トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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皆で野球をする日 後

「ぁ……ぁ…………」

 

 何ということでしょう。

 

 今朝方復活したばかりのノリカネが、ギャグ漫画みたいなエフェクトで星になるが如くレフト方向へと飛んでいってしまった。そして、ギャグ漫画のエフェクトを現実で再現させると、あの手のヤツは大抵死ぬ。

 

 当然ながら、脳内通信にも応答はない。

 

「タイムっ!」

 

 俺は両手を挙げてTを描き、速攻でベンチを抜けてロッカールームへ帰還、スマホを立ち上げアプリを起動し、友の安否を確認する。

 

「っ……お、生きてる……」

 

 ヤツの現在地は俺らと同じ『決戦区画』と表示された。

 

 ノリカネの能力は、触れている物質をあらゆる現象から守る。おそらく、ユニフォームに行使してそのまま飛ばされ、致命的なダメージを防ぐことに成功したと推測される。

 

 なので、とりあえずグラウンドへ戻る。

 

「――どうだったのっ?」

 

「生存は確認できた。ただ、空中で気を失ったかもしれないし、戻ってくるのは結構時間が掛かるかもしれない。っていうか、この区画の広さがわからん」

 

「ノリカネ本人のことを考えると、自力で戻るのを待った方がいいかもしれないな」

「アイツ気にしぃだからなぁ……そうしよっか」

 

「それに、ノリカネの性格じゃ、きっと戻ってきてもまた飛ばされちゃうんじゃない? 避けろって言っても避けないだろうし」

 

 正直、タケルとリゥの言う通りだ。中原と三条さんはやや心配そうだが、面々は再び各守備位置へと散っていく。

 

「で、アタシはリード通りに投げたわよね?」

 

 笑顔の奥に混じり気のない圧を控えさせたレイカが、グローブで右肩を強めにキャッチしてくる。

 

「あ……いやだってさぁ、点差ある内に試しておきたいだろ。一番にインコース使えないとか二巡目から投げるとこなくなるぞ? しかもクリーンナップは、同じコース続けると某野球ゲームのパワフルみたいに絶対ホームランかましてくるしっ」

 

 つまりズル。

 

「言い訳は聞きたくないわ。とにかく、次意見別れたら決定はアタシだから」

「ぐっ……」

 

 言うだけ言って、エースはマウンドへ戻っていく。当然だが、プレイで分からせる他ない。

 

「で次はシロサイかよ……の前にっ」

 

 打線への文句は一旦置いといて、ベンチに立つチエっちの方へ戻る。

 

「……板場、サードに入れ」

「ぇ…………えっ!?」

 

 ここまで白くなるのかって位、板場のソウルが真っ白になっている。

 

「……聞こえなかったか?」

「いきますっ!」

 

 だが、軍曹の指示を前にした彼に、選択という概念は存在しない。

 

「おそらく、三番から六番までは何をしても抑えられんだろう」

「ですよね……他を、確実にいきます」

 

 仲間達にドナドナで見送られながら、修行部一年板場がグラウンドに入る。これはむしろ次が確定気味の笹森の精神こそが心配かもしれない。

 

「板場っ」

「…………」

 

 駄目だ。一時的な聴覚障害に陥っている。まぁタケルが何とかするだろう。そう言い聞かせて、後輩の小さな背中を見送る。

 

 何がどうなってそういう判定なのかは不明だが、先程の事件はエンタイトルツーベースとして処理されたらしく、スコアはそのままでノーアウト二塁という現状。勝手だがノリカネが身を挺してホームランを防いでくれたと解釈しておく。

 

「で……」

 

 二番バッターのシロサイ、右投げ右打ち。登録名は何故かサイ。もう素直にパクれって。

 

 ガタイのヤバさは言うに及ばず、身長は2メートルちょいで、それでもまだ小柄な方。でもキャラ設定通りなら確かな馬力を誇っているはず。

 

「しかも次がゾウ、でクマシロクマ、トラにカバにワニって……ふざけんなっつの……」

 

 気分的には全員三番か四番じゃねぇか。タヌキとキツネとウサギを返してくれ。

 

『早く座んなさいよ』

『はいはい』

 

 愚痴も一区切り付いた所で腰を下ろす。ちなみに、手慰みのサインを出す真似は試合前にきつく止められている。

 

『引っ張られると板場の命も心配だ。アウトローちょいギリ真っ直ぐで』

『了解』

 

 昨年の経験から、ある程度何をやっても打たれることを理解している我々は、統計的に最も打ちにくい箇所に縋っていく。

 

「っ……」

 

 初球は見逃しでストライク。元プロに指導してもらったというレイカのサイドスローは、こちらから見てても気持ちがいい。

 

 二球目はちょいを取っ払ってギリのアウトロー、これも入ってツーナッシング。これこそ、俺が独断と偏見で導き出した、最も打たれにくいカウントの取り方。手を出されてもファール率が高い。もちろんピッチャーがレイカの時限定。

 

『よし……奥の手、もう出しちゃお』

『っ……納得できる理由は?』

 

『監督も確信してる。三、四番は運ゲーだから。実質、一、二番が最も神経使う相手って話』

『わかった』

 

 昨日と一昨日に短時間ではあるが練習した成果を見せたい。とは言っても、レイカはもっと前からちょいちょいコソ練していたらしいが。

 

「……」

 

 下から見るシロサイの表情に変化はない。というか、ゴリラ以外の草食系はほぼ感情を表現しない。

 

 三球目。

 

 完全にデッドボールコースの球に、サイの巨体が仰け反る――が、速度を保ったまま急激に内へ切り込んできたボールはそのまま構えたミットに飛び込んでくる。

 

『マジでナイスボールっ』

 

 見逃しの三振。ワンナウト二塁。シロサイは特に悔しがる様子も見せず、その姿を一旦消す。

 

『実戦で決まると超気持ちいいわね……』

『いやぁ……改めて、このレベルで投げるスライダーってエグいよなぁ……』

 

 ただ、喜びも束の間、次打者のゾウが左打席へ。おそらく、そのデカさはチームナンバーワンか。対決前の心証としては、バットを鼻で持たなくて一安心。

 

『初球はやっぱりアウトローでいく?』

『……うん。今度は一球目でギリ』

 

 短いサイン交換で初球が決定。

 

「――――――」

 

 はい、嫌な感じ。

 

 不愉快な限りだが、特等席で白球の行方を見送った。さっきのゴリラとはまた違う、ややレフト寄りの完璧な当たりが、バックスクリーンを遥かに超えて消えていく。

 

 これで4対2。

 

 時短のためなのかは知らんが、ランは省略されて秒でスコアが更新される。

 

『マジでキモいなこいつら』

『はいはい。切り替えていくわよ』

 

『OK』

 

 キレてない方が宥める。ゲームにおいては、お決まりのパターン。

 

 そして、音もなく排出された四番のクマが、こちらにガンを飛ばしてくる。のでもちろん飛ばし返す。

 

『よし……アウトローに構えとくから、インローに全速で』

『感情豊かだし、効果あるかもしれないわね』

 

 まぁレイカも思っているだろうが、完全に小細工ではある。まぁ打たれてもソロってことで。

 

「――――っ!?」

 

 うっざ。

 

 インローを完璧に捉えて一、二塁間へ危険なゴロ。イメージ的には、地を這う魚雷のような痛烈な打球。自分でも何を言ってるのかわからん。てか、インロー流してそんな風になんのおかしくないすか。この獣共、プロ野球選手にでもなったつもりか。

 

「おぉっ!」

 

 瞬間、身を低くしてゴロをグラブで受け止めた中原は、身体を吹き飛ばされながらも空中で高速回転してそのまま一塁へ素早く送球。天王寺先輩が腕を伸ばしてキャッチし、間一髪でアウト。

 

 何だかとっても野球みたいだ。

 

『やっぱ頼りになるよなぁ……とにかくナイスプレイっ』

『いえ、打撃で足を引っ張った分があるので』

 

 そして返しもいつも通り。結局こちらの期待を毎度上回る後輩。こういう所が、上級生から愛される理由かもしれない。とりあえず、レイカと天王寺先輩から褒められているその姿は、何だか見ているこちらも嬉しくなる。

 

 だがしかし、息つく間もなく五番が登場、黒の次は白、こちらも気性は荒め。血気盛んなバッテリーである。

 

『ねねさんのものぐさを考えれば、能力値は白黒一緒だろう。さっきみたいに、ゴロかライナーならワンチャンあるかもしれんが、打たれても気にしないのが一番だな』

 

『ま、気にするのはアンタだけど』

 

『よし……ボール一個分外してアウトローでいこ』

『わかった』

 

 関係性的にはどう考えてもレイカが捕手の方が上手く回る気がするのだが、能力的にそれは不可能なのである。

 

「――――おっ」

 

 今度はラッキー。

 

 確率的には珍しくボール球に手を出したシロクマ。それでも打った瞬間終わっている当たりではある。だが、チートを有するのは相手方だけではない。

 

 ロケットのように跳び上がった赤髪の右翼手は、まるで左ストレートを繰り出すようにライナーをグラブで殴り付け、力技で衝撃を殺して捕球する。無論、あんなことは我々通常の能力者には不可能である。

 

 おそらく、人間の行う野球においても、無理な当たり、イケる当たり、ギリギリの当たりが存在すると思われるが、それはこの異次元野球でも例外ではない。あの角度では、こちらの右中間を突破することはできないだろう。

 

 とにかくチェンジ。一回を終わってスコアは4対2。上々の滑り出しと言って間違いない。

 

「――シン、今のは運が良かったけど、やっぱストライク先行を意識した方がイイと思うよ。カウント悪くなったら全部持ってかれるだろうし」

 

「だよなぁ……ランナー埋めるのはどう思う?」

 

「そんなことしたら、天王寺先輩以外の内野手は、クロスプレーによる死亡が常に付きまとうわね。とは言っても、最も危険なのは貴方な訳だし、私が積極的に止めることはしないわ」

 

「うん、とりあえず止めとこう」

 

 いのちをだいじに。にしてもこの二人、普段からこの位の頻度で助言をしてほしい所なのだが、それが叶わぬことは重々存じてはいる。

 

 そして、ホッと一息といきたかったが、板場は心に傷を負いつつ三球三振、振らないよう厳命してあるレイカもそれに続き、体感時間秒でツーアウト、俺の打席へ。そして100メートル先から殺意を飛ばす黒の獣、後で個人的にタイマン張るか、いやそれも止めとこう。

 

「ふっ、どうせ…………っ!」

 

 所詮は獣よ。

 

 この日最速となる2800キロのストレートが、俺のこめかみ付近へ迫る。だがしかし、その未来は先程ヤツが二ゴロに倒れた時から丸っとお見通しだった。

 

 今度はレフトスタンドへ完璧に吹き飛ばす。不意を突かれたレフトのハイエナは反応できず、五対二。これがゲームなら悪球打ちの特殊能力を習得できただろう。

 

「獣相手は楽でイイよなあぁっ! 化かし合いがしてぇなら山に引き籠ってろカスがあぁっ! 俺は絶対に山には近付かねぇけどなあぁっ!」

 

 当然のことだが、向こうのフィールドで戦う気は毛頭ない。山に潜む熊は、熟練のマタギでも命を落とす程に狡猾であるらしい。だからあんなのは熊ではない。

 

「――アンタ煽り過ぎだから……」

「おそらく、アニマルクロニクルではウサギの天敵に当たる点も、その理由かと思われます」

 

「それは大いにある」

 

 アイツの対空スキルのせいで何回雑魚死させられたと思っている。誰だって嫌いなキャラ位いるものさ。

 

 私怨は置いといて、次のタケルも前へ球が飛ばせずチェンジ。俺もそうだが、完全に目を付けられたっぽい。チートのはずなのに、碓氷さんとリゥが正々堂々やってる空気感なのがどうにも納得できないのだが。

 

 

 そして、もうそっからはイライラとの戦いだった。

 

 

 スポーツゲームや格闘ゲーム、加えてバトロワだけでなく、チームによる通信対戦を経験した者ならば、ある程度の共感は可能であろう。

 

 チーム対戦においては味方ガチャなどと揶揄はされるが、結果を味方のせいにしていては己に進歩はない。これは、多くのプレイヤーが早めに気付く真実だ。が、しかし、バグやどう考えても理不尽としか捉えられない各種調整については、議論の余地はあるだろう。

 

 タケルや中原はそれも含めてのゲームと完全に割り切っている側だが、俺やレイカ、斑鳩先輩などは割と文句タラタラ勢なのである。

 

 多少ズレるがその思いを現状に当て嵌めると、どのコースにボールを投じても完璧に打たれてしまうという現象が高確率で起こるクソゲーをプレイさせられているということである。部屋で一人なら台パンしてるかもしれん。

 

 しかも、今年はラストバッターのハイエナ以外は全て重量級と呼んで違いない動物達でオーダーが占められており、下位打線であるはずのカバとワニに二連発を浴びた時点でゲームなら引退を決意しかねない精神状態へと追い込まれた。

 

 決して自棄になった訳ではないが、一度二巡目のゾウに対してインコース真ん中を要求してみたら、その日一番の当たりを更新されるという始末。しかもレイカのガチヘッドロックと碓氷さんの冷笑がおまけに付いてきた。

 

 

 殴り合いと言えるような打ったら打たれを繰り返し、四回終了時点で8対7、リードしているのが不思議な位の展開で迎えた五回、クリーンナップの三連発という圧倒的個の力で11対7と突き放しに成功した。とは言っても、キャッチャー目線では全く安心できない。

 

「――おぉっとぉ」

 

 中原の三打席目、一直、三飛の後はお手本のようなセンター前、四連打で未だノーアウトの一塁。野球歴は三か月と聞いたが、末恐ろしい後輩である。

 

「ここで、初めてのランナーね」

「あー、そういえばそうかもね」

 

「なのに11点取ってるとか、どんな野球だよ……」

「そこを気にしたらおしまいよ」

 

 だが、称える気持ちは本物でも、素直に喜べないのがこの場面。

 

『中原、とにかくクロスプレーに注意しろ。向こうは普通に殺しにくるぞ』

『ただ……監督からは走れたら行ってよいとの指示を受けています』

 

 驚きの采配だが、中原ならと納得してしまう部分もある。

 

『……まぁ、イケたらの話だ。無理をする必要はないぞ』

 

『失礼ながら、板場君は三球三振が予想されます。タイミングを合わせれば可能かもしれません』

 

 わかってはいたが、中原は超強気。攻められるなら絶対攻めるヤツなのだ。実際アニクロでも突っ込んでミリ残しで生還するのを何度も見ている。そしてバトロワ戦闘におけるファーストダウンの重要性をよく理解している。まぁそんなことはどうでもいい。

 

『知ってるか? 二塁を守るカバは、地域によっては最も人を殺している動物でもあるらしいぞ。実際、見た目の重量もチームトップクラスだ。とにかく無理はするな』

 

 絶対にお前には死んでほしくないんだ。依頼が超大変になるから。って言うと後でキレられそうだから止めた。

 

「――――て」

 

 三条さんの三球目で走る中原。俺にフェイクを入れた理由がわからない。

 

 援護の空振りの後、シロクマがコンパクトなフォームで二塁へ送球、何かしているとしか思えない正確なコントロール。

 

「げ……」

 

 タイミング的にはイケる。が、カバのタッチが完全に殺すための手刀。そもそもショートにカバーさせるのがセオリーな気もするが、そこはケースバイケースか。

 

「――――」

 

 巻き上がる砂煙でよく見えない。せめて双眼鏡を構えておけばよかった。

 

『中原っ!』

『はい』

 

「えっ?」

 

 フラットな返事と同時に、空の表示はワンナウト二塁へ切り替わる。つまり、三振の後で盗塁成功ということになる。

 

「何を驚いているの? あの避け方、貴方が仕込んだんでしょう?」

「あ、ゴメン。砂やら土やらで何も見えんかった……」

 

「……忘れた頃に限って使ってくる、完全に地面へ伏せる避け方よ。もしまた私にしたら、思い切り踏み潰してあげるけど」

 

「いやいや何で俺が怖い思いしてんの……」

 

 そもそも、碓氷さんとやり合う未来など今後絶対にない。俺が秒で降参するので。しかも、中原に何かを伝授した事実は存在しない。

 

『ナイスだけど、お前その避け方リスキーだから止めた方がいいぞ』

『先輩にだけは言われたくありません』

 

「っ……」

 

「私も同意見よ」

「えっ?」

 

 いや、何故個チャの内容が漏れている。

 

 その疑問が解消される前に、板場が凡退して戻ってくる。何かもうアイツの中で、ビビらなければ勝ちみたいな空気を感じる。まぁ場に慣れてくれるだけで十分ではある。

 

「ツーアウト二塁か……」

 

 自然と皆で集まり、レイカも一旦打席には向かわずに戻ってくる。

 

「中原の足なら、抜ければ1点っすね」

「あぁ、桐島、行けるか?」

 

「っ……怪我をする訳には、いかないので……」

「そうか……」

 

「だってレイカが投げられなくなったらその瞬間負けだしね」

「えぇ、適切な判断ね」

 

「んじゃまぁ、それでいこう。1点でも多くだけど、無理をする点差でもないし」

 

 レイカは打席へ、皆は各々の席に戻り、俺はプロテクターをのんびり装着し出す。

 

 

「っ……キタ」

 

 

 初球を思いっきり引っ張ったレイカ。始動の遅れた三遊間を高速ゴロが綺麗に抜けていく。チエっちの指示でスタートを切っていた中原が余裕を持ってホームへと帰ってくる。

 

 どうやら、全員が瞬時に何となく合わせた小芝居が功を奏したらしい。

 

「にしても、完璧過ぎるっ」

 

 その流れのままに、全員で中原を出迎えてのハイタッチ祭が開催される。これで12対7。

 

「よし……ここでツーランパナせばダブルスコアか……」

 

 後半へ向けて、かなり楽になるのは確実。そして馬鹿試合の流れは決定的か。

 

「うん?」

 

 タケルと意見交換をして打席へ向かう途中、マウンド上のクマがその姿を突如として消す。

 

 

『ピッチャー、クマに代わりまして、キリン。ピッチャー、キリン』

 

 

「はあぁぁぁっ?」

 

 デカッ、首長っ。

 

「いや、それよりも……」

 

 ネクストバッターズサークルから、俺の思考を即座に読み取ったタケルの呟きが聞こえてくる。そして、その続きは聞かなくても理解できた。

 

「腕長っ」

 

 ついでに脚も長い。随分とアンバランスなボディだが、身長は4メートルを超えている。他の面々に劣らず、実物と着ぐるみの狭間に位置する絶妙な生々しさ。

 

 内心でふざけんなと思いながらも、ただの選手交代に文句を言う訳にもいかず、打席に入る。

 

「――――っ!?」

 

 一球目は大分遅く見えるストレートが外角に決まる。想定以上に球の出て来る角度がエグい。なので、タイミングが全く合わない。

 

「……っ……」

 

 テンポよく二球目。ほぼ同じ球でツーストライク。さっきよりはマシだが依然としてタイミングは大分渋い。でもやるしかない。

 

「――――て」

 

 終わった。

 

 気付いた時には嫌な感じ。やってしまった感としては、武器構えてない時にいきなり対面に入られて撃たれるのにちょっと似てる。

 

 三球目はまさかのチェンジアップ。急激な速度差により体勢を崩され、ある意味で敗北は決した中、瞬時に下半身の体重移動は捨てて、上半身だけで向かい打つことに決める。

 

「っ……あーもうマジうぜぇ」

 

 そこそこ捉えたと思ったらキモい位長い腕に阻まれて万事休す。ピッチャーライナーでチェンジ。何か今日、ムカつくやられ方多くね。

 

 しかも、珍しくリゥと碓氷さんに慰められ、逆に凹む俺。

 

 それでも何とか気持ちを切り替え、この点差を守るべく守備へ向かう。

 

 

 以降も試合は一進一退、こちらの攻めは完全に三、四番任せ。逆に向こうはほぼ全員が高確率で一発を放ってくるという運ゲー且つクソゲー。ただそれでも、取れるアウトは文字通りの全員野球で何とか守り、逆転を許すことなくゲームは最終回を迎えた。

 

 

「うーん……結局尻つぼみだったなぁ……」

 

 八回の打席も、キリンの変化球に対応できず、俺は三振を喫してしまった。

 

「5の3で3ホーマーなら別に良くない?」

「お前全打席本塁打やん……」

 

 ここでやっと、中原の気持ちが少しだけ分かったような気がした。

 

 九回の攻撃は三条さんから。これはもうどうしようもないことだが、三者凡退という予定調和であろう。それを責める者などいない。

 

 スコアは現在、17対13でこちらのリード。つまり、3点以内に後アウトを三つ取れば勝利という、割と上手くいっているここまでの道のり。

 

「――正直、このメンバーがこれだけ団結できるということに、少々驚きを感じています」

 

 くれぐれもスイングしないよう言い含めてレイカを送り出すと、中原が唐突にそんなことを言い出した。

 

「逆に言えば、年に一回の完全共闘ではあるんだけどな……」

 

 それが何故にコレ、って話だ。まぁ理由は単純で、会長がこのトンデモ野球をとても気に入ってらっしゃるからだ。

 

 ただ残念なのは、彼女にとってはこれこそが野球であり、本物の野球には関心がほぼないのである。これも初期教育の失敗と言えるのかもしれない。きっと今頃、会長室で茶を啜りながら観戦していることだろう。そう思うと、やはり負けられん。

 

「団結であれ、ドラマティックな展開であれ、今日に関しては、勝利に繋がらなければ意味はないわ。おそらく九回裏の守りは、更に理不尽さを一段増した難易度になるでしょうね」

 

「あぁ、彼らからすれば……いや、理事長の想念か……いずれにせよ、最初から勝たせる気はない催しだろうからな」

 

 そこでちょうど、レイカが三球三振で戻ってくる。

 

「残りのアウトは三つ、延長戦はないから、4点取られた時点で勝利は消滅、という状況ね」

 

「よし、予定通り……でいいだろ。とにかく、3点までは取られていいから、まずはアウトを二つ取ろう。そっからはもう、ガチの力技でいくから」

 

 正直な話、あまり有効な作戦はない。なので、チエっちと相談した結果、最後の理不尽に対しては真っ向から対決する方向性に決まった。言ってみれば、ここまでは前座であり、古代におけるクイズ番組の最終問題みたいなノリって話。

 

 そして、これで終わりなのだから当然か、面子の士気は中々に高い。リードもしてるし。

 

「ハァ……ごめんね、太刀川君、結局足を引っ張る感じになっちゃって……けど、もうここからはイイんだよね?」

 

「うん。もちろん、それだけじゃないけど、三条さんが輝く場面はここだから。その、出来る限り合図は出すから、こっからマジでよろしく」

 

「うんっ、頑張るっ」

 

 三条さんはイイ感じに気合を入れてレフトへと走っていく。まぁ、合図を出す時間の余裕は絶対にないと思われるため、完全に本人任せなのだが。

 

『うっし、いこう』

「……」

 

 構えたミットに対し、無言で頷くレイカ。九回の先頭打者はちょうど四巡して一番のゴリラ。リゥの好守もあり、本日の安打は結局一回の二塁打のみ。

 

「――っ、はいはい」

 

 もし味方だったら最高にテンションが上がる一発。天王寺先輩をも凌ぐ、驚異のスイングスピード。アニクロでは雑魚キャラなのに。

 

 一瞬且つ、たったの一球で1点返されるが、もはやそんなことでは俺の心は動かない。

 

『大丈夫。落ち着きなさい』

『いやいやわかってるわかってる』

 

 内心の強がりを看破してくるレイカ。だが今は、ありがたさの方が強い。

 

 ノーアウトランナーなし。17対14。

 

 次打者は本日完全にバットが時化っているサイことシロサイ。とは言え、最終回補正という訳の分からんクソ仕様が効いているため、全く気を抜くことは許されない。

 

『インハイを引っ張らせる』

『……わかった』

 

 おそらく、消極的賛成と言った所か。超一発攻勢なため、球数的にはまだまだ余裕のあるレイカが、今日初めてのコースに全力で投げ込む。

 

「―――――」

 

 とにかくこのままじゃ終われない。そんな風に思っていてほしかったのだが、実際の所はわからない。それでも、サイはインコースのボールを見逃さず、やや強引に引っ張る。普通にホームランコース。

 

 だが。

 

「「っ……」」

 

 反射的にレフト方向を見上げた後、こちらを向いたレイカとばったり目が合う。きっと俺も、そんな肝を冷やしたような苦笑いを漏らしているのだろう。

 

 やや詰まって低い打球となったライナーは、垂直に跳躍したレフトの正面。直前で思い出したが、今日は十四日。どうやら、あのレベルの打球を押さえるのに必要な倍率としては、十分だった様子。

 

『ナイス。とりあえず敢闘賞は確定で』

『とにかくよかったよぉ……』

 

 軽口に反応する余裕がない程に、彼女の声からは只々安堵が広がっている。

 

 三条さんの能力は、月の日数と同じ数だけ身体の大きさを倍化させるというもの。ここで一つアウトを取るために温存していたのだが、上手くいってマジでよかった。とりあえず、ここからはレフトの身長が20メートルを超える。

 

『超伸縮素材のユニフォームか。さすがオーバーテクノロジー+安心安全の碓氷製』

『その呼び方は止めなさい』

 

 そこそこガチめに釘を刺される。これは本当に止めた方がいいヤツ。

 

 とにかく、これでアウトは後二つ。

 

 

「―――――」

 

 

 と思った矢先に、焼き増しのようなゾウの一打。コイツに関しては、今日はもう手が付けられない。

 

 これで17対15。正に馬鹿試合である。

 

「…………」

 

 代打が来るかと思ったが、現れたのはそのままキリン。麒麟に変化するとかもなし。お歴々が収拾した情報通り、ワンナウトでは動かない仕様らしい。ただ、それにしては割と動物間の感情の起伏に差が見られはする。どこまでがシステム的なのだろう。

 

『安定のインロー』

 

 だって腕がアホみたいに長いので。前の打席はコレでどうにかなった。

 

「――――げっ」

 

 わかってはいたが、世の中もこの学園も甘くはない。補正の乗ったキリンはコンパクトなスイングでインコースのボールを捉える。

 

「――――――」

「――――――」

 

 そこで、二遊間による一瞬の連携。

 

 やや高く跳ねた打球をジャンプ一番でタケルが捕球、腕を振った勢いのままボールを収めたグラブがすっぽ抜け、それを同じく空中で掴んだ中原が一塁へ投擲、限界まで身体を伸ばした天王寺先輩が右腕一本でグラブをキャッチ。

 

 結果的に、キリンの長いストライドが、塁への到達を一瞬遅らせたことにより間一髪でアウト。今日一日を通してだが、内野が守備に絡んだ時のみ、ホームラン競争バトルがある程度野球っぽい何かへと切り替わる。

 

『三人共マジでナイス。で、タケル、手の方は?』

 

『全体的に砕けたが、無かったことにした。そのため、残った手札は一度の転移のみだな』

 

『うん……一応俺が治せるから、程々に頼む』

 

『……すいません。中之島先輩のワープは、自分だけが対象となるのでしょうか?』

 

『あぁ、そのため、天王寺先輩を直接打球の元へ転移させることはできない』

 

『わかりました』

 

 多分、ずっと気になってたんだろうな。まぁ、出来たら最初からしてるとも思っていただろうが。

 

「…………」

 

 九回裏ツーアウト、点差は2点。余裕とは呼べないが一応の余裕はある。

 

 バッターは捕手繋がり、全身から威圧感を放つ地球最大の肉食獣。一応、ヒグマに比べれば温厚ではあるらしい。

 

『トラもカバもワニも、危険度はそんなに変わらんし、下手したらヤバめな代打が登場するかもしれんが……』

 

『ここで勝負でイイんじゃない? わざわざ一点差にする必要はないわ』

『だな』

 

 代打の本命はパンダ、大穴はクジラ辺りか。基本海の生き物は出ないはずだけど。

 

『皆さん、勝負に出ます。インパクトの瞬間だけは滅茶苦茶見やすいと思うんで、各自最善でお願いします』

 

 元気の良い返事を受けた後、板場には個別で自分の身を守る行動をせよと指示を上書きしておく。

 

 これで、後はある意味スピード対決からの粘り合いと言った所か。別に楽しくはないのだが、皆でやればお祭り気分ってことで、前向きに考えておく。

 

『じゃ、渾身のスローボールをお願いします』

『……実は、これが一番不安だったりするのよね』

 

 まぁ、能力なしのコントロールだしね。

 

『大丈夫。無駄に時間掛けて練習したやん』

『座ってるだけのアンタは楽でイイわね』

 

 こういう場面、レイカは大抵俺に文句を言ってから事に臨む。

 

 別に攻略でも何でもないのだが、何投げても打たれるなら真ん中低めのスローボールでも構わんだろうという話。守る方は見やすいし。

 

「……」

「……」

 

 大分丁寧に間を取ったレイカが、投球モーションに入る。

 

 これぞ、元プロの方直伝、山なり超遅球。

 

 ここ数時間の体験がもたらしたここ一番での緩急により、ミットに来るまで数年を要するのではと思ってしまう遅い球がゆっくりとこちらへ向かってくる。

 

 3、

 

 2、

 

 1、

 

 イグニッション。

 

 

「―――――――」

 

 

 ボールが弾け飛ぶようなインパクト。

 

 方向はセンターのド真ん中。

 

 よう分からん勘の良さで先読みしていたリゥがトップでボールへ到達。

 

 打球が干渉された一瞬の隙間を利用して碓氷さんが二番手、三番手がワープしたタケル。

 

 一応既に跳躍している俺と中原。

 

 後ろから碓氷さんとタケルにがっちりと抱き着いた時にはもう無理かと思ったが、少し遅れて来た中原の次、ビッグ三条さんが我々全員へ覆い被さるように全てを抱き締める。

 

 もう何だかよう分からんと思った瞬間、俺は白い何かを見た。

 

『――――特注品だっ!』

 

 揉みくちゃ状態の中で、頼もしい声が聞こえる。

 

 どうやら我々は、三条さんに包まれた上で更にトイレットペーパーでぐるぐる巻きにされているらしい。多分投げたのはレイカ、巻いたのは天王寺先輩の能力、引っ張ってるのは彼本体。

 

「っ……」

 

 一秒も経っていないのか、それとも数秒は経過しているのか。

 

 とりあえず、銃器もスマホもグラウンドには持ち込み不可だったのだが、トイレットペーパーは許されていたらしい。確かに、あんまり注意されなそう。

 

『どんな素材だよ……』

 

『っ……少しずつ押し込まれているわ。太刀川君、今なら通るでしょう?』

 

『えっ? あ……』

 

 何か割と皆俺の能力の活かし方について詳しいよな。

 

『が、しかし……その、俺が右手で触ってんの誰?』

『私……それより、複雑に折れてるわよ? 右腕』

 

『どうりで……っ』

 

 変な角度になってるとは思ったが、とりあえず何となくの感じで天王寺先輩の方へ吹き飛ばしを発動する。

 

「―――――――」

 

 そこそこ長い一瞬を経て、無事不時着。周りから見ると、どんなビジュアルなのだろう。ただ残念ながら、写真を撮れる者はいない。

 

『皆、大丈夫? 特に三条さん』

 

 人体とトイレットペーパーに封印され、何も見えないし身動きも取れない。

 

『うん。このユニフォームと、天王寺先輩のおかげ、かな』

『中原、タケルは?』

 

『問題ありません』

 

『こちらもだ。起こった物理現象は不明だが、おそらく、直接の衝撃から逃れたためだろう』

 

 この状態でも冷静な二人。

 

『それより太刀川君。貴方がさっきから右手で触れているのは、私のお尻なのだけれど?』

 

 今日の碓氷さんは慈悲深いのか、個チャで声を届けてくれてはいる。

 

『いや、あの…………複雑にうねってて、感覚がないんすよねぇ……』

『へぇ、いい度胸ね』

 

『待って下さいっ……最初マジで分かんなくて……で、一回しか揉んでないっす』

 

 険吞な圧を悟った瞬間、軽口を完全自重しての自白を選択した。

 

『……今日でなければ……まぁいいわ。減るものでもないし』

 

 盟約に助けられる。また言うに及ばず、減るものでないにしても、これ以上のチャレンジングは死を意味する。

 

『ハァ……一応聞くけど、リゥは大丈夫?』

『うん。後ろに人が来る度に衝撃を逃がせたから平気だった』

 

 何を言ってるのか分からんがまぁ平気らしい。

 

 どうやらトイレに流すことは想定されていないのか、あり得ないレベルで相当丈夫なトイレットペーパーらしく、解くのに時間が掛かったようだが、やっと拘束から解放される。どうでもいいが、着陸したのは一、二塁間のド真ん中だったらしい。

 

「た、太刀川君っ、ホントに、腕が……」

 

「おぉ……時計回りに三周進めたみたいになってる……」

 

 それでもユニフォームは割と無事。さすがはオーバーテクノロジー。

 

「でも何で俺だけ?」

「あ、多分、一回ミスってシンの右腕に衝撃がイッちゃったからかも」

 

「いやいやかもじゃなくて間違いなくそれだろ……」

 

 とりあえず三条さんが青ざめてるのでちゃちゃっと戻す。

 

「あ――――」

 

 打ち上げられている花火の音で我に返り、スコア表示とコングラチュレーションの綴りでやっと状況を理解する。

 

「タケルっ」

「あぁ、これで二連勝だな」

 

 嬉しさよりも安堵が先行する心境の中、互いに右拳を軽く合わせる。

 

 通算は大きく負け越してはいるが、それだけに連勝は快挙なのである。もちろん、来年のことなど俺は考えたりしない。

 

 各々、歓喜と脱力に分かれる中、ベンチの一年は未だ指定位置から動けない様子。

 

 全く以て青春を謳歌するような雰囲気と面子ではないが、先日レイカも言っていた通り、これも一つの形ではあるのだろう。もちろん、コレじゃない感はあるっちゃあるが。

 

「――このまま祝勝会だって」

 

 レイカとも素直にハイタッチ。短い事前準備だったが、それにしては十分な実りとなった。

 

「いやマジで勝ってよかった……」

 

 激レアなチエっちの奢りによるパーティタイム。若干過ぎったが、折角勝ったのだから、たらればは脳内から締め出しておこう。

 

「……………………っ」

 

 ロッカールームへと引き返していくナインの背中へ続こうとした所、三歩目で俺は何かに気付いてしまい、レフト方向を振り返る。

 

 

「…………まぁ、別に大したことではない、か」

 

 

 俺はその後、500キロ程先、区画の世界観が途切れた遥か向こう、真っ白空間の上で気絶していたノリカネを拾い、祝勝会に40分程遅刻することとなった。

 

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