 

 こちらはこれから更けるが、ゲーム世界はすぐに夜が明ける。早く安定した食糧供給を確立したい所だが、言う程楽な道のりではなさそうだ。

 

「そうだなぁ……ま、こっちはそろそろ動き出すらしい。会長から、そういう言及があった」

「っ……それは、俺が耳にしても問題のない情報なのか?」

 

「連中には絡まないってだけで、こっちの本筋には普通に絡むと思うぞ? どう考えたって男手が足りないし」

 

「そこに性差は不要だとも感じるが、心には留めておくよ……だが、シン……漂着物を漁りに行く余裕は、今日もない」

 

 なさそう、ではなく、ない。微塵も。

 

「マジでキツいな……これホントに二人プレイで脱出まで可能なデザインなのか……」

 

 川の水を直飲みすると健康値が微妙に下がる。沸騰させるのはかなり手間だから濾過機が欲しい。でもそんなんどうやって作んねん。でも突き詰めれば作れそうな雰囲気は感じる。

 

 とにかく生きることに全振りし、先の見えない無人島生活を続けていく。

 

「っ……時間だ……わかっていたし、意識もしていたが、今日は十三日だ。これも何かの巡り合わせなのか……シンの言う通り、あれからもう8か月……件の、十月十日も遠いとは言えないな。さすがに、忘れてはいないだろう?」

 

「そりゃぁ、まぁ……」

 

 最近思い出すきっかけがあるまでは、忘れていたとは言えない。

 

「……まぁいいだろう。今ではもちろん納得しているが、彼女がレイカを殺したことも、シンが彼女を殺したことも、俺にとっては少々疑問ではあった……それは確かだ」

 

 タケルの口からその辺の話を聞くのも、8か月振りになるのかもしれない。

 

「そりゃそうだ……まぁ……」

 

「いや、今は前を向くべきだな、すまない。だが、進級してから改めて、通常の高校生活からは遠い日々を過ごしていることを実感する」

 

「それな」

 

 全力で同意する。加えて、女子とはあんまりこういう話にならない。なる時は決まって、キレられてるか、高度な慰めを要求されているかの酷い二択だ。

 

「高校生の多くは、コミュニティの中での友愛、恋愛関係を深めようとする力動が強いと聞く。そう思う程に、逆の結果をもたらしてしまう部分も含めて、青春という言葉が用いられているようだが、当然、そこから敢えて距離を置き、自身の興味関心へ邁進する者もいる」

 

「俺らも全く以てそうなんだけど、やっぱり能力を得ちゃうと、その影響が強くなるのもまた自然な話、だよな。一人一人、違った能力に、違った制約もある訳だし」

 

 ただ、能力を得ることが余りにも不自然だという事実が、根元にある。

 

「制約は、その名の通り枷を意味するが、超常的な能力を得た人間の精神を、保護してくれる側面も持ち合わせている。もちろんこれに関しては、個々の捉え方次第だが」

 

 それに加えて、俺とタケルの能力は、他者との関わりがあって初めてその使用が可能になるタイプのものだ。そのおかげか、強烈な制約からは逃れているように感じてはいるが。

 

「よく耳にするのはやっぱり、自己肯定感と他者評価かな。能力も、それによる制約も、この二つについては結構満たしてくれたり、そもそもそこに悩む程の価値を置かなくなったりする傾向が強い。そこは実際、学園で過ごして、外にも出てるとよくわかる」

 

 本来はどうでもいいことだが、能力を得た時点で、常人とは比較にならない身体能力を得る訳だし、それも含めて、悩みの質は大抵変貌してしまう。

 

「それは同感だな。だとしても、何に価値を見出すかは各々の自由であってほしい。もちろん、自分や他者を著しく害さない範囲に限られるが」

 

「まぁ、学園側や斑鳩にしても、それを目指してる雰囲気を感じるのは、結構救いだよな。実際、ガキの俺らに出来ることはたかが知れてる。大人の思想がヤバめだったらと思うとゾッとする」

 

 今だって、たまにチエっちがラスボスだったらと思うと背筋が凍るし。

 

「俺が見る限りではあるが、国も学園も斑鳩も、中枢における腐敗は遠い。たかが知れてるというのも、政治という側面から見ればそうだろう。とは言え……結局の所は……いや、それは、答えを見た方が早そうだ。すまないな、3分も雑談してしまった。本題に入る」

 

「そうだった……」

 

 無人島からの脱出は、本日のミッションではなかった。

 

「これまでの会話と繋げるなら、私利私欲へ走るというのも、価値観の一つという話なのかもしれない。この緊急且つ、非公式な外部委託は、そういう類の案件だ」

 

 きっとタケルも、本音を言えば話したくはないんだろうと思う。

 

「当たり前に思考すると、組織さんの傀儡企業と魔が差した国の人達がずぶずぶしたって感じのが先頭に表示されるな。どっちも危な過ぎる橋だと思うけど」

 

 国だって、裏切りへの厳しさはその組織とやらにも負けないだろう。知らんけど。

 

「残念ながら正解だ。それも、ほぼではなく、完全解答になる。彼らの目的は金と利権、言うまでもないが、企業が金、国が利権だ。互いにどの程度のリスクを負っている自覚があるのか……あまり想像できない。ただ、思慮深さには欠けていると思われる」

 

「確かにテンションが下がる話ではあるな……でもそれだけに、パパっと終わらせてしまうに限る。つまり、決定的な証拠がない以上は動けない、ってトコで爪を噛んでる状況な訳だ」

 

「っ……確かに、当たり前に思考すれば、か……皺寄せが行くのは、常に文句も言わず、誠実に仕事をこなす方々だ。ただ、それでも流せないラインは存在する。オーダーは完全に丸投げ、独力で侵入し、セキュリティの先にある情報を抜いてくるのが内容になる」

 

「問題ない。住所だけ頼む」

 

「今、砂の上に書き終わった」

 

「っ……」

 

 画面に映る文字列は、記憶できる範囲内の量だった。

 

「っていうかお前無駄に字ぃ上手いな……」

 

「それより、改めて、深夜に済まないな。明日も平常だと思うが、よろしく頼む」

 

「まぁ明日授業ないし、依頼は中原に頑張ってもらうわ」

 

「その方がむしろ危険かもしれないが……」

 

「とりあえず、なる早でデータをアップロードするから……っと、アップロードもこのゲームで?」

 

「あぁ、信じられないかもしれないが、その機能も備わっている」

 

 さすが、優秀な変人さん。

 

 色々と落ち着いたら、情報収集から始めてしっかりとこのゲームを攻略しようと、お互いに意思確認し、通信を一旦終了した。

 

 まとめると、その住所の建物に侵入し、一番厳重に守られたデータをぶっこ抜いてくるのがお仕事内容の最重要項目である。

 

 久しぶりに開ける収納ボックスからそれ専用の一式を出してまずは服を着替える。まさかこんなカジュアルな心境でスパイまがいな行為に及ぶ準備をするとは、二年前の俺に言っても絶対信じないだろう。しかも準備の後は、ちゃんと実行までする。

 

 暑い寒いを気にする身体でなくなって久しいが、それでも季節感を著しく損なうのはまた別の問題であり、さすがに特殊防刃ダウンベストは着用せず、ロンTに留めておく。

 

 最初にして最大の難関、寮区画からの脱出だが、本日は幸運にも、奇行に走る学生は休養を取っていると見える。あり得ないしあってはならないが、レイカや中原に露見したら不法侵入諸々など目じゃないレベルで面倒なことになるのは、言うまでもないだろう。

 

「っし……」

 

 胸を撫で下ろしつつ、ポータルから学園区画、中央広場へと転移する。ここまで来れば、もう懸案事項はない。帰りは気分次第だが、今の所は『漫画喫茶区画』でのんびりするつもりだ。と言いつつ自室へ戻るのも全然アリ。正に気分による。

 

 朝からの活動へ向けてもしガチで辛そうだったら、佐藤パイセンに30万払って眠気を消去してもらうのもアリかもしれん。

 

 既に身体のチャンネルを気配消去モードへと意識させながら、消灯済みの真っ暗な学園区画を駆ける。また、念には念を入れよとの教えを胸に、普段のバイクはスルーし、そのまま森の中へ入り、ポータルから地球へと出張する。

 

 流れのままに駆け、人里へ入ったと同時に小走りへと移行、近くにある駐車場にて、リゥを乗せて京都から帰ってきた支給品のバイクを引っ張り出して跨る。

 

「アイツ……だから停める前に入れさせてくれって言ったのに……」

 

 ガソスタを経由することは決定。ガソリンを入れたままにして劣化した話で押し切られた先月の自分へ、内心で文句を垂れる。ちなみに、ドッグタグは部屋に置きっぱなので、もしヤツの気まぐれ通信が入った場合は、半殺し確定であるが、まぁそん時はそん時。

 

「気にしてもしょうがないことを気にしてもしょうがない」

 

 座右の銘を呟き、バイクを発進させる。当然、座右の銘は季節と気分で容易に変わる。この前レイカに、それは座右の銘とは呼ばないとの指摘をネチネチと受けたが、それも気にしない。

 

 住宅街を避けて回り込み、大通りを一気に抜ける。ウサギさんのマークが目印、斑鳩系列のスタンドで手早くセルフ給油し、自販機で缶コーヒーを買って移動を再開する。普通に走らせれば、多分一時間半で到着するだろう。

 

「…………」

 

 都心へ近付くにつれて、少しだけ交通量が増えてくるも、時間帯からかデカめなトラックが目立つ。牛丼屋の看板に誘惑されそうになるが、グッと堪えて右手首を回す。帰りにラーメンも素晴らしいが、それなら馴染みの屋台で食べたいと思ってしまう。

 

 色々と展開予測を膨らませた後は、程よく遅いスピード感に任せて、少し現状を振り返ったりもしてみたが、結局は目の前のことを地道に一歩ずつという平常運転の継続に落ち着いた。

 

「っ……」

 

 目的地近く、住宅街から距離を置いた建物は思ったよりも大きく、分かり易かったため、バイクのスピードを落として最寄りのパーキングへ。使用率0の中駐車し、ぬるくなった缶コーヒーを流し込む。言う程ではないが、冷たいコーヒーは苦手だったりする。

 

 空き缶をゴミ箱へ捨て、建物の方へと歩き出す。

 

 程なく敷地の裏手近くに到着すると、用途としては研修施設であることが分かるが、建物的には以前偉い人に引っ張り回された際に訪れた防災倉庫に近い雰囲気だった。まぁ暗いし、細かい部分は入らないとわからない。

 

「……」

 

 気配を消しつつ確認した所、監視カメラの数は思ったより少ない。正面と裏は避けて、それ以外からなら容易に侵入が可能。

 

 加えて、その正面と裏には何故か二人ずつ入口前に立たされており、時間帯的には不自然に感じる人もいるのではなかろうか。もしかしたら、俺が知らないだけで、研修施設というのはそういう場所なのかもしれないが、まぁまぁ興味はない。

 

 見張りは、立てようと思った人の精神衛生のための人員と勝手に判断し、正面と裏のちょうど中間地点、3メートル程の柵を跳び越えて敷地内へ不法侵入する。やはりカメラの反応はない。今更だけど、能力者の侵入など、想定するだけ無駄だ。

 

 軽く見渡し、内部のマップを脳内で構築してみると、入口から屋根付きの通路で結ばれている大きな建物を本命と断定、もう一つあるデカめの建物は宿舎っぽい感じで、多分結構な人数がいると思う。実態が研修施設でないとすると何なのかは、覚えてたら聞いてみよう。

 

 200メートルの距離を一瞬で移動し、電子ロックされた建物の入口に到着。そのまま軽く跳んで四階建ての屋上へ着地する。

 

「っ……」

「っ……」

 

 相手の目が少し見開いたのを見て、自分のもそうなっていることを自覚した。

 

 中へと入る扉の前で振り返ったのは、ラバースーツにブーツという季節感度外視のやや大柄な女性。目線がほぼ一緒なため、ブーツの底が厚かったとしても、170後半はあるだろう。

 

 屋上は開けた空間になっており、ベンチも設置されていることから、休憩スペースとして活用されているのかもしれない。

 

「…………」

「…………」

 

 数秒の無言。

 

 恰好よりも更にインパクトの強い髪型に目が行く。癖っ毛かパーマか、美容師さんに聞いてみたい所だが、特徴的なウェーブに無表情というのは、新たなカテゴリーの創設を決定付ける程に、初めて会うタイプの美人だ。

 

 しかも、ラバースーツでシルエットがくっきりと浮き上がっていることも加えて、どうにも肉感的な印象を抱いてしまう。

 

 そんな、外見についての思考は当然おまけであり、展開予測の一つが当て嵌まったことを確認し、外部委託を続行する。

 

「こんばんは」

 

 フラットに挨拶。これの返答で、後の展開は全て決まるだろう。

 

「……こんばんは」

 

 敵意のない返答。状況的に予測が確信へと移行し、反射のトリガーに指を引っかけるイメージのまま、ゆっくりと入口へ。

 

「……」

「……」

 

 彼女を横切り、屋上から中へ入る。どういうわけか、鍵は掛かっていない。

 

 階段には十分な横幅があったため、少し足を止めてから、並んで下りる。

 

「…………」

 

 さて、この四階建ての何処に該当の情報があるのか。おそらく、PCかそれに準じた端末であると思われるが、ノーヒントなため、地道に探す形になるのか。一階にある可能性もあるが、可能性が高いのはこの四階と一つ下の三階だと思われる。

 

「……こっち」

「っ……」

 

 ラバースーツの女性は、ゆっくりと四階のフロアへと進んでいく。まず一年ということはないだろう。その背中に続く。

 

「……」

「……」

 

 人の気配は全くない。外の見張り四人にしても、お世辞にも緊張感があるとは思えなかった。こういう形での侵入など想定外な訳だから、無理もない。

 

「……」

「……」

 

 数分も掛からず、続く廊下の手前に分かり易いセキュリティゲートが見えてくる。空港を連想させるシルエットは、皮肉にも周囲を照らす光源の役割も果たしてくれている。

 

 意識して、少し前へ出る。何となく、彼女からは近距離パワー型の風格を感じたためだ。

 

「っ……」

 

 横の端末を見るに、カード認証の後にパスワードを入力するタイプ。特別室の方々から受けた研修の中では、マイナーな型に該当する。

 

 俺はスニーキングミッション御用達のエイドス『1日3コピーでも機械的な何かに限る』を取り出し、小型虫除けスプレーにしか見えないスパイガジェットを一押し噴射する。その後左手にもう一回噴射、透明な電子カードが出現する。

 

「っ…………便利ね」

 

 解除されたセキュリティゲートを見て、感心したようにそう言う女性。

 

「まぁ、限定的ですけどね」

 

 後二か所以上こういうのがあったら結局強引な手口を選択することになるが、その可能性は限りなく低そうだ。

 

 ゲートを通過した後は、再び先を譲り、半歩後ろをほぼ並んで歩く。

 

「……」

「……」

 

 だがどうやら、その必要はなかったようだ。

 

 ゲートの先にあったのは右手のトイレと自販機スペース、正面の小さな部屋だけだ。多分、警報機としてゲートを取り付けるのに都合の良い所がここだったのだろう。知らんけど。

 

「っ……」

「……」

 

 しかも、安っぽいドアにはそもそも鍵が備わっていない。無断で入ったヤツは殺せばいいとかそういう考え方なのだろうか。この点も、もし事情聴取があれば、聞いといてほしいかもしれないが、やはりどうでもいい。

 

「……」

 

 女性の後に続いて部屋に入ると、机の上には一台のラップトップ。不意に、一之瀬から「はっ? ノートパソコンって言うんすよ? 知らないんすか?」と言われて軽くデコピンを見舞った場面が脳裏を過ぎった。どっちでもいいんだよ。

 

「USB?」

「うん」

 

 お決まりなのかは知らないが、彼女はラバースーツのファスナーを開けて、双丘の間から小っちゃなUSBメモリーを取り出す。端的に、凄ぇサイズ。

 

 性欲よりも、今は食欲と睡眠欲が脳内で幅を利かせていたようで、特に問題ない精神状態で、俺はノーパソに虫除けスプレーを掛け、同様に左手へ。味気ないかもしれないが、中で調べる分の手間は、この出会いにより消失したようだった。

 

「電源が入った状態で刺せば、全コピされるヤツ、ですか?」

 

「そう聞いてる」

 

「なら……」

 

 抱えたまま電源をオンにして、目で促して差し込んでもらう。

 

「まぁ、オリジナルの方は切れてるから平気か……」

 

 そもそも、入られることは想定されていないし、普段使いもしているのかもしれない。エロ動画とかが入ってても、それは見ないであげてほしい。

 

「……」

 

 コピーが開始され、妙にポップな表示が7分の残り時間を伝えてくる。実際はもう少し短いかもしれない。

 

 とりあえず、そこそこ雑多な机の上に、一旦PCを置く。

 

「…………」

 

「…………普段、音楽とか、聴く?」

「っ……」

 

 ただの暇潰し。単純にそう思った。

 

「うーん……たまに。いつも聴いてる人からすると、あんまり聴いてないかも。好きなアーティストとか、いるんですか?」

 

「よく聴くのは……神威。後は、緋乃レイカ」

 

 マジか。凄いぞ緋乃レイカ。さすが一億PV連発女。

 

「神威かぁ……さすがに、サビは全曲聞いたことあります。皆言うけど、デビュー曲はかなり好きですね」

 

 露出が限定的という部分はレイカとも被るのか、神威は特徴的なハスキーボイスと、なのに中性的なルックスで、曲だけでなく女性人気も物凄い。誰が一番売れてるとかはよくわからないけど、その一人に入るのは間違いない人気アーティストだ。多分。

 

「……」

「っ……」

 

 無表情かと思ったが、ちゃんと笑う。そりゃそうだ。

 

「待たせることになったお詫び」

「じゃ、コーラで」

 

 さっきチラっと目に入った時、細長い飲み切りサイズがあったのを思い出した。

 

 そのまま自販機スペースに引っ込んだ彼女は、コーラを2本持ってすぐ戻ってきて、ちゃんと手渡しでくれる。ほぼ同時に、炭酸が抜ける音が重なって狭い部屋に響く。多分、朝まで待たないとここに人は来ないと思う。歴代一位でヌルい潜入ミッションだった。

 

「っ……んっ」

 

 キンキンに冷えてて、このサイズは正義。多くを求めるならば、たこ焼きが欲しい。

 

 

「……………………たこ焼き……」

「っ……」

 

 

 ウィスパーの最上級って感じな声量。どういう訳か、シンクロしたらしい。にしても、何となく中原と同じで、健啖家のソウルをこの方からは感じる。

 

 ゴミ箱に空き缶を捨てて戻ってくると、コピーは終了していた。USBを抜いて、今度はこっちが手渡す。

 

 

「……」

「……」

 

 

 さっきと同様に並んで歩く。

 

 来た経路をゆっくりと引き返し、変わらずに人気のない屋上まで何もなく戻ってくる。普通に考えて、侵入した時の地点へ直接飛び降りるのが無難だろう。

 

 

「「あ――」」

 

 

 こちらは左、向こうは右。5メートル程の距離を隔てて、同時に振り返った。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 ファーストコンタクトと同じ、数秒の沈黙。何を言おうとしてたのか、向こうが何と声を掛けようとしていたのか。その二つが、頭の中で溶け合って、何だかよくわからない、爽やかな諦めに辿り着いた。

 

 苦笑いに類する彼女の表情を見て、自分も同じような顔をしていることに気付いた。多少のデジャヴに、少し笑いが深くなる。

 

 

「気を付けて」

「そっちもね」

 

 

 道を分かつように跳び、のんびりとパーキングまで戻った俺は、帰りにたこ焼きを買って学園へ帰った。当然の如く、寮の自室へ着く頃にはすっかり冷めてしまっていたが、全然普通に美味かった。

 

 次に食べる時は、是非ともコーラのお供として味わいたい所だ。

 

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