トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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4月中旬頃 2

 三階、学生会本部は広々とした空間にテーブルと椅子が設置されたカフェのようなスペースが大半を占め、先輩が指した奥の方には学生会への依頼が貼られた掲示板スペースや、各役職の部屋や会議室が並んでいる。

 

「やぁ、今日も変わらず凛とした立ち振る舞いだね、サヤ。改めて、よろしく頼むよ」

「はい、こちらこそ、よろしくお願いします、稀崎先輩」

 

 開けた掲示板スペースで貼られた依頼を見ていた様子の稀崎先輩が、こちらに気付いて声を掛けてくれる。

 

「慣れるまでは少々戸惑うこともあるだろう。これには、人の持つ唯一性を否定する意味は全く含まないのだが、サヤの考え方は、何処か波長がシンと重なるように私には感じられる。と、そう思ったのだが、やはり口にすべきではなかったようだね」

 

「いえ、そんなことは……」

 

 どうやら、無意識に拒絶が漏れてしまったようだ。

 

「シンは一緒ではないのかい?」

「少し四階に。戻るまで、ここで待機せよとのことです」

 

「そうか。私の耳に入っている限りでは、特に大きなトラブルはないはずだ。今日はきっと、幾つかの依頼を一緒にこなしていくんじゃないかな」

 

 彼女こそ、凛とした立ち振る舞いという表現が当て嵌まるのではないかと思う。少なくとも、自分を評する際に使われる言葉としては、大きなズレを感じてしまう。

 

「はい、そのように伺っています。あの……そういえば、会長は寮には戻らないのですか?」

 

 程度としては低いものの、少しだけ引っ掛かったことを尋ねる。

 

「うん? そうだね。彼女は学生会会長室から出ることはないと聞く。詳しい事情については、私は立ち入っていない。もし気になるなら、シンに尋ねてみるといいだろう。少なくとも、今在籍している学生の中では、彼が一番会長と関わっているだろうからね」

 

「そう、ですか。ありがとうございます」

 

 正直な所、そこまで気にはならない。

 

「稀崎先輩はどのような依頼を?」

 

 稀崎先輩の役職は副会長補佐。先輩の補佐と聞くと前向きなイメージを抱くことは叶わないが、彼女の人柄の良さは、研修期間を経て十分に体験している。

 

 その一方で、この学生会で役職を持っているのは、それだけで強力なエネルゲイアを所持していることを意味するのではと思っていたが、稀崎先輩のエネルゲイアは本人にしか見えない物体を出す、という聞いただけでは優劣を付け難い内容であり、それに関しては話題を広げることもしなかった。

 

「あぁ、いや。私も人を待っていてね。今は、シンに報告すべき依頼の見落としがないか、確認していた所だよ」

 

「……先輩が担当される依頼というのは、何か特別なものなのですか?」

 

「うーん、特別かと聞かれれば、確かに特別ではあるだろうね。シンが日々担当する依頼は大きく分けて二つだ。一つは達成難度が高いと判断されたもの、そのチェックは私の担当になるが。もう一つは、依頼が出されてから時間が経過したものだ。シンは基本的に、古い依頼から取り組んでいくのが常ではあるね」

 

「なるほど……っ?」

 

 何か香ばしい匂いに振り返ると、そこには先輩の姿。先程までとの違いは、左腕で抱え込むように何かを持っている。加えて、それは高確率でフライドチキンのバーレルだと予想される。ただ、某大手メーカーのロゴは確認できない。

 

「これは……空腹な人間には酷な香りを漂わせているね。貰い物かい?」

「いや、絶ダッシュで買ってきた。金井先輩へのお土産。何か共有事項ある?」

 

 間近で見る。予想通り、それはチキンバーレル、おそらく12ピース。揚げ物は極力口にしないが、旨味として暴力的な匂いではある。

 

「いや、ないよ。逆に、そちらでは何かあったのかい? サヤを案内するのは、もう少々先のことだと思っていたのだが」

 

「うん、ちょっと俺の方からお願いした。得意の会長起きてるか占い。で、OKな流れ」

 

 先輩は私達二人の間をすり抜け、最奥の副会長室へ消えると、数秒もしない内にこちらへ戻ってくる。尋常ではない程に歩くのが速い。

 

「よし、何かあったらメッセで頼む。あ、マコト、一ついる?」

「ありがとう。けど、揚げ物はなるべく控えているんだ。気を付けて」

 

「うん、よろしく。じゃあ、コレ。新年度挨拶、役職持ちに配ることに今決めた」

 

 そう言って先輩は、コンビニエンスストアで見かけるスティック上の羊羹と思われる何かを稀崎先輩へ差し出す。

 

「い、いいのかい? 何だか、催促したように聞こえてしまったかな。けど、キミに遠慮は無用だったね。重ねて、ありがとう。食後の楽しみにするよ」

 

 やや戸惑いながら、稀崎先輩はそれを嬉しそうに受け取る。男性と女性、両方の魅力を兼ね備えた学園の良心、学生会での評価そのままの笑顔だった。

 

「失礼します」

「あぁ、サヤも気を付けて」

 

 見送られながら、忙しなく再び階段の方へ向かう先輩に続く。

 

「蓋しても結構匂いエグいなぁ……中原は、やっぱジャンクフード系は食べない人?」

「ジャンクフードが何を指すのか明確にはわかりませんが、私も揚げ物は極力控えています」

 

「そこは期待値ど真ん中だな。とりあえず一旦四階へ行きます」

「…………」

 

 一般学生は立ち入り禁止なはず。きっと、先輩が同伴していれば問題はないのだろう。

 

 ある程度の賑わいが感じられた三階に比べ、明らかに人気のない四階は、それに加えて何もなく、がらんとしている。

 

「今んとこ行くことはないと思うけど、あっちが会長室。で、こっちにエレベーター」

 

 階段を上がりきって右へ向くと、言われた通り、閉ざされたエレベーターの扉がここからでもわかる。

 

「そういえば、二号館と四号館にはエレベーターがありますが、やはり食堂があるからですか?」

 

「そういうこと。ほとんどエネルゲイアを使わない人でも、プロスポーツ選手真っ青位の身体能力はあるから、不満の声は聞かないけど、そこら辺は作った人の趣味らしいな」

 

 そういえば、あのバーレルは急いで買ってきたとのことだったが、つまり先輩はポータルで二、四号館のいずれかへ行ってバーレルを購入後、同様の方法で戻ってきたということか。その時点で、おそらく金銭感覚は共有できないであろうことを悟った。

 

 加えて、節電という概念は見受けられない照明の明るさで、フロアの広さがより強調された廊下を進み、先輩は右手でボタンを押す。

 

「そういや、誰以来になるんだっけ。中原はさ、何か秘密道具的なアイテムが貰えるとしたら、何が欲しい?」

 

 マンションなどのそれというよりは、業者が使う運搬用を連想させる重々しい扉を潜る。

 

「……特に浮かびません」

「えっ? マジで……ほら、その、どこへでも行けそうなドアとか?」

 

「……正直、ポータルを利用した今、移動時間があることは、それはそれで必要なことではないかと捉えています。なので、特にそのようなドアを欲しいとは思いません」

 

 この学園がどういう場所なのか、十全に理解しているとは言い難いものの、いずれポータルが世間一般に出回るのであれば、それに空虚さを覚える人間も一定数いるのではないかと思う。

 

「へぇ、そっか。じゃあ将来的には週刊誌を手に取って読むのが一日遅くなっちゃうような離島に住みたい感じ?」

 

「今の話とその話はあまり関連がないように思えますし、離島に住みたいと思ったことは今の所ありません」

 

「うん。俺も特に離島で暮らしたいと思ったことはないな。旅行なら、全然楽しいけど」

「……」

 

 この人と会話をするのは無駄であるだけでなく、やや苛立ちを覚えることが多い事実を再確認した所で、エレベーターの降下が止まる。開閉以外に押せるボタンは四階と一階、そして今着いた地下の三つのみだ。

 

「っ…………」

 

 不意な視覚情報に、つい息をのむ。

 

 扉の先には、それを圧倒的に凌駕する巨大な扉。距離の感覚が狂わされたのか、エレベーターの外へ出ると、扉との距離は思ったよりも遠く、100メートル位先だろうか。左手にも同様のエレベーターが見え、扉との中間程の位置には西洋の彫像だろうか、場から浮き出るような違和感を抱かせる緑色の錆に覆われたオブジェが、台座の上に置かれている。

 

「あー、結構驚くだろうけど、まぁ気にしないで。個人的にはもうちょっと世界観を統一してほしいと思うんだけど、言ってもしゃーなし」

 

「……」

 

 そこについては同意見だった。

 

 20メートルか30メートル、少なくとも今まで見た中で最も巨大なその扉、それ自体は西洋の城を彷彿とさせる。しかし、フロアの作りは他の各階と違いはない。ただ、扉の圧倒的な存在感からか、フロア全体と彫像の方が異物に思えてしまう。

 

「あの……ここは地下何階になるのですか?」

「さぁ、十階とかじゃね?」

 

「下った体感では地下一階、あり得ても二階程に感じましたが」

 

「いやいやいや、もう入学して十日だろ? 体感とか信じちゃダメだって。まぁとにかく、あんなデカい扉に用はないから、こっちだ」

 

「……」

 

 言う通りではあるが、感情的には納得できない。

 

 その隙だらけの背中に殴りかかりたい衝動を抑え、もう一つの対象物である彫像の前まで歩く。

 

「…………これはどのような題材なのですか?」

 

 このような芸術品に対し、審美眼は疎か何の専門的知識も持たない自分ではあるが、目の前に置かれた等身大と思われる人型の彫像は、その作りがどうにも過剰に生々しく、必要以上の肥大化を表現しているその体付きには、若干の生理的嫌悪を覚えた。

 

「まぁ知らなくて当然だよな。コレはフロントラットスプレッドと言ってな、何も知らないとただふんぞり返ってるだけに映るんだけど、その道の魂のぶつかり合いにおいては、背中の横幅を強調してアピールするのに適しているらしい。もちろん、俺も詳しくはないんだけど」

 

「ポージングではなく————いえ……とにかく、話を進めて下さい」

 

 その手に刀が握られていたら、斬りつけてしまっていたかもしれない。加えて、台座に刻まれたタイトルが『愛に生きる者』という点も、振り払い難き鬱陶しさを高めた要因だった。

 

「だな。実はちょっと押し気味だから、急ぎたいっちゃ急ぎたい、ので、スイッチオン」

「……っ」

 

 言葉通り、先輩が押した台座のタイトル部分がスイッチのように奥へ沈み、ほんの少しの間、眩い光が台座から発射され、一瞬視覚が遮られる。

 

「――――おぉっとっ! ベンチプレスが後7回残っていたのだが、強く求められているなら致し方無いだろうっ! おぉ、太刀川少年っ! 久しいなっ! いや、どうなんだ? キミと私は久しいのかっ!?」

 

「……」

 

 起きた現象を処理することを、本能が拒絶している。

 

 だがその抵抗も虚しく、端的に言えば、緑の彫像が肌色の生きたボディビルダーに変態し、流れるようにそのポーズを変えながら親しげに話し出した。そして声が非常に大きい。

 

「はい、こんな感じです。新年の挨拶から三か月と少し、ですね。ご無沙汰してます」

 

 先輩は先程の現象にも特に何の衝撃も受けた様子はなく、スマートフォンの液晶をボディビルダーへ向ける。

 

「そうかっ! もう少し短い頻度で会いに来てくれてもっ! 私は一向に構わんぞっ! とは言え、とは、言えだっ! 副会長である太刀川少年は忙しいっ! 年長者として、今日もすぐに本題へ入ろうではないかっ! つまり、つまりっ! だっ! そこの少女っ!」

 

「……はい」

 

 右の上腕二頭筋を強調するかのようなポーズを向けられる。このようなコミュニケーションは初体験であり、当然二度と経験したいとは思わなかった。

 

「ふむ……太刀川少年っ! もしや、もしや、だっ! この少女はコンディションが優れないのではないか? 何故放置しているっ! 何故……プロテインを何故飲ませないっ! 見た所、見た所、だっ! 少女は少年の後輩っ! であろう?」

 

「あ、はい、すいません。中原、体調悪い? 一応、後でプロテイン飲んどく?」

 

 あのボディビルダーは人ならざる者。なので自然と怒りも湧かないが、迎合したこの男には明確な殺意が湧き上がる。

 

「いえ、コンディションに問題はありません。速やかに本題に入ってください」

 

「そう、かっ! いい、いいぞっ! 少女よっ! 私は天津神学園高等学校学生会備品、金井だっ! 下の名前は…………愛する者に捧げた。キミの名をっ! 聞こう」

 

「中原サヤです。よろしくお願いします、金井先輩」

 

 早くこの場から去りたい。気付けばその一心だった。

 

「あ、金井先輩、この前のリクエスト、チキンバーレルです」

 

 本当にそのタイミングが適切だったのか後で問い詰めたい所だが、先輩は抱えていたバーレルを献上するように差し出す。

 

「おぉっ! てっきり少年の間食用かと思ったが、覚えていてくれたかっ! もはや良い夢の中での筋トレ生活っ! 人の身であった頃には、このフライドチキンは憧れの禁忌…………少年よっ! 礼を言う」

 

 金井先輩は豪快にチキンを頬張りながら声量を上げる。

 

「いや、そんな。帰り際に次のリクエストがあれば聞くので、考えておいて下さい」

「先輩、私は何故ここに連れてこられたのでしょうか?」

 

 金井先輩の心証を気にすることは即座に無駄だと悟った。この方は間違いなく、他人の話を聞かないタイプだからだ。

 

「おぅ、ちょっと学生会特典ガチャを引いてもらう。金井先輩も、食いに集中したいだろうから、とっとと引かせてもらって退出しよう」

「うむ、後輩からの労わり、有難く受け取ろう。だがっ! だっ! ガチャガチャではないぞっ! 太刀川少年っ! 我が能力は魂の鼓動、そのっ! 結び付き、だっ! では、少女中原っ! 準備はっ! できているか?」

 

「あぁ、いやまだ説明してなく――」

「――はい、問題ありません」

 

 何一つとして準備はできていない。しかし肯定こそがここを一秒でも早く立ち去ることに繋がるのは理解できた。

 

「グーだっ! 常世は一期一会……さぁ、魂を……震わせろおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 聴覚の限界を悟り、両手で耳を塞ぐ。

 

「……?」

 

 手で塞いだ程度では逃れられない爆音を背景にして目の前に何かが出現、それは所謂ガチャガチャのダイヤルに似ていたが、両手で握って回すような大きさだった。

 

「SSR、来いっ!」

 

 絶叫でかき消され、先輩が何を言っているのかはわからなかったが、両手を合わせて何かに祈りを捧げている。

 

「……くっ!」

 

 内心で観念し、胸中で燻る怒りを全てダイヤルへの握力に変換し、思い切り回転させる。

 

「――なっ!」

 

 またも不意打ちに、回したダイヤルを中心に白い光が発せられる。

 

「あー、確定じゃねぇ……」

 

 何処か残念そうな声と共に、虚空に浮かんだ球体は金井先輩の手中へ収まる。

 

「うむ、確かにっ! これこそが少女中原っ! キミの魂との結び付き、だっ!」

 

 言語理解は意識的に放棄し、正にガチャガチャで見られるカプセルそのままの球体が二つに割れる。

 

「……目貫?」

 

 紫と青、見たことのない鮮やかな彩り、唐突に現れたのは刃を柄に固定するための金具に思えたが、肝心の刀身が確認できない。それは途中から折れているということでもなく、最初から備わっていないように感じられた。

 

「うーんと……ビジュアル的には刀の、持つトコだけ? 鈍器?」

 

 三者のちょうど中間点でふわふわと浮かぶ短い棒状の物体。確かに現状では、その用途は不明だ。

 

「……これはまた雅な……しかし、廃刀令が出された現代には……否っ! 闘争が絶えぬ学園の中では力になろうっ! 少女中原よっ! 受け取るがいいっ!」

 

 再びの声量、多少なりとも慣れたのか、最初に聞いた時の不快さからは若干軽減されたように感じられる。

 

 今更になって、ガチャを回した本人である自分がこの柄を受け取る流れを理解した。

 

「では、説明書を……名は『どこでも刀』と言う。カタナではなくトウとは、中々センスを感じさせるではないか、少女中原よっ!」

 

 彼にとっては賛辞なのかもしれないが、自分にとっては只々汚名に取れる言葉だった。

 

「……先輩、つまり金井先輩はこのような道具を学生会の人間に与えてくれる方、ということですか?」

 

「その理解で問題ない。で、ガチャは引き直し不可の一発勝負で、回した本人と金井先輩の能力が結び付いて不思議アイテムに変換されるらしい」

 

「これが……」

 

 魂との結び付き。それが事実なら受け入れがたいが、柄を握った限りではとても手に馴染み、重さも丁度良い。

 

「ふむ……これで良いだろう。少女中原よっ! すまほに神器の説明を送っておいた。後で熟読するといい」

 

「なっ?」

 

 変わらぬ豪快さでチキンに齧り付いている金井先輩の目の前に、スマートフォンが浮かび、すぐに姿を消した。

 

「……」

 

 バイブレーションも切り、マナーモードにしてあったスマートフォンを取り出すと、確かにメッセージが届いている。相手の名前が、『愛に生きる者、金井』である点は流し、本文に目を走らせる。

 

『どこでも刀(ドコデモトウ) 中原サヤ専用エイドス 中原サヤが触れ、その上で明確にイメージすることで本体から刀身が生える。その際、刀身の状態は最も適した長さ、切れ味、強度で現れる。刀身は中原サヤが触れ、その上で明確にイメージすることで戻る。但し、中原サヤが触れていない状態で他者、もしくは刀を扱う技量、知能を備えた生命体が触れれば刀身は即座に戻る』

 

「どこでも刀……つまり、握って何かを唱えるとちゃんとした刀になるっていうヤツか。カッターの刀版みたいな感じ?」

 

「……はい。唱えるではなく、イメージするだけで……このように刀身が出現するようです」

 

 両手で握り、試しにイメージを膨らませると、やや緩慢と思える速さでゆっくりと刀身が現れる。思った通り、刃渡りは二尺に届かない脇差程度の刀身。

 

「これは……刀文まで再現されています……」

 

 祖父が持つ七振り、その唯一の脇差、無名ではあるがその美しい刀文は目に刻まれている。

 

「へぇ、ホントにサムライガールだったんだ……ってちょっとっ! 人に刃物を向けちゃダメでしょっ!」

 

 このまま伸ばせば左目を潰せるかもしれないと思ったが、仕方なく刀身を収める。その際のイメージも非常にスムーズで、特に修練は不要に感じられた。

 

「あの……いただいてよろしいのでしょうか?」

 

 説明書きには自分しか使用できないとのことだが、それでもこの刀が様々な面から貴重品であることは疑いようもなかった。

 

「もちろんっ! だが……だがっ! だっ! いただくは違うっ! それは最初から少女中原のものだ。他の誰のものでもない。だが一つ、願いを口にするのならば、キミが望むように使ってほしい」

 

「ありがとうございます。その願い、確かに受け取りました」

「俺を睨みながら言うのは止めようか……」

 

「さて、やはり油は正義か、非常に美味であったっ! それでは、ベンチプレスの残りを消化せねばな……少女中原よ。筋肉について質問があれば、そのすまほで受け付けよう。太刀川少年っ! また会う日を楽しみにしている。筋っ! 肉っ!」

 

「――っ!?」

 

 突然金井先輩から発せられた大量の蒸気に、気付けば後方へ飛び退いていた。

 

「あ、リクエスト……まぁメッセで聞けばイイか。よし、中原、昼休憩は終わりにして、そろそろ活動を始めよう」

 

 超常現象を目の当たりにした人間とは思えない気楽さで、先輩は元来たエレベーターへ向かう。煙幕のような蒸気が消えると、金井先輩は元の彫像に姿を戻していた。触れたくはないが、先程とは題材に変化が見られる。おそらく専門的なボーズなのだろう。

 

 ボディビルダーのイメージが悪化しかけたが、別にボディビルダーが変なのではなく、金井先輩が変であると思い直した。耳にした情報は少ないが、ボディビルダーの多くは食事管理に長けた知性の高い人間だと聞いている。

 

「っ……」

 

 学園内で帯刀することについて、つい尋ねそうになったが、気付きを得て踏み止まる。これまでの常識とはかけ離れた環境に身を置いていることは十分に自覚しているつもりであったが、未だに今日まで集められた常識が根強く思考に混ざることを止められない。

 

「うん? まぁ、一年はまだだろうけど、二、三年の大半はポン刀レベルじゃビビらないから、あんまり気にしなくて大丈夫だよ。ちなみに、中原ってもしかしなくても元剣道部?」

 

「……中学二年に上がるまでは剣道部に所属していました。なので、元剣道部で正しいです。それより、この……エイドス? でいいんでしょうか。これは私専用とのことでしたが、誰でも扱える品や、様々な種類がある、ということですか?」

 

「金井先輩が正式名称使ってないからもうどうでもイイんだろうけど、エネルゲイアと能力、力みたいなもんかな。俺はアイテムとかアレとかで済ませてるけど、神器って呼ぶ人も結構いるし、エイドスも普通に聞く。好きに呼んで問題ない」

 

 ボタンを押した先輩に続き、エレベーターに乗る。

 

「で、アレはエネルゲイアが使える人間が一回だけ引けるガチャ。能力同様全てがピンキリ、そのどこでも刀はレアリティでいえばR位かな。白演出だったし」

 

「それはN、R、SR、SSRという理解でいいんですか?」

 

 祖父からプレイを強制されているため、ソーシャルゲームに関する知識はそれなりにあると自負している。

 

「そんな感じ。うーん……まぁ今なら平気か。雰囲気的には爆死ってリアクションじゃなかったし、中原的には使えそう? 多分、切れ味ゲージとかも能力に比例して上がるタイプだと思うんだけど」

 

 何を迷ったのか、先輩は一階のボタンを押し、エレベーターが上昇を始める。

 

「説明にはそうありました…………あの、ありがとうございます。私にとっては、非常に有用な品であることは間違いありません」

 

 刀の入手は自分にとって優先事項の一つだった。正直、それについてどう探っていくべきか考えていた所でもあった。

 

「いやよかったわ。大爆死して一生ジト目ルートも全然あったからなぁ……とりあえず、一旦新しくできた部活――げっ!」

 

「っ?」

 

 数秒も掛からずにエレベーターは地上に到着、その扉が開かれると、大分離れた視界の奥にはブロンドの女性の姿が見えた。先輩と目が合ったからだろうか。スマートフォンを見ていた様子の女性は瞬時にその表情を険しくしてこちらへ歩き出す。

 

 外見の美醜にはそれぞれの価値観が存在するものの、初日に先輩を襲っていた二人、阿僧祇先輩、稀崎先輩と同じがそれ以上に彼女が位置することは間違いないと感じられた。

 

「中原、このエレベーターは一階で降りてはいけない決まりなんだ。それを理解してもらうために敢えて一旦止まったけど、速やかに四階へ上がるとしよう」

 

「……まぁ今なら平気か、との発言と矛盾します。思うに、こちらへ向かって歩いてくる方に露見したため、先送りの逃亡を図っているように見えたのですが、違いますか?」

 

 好機を感じ取った私は、エレベーターの扉を左手で抑える。

 

「無駄に洞察が鋭いな……」

 

 渋々といった様子でエレベーターを降りる先輩。その苦笑いから、どうやら観念したようだ。

 

「おー、久しぶり。今日戻りってことは、最短に、なるんだっけ? とにかくお疲れ。今日はもう寮に帰って休んでも――ごぉっ!」

 

 ブロンドが揺れ、先輩が膝を着く。

 

 揺るぎない歩行からの流れるようにスムーズな一撃が、先輩の水月を捉えた。十分な態勢からとは言い難い腹部への強烈な中段突きは、彼女の体幹の強さを物語っているようだった。

 

「これは初日の寝坊の分だから。それで、今のは緊急だったの?」

 

 その圧倒的なスタイルの良さも相まって、女王の如く先輩を見下ろす女性は、詰問するような口調でそう尋ねた。

 

「……すいません……バリバリ平時でした……」

 

「今のタイミングなら誰もいないと思った、でも私がいたわ。私になら見られても問題ない、そんなことはないわ。ほとんどアンタしか使わないんだから、アンタさえしっかり守ってれば問題は絶対起こらないでしょ? 他に言い訳は?」

 

「いえ、ありません。猛省し、次に活かします……」

 

「そもそも一言も言い訳はしてない、じゃないでしょ? どうせ何を言ってもネチネチ責められるから余計なことは言わずに早く解放されたい、随分と都合のいい考え方ね」

 

「これは……」

 

 退路を遮断する見事な詰め。その痛快な光景に、地下での溜飲が下がる。

 

「ごめん、マジで。そして全面的に俺が悪い。えぇっと、とりあえず紹介するよ。今年度第一号、期待の新人、中原サヤ。今日から、俺と一緒に動いてもらう」

 

 腹部を擦りながら立ち上がった先輩は、誤魔化すように紹介へ移る。

 

「中原サヤです。よろしくお願いします」

 

 不思議と憑き物が落ちたような晴れやかさを感じる中、背筋を正す。

 

「うん、凛としてていいわね。私は会計監査の桐島レイカ、話はマコトからも聞いてるわ。こちらこそ、よろしくね。サヤで、イイ?」

 

 先程迷いなく突きを繰り出した女性とは思えない優しく、親しげな態度。そして遠目で見た時に抱いていた既視感に答えを得る。

 

「はい、桐島先輩」

「……できたら、レイカって呼んで。苗字、あんまり好きじゃないの」

 

「はい、では、そうさせていただきます。あの、もしかして、歌手の緋乃レイカさん、ですか?」

 

 緋乃レイカ。

 

 その美貌と歌声に加え、現役女子高生歌手として知られる人気アーティスト。音楽に関心の薄い自分にも情報が届いていることを鑑みるに、そう評して間違いはないだろう。PVを目にした際は長さは同様でも黒髪だったと記憶しているが、その仕事柄から察するに、髪色の変化はそれ程不自然なことではないのかもしれない。

 

 全く以て隠している印象を受けなかったので、初手にそう尋ねてしまった。

 

「あ、最初にそう聞いてくれるの助かる。自分からって言いにくいのよね。その都合で、時々学園の外へ出ることもあるんだけど。っと、マコトを待たせてるから。また今度話しましょ」

 

「はい、失礼します」

 

 小林先輩、稀崎先輩に続く、前向きに対話できる雰囲気。先程の地下での関わりがあったせいか、より際立って感じられる。

 

「うん、とにかくお疲れ。んじゃ」

 

 やはり、細身ではあるが先輩の強靭な腹筋を一撃で効かせるのは難しいか。この男からは既にダメージの痕跡は辿れない。

 

「――ちょっと」

「えっ?」

 

 先輩の袖が、がっちりと形容して違いない力で握られている。

 

 まだ何かあるの。先輩の顔にはそのような記述が見られた。

 

「これ」

「うん?」

 

 見やすい位置で固定されたスマートフォンの液晶には、グループメッセージの画面が表示されていた。そこには先程見覚えのある包みが写真として貼られている。メッセージの主は稀崎先輩だった。

 

『正に役得というヤツだね。シンはすぐに忘れるから、早めに声を掛けることを勧めるよ』

 

「うわぁ……SNS社会の陰……うん……あの、今年度もよろしく。頼りにしてる」

「……ありがと」

 

 差し出した手にスティック上の包みが置かれると、先程よりやや棘が抜けた態度で礼を言い、階段を上っていく。

 

「先輩は絶えず羊羹を携帯しているのですか?」

「さすがに今日は打ち止めだけどな……」

 

 無地の包みだったため、有名店のものなのかはわからないが、受け取った者の反応から察するに、そこまで手軽に入手できるものではないのかもしれない。おそらくそういう区画があるのだろう。

 

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