トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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神殿の攻略・西の仕掛け

 神殿の最奥へと進む者を阻む、4方位に施された仕掛け、それはさながら、東西南北に配置された守護神を思わせる。

 

 東は四本の腕を持つ筋骨隆々の人型。その膂力の高さは初撃を躱した時点で感じることができたが、理不尽とも思える拘束術により、早期の決着となった。

 

 南も同様に、強靭な体躯を誇る人型。水牛に騎乗し戦う姿は雄々しく、だがこれに関しても、理不尽と言える洗脳術により理性を失わされたことにより、本来の対峙とは程遠かったように振り返ることができる。

 

 初手で水牛の前足を切断したことでバランスを失い落牛、そこを詰めていた月見里先輩が、その小柄な体格からは考えられない強烈な右ストレートを放ち、そのままマウントへ移行、強烈なパウンドの連打により、為す術なく顔面が完全破壊され、朽ち果てることとなった。

 

 4方位のセミファイナルは西かと思われたが、月見里先輩にとって、時計回りという指針は既に忘却の彼方であったのか、我々は北側の仕掛けを先に起動させる運びとなった。特に反対する理由はない。

 

 だがしかし、ここで誤算とも言える状況に出くわすことと相成った。

 

「――くぅ……きっつ……中原ちゃんは……どう?」

「っ……はい。正直、厳しいと言わざるを得ません……」

 

 個人的には、窮地と言っても間違いではない。それ程までに、現状から逃れたい気持ちは強かった。

 

「うわぁ……結構時間経っちゃってるよねぇ……向こうに抜かれちゃったかなぁ……」

 

「いえ、構造上、追い越されるということは起こり得ないかと思います。もし連絡が来るのなら、南側の謎解きが終了した時かと」

 

 こちらが攻略すると、向こうが解放されるという仕組みは、おそらく不動であると考えられる。

 

「っ……あ、そうだよぉ太刀川のせいだよっ。だって事前情報くれなかったしぃ……」

 

『いや、アンタの方が切ったんやろ……』

 

 いつの間にか通話を始めた月見里先輩。そして残念ながら、理は向こうにある。

 

「ならもう一回掛けないとぉ……で、済んだことは水に流すとしてさぁ、コレの攻略法を早く教えてよぉ……もぅこっちはうんざりだってぇ……」

 

 言葉以上に口調がその精神状態を物語っている。

 

『えっ? でも攻略って言っても、大したことないっしょ? 何か身体にいい飲み物? を飲み干すだけだと思いますけど、何か違ったんすか?』

 

「はあぁ? 大したことないってのと、身体にいいって部分以外は合ってるけどぉ」

 

 確かに、この液体が健康に良いとは思いたくない。だが、良薬は口に苦しとの言葉も確固として存在する。

 

『なら、気合? でグイっとイケばよくないすか?』

 

「おい? ちょっとお前すぐここ来い」

 

 その声色には、明確な殺意が宿っている。いつものツーマンセルなら、自分も同様の態度を取ったであろう。

 

『ちょ何でマジギレなんすか……』

『っていうか、全然話が見えないんだけど、どういう課題なの?』

 

 ここで、レイカさんも会話に加わる。今回に限っては、何とか突破口を教授してほしい。

 

「だからぁ、何か変な瓶……500ミリ位? のを渡されて、それを二人共全飲みするってヤツ。何が楽しぃねん!」

 

『ちなみに、どんな味? 何か、植物由来な感じっての見ましたけど』

 

「そんなんじゃない……植物由来って言葉の使い方間違ってるってぇ……何かねぇ、汚い川ランキング上位の水を混ぜて凝縮させた後、ミント系のスーッとする成分だけ足したって感じ。そして不思議なことに無臭。しかも飲んだ瞬間臭みが広がる」

 

『そんなの飲みモンじゃねぇ……』

 

 月見里先輩の表現は見事であり、更に付け加えれば、それは液体と固体のギリギリ液体寄りなため、喉に絡み付いて一気に流し込めないのである。

 

『とは言っても、それを二人が飲み干してくれないと、私達も進めないんですよね?』

 

「これ、リタイヤもアリ?」

 

『いやまさかの飲み物に屈する……』

 

「いやだから、こんなの飲み物じゃないってぇ……太刀川もそう言ったじゃん」

 

『でも、中原だったらイケるんじゃないっすか? アイツなら味とか関係なく流し込めるっしょ?』

 

「……」

 

 許されるなら、あの男の口に残りを全て流し込みたい。

 

「っ……ちょい止めぇって……静かにキレてるから……」

 

『あーいや、そういう意味で言ったんじゃなくて……でも、中原の強靭なメンタルでも不可能ってことか……逆に一口飲んでみたいな』

 

「おい太刀川てめぇ……今のでリーチだかんなぁ……」

 

『サーセン』

 

 私は既に和了しているが。

 

『なのでちょっと待ってもらって……あ、へぇ……何か、童話みたいなオチっすね。コレ、お互いのを交換して飲むと、普通に美味いらしいです』

 

「っ……」

「えっ? いや、同じ液体なんですけどぉ」

 

 月見里先輩がそう言わなかったら、さすがにアプリを起動していただろう。

 

『いやいやそんな、見た目で判断しちゃ駄目ですって。とにかく、交換して飲んでみて』

『何か逆にその古い洋画、観たくなってきたんだけど……』

 

「っし、中原ちゃん、とっかえっこしよ」

「はい、お願いします」

 

 アドバイスに従って、互いの瓶を交換する。

 

「凄っ、中原ちゃん、半分手前位まで飲んでんじゃん……さすがメンタル強者……」

「いえ、既に限界でした」

 

 逆に、月見里先輩の方はほぼ減っていない。これがあの男なら詰め寄る所なのだが。

 

「っ……んっ……っ!?」

 

 恐る恐る口に含むと、フルーティな程よい酸味が口の中に広がる。端的に、これまで飲んだスムージーの中で最優と言える味だった。

 

「美味っ!? なんじゃこりゃっ!?」

 

 同種の驚きを感じたらしい月見里先輩も先程までとは一転、瓶の中身を一気に片付けていく。

 

「……」

 

 個人的には、この感動よりも、打開前に味わった苦渋の方がやや上回っており、すぐに連絡しておけばよかったことを少々後悔していた。

 

「っ……これで、残る方位は一つですね」

 

「うん……んで、申し訳ない。しんどいと思った瞬間に連絡しておけばよかったよねぇ……」

 

「いえ、私も結局、そう判断したので」

 

 最も苦戦を強いられたのがこの北側である事実は、早く忘れたい。ただ正直、あの液体を200ミリリットル程飲んだことは、今年度で一番苦しかった体験であったと言えよう。重ねて、早く忘れたい。

 

「うっし、ラスト。気合入れていこっ」

 

「はい。ですが、先に先輩から情報を得ておくべきかと思われます」

 

「っ、そうだったぁ……反省したことを秒で忘れてた……えぇっとぉ、ちょい待ってて…………あ、太刀川ぁ?」

 

『――ほら来た。多分中原が進言したんだろ。で、西側なんすけど、南東と一緒でバトルです』

 

 その通りだが、微量に腹立たしい。

 

「ふぅん、ならいいや。アタシ達のが終わったら、太刀川の方でラストっしょ? こっちは撤収でいいの?」

 

『はい。多分、区画も消える感じになると思います。まぁ、のんびりしていくような場所じゃないですし、そのまま上がっていただいて。今度、好きな飯オゴらせてもらいます』

 

「じゃあ、カニかふぐ刺しで」

 

『わざわざ高いモン並べてきたよ……』

 

「儲けてんだからイイっしょ。んじゃぁ、終わったら連絡する。そっちはこれから北の謎解き?」

 

『ですね。うーん……まぁ、気を付けて』

 

 若干含みを持たせた所が気に掛かったが、通話は終了する。

 

「さってっと……準備は大丈夫?」

「はい、問題ありません」

 

 こちらとしては最後の関門らしい西側の円の中に並んで立つ。北側では特に場の転換は発生しなかったが、戦いになるという情報も含め、展開は東、南と同様なのか、今までで最も開けた広大な空間へと転移する。

 

 天井は見えず、周囲を見渡しても端を意味する壁は何故か暗くて見通せない。

 

「……」

 

「へぇ……おっさんおっさんスムージーと来て最後は美人さんかぁ……肌メッチャ真っ青だけど」

 

「あれは……とてもそうは見えませんが、尾ヒレが確認できるので、魚なのでしょうか」

 

「うーむ。深海魚ってメッチャいかつい顔してるって誰かが言ってたし、空飛ぶ魚でイイんじゃないかなぁ」

 

「……」

 

 その身をうねらせて泳ぐように飛行し、鋭く旋回する異形。そして跨る青い女性のような人型、その表情からは感情を読み取ることは叶わないが、月見里先輩の言うように、非常に整った容姿をしている。

 

 全てが繋がる訳ではないが、あの異形はとある神が使役しているとされる怪魚に該当するのではないか。そう仮定すれば、各方位に現れた相手もそれぞれを任された守護神だったのかもしれない。だがそう考えると、水を司る頭上の相手とは別に、火を司る神もいるはずだが。

 

「うん? 中原ちゃん、どうかした?」

 

「っ……いえ、いみじくも、最も厳しい相手を最後に引いたようです」

 

「わかるぅ? アタシってさぁ、ああいう飛び回る系が苦手なんだよねぇ。これでアウトヒッターだったらもう逆ビンゴなんだけど」

 

 印の設置、その法則については聞いていなかったが、そこまで都合よく動かしたり、張り巡らせたりするのは難しいと推測できる。加えて、私自身も宙に浮く相手の厄介さは、七夕で既に痛感している。

 

「「――――っ!?」」

 

 人型の右手には長い槍、そして逆の手から発せられた何かに反応し、跳び退いて躱す。どうやら細いレーザー状の水流、ウォータージェットのようなものだと推測される。実際、硬い石畳が大きく抉れる程の威力であり、致命的な箇所への接触は死に直結すると思われる。

 

「うーわっ、ホントに逆ビンゴ――っと」

 

 続け様に怪魚の口から吐き出された水弾は月見里先輩へ打ち下ろされる。素早い身のこなしで被弾を免れるも、こちらは広範囲にその衝撃が及んでいる。

 

「……」

 

 相手は20メートル程の高さで旋回を繰り返し、下りてくる様子はない。高所のアドバンテージを保ったまま攻撃を繰り返す戦術なら、迂闊には跳べない。

 

 そして、その推量は的中する。

 

 問答無用の攻撃が開始されて暫く、水流、水弾をこちらが回避し続ける時間が続いている。何処かのタイミングで斬り掛かる他ないかもしれない。

 

「うーんと……ここってどんくらい広いんだろ……中原ちゃんっ、こっちの方にダッシュしてみん?」

 

「っ……わかりましたっ」

 

 余裕を持って水弾を避け、月見里先輩の指差した左方へと走り出す。すぐに、頭上の怪魚も高度を下げないまま追撃してくる。

 

「……」

「……っ、マジで広過ぎっしょ……」

 

 既に数キロは駆け抜けたが、壁は見えてこない。そして、まるで照明係でも上に配置されているのか、移動を続ける我々の周囲には光源があり、十分な視野が保たれている。これについては、他の区画にも同様の現象が見られるため、もはや特に違和感は覚えない。

 

「っ!?」

 

 以前出くわした無限回廊を思い出していると、不意に終点となる壁を視界に捉える。

 

「ナーイスっ。広いだけで無限ではないってことでぇ――とぉっ!」

 

 一足先に壁へと辿り着いた月見里先輩は、鋭く跳躍し、壁を蹴ってくの字を描きながら、高速で宙を泳ぎ続ける怪魚へと正面から迫る。

 

「――――」

「っぶね」

 

 言語ではない甲高い叫びと共に、人型が水流を発射、強引に身を捻った月見里先輩の肩を掠めて、水の光線は壁に突き刺さる。攻撃の間合いを崩された月見里先輩は、猫のように素早く体勢を立て直して着地、追撃の水弾も難なくやり過ごす。

 

「っ……」

 

 空中で反応されることには構わず、伸ばした刃に指を這わせながら軽く跳躍、手本通りに壁を踏み締め、思い切り蹴り出す。

 

「――――」

「――凄っ!?」

 

 ヒステリックな大声も含めて、想定通りの水流を刃で斬り裂きながら接近、そのまま左腕を狙って押し込む。

 

「――――」

「っ!?」

 

 左手からの水流を中断した直後、槍の柄で斬撃を受け止められ、反射的に顔面を蹴り付けて離脱、相手の体勢は崩れているが、追撃に注意しながら降下、無事着地する。

 

「――――」

 

 その表情は変わらないが、感情はあるらしい。人間でも神でも、それを模した何かであっても、顔を蹴られれば憤るのかもしれない。

 

「ウウウウゥ! か、オオオオォ! か。あの声、ちょっと真似できないなぁ……」

 

 戦闘の最中でも気楽さを失わない。彼女の場合は、それが頼もしさに繋がっているように感じられる。

 

「――――」

 

 私からすればウでもオでもない叫び声と共に、逆上した様子の人型は、先程までの正確さとは一転して地面を切り刻むが如く水流を長く、そして乱雑に発射し続ける。

 

「げっ!? ぐっ……躱しづらっ……っと」

「っ……」

 

 互いの動きを見た訳でもなく、両者共に軌道が見やすい壁際で回避を続ける。

 

「あ、駄目だ。中原ちゃんっ! 壁から離れてっ!」

「――っ!?」

 

 思わぬ指示に逡巡したのは痛恨だった。そしてその発言の意図を察した時には、水弾によって砕かれた壁が落盤のように降り注ごうとしていた。

 

「くっ!」

 

 後手に回り、回避のために頭上から目線を切ってしまう。

 

「――っ!?」

 

 左太腿に熱。瞬時に水流で切り裂かれたことを悟り、強引に右へ跳び退いて転がる。

 

「っ……」

 

 かなりの深手、出血も激しく、このままでは長期の戦闘続行は絶望的だと断言できる。救急キットで止血する猶予はあるだろうか。

 

 

「――なっ!?」

 

 

 考えられない現象に、心臓が大きく一度跳ねる。

 

「――っ!?」

「――ほぃっとぃっ」

 

 続けて、気付いた時には月見里先輩に抱えられていた。すぐに、今いた地点に水弾が落ちたことに気付く。

 

「ごめんごめん。声掛けるのちょい無理だった。でぇ、後1回治せるから。壁に足場も出来たし、状況的には微有利なんじゃないかなぁ」

 

 つまりはそういうことか。身に付けている物も含めて、傷は完全になかったことにされていた。

 

「ありがとう、ございます……」

 

 近くで見るその幼い顔、楽しげに見える眼差しの奥は、どうにも見通せない。ただ間違いないのは、彼女とは切り抜けた修羅場の数が違う。何故だかそれは、肌で感じられた。

 

 印による点数、その効果は攻撃、妨害に留まらず、回復にも及ぶ。全容は未知だが、この時点で常軌を逸した能力の多彩さだった。

 

「下ろすよっ」

「はいっ」

 

 現金な考えだが、もう1回分ライフがあるなら、力押しは可能。また、先程のアドバイス通り、抉れた壁の窪みは、足場として十分機能しそうだ。

 

 月見里先輩の手が離れた瞬間、再度壁の方へ向かって駆け出し、掌でこちらへ照準を合わせている人型へ、腰の短刀を最速で横薙ぎに払って投擲する。

 

「――」

 

 短い悲鳴と共に、攻撃の中断を確認し跳躍、一旦窪みに着地し、集中を高めると、動揺が見られる怪魚の軌道を見定めて、その身を発射させるようなイメージで、右脚、次に左脚と力まず踏み込んで撃ち出す。

 

「――っ!?」

 

 瞬間、失策を悟る。どうやらまた、能力の練度が上がったようだ。想定よりも大分早い目標への到達に、仕方なく軽く当てて槍の柄を真ん中から両断する。

 

「くっ……」

 

 すれ違った後も弾丸と化した身体の勢いは収まらず、何とか高度を下げるも、石畳を削りながら着地した時には、大分距離が離れてしまっていた。

 

 内心で歯痒い思いを燻らせたまま全力で引き返す。

 

「っ……」

 

 少なくとも1分未満の走行時間を経て、壁が目視できる地点まで戻ると、思ったよりも巨大な怪魚が、地へ伏すように倒れ、その動きを完全に停止させていた。

 

 

「――おぉいてめぇ……ウチの後輩の後輩に何してくれてんだぁ! おいっ! おぉいっ! おおぉいっ! おい、おい、うらぁっ!」

 

 

「……」

 

 先輩は頻繁に出くわすらしいが、個人的には珍しく、デジャヴを感じる。

 

 腹部やや上を両脚で挟む、理想的なマウント、そこから繰り出される苛烈なパウンド。人型は両腕で防御しようと必死だが、その隙間を縫った正確な打ち下ろしが、整った顔を破壊し尽くしていく。場には暫く、オープンフィンガーグローブ特有の乾いた打撃音だけが響き渡る。

 

「……」

 

 やはり、キル数4位は伊達ではない。おそらく、点数が一定の値まで溜まれば即座に相手を殺めることが可能なのだろう。命を失った怪魚が落下し、その隙を突いて一撃を見舞い、流れるようにマウントへ移行。直接見なくても、その絵が鮮明に想像できてしまった。

 

「――あ、ちょっ!? 消えんの汚くねっ? さっきもそうだったんだけど、何か不完全なんですけどぉ……」

 

 後方から数秒程眺めていた身としては、この上ない完全蹂躙に映ったが、ストライカーの彼女にとってはまだまだ物足りないらしい。もしかしたら、学生会引退後の勉強漬けにより、色々と溜まっているのかもしれない。

 

 

 いずれにせよ、人型も怪魚も既に場から退場、これで最奥までの道は開かれたこととなる。

 

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