トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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個人的な外出 その参

「――んっ……っ……あ……悪い、寝たわ……」

 

「いや、有言実行だね。以前、新幹線に乗ると寝てしまうと話していたじゃないか」

 

 優しく微笑みながら、薄手のカーディガンを羽織るマコト。もしかしなくても、寝ている俺に掛けてくれていたようだ。寝起きに男装ではないマコトと目を合わせ、一気に全てが覚醒し、眠気は跡形もなく消し飛ぶ。窓側を譲ってもらったことも、睡眠を促した要因かもしれない。

 

 ちょうど停車駅から発車し、外の風景が少しずつ動き出す。どうやら目的地まではもう二駅か三駅といった所だ。

 

 本日は八月七日の土曜、俺は久しぶりに新幹線に乗って、マコトと二人で小旅行気分で京都へと向かっていた。目的は何と、善良な人達に囲まれながらスッポン鍋を食べるという、ほぼほぼ至福と同じ概念で構成されていた。

 

 眠気もないとなれば、身体の下から込み上げてくるような温かい感覚にも押され、今から既に楽しみで仕方がない。

 

「あ……凄いな。俺、ポテチの蓋を開けた瞬間に寝たのか……」

 

「瞬間……という訳ではなかったが、見ているこちらが安らぐような、穏やかな寝落ちではあったよ」

 

 どうやら、その過程はしっかりと見られていたらしい。相手はマコトだが、少し恥ずかしい。

 

「それは……マコト以外なら何らかの打撃を喰らっていただろうな」

 

「さすがにないとは思うが、それより、仮眠の後は水分を摂取した方がいい。お茶、飲むかい?」

 

「至れり尽くせり……ありがとうございます」

 

 やや大袈裟かもしれないが、俺的には全然そうでもない気持ちで、魔法瓶から注がれたお茶を深い感謝と共に受け取り、ゆっくりといただく。当然の如く、心身に沁み渡る。

 

「フゥ……いやぁ、物騒な用事のない外出っていうのは素晴らしいな。特に今日は、不透明な部分もないし。ただ、こうやって普通に交通機関を使って移動するのが新鮮っていうのは、やっぱりちょいちょい外に出た方がよさそうだな」

 

「あぁ、実は私も同じように感じていたよ。ただ、それが何であれ、重ねればいずれ日常になる。それ程、気にする必要はないのかもしれないね」

 

「なるほど……そうかもなぁ。今回のも、きっかけは不自然かもしれないけど、結果的には自然な外出って感じだし、ここら辺は、流れのままにが一番か……」

 

 そう考えると、趣味が旅行とか遠出のキャンプとかの人には、少々羨ましさを覚えると同時、自分はそれ程でもないとも感じてしまう。まとめれば、アウトドア好きの友人がいることには単純に感謝。今年もどっかでBBQをしよう。もちろん、夜は花火。

 

「あ…………うん。今日はさすがに、電話には気付かなったってことにするか」

 

 右手の中で振動するスマホ。旅行中は、スマホを見ないことにしているんだ、そんなことを言っていたおじさんがいたような。

 

「っ、いいのかい? 一之瀬さんからの着信というと、どうしても緊急事態を想像してしまうのだが」

 

 だからこそだよ。

 

「どうせ何が起こってても俺らは学園の外だしなぁ……えっ? もしかして、出るべき?」

 

「何に驚いたのかは、よく分からないのだが、通常なら出るべきだろう」

 

「そうか……」

 

 俺はシュンとしながら、人差し指で丁寧に緑の部分をタップする。

 

『――あ、よかったっ、繋がったっ! 太刀川先輩っ、まさかのエマージェンシーなんすよっ』

 

 とりあえず、第一声でマコトの推量が的中していることは理解できた。後は、隣に柳瀬さんと板場がいるってことも。これはつまり、75パーの確率で笹森もいるということだ。

 

「エマージェンシーはいいとして、まさかのは違うだろ……お前の記憶は一週間も耐えられずに溶ける仕様なのか? ワニのエサになるところを助けたのが先週の話だぞ」

 

『別に憶えてますけど、稀崎先輩のメシウマが大半を占めてます』

 

「まぁ、それについては仕方ないことではあるな」

「っ……そうだろうか……」

 

 そういえば、助けた流れで夕飯まで一緒に食ったんだった。

 

「っていうかお前、緊急事態なら、のんびり電話なんてしてて大丈夫なのか? 通話中に食い殺されたりしたら、断末魔を聞いてるこっちもたまらんぞ」

 

『ワニで引っ張り過ぎっすよ……先輩に言われた通り、場の安全は確保されてるんで平気っす』

 

「そこはかとなくフラグ臭なんだが……まぁいいや。どした? 先に言っとくと、今すぐ助けに行くのは無理だからな」

 

『それは把握済みっす。ただその前になんすけど、正直な話、絡む頻度的にはもうアタシって先輩の二番弟子ってことでいいじゃないっすか?』

 

「はっ? 唐突にどうしたよ……ニバンデシ? あ弟子か。っていうか一番は誰だよ……」

 

『そりゃ中原っしょ』

 

 まぁだとは思ったが。

 

「それ、本人に言ったら全力で否定されるぞ。弟子になりたいんだったら……うん……修行部の治安維持活動に参加させてもらったらどうだ?」

 

 要は場数。これは真実の一つ。

 

『あんなグロいの……じゃなくて、折角身近に先輩がいるんだから、色々仕込んで下さいよぉ。アタシのエネルゲイア鍛えるって言ってたじゃないっすかぁ……』

 

 急に擦り寄ってくる一之瀬。今はそれよりも考えることがあると思うのだが。

 

「わかったわかった。今度な。とにかく、現状に目を向けようぜ」

 

『あ、あの、太刀川先輩……キョウコが言うと、何だかふざけてるように聞こえちゃいますけど、そうじゃなくて、この前助けてもらった時も……その、先輩、普通の手際じゃないっていうか……私達も、頑張ればあんな風になれるのかなって、話してて……』

 

『ちょっと待てよっ。弟子なら、俺だってなりてぇけどっ』

『すいません、俺もお願いします』

 

 こいつら、緊急とか言いつつ、そこそこ余裕があるじゃないか。それなりに修羅場を潜ってきたって話かもしれんが。

 

「いや……とにかく、弟子って呼称はマジで止めよう。あまりに恥ずかし過ぎるから。それに、修行部の方が遥かにノウハウがある訳だし、そこでもっと頑張って、天王寺先輩に弟子入りするのが最短距離だと思うぞ」

 

『その……前から聞いてみたかったんですけど、太刀川先輩が本気で私達を鍛えるとしたら、まず最初にやらせることって何なんですか?』

 

『あ、それ、俺も聞きたかった』

 

 真面目ペアの柳瀬笹森。その質問の前に、君達には各々の相方をしっかりと制せるようになってほしいのだが。

 

「確かに、それについては私も興味がある。客観的に見て、この学園で最も修羅場を経験しているのはシンで間違いないだろうからね」

 

 マコトまでもがそちら側へ回ってしまう。まぁ、差し迫った危険はないようなので、俺も流れよう。

 

「ハァ……そうだな。まずは、痛みからだ」

『痛み?』

 

 そのリアクションからは、スマホの向こうで首を傾げている後輩四人がはっきりとイメージできる。

 

「ですよねって返しが欲しかったんだけど、戦闘も含めたあらゆる場面に対応するなら痛み慣れは必須だ。最初は打撲に捻挫、切り傷程度から、次は骨折に軽度の部位切断、そこを通過出来たら、内部破壊と毒……仕上げは拷問と飢餓だ」

 

『…………マジすか?』

 

 真摯に答えたというのに、何故か引いてる後輩達の息遣い。

 

「考えてもみろ。依頼とかで出くわすヤバい場面は、全部ビビったら終わりだ。本来痛みは我慢するものではなく、危険を知らせるための機能だけど、慣れないと恐怖や絶望を発生させるトリガーにもなりやすい」

 

「急に言われると、刺激が強過ぎるかもしれないが、ある程度は真実と言えるだろう。戦闘に直接関与することの少ない私でも、ある程度の痛みに耐える訓練は施されている」

 

 いや、マコトの我慢強さは普通にトップレベルなのだが。

 

『た、確かに……黄泉の魔物は憑り付いてくるか丸吞みだから、痛みはほとんどないのが救いだって、上級生が言ってました……』

 

「実感が伴わないと、理解するのは難しいよな。例えば、中原を見ろ。アイツは左腕がぶっ飛んでも一切ビビらず、どの程度なら戦闘の続行が可能かを、冷静に見極めるぞ」

 

『ヤバ過ぎだろアイツ……』

 

『っ……それってつまり、中原さんにはそういう訓練を……』

 

「いや、アイツは入学当初からそのメンタリティを備えていた」

 

 なので、彼女は例外枠なのです。

 

「はい、では話題を戻します。まず、四人の現在地は?」

 

『っ……『脱出ゲーム区画』っす』

 

「なるほど……」

「あー、そういうことか……ちなみに、メンバーは四人でいいんだよな?」

 

 マコトも同様の様子だが、そのワードだけで大体の状況が理解できた。

 

『はい。先週先輩に言われて反省したんで、今度は四人で行こうって』

 

「確かに、人員を増やすことは最もシンプルな戦力補強の一つだね」

 

『てか、稀崎先輩と二人っすか? あれ? もしかしてお邪魔っすか?』

 

「あぁそうだ」

 

「い、いや、そんなことは、ないだろう……それで、脱出の内容はどのような形式になったんだい?」

 

 押し切って通話を切る目論見は、隣のパートナーによって秒で砕かれる。なので、不本意ながら打開に知恵を貸すこととする。

 

 四人の現在地である件の『脱出ゲーム区画』とは、一年生の八月にほぼ無料と言える安価で解放が可能となる無印通常区画のガワを被った危険区画である。いや、危険度は特殊指定区画相当か。尚、この手の区画は、学生の間では無料解放区画の通称で呼ばれている。

 

 当区画の特徴、というより目玉は、初回クリア特典に3万ポイントが進呈されることであろう。そのため、非戦闘員であっても、徒党を組んで何とかクリアする学生が多く、クリア済みの者が同行者に含まれていると特典は貰えないという、無意味に細かい仕様もあったりする。

 

 また、攻略をマニュアル化させたくない理事長の意地悪な無意識によって、様々な脱出の内容が無駄というレベルで豊富に取り揃えられており、ねねさんのバイタリティのぶっ壊れ具合を示す無数の要因の一つともなっている。さすが練度全一。

 

『――それが、スマホで照らしてもガチで無理な感じの暗闇空間なんすよ……』

 

「あー、その……パターンか……いや、その前に、四人共。リアルサファリもそうだけど、無料解放されたからって、軽々しく新しい区画に入るのは危険だ。来年度になれば、お前らはむしろ助ける側なんだから、このままじゃ順当にミイラ取りがミイラコースだぞ」

 

『みーらとりがーこーす……ちょっと何言ってるかわかんないんすけど』

 

「柳瀬さん?」

『すいませんっ! ちょっと一回変わってっ。その……クリア賞金に……眩んでしまったと言いますか……重ね重ねすいません……』

 

「いやでも、柳瀬さん20万入っただろ?」

 

 先の行事での龍討伐報酬20万ポイント。最後はほぼ運ゲーっぽかったが、トドメは柳瀬さんの一撃だったらしい。軽い気持ちでお祝いのメッセを送ったら、電話が返ってきて何故か号泣しながら感謝されたが、それはまた別の話。

 

『っ……は、はい……だから、逆にあんまり強く反対できなくて……流山君が、楽勝だって言ってたし……』

 

「いやぁ……それこそ、ちゃんと準備したらアイツは大抵の状況に対応できるんだから、あんまり参考にしちゃ駄目だって……」

 

『そ、それに……太刀川先輩言ってたじゃないですか。臨時収入はパーッと使えって。だから、その……オーブン、買っちゃって……』

 

「え……お幾ら?」

 

 確かにそんなことを言ったが、そうしろと推した訳では断じてない。

 

『じゅ……19万8000ポイント……です』

「はっ? オーブンって、電子レンジだろ? 最近のってそんな高いの?」

 

 ちなみに、学園内での買い物は大半がタックスフリーである。

 

「価格から察するに、購入したのは電子レンジではなく、コンベクションオーブン……つまりガス高速オーブンだろう。私としては、良い買い物だと思うが」

 

『ホントいいなぁ……俺には、とても手が出せないよ……』

 

『だよねっ! 良かったぁ……滅茶苦茶責められると思った……キョウコからも、作ったの食べるまでは酷い言われようだったし』

 

 とりあえず、何の話をしているのかさっぱりわからない。一応、マコトと笹森にとっては価値のある品だということはふんわり理解した。

 

「あーわかったわかった。とにかく話を前へ進めよう。そのモードは、何処かの区画と同じ構造に視野の妨害が加わったヤツだ。スマホのライト程度じゃ、十分な光源にはならない。うーん、とりあえず……まぁ区画の特定か」

 

「そうだね。初期位置は比較的安全な場となるはずだ。四人は、スタートした場所からどの程度動いたか、把握しているだろうか?」

 

『は、はい。それがあの、ほとんど動いてないと思います。とにかく真っ暗で、色々考えたんですけど、それで連絡したのが……今になります』

 

「板場は金属バット、笹森は過去の食事メニュー読み取り、柳瀬さんは摩擦ゼロ湿布……一之瀬、能力は今日後何回使える?」

 

『……後一回っす』

「何でだよ……っていうか、気合で繋げて、太陽とか出せばよくね?」

 

『ちょい、何で先輩って毎度そんなスケールぶっ壊れてんすか……そんな巨大物体出せる訳ねぇっしょ……』

 

「確かに、恒星を具現化できれば、新たな銀河を生み出せるのかもしれないね」

「正に浪漫だな……っ……」

 

『ちょ先輩何食ってるんすか?』

「えっ? ポテチ」

 

『ぐっ……この男は……』

『キョウコ、太刀川先輩にそういうの無駄だから止めなよ』

 

「だがシン、一之瀬さんの能力は切り札となり得るだろう。ここは温存させるべきかもしれない」

 

「だな。とにかく情報収集だ。各員、メッセにグループを作った。招待に応じて、以後起動しっぱなしにしろっ」

 

『っ、了解です』

 

 これで、各々が動きながら、ある程度の意思疎通が取れる。

 

「よし、今からお前らはゲームのキャラだ。コントローラーを持っているのは俺とマコト。まずは陣形、鶴翼……と言ってもわからんだろうから勘の鋭い板場と一之瀬を横並びの先頭に据え、殿を笹森として後方から場を見ろ」

 

 大して変わらんが、ツーワンワンのY字陣形で行く。

 

『わ、わかりました』

 

「地面の状態は? 石畳、芝生、とにかく特徴を頼む」

『下は短い草っす』

 

「了解だ。微風のようだが、場に漂う匂いは?」

『薄っすら……自然な感じです』

 

「あまり伝わってこないがよし。ちなみに、各々の武装を確認したい」

『はいっ、板場と一之瀬が金属バットで、俺と柳瀬さんは……その、無手です』

 

 修行部から支給されている銃は持ってきていないらしい。規則を破らない良き後輩二人。俺なら乱射しちゃうね。

 

「そうか。今する話ではないが、お前らもそろそろ得物を決めて携帯した方がいいかもな」

『えっ? 先輩常にステゴロじゃないっすか?』

 

「いやいや。警棒持ってるよ…………たまに」

 

 武器を携帯するのって、結構嵩張るんだよねぇ。中原は凄いよ。某最強ガンマンみたいに腰の後ろに得物差してんだから。

 

「とにかく、3秒一歩のペースで慎重に前進しろ。足元しかまともに見えんだろうが、段差や断崖に注意、気になったことは適宜口に出せ」

 

『はいっ』

 

 よい返事。やはり一年生組は素直だ。

 

 

 ということで、よくわからんが、人も疎らな新幹線の車内で、何かが始まってしまった。

 

 

「…………俺らも画面が見えたらもう少し楽しいんだけどなぁ」

 

「すまないな。彼は如何なる状況に置かれても楽しむことを忘れないスタイルなんだ。慣れれば頼もしい限りだと捉えて、どうか容赦してほしい」

 

『っ、初めての方向性……稀崎パイセンマジ女神なんだけど……』

『さ、さすがです……』

 

 マズい。マコトが横にいるのを忘れて通常運転のノリで言ってしまった。

 

「あーでも、これはふざける訳ではなく、夏休み序盤に男女二人ずつでアトラクションに繰り出す……考えてみれば、お前ら健全な高校生活送ってんのな。そう捉えると、急におじさん羨ましいんだけど」

 

『ちょっと先輩マジ一回黙っててもらってもいいすか……こっちリアルで一歩毎に神経ゴリゴリ削られてるんすけど……』

 

「あ、サーセン」

 

「ただ、今の発言について、シンは本当にふざけている訳ではないんだ。それもわかってほしい……」

 

「だぁすまん皆。一旦黙るから、何かあったら報告頼む」

 

 気分を捜査本部の警視正っぽい感じに切り替え、各隊員の健闘を祈る。

 

 だが、そうは言ってもこれは中々に暇ではある。

 

「…………」

 

『………………っ、あ……危なっ。これって……』

『っ……太刀川先輩、吊り橋がありますっ』

 

「吊り橋、か……全員待機。ちょっと考えさせてもろて……でも、かなりイイランドマークかもしれん。吊り橋……えっと、幅はどれ位?」

 

『はい。板が二枚、二人で横並びに進むのは難しそうです』

 

「……ちなみに、渡ろうとしたら普通に揺れそう?」

 

 頭の中では、閃きによる爽快感が事実の重みにより一瞬で消し飛ぶが、まだ断定は禁物だと考えられる。

 

『そう、ですね……はい、揺れます』

 

「OK、ナイス進軍。で、後ろの二人は引き続き待機。一之瀬……いや、板場を先頭にして、一人分空けて一之瀬が続いて。それで、ゆっくり渡って、橋の終点、の手前で止まって、ガチで慎重にその先の足元を注視。確認できたら、またゆっくり慎重に今の位置に戻って」

 

『あ、あの先輩、橋の先には……何があるんすか?』

 

 一之瀬の言い方で、現場は一気にホラゲーの雰囲気。

 

「二人共、っていうか板場だな。水溜まりとか、何か湿ってる感じが予想される、というか俺的には確定というか……とにかく頼む。繰り返すが、慎重にだ。純白のスーツを着用してカレーうどんを早食いしなければならない時のように、慎重にだ」

 

『明らかにマズそうな空気出した後で何でそんなふざけるの、この人……』

 

 こういうノリが大嫌いな柳瀬さんは、呪詛のように苦言を吐き出す。

 

『わかりました。一之瀬、後ろ頼む』

『うん、任してっ』

 

 コンビでは心身共に前衛を担当する二人は、緊迫感を孕んだやり取りの後、頼りない吊り橋の板を踏み締め、進む。

 

「っ……」

 

 俺の様子から、ある程度の展開予測が成立しているのか。隣に座るマコトの表情は硬い。

 

『…………っ……戻ります』

「OK」

 

 指示通りの慎重さで、二人は数分掛けて橋の上を歩き、板場の報告で復路へと移行する。

 

『…………っ……よし。あの、太刀川先輩の言う通り、橋の先は一歩目からもう沼のように見えました。ただ、暗い中で見ただけでは、どの程度の深さかはわかりませんでした』

 

「十分だ」

 

 上首尾な結果を持って、二人は待機位置へと帰還を果たす。

 

『予想通り、橋の先は沼……あの、これでこの区画が何処かわかったんですか?』

 

「あぁ。だが、正直しんどい。えっと……板場って、リスポーンする時、何日位掛かるんだっけ?」

 

『えっ? あ、はい。六月の時で、六日と少し、でした……えっ? あの、この質問って、どういう意味が……』

 

「いや、情報はあればあるだけって話だ。うーん……三人は、まだリスポーン未経験か……いや、俺が決めることじゃないわ。その、ヤバい区画で確定です。で、場合によっては、余裕でPTSDになるレベルの死に方があり得る。それを覚悟して進むかどうか、話し合って」

 

『うわもう既に泣きそう……で、カグヤ、ぴーてぃーえすでぃーって何?』

 

『要はトラウマだよ……リスポーンした後も毎晩うなされる以上の……』

 

 案の定、柳瀬さんは既に限界域か。

 

 一旦、こちらの声だけミュートにする。

 

「周囲の視界が確保されていれば、もう少し違うのだが……シンは、四人で奈落に落ちるべきだと考えているのかい?」

 

「まぁ、奈落は痛みがないし。でも、そんな捨てゲーみたいな選択をする面子じゃないよな」

 

「どちらかと言えば、それを見届ける我々の方が引けてしまうかもしれない」

「それな」

 

 そして、向こうの意思決定はやはりの全会一致のノリ。まぁ、まだその内容は伝えていないのだが。とりあえずミュートを解除。

 

『てことで、チャレンジでお願いします』

 

「わかった。まずお前らが今いるのは『猛毒沼鼠区画』だ。ここは本来、一年生は十二月にならないと解放できない」

 

 そもそも、わざわざ解放するような区画ではないが。しかも、俺はその前から同行で入ったことはあった。

 

『沼ネズミ……しかも猛毒……』

『あの、通常の区画なんですか?』

 

 SAN値ミリの柳瀬と、薄々分かっていながら質問する笹森。

 

「いや、バリバリの危険区画だ」

 

『えっ? 終わったじゃん……』

『マジかよ……俺死ぬの4回目なんだけど……あ、1回はVRか』

 

『太刀川先輩……もう想像が膨らむ前に聞きたいんですけど、どんなことしてくるネズミなんですか? 本当は聞きたくないですけど……』

 

「あ、あぁ……まず、沼に足を踏み入れたり、その上を通過したりすると一斉にタゲを貰う仕様で、体長は1メートル40センチが平均、だったかな。個体数ははっきりしないけど、俺が確認した限りだと、2千匹は超える」

 

「性質は、かなり獰猛で、噛まれれば一瞬で麻痺毒が身体に回り、すぐに集団が群がってくる。加えて、鼻が利くのか、一度ヘイトが向いてしまえば、区画を出るまで執拗に追い掛けてくる点も、非常に厄介だ。現環境を考えると、正攻法は間違いなく死を意味するだろう」

 

「あぁ、何たってこっちは視界ゼロだからな」

 

『っ……奈落に身を投げれば……でも……っ……あの、三人は全然、やっぱりやる気?』

 

『いや、少し考えさせてほしい……』

 

『アタシも……』

『俺は行くぜっ』

 

 板場のみオールイン。やはり死を経験した男は一味違うということか。

 

「だが……シン。昨年末から、転移事故による可能性を考えて、斑鳩先輩と攻略するという話でまとまっていたはずだが、やはり攻略は困難ということなのだろうか?」

 

「…………そう、だな……いや、マコトに嘘は吐けん。その、斑鳩先輩に、そろそろ行きますかって声を掛けると、今はちょっと、って返されて、斑鳩先輩に、そろそろ行っとくかって声を掛けられると、今はちょっと、って返して、それがもう6往復位、かな……今、後悔してる」

 

「なるほど。やはり、何事もタイミングが肝要ということか……生理的に受け付けないとは言っても、私の方で、レイカや欧陽ともう少し真剣に話すべきだったのかもしれない……」

 

「いや、マジですまん……」

 

『……いえ、冷静に考えて、別に太刀川先輩のせいではないと、私は思います。ですが、それとは全く関係なく、私は太刀川先輩のことを生涯恨むかもしれません……』

 

「怖いって……」

 

 これはいよいよ、真面目に考えなきゃならん時間帯に入ったっぽい。

 

『その、先輩。何か、作戦とかないんすか?』

『そう、ですよね。要はポータルまで辿り着けば勝ちなんだもんなっ』

 

 板場はともかく、一之瀬も中々に肝が据わっている。デカめの化けネズミに集団リンチされる絵面を想像しただけで拒絶する女子が大半を占めるというのに。

 

「作戦……一応、何となくな方法はある……が、マコトは何かある?」

「いや……私では、跳び越える以外に方法は見当たらない」

 

「そこは俺も同意。一気に跳び越えて逃げ切る以外に道はないな」

 

『あの、太刀川先輩の言う、方法というのはどのようなやり方なのでしょうか?』

 

 板場、一之瀬に続き、笹森も若干腹を決めた雰囲気を醸し出している。

 

「うん。まず、四人の現在地は、区画の中央やや下寄り。目の前の吊り橋は真っ直ぐ北へ向かってて、そっちへ行ったらもれなく死にます。それは東西も一緒。で、目的地のポータルは反対側、区画の南端に位置する。ここまではOK?」

 

『オッケーっす』

 

 一之瀬がOKなら他も問題ないだろう。

 

「ここでもう一つ質問。お前ら四人、助走アリ跳躍で何キロ跳べる?」

 

『あ……』

『うん? どしたお前。あ、あの、俺と笹森は大体1キロだと思います』

 

『……そうだった。その辺りの数値は隔週で記録しとけって言われてた……』

 

 リアクションから察するに、トレハンコンビは情報なしな様子。

 

「多分四人共一緒か、少しだけ一之瀬が長い感じだろ。つまり、お前らが普通に全力で跳ぶと、沼ポチャでネズミのエサコースだな。下手したら空中で確保されるかもしれん」

 

『怖過ぎる……』

『な、なら、どうすれば?』

 

「イメージで言うと、スキージャンプだ。実際、その方が長く跳べることは先人達の試みによりほぼ証明されている。確か、ポータルから広がる一つ目の沼は縦3キロ弱……あれ? 4キロ、だっけ……」

 

「手帳アプリを見返した所、3300メートルと記録がある。おそらく間違いないだろう」

 

『うわ、さすがっす……』

 

『あの、すいません。太刀川先輩は、どの位の距離を跳べるのですか?』

 

『あんまり聞きたくないけど聞きたい……でも絶対萎えそう』

 

「またそんな……そもそも、マコトはその気になれば無限に跳べるぞ」

「シン、その方法は間違いなく不正だ……」

 

「でも、見た目には空を駆けてる感じの仕上がりだと思うぞ。で、俺は……まぁ7キロ位かな。ジャンプとかもそうだけど、協調運動系は単純な練度云々だけじゃなくて、感覚的な部分が大分関わってくる。言っておくけど、リゥとか碓氷さんは20キロは跳ぶぞ」

 

『あ、その辺の枠の方々は最初から切り離して考えてるんで』

『でもやっぱ聞かなきゃよかったなぁ……』

 

「まぁまぁ、こっちもそろそろ移動がクライマックスだ。もう区画の正体はわかってるから、沼に入らない限り危険はない。板場一之瀬はさっきと逆サイへ歩いて沼の入口を特定してきて。その間に、頭脳労働組の二人と諸々詰めておくから」

 

『はい。了解しましたっ』

 

 何か文句か異議を唱えようとしてた感じの一之瀬を板場が制し、肉体労働組は斥候へ向かう。

 

「えっと……まず二人に伝えておく。もし失敗してヤバめのトラウマ植え付けられる感じになったら、俺が責任を持って佐藤先輩に頼んで、記憶を消去してもらうから、特に柳瀬さんは安心してくれ」

 

『さ、佐藤先輩……あの、闇医者って呼ばれてる……』

 

『そ、そんなことが可能なんですか?』

 

「いや、ホントは駄目だよ。まぁ、今回は俺の責任もあるし、例外対応ってことで」

 

『うっし。それなら、思いっきりやれそうだな、一之瀬』

『てか、逆に最初のネズミに一発入れるしかねぇし』

 

 お前らはまぁ大丈夫だろ。結構な額を要求されるんだから、出来れば病まないでくれ。後、二人はちゃんと警戒しなさい。

 

「内容に移ると、まず必要なのがジャンプ台になる何か、だな。これはもう一之瀬の能力で出すしかない。で、ジャンプ台が無理なら最悪傾斜が付けられる物体なら何でもいい。そこをクリアできれば後はシンプル。四人で同時に駆け出して一点突破だ」

 

「なるほど。見込み通りであれば、速度の問題も同時にクリアできるはずだ」

 

『えっ? でも、太刀川先輩。傾斜のあるジャンプ台があっても、ジャンプする飛距離は伸びないですよ。先輩達はそうなのかもしれないけど、少なくとも、私は伸びないです……』

 

「いやいやいや、柳瀬さんがいるからこの方法が可能なんだって。っていうか、俺らだってちょっとした上り坂があったってジャンプの飛距離は伸びんよ」

 

『っ……私が、いるから……えっ?』

 

『助走に使う足場とジャンプ台に柳瀬さんが湿布を貼るんだよ。そうすれば、イメージ的にはスキージャンプ、実際にはスキージャンプの踏切は下りだから、フリースタイルスキーのジャンプ台になるのかな。とにかく、上手くいけば飛躍的に距離と速度を伸ばせるはずだよ』

 

『あ……』

 

 俺が補足する必要もなく、笹森が完璧に説明してくれた。

 

「現状では、それしか思い付かない。一之瀬が能力で冷気を発して沼を凍らせたり、力技の方向で賭けるよりは、現実的だと思う。まぁ、しりとり爆死したら金属バットで傾斜を作るしかないな」

 

 板場も成長して、ちょっと無理をすれば3本目を出せるし、地面に上手く突き刺せばワンチャンあるかもしれん。

 

『――先輩。沼の入口発見しました。すぐ戻ります』

「ナイス」

 

 こっちも、次の停車駅が京都。頼むから、後輩を弔うスッポン鍋は勘弁願いたい。

 

 ともあれ、謎の一体感が生まれつつある俺とマコトと後輩四人。何気に、伸っても反っても今度この面子で焼肉に行くことはどさくさで決定した。

 

「――じゃ、ダイスに賭けよう。俺にセミファイナルが来たらどんな球でも『ジ』で終わってやる」

 

「しりとりか……実の所、ここ数年で一度もやった記憶はないが、是が非でも結果を出してみせよう」

 

 やることが決まれば、マコトという人間はこの上なく気合が入る。本人も言うように、結果を出してくれることだろう。にしても、一之瀬がいると結局しりとり頼みな状況になっている気もしないでもない。

 

『暗いけどはいっ――っと、6っ! 沼ネズミっ! 太刀川先輩っ』

 

「三日月」

 

『笹森っ』

『き……き、切り絵っ』

 

『カグヤっ』

『え……え、え、笑顔っ』

 

『あ、また先輩っす』

「おっ? お、おぉ……オレンジ」

 

『うわ強っ、ジャンプ台っ!』

 

 まさかのミッションコンプリート。

 

「おいおい……未だかつてこんなにスムーズなパターンはなかったぞ……」

「出番はなかったが、何よりの結果だね」

 

 毎回こうだったら普通に便利能力なんだが。

 

『おい……一之瀬、そのジャンプ台、凄くないか?』

『うん……メッチャ光ってて、周り照らしてくれてる……』

 

「えっ? ちょ、マジで? 写真とか、無理?」

『――あ、今トークに貼りました』

 

「これは……とにかく輝いているのは間違いないようだね」

 

 マコトの言う通り、ジャンプ台という名の光る物体Xは、ぼんやりと傾斜になっているようにも見えなくはない。

 

「細かい輪郭まではちょっと厳しいが、とにかく凄いのは伝わってくるな」

 

 斑鳩の裏最新モデルならくっきりと撮れそうだが、贅沢を言うつもりはない。

 

『あ……やっぱり。先輩っ、イメージ通りに表面もツルツル仕様っす』

 

「でかした……これは十分勝負になる。柳瀬さん、湿布は何メートル分貼れる感じ?」

 

『えっと、5枚で、上手く調節出来れば、40メートル弱だと思います』

 

「おっ、何かちょっと増えたね。いずれにせよ、助走距離としては悪くないはず。後は……画像の感じだと、四人で横一列に並べそうだけど、どう?」

 

『余裕でイケるっす』

「うん……」

 

 ここまで完璧な展開に違和感を覚えてしまうが、変なフラグは立てたくないので、このままの勢いを大切にしようと心に決める。

 

「これ以上の説明は不要かとも思うが、一応確認する。総員、入念に台と助走距離を確認、その後、吊り橋の位置まで一度後退し、同時にスタート。柳瀬湿布の領域より先はスノボスタイルで滑走、ジャンプ台を利用して一気にポータルまで飛び、各自脱出という流れだ」

 

『笹森君って、雪国出身だからスノボ上手いんだよね?』

 

『まぁ、多少は。えっと……俺、グーフィースタイルなんだけど、皆はどう?』

 

『何か嫌な感じなく普通に上手そうな雰囲気出してる……アタシは普通? のヤツ』

 

『俺も』

 

『私も、左脚が前だから、そうだと思う』

 

 とりあえず、全員スノボ経験はあるようで、イメージに問題はなさそう。つまりこれ以降はもう伸るか反るか。

 

「よし……俺達が力を貸せるのはここまでだな……」

 

 うわぁ、駄目だったルートでこいつらの断末魔とか聞きたくねぇ。敵に群がられてロボットの装甲を剥がされ、恐怖に震える現場隊員に何もしてやれない上官みたいな空気になりそう。

 

『あ、あの……皆、通話、切らせてもらわない? 私、泣き叫んでるの太刀川先輩に聞かれたくないんだけど……』

 

『うっ、駄目だった時を考えるのもどうかと思うけど、確かにアタシもヤダ……』

 

『だな』

 

『っ……じゃあ、一度切らせてもらっても、いいですか?』

 

「うん。実は、正直こっちも助かる。駄目だった時は、見舞いに行くよ」

 

 無論、八つ橋を持って。大丈夫だったら何も買っていかんことに決めた。

 

「君達なら問題ない。私も、無事を祈らせてもらうよ」

 

 当初の悲壮感からよくここまで持ち直したと思える士気の高い返事を残し、通話を終了。ちょうど、まもなくのアナウンスが車内に流れ出す。珍しく、中々に劇的なタイミングだ。

 

「さて……勝負は数秒で決まるってことで、停車よりも先かもしれないな」

「っ……なるほど……そういう確認の仕方があったね」

 

 副会長専用、学生の位置情報アプリを私的に利用、IDを貼ると、四人の現在位置は『脱出ゲーム区画』と表示される。成功なら『学園区画』で、失敗なら明日の早朝までは死亡を意味する非表示となる。その画面を見る時は、何とも言えない気持ちになる。

 

「…………」

「…………」

 

 立ち上がって荷物を下ろす乗客もいる中、俺らにはそこまでの持ち物はない。新幹線は減速し、既にホームへと辿り着いている。

 

 

「………………っ!」

「っ……」

 

 

 その瞬間、互いに目を合わせ、おそらく自分も同じような顔をしているのが分かった。

 

 一着は板場、後はほぼ同時。

 

「よし……後はスッポン鍋を食べれば今日は大団円だ……」

「あぁ、美味しく食べられそうで、何よりだよ……」

 

 折角の新幹線での一時が、惰眠とほぼ依頼に近い塩梅で終わってしまったが、俺の本番はこれからだ。

 

 停車した新幹線から降り、マコトと並んでホームを歩いていると、階段を下り切った所でメッセの通知が入る。

 

 

 第一声は何と言って褒めようか。気の利いた言葉が浮かばんので、マコトに任せようと思った。

 

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