トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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夜中の呼び出しと微量の後悔

 日曜日はせめて早めに就寝する。普段夜更かしし倒している身体への贖罪と言えばやや聞こえがイイものの、その本質は許してもらうために謝罪するような自己保身そのものと捉えて相違ない。まぁ日が変わる前に寝るのは良いことでしょうよ。

 

「……」

 

 風呂の中では洗顔、出てからすぐに化粧水を付け、乳液を塗る。風邪などの病気だけでなく、肌トラブルからも解放された我々には必要ないことだと思われるが、そのような怠惰な習慣こそが人を駄目にするというレイカの指摘を受け、渋々従っている俺がいる。

 

 世の女性達はこのような手間を朝晩欠かさず費やしていると聞くと、綺麗な人の裏には弛まぬ努力と工夫が存在することを改めて思い知る。そんなことより、早いトコ寝よう。

 

 明日のスケジュールは大分余裕があるし、緊急性の高い依頼もない。とは言え、きっとその時になればいつも通り厄介な何かが飛び込んでくると構えていた方が、精神衛生上はよろしいと思い直し、布団に入る。

 

 てっぺんまで後15分程、寝ろと言われればいつでも寝られる。若い内は幾ら寝ても眠い、だから寝なくても変化はない、という教官の暴論が頭を過るが、俺は寝ます。

 

「っ……」

 

 

 着信。

 

 

 こんなことはあまりないが、何度かはあった気がする。考える前にスマホを覗き込むと、相手はレイカ。ギリギリ楽しい用事である可能性が残る。ヤケ食いしたいから付き合え、みたいな話なら、やぶさかではない。

 

「――どした?」

 

 不安九割、期待一割という旗色の悪い展開予測の中、スマホをタップ。

 

「ちょっと、地下まで来てもらってもいい?」

「……何で?」

 

 今からかよ。金井先輩と夜中の筋トレでもすんのか。

 

「……理事長の様子がおかしいの。それで、話を聞いてたんだけど……」

「っ……いるのは、レイカとマコトとねねさん?」

 

「うん。5分以内に来られるでしょ?」

 

 気分的にハードルの高い要求。

 

「……俺さ。言われた通り、風呂で洗顔して、出た後すぐに化粧水と乳液塗って布団に入ったのが今さっきなんだけど……」

 

「……同情はする。でも来て」

「はい」

 

 だと思ったが、駄目だ。行くしかない。しかも、レイカがそう判断したなら行くべきなのは揺るがないし。また学園内で何かが起こるのかもしれない。

 

 短パンを脱いで、Tシャツとジーンズを装備、冷蔵庫から500ミリの天然水を取り出して一口飲み、そのまま部屋を出て、鍵を掛ける。

 

 今日も今日とてわざわざこの時間に寮区画の外をうろついている暇人、奇人はおらず、人気のない道を走ってすぐにポータルからジャンプ、本来の予定よりも数時間早く学園区画へやって来る。

 

 欠伸を噛み殺しながら適度に急ぎ、学生会館一階のエレベーターから地下へ。3分も経ってない。少し急ぎ過ぎた。水を持ってくるより自販機でコーヒーを買えばよかった。

 

「――あれ? そこかよ」

 

 エレベーターから出てすぐ、オブジェ金井から随分と距離を取った中途半端な地点には、三階のカフェスペースにあるものと同じテーブルと椅子が。

 

「男って便利よね。まだ2分も経ってないわよ」

「済まなかったね、シン。もう寝る所だったと聞いたが……」

 

 確かにねねさんの表情はあからさまに暗い。とりあえず、テーブルの方へ足を向ける。

 

「あぁいや、考えてみたら、そんなに眠くなかったし」

 

 夜風を全身に浴びて欠伸を噛み殺したら、完全に眠気が吹き飛んでしまったらしい。マジでコーヒー飲みてぇ。

 

「何? 水持ってきたの? じゃ、このコーヒーは私が貰おうかしら」

「あっ、それ俺の? 何だよ、こんな水持って来なきゃよかった。メッチャ泡立ってるし」

 

 唯一の空席である手前側、レイカの隣に座り、ボトル缶のコーヒーを受け取る。

 

「っ……すまぬ、シン……」

 

「いや、結果的にはこんな時間から寝るよりも、ここでコーヒー飲んでる方がよかったから、気にしないで」

 

「それ自体は全然よくないんだけど……」

 

 自分で呼び出した手前、レイカのツッコミも大分マイルド。

 

 ただそれよりも、普段着パターンの一つ、紺色バージョンの学園指定ジャージ姿な理事長の様子が気になる。普通に根は善良な方なので、この時間に呼び出す形になったことも、本当に申し訳なく思っていることだろう。

 

「で、現状を共有させてもらっても、大丈夫?」

 

 敢えて理事長ではなく、レイカの方へ振る。

 

「えぇ。私とマコトが連絡を貰って、ここに来て話し始めたのがちょうど1時間前。不安なことがあるって話だったんだけど……そうね。もう一回、話してもらっても大丈夫?」

 

 そう言って、優しく促すレイカ。外見年齢的に見て、そのやり取りに違和感はない。

 

 とりあえず、対角線に座るジャージ幼女の言葉を待つ。

 

「っ……予感が、するのだ……このようなことは、今までも無かった……気のせい、と言うには、余りに、明確で……一度気になると、それは少しずつ、強くなってきた……」

 

「……」

 

 当然ながら、素の喋り。前例のないものということで、俺の胸中にも不安が芽生え始める。

 

「その、予感というのは、私の悲願……もしかしたら、近い将来、兄上が……蘇る、かもしれん……そういう、予感だ……言葉ではなく、断片的で……靄に覆われたような、記憶……それらが、ふとした時に、頭に流れてくる……」

 

「っ……それは……不安の中にも、嬉しい気持ちも、あったりはする?」

「……っ」

 

 俯いていたねねさんが、一度顔を上げ、迷いながらもゆっくりと頷く。表情には未だ不安が色濃いものの、おそらく三人で話す中で随分と落ち着くことができたのだろう。

 

「もちろん……だ。けど、理由が……見当も付かない……シ、シン……何か、エネルゲイアに変化はないのか? お前程の、高い習熟ならば或いは……っ……それ以外、考えられるものがない……」

 

「今後もって言うと、断定はできないけど、俺の能力に、大きな変化はないです。ただ、同じように、近い将来なら、来年度の新入生の中にって……いや、これはレイカとマコトも思った流れ、か……」

 

「あぁ。どうやら予感というのは、少なくとも今年度の間を示唆しているようなんだ」

 

「つまり、その断片的な情報の中に、そう判断できる要素がある……」

 

 全学生の能力を細かく網羅している訳ではないため、あり得ない話でもないが、それでも大分可能性の低い話な気はしてしまう。

 

「予感が本当なのかってことも大事だけど、それだけじゃないわ」

「っ……まぁ、そうだよな」

 

 想像するしかないが、ねねさんの心境を考えれば、そう単純な話ではないかもしれない。

 

「許されぬ妄執の末に、何を今更とは思う……しかし、いつか兄上に会える日を夢想し続けるこの日々こそ、私が求めているものなのかもしれぬ……今、レイカとマコトに話を聞いてもらい、思い出した……この学び舎を去った者達からも、数多の思いと言葉を受け取ってきた……」

 

「……」

 

 その中には、理事長の夢を肯定するもの、否定するもの、共感されたり諭されたりキレられたり、色々あったことは想像に容易い。だから俺は、その辺については何も言っていない。

 

 当然のように、前の『霊園区画』での記憶が蘇る。それこそ、彼の言葉の根源は彼女の記憶な訳で。もはや途方もない程に時間が経過しているため、常人の俺からすれば、どのような感情に行き着いたとしても、あり得るとは思ってしまう。

 

「シン……お前は、どう思っている? もし、レイカとマコトが死に、蘇らせる可能性があるとしたら……お前は、どちらの道を選ぶのか……」

 

「えっ?」

 

 分かり易くデジャヴる。言及を避けていた話題が、しかも生々しい場面想定で投げられた。

 

「まぁ……俺は、蘇らせる選択はしないよ。おまけに、この場合だと、二人が望まなそうだし……って、もしかして、バリバリに望んだりする?」

 

「まさか」

「私も同じだ……」

 

 何より、この三人においては、既に消化し終えた話題であった。

 

「……そうか」

 

「で、月並みだけど、俺個人としては、理事長のケースは例外に当たる。半分はノリで申し訳ないんだけど、ここまで来たらもう生き返すまで進んでほしいってのが、正直な思いだね」

 

 事情を聞いた時から割と迷いはない考えではあった。重ねてだが、今更止めるのは違うし、ちゃんとギブアンドテイクが成立している。この学園が無かったら、結構本気で大変なことになるのは明白だ。

 

「っ……内心では、否定的だと思っていた……だが、そうか…………うむ……ありがとう」

「いえ、そんな」

 

 それよりも、しおらしいねねさんは見てて切ない。どうにか本人が納得する着地点を模索したい所だ。

 

「いざ蘇るかもしれないとなると、逆に怖くなる……望みは叶うまでの過程が最も充足している……みたいなヤツか……うーん……加えて、今までにない感覚となると、どうしたもんかっていうのが、今の状況?」

 

「白状すれば、それに加え……また三月に、斑鳩の倅にマトイ、天王寺、あのいけ好かぬ闇医者も去る……その後は、シンにレイカ、マコト、ナギにリゥ……その次はサヤ…………何故……時というのは…………っ、すまぬ……」

 

 大きな瞳に溜まった大粒の涙が頬を伝うと、隣に座るマコトがハンカチで優しく拭う。

 

「……シン、エネルゲイアの性質からしても、お前以上に、この学園の副会長が務まる者はいない……」

 

「いや、それは……どうでしょう……」

 

 馬車馬のように働くという意味では、そうかもしれないが。

 

「もし……っ……いや、そう、ではない……この場で、言うことではなかった……」

 

「……」

「……」

 

「っ……いえ、とにかく、何となくの経緯は、理解しました」

 

 確かに、話題がヤバめな方に傾き掛けたので、修正を図りたい。

 

 とりあえず、個人的な見ていられなさもあるが、現実的な問題へ目を向ければ、現状の精神状態が続けば、学園内の何処かに悪影響が出ることは避けられないであろう。

 

「予感の原因か……うーんっと……あ、二人共、もう区画の方は確認したか……」

 

 

「「「――あ」」」

 

 

 三人の表情と声からして、未確認らしいことが分かり、スマホの操作を再開する。

 

「なるほど、新しい区画か……」

「ぐっ、我ながら、何故失念していたのだ……」

「くっそ……何でそんな簡単なことに気付かないのよアタシ……」

 

 感心するマコト、痛恨の極みな他二人。

 

「まぁまぁまぁ。俺も気付いたの今だし」

 

 こうして、二人も少し遅れて検索に加わる。が、間違い探しの一つ目はすぐに発見される。

 

「一つ確定。『海底神殿区画』が危険区画から特殊指定区画になってる」

 

「っ……それ以外の危険区画、特殊指定区画には変化なしね」

 

「確かに、このタイミングでは関連付けて考えるのも、不自然ではないだろう」

 

「だが……何故ここが……」

 

 同感だが、この便宜上のグレードダウンは、むしろ逆の意味で捉えた方が無難だろう。

 

「しかし、この区画は欧陽がフィールドモンスターを一掃したものの、肝心の神殿には入れないのだろう? また、先月末にシンがフィールドモンスターの復活を確認して、現在は立ち入ろうとする者のいない区画となっているはずだ」

 

「そうね。多分、あの光の輪が鍵だとは思うけど、もう長い間そこで止まっているはずよ」

 

 

「っ……何を? 封印は、先月に解かれたであろう?」

 

 

「――っ!?」

「はっ? そうなの?」

 

 理事長の指摘に、目を見開いたマコトと、反射的にこっちへ目を向けるレイカ。

 

「うん? え…………あ――」

 

 そして俺は、やっと記憶のサルベージが終わった。

 

 秒も掛からず、最悪な展開予測が脳内で完成される。唯一の光明は、先手が打てることか。

 

「っ……すまん。いや、マジでゴメ――んっ!?」

「――黙って」

 

 首元にハンドガンを押し付けられ、心からの謝罪は完全に遮られる。哀しくも、俺に残された選択は、ホールドアップの一択。

 

「このセリフも含めてだけど、アンタの意味のない謝罪の言葉は聞き飽きたわ」

 

「い、いやぁ、この件は割とガチ目に色々あったんすよ……」

 

 本当に、凄く面倒臭かった、とか。

 

「質問は二つ。一つ目……どうやって封印を解いたの?」

 

「ほら? 中原空中浮遊可能説があったじゃん? あれを試したら、何故か出来ちゃって……それで光の輪を潜ったら、神殿が突き上げてきて、封印が解かれたんよ」

 

「凄いな。つまり、今のサヤは宙を浮けるということか。しかし、身体能力の強化で飛行能力を得ることは可能なのだろうか?」

 

「細かい部分はまだ不明なんだけど、中原の能力は、身体能力強化じゃなくて、身体能力変容かもしれない。だから、強化も変容の一部って感じで」

 

 またあれから忙殺され、深める暇がない。というのは言い訳で、浮遊が全く実用的ではないため、単にお互い、話題がそこに及ばないだけ。

 

「……サヤ本人からそういう話はなかったけど……つまり現状では戦いに活かせるような能力じゃないってことね。それなら、話題に上がらないのも無理ないか」

 

 言わなくても勝手に理解する、後輩思いのレイカ。中原も、聞かれたら答えるだろうが、聞かれない限りは関心がないため、自分からは言わない。それが、この結果を招いたということだろう。

 

「さて、二つ目……何で私に黙ってたの?」

 

 本番の質問。先程に比べ、目力と殺気が八割増しという大奮発。

 

「黙っていた訳じゃない、んだけど、その……封印が解けたって知ったら、二、三年の中にもいる攻略組が凸りそうじゃん? だから、暫くは閉鎖しておこうと思って……その、フィールドモンスターも全復活しちゃった訳だし……ねぇ?」

 

 喋れば喋る程、目の前の美人から感じる圧が強烈になっていく。

 

「ねぇ? じゃないわよ……どうせ書類が面倒だったのと、またフィールドモンスター一掃の依頼が入るからでしょ? それに、コレってもしかして、アンタがサボって先送りにしたのが原因、とかじゃないわよねぇ? どうなの?」

 

 余裕で俺の胸中が全バレしている件について。

 

 そして余談だが、今日は静かに詰めるパターンらしい。まぁ怖さは激しいのとそう変わらん。

 

「い、いや……さすがに、情報不足かと……えっと……とにかく、可及的速やかに攻略した方がよい、と思われ……少なくとも、その中に、ねねさんを不安にさせている象徴物があるはず……だし……」

 

「…………ったく」

 

 理事長のことが先と割り切ってくれたのか、レイカは押し付けていた銃口を離す。

 

「明日の昼頃から、海底神殿を攻略する。だから、少しだけ我慢して。マコトは、それまで理事長の近くに付いてて」

 

「あぁ、そうさせてもらうよ」

「っ……すまぬ……」

 

「最近はご無沙汰でしたが、理事長の布団は使えるようにしてあります。今日の所は、寮の方で休むとしましょう」

 

 どうやら、何とかまとまったらしい。レイカの言う通り、理事長のことはマコトに任せておけば問題はないだろう。

 

「それじゃ、さっさと行くわよ。この時間じゃ、嫌な顔されるのは避けられないけど、緊急の外出許可二人分、早くして。一時受け入れの方は、私がやっといてあげるから」

 

「え……っと……つまり、今からっすか?」

 

 そういえば、コーヒーを一口も飲んでいなかった。

 

「本気で攻略するなら、フィールドモンスターの一掃は必須。急がないと、仮眠も取れなくなるわよ」

 

「あのぅ……一応聞いておきたいんすけど……レイカがヤツを説得してくれるって、こと?」

 

 3パーガチャ単発より部が悪いことは、重々理解した上で言っている。

 

「それはアンタの仕事。一応、横で見ててあげる。骨は一本も拾わない」

「ですよねー」

 

 わかってました。

 

 

 何気に、レイカと二人で外出は今年度初か。もっと気楽なシチュエーションで味わいたかった初物であることは、言うまでもない。

 

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