トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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8月下旬 2

 無限にも思える場の広がりを誇る当学園において、それを司る大抵の区画は、解放に3万ポイントを要する。この『水着区画』も例外ではない。

 

 加えて、区画にはVIPと呼ばれる機能があり、これについても大抵の場合、同じ額である3万ポイントを重ねて支払い、同時に区画の利用が一定の水準に達していることが解放の条件となるが、どうやらその利用水準についても、ポイントで解決できることが確認された。

 

 というのも、着ている服を持ち歩くことも、一旦学生会館や寮の自室へ戻ることも面倒だと感じた先輩は、金に物を言わせる形で当区画のVIPを解放し、完全に丸々一店舗を私的利用できる権利を得た。自分としては、時短になるのならば文句はない。

 

 

「――ウェットスーツも一応水着……ボーイッシュ、スポーティ路線は無難ではあるが……やっぱ種類が豊富なのはスタンダートなビキニか……漫画とかで見る馬鹿みたいな露出度のヤツって意外と少ない……そりゃそうか……うん、思った以上に奥深いな……」

 

「……」

 

 多少の予感はあったが、案の定面倒なことになった。

 

 区画転移の条件を満たすために訪れた『水着区画』だったが、既に20分以上の時間を無駄に消費している。理由は、目の前で熱心に商品を物色する先輩、この男が時折見せる妙なこだわりに火が点いてしまったことによる。

 

 これは主に、依頼やゲームにおいて散見される性質であり、大抵のことは感覚的即決に終始する先輩の反動的発作と捉えてはいる。

 

 入店してまもなくは女性用水着売場という空間に気まずさを覚えていた様子だったが、持ち前の順応性を発揮したのか、すぐにスマートフォンによる検索と並行しての水着探究の沼へと沈んでいってしまった。俗ないやらしさを感じさせない点が、せめてもの救いだろうか。

 

「……その熱量は、違う場面に取っておいてほしいのですが……」

 

「――うん? あぁすまん……男物に比べて、余りにも選択肢が豊富だったから、つい……で、関心がないとは言っても、中原はどんなのが好みなんだ?」

 

 その台詞にそぐわない爽やかさがむしろ癪に障る。当人は全く気付いていないようだが、隣にレイカさんかナギ先輩がいてくれればと思ってしまう。ちなみに、本人の水着はシーズンの売れ筋の棚から数秒で選び終わり、既に購入も済ませている。

 

「……いえ、余程酷いデザインでなければ、もう先輩に任せたいと考えています。出来れば、すぐにでも決めていただきたいのですが……」

 

 女性の買い物は長いと聞くが、自分はそれに該当しないと自負している。たった今、それが深まった。

 

「まぁ、水着も含めてそこら辺に興味を示すとは思っていないが……スポーツ系は似合うけど無難過ぎる……でも揉め事系展開があったら動く訳だし……紐系は却下だな……女子はシャツNGだけどパーカーとか羽織るのはアリ、か……だったら自然な感じで……」

 

「……」

 

 中腰姿勢で水着を物色しているというのに、その背中は何故か真摯に感じられる。ある種、女性の肢体を専門とするカメラマンに類するような概念なのだろうか。当然興味はないが。

 

「おぉ……そういうのも……あ、実際にモデルさんが普通に着てる……でもリアルで見たことねぇな……まぁそれは俺だからか……うーん……中原? 普段選ばないグリーン系でも大丈夫?」

 

「構いません。早くして下さい」

 

 憤りを覚えると共に、真剣に選んでもらっている申し訳なさが胸中には混在し、とにかく早々にこの場を後にしたい気持ちが時間経過で高まっていく。

 

「中原、これと、これとこれと……後、これ、ちょっと試着してみてもらっていい?」

「っ……いえ、もうこれでいいです」

 

 先程言及していた薄緑のそれを奪い取り、試着室へ進む。もし先輩の言われた通りにしたとすれば、後30分はここに留まることが予想される。

 

 フラストレーションを抑えながら手早く着替え、生まれて初めてビキニ型の水着を着用する。言われた通り、自発的に選択する色ではないが、特に後ろ向きな感想はなく、露出度も一般的な上、ローライズのショートパンツにより動き易さも申し分ない。

 

「っ……うん……うん。うん…………っ、うん、いい」

「……どういう目線で見ているのですか……」

 

 まるで頭の中のイメージと照らし合わせるように真剣な表情で頷きを重ねる先輩は、いつの間にか合わせるパーカーとサンダルも用意しており、流れるように会計を勝手に済ませる。だがこれ以上時間を掛けたくないという思いから、口を噤む。

 

「ちょっと、レイカに送るから、一枚いいっすか?」

「……勝手にして下さい」

 

 既にこの場においての抵抗は諦めているものの、そんなことをして本当に大丈夫なのかという疑問は頭を過ぎった。当然、今は気にしないでおく。

 

「あー、まぁ……既読は付かんか……今日は忙しいだろうしなぁ」

 

 確か、本日は早朝から歌手としての仕事が入っていたはず。今回の件について、援軍は期待しない方がいいかもしれない。ただ、現状ではまだ具体的な危険は確認されていないのだが。

 

 先輩はTシャツ、私はパーカーを羽織り、互いに水着とサンダル姿で店内に設置されたメインポータルへと移動する。正直、VIP機能はありがたいと言わざるを得ない。

 

「よし。じゃ、色々あったけど、警戒していこ」

「……はい」

 

 本当に、色々あった。そして精神的疲弊も否定できない。

 

 転移現象の光に普段とは違う心地良さを感じながら、やっとの思いで目的の区画へと向かう。リゾートとは、これ程までに険しい過程を経なければ、訪れることの許されない場なのだろうか。きっと、大人にとってもそうなのかもしれない。

 

 

「……」

「……リゾートって感じだな」

 

 

 全く以てそのままな感想だが、同意ではある。

 

 眼前の要素を羅列すれば、眩しい空、南の島、美しい海と砂浜、リゾートホテルと、自然と人工が程よく調和した光景が広がっていた。

 

「ビーチの方にもちょいちょい人はいるし、普通にバカンスしてる感じだな。過剰な混雑もなくて、只々快適そうに見えるけど」

 

「確かに、この規模を学園生だけで利用できるとなれば、実質貸し切りのような状態ではあるかと思われます」

 

 メインポータルのすぐ右手側がホテル、正面がビーチ、舗装された道が伸びる逆側をずっと進めば、自然豊かなエリアが続いているように見える。

 

「まずはホテルか。多分、大半の学生はあの中にいるはずだし」

 

 異存はなく、並んでホテルの方へと向かう。

 

「……うん。間違いないな。外へは連絡が取れない。さすがに皆気付いてるよな?」

 

「おそらく。ただ、普段一緒に過ごすグループで訪れている方は、連絡を取ることがないかもしれません」

 

「あり得るな。一人とかペアで来てる人達が中心になって共有していてくれると話が早いんだけど……っ、待った。中原、これ、区画から出られないとかあると思う?」

 

「っ……」

 

 その言葉に、お互い足を止めて振り返る。客観的な理由がある訳ではないが、自分の中でもそうかもしれないという推量が抵抗なく浮かぶ。

 

「どう、でしょう……そうだとしたら、そこで海水浴を楽しんでいる方々の姿と矛盾する……こともないかもしれません……」

 

「だよな……」

 

 この学園の学生であれば、出られないとわかった上で、とりあえず遊んでいても特に不思議ではない。そしてどうやら現在、ビーチに見知った顔はいない様子。

 

 数十秒の距離を引き返し、メインポータルでアプリを起動させる。

 

「…………駄目です。タップしても反応がありません」

「マジか……到着して2分でそこそこ面倒な展開だな……」

 

 転移機能を失ったポータルに留まる意味もなく、再びホテルへ足を向ける。

 

「っ……」

 

 一気にビーチまで跳躍し、二言、三言話をしてすぐ戻ってくる先輩。

 

「何かよくわからんがやっぱ戻れないらしい。ホテルの中にいる連中も、大半は知っててのんびりしてる」

 

「あそこにいる方々は三年生ですか?」

「大体は。何人か二年が混じってるけど」

 

 学園全体で見れば、荒事から距離を置いている層が最も数としては多く、その方々からすれば、トラブルは学生会が解決するという認識なのだろう。他力本願というよりは、犯罪は警察に任せるという感覚に近く、特に三年生はほぼ全員が学生会に協力的である。

 

「何の異常もなかったらホテルでのんびり過ごすルートも考えてたんだけど……」

 

「ちなみに、そのルートへ至る確率はどの程度を見込んでいたのですか?」

「気持ち的には全振りしてたけど、冷静に考えたら一桁台かな」

 

 経験則と言った方が近いのかもしれないが、所謂事件と呼べることについて、先輩の勘は非常によく当たる。どうやら今回もそうだったらしい。

 

 ポータルから徒歩数分のホテルは開放的な造りで、一階のテラススペースもそうだが、各客室のバルコニーについても、通常のホテルではあり得ない広さが確保されている。

 

「テラスでまったり組も二、三年が多い……とりあえず、一年生の方がまともな話が聞けそうだな」

 

「そうかもしれません」

 

 これについては依頼全般にも言えることだが、学園で過ごす日が浅い我々一年生の方が、身に起きた現象への対処、情報収集を自発的に行う傾向が高い。

 

「――お、助かる展開」

 

 正面から回転ドアを通ってロビーに入ると、右手のソファスペースには目当ての人物、佐藤さんの姿が。また、同席している三人も見知った顔であり、それも加わって内心で安堵が広がる。

 

「アオイちゃんに、久我谷君と円谷も一緒か。その様子だと、のんびりバカンス気分って感じでもないな」

 

 確かに、そのような雰囲気ではなかったが、先輩の登場によるものか、一同にも安堵が広がっているように見える。

 

「よ、良かったです……太刀川先輩が来てくれて……」

「うん。でも…………うん、その前に、サヤちゃん、その水着凄く似合ってるっ」

 

「いやホントそれっ! エ――いや、一瞬中原さんってわからなかったんだけど……」

「っ……普段の印象と違うのはそうだな。俺も、凄く似合ってると思う」

 

「ありがとうございます。それで、少々お話を伺ってもいいですか?」

「お前、そういうとこホント塩だな……」

 

 速水さんに勧められ、隣に座る。先輩も久我谷君の隣へ腰掛け、ちょうど男女が向かい合う形になる。

 

「俺もさっき、水着について色々と見識を広めた所だったんだけど、アオイちゃんと佐藤さんも、しっかり今年の流行りを取り入れた上で、よく似合ってるね」

 

「――えっ!? あ、あ……ありがとう、ございます……」

「あ、それってつまり、サヤちゃんの水着は太刀川先輩が選んであげたんですか?」

 

「うん。ホントはもう少し突き詰めたかったんだけど、あんまり悠長にしてる暇はない感じだったからね」

 

「いえ、十二分に時間は掛けたと思いますが……」

 

 わかってはいたが、やはり認識に決定的な齟齬があったようだ。

 

「太刀川先輩、今年のトレンドって、どんな感じなんすか?」

 

「うん? まぁ、一点集中って訳じゃないからかなり広いんだけど、例えば佐藤さんの着てるクロスデザインは人気だな。落ち着いた色でも華やかになるし、下のスカートとも合わせやすいらしい。とは言っても全てネット情報だけど」

 

「っ……」

 

 仕入れたてのにわか知識を振りかざし出す先輩。

 

「で、アオイちゃんのワンピースは腰回りにスカートが付いているタイプで、ただまぁこれはもうトレンドというよりは定番――っ、まぁ……今はそれよりも、現状についての確認が先、か……」

 

 こちらの睨みが効いたのか、急遽方向転換した先輩は、話を無理やり本題へ乗せる。

 

「というか、久我谷君はかなり久しぶりだね。聞かなくても分かるヤツだけど、円谷に無理やり引っ張られてきたって話? 夏休み中ずっと勉強ばっかじゃダメだろ的文言と共に」

 

「はい、完全にその通りです」

「さすが副会長……凄ぇ観察眼だ……」

 

「……」

 

 どう考えても標準未満の洞察なのだが。

 

「二人は……そっか。今日は麻月さんはナギと黄泉に行ってるんだっけ?」

 

「あ、はい。それで今朝、この区画が現れたので、折角だから佐藤さんとって話になったんです。けどまさか、区画から出られなくなっちゃうなんて……外と連絡も取れないし……」

 

 やはり、四人は今置かれている状況について理解している様子。ただそれよりも。

 

「あの、麻月さんが黄泉に行った、というのは、その……問題はないのでしょうか?」

 

 端的に、あの区画での活動は困難であると思われるのだが。

 

「あーそれはほら、あの変な、パイナップルのアイテムが修復できたんよ。アレを掛けとけば、問題なく普段のパフォーマンスが出せるだろ」

 

 そういえばそのようなエネルゲイアを持つ方が三年生にいると聞いてはいた。

 

「それで、現状についての確認、ということは、副会長も今起きている現象については分かっていないってことですか?」

 

「申し訳ないけど、そうなんだよなぁ……そもそも、何気にメインポータルがある状態で転移が出来なくなる現象っていうのは、今回が史上初になる」

 

「えっ? そう、なんすか……あれ? もしかして、俺達って、結構……ヤバいんですか?」

 

 比較的気楽に構えていたと思われる円谷君が、恐る恐る尋ねる。

 

「前例にないって意味で、ヤバい可能性はある。とは言っても、現状としては特に区画内で危険な要因は見当たらない……まぁこれから探索する流れになるっぽいけど」

 

「あ、その、私達も、島の反対の方へ行ってみようって話をしてたんです」

 

「自ら解決に向けて動こうなんて、皆偉いな。もしかして、今回の件について、ある程度手伝ってもらえたりする?」

 

「は、はいっ! 私で力になれるなら、是非っ」

 

 普段の依頼関連でも協力的な速水さんは、本件においてもその姿勢に変わりはない様子。

 

「私も、協力できることがあるなら」

「俺達も同じっす」

「……」

 

 同意なしで一緒くたにされるも、久我谷君からは特に訂正は入らない。

 

「マジで助かるわ……で、佐藤さんとアオイちゃんは到着してそこまで時間は経ってないよね? 円谷。この区画で見聞きしたことで、何か繋がりそうなことってある?」

 

「あ、はいっ。そうっすね……一応午前中からいるんすけど……えっと、例えば何を話せばいいんだ?」

 

 深く考える前に、隣の久我谷君へ助けを求める円谷君。

 

「……俺らは、普通に遊んでたんですけど、まずホテルは一階がここのロビーと、他のフロアには店舗が入ってて、スーパーとかコンビニもあります。なので、帰れないとは言っても、生命維持の面で当分問題はないと思います。それで……外の方は?」

 

 そこで、発言を引き継がせるように隣へ目を向ける久我谷君。

 

「あ、えっと……さすがに海の家はないんですけど、ホテルで色々借りられます。後、他の、職員さんがいない区画と一緒で、ホテルも店も自動で全部やってくれる感じっす。アクティビティは、スキューバやウィンドサーフィン、後、ジェットブレードもありました」

 

 最後のは初耳だったが、正にリゾートという印象。反対側の方には複数のボートが停泊している施設も見られたので、釣りも楽しめるのだろう。

 

「ホテルの部屋も、かなり豪華な感じだよな」

 

「あ、一応、もうチェックインしちゃったんですけど、スイートルームみたいな感じでした。しかも宿泊無料……」

 

 どうやら、中身も外観と同じ印象となっている様子。

 

「なるほど……それを知ったら、また客が増えそうではあるな。まぁ、これ以上はそこまで増えないと思うけど、既に百人前後はいる感じか。言うまでもないけど、基本何が起こっても自己責任な学園ではあるし、突然起こる系の何かは放っておいて、島の中の探索に移るか」

 

 流れのままに、六人はソファから立ち上がる。

 

「あー、うん……」

「どうかしましたか?」

 

 フロントの方へ目を向けたまま足を止めた先輩に、速水さんが首を傾げる。

 

「折角南の島でバカンスシチュな訳だし、車借りてドライブしながらグルっと見て回るか」

 

「えぇっ!? いいんですかっ?」

「確かに、気持ち良さそうですよね」

 

 速水さんに続いて、乗車経験があるらしい佐藤さんも肯定的な反応。外敵が存在した場合の危険が高まる気もするが、個人的には二人と同じではあった。

 

「えっ? 太刀川先輩って、免許持ってるんすか?」

「高二で免許は取れないだろ……」

 

 この驚きからのこのツッコミ。聞くのは何回目になるのだろうか。

 

 

 そんなどうでもよいことを頭に浮かべている間に、先輩はもう端末から車のキーを取り出して、こちらの方に戻ってきていた。

 

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