「――んじゃまぁ、行きますかぁ」
言いながら気付いたが、結局の気分としては外部委託とかとそんなに変わらん。これもひとえに、仕事とレジャーの境目が曖昧になっているということなのかもしれない。
「おい、コレ、ホントに被んなきゃダメなのかよ?」
「学園にいると忘れがちだが、我が国は法治国家なのだよ。そしてノーヘルは違反なんだ。しかもそれ装備した方が会話がスムーズになる。っていうか、これから行くことへの我慢に比べたら、大したことないだろ?」
「チッ、そりゃそうだ……」
既に観念しているためか、ナギは素直にヘルメットを被る。シャツ、ショートパンツというシンプルファッションにそれが加わると、しなやかな身体付きがまた更に細く見える。たまに見るショートブーツを履いていることから、能力を使う気はないと信じたい。
愚かな後輩達を救出し、マコトの美味い飯を食ったのが昨日、あれだけ食っても寝れば腹が減る。これも生命の神秘か。
八月の二日、月曜日のお昼一歩手前。俺はこれから、ナギと一緒に学園を出発、目的地の場所については、よくわかっていない。
とにかく、碓氷さんのおかげでゴネ倒すナギをこうして後部座席に乗せた時点で、結構な達成感を得てはいる。
「あれ? そういやナギ、学園出るのっていつ以来?」
「知らねぇよ……てめぇとカチ込みに行ったのはいつだったか……んな昔のこと記憶にねぇ」
「カチ込みじゃないだろ……まぁ、少なくとも今年度では初か。一応伝えとくけど、俺から離れると監視任務の方々の仕事が増えるから、頼むぞ」
「んど臭ぇなぁ……とんだデジャヴだぜ……」
確かにそうだが、今回は特に痛みが伴う訳でもないため、抑止力としては心許ない。
「あ、そうだよ。ナギ、運転する? その方が道中もスムーズだろ」
「馬鹿か? んなことしたら監視のヤツらがすっ飛んでくるぞ」
「っ……さすが、マークされてるヤツは違うな」
素行の悪いナギは、相手のやり方をよく理解している様子。とにかく、バイクを発進させる。
「さて、都心の方までは問題ないけど、曲がる時は早めに頼むぞ」
「チッ、こうして乗っちまうと、やっぱり自分で運転してぇなぁ……」
こう見えて、意外と安全運転なナギ。ある程度運転が習熟するまでは、そこそこ並んで走らせてはいた。とは言え、自分のバイクも今は持ってないし、飽きてからは乗ってないんだろうけど。
「中にいると、移動手段はポータルオンリーだからなぁ」
これだけ文明が進んでいるのに、最速が自力で走るっていうのはどうなんだろう。
とりあえず、とっととポータルから学園の外へ出る。スタッフの方々も目を光らせてるだろうし、今のナギなら別にわざわざ問題は起こさないだろう。
「で、話が急過ぎて何も聞いてないんだけど、お母さんってどんな感じの人? やっぱヤンキーのベクトル?」
ナギは言うに及ばず、イチルだって元々の気性は相当激しい。その親な訳だから、どうしてもその方向でイメージが先行してしまう。
「知らねぇよ。俺らみたいな厄介なガキをまとめて引き取るなんざ、その時点でイカれてんだろ」
「まぁ、確かに誰もがやることからは遠いな」
穂村家は母子家庭で、そのお母さんが施設からイチルとナギを引き取った。まだ大分小さい頃だったと思う。俺が知っているのはそこまで。
「そう考えると、ワンチャン菩薩様のような人って説も残るか。イチルとナギがどれだけイキり散らしても笑顔で受け止めるレベルの慈愛と懐の深さ……」
「ねぇよ……数える気にならねぇ程度には殴られた……が、確かに笑顔ではあったな。よく児相と揉めたりもしてたぜ」
「それは……職員さん達が大変だ……でも、一時保護とか施設送りにはならなかったんだろ?」
だからって訳ではないが、根っこの部分ではちゃんと繋がっていたんだろうとは思う。でなければ、今のイチルとナギはいないはず。
「スマホは使えねぇし飯はマズい。誰がんなトコに進んで入るかよ」
「いや飯は別に普通だろ……」
今の所、鉄拳制裁も辞さない肝っ玉母さんが有力か。でも、双子をまとめて引き取ってる訳だし、子どもは好きなんだろうとは思う。いや、児相に通報されてるってことを含めるとそうとも言えないのか。中には誤報もあるだろうが。
「あ、違うか。ナギが誰彼構わずボコして仕方なくマザーがキレて更に仕方なく児相が動くって流れか……」
「勝手に膨らませてんじゃねぇよ……」
軽く脇腹を小突かれる。あまり広げるのは止めておこう。
夏の空は晴天、時折蝉の声が遠目に耳へと届く中、法定速度ギリを攻めつつバイクを走らせる。心境としては、大人の会議に参加するよりは遥かに気が楽。
「そういや、イチルって小さい頃はどんな感じだったん?」
現状において、危険な方向性を含まなそうな話題をチョイスする。
「あん? どんなって……大して変わらねぇよ。要領よくやってるつもりでも抜けがあって……これは俺が言えたことでもねぇが、根元は単純で粗暴だ」
「っぽいなぁ……」
ナギはこう見えて人をよく見てる。とは言っても、大抵の人間に対してどうでもいい感じなのだが。しかも的確に痛いトコを突くし、基本遠慮もしない。そう考えると、口喧嘩したくない人間が周りに多過ぎる。
「にしても、実際どうなんだろうなぁ……一人の友人として、神崎だけは止めといた方がイイと思うんだけど。妹目線だとどう?」
「っ…………んなモン、勝手にすりゃいい。あのババァにしても、惚れる相手はてめぇで選べってのが教育方針だからな」
「ほぅ、何か政略結婚の対概念みたいだな」
とは言っても、自分で決める限りはお見合いでもマッチングアプリでも使いたきゃ使えってニュアンスを感じるが。
学園内外両面において、一見関わりが薄いように思えるナギだが、個人的にはそうでもないと思っているため、あんまりレジスタンス連中絡みの話をするのも良くないかもしれん。
高速に入ってからはランチの話題に終始したが、ナギとしても、今日何を食うかは聞いてない、というか元々俺以上に情報ゼロな様子。
「下りた後は、道案内欲しいんだけど。っていうか、迷うとかあり得る?」
「ねぇよ。どこぞの方向音痴じゃねぇんだ。一度通った道は忘れねぇ」
それは普通に特殊能力レベルだけど。そう思いつつも、迷いのない指示のままにバイクを走らせると、どんどん地価が高い方へと現在地が更新されていく。
「――そういや、そもそも授業取ってないから常に長期休業な感じだけど、八月中って何か予定とかあんの?」
「授業のことならてめぇも変わらねぇだろーが……ま、修行部の世話と、テキトーに麻月と速水を鍛える位か」
「あーそういや聞いたわ。後輩指導とか、さすがにイメージないな」
「いや、それは単純にそれなりのサンドバッグが欲しかっただけだ」
「そっすか……」
勘違いすんじゃねぇ的前置きが無かったことから、混じり気のない本音だと思われる。つまり、壊れにくくするための指導ということか。
「次を右だ。で、それならてめぇこそ、中原には何にも仕込んでねぇみてぇじゃねーか。弟子は同性って決めてる訳でもねぇんだろ?」
戦闘狂という共通点からか、最近益々仲の良い感じの二人。
「弟子て……そもそも、俺はそっち系じゃないから。しかも、中原に教えることなんかないし」
自分を殺そうとしている相手を指導するなど、アバンギャルドな自殺か。
「よく言うぜ……っ……到着だ。週明けから店仕舞いとは、いいご身分だな」
「っ……マジで? いや、でも間違いない、か……」
高そうな豪邸が建ち並ぶエリアから少し距離を離した閑静な住宅街の端っこら辺、都心とは映りにくい通りの突き当りには、定食ほむらの文字が飛び込んできた。とりあえず徐行。
「つまり、実家定食屋?」
「イチルから聞いてなかったのかよ?」
絶対に知ってた感じのナギ。
「……本日貸し切りって、そういうこと? てか、前に停めちゃってイイのか?」
「だから知らねぇよ……地元のハゲおやじがごった返して昼間から飲んでるかもしれないぜ」
そんな気配は一切ねぇ。しかも、そのおじさん達は今日も家族のために働いているはず。
「ま、言われたら退かすか……」
ナギは店仕舞いと言っていたが、貸し切りの札の上にはちゃんと暖簾が掛かっている。何となく、商店街のとんかつ屋さんっぽい店構えで、二階が住居になっているスタイルだろうか。両隣に建物はなく、小さな公園が隣接している。
どうせ監視の人は勤勉に働いている。そう思ってヘルメットもハンドルに掛けてしまう。加えて、住宅街なので当然だが、人は少ない。
「もしかしなくても、入学の時以来の帰省?」
「あぁ。正直、感慨はねぇな」
そう言いながら欠伸するナギからは、言葉通りの様子が伝わってはくる。
「……えっ? これって裏から入るべき? 電気付いてないし、中は営業してる空気じゃないんだけど……」
穂村家のスタイルなのか、細かい時間指定はされなかったのだが、同時にここからの展開についても聞いていない。そしてナギが案内してくれるはずもない。
「……あぁ、今イチルにワン切りした」
「どういうコミュニケーションだよ……」
「――あ、無事に来たのね。何で二人して店の前で突っ立ってんのよ?」
「便利だなぁ……それ」
ワープで出現したカジュアルなイチル。間違いなく数秒前まではアパートにいたんだろう。
ツッコミを入れるのもメンドいので、そのまま案内されて店内へ入る。勝手知ったるなのか、当たり前のように引き戸を施錠し、電気を付けるイチル姉さん。
「多分寝てるから、起こしてくる。カウンタ―に座って待ってて」
カウンタ―に手を突いて軽く跳び越え、イチルは奥へと消える。
「なるほど、それが穂村家スタイルか」
「一括りにすんじゃねぇよ……」
広いとは言えないスペースには正面のカウンタ―が6席、四人掛けのテーブルが左右に2か所ずつで、何となくだが、リフォームしてこんな風になったっぽい。感想としては、狭いというよりはアットホーム。
何故か右隅に座るナギの隣に腰を下ろす。
「へぇ……意外とメニュー絞ってんだな。一見すると、壁にマジかってレベルで料理名貼ってある雰囲気なのに」
乱雑に置かれ、棚からはみ出た雑誌や新聞、ウォータークーラー、古めの壁時計、でもメニューは貼ってない。
「仕込みが面倒臭ぇんだよ。そういう店をやってるヤツは、相当な酔狂か物好きだけだ」
「だろうな」
以前、鳴海さんとそういう感じの店に入った時、頼んだのがマニアックだったらしくて、二連続で今日は出来ないって言われたのを覚えてる。で結局、サバ定食に落ち着いたが、美味かったので何の文句もない。
「っ……っ?」
奥からの気配に前へと向き直ると、イチルの後に出てきたのは黒髪ショートの美人さん。
「えっ?」
「んだよ……」
ついナギへと目で訴えかけるが、鬱陶しそうにして視線を合わせてくれない。
「――もっと厳ついのを想像してたんだけど、割と普通に見えるわね」
「アタシは何度もそう言ったけど?」
「他人の言葉なんて当てになんないでしょ」
「娘に言う言葉じゃないでしょ……」
「……初めまして。お二人と同級生の、太刀川シンです」
起立、気をつけの後に自己紹介し、軽く頭を下げる。定番の挨拶ムーブ。
「ご丁寧にどうも。穂村カナエ、血は繋がってないけど、この二人の母親をやってる。よろしくね、太刀川君」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
若い。そして大人のナチュラルな色気が凄い。
身長は二人と同じかちょっと高い位か、キャミソールにデニムでそのスタイル、血の繋がりがないにしても、とても高校生の娘を持つママさんには見えない。能力者の女性は美人率が高いらしいが、この人はそれに関係なく只々美人ということになるだろう。
「太刀川君、何食べたい?」
エプロン片手にそう尋ねてくる穂村母。パラパラと捲っていたメニューへと一旦視線を落とす。
「えっとぉ……とんかつと唐揚げで揺れるな……じゃ、とんかつ……で」
流れのままに、とりあえず答えを返す。
「とんかつと唐揚げね。はいっ」
「チッ、何だよ……」
投げられたエプロンをキャッチしたナギは舌打ちして母を睨む。
「何だよじゃねぇよ。今日太刀川君を呼んだのは料理を振る舞うためじゃなくて話を聞くため。だったら、飯はてめぇが作るしかねぇだろ?」
よろしくね、の笑顔が消し飛ぶ眼光と圧。顔立ちの系統から血の繋がりは感じないが、もっと根本的な部分で親子を感じてしまう。
「喧嘩しない。ほら、アタシも手伝うから」
「てめぇじゃ何の手伝いにもなんねぇだろーが」
「あぁん?」
「ちょ、抑えてイチル姉さん。お前だけが頼りだ」
秒で姉妹喧嘩へと移行し始める中、カナエさんがナギとチェンジで隣に座る。
「て、あれ? イチルはともかく、料理はしないって言ってなかったっけ?」
「あぁん? だから、しないとは言っても出来ねぇとは言ってねぇ」
「っ……確かに……」
そんな叙述トリックが。ちなみに、姉の方の料理偏差値は45。食える物をちゃんと作ることができ、空腹時に食せばそれなりに美味しいと感じられるらしい。ソースはモリスダイスケ。
「……」
っていうかもう手を洗ってる時点でナギからは料理上手い側のソウルが感じられる。当然ながら、これまでナギがキッチンに立っているのを見たことはない。
「吸ってもいい?」
「はい、どうぞ」
カウンタ―にあった灰皿を前に寄せる。にしても肌も超綺麗。チエっちよりはさすがに年上だと思うんだけど。
「止めろよ」
「てめぇには聞いてねぇ」
ホントにこんな感じで去年まで同居していたのだろうか。そう思えるレベルのガンの飛ばし合いだ。
「っ……フゥ……で、軽い話題からなんだけど、神崎って男、太刀川君から見て、どう?」
「――ちょっ!? 何でそこからなのよっ!」
認識の齟齬か。あまり軽くない話題からファーストコミュニケーションは開幕した。そして、イチルのツッコミはスルーされるようだ。
「そう、ですね……うん、穂村さんにはある程度の事情も伝わっていますし、ここまで来て嘘を吐くのも……か……」
書類上の情報しかなかったが、当人と対面して合点がいった。この人は、中途半端な説明では到底納得しないだろう。二人同時覚醒な訳だし。
「まず、第一印象は、女装したらモテそうだなぁって感じでした」
「おい……」
「いいからキャベツ切れよ……」
「っ……」
どうやらこれ以降、姉妹は料理に注力する様子。
「写真って、ある?」
「っ……うーんっと……あ、一緒にビリヤードした時の写真が……」
「はぁっ!? 何でアンタがいっ――ぅぐっ! ブッ、アンタ……」
口にきゅうりを突っ込まれて咽る姉。どうやら、料理中のナギはそっちに全集中するらしい。
フォトデータに入ってた一年前の写真を見せる。顔はまぁ、変わってない。
「え……コレ、男なの? カップルにしか見えないんだけど……」
最も性別が出る手を両方萌え袖状態にしてるため、無理もない反応だった。
「あー、確かに、敢えてそういう風に撮ろうって言ってこんな仕上がりなんすよねぇ……あぁもう、後で送るからキャベツ切っとけって……」
訴えかけてくるイチルには若干申し訳ないが、特に止められてはいないため、拒む理由はない。
「中身はどんなヤツなの?」
「普通に……優しくて、毒のあること言わなくて……穏やかでイイヤツっていう印象ですね」
「それだと何か、都合のイイヤツって感じもするけど?」
「その要素は…………うん、あると思います。ですが、これは良くも悪くもで、正義感と自己犠牲が強いというか、抱え込んでしまう所があって。うーん……さすがに、学園の中での事情について話すのは難しいんですが……」
ある意味、最強で最悪な能力。少なくとも、俺個人はそう捉えている。向こうからすれば嫌な言い方だろうが、気の毒な能力とも思う。きっと、制約もかなり特殊な縛りとなっているはずだ。
「漫画みたいなんだってね。太刀川君と神崎は、敵対してるんでしょ?」
「はい。立場上は、明確にそうですね」
一般の方にこういう話するの、実は超恥ずかしい。厨二病罹患者丸出しだから。
「っ……おい……何で卵がねぇんだよ……」
業務用と家庭用の狭間のような冷蔵庫を漁っていたナギが、呆れたように声を掛ける。
「…………あ、多分忘れてたかも」
「多分でもかもでもなくて現実に忘れてんだよっ」
「あーはいはい。じゃ、俺ちょっと買って来るから、お前ら二人は絶対に出るなよ」
喧嘩が勃発する前に立ち上がる。イチル、ナギ、もしくは両者が外へ出るよりは幾分マシなはず。
「コイツらがいると横槍がウゼぇし、ちょうどよかったわね」
ナチュラルに同行する気な母。何だか俺も麻痺してるから、学園の事情にさえ触れなければ大抵の質問に答えてしまいそうではある。
ということで、イチルに睨まれつつも、今日初めて会った友人の保護者と買い物へ出発する。
「――最寄りのスーパーって、どれ位掛かりますかね」
「コンビニでいいでしょ。5分も掛からないから」
土地勘ゼロなため、ただ付き従うのみな俺。
平日のこの時間は、やはり人通りはほとんどない。
「……」
「っ……」
カナエさんは少し店の方を振り返り、またすぐ歩き出す。
「……ありがとね。ナギのヤツ、ホントに丸くなったみたいだし」
「えっ?」
バチバチに見えたんだけど。
「実際に会ってっていうのもあるけど、ちょくちょく電話でも話してるから。喧嘩っ早いのは相変わらずなみたいだけど、一年と四か月前に比べれば、ね……」
失礼ながら、初対面で素直な方だとは思えない感じだったが、こういう穏やかな表情も、きっと娘二人には見せないのだろう。まぁ知らんけど。
「……確かに、自分も色々と助けてもらってはいますが、碓氷さん、よく一緒に行動してる友人の存在が大きいみたいです」
「そのミオちゃんが、色んなエピソードを交えて太刀川君のおかげだって説明してくれたのよ」
「っ……なるほど、先出しか……」
彼女らしい先手必勝である。
「ま、人からの感謝は素直に受け取っておきなさいな」
「っ! あ……いえ、ホントに、そこまででは……」
さすがに感謝され過ぎだと思うのだが。
「私さぁ、地元はココじゃないんだけど、向こうの方で、水商売してたのよ」
「……」
視線で示した先は、最もその業界で華やかなイメージのあるエリアだ。
「金銭感覚もそうだけど、気付けば金以外全部失くしててさ。ホントに全部、綺麗さっぱり……で、怖くなっちまって。ほら? 孤独死? 一生食ってく金はあるのにお先真っ暗。やりてぇこともなし。そこで、今よりも短絡的だった昔のアタシは、子どもを引き取ることにしたの」
「……」
この人はまた別ジャンルの漫画の主人公みたいな方だったらしい。
「何かその孤児の、施設? 見せてもらってさ。色んな子がいたんだけど、目の前にしたら罪悪感がヤバくて。何て言うんだろ……自分の不安を埋めるために、その子の人生奪うなんてって……それで、ちょうどあの二人が隅っこにいたのよ」
「……何故、二人を?」
「聞いたら、その二人は駄目だって。理由は……何て言ってたっけ。とにかくヤバいからって感じ。ガン飛ばしてきてたし、だから、コイツらならイイだろって思って、勝手に持って帰ってきたのよ。二人共噛み付いてくるから、それはもうボコボコにしたんだけど」
やっぱこの人ヤバいな。ホントに血ぃ繋がってねぇのかよ。しかも本当の理由は別にあるのに、力技で掻っ攫ってきたらしい。
「けど、次の日からはやることがあって、不安を感じてる時間はなくなった。色々揉めたけど、アイツらもスマホ買ってやったらここがイイって言い出したし、学校行った後は暇だから定食屋も初めて、気付いたら二人共、男に惚れる年頃にまでなって……」
「……」
ただ、少なくともコンビニ行きながら聞く話じゃねぇんだけど。
「あんなヤバいのと、粘り強く付き合ってくれたんでしょ? 聞けば、何十回も殺されかけたみたいじゃない。あの子が……どんだけ思い通りにいかないかは、アタシが世界で一番知ってる。別に、貰ってくれなんて言わないさ」
そこで、シェアナンバーワン、斑鳩マートの看板が見えてきた。
「今、この瞬間までで、十分ありがとね。アタシからは、それで終わり」
数歩前を歩いていたカナエさんが、微笑んで振り返る。端的に今の思いを述べれば、年上属性に目覚めてしまう所だった。ギリギリ、祝福の風は得られないようだったが。
実際問題、学園にはナギのことを全く気に掛けない、後ろ向きに捉えない人間も多い。特に修行部の面々は、謙虚で粘り強いのがニュートラルだから、ナギも噛み付く必要がない。そういう環境因が大きいはずだが、あの笑顔を見たら、その切り返しはさすがに無粋か。
とりあえず、速攻で卵2パックとビールを買い、来た道を引き返す。
復路の会話内容は、ポンポン出て来るナギの武勇伝。
まとう空気がヤバ過ぎて、いじめが起きない小中学時代の話、空手教室の体験会で、入らないことを懇願された話、それを聞き付けてきた女子格闘のスカウトの方と揉め倒して、最後はリアルファイトで分からせた話、検索したら色々出てくるのかもしれない。
「――おぅ……何か、内容の濃いおつかいだったなぁ……」
「第一声で最悪な匂わせ方なんだけど……」
ビールをカナエさんに渡し、ビニール袋をナギに掻っ攫われる。どうやら、工程は完全に卵待ちだったらしい。
「凄ぇ手際……ナギって、ずっと店を手伝ってた関係で超絶に料理が上手い……のに、何故イチルは……」
「いや別に出来るし……」
ナギを賞賛するつもりが、姉への疑問がそれを捲ってしまった。
「あーでも、それはアタシのせいかも。イチルには本読ませて、経理やらせてたから」
「いやさすがにもうヤバいって……エネルゲイア関係なくおかしいだろ……」
やはり子育ての肝は愛情を持って一緒にべたべた暮らすことなのだろう。この家族はその一点を除いて外れ値が過ぎるようだが。
「おい、てめぇは何でもう人様の親と打ち解けてんだよっ」
「いやまぁ、そこは……お互い、自己開示のなせるわざ? 的な」
少なくとも、ファーストコンタクトで掘る深度ではなかったはず。
「てかそれより、この揚げ物の暴力的な香りが……もしかして、こういう男が好きな茶色いのに関してはマコトよりも上か……」
どうしようかと思ったが、結果的に朝抜いたから実は腹ペコ。
「こんなもん誰がやっても変わんねぇよ」
「そりゃ、ただ揚げてるだけだしね」
既にカウンタ―で飲酒を開始している母。
「こんな感覚派の二人に挟まれてたら、上手くなる訳なくない?」
「まぁ、その点については、お前の味方だから」
天才肌二人、凡人二人、絶望的なコントラスト。
「でも、レジスタンス、というか神崎にイカれなかったら、お前が会計監査だったかもしれんのか……」
「それはさすがにレイカだと思うけど……」
実際、イチルに関する裏切者の烙印は十分巻き返し可能だと思うのだが、本人はその必要性を感じていない。むしろ、神崎サイドにいるという立場を明確にするためって思ってそう。
いずれにせよ、何かが起こるかと思っていた外出一発目は、平和の一言に尽きる一日だった。
冗談抜きで過去一のとんかつと唐揚げ、ポテサラをしこたま食い、終日貸し切りの店内でダラダラと話し続け、麻雀して夕食はナギが仕込んでおいたハンバーグ、これまた超絶に美味。前日にあっさり系最高峰のマコトフルコースを食していた反動も効果的だったのか。
挙句、負けず嫌いという共通項を持った我々は食後に麻雀を再開、結局学園へと着いたのは外出許可時間ギリギリ、バレたらヤバいラインに乗ってしまうという塩梅だった。
もちろん、楽しかったので後悔は微塵もない。