七月二十六日、月曜日。
八月からの夏季休業を目前に控えた週の始め、本日は緊急事態とのことで、私の日程は二限以降公欠という形に変更が為された。青天の霹靂、という言葉があるが、私の学園生活には未だ晴れ渡った空のような状況は確認できていないため、本件の例えには不適切であろう。
ただどうやら、昨晩の睡眠中、色々と動きがあった様子。
稀崎先輩と一時的に同居している理事長の話では、理事長の情緒に悪影響を与える可能性があると考えられる何かを刈り取るため『海底神殿区画』を攻略するとのこと。当然、該当区画の中、おそらくは最奥地点にその何かが存在している、と理解した。
件の区画と聞けば、先月末にその封印が解かれ、沈んでいた神殿部分が隆起し、水面から露出した状態となっていることも含め、比較的記憶には新しい。
そういえば、封印については、レイカさん、稀崎先輩も含めて非公開となっていたことを昨日まで失念していた。話題に挙がらなかったため、個人的には自然なことではあるが、意外にもそれについて追及されることはなく、全責任は先輩一人で抱えることとなったらしい。
軽めの昼食を取った後、中央広場のポータルから転移、結果的に多少余裕を持った到着となった。匂いの薄い潮風は先月の通りだが、その際とは違い、区画は静寂に満ちている。
学園区画の中央広場程ではないが、十分なスペースが確保されたメインポータルの先には、緩やかな階段状の通路が真っ直ぐ伸びており、封印が解かれ浮上した神殿の入口を繋いでいる。相当な深さがあると思われる海水で満たされた湖の水面は、非常に穏やか。
「こんにちは。レイカさん」
先に来ていたスタイルの良い後ろ姿に声を掛ける。普段とは違い、黒寄りのパンツスタイルは、以前のオリエンテーリング大会を思い出させる。
「――っ、来たわね。何か、急な話になっちゃって申し訳なかったけど……」
「いえ、特に後ろ向きな思いはありません。それより、封印の件については報告せず、申し訳ありませんでした」
「えっ? あ、気にしなくていいわよ。アイツに口止めされてたんでしょ?」
「っ…………そういえば、特にそのようなことは言われていませんでした」
「それって……やっぱり放っておいても話題にならないっていう読みだったって訳ね……ちょっとだけ怒りが再燃してきたわ。ありがとね」
「……いえ」
今までを見る限り、その怒りは今日ではなく、何処か然るべき場面で向けられることだろう。とは言え、これも身から出た錆なので、同情はしない。
「あの……無数にいた空を飛ぶ巨大な魚達は、本当に欧陽先輩が?」
口に出してから、愚かな質問であることを悟ったが、それでも実際に肉眼で確認した身としては、あの群れを単独で一掃するというのは、どうにも現実離れしている。そう感じてしまう。
「そ。私は寝ちゃったから見てないけど。サヤからしたら、いずれ倒さなきゃならない相手の一人……下手したらラスボスなんじゃないかしら」
「……学園内において、単独で彼女に勝利できる方は、何人程いるのでしょうか?」
思えば、この類の質問をするのは、随分久しぶりとなるだろう。
「うーんと……三人は確定で、可能性があるのが……後二人って所かしら」
「……」
五人も存在することに、内心で高揚を覚えてしまうが、何とか落ち着かせる。
そう考えると、やはり先輩でも学園内で10位に入ることが困難というのも、真実であるように思われる。しかし、学園で生活する時間に反比例して、一対一での直接戦闘の重要性は、自身の価値観の中で少しずつ低くなってきているのも事実だった。
「――ちわっす――うあホントだっ!? 正に海底神殿。まさか、卒業する前にここの封印が解かれるなんてなぁ」
「あ、月見里先輩っ」
「久しぶりっ。ブランクバリバリだけど、今日はよろしくってことで」
「そんなの、関係ないと思いますけど」
やり取りから、三年生であることは間違いないだろう。だが、今までにその姿を見た覚えはない。
第一印象は明朗快活。学園内では珍しいタイプと言っていいだろう。
ナギ先輩と同じか、やや長い黒髪に、小柄で日焼け肌、指定制服姿のヤマナシ先輩は、スカートから覗くスパッツも含めて、少し幼く見えるが、今日のこの場に現れた意味を考えると、それだけでないことは確実だと思われる。
「二人って、今日が初めて?」
「はい。一年の中原サヤです。よろしくお願いします」
「うん。もちろんこっちは知ってるけどね。この前のなんちゃらマッチでは凄かったよねぇ。三年の月見里マトイですっ。月を見る里って書いて、やまなし。もう学生会は引退したんだけど、一応レイカの前任者で、去年の終わり頃までは会計監査やってましたっ」
「レイカさんの、前任者……」
そういえば、そういう話題になったことがなかった。関心がなかったというよりは、たまたまそこへ至らなかったというべきか。
「そ。シンが助っ人に呼んだのよ。本当に頼りになるから、期待していいわよ」
「最悪な紹介の仕方なんだけどぉ……」
きっと冗談ではない。直感的にそう思った。
「あの、先輩の前任者が斑鳩先輩というのは知っていたのですが、阿僧祇先輩、稀崎先輩の前任の方を、聞いてもよろしいでしょうか?」
「あー、そうだよねぇ、普通に生きてたら聞かないと思うし。あれ? でも、マコっちゃんの前任って、いるんだっけ?」
「いえ、長いこと空席だったのを、アイツが引っ張り出したんですよ。必要に応じてっていう役職だったらしくて。もちろん、自分を補佐させるために」
想像する必要もない程に、納得できる話ではある。
「なーるぅ。けど、しょうがないんじゃないのぉ? だって去年の今頃にはもう太刀川が副会長だった訳だし。サボり魔の斑鳩から代わってくれたし、狂犬のヒカリちゃんも手懐けてくれて、こっちは楽になったんだから、補佐を付ける位は見逃してあげなって」
「っ……」
今、手懐けるという言葉が聞かれたことに、一瞬思考が止まるが、認識は人それぞれだと踏み止まる。また、一年時の七月で既に副会長を務めているというのは、余りにも例外なのではないだろうか。ただ、これについても、斑鳩先輩の為人を知っていれば、納得は可能だ。
「話急過ぎっていう説もあるけど、今回だってさぁ、声掛けまくってフラれまくっての仕方なくアタシ、ってピンアクションてとこで。あの子だって苦労してんだよぉ? マコっちゃんもいるけど、レイカが支えてあげなくちゃ、ね?」
レイカさんに諭すような言葉を掛ける月見里先輩。個人的に感じた珍しさもそうだが、やはりこういう部分は上級生ということだろうか。
「っ……フラれたって、アイツ、誰に声を掛けてたんですか?」
「んー、えっと……最初がぁ、ミオちゃんでぇ……」
「……」
初手から絶対に不可能な人選。その口から何度か聞いた、チャレンジする心を失ってはいけない、という格言を実践していたということか。
「次が穂村妹ぉ、如月ぃ、萌木乃君……で、アタシ。あぁそう、如月がリゥちゃんの前任ね。んで……ま、五番目かよって思ったけどね」
「何であの馬鹿は穂村に声掛けてんのよ……」
思わぬ角度から立腹しているレイカさん。
「あの、学生会の書記という役職は、どのような役割を担っているのですか?」
「えっ? 役割はぁ……いてくれること、かな。だから、抑止力になってくれるような人が務める感じ。だから書記って名称も変更するべきっぽいけど、まぁ別にって感じなのかなぁ」
疑問の答えがまた新たな疑問を発生させる。つまり、如月先輩は抑止力になる程の実力者という理解で間違いないのだろうか。
「……すいません。その、如月先輩の名前を、学園内で耳にしたことがないのですが……」
再度思い出してみるが、学生会の中でも聞いた覚えがない。
「ま、本当に無口な人なのよねぇ……学生会の一部以外、ほとんど誰とも交流してないから、名前を聞かないのも無理ないかも」
「能力も謎な部分多いしねぇ……ちゃんと知ってるの、太刀川とリゥちゃんだけでしょ?」
「みたいですね。阿僧祇さんが書記になる時、その説明を条件にしたって聞いてます」
「だよねぇ。改めてアイツ、辞めた過ぎだろ……しかも、リゥちゃんが言うには、迂闊に能力使うと逆にヤバいって話」
「……」
かなり衝撃的な内容の話だった。確かに、三年生も化け物揃いという噂は、学生会にいれば聞こえてはくるのだが。
「そういやさぁ、昼頃としか聞いてなかったんだけど、もしかして、これに太刀川足して四人? もっと仰々しい人数想定してたんだけどなぁ」
「何でも、今回はそれなりに中の様子が予想できる部類みたいで、さっきまで理事長から細かく話を聞いてたはずです」
「あ、そっちパターンか。ねねちゃんも、人数ゴリ押し攻略には風情がないって言ってるしねぇ。うーん、にしても、反面教師だねぇ。斑鳩が絶対何も用意しないスタイルだったから、太刀川は出来る限り準備する派に育ったんだねぇ……ままならないねぇ……」
「そんなことないですよ。絶対何も用意しないスタイルも、しっかり受け継いでますから」
それにはほぼ同意できる。
「それより、アイツまだ戻ってないのかしら。帰りに何か食べてるんじゃないでしょうね」
「――おっ、着信アリ。ウィッス、もう三人集合してる。そろそろレイカが毎分3ゲージくらいキレ始めるから、急いだ方がいいんじゃない?」
「別にキレてはないです」
だとしても、先輩は急いだ方がいいだろう。
月見里先輩は、短い通話を終える。
「先輩は、何処かへ行っているのですか?」
こちらも尋ねなかったが、その辺りについては何も言われていない。
「欧陽のバイクで欧陽をアパートまで送って、電車でのんびり帰ってきてるのよ」
珍しく、レイカさんの言葉に抑揚が見られない。
「いや冷静に考えたらそこそこハイレベルにブラックだよねぇ……」
「っ……」
と、その時、ポータルの中心に新たな人影が。
「――っと、サーセン、遅れましたっ。あ、今日はありがとうございます、マトイ姉さん」
「あー、レイカにも言ったけど、あんま期待しないでよ」
「いや、それはまぁ無理っすねぇ」
「……」
私にはわかる。この男が個室シャワー区画を経由してきたことが。到着直前でこちら側の様子を探ってくる辺りも、先輩らしい。
「ま、その程度は許すわ。それで、アンタの指示通り、私は万全。このまま入るの? それとも、事前に何かある?」
「二人の顔合わせは終わってるっぽいね……じゃあ、とりあえず入っちゃってもいいかな。著しく想定外だったらすぐ出るけど」
確かに、今回に関しては、準備をした時のパターンで間違いはないだろう。
「徹夜明けと聞きましたが、大丈夫なのですか?」
少々意外だったが、そのシチュエーションは本件が初であった。
「うん? 徹夜っていうか、寝てはいないけど、とある界隈では徹夜は二徹からカウントする文化があるらしい。まぁ少なくとも、夜までは平気」
「……」
初めて耳にする概念だったが、面倒なのでこれ以上の追及は控えておく。
我々は遅れて現れた先輩を先頭に、神殿の入口へと続く回廊のような橋を渡っていく。
「太刀川、いつも通りのジーンズTシャツやね。季節的にもおかしくはないけど」
「ですね。一応、このジーンズは斑鳩の防護服ですけど。中原のセーラーも、ちゃんと防御力は高いはずですよ。その指定制服並には」
「あ、そうなんだ?」
「はい。担当の方が、何故かデザインを気に入ったようで、見た目は以前の物と変化がないのですが」
今思えば、個人的には好ましい変化の無さだったかもしれない。
「考えてみれば、色々と検証してた上の世代の人達からしたら、感慨深いのかもしれないねぇ」
「とは言っても、俺からしたら今からでも行かなくて問題ないってなったら入りたくないっすけど」
「私も、興味があるかって聞かれたら、そうでもないわね。こういうのは、ゲームの中だけで十分」
神殿という概念をイマイチ理解していない自分ではあるが、例によって殊更関心はない。
我々が入口の前へ近付くと、巨大な扉が自動ドアのように観音開きで勝手に開く。どうやら、封印が解ければドリルでこじ開けようとしなくても迎え入れてくれる様子。
ただ、そうは言っても、ここまで長い時間待たされるとなると、フィールドモンスターの一掃は帰りの際も含めやはり必須だったと考えられる。
「……」
私自身、もはや慣れたことか。中へと足を踏み入れて一つ目の感想が平坦に浮かぶ。
外観の大きさと内部の広さが一致しない。少なくとも、先達の三人にそれを気にした様子はない。自分以上に慣れているということだろう。
西洋の世界遺産を彷彿とさせる古い石造り、所々が苔に覆われている薄青の石畳は20メートル程でY字に分岐しており、その先にはそれぞれ独立した円形の足場が見える。それ以外は外と同じく水面が広がっており、開けた視界の奥が何処まで続いているのかは不明。
また、中は薄暗いと想定していたが、水面が淡く輝いて光源となっており、快適な視野が保たれている。
「これ上も相当な高さっぽいな。天井があるのかもイマイチわからんし」
「そんなことより、いきなり二手に分かれてるんだけど」
どうやら、レイカさんも自分と同程度には内部構造への関心が低いらしい。
「えっと、つまり2ぃ2ぃってこと?」
「そっすね。原作通りなら、そもそもチャレンジャーは四人以外受け付けない感じで、もし三人とか五人だったら入口が開かなかったかもしれないです」
「原作、ですか?」
先程言っていた、理事長に細かく話を聞いた部分に相当すると思われる。
「あぁ、ここについては、理事長としても思い当たる節が多い区画みたいで、モチーフはとある古い洋画の内容らしい。ネタバレ記事を閲覧した限り、この神殿っていうか、遺跡? とにかく、いきなり分かれ道になってるトコはしっかりと一致してる」
「へぇ、それなら、今回は大分攻略が楽になるかもしれないわね」
「危険区画によくある、入った瞬間問答無用な傍迷惑仕様もないし、アタシとしちゃ、それだけで十分楽って思えるけどねぇ」
言われてみれば確かに、以前様々な危険区画を周回する流れになった際を思い起こせば、そのような例は一つの典型だった。
「よし……スマホも使える。メッセでスピーカーチャット作ったから、入ってもらっていい?」
言われた通り、招待通知をタップし、これにより、ワンタッチで四人でのスピーカー通話が出来る。
「で、右が謎解きで、左がバトル。見た目通り、あの丸いのはエレベーターで、上のフィールドには東西南北4か所の仕掛け。バトルペアが解放すると、謎解きもその方位に対応したのが解放される仕組みらしい。つまり、4か所の仕掛けをパスした謎解き側の先が最奥になる」
「映画っていうよりはゲームやね」
自分も、全く同じ感想を抱いた。
「んじゃ、頭は普段使いっぱなしだから、アタシはバトル班かなぁ。ので、もう一人はレイカか中原ちゃんがイイかも」
「確かに、俺だと補助補助になっちゃいますよね。なら、色々勉強してもらうってことで、中原をお願いしていいですか?」
「アタシはイイけど、中原ちゃんはそれでイイの?」
「是非、お願いします」
考える前に即答する。謎解きに関心はない。
「善は急げ、ね。月見里先輩とサヤなら問題ないし……今日は頭脳労働の日ってことか」
「まぁ大丈夫だ。もし激ムズだったらそっち系強い人に連絡するから」
「身も蓋もない攻略法ね……」
比較的あっさりと指針は決定した。我々は二手に分かれ、神殿の攻略へと移る。
「中原、大丈夫だと思うけど、一応気を付けろ。まぁ、ちなみに姉さんは、ヒカリ、ナギ、織田島に次いで在学生キル数4位だから、学ばせてもらえ」
「おぉい……物騒な情報だけ切り取って吹聴すんなやっ」
苦言を呈する月見里先輩だが、外見上どうしても愛らしく映ってしまう。少なくとも、この学園において、四番目に人を殺めている人間には見えない。
「……吹聴したことについてはどうかと思いますが、学ばせていただくことについては、異存ありません。ただ、そのランキング、先輩は何位なのですか?」
「俺? いやぁ、わからんけど、10位圏外だろ」
それは嘘だ。顔がそう言っている。
「っざけおいっ、てめぇ7位やろっ! っていうか、役職特権で遊ばないっ。ほら、中原ちゃん、こんなん放っといて行こ」
「はい」
答えを得た私は、月見里先輩の小さくも頼もしい背中へ続く。
「あ、言われてみればなヴィジュで、ここに立って下さいなトコが2か所あるねぇ」
「確かに、そう見えます」
二人で乗るには十分過ぎる広さに見える円形の足場には、二つの小さな円が描かれている。足場を顔と見立てれば、目と思えなくもない。
「――おっ」
「……」
自然な流れで月見里先輩が左、私が右に立つと、言われていた通り、足場はエレベーターのようにゆっくりと浮上を開始、右を向けば、先輩とレイカさんは既に見えない高さまで上昇している。きっと、レイカさんが先輩へ文句を言いながらも、お互い上手くこなすことだろう。
仕様は左右一緒なのか、加速し切った足場はかなりの速度で上昇を続け、その後減速、ピースが嵌ったかのようなカチッという音と共に、開けた空間が潮の流れの如く八方へ広がっていく。感覚としては真上へ向かって移動してきたはずだが、謎解き側を担当する二人の姿はない。
「ここも、空間の法則性が地球のものとは違うっぽいねぇ。んじゃ、スタンダートに右……つまり、東から行ってみよっか?」
「はい」
何がどうスタンダートなのかは分からなかったが、特に反対意見はない。
見た所、直径は100メートルに満たない程だろうか。エレベーターと同じ円形のフィールドの周囲は先の見えない水面が同様に広がっている様子。少し歩くと、すぐに立ち位置を示す円が確認できた。
「あ、そっか。攻略情報があるんだっけ? っと……もしもーしっ、そっちはどう?」
「っ……」
必要ないかとも思ったが、自分もスマートフォンを取り出し、メッセを起動する。
『はい。円形フィールドで、4か所に丸印、多分そっちも同じですよね?』
「だね。とりあえず、東から処ろうと思うんだけど、情報あったらプリーズって感じ」
『東は脳筋なおっさん? いや、神っすね。なので、普通に近距離パワー型だから、中原でカウンターできると思います』
「えっとぉ……より強力な近距離パワー型をぶつけるっていう、攻略?」
『ですね』
「それ、攻略って言う?」
概ね同意見だったが、情報としては十分とも思える。
『で、こっちは完全に待ちなんで、まぁでも、特に急がないんで、慎重かつ確実によろしくお願いします』
「おっ、あるべき副会長っぽい方向性だっ。とりま、片付いたらまた連絡入れやす」
『りょ――』
先輩が通話から離脱し、こちらもメッセを落とす。
「じゃ、アタシがバックで中原ちゃんがフロントってことで……まずは適当にやってみよ。それでぇ……行き詰ったら話し合おっ」
「了解しました」
どこでも刀を握り、刀身を伸ばす。
「あー、なーる……多分、中原ちゃんが乗ったらスタートじゃないかな。準備が出来たら、自分のタイミングでお願い」
「はい、では……」
戦いを前にしても、その言動と雰囲気に変化はない。先輩は彼女の役割を補助と言及していたが、正直先輩のそれを補助と感じたことはないため、参考にはしないでおく。
「――――っ」
円の中を踏んだ瞬間、水面が足元から広がっていくようなイメージで空間が変容する。地形は変わらぬ石畳の開けた平地、前方には大きい人型が、始めからそこに立っていたように、姿を現す。
「まぁおっさんっちゃおっさんだね。腕4本あるけど」
月見里先輩が言ったように、まず目に付くのは両肩から生えている二本の逞しい腕、細かく編み込まれた長い金髪と、青黒い肌の色、額にある第三の目が、人型を異形たらしめている。
「っ……」
問答無用の突進から繰り出された大振りな二本の腕、その振り下ろされた両の拳を回り込みながら躱すと、立っていた石畳が派手に粉砕される。その速度も含めて、受け止めるという選択肢は外した方がよいと判断した。
「よし……折角腕が4本ある訳だし……しかも3メートルはあるってことで、中原ちゃんっ!」
「はいっ!」
これはつまり、先程言っていた話し合いなのだろうか。
「土下座してぇ、顔を上げるから、その瞬間に首を落としちゃおうっ」
「えっ? っ……っ!?」
言葉の意図を咀嚼する前に、大柄な人型はこちらへ向き直った途端に全ての腕を地面に着けて跪き、歪な動きで顔を上げる。
「――――っ」
藁を斬るように、動かぬ異形の首へ刃を通すと、確かな手応えが呆気なく両手に伝わり、斬り離された大きな頭が、石畳に落ちる。
「えぇ……エッグッ! 一年の七月じゃないっしょ……ヒカリちゃんとはまた別の意味で戦慄しちゃうわぁ……」
「っ……いえ……どうやら、これで終わりのようです」
空間が歪み、いつの間にか先程の場所へと戻る。何らかの調整か、月見里先輩の位置はエレベーター付近に移動したように見える。
「んじゃ、先にちょっと連絡しちゃおっ。あの二人、放っとくとイチャつくか太刀川がドメられるかの二択だからっ」
「っ……」
私の頭には、未だ複数の疑問が留まっていたが、目の前の小柄な少女は、何食わぬ顔でスマートフォンを取り出していた。